かつての戦友の残影は、そんな彼女に火を灯す。
一方、英雄は遂にバイドの中枢と対峙する。
その圧倒的な力に対し、英雄は、魔法の力をもって立ち向かう。
「みんなが戦ってるのに。……何してるんだろうな、あたしは」
テレビに映し出された映像は、太陽系外周絶対防衛部隊の戦いの様子だった。それを見ているのは、誰もみな病衣を纏った人々だった。
そこは地球のとある病院。まだ戦火は遠く、映し出された映像は地球軍の華々しい勝利だけを映している。それを見て彼らは自分達の勝利を思い描き、今この平和が続いていくのだろうと確信していた。
その中に彼女は、美樹さやかはいた。
華々しい勝利の映像。その影には必ず、多くの犠牲と死が付きまとっている。実際の戦況すらも、あれほど華々しく勝利ばかりを飾っているわけではないのかもしれない。
さやかは知っていた。戦うことの恐ろしさを。そして、バイドという敵の強大さを。
だからこそ悔しいと思う。自分が戦えないことが。そして何より、大切な人たちを守れなかったことが。
けれどもう、さやかは戦う力を持っていない。新たに与えられた命は、それと引き換えに彼女の持っていた戦う力を奪い去っていった。
大切な仲間の死が、自ら傷つけてしまった親友が。そして、何もできない自分自身。そんな無力感が、彼女の心を苛んでいた。それは、彼女をむしばむ病みとなっていた。
じっと手を見た。随分と細く、弱弱しくなっている。無理も無い。ここに来てからあまり食事も取れていない。夜も、そう眠れてはいない。夜毎後悔が募って、心を苛みうなされてしまう。日々自分が磨り減っていくのがよく分かった。
かつての、ほんの半年前の自分は、こうではなかったはずなのに。そんな自分が情けなくて、また溜息が零れた。
これでもまだ、ここに来たばかりの時よりは大分マシなのだ。来たばかりの頃は、日がな一日自らを嘆いてばかりだったから。今にして思えば、よくあの頃に自ら命を絶ってしまわなかったものだと思った。
英雄の帰還より半年余り。定期的な投薬やカウンセリングが功を奏して、さやかの状態はかなり安定していた。少し落ち着いた思考で、ようやく色々なことを考えることができるようになった。
その頃にはもう、人類とバイドの戦争は佳境を迎えてしまっていた。
きっともう、あの戦場に戻れたとして、できることは何もない。ここでこうして、悔やみながらも皆の勝利を祈ること。それだけが、自分にできる唯一のことなのだろうと、そう考えていた。
無言でさやかは立ち上がった。
これ以上見ていると、思い出してしまう。精一杯生きて、精一杯戦い続けた日々を。命をかけて、仲間と共に駆け抜けてきた日々を。
心から信じられた、恐らく生涯に二度と得ることの無いであろう、仲間達のことを。救えなかった、守れなかった、一人だけ生き残ってしまった、自分のことを。
「もう、見ないの?」
立ち上がったさやかに、隣に座った少女が話しかけた。
「うん、もう部屋に戻るよ。また後でね、サーシャ」
さやかよりも幾分かはっきりとした青色の髪の少女だった。状態の安定したさやかが個室から普通の病室に移された後、隣のベッドにいたのがサーシャだった。
年の頃も近く、サーシャ自身もまだ割と話の通じる少女であったこともあり、さやかにとっては数少ない話し相手となっていた。そういう存在がいたことが、少しは救いになっていたのかもしれない。
「そう。じゃあ私は、もう少しこのまま見てることにするわ」
そう言って、サーシャは再びテレビの画面に視線を移した。編隊を組み、華麗に宇宙を飛び回るR戦闘機の姿。それを、どこかきらきらした目で見つめて、サーシャは。
「あんな風に宇宙を飛び回れたら、きっと楽しいでしょうね。でも、私はあんな無骨な機械よりも、綺麗なペガサスがいいな。……ふふ」
誰に言うでもなく、少し空想めいたことを言うサーシャ。要するに、そういう空想癖があるらしい。それも、随分と根深い。恐らく彼女がここにいる理由も、それに類するものなのではないだろうかと推測できた。
「鋼の翼も悪くないよ。……命を乗せて飛ぶには、丁度いい重さなんだ」
「……さやか?」
一言だけを残して、さやかは部屋へと戻っていった。
まだ日は高い。一日中寝ているような趣味がなければ、病室にずっといるようなことは無い。だから病室には、さやかが一人。
「まるで燃えカスみたいだ。今のあたし」
力なくベッドに腰掛け、項垂れて。自嘲めいてさやかは呟いた。命を、その身体を、燃やし尽くして戦い抜いて。そして燃え尽きた。今ここにいる自分は、その燃え殻でしかない。そう思うと無性に自分が情けない。自分の無力さがたまらない。
「どうなるんだろうな、あたし……これから」
一時期、ここに着たばかりの頃と比べれば相当回復はしていた。このまま行けば、そう遠からずここを出られるだろう。けれど出てどうする。そのまま、日常に回帰するのだろうか。
巨大戦艦襲来の後、見滝原はバイドの襲撃を受けていない。となれば、きっと家族は無事だろう。無事に帰ってきた自分達の娘を、両親はきっと喜んで迎えてくれるだろう。そしてそのまま、きっと帰る事ができるのだろう。
見滝原に、自分の家に。……かつて尊いと思った、日常へ。けれどもう今は、かつてのような日常に戻れる気は、まるでしなかった。
あの日常は、平和に見えた日々は、多くの犠牲の果てに生み出されていたのだ。その一翼を自ら担うことになって、その尊さを知った。けれど、そのために余りに多くの犠牲を払ってしまった。
今更もう、元の通りに日常を過ごすことなど、できるはずがない。もしかしたら、本当にバイドがいなくなってしまったとしても無理かもしれない。
「……楽しかったのかなぁ、あんなことが」
戦う事が楽しいだなんて、思いたくはなかった。だから、きっとそれは違う。
楽しかったのは、仲間と共にいられた日々。命を賭けて、文字通り駆け抜けていった戦いの中で築いた、絆。
そして、自分にできることがあるのだという、それを為しているのだという。それが、多くの人を守っているのだという充足感。きっとそれは、この先一生薄れることの無い記憶だろう。
「楽しかったんだよ。ほむらと、杏子と、マミさんと、キュゥべえと。死ぬかもしれないって分かってたのに、でも、楽しかったんだよ。……一緒に居られて。ただ、それが嬉しかったんだよ。あたしは……あたしはっ」
視界が潤んだ。枕に顔を埋めて、零れる涙は見えないようにした。
完全に思い出されてしまった。孤独な英雄で、クールなようで誰よりも仲間思いだったほむらの姿が。皆の切り込み隊長で、けれど、一緒なら誰にも負けないと思えた杏子の姿が。頼れるリーダーで、自分に戦う定めと生き方を示したマミの姿が。
ありありと、彼女達の姿が脳裏に焼きついていた。
嗚呼、嗚呼。
涙を流すのは、寝ている時だけで十分なのに。これ以上涙を流していたら、心が乾いて割れてしまいそうなのに。それでも、涙は留まることを知らずに零れた。
枕を濡らして、嗚咽が漏れた。
『あたしは、エバーグリーンの墜落で全てを失った。家族を、生活を、友人を。それまでの全てを失った。ここにいる人の中にも、きっと同じような人がいるんじゃないかと思う』
泣き疲れて、眠っていたのだろう。まどろむ意識の中に、声が聞こえてきた。
その、声の主は。
「杏子っ!!」
さやかは飛び起きた。飛び起きていきなり、ありえないと頭の中でそれを否定した。杏子は死んだ。自分が生み出した魔女と刺し違えて、死んだのだ。
「……どうしたの、さやか?」
急に飛び起きたさやかに、不思議そうにサーシャが問いかけた。部屋に戻ってきていたのだろう。その手には、携帯端末が握られていた。どうやらその声は、この携帯端末から漏れていたようだった。
「サーシャ。それ……は?」
起き抜けで、まだどこかぼんやりとした調子でさやかはサーシャに問いかけた。
「これ?ケイトから借りたの。バイドと戦う兵士が、式典で話したスピーチなんだけど。その兵士は、私達と同い年くらいの女の子なんだって。さやかも一緒に見てみる?」
兵士。式典。スピーチ。聞き覚えがある。いつか、杏子が気恥ずかしそうに話していた。そんなことがあったんだ、と。でも、具体的なことは教えてくれなかった。きっと、知り合いに聞かれるのは恥ずかしかったのだろう。
そこには、パイロットスーツを着て、何万という観衆の視線を一身に受けて立つ、杏子の姿があった。
『全てに絶望して、死んでしまいたいと思ったことが何度もある。そしてその時も普通に生きている人達を、何度羨ましく思ったか』
あの時最後に分かれて以来、自分の脳裏でしか描くことのできなかったその姿が今、とてもはっきりとそこには映し出されていた。それだけで、さやかの瞳からは再び涙が零れだしていた。
「さやか?どうしたの、やっぱりこんな女の子が戦っているなんて、考えるだけでも辛いかしら?私もそう思うわ。やっぱりこれはケイトに返しておいたほうがいいかしら」
それに慌てて、映像を停止させようとしたサーシャ。その手を抑えて、さやかは静かに首を振る。
「いいんだ。そのまま……聞かせて。お願い」
「……そう?わかったわ」
そして言葉は続く。その言葉が続けられるたび、ざわめいていた観衆が、次第に静かになっていく。
『そんなあたしが、ここまで生きてこられたのは――バイドがいたからだ。皮肉なことにね。バイドが憎かったから、戦う術を、理由を教えてくれる人がいたから、あたしは戦って、生き延びてこれた』
「杏子……そっか。あんたも……そうなんだよね」
全て失って、燃え尽きてしまったのは同じなのだ。そこから、杏子は立ち直った。その原因は、自分だ。そんな自分が、今こうして燃え尽きてしまい、その膝を折ってしまっている。
それはきっと、随分と滑稽な話だろう。
『一緒に戦うことの頼もしさを知ることができたけど、それは同時に別れの辛さもあたしに叩き付けてくれたよ。戦いの分だけ、沢山の出会いと別れがあった。助けたくても、助けられなかった人もいたさ』
その言葉は、ロスとの再会の前に告げた言葉だろう。その言葉を告げた杏子は、それでも最後は助けることができたのだろう。ロスを、アーサーを。そしてさやかを。
だから、満足して逝くことができたのだろうかと、心の中で問いかけた。
『でもあたしは、今まで戦い抜いてきてよかったと思ってる。仲間に出会えたからね』
仲間と呼んでくれたことを、そしてその仲間が、杏子を救っていたことを。嬉しいと思う、けれどもう、どうすることもできなかった。杏子の意志を継ぐこともできない。何もできない。戦う力は失われてしまったのだ。
再び、無力感がこみ上げてくる。
「ごめん、杏子。やっぱり、あたし……ダメみたいだ」
押し潰される。これほど堂々と自分の生き方を誇る杏子が眩しくて。それに比べて、今の自分が情けなくて。もう、さやかには謝ることしかできなかった。
自責の念と無力感に押し潰され、絶望の淵にどっぷりと沈んださやかの心。きっと、杏子が見たら笑うだろうな、と。弱弱しい笑みを、さやかは浮かべていた。
けれど、杏子はそんな絶望に沈んださやかを許さない。自らの命を賭して救ったさやかが、そんな無為の中に沈む姿を、許しはしない。だからこそ、続く言葉はさやかの心を打ちのめした。
乾いてひび割れ傷だらけのその心を、ばらばらに打ち砕くような衝撃だった。
『そしてあたし達は、これからもバイドと戦っていく。確かに、バイドと戦うことは誰にでもできることじゃないさ。でも、例え戦うことじゃなくても、誰にだって出来ることはあるはずだ』
『世界を救うのは、たった1人の英雄だけじゃない。あたし達1人1人の思いが積み重なって世界を守るんだ。皆で一緒に守っていくんだ!』
びくりと、さやかの身体と心が震えた。想いを込めて叩きつけられた言葉は、絶望の色に染まった心を打ち砕く。砕けて割れて、残った破片はまさに燃え殻。
けれど、その燃え殻の中から蘇るものがあるとするならば。それはなんだろう。
『だから生き抜こうぜ!生きてさえいれば、あたしたちにはできることがきっとある。無くすな!世界を!諦めるな!自分をっ!!』
涙が零れる。乾いた冷たい涙ではなく、それは暖かかった。心がその傷口から流す、血のような涙ではない。乾いた心を潤して、暖めていく柔らかな雫。
きっとその言葉は心から、精一杯の想いを込めて発せられたのだろう。こうして映像として残されただけのものでも、その想いは伝わってくる。声が生み出すその震えはそのままさやかの心に響き、そしてそれを震わせた。
『――勝利は、あたし達の手にっ!!』
ぎゅっと、拳を握った。胸が熱い。衝動のような、強い気持ちが沸き起こってきた。何かをしなければならないと、衝き動かされるような感情だった。
「……格好いいわ。本当に憧れちゃう。私もこんな風になれたらなぁ。きっと英雄よ、バイドなんて、全部やっつけちゃうわ」
映像が途切れて、言葉を失っていたサーシャが、感極まったように言う。
「英雄なんて、そんないいもんじゃないよ。サーシャ。……ごめん、杏子。あたし、すっごいバカやってた」
拳を握ったまま、さやかは立ち上がった。その瞳には、もう絶望に沈んだ色はない。力強い、宝石のように美しい光が彼女の瞳に宿っていた。
「さやか?……今の人、知ってるの?」
訝しげに尋ねたサーシャに振り向いて、力強く頷いて、さやかは。
「知ってるよ。あたしの大事な仲間だったんだ。……サーシャ、あたし行くね」
「行くって、どこに行くんです?」
にぃ、と不敵にその顔を歪めて。どこか、悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「もちろん、あたしのできることをしに行くんだ!」
力強く、そう告げた。
――抱きしめ合い、重なる男女のシルエット。
――男が、女を押し倒す。そのまま重なり、一つの陰になる。
――緩やかに、艶かしく動く二つの身体。
――一際近く、二人の身体が近づいて……。
「っぁぁぁっ!!」
何故だか脳裏に浮かぶ、生々しいそのイメージを振り払うように、ラストダンサーの放った炸裂波動砲が、渦を巻くグアニムの中央に守られたチムスを破壊した。
チムスを失い、急速に形を失っていくゲノン。その崩壊の中をすり抜けて、尚もラストダンサーは駆け抜ける。
この空間に入って、一体どれほどの時が過ぎたのだろう。討伐艦隊は、そして太陽系は無事なのだろうか。それを不安に思う気持ちも、間違いなくスゥの中には存在していた。
けれど、それでもスゥは知っている。
この先にバイドの中枢がいる。それを倒せば、全てにケリがつくということを。
「まだ来る……でも、こんなものでっ!」
背後の液面からせり上がってきたのは、車輪のようなゲノン。シュトムとアデンに作られた輪の中心で、グアニムに守られて存在するチムス。
次々に放たれる光弾をすりぬけ、受け止め。ラストダンサーは車輪の中へと侵入した。いかなる攻撃に対しても無敵を誇るグアニムであっても、受けた衝撃を完全に吸収することはかなわない。
だからこそ放たれた炸裂波動砲は、グアニムの防御をものともせずにチムスを破壊するのだった。
統率を失い、消失していく車輪のゲノム。だが、背後にもう一つ。車輪のゲノムが現れた。今度は位置が悪い。悠長に回頭していては狙い撃ちになる。
そう、敵は背後の液面から次々に現れてくるのである。そして出現するまでは、一切センサーで捉えることができない。厄介な敵であることは間違いなかった。
それでも出現してしまえば耐久力も低く、攻撃らしい攻撃はアデンの放つ光弾のみである。ただただ出現時の不意打ちに気をつければ、遅れを取ることなどありえない相手なのだが。
「こうも簡単に背後を取られるっていうのは、気分のいいものではないわ」
一つ、静かに呟いて。
降り注ぐ光弾の雨を、背部の様子を伝えるモニターだけを頼りに回避する。そして一瞬の隙を縫ってフォースを切り離し、背後へと付け替える。そのフォースが姿を変える。
その色は白金。戦う慰霊碑ことB-5C――プラチナ・ハート用に設計された、プラチナ・フォースである。
だが、狙うべきチムスはグアニムに守られている。余裕があれば、一箇所だけ配置されたアデンを破壊し、その隙間からチムスを狙えたのだろうが、生憎と今はそんな余裕は無い。だからこそ。
「……そこだっ!」
プラチナ・フォースから放たれたのは極細の青いレーザー。フォースから水平に放たれたそれは、ホリゾンタルレーザーと呼ばれるプラチナ・フォースの持つレーザーである。
その特徴は細さ。熟練したパイロットであれば、文字通り針の穴を通すような射撃が可能とするほどのものであり、そして彼女は英雄だった。
背後へ向けて放たれたホリゾンタルレーザーは、グアニムの間の僅かな隙間をすり抜けて、そのまま群れの統率者であるチムスを打ち砕いていた。
再び崩れていくゲノン。どうやら、敵の襲撃もひとまずは落ち着いたようだった。
「やってみるものね。……そろそろ、近い」
奥から感じるかつて無いほどに大きなバイド反応。確かに近づいているのだろう。バイドの中枢たるそのバイドの元へ、もうじきたどり着くことができるだろう。
――重なり合ったシルエットが、震えた。
――女のものだろう。細い足が、そのつま先がぴん、と張った。
――女は、男の背に手を回し。そして。
「……ふざけた真似を。何のつもりだ、バイドっ!!」
再び現れる、男女のイメージ。間違いなくそれは生の、そして性の営みで。何故バイドがそんなものを見せようというのか、スゥにはそれが理解できなかった。
そんなもので頬を赤らめ戦意を喪失するほど、子供でもない。ましてや、バイドの考えを理解する必要などは、端から無いのだが。
『スゥ、ちゃん?どうしたの、大丈夫っ?』
まどかの心配そうな声。声を届けることしかできないというのは、歯がゆいのかもしれない。例えここで自分が撃墜されてしまったとして、それを見ていることしか、声を届けることしかできないのだ。
きっと、それはとても辛いのだろうと思った。だからこそ、そんな辛い思いはさせてはならない、と。
「大丈夫よ、まどか。……何の問題も無い。もうすぐ終わるわ」
『本当に?……絶対、絶対に帰ってきてね、スゥちゃ――っ。私、待って――から』
「っ、……まどか?」
グアニムの群れが作り出した壁。その真ん中に、細く作られた道。その中を進み、道を塞ごうと迫り来るシュトムを次々に打ち砕きながら進む。
だが、そんなスゥの元に届いたまどかの声は、なぜか途切れ途切れのものだった。
『あ――、どうし――だろ。声――届――ない――』
「まどかっ!?なにがあったの、まどかっ!?」
『どうやら、バイドの空間干渉によってボク達の声も届かなくなってしまうみたいだ。これほどの力をもったバイド、だなんてね。……驚いたよ』
「どういうこと、インキュベーター」
まさかまどかの身に何かがあったのでは、と。そう考えると気が気ではないスゥ。そんなスゥに、続けざまにキュゥべえは言葉を投げかけた。
『何も問題は無いよ。キミはそのままバイドを倒せば―――』
その声も、途中で途切れてしまった。もう、何も聞こえない。
「……どうか、無事でいて。まどか」
何があっても、ここにいる自分にできることは何もない。できることといえば、たった一つだけだ。
「私は、バイドを倒すから」
広く、暗い空間に出た。思考の端を掠めていた、睦みあう男女のイメージが途切れた。
何かが、来る。
「どうしたの。ねえ、キュゥべえ。一体何が起こったの!?」
アーク内部。アークは既に木星を離れ、バイドの襲撃からの安全圏へと逃れていた。まどかは椅子に座ったまま、目の前のモニターに移るスゥの姿を見つめていた。
ラストダンサーは、異形のバイドと向き合っている。上下の液面にその蔦を浸し、その中心にはなにやら心臓のような器官を持っている。そのバイドは、接近するラストダンサーを、敵を見つけたかのように、大きく脈打った。
「……バイドによる干渉だよ。幸い映像は残っているようだけどね。多分、もうボク達の言葉を彼女に伝えることはできないだろう」
「そんな……スゥちゃん、あんなバイドと戦ってるのに」
大きさだけで言えば先に戦ったゴマンダーのほうが上。けれど、その異形さと映像越しにでも感じるこの威圧感は、身の内から湧き上がる恐怖とも畏怖とも言えるような原始的な感情は、あのバイドが、恐るべき強敵であるということをまどかにも実感させていた。
「信じるしかないだろうね。見届けてあげるといい。彼女が、スゥがどこまでやれるのか」
「そんな……もう、私にできることは何もないのかな。ねぇ、キュゥべえ。本当にもう何もできないの?」
ただ見ていることしかできないだなんて。そんな無力感に耐えかねて、まどかは縋るようにキュゥべえに問いかけた。
「……彼女に対して何かをするのは不可能だ。でも、できることがないわけじゃない。多分それは、まどかにとっても少なからず辛いことだと思う。それでも……やってみるかい?」
キュゥべえの言葉に、まどかはほんの一瞬だけ躊躇って。
「……やるよ。皆が戦ってるんだもん、私だって頑張るよ」
力強く、頷いた。
「キミの気持ちはわかった。……じゃあ、見せてあげることにしよう。世界中の人々に、彼女の、英雄の戦う様を」
まどかの頭に取り付けられた装置から、微かな音が漏れる。それと同時に、モニターに映されていた映像が一瞬揺らぎ、そして再び映像が映し出された。
「何を……したの、キュゥべえ」
「すぐに分かるさ」
その言葉よりも早く、まどかの視界にそれが飛び込んできた。
「それで、戦況は?」
会議室にて、地球連合軍司令が重々しく放った言葉に、一人の男が答えた。
「オペレーション・ラストダンスは最終段階に入りました。討伐艦隊及びラストダンサーは跳躍空間を突破。それより先のことはわかりませんが、恐らくバイド中枢において敵と交戦しているものと思われます」
「それは結構。だが、問題は太陽系の守りだ」
そこには、重苦しい雰囲気がたちこめていた。大型モニターに映された映像は、中心部を覗いた多くの部分が赤く染めあげられた太陽系の姿が映し出されていた。
「木星のエウロパ基地からの交信が途絶えました。……恐らく、バイドによって陥落したものと思われます」
奇襲によってグリトニルを陥落せしめたバイド軍は、そのまま太陽系内部へと侵攻を開始していた。
討伐艦隊と太陽系外周の防衛のほぼ全ての戦力を割いていたため、太陽系内部にはそれに抗う戦力はなく、バイド軍は次々に基地を襲い、その勢力を拡大しながら太陽系全土への侵攻を続けているのだった。
そして今、その毒牙は木星圏にまで及んでいた。
「外周防衛部隊も、残存勢力を率いて反転、敵の追撃を開始しましたが……」
「到着する頃には、地球もバイドの星になっている、か」
それは、まさしく絶望的な状況だった。
「最早これまでか。木星にまで来られる前にアークを出発させよう」
半ば諦め顔で、司令はそれを告げた。諦めと動揺の混じった感情が広がる会議室。その時、戦況を映し出していたモニターが突然に別の映像を映し出した。
「なんだ、これは……」
その、映像は。
「それで、君は私の所へ来たのかね。まったく、呆れた行動力だ」
男は、かつて織莉子とキリカをけしかけ、さやかとほむらを排しようとしたその男は、驚きと呆れの入り混じったような表情で、目の前の少女に告げた。とは言え、その顔の半分以上はよく分からない機械に挿げ替えられていて、表情などはわからないのだが。
「他にそういう知り合いもいなかったしね。それにあんたなら、なんとかしてくれるんじゃないかって思ったから」
その声に少女は、美樹さやかは答えた。力強く、真っ直ぐにらみつけるかのように。
エバーグリーンの事件の後、ティー・パーティーに帰還する前に、さやかはこの男への直通の連絡方法を教えられていた。
もしインキュベーターのところが気に食わなければ来るといい、ということで。結局それのお世話になることは無かったが、思わぬところで役に立つものである。
さやかはそれを用いて男に連絡を取り、病院を退院し合流する手はずまで整えてしまったのだった。
「子供のたわごとだ、別に聞き流してやってもよかったのだがな」
「じゃあ、なんだってあたしをここまで連れてきてくれたわけ。何かあるんでしょ、きっと」
弱気になるな、と。思わず竦みそうになる足や声を、必死に奮い立たせてさやかは食い下がる。
「別に何も無い。どの道人類は負ける。辛気臭い病院で最後を迎えさせることもない。そう思っただけのことだ」
「ちょっと、それってどういう……え、何よこれ?」
聞き捨てなら無い言葉に、更に食い下がろうとしたさやかの目の前で。ずっと宇宙を映していたそのモニターに、新たな映像が映し出されていた。
「これは……はは、ひゃははははッ!そうか、そういうことかっ!!」
その映像を見て、男は狂気すら滲ませて笑う。いきなり笑い出した姿に、流石にさやかもおののいた。ひとしきり笑って、男はゆっくりとさやかの方に振り向いて。
「いいだろう美樹さやか。お前に仕事をくれてやる」
その顔に、狂気と狂喜をたっぷりと滲ませて。男は、唇の端を吊り上げながらそう言った。
「うあぁぁぁっ!!」
ガルーダの放ったポッドが、バイドの巡航艦、ボルドの横っ腹に食いついた。まさしく聖鳥の爪がごとく、ポッドはボルドの内部を掻き毟り、引き裂いた。ポッドが戻ると、その背後でボルドは二つに割れて爆発する。
背後を見れば、味方機がタブロックに追われている。射程の長いミサイルからは逃げ切れず、今にも撃墜されてしまいそうだった。
すぐさま機体を翻し、タブロックに波動砲を叩き込む。窮地を救われた機体から、通信が届いた。
「マコトさん……助かりました。でも、もう限界ですよ。それに、たとえここで勝ったって……私達は」
その声は少女のそれで。彼女もまた魔法少女だった。ゲルヒルデを残し、後方の討伐艦隊の元へと逃れたマコトは、前後から迫り来る敵を退け、太陽系へと帰還していた太陽系外周部隊と合流した。
彼らはグリトニル陥落を、そして太陽系内部へのバイドの侵入を知り、誰もがショックを隠せずにいた。
魔法少女達にとっては、それはまさしく大きなショックであった。自分の身体を失ってしまったのだから、それは無理からぬことではあったのだが。
それでもマコトは彼女達にゲルヒルデの言葉を伝え、どうにか彼女達を奮い立たせた。そして、残存部隊を率いて太陽系内のバイドの追撃を開始したのだった。
けれど、魔法少女隊の士気は低く、出撃を拒む者も多くいた。仕方なくマコトは、出撃を拒む者達にはゲルヒルデの捜索という任を与えて放った。そして今、行く手を阻むバイドとの遭遇戦が始まっていたのだ。
「……隊長は必ず戻ってくる。だから、貴女も諦めないで」
何とか元気付けようとしてかけた言葉だが、そんなマコトの言葉にも、疲弊している様子は隠すことができなかった。
正規の地球軍を主とする部隊は、地球へと迫るバイドの追撃に向かっている。その進路を阻むバイドの相手は、単独でのサバイバビリティに優れた魔法少女隊が請け負っていた。
「マコト!まずいよ、敵の増援だよっ!」
絶望的な状況を告げる言葉が、共に戦うジーグルーネから投げかけられた。流石のマコトも、その胸中に諦めがよぎる。
「……もう、会えないかもしれませんね。隊長。……お父さん、お母さん」
静かに呟いて。彼女もまた遠からず訪れる死に対面した。その時、機体に無数に浮かぶモニターの中に、その映像が映し出されたのだった。
そう、その映像はまさしく英雄の戦う姿。ついにバイドの中枢の元へとたどり着き、それとの戦闘を開始した様子が映し出されていたのだった。
そしてまどかの視界にも、そんな風に太陽系のあちこちで戦う人々の姿が。そしてそれ以外にも、多くの人の見つめる視線が映っていた。
あまりにも膨大な情報量に、頭がずきりと痛みを感じた。
「キミの能力を拡大して、彼女の戦う姿を全太陽系に配信している。きっとこれは、苦境に瀕した人類にとっての希望になるはずだよ」
「そういうこと……なんだね」
頭痛を堪えながら、納得したようにまどかが言う。確かに見た限りでは、人類はまさしく最大の危機にある。そんな中には、スゥの戦う姿は。スゥが敵を倒せば全てが終わるという状況はまさしく救いに、唯一の希望になるだろう。
「……ね、キュゥべえ」
「なんだい、まどか」
「みんなに、これを見ているみんなに……声を、伝えられないかな」
「キミがそう望むなら、できないことじゃないはずだよ」
その言葉に、まどかは少しだけ笑って。
「わかったよ。じゃあ、話してみるね」
そして目を閉じ、深く息を吸い込んでから。
――みんな、この映像を見ているみんな。ちょっとだけ、私の声を聞いてください。
――あそこで戦っているのは、スゥちゃん。みんなの英雄で、私の一番大事な人なんです。
――スゥちゃんは、みんなのために戦ってます。そして今、バイドの中枢にまでたどり着いたんです。
――スゥちゃんは必ず勝ちます。勝って、世界を守ってくれます。だから、だから……。
声を伝えることは大変だった。頭痛が、もっと酷くなる。それを堪えて、声を。
――諦めないでください。負けないでください。希望を、捨てないで……っ。
「……っ、は、ぁッ」
限界だった。声を届けるのをやめても、まだキリキリと頭が痛む。けれど耐えなければならない。スゥがバイドを倒すまでは。全人類に、最後の希望を届けるために。耐えなければならないのだ、と。
まどかは、ぎり、と歯を食いしばった。
「……どう見る、今の映像を」
口元に笑みを浮かべて、司令は周囲に尋ねた。
「信じられませんが、あれがラストダンサーであることは間違いありませんね」
「ということは、英雄はたどり着いたということなのでしょう。あの声の少女のことも気になりますが」
口々に答える人々の表情にも、希望が戻っていた。まだ終わりではない。今この時を耐えれば、まだ勝機はあるかもしれない。
「そうと決まれば、ただ黙って死ぬわけにも行かん。使えるものは、なんでも使ってやることにしようじゃないか」
そして、司令はどこかへと通信を取り始めた。
「……まどか。なんだってこんなことになってるのよ。全く」
さっぱり訳が分からない、といった風にさやかは呟いた。そこはR戦闘機のコクピットの中。けれど不思議と懐かしい気はしない。
それも当然だった。今まで、生身でここに入ったことなど無いのだから。
「この期に及んで完成したのはいいが、今更こいつを預けられるパイロットもいなくてな。このままバイドの餌にするのも癪だ。お前にくれてやる」
それは、既存のR戦闘機とは全く異なる形状をとっていた。キャノピーはV字型で、その下に砲門を携えている。そして背後には、無数に突き出した突起物やバーニア、スラスター。
なんでもこの突起物の中に、今までのR戦闘機のデータが搭載されているのだという。それ以外にも、機体各部にこれまで開発されてきた機体に用いられた技術が凝縮されている。
まさしくこの機体そのものが、R戦闘機の開発の歴史そのものと言えるような、そんな機体だった。
「時間と金さえあれば、これを量産するのも悪くはなかったんだがな。一応、人間が乗れるようにも調整はしてある。その分性能もそれなりだがな」
そんなR戦闘機を眺めて、男は満足そうに言い放った。
「……ありがと。なんだかんで結構、あんたには世話になってるよね。それで、この子の名前はなんていうの?」
少し神妙な様子で、操縦桿をぎゅっと握ってさやかは言った。
「R-100。究極互換機二号機。……カーテンコールだ」
「カーテンコール、ね。まだ終わっちゃいないのに、ちょっと気が早すぎるんじゃない?」
「くく、違いない。ほら、行ってこい」
静かに笑みを交わして、そして。
「美樹さやか、カーテンコール。行くよっ!!」
そして今、ただの少女が再び宇宙に、舞う。
「……そっか、たどり着いたんだ。あの英雄は」
迫るバイドの機動兵器。それを眺めながら、マコトは視界の端に移ったモニターを眺めた。英雄は、尚も果敢にバイドと戦っている。
「どうやら、ここが命の張り所……みたいだな」
きっと同じものを見ていたのだろう。マコトの機体に寄り添うように、いくつも機体が並んでいた。皆、その身に闘志を滾らせて。
「少なくとも、バイドに思い知らせてやるくらいはできそうじゃない」
「今ここで死んだら、英雄がバイドをやっつけるところ、見れなくなっちゃうもんね。まだ死ねないや」
どうやらあの英雄の姿が、少女達にもまだ残っていた戦う力を引き出したようだった。
たとえ未来が暗くても、死ぬべき時は今じゃない。
たとえ未来が暗くても、それが覆らない保証も無い。
「さあみんな。もう一波、凌いで見せるよっ!」
マコトが檄を飛ばす。その、力強い声に。
「了解っ!!」
同じく、力強い声が答えていた。
「やれやれ、あの英雄もまだ生きていたのかい?大したものだね、彼女も」
「あら。それを言ったら私達だって大したものよ?まだ生きているんだもの」
「……そうだね。まさか、生き残れるなんて思ってなかった。嬉しいんだ」
そんな少女達を眺めて、声が二つ。
「はいはい、いちゃつくのはここを切り抜けてからにしてちょうだい。彼女達の援護に回るわよ。……まだ戦えるでしょう?」
そして、呆れ気味な声が、一つ。
「ああ、当然だっ!」
「ええ、人間の力、思い知らせてあげまなくてはね」
そして、三つの光が少女達の元へと飛来した。その光の中の一つが、静かに呟いていた。
「あの声は……生きていてくれたのね、まどか」
嬉しそうな、声だった。
不可思議な異層次元。
バイドを生み出す液体に満ちた空間。
人の遺伝子構造を模したバイドの群れ。
全てを下し、ついに彼女はここへ来た。
立ち向かうは、魔人の心臓を掲げた樹木がごときバイド。バイドの中枢にして、その攻撃本能を司る物。
これを倒せば、全てが終わる。人類は、バイドに悩まされることは無くなる。バイドが振りまく、多くの死と絶望は根絶される。
戦いは、終わるのだ。
ラストダンサーは、スゥは。ついに今、最後の戦いに挑む。
「……決着をつけてやる」
ラストダンサーは、その全ての力を持ってバイドに立ち向かう。その機首から放たれたのは、プラズマ化した超高温の炎。R-9Sk系列機に搭載されている、灼熱波動砲である。
見たところ、どうやら敵は生体系のバイド。ならばそれに対して特攻を持つ灼熱波動砲であれば、有効打となるのではないか。
そして放たれた灼熱のプラズマ炎は、敵バイドの表面にぶち当たり。そのまま拡散し、周囲の空間へと散っていく。間違いなく直撃はしている。回避をする様子もなければ、そんな芸当ができる敵とも思えない。
だがこのバイドは、灼熱波動砲の直撃を受けて尚平然としているのである。熱に対する耐性が強いのか、それともそもそもにして、熱量による攻撃は通用しないのか。いずれにしても、灼熱波動砲では効果が見込めないことが分かった。
「まだまだ、この程度でっ!」
そして明確な敵意を向けたラストダンサーに対して、ついにバイドも反撃の牙を剥いた。その根を下ろした液面から、どくどくと何かを吸い上げた。そして、それを生み出した。
リボーが、ファットが、背後の液面から現れたのである。
「機械系バイドすらも生産する能力……攻撃本能を司る個体と言ってもやはり、バイドを生み出す能力は持っているということね」
そして、その異形の創造はそれだけに留まらない。ゲインズなどの中型バイドすら、その液体の中から次々に生み出されてきたのである。
「無尽蔵に呼び出されたのでは、まともに戦っていてはキリが無いわ」
生み出されたバイド達は、それを生み出したバイドの周りを渦を巻くようにして取り囲み、そして渦を巻き、廻る。まずはそれを蹴散らさないことには、更なる追撃の手は届かない。
「サイビット。行きなさいっ!」
波動砲と同時に放たれたサイビットがその渦に食いつき、次々に生み出されるバイドを食い破っていく。そして再び、バイドへと攻撃するための道が開けた。
その道に飛び込み、次なる攻撃を叩き込もうとして、スゥは違和感に気付いた。敵のバイドは、液体から何かを取り込んでいた。それは、今生み出されているバイドの材料なのだろうと考えていた。
だが、だとしたら何故バイドは『液面』から生まれてくるのだろうか。むしろそれならば、樹木のようなバイドから液面へと何か信号のようなものが伝えられるはずなのに。
もし今までのバイドの行動が、何かをするための準備なのだとしたら……。
「っ……っ、のぉっ!!」
機体を急旋回させる。背後に再び生み出され、退路を絶とうとしていたバイド群の隙間をすり抜けて離脱する。
その直後、恐らくスゥの予想したとおりに、それはバイドの身の内より放たれた。
「これは……一体、どうして」
それは、R戦闘機の姿をしていた。大量のR戦闘機の形をした何かが、その空間へ向けて吐き出されたのだった。
その色は、R戦闘機本来の色ではなく、どこか金属質な光沢を伴った色。けれどそのフォルムは、メルトクラフトやメタリックドーンとは違う。
ばら撒かれたR戦闘機の形をした何かは、そのまま戦闘軌道を取ることもなくただただ四方にばら撒かれ、それ自体を弾幕と化して窮地を逃れたラストダンサーへと襲い掛かってきた。
恐らく脱出が遅れていれば、背後をバイドに塞がれ、前方には壁がごときRの群れ。逃れることなど、叶わなかっただろう。
「……考えても仕方ない、か」
どれほど考えたところで、バイドのことなど理解できようはずもない。倒せばいい。その存在を消滅させればそれでいい。持続式圧縮波動砲で迫り来るR戦闘機を薙ぎ払い、更に後方に渦巻くバイドに閃光の一撃を叩き込む。
そして考える。
倒すべきあのバイドは、かなりの堅牢さを誇っている。そして、今現在のラストダンサーが保有する最強の武装。それは間違いなくフルチャージのギガ波動砲である。
だとすればそれを叩き込むしかないが、その為には長大なチャージ時間が必要であった。
「もう一度、力を貸して」
その時間を稼ぐための方法を、ラストダンサーは所有している。時間停止という、非常に強力な魔法。だが未だ持って、スゥはそれを自らの意思で使うことができずにいた。
「この機体は、ラストダンサーはあいつを倒すために作られた。今その力を見せずに、いつ使うと言うんだっ!力を寄越せっ、ラストダンサーっ!!」
光を蓄えた魔人の心臓が、再びR戦闘機をばら撒いてきた。ギガ波動砲のチャージは既に開始してしまっている。レーザーでの迎撃はできない。
そしてバイドによって生み出されたR戦闘機は、耐久性も向上しているようだった。フォースのエネルギーでそれを防ぐことはできなくはないが、この耐久性とあの数である。
まず間違いなく押し切られてしまう。
チャージを中止し、ギガ波動砲で敵を蹴散らすことはできるだろう。だが、それでは埒が明かない。やはり今、最大の一撃を放つためには、時間停止という魔法の力が必要なのだ。
――貴女に力を貸すのは気に食わない。でも……。
誰かの、声。それが誰なのかを理解するよりも前に、世界は、再び停止した。
自分の意思でなのか、それとも今の声の主が。このラストダンサーに搭載された、誰かの魂がそうしているのだろうか。それを考えるのは、今じゃない。
とにかく、こうして時間は止まった。迫るR戦闘機群も、渦まくバイドの群れも、脈打つ光や波打つ液面も、全てが止まっている。
「これで終わりだ、バイド」
ギガ波動砲のチャージゲージが、STRONGからGREATへと変わる。まだチャージは半分程度。今しばらくは、このまま時を止めている必要がある。
――チャージ終了までは持たせる。後は、貴女が決めなさい。
また、声が。一体誰なのだろう。聞き覚えのある声だった。その声を聞いていると、何かが胸の内からこみ上げてくる。その感情は怒りのような、それでいて羨望じみたもので。
そんな感情を他所に、チャージはGREATからSPECIALへと移行する。
「まさか、貴女は……」
何か直感のような、確信めいたものを感じて、スゥは。
時の流れの止まった26次元。だが、それとは時流を別にする次元では、その停止した世界をそのまま眺めることができた。だから、全人類にはそれが見えていた。
全てが停止した時間の中で、唯一その身に光を纏い、そしてだんだんとその光を強めていくラストダンサーの姿が。
「とうとう、時間停止さえも自由に扱えるようになったようだね。これで、ラストダンサーはまさに究極とも言うべき力を手にすることになった」
感心するかのように、キュゥべえが呟く。
