魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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荒れ狂う光の奔流。その中から這い出たのは更なる絶望の影。
けれど少女は怯まず、諦めることもなく立ち向かう。
英雄を望まれ、それを棄てた少女の願いが戦況に一筋の光を照らす。

残された少女達は集い、最後の時を越えんが為に、宙を舞う。


第18話 ―オペレーション・ラストダンス(後編)―③

誰もが、言葉を失っていた。

誰もが、信じられないものを見るかのようにその光景を眺めていた。そしてそれは、それをもっとも身近で見てしまった彼女にとっても、信じられない光景で。

「……そん、な。バカな」

全ての物を飲み込み砕く、最強のギガ波動砲。その奔流に飲み込まれ、完全にバイドの姿は光の中へと没していた。そして、その奔流が駆け抜け、過ぎ去った後には。

 

――傷一つない姿の、バイドの姿があった。

 

 

「ギガ波動砲すらも通用しない。一体、一体どうすればっ!」

ギガ波動砲は間違いなく、現行の人類が生み出した最高の攻撃手段である。R戦闘機という一個の戦力が持ちうる戦力としては、これ以上のものは存在しない。これ以上ともなれば、ウートガルザ・ロキや超絶圧縮波動砲のような戦略兵器クラスの代物しかない。

そして、いかなラストダンサーといえど、そんな戦略兵器を搭載することは不可能であった。つまりそれは、ラストダンサーにはもはや、あのバイドを撃滅する手段が存在しないということを示していた。

ギガ波動砲の一撃を受け止めて尚、傷一つ負うことなくバイドはそこにあり、再び眼前の敵を破壊するための行動を開始した。

 

「そんな……あれでもダメだなんて。やっぱり……ダメなの?バイドを倒すことは、できないのかな」

震える手で、震える声で。それでも尚、と足掻き続ける英雄の、友の姿を見つめてまどかが言う。

「……最後まで彼女は戦うだろうね。例え敗れて死ぬとしても、その最後まで」

隣に並ぶキュゥべえの、声。けれどその声は、まどかの知るどこか無機質で感情の色の見えない声ではなかった。まるで、何かを待ち焦がれているかのような、隠しきれない愉悦が漏れているような声で。

「ねえ、キュゥべえ。どうして……どうしてあなたは笑ってるの?」

そして、その口元には笑みすら浮かんでいた。まどかが恐る恐ると尋ねると、キュゥべえは驚いたように顔を上げて。

「……笑っていたかい、ボクが?」

「うん、なんだか……すごく楽しそうに笑ってる。ねえ、どうして。スゥちゃんがあんなに必死に戦っているのに。どうしてキュゥべえは、そんな風に笑っていられるの。……私には、わからないよ」

「そうか、ボクは笑っていたのか。バイドがボク達に与えた憎悪という名の感情は、巡り巡ってさまざまな感情を今のボクにもたらしているらしい。……きっとこの感情は、こう言うのだろうね」

そう言うと、キュゥべえは静かにその目を細めた。軽く、その耳が揺れて。

「“感慨深い”そういう感情なのだと思う、これは。長かった、本当に……ここまで辿りつくのに、どれだけの時間を費やしただろうか」

そして、キュゥべえはまどかに振り向くと。さらにその表情の笑みを深めて、こう言った。

 

「心配はいらないよ、まどか。全人類のバイドとの戦いの歴史は、今日、この日のためにあったんだ」

 

「勝てますかね、あの英雄は」

「勝つわ。そう信じて私達は戦うしかないのよ」

周囲の敵はあらかた掃討することができた。ようやく少しだけ落ち着いた、その戦いの宇宙の片隅で。ゲルヒルデこと巴マミと、彼女が得た新たな仲間であったマコトが、鋼の身体で寄り添って、一時の静寂の中を飛んでいた。

「そっちもあらかた片付いたようだね。こっちもようやく落ち着いたよ」

「とはいえ、私達の機体も身体ももう限界よ。これ以上戦うのは……厳しいわね」

横合いから、ダンシング・エッジとヒュロスが合流した。

見れば確かに、どちらの機体もボロボロだった。そしてボロボロなのは機体だけではなく、積み重なる戦いの中で幾度も魔法を行使したのだろう。そのソウルジェムに溜まった穢れもまた、相当深刻なレベルに達していた。

 

「限界なのは他の皆も同じよ。……なにせ、グリトニルからこっち、ずっと戦い詰めだもの」

「せめて、どこかで補給が受けられればいいのですが……」

続々と、この戦いを生き残った魔法少女達が集まってきた。戦って戦って、戦い抜いて生き延びた少女達である。誰もが皆、最早歴戦の兵と呼んで差し支えないほどの力量を持っていた。

だからこそこうして、この戦いを誰一人欠けることなく生き延びることができたのだ。

「おねえちゃん!よかった、無事に帰ってきてくれたんだっ!」

そしてその一群から一機。カロンが抜けてきた。そのままマミのコンサートマスターに接近し、嬉しそうな声をあげた。

「ルネちゃん。……よかった。貴女も生きていてくれたのね」

「私だけじゃないよっ。みんな一緒に待ってたんだ」

ジーグルーネの駆るカロンは、まだ比較的損傷は軽いほうだった。そんな機体が、嬉しそうにコンサートマスターの周りを飛びまわる。

 

「ねえ、ルネちゃん。……今戦っている英雄。彼女はどうしたら勝てるかしらね」

そんな嬉しそうな様子を見せるジーグルーネに、直通の回線を通じてマミは尋ねた。その言葉に驚いたかのように、機体の動きを止めて、ジーグルーネは。

「え……おねえちゃん、どうして……そんなこと、聞くの?」

戸惑いがちに言葉を返したジーグルーネに、マミは小さく笑みを浮かべて答えた。

「さあ、どうしてかしらね。……多分、ルネちゃんは知ってるんじゃないかな、って。あんな、途方もなく強大なバイドを倒す方法を」

ジーグルーネは、その言葉に息を呑む。まるで、そんな風に言われることなど予想だにしていなかったのだろう。

 

「あれは、いつのことだったかしらね。……私がまだ、ここに来る前のことよ」

そんなジーグルーネをよそに、マミは静かに記憶を辿る。辿れば記憶は手繰られて、明確な映像として脳裏に浮かぶ。大丈夫、まだ、忘れていない。

「あの頃の私にも、今の貴女達に負けないくらい、大切な仲間達がいたわ。その中のある少女が、私にいつか話してくれたのよ。……暗黒の森の番犬のことを、ね」

それは、もう随分と昔の話。グローリアにて、バイドと化した少女達との交戦を終えた後のこと。その時ほむらは、その事実を彼女達に伏せていた。そして結局、誰にもそのことを告げることなく彼女は散った。

けれど、どこかでその少女はそれを知ったのだろう。人がバイドとなり得ることを、その少女は知っていたから。グローリアで対峙した敵機達が、その元は人であったということを察してしまったのだろう。

 

そして、その少女から伝え聞くようにしてマミもまたそれを知った。一人孤独に戦い、強大な敵に打ち勝ち。そして帰ることなく消えた。暗黒の森に眠る番犬たる、幼い少女のその末路を。

「……おねえ、ちゃん。その……仲間、って」

呆然とした声で、ジーグルーネがマミに問う。その幼い心に浮かんだ疑念を、確信へと変える言葉をマミは告げた。

「佐倉杏子。……私の、大切な仲間だった女の子よ」

「……キョーコの、仲間だったんだ」

懐かしむように。何かを堪えるように、幼い声が震えていた。

「だから、貴女の事も話に聞いていