魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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オペレーション・ラストダンスが発令された。
全人類の希望と、ありとあらゆる力を乗せて、彼ら、そして彼女らは遥か深淵の宇宙へと旅立っていく。
待ち受けていたのは絶対の虚空。

その虚空に英雄達は、そして妖花は艶やかに舞う。


第17話 ―オペレーション・ラストダンス(前編)―②

「さすがに、整備まで全自動とは行かなかったのかしらね、この機体も」

ラストダンサーのコクピット内で、うんざりしたようにスゥは呟いていた。

この機体はまさしく機密の塊のようなもので、整備にすらも特殊な設備を必要とした。その為の設備の移動が遅れているらしく、ラストダンサーは討伐艦隊旗艦の格納庫にぽつんと安置されていた。

 

「……退屈ね」

憂鬱そうなため息が一つ漏れた。

スゥの身体は今地球にある。バイドを倒して生還しなければ、彼女に帰るべき身体はないのだ。つまるところは、機体から出ることができないということでもあり。

人々があわただしく動き回る格納庫の中で、好奇だとか奇異だとか、あるいは畏怖にも似た視線を一身に浴びながら、スゥはただただ佇んでいることしかできなかった。

何せこの身体は、機体に直結された精神は、睡眠すらも必要としないのだから。

 

「なら、話し相手にくらいはなってあげましょうか?」

と、そんな退屈に苛まれる中、一つの声が飛び込んだ。

 

「……一般の機体から、この機体に回線をつなぐことはできないはずだったけれど」

「つまりはそういうことよ、私の機体も普通じゃないってこと。秘匿回線搭載機、大体意味は分かるでしょう?」

普通の機体ではないのはお互い様ということらしい。そして、この回線を使えるということはすなわち、奴らに関わりの深い機体である、ということで。

「そういうことね。それで、何の用かしら」

「退屈なんでしょう。だったら、話し相手にくらいはなれると思うのだけど、どうかしら」

柔らかな調子の声が、スゥの機体に伝えられてきた。その声の主は、今尚生き延びていた数少ない隊長機。スゥと同じく、今は戻るべき身体を失った、ゲルヒルデの声だった。

 

「その必要はないわ。別に、貴女と馴れ合う必要があるとは思わない」

けれど、そんな優しげな声に対して投げかけられたのは、冷たい拒絶の声だけで。その言葉に少なからず気分を害したのだろう。ゲルヒルデの声もどこか冷たいものとなる。

「……そう、それなら先に本題を済ませることにするわ」

ため息を一つ。それから、更にその口調を冷たくさせてゲルヒルデは告げた。

 

「貴女は誰?スゥ=スラスターは、戦うことができる状態じゃないはずよ」

一瞬、息を呑む声が聞こえた。

「……随分と事情通なのね、貴女は。確かに私はスゥ=スラスターではないわ。でも、何も問題は無いでしょう?バイドを倒すことが出来るならそれでいいはずよ」

それでも、声が乱れたのはほんのわずか。すぐさま、冷たい調子の言葉が投げつけられてきた。確かに、士気を高めるために英雄の名を借りた何者かに、バイド討伐の任を託す。

それ自体は予想できないことではないし、ありえないことでもないだろう。

「それ自体は何の問題も無いわ。でも、なぜ貴女が、という疑問は残るわ。そう思わせるほど、貴女の声はよく似ているのよ……暁美ほむらに」

今度こそ、はっきりと見て取れるほどにスゥの言葉は乱れていた。なぜ、と。そんな言葉が頭の中に渦巻いてもいた。

 

「……随分と有名だったのね、暁美ほむらは。ここでその名前を聞くのは二度目よ」

それとも、事情を知る側の人間からすれば、彼女は有名だったのだろうか、と。もう一人の自分の、今はもういない彼女の事を、うっすらとスゥは考えていた。

「……そう、それじゃあ貴女は暁美ほむらではないのね」

その言葉は、どこか残念がっているような口調だった。もし自分が暁美ほむらだったのならどうだというのだろう。そう考えると、あまり面白くは無かった。

結局、自分を自分として見てくれる相手など、この世界にはいないのではないか、とスゥは思う。

 

ただ一人、鹿目まどかを除いては。

 

「ええ、私と彼女は違うわ。非常によく似ているでしょうけど」

少なからぬ感傷を篭めて、スゥはそう答えると。

「……もういいでしょう。話はこれで終わりよ」

そう言って、一方的に通信を打ち切ろうとした。けれどその手は止まった。続けて放たれたゲルヒルデの呟きが、彼女のその手を止めたのだった。

 

「じゃあ、まさか……他に複製体がいたというの?」

「――どこまで、知っているというの。貴女は」

ついにスゥの声が震えた。まるで信じられないものを目の当たりにするかのように。驚愕と、不信と。そして隠し切れない恐怖。言葉からはそんな感情がにじみ出ていた。

「思いがけず随分と沢山の事を知る羽目になったわ、私は。でも、その全てを話す必要はないでしょう?貴女が話すつもりが無いのなら、私もそうさせて貰うもの」

もうこれ以上知るべきことは無い、とばかりにゲルヒルデは言い放つ。

「待って!一体貴女は……っ」

そこまで知っている相手を、捨て置けるはずも無い、と。スゥは態度を豹変させて、必死に食い下がろうとした、けれど。

「後はお互い、生き残れるといいわね。……それじゃあ、失礼するわ」

通信は、ひどくあっさりと打ち切られた。後にはただ、呆然と佇むスゥの言葉だけが、誰の耳も届かぬ虚空に吸い込まれて行くだけだった。

 

「……なんだって言うのよ、貴女は、一体……なんなのよっ!」

苛立ち紛れに何かを殴りたかった。けれどそうするための身体を、彼女は地球に置き去りにしてしまっていたのだ。

 

そしてそれが、彼女達が会話を交わした最初で最後の時となるのだった。

 

 

時は流れる。決して長くは無い時が。誰にとっても、最後の安らぎたる時が。

そしてそれが変わらず過ぎ去って行った後、オペレーション・ラストダンスは、ついに発令されることとなる。

 

「諸君等に告ぐ。我々は、これよりバイド中枢への総攻撃を開始する」

全帯域に、非常に強力な通信波をもって、地球からの通信がグリトニルへ、そして討伐艦隊の元へと送信されていた。声の主は、地球連合軍総司令部の司令官。彼は自ら直々に、死地へと赴く戦士達に、人類の最後の希望達に、言葉をかけようとしていたのだった。

 

「我々は、過去3度に渡る対バイドミッションを発令し、バイドの中枢を討ち果たしてきた。だが、奴らはその度により勢力を増し、復活を遂げてきた」

そう、それはバイドとの戦いの歴史そのもので。どれだけ倒せど倒せど、いつしかバイドは復活を遂げていた。その度に、更なる強さと禍々しさをその身に帯びて。

「だが、今回の対バイドミッション。『オペレーション・ラストダンス』は、今までとは違う。今度こそ、確実にバイドを撃滅し、根絶せしむる術を我々は手に入れたのだ!」

恐らく誰しもが、バイドとの戦いの歴史を知る誰しもが抱いていた不安。

それは、たとえ今回の作戦が成功したとしても、いずれまたバイドは復活するのではないかという不安。完全なるバイドの根絶。それを成しうる術などあるのかと、心の奥底で感じ続けていた不安だった。

 

「バイドの全ての行動は、その根底に根ざした攻撃本能によって為されている。奴らは全て他者を攻撃するために増殖し、進化し、侵食する」

それは数多のバイドを研究し、その異端の研究を突き進めた先に見つけた事実だった。

攻撃本能に支配され、ありとあらゆるものを取り込み、破壊しながら増殖し続ける。異形の生命体、バイド。その性質が明らかになったことで、人類はバイドに抗する新たな術を手にしていた。

「そのバイドの攻撃本能を司る存在。それこそが、オペレーション・ラストダンスの攻撃目標。奴が潜むは異層次元の遥か彼方、26次元!我々は跳躍空間を越え、ありとあらゆる術をもってこれを討つ!」

今までただ名前だけを聞かされて、その真実を知ることの無かったオペレーション・ラストダンス。ついにその真相が明らかにされた。そして自分達の倒すべき敵もまた、ついに明らかにされたのだった。

 

「人類の存亡はこの一戦にある。諸君らの力を、命を、その全てをこの作戦のために賭して欲しい。そして諸君らが敵を討ち果たし、無事に太陽系に帰還してくれることを祈っている」

作戦が成功したとして、それでも彼らのほとんどは無事に戻ることはできないだろう。元より帰り道など想定されていない、遥かな地獄の深淵への片道切符である。

それでも言わずにはいられなかった。バイドとの戦いのために、あまりにも多くの人命が、まるで物であるかのように費やされてきた。

だからこそせめて、一人でも多くの者にその犠牲の上にできた、バイドなき世界を見せてやりたいと思っていた。そして、それは非常に難しいであろう事も分かっていた。

それでも、せめて……と、祈る。

「今更神や仏に祈るつもりはない。我々が今まで培ってきた力が、君達の手に委ねられた力が、その意思が。必ずやバイドを討ち果たしてくれることを信じている」

最早、言うべきことは何も無い。後は……ただ。

 

「現時刻をもって、対バイド最終作戦、オペレーション・ラストダンスの発令を宣言するっ!!」

力強い声が、全ての兵に振りかざされた。それに続くは幾千幾万、それを遥かに超える怒号。

そして最後の希望を胸に、ついに彼らは旅立つのだった。遥か彼方、異層次元の深淵へと。

 

 

 

「グリトニル、長距離ワープ装置起動」

優に方面軍三つ分ほどの戦力に膨れ上がった、第二次バイド討伐艦隊。その前方に、グリトニルの長距離ワープ装置によって、跳躍空間への入り口が開かれた。

ここをくぐれば、もはやこの先は人智の及ばぬ未知の空間。恐らくバイドもまた、大軍を率いて待ち構えていることだろう。その大軍を打ち破り、バイド中枢へとたどり着かねばならない。

勝算は、限りなく低い。

「だが、勝たなければならない。そうでなければ、人類に未来はない」

この作戦の遂行の為にたった一艦のみ建造された、第二次バイド討伐艦隊旗艦。最先端の科学と、いまだ開発途上である魔法の力。その二つを併せ持つ、アスガルド級という型式を与えられた戦艦の中で、彼はそう呟いた。

アスガルド級は、今までの地球郡の艦とは大きく異なるものであった。なだらかな曲線をメインに構成された艦体に、艦首砲らしきものは見当たらない。その代わりに、艦体両翼に接続されるように巨大な砲台が各一門ずつ設置されていた。

グラズヘイム砲、そしてヴィンゴルブ砲と呼ばれたその砲門は、その片翼さえもがニヴルヘイム級の艦首砲である、ギンヌンガガプ砲と同程度の威力を誇っていた。

それ以外の武装も艦内部に収容された状態であり、無数の追尾ビームに誘導ミサイルを備え、更に魔法の力を応用した、秘密兵器と呼ばれるものまで搭載されている。

旗艦である。基本的には後方に構え、戦局を見据え指揮を飛ばす。そういう艦である。これだけの大部隊であれば、直接戦うことなどありえないというのに。だというのに、この艦はこれほどまでの恐ろしい戦闘能力を誇っていた。

間違いなく、旗艦でさえも手ずから敵を討たねばならない。それほどまでに、激しい戦いが起こることを想定して建造された艦なのだ。

 

 

先行していた偵察機から、跳躍空間内部の様子が伝えられた。バイドの反応はなし。突入直後の不意打ちの心配は無いだろう。

「よし、艦隊を順次、跳躍空間へ突入させよう。……第二次バイド討伐艦隊、出陣だ」

オペレーション・ラストダンス。

その第一段階、跳躍空間の突破。それが今、ついに始まろうとしていた。

 

 

「始まった。……勝つ。勝って、必ず帰る。だから、待っててね。まどか」

ラストダンサーの機中。遠からず、激しい戦闘へと巻き込まれていくその機体の中で、一人。スゥは呟き、思いを馳せた。

ここまでの日々でさえ、地獄のような日々だった。自分が戦うための存在なのだということを教え込まれ、その為に戦い続ける日々。

その中で、確かに彼女は変わって行った。ただ、戦うための存在へと。この恐ろしき力を振るうための、否、むしろその力の化身のように。

恐らくここからは、これまでの地獄すらも霞むほどに恐ろしい戦いがl筆舌に尽くしがたい地獄が待ち受けていることだろう。だが、それでも生きて帰らなければならない。負けるわけにはいかない。たった一つの大切なものが――まどかが、待っているのだから。

生きて帰る。そして自分の身体を、命を、人生を、全てを取り戻す。そして再び、まどかと共に生きる。それが、それだけがスゥの戦う理由。

人類の未来など、太陽系の平和などどうでもいい。酷く個人的な、身勝手な。けれどそれは、とても強い願いだった。

 

 

「いよいよね、キリカ」

「そうだね、織莉子。……ふふ、声が震えているね。緊張してるのかい?」

迫る戦いに備え、整備を済ませた機体を前に、織莉子とキリカは寄り添うように立っていた。

「どうしても、緊張してしまうわ。……こんな激しい戦いの前だもの。武者震いなのかしら、それとも……怖いのかしら」

どうしても震えてしまう声。織莉子自身にも、それが恐怖なのかどうかは定かではなかった。

戸惑うように声を上げた織莉子の腰に、キリカはするりと手を回して。そのまま、引き寄せるようにして抱き寄せた。

「ぁ……っ、キリカ」

「何も心配はいらない。私が側にいる。きみが側にいてくれる。一緒に戦おう。……一緒に、生き延びよう」

引き寄せられて触れ合う身体からは、柔らかさと暖かさがそして、言い知れない安らぎが、静かに全身に満ちてくる。

「……そうね、きっと大丈夫よ。私達なら……キリカ」

織莉子も手を伸ばし、キリカの肩に手を触れた。そのまま、うなじをそっと撫で、髪を優しく手で梳いた。

「ぁぁ……ん。織莉子……へへ、もっと……触って」

うっとりと声と吐息を漏らして、全身の力を抜いて織莉子に身を預けるキリカ。その姿が愛おしいと、織莉子は思う。

地獄の底からこんなところまで、ずっと一緒に居てくれた。一緒に居てくれなければ、自分はとっくに壊れていただろう。辛すぎる現実に、戦いの定めに、たった一人では立ち向かえなかっただろう。

引き締まっているけれど、それでも女の子らしい柔らかなキリカの身体。触れる度に、甘い声と吐息が漏れる。もっと、聞いていたいと思う。願う。

願うことなら全てに触れたい、互いの境界が溶けて消えるほどに愛し合いたい。衝動にも近い、そんな思いを今だけは堪えて。キリカの額に唇を触れさせて、織莉子は静かに身を離した。

 

「……や、織莉子、もっと触れて欲しい」

甘えるように擦り寄ってくるキリカ。成長したように見えても、自分を取り繕うことを覚えても。それでも、こうして甘える時のキリカはまるで子供で。それが、やはり自分の知るキリカの姿で。織莉子は嬉しそうに笑う。

変わることが嬉しいと思う。変わらないことが嬉しいと思う。相反する感情も、答えはすぐに見つかった。キリカと一緒に居られることが、ただ嬉しいのだから。

「続きは、帰ってからにしましょう」

「……じゃあ、必ず帰らなくちゃあいけないね」

にぃ、と。そう笑うキリカの顔は、やはりどうにも子供っぽかった。

 

「流石に、これ以上隊長が減ったのでは、きっと彼女達も困るでしょうしね」

跳躍空間に消えていく艦隊を遠目に眺めながら、機体の中でゲルヒルデは呟いた。同行しようかどうかと、迷ったのは事実だった。けれど、これ以上魔法少女隊を率いる隊長が減るのはよろしくないだろう。

「もしも、本当にあれがほむらだったのなら……迷いもしなかったのでしょうけど」

その声には、幾分か残念そうな響きも混じっていた。どこか、過去を懐かしむような声で。

「私達がみんな行っちゃったら、魔法少女のみんなは困っちゃうよ。……大丈夫だよ、きっとみんなが、悪いバイドをやっつけてきてくれるよ」

ゲルヒルデの駆るコンサートマスター。その隣に並んだ機体、カロンの中から声が届いた。その声は、本当に幼い少女のそれで。それほど幼いというのに、その少女は魔法少女隊の隊長だった。

「ジーグルーネ。……そうね、今はそう信じるしかないのよね」

幼いながらも数多の戦いを越えて。尚も生き延びていたことからも、その実力は疑うまでもない。

幼い少女ということで、その力を疑われることは多かったがそれでも彼女は、魔法少女達からの信頼を、その実力で勝ち取っていった。そして何より、彼女は随分と愛らしかったのだ。無邪気であったのだ。

守ってやりたいと、そう思わせるほどに。守るためには強くなるしかなかった。守るためには、生き延びるしかなかった。だからこそ、彼女の隊もまた多くの生存者を残していた。

 

「きっと大丈夫だよ。わたしも頑張るから、お姉ちゃんも……一緒に頑張ろうね!」

「……もう、きっと途方もなく頑張らなくてはいけないと思うわよ?行く人も残された人も、辛いことは一緒でしょうけどね」

あれほどの戦いを経ても、尚も彼女は少女らしく無邪気であった。それはきっと、この地獄に首を突っ込むより以前から、この少女はそういう生き方をしてきたのだろう。

日の光の代わりに波動の光を浴びて育ち、土の代わりにバイドと仲間の亡骸を踏みしめ、その身を通り抜ける風は、血と炎の匂いを纏った風だったのだろう。

過去を聞こうとは思わなかった、話そうともしなかった。だから、それでよかった。

 

「突入部隊の邪魔をさせるわけにも行かないわね。……ルネちゃん」

「そうだね、お姉ちゃん。悪いバイドは、全部やっつけてやるんだ」

まるで突入を阻もうとでもするかのように、グリトニルへと迫るバイドの軍勢。それを押し留め、撃滅するのが残された者たちの任務だった。

「魔法少女隊、全機発進!!」

「行くよみんな!討伐艦隊とグリトニルを守るんだっ!!」

号令と同時に、無数の光が飛んでいく。彼女達が新たに率いる魔法少女達。戦いが始まったときには総勢300を数えたそれも、今では半数ほどに減っていた。

それでも、二人の少女が率いるにはそれは随分と大部隊だった。だからこそ、今は彼女達は一人で隊長仕事をしているわけではない。魔法少女達の中でも優れたものを、副長として任じていた。

 

「隊長。私は左翼に回ります」

言葉一つ告げて、駆け抜けていったのはガルーダ。それを駆るのは、ゲルヒルデ大隊の副長となったマコトだった。

「こっちも行くぜ、隊長。……手はずどおりにな」

火炎を用いた攻撃を行う灼熱波動砲を携えた機体、R-9Sk2――ドミニオンズが前方へ駆ける。それを駆るのはシーグルーネ大隊の副長である少女。

「うん。頼んだよ、リョーコっ!」

言葉を掛け合い、迫る敵へと立ち向かう。

太陽系外周部、グリトニル。

これまでも、そして今も、これからも。この場所はずっと、バイドとの戦いの最前線である。戦いは、尚も続いていく。

 

 

「……参ったな。本当に参った。これがバイドの策なのだとすれば、向こうには随分と出来のいい参謀が居るようだな」

跳躍空間。不可思議な宇宙。実際に目の当たりにするのは初めてで、戸惑いもしたものだったが、グリトニルを旅立ち大凡半月が過ぎた今では、星の姿も見えず、何一つ代わり映えの無いこの跳躍空間は、やはりというか当然というか、酷く退屈なものだった。

何せこの半月、跳躍空間を旅立つ彼らの前には全く、バイドはその姿を見せることが無かったからだ。

退屈ではあるが、いつ敵が出てきてもおかしくない状況ではある。だからこそ、気を抜くわけには行かない……のだが。

あまりにも動きが無い、変化が無い。だが気を張り続けるより他にない。それは、確実に兵員に緊張と不安を生んでいた。

一応はシフトを組み、兵を休ませながら跳躍空間の航行を続けてはいた。しかし、いざ決戦と気勢を上げて飛び出してきたのである。いくら身を休めることができたとは言え、張り詰めた精神は休まることは無い。

せめて前哨戦の一つもあれば、そこで一つ兵の士気を高めると共に張り詰めた精神を落ち着けることも出来たのだが、そもそも戦いが無いのではどうにもならない。

不気味なほどの沈黙。それが彼らを、知らず知らずの内に追い詰めていた。

「休ませればどうにかなる、という話でもなし……さて、どうにか張り詰めた気を抜いてやらんとな」

それが目下唯一の、九条提督の悩みの種であった。

 

「何か、いい方法は無いものかね。ガザロフ少佐」

その傍らには、いつものように副官が。第二次バイド討伐艦隊の副官となったことを機に、少佐へと特進したガザロフの姿があった。

いい加減に付き合いも長く、戦果を見れば文句なしの提督と副官である。最早その二人には、まるで夫婦でもあるかのような雰囲気すら漂ってもいた。

「そうですね……普段なら、演習や模擬戦の一つもするんでしょうけど。今は作戦行動中ですしね。何かしらのレクリエーションができればいいんですけど」

「演習、模擬戦。レクリエーション……か。何せこの跳躍空間には、娯楽の一つも無いのだからね。……いや、だがそれもそうだ。ふむ、悪くはないかも知れない」

「何か思いついたんですか、提督」

「模擬戦だ。艦隊を停止させずに、そのまま模擬戦を一つ打ち上げることにしよう」

口元に、何かを面白がっているかのような笑みを浮かべて九条は笑う。その口元に手を添えて、これから始まる戦いの舞台を見守ろうと、九条は考えていた。

「英雄の力とやらを、確かめさせて貰うだけさ」

その笑みと、言葉が含む意味を察して、ガザロフの表情にも、何かを楽しみにしているような表情が浮かんだ。

 

 

「やれやれ、まさかこんな楽しいことになるなんて……ねぇ?」

ダンシング・エッジが。

 

「けれど、これでは流石に勝負にならないと思うのだけど」

ヒュロスが。

 

「6対1、これで負けたら俺達道化だぜ?」

「でも、相手はかの英雄だそうな。油断は禁物よ」

軽妙な男の声が、R-9Aシリーズの最終機体たるR-9A4――ウェーブ・マスターから。そして落ち着いた感じの女性の声が、強化仕様のエクリプスから。

正式な地球軍の機体ではなく、その出所を地球軍ですら把握はしていない。だが、パイロットを含めその実力は折り紙つきだった。恐らくどこかの勢力が、この一大作戦に戦力を貸与したのだろう。

 

「……くく、こりゃあとんでもない前哨戦だ」

「英雄と手合わせできるとは、光栄だ」

なんともこの場には不似合いではあるが、有人機として戦闘に耐えうる性能と武装を施されたパウ・アーマー改が。そして一機、あからさまに異形なる機体、アーヴァンクが。

 

そしてその六機に取り囲まれて、ただ一機。

「そういう趣向ね。……暇つぶしには、まあ丁度いいのかもしれないけど」

ラストダンサーが、英雄を乗せ佇んでいた。

 

 

「あー、兵士諸君。お楽しみのところすまないが、少しだけ話をさせてもらおう」

九条の声が、各艦に伝えられる。その声は、やはりどこか楽しんでいるようだった。

模擬戦とは言うが、その戦いはほとんど実戦にも等しい。艦隊の中から選りすぐられた、6人のエースパイロット達。ラストダンサーを駆るスゥが、たった一人でそれに立ち向かう。

武装が非殺傷であるという事以外には、それは実際の戦いと変わらない。

「よく見ておいて欲しい。バイドを討つための力を。その戦いを。だが、我々は艦を進めることを止めるつもりは無い。つまりは、この大艦隊の只中で7機のR戦闘機が、激しく入り乱れて戦うこととなる。さぞや見ごたえのあることだろうな」

一歩間違えば衝突。そのまま死の危険すらもある。だが、そんな危機すらも楽しめるほどの腕と度量の持ち主達である。結果はどうあれ、やり遂げてくれることには間違いないだろう。

「だが覚えておいて欲しい。この力の本質は、その本当の使い方はこんなことではない。これは全て、バイドを討つための力なのだ。こんなお遊びに使うこと自体、褒められたことではない。褒められたことではない……が」

にぃ、と九条は口元を歪めて笑う。

「が!ここに我等を咎める者など何も無い!精々派手に、思いっきり楽しませて貰おうじゃないかっ!!さあ踊れ!精鋭達よっ!その力で、波動で。この跳躍空間を染め上げろっ!!」

九条の言葉と同時に、7機のR戦闘機が一気に速度を上げて動き出した。艦隊の間を縫い、その姿と業を見せ付けるように飛び交っていく。

通りすぎる艦の全てから、囃し立てるような歓声が沸きあがる。そして、一通りその飛行が終わったところで、ついに。

 

7筋の光が、交差した。

 

「あの時の機体も早かったが……こいつも相当だっ!」

ラストダンサーを追いながら、ダンシングエッジを駆るキリカは唸った。やはりその速度には大きな差がある。まるでいつかの戦いの時に出会った、あの青い機体に比肩するほどの速さだった。

「確かに速いわね。でも、速度ならこの子も負けてはいないのよ?」

追いすがる機体の中の一機、強化仕様のエクリプスがその姿を変えた。それと同時に、機体背部で波動の光が大きく膨れ上がった。そしてその速度が、ラストダンサーに追いすがるほどに跳ね上がる。

「さあ、追いかけっこは終わりよ。英雄さん。遊びましょう、たっぷりと!」

ラストダンサーが射程距離に入った。

すでに波動砲のチャージは完了している。後はそれを叩き込むだけだ。機械は照準を定めてくれるが、それはどうにも不確かで。最後に大切なのは勘と腕。相手の回避運動を予測して、波動砲の照準を定めた。

 

だが。

 

「え……っ、き、消えた?っ!?」

直前まで照準に捉えていたラストダンサーの姿が、消えた。そして背後に機体の反応。気がついて振り向いたときには、もう。ラストダンサーが放ったライトニング波動砲が、エクリプスの背部に突き刺さっていた。

ダメージ最大、撃墜判定を確認。

「……どんな魔法を使ったのかしらね、本当に」

エクリプスのコクピットの中で、パイロットの女性は呆れたように呟いた。何をされたのか、全く分からなかったのだ。敵の背後を取ったはずなのに、気がつけば背後を取られていた。

魔法とでも言われなければ、到底信じられるものでもない。

 

まず、一人。

あっという間の早業に、観客からは歓声が上がる。だが、敵を迎え撃ったことでラストダンサーの足は止まった。そこをすかさず、残る5機がラストダンサーを囲みこもうと迫る。囲まれてしまっては、脱出も反撃もままならない。

切り離されたパウ・アーマー改のニードル・フォース改から、無数の弾幕が放たれた。全方位に恐ろしい密度の弾幕を放つその攻撃をラストダンサーはかいくぐり、機体を急旋回させた。

その背後には、マーナガルム級の艦体があった。その外壁に擦るかのように滑り、ラストダンサーは機体を走らせる。マーナガルム級は、流石に焦って艦体を停止させようとしたが。

「艦はそのまま進行させろ!……それで死ぬならそこまでだっ!」

九条が、激しい声を浴びせてそれを制した。元より全ての武装が非殺傷に設定されている。だからこそ、艦体に阻まれればその攻撃は届かない。だが、それでもすぐに追撃の手は伸びる。

同様に艦を回りこみダンシング・エッジとヒュロスが。そして高度を取り、艦を飛び越すようにして頭上からの攻撃を目論むウェーブ・マスターとアーヴァンクが。艦底部からは、パウ・アーマー改が迫っていた。

 

三方から敵が迫る。だが、侵攻ルートが分かれたことでそれには時間差が生じた。

まず先に到着したヒュロスが、6連装の追尾ミサイルを放つ。そしてその軌道に沿うように、刃そのもののように鋭くダンシング・エッジが迫る。

ラストダンサーは、真正面からそれに立ち向かう。迫るミサイル、そして凶刃。臆することなく真っ直ぐに突き進む。

「私の刃と織莉子の攻撃、かわせるもんかっ!!」

展開される5対の光刃。それに先んじて、ミサイルがラストダンサーに殺到する。それが着弾するか否かといった瞬間に。

「な……こ、これはっ!?」

展開したバリア弾が、ミサイルを受け止め叩き落していた。

一瞬の驚愕。だがそれに驚く余裕も無く、衝撃がダンシング・エッジを揺るがした。

 

「私が……撃ち負けた?」

ダンシング・エッジは撃墜判定を出していた。非殺傷に設定されていても尚、機体を揺さぶるほどの威力を誇る、雷を纏って放たれたパイルバンカーが、キリカの機体に突き刺さっていた。

強力な5対の光刃ですら、全てを打ち砕く鋼撃の前では無力だったのだ。

 

「キリカ……まったく、随分強敵ね」

ヒュロスもまた、その武装はミサイル以外は近接攻撃に特化している。あの恐ろしい兵器を相手に、接近戦を挑むのは少々分が悪かった。恐ろしいほどの勢いでこちらに迫るラストダンサー。

まともにぶつかれば、不利なのは否めない。レールガンとレーザーが行き交い、機体が交差する。けれど、どちらも無傷。

すぐさまラストダンサーは逃げる。しかしここはもう、艦隊の密集地。自由に飛びまわれるほど広くはない。一旦動きを止めたヒュロスに代わり、アーヴァンクとウェーブ・マスターが迫る。

堅牢で優秀な(バイド機であることを除けば)アーヴァンクと、全ての性能が最高水準で纏められ、非常に信頼性の高い機体であるウェーブ・マスター。そしてどちらのパイロットも随一の手練。

一度に相手にするのは、やはり厳しい。

今までこそ、速さで撹乱し、障害物を用いて敵を分断し。どうにか各個撃破の体を成すことには成功してきた。だがここからはそうは行かない。尚も4対1。まともに当たれば非常に厳しい。

 

「……ラストダンサーの性能限界を引き出すことが出来れば。負けはしない」

狙うは乱戦。いかな相手が一騎当千のエース揃いと言えど、即席のチームである。訓練を積み、コンビネーションを磨いた部隊と異なり、その連携には穴がある。

乱戦に持ち込み、その中で隙を見つけて敵を落とす。そうするより他に、ここを切り抜ける術は無いだろう。

「来いっ!!」

綺麗な三角を描くように機体を旋回させ、迫る敵を向かい撃つ。軌道が交差し、光が走る。まさしく光に近い速さで、激しい戦闘が始まった。そこにはすぐさまヒュロスとパウ・アーマー改が加わり、更に戦いは激化していった。

 

跳躍空間の遥か彼方。歪んだ時空の只中にそれは存在した。激しく繰り広げられた戦闘の波動は、跳躍空間を揺るがし、“ソレ”を目覚めさせた。

目覚めた“ソレ”は、迫るものが敵であると知った。敵に対して成すべきことなど“ソレ”は、たった一つしか知らなかった。

 

鋼の殻を割り開き、華のようにそれは咲く。時空に咲いた鋼の妖花。それは、静かに回り始めた。

 

廻る、廻る。

廻る花弁が波を生む。波は、波紋となって広がっていく。その高さを損なうことなく、どこまでも。その速度を損なうことなく、どこまでも。

やがてその閉ざされた空間の端で、波は打ち当たり、また返すように流れる。次々に放たれるその波も、同じく壁に当たっては跳ね返る。

不思議なことに、行く波も跳ね返る波も、互いに干渉しあうことはなく。ただただ、無数の波紋が空間を揺らし、埋め尽くしていく。

上にも下にも、前後左右もあらゆる場所を、波が全てを埋めていく。揺るがし、跳ね返り、その力を増してまた揺れる。

その波の中心で、尚も妖花は廻る。何度も、何度も、何度も、何度も。生み出された波は、ついにはちきれんばかりに膨れ上がった。

空間そのものを歪めるほどに、その力と勢力を増した、波。妖花が生み出す波は、ついに閉ざされた空間から解き放たれようとしていた。

卵が、内圧に耐えかねて内側から弾け飛ぶように。そして、卵の中身が撒き散らされるように、跳躍空間にそれは広がっていく。

 