「これで、終わるんだよね……スゥちゃん。勝って、そして帰ってきて」
全人類の元に、英雄の戦う姿を流しながら。それがもたらす苦痛を堪えて、まどかは静かに祈っていた。
「しかし、まさか本当に生きて戻ってくるとは思いませんでしたよ」
ガルーダが。
「……思わぬ援軍が来たのよ。そうでなければ、きっと危なかったわ」
そして、それに背を預けて敵を狙い撃つコンサートマスターが。
波動の光が織り成す大合唱。その指揮者を操る者の名は。
「向こうももうすぐケリがつきそうですし。もうひと踏ん張り……ですね、隊長っ!」
希望を、力を取り戻したガルーダが駆ける。最早、その瞳に絶望の色は無い。
「そうね、このままバイドを倒して、みんなで生きて帰りましょうっ!」
それとは逆に、コンサートマスターが駆ける。周囲では尚も激しい戦闘が続いていた。その只中へと、二つの光が飛び込んでいく。
その、刹那。
「そうしたら、きっとまた会えるわよね。……まどか」
その者の名は。魔法少女隊隊長、ゲルヒルデ。
かつて、巴マミと呼ばれていた――魔法少女。
チャージは、SPECIALからDEVILへ。
「なんだか、凄く不思議な気分だわ」
フォースから放たれた光の刃が、迫るバイドを両断した。
「確かにそうだね。死んだはずの私達がこうして生きていて。もうすぐバイドとの戦いも終わる。そうしたら、きっとずっと一緒に居られるんだろう?」
もう一つの機体のフォースが放つ光の刃、5対のそれも半分以上が欠けていた。けれどそれでも、その刃は本来の目的を忘れず過たず、バイドの身体に食い込み、そのまま引き裂いていく。
「そもそも、あの空間はなんだったのかしら。フレームワークのような空間だったわね」
ついにフォースコンダクターが限界を迎えた。フォースを敵に叩きつけ、そのまま破棄する。後残された武装は、ミサイルとレールガン、そして波動砲だけだ。
「本当に不思議だ。爆発に巻き込まれた筈の私達なのにね。気がつけばあんなところにいて。それでも戦って、戦って。気がつけばここにいた」
左翼のスラスターは、先ほどから一切の動きを見せていない。機動性は大幅に減じられているが、それでもまだ、戦える。何せ、今は二人きりで戦っているわけではないのだから。
そう、彼女達の周囲では、今も複数の魔法少女達が戦っている。皆が皆、ほとんどボロボロの機体を駆って。互いに支えあい、もうじき終わるこの戦いを、どうにか乗り越えようとしているのだ。
「泣いても笑っても、これで最後だ!行こう……織莉子っ!」
「ええ、今は大義も正義も関係ないわ。ただ、生き延びるために戦いましょう……キリカっ!」
ダンシング・エッジが、そしてヒュロスが。呉キリカが、美国織莉子が。死を乗り越え、はるかな次元の彼方より帰還した二人が。今はただ、その生と存在のために最後の戦いへと挑むのであった。
そして、太陽系内に侵入し、今尚地球に向かうバイド群。それを追撃せんがため、太陽系をひた走る部隊。太陽系外周絶対防衛部隊の生き残り達は、ひたすらに最大速度でもってバイド群へと向かっていた。
もうじき、きっともうじき英雄がバイドを倒す。だがその時、皆の帰るべき場所が無いのでは目も当てられないではないか、と。
「今頃、バイド群は火星周辺にまで侵攻しているはずだ。火星にも、最早ほとんど戦力は残されていない。ここを突破されれば……後は地球だけだ」
その部隊を率いる男は、焦燥と不安がない交ぜになったような口調で呟いた。火星をそのまま素通りされてしまえば、最早地球への侵攻を防ぐことはできない。
そうなれば、まず間に合わない。
とにかく急いでくれと願いながら、その男は広がる宇宙を睨み付けていた。
「艦長、火星方面より電文です」
「電文だと?今時随分レトロなものを。こっちに回せ」
もしやすると、通常の通信を送る余裕も無いほどの窮地に立たされているのかもしれない。胸中に垂れ込める暗い不安を拭いきれずに、その電文に目を通し。
男は、驚愕した。
“人類存亡ノ急ニ際シ、我等ハ地球連合軍トノ共闘ヲ善シトスルモノナリ。
現在我等ハ火星宙域ニオイテ地球連合軍、火星駐留部隊ト共ニバイド群ト交戦中。
至急救援ニ来ラレタシ。
グランゼーラ革命軍”
「どうにか彼らとも共闘の約束を取り付けることができた。さあ、ここからが正念場だ」
火星の戦況を睨みながら、司令が静かに言葉を放つ。
グランゼーラ革命軍。先の太陽系開放同盟の流れを汲む一派であり、彼らはバイドと地球連合軍の戦いの影で、密かに兵器開発や戦力の増強を続けている。そう、まことしやかに噂されていた。そして恐らく、それは事実だったのだろう。
この人類存亡の急に、地球連合軍からの共闘の申し出を受け。いくつかの条件と引き換えに今、グランゼーラ革命軍が、火星に迫るバイドとの戦いを開始したのであった。
そして、ついにチャージは最大を示す、BYDOへと到達した。
停止した世界に、再び時の流れが戻る。押し寄せるように迫るR戦闘機。その奥にそびえる、魔人の心臓抱える大樹。だが、もう遅い。
これで、全てが終わる。
「行け……」
その戦況を眺める誰かが。
「行けっ!」
名もなき人々が。今尚失われ続ける。それでも200億に近い命が。意思が。
「やっちまえっ!」
その全ての希望が、ラストダンサーに預けられた。
「ぶちかませっ!!」
そしてカーテンコールを駆るさやかもまた、その光景を目の当たりにして叫ぶ。
「スゥちゃん……やっちゃえっ!!」
そしてまどかも、叫ぶ。
その希望を、願いをスゥは知らない。知りようが無い。
それでもそれを確かに背負い、ついにラストダンサーは、最大の一撃を――。
「クタバレ、ケダモノォォォっ!!」
撃ち放った。圧倒的な光の本流が、R戦闘機を、そしてバイドの群れを飲み干し。その奥にそびえる大樹を、その全貌を飲み込み、貫いた。