その波を、人はバイドによる空間汚染と、そう呼んでいた。

 

 

乱戦は更に激化していた。

機体性能に劣るパウ・アーマー改は早々に撃墜されて戦場を離れ。アーヴァンクもまた機体は半壊。戦闘を続けるのは困難な状況であった。ヒュロスもその片腕は消失したと認定され、ウェーブ・マスターは推進部にダメージを受けていた。

そして、ラストダンサーは。

 

「機体損傷率75%オーバー。……なのに、よく動くわ」

あからさまな被弾が5、それ以外にも無数の損傷が刻み込まれている。そしてブースター出力は既に半減。辛うじてフォースはまだ制御下にあったが、それもいつ失われるか分からない。

有り体に言えば、それはもう満身創痍。撃墜判定が出ていないのが不思議なほどだった。既存の機体を更に上回るサバイバビリティ。その存在の、最後の一片までもを賭してバイドを討つ。

この事実は、ラストダンサーがそういう機体であることを、誰しもに知らしめていた。ついには歓声も止み、誰もがその戦いの終結を、固唾を飲んで見守っていた。

次に機体が交錯する時、恐らく勝負はつく。戦っている者達も、それを見守る者達も、それを感じていた。

 

「……すごいな、彼らは」

テュール級を預かる艦長は、艦をたゆまず進ませながら、その戦いに見入っていた。

今までに見たことも無いほどの、激しいR戦闘機同士の戦闘だった。それらの力を、戦う姿を知るからこそ、彼らにはその凄さが身に染みてよくわかっていた。

「艦長、ニーズヘッグ級がこちらに接近してきます」

戦いに見入る最中、オペレーターが駆逐艦が規定のコースを外れ、こちらに接近してくるのを知らせてきた。

「何をやっているんだ。見入りすぎて舵を取り間違えたか。向こうに通信を入れろ。それと、こっちもコースを変更だ。道を開けてやれ」

「了解です、進路を変更します」

指示に従い、艦体がその進路を変える。他の艦の軌道に入らぬように、ニーズヘッグ級と衝突しないように。だが、その直後。艦に衝撃が走り、それは激しく感を揺さぶった。

 

「な……何が起こったっ!?」

「これは……そんなバカなっ!?」

浮き足立つ艦内。損傷は、思わぬ程に激しかった。艦に衝突したそれは、艦の後部を食い破り、内部にまで突き抜けていた。艦の各所に火災が発生している。ダメージコントロールをしようにも、あまりにもそれは巨大すぎた。

そう、艦に突き刺さっていたもの、それは。

「正確に報告しろっ!」

「信じられません……本艦の右後方を航行していたガルム級が、本艦と接触!損傷は艦後部の広域に渡り、推進部にも重大な損傷が見られます!」

「どういうことだ!ガルム級の進路には割り込んでいなかったはずだぞ!」

「分かりません!ですが先ほどまで右後方を航行していたはずなのに突然本艦の背後に現れ、回避も間に合わず……うぁぁっ!?」

更にもう一つ、艦を激しい衝撃が揺さぶった。ダメージレベル最大、最早艦を捨てて脱出せざるをえないほどに、その衝撃は大きかった。

「今度は……なんだっ」

その衝撃に揺さぶられ、したたかにその身を打ち付けてしまい。よろめきながら、艦長は言葉を放った。

「……ニーズヘッグ級が、本艦の側面に接触、艦体に重大な損傷。これ以上の航行は……不可能です」

その顔面を蒼白に染め、まるで信じられない悪夢を見るかのように、オペレーターは報告を返した。

「何だ、これは……どうなっているんだ」

まるで状況がつかめぬまま、テュール級はその戦闘力を失おうとしていた。

 

時を同じくして、同様の報告が艦隊の各所から伝えられていた。

「どういうことだ、これは……」

突然に頻発しだした艦同士の衝突事故。状況が把握できずに、九条も一瞬思考が停止する。だがそれはほんの数秒。すぐさま事態を収拾するための指示を出した。

「全艦停止!追って指示があるまでその場で待機っ!原因を突き止めろ!解析班、急げっ!!」

九条の声が艦隊に響く。それでも、すぐに艦隊全体の動きが止まるわけも無い。尚も衝突事故は続き、それから数分をおいてようやく、全ての艦の動きが停止した。

「……なんとか止まってくれたか。とにかく、状況を調べないとな」

だが、落ち着くような余裕を、敵は与えてくれはしなかった。

「提督!周囲にバイド反応あり、かなりの大部隊です。……こちらに向かってきます!」

「この期に及んでバイドまでかっ!……いや、今だからこそ、か」

この異変がバイドの仕業によるものであることを、九条は直感していた。とんでもない不意打ちを食らったものだが、それで潰えるわけにもいかない。

「バイドを迎え撃つ。R戦闘機部隊を発進させろ!とにかく、敵を近づけさせるなっ!!」

模擬戦に皆の視線は釘付けだった。そのタイミングでこの不意打ちに加えて襲撃、最悪すぎるほどに最悪の状態だった。

 

「……やってくれるじゃないか、バイド。だが、負けてはやれんぞ」

それでも、負けぬと闘志を振り絞る。知れず、九条はその口元に笑みを浮かべていた。

 

 

「どうやら、模擬戦のつもりがとんだ実戦になってしまったみたいね」

「全くだ、決着をつけ損なったな」

この様子では、最早模擬戦がどうのという場合ではないだろう。バイドの襲来。それは、ついにバイドとの最終戦争。その初戦が始まったことを現していた。

「エース諸君。とまあ状況はそういうわけだ。正直未だに状況が分からん。艦隊はかなりの被害を受け、R戦闘機もすぐには出撃できない状況だ」

戦いの気配を察して集うエース達。そこに九条からの通信が飛んだ。

「バイドが来ているのね?」

手短に、スゥが状況を確認した。

「その通りだ、もしかすると敵も、このタイミングを見計らっていたのかもしれないな。……まあそういうわけだ、偵察も兼ねて連中の相手をしてくれ」

「了解よ」

受け答えも手短に、スゥはラストダンサーを走らせた。模擬戦モードは即座に解除。損傷認識された部分がすぐさま正常に戻る。

どうやら、敵はほぼ全周囲より接近していることが分かった。まずは艦隊前方より迫る敵。これを片付け進路を空ける。その為に、英雄たる矢は放たれた。

 

「また随分と頼もしいものだ。あれなら存分に埒を明けてくれそうだ」

そんな姿に九条も一つ頷いて。続いて各方面に散るエース達の動きを捉えながら。

「引き続き解析を急がせろ。状況が分からないことには、迂闊に身動きが取れん。接近するバイドの詳細は?」

彼らばかりに任せておけるわけもなし、九条もまた手負いの艦隊を率いて敵を迎え撃つ。この異変の元凶を突き止めないことには、これ以上艦隊を動かすことはできない。足の止まった艦隊など、敵からすれば格好の標的だ。

R戦闘機部隊に敵の足止めを任せ、その間にこの異変を止め、敵を撃破する。月並みではあるが、状況がさっぱり分からない以上は慎重にならざるを得なかった。

「はい、どうやら機動兵器を中心とした部隊のようです。ですが、大型の艦船の反応もあります。かなりの大部隊ですね、提督」

ふむ、と小さく唸る。どうやら敵は、真正面から艦隊戦を仕掛けてくるようだ。確かに奇策でこちらの出鼻を挫いたのだから、後は正攻法で叩き潰せばよいのかもしれない。

だが、逆に今はそれがありがたい。

 

「敵が正々堂々しかけてきてくれるなら、敵の動きからこの異変の元凶を知ることもできるだろう。前線の兵に通達。敵と交戦しながら、敵機や敵艦の挙動をできる限り報告せよ!」

さあ、鬼が出るか蛇が出るか。いよいよ始まる戦いの気配に、皆の戦意は高まっていく。張り詰めていた心は、そのまま引き絞られた弦のよう。それが放たれる時、その矢は激しい威力を持って戦場を駆けるのだ。

 

その力を、バイドは今こそ思い知ることとなるだろう。

 

 

 

ラストダンサーが、敵の只中を突き抜ける。

彼女の前にあるのはバイドのみ。彼女と共に飛ぶものは無く。彼女の後ろには、撃たれて潰えるバイドの姿のみがあった。

敵はキャンサーや、コンテナをミサイルキャリアーに換装した爆撃機であるストロバルトボマーといった、小型バイドばかり。

展開される弾幕は、ラストダンサーの機動性の前ではまるで無意味。容易く掻い潜り、フォースで受け止め。レーザーや波動砲によって叩き落されていく。

「このあたりの敵は、概ね蹴散らしたようね。……このまま敵陣へ突っ込むことにしましょう」

ラストダンサーが速度を上げる。敵艦の反応は近い。まずは敵艦を叩き落して、後方の艦隊が艦砲射撃に晒されるのを防ぐ必要があるだろう。見る見るうちに彼我の距離は縮まり、ついにラストダンサーは敵艦の射程距離内へと飛び込んだ。

その艦はいわゆるボルドやコンバイラといった、バイドらしい戦艦ではない。地球軍のそれに酷似したその戦艦は、全身に無数の砲台を備えていた。艦首砲らしきものは見て取れない。それに、砲台は小型のものばかり。

「どうやらあの戦艦は、対艦ではなくR戦闘機と戦うための艦のようね。……でも、そんなものでこのラストダンサーは止められない!」

一斉に照準を合わせ、弾幕を展開する砲台。速度を上げて、それを掻い潜ろうとした、その刹那。

 

「っ!?敵弾が、曲がって……」

迫り来る敵弾が、突如としてその軌道を変えたのだった。放たれる弾幕の一つ一つが、不規則に軌道を変えて迫り来る。機体を急停止してやり過ごすと、敵弾は元の通りの軌道を描いて後方へと消えていった。

尚も続々と迫り来る敵弾を見極めながら掻い潜る。先ほどの敵弾、その軌道の変化は一体なんだったのか。敵艦から距離を取り、速度を落としてよける限りには敵弾の軌道に変化は見られない。

 

 

スゥは考える。

恐らく、この変化こそが艦隊に起こった異変を突き止めるためのヒントとなるはずだ、と。だが、ここでこうして回避を続けていても、一切変化は見られない。やはりここは再び敵に肉薄し、その正体を探るしかないのだろう。

「曲がる弾でもなんでも、もってくればいい。……私を、止められるものか!」

再び速度を上げて、ラストダンサーが敵艦に肉薄する。そうして速度を上げた途端、やはり敵弾は曲がりその軌道を変える。

 

否、違う。曲がっているのは――。

 

「これは、宇宙が。空間そのものが、歪んでいるというの?」

そう、目に映る全てが。宇宙が、敵艦が、そして自分の機体そのものが、歪んで映っているようだった。

「空間が歪んでいる。そして、何らかのきっかけでそれが発現する。恐らく……速度が原因ね。でも、それさえ掴むことができればっ!」

武装変更。フォースをアンカーフォースへと切り替える。そしてそのまま砲台の並ぶ敵艦の上を通り過ぎながら、アンカーフォースが持つ広域に攻撃可能な攻撃兵器、ターミネイト・γを発射した。

撃ち放たれ、180度の広域を薙ぎ払った光線は、敵艦表面に立ち並ぶ砲台を焼き払う。

対空砲火を失った戦艦に、ラストダンサーを悠々を機首を向け。R-11系列機が備えるギャロップ・フォース改へと変更させたフォースから、最大収束のビームレーザーSを叩き込んだ。それは敵艦に突き刺さり、容易く艦中枢部を破壊し尽くした。

爆発と共に潰えていく敵艦。やはり、その姿は歪んではいないようだった。

 

「……なるほどね、だいたいわかったわ」

その交錯に、推測が確信に変わったのを感じ。スゥは、後方の艦隊へと通信を送るのだった。

 

「ラストダンサーよりアスガルド。どうやらこの異変の正体がわかったわ」

「何だって、それは本当か!?報告を頼む」

依然、遅々として進まぬ解析に頭を抱えていた九条にはそれは、まさしく救いの手とも呼べるようなものだったのだろう。彼は、すぐさまそれに飛びついた。

「どうやら、この跳躍空間そのものがバイドによる汚染を受けているようね。空間そのものが歪んで、真っ直ぐ進んでいるはずの機体の軌道さえもずれてしまう。恐らく、速度を上げるとそれに比例して歪みも大きくなるのだと思うわ」

「ふむ、確かにそれならば艦隊行動中の部隊が進路を誤るのも分からないではない。その結果があの追突というわけか。……確かに筋は通る」

九条は再び戦況に目を移す。敵の軍勢についにR戦闘機部隊が接触、激しい戦いが繰り広げられていた。その最中、兵の間からは同様の異変を知らせる報告が次々に上げられてきた。

「……どうやら間違いは無いようだ。恐らく異変の元凶がどこかにいることだろう。我々はこのまま元凶を探る。ラストダンサーはそのまま、敵艦を撃破してくれ」

「その必要はないわ」

九条の言葉に即座に続いて、スゥはそんな言葉を返した。

「どういうことかな?」

「敵陣の奥に、巨大なバイド反応を検知したわ。恐らく、それがこの敵部隊の中枢。そして、この異変を生み出した元凶のはずよ。……このまま撃破に向かうわ」

その言葉に確証はない。しかし、今までの戦いではその多くが、最奥に潜むバイド中枢。それを討つことで、戦況が好転してきたことも事実。元よりラストダンサーは、単騎特攻用の決戦兵器。その力を発揮するのに、これほどうってつけの状況もないだろう。

 

 

「……では、任せよう。せめて護衛をつけさせようか?」

だが、あれほどの軍勢に単騎で挑む。それが、どれほど自殺行為に等しい行為であるかを、九条もよく知っている。

「必要ないわ。どうせ、私には誰もついて来られない」

「……頼もしいな。必ずやり遂げてくれるね?」

孤高の英雄と言えば聞こえはいいがここまでスタンドプレーも過ぎると、流石に扱いようが無い。結局、好きにやらせるより他にないのかと、九条は一つ嘆息し。

「こんなところで、貴方達を死なせるつもりは無いわ」

それを最後に、ラストダンサーは通信可能範囲の外へと飛び出したようで、通信は唐突に打ち切られるのだった。

「まあ、上手いことやってくれるのを祈ろう」

一抹の不安を抱えながら、九条も意識を迫り来る敵へと向けた。速度を上げさえしなければ、それほど空間の歪みは深刻ではないのかもしれない。それならば、負傷艦を後方に下げ、動ける艦は前面に押し出し援護をさせたいところだが。

「まずは、状況を確認しよう。解析班。ラストダンサーからの報告を元に現在起こっている異変の解析を続けてくれ。どうにか艦を動かさなければ話にならん」

手短に指示を飛ばし、そして。

 

「解析が終了次第、艦を前進させ、艦砲射撃で敵艦隊を攻撃する。動ける艦は、それに備えて待機せよ!」

時を追うごとに苛烈に膨れ上がる戦場。それをすぐ前方に眺めながら、九条は艦隊へと指示を与えた。

 

 

「……だ、そうだね。織莉子。どうしようか」

その通信を、密かに傍受していた機影が二つ。

「決まっているわ。倒さなくちゃいけない敵はそこにいる。ここの守りは、彼らに任せることにしましょう」

周囲の敵を殲滅したダンシング・エッジとヒュロス。その二機が、ラストダンサーの向かった先へと機体を走らせる。

「そうこなくっちゃ。こんな雑魚の相手ばっかりじゃあ物足りないよ。やっぱり私と織莉子の相手は、大物じゃなくちゃあねっ!」

「そのバイドを倒せば、きっと皆も助かるはずよ。いくら英雄だって、一人では辛いはずだもの」

模擬戦の直後、そのままに突き進む二人である。他の機体より先んじて、敵陣に食い込むことができていた。恐らく、ラストダンサーを追うこともできるだろう。だが、敵も容易く行かせはしない。

英雄を追うということは、それと同じ道を行くということで。その前には、無数の敵がひしめく長い道があった。

 

戦況は、一進一退の様相を見せていた。敵は機動兵器と戦艦が主。しかし敵艦は対空砲火に重点を置いたものであり、そこから放たれる弾幕は、時空の歪みと相まって次々にR戦闘機に食らいついていた。

とは言え、キャンサーやストロバルトボマーでは真正面からR戦闘機に立ち向かうには力不足。障害物の一切無い跳躍空間においては、不意を突くような術もない。

英雄も未だ敵陣深くあり、通信さえも届かない。敵も味方も、この状況に埒を明ける術を持たずにいた。

痺れを切らしたのだろうか、敵艦の中でも一際大きなものが一隻、無数に被弾しながらも

艦隊へと向けて突撃を仕掛けてきたのだった。

「対艦装備を持たない艦が、何故……とにかく迎撃だ。敵は一隻。艦首砲は温存しろ。一般兵装の集中砲火で、奴を撃沈させる!」

前面にて待機していた艦隊が、その兵装を敵艦に向ける。追尾レーザーやミサイル、そして主砲が次々に敵艦に突き刺さり、損傷を与えていく。

全身から爆炎と黒煙を巻き上げながらも、敵艦は尚も艦隊を目指し突き進んでいたが、ついに機関部に主砲が直撃、炎の中にその艦体は没した。

「流石にこれだけの艦での一斉射撃だ。耐えられるわけが無いさ」

敵陣の動きに注視しつつ、九条は沈む敵艦を眺めた。

丁度、その時に。沈む艦のその奥から、何かが這い出してきた。

 

それは、それは――。

 

 

「敵艦内部に巨大なバイド反応!これは……巨大な機動兵器!?」

そう、まさにそれは機械でできた異形の魔人。それはかつて、朽ちた神殿の奥で人類が邂逅した、恐るべき悪夢。その、冷たい鎧の奥で微笑むその悪魔は。

「該当データ、有りっ!これは……ザブトムですっ!」

第二次バイドミッション当時、出撃したR-9C――ウォー・ヘッドの前に立ちふさがった最初の大型バイド。ドプケラドプスの残骸から作られた、惑星破壊兵器と呼ばれるバイドだった。

しかも、ウォー・ヘッドが遭遇したそれは未だ未完成。四肢をもがれた姿であったのだが、第二次バイド討伐艦隊の前に立ちふさがったそれは。

その禍々しき手に、死神の鎌がごとき巨大な武器を掲げ、その下半身は、まるで蟲の腹部を思わせる無数の節に分かれた機械で構成されていた。

これがまさしく、ザブトムの完成した姿。

最早人型すらも失った、まさしく真なる異形の機械。オージザブトム。そう呼ばれたその悪魔は、炎に潰えた鉄の子宮を食い破り、食らうべき敵をその眼に捉えた。

 

 

 

「ユ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォ!!!」

 

この世のものとは思えないおぞましくも恐ろしい産声が、跳躍空間に響き渡った。

 

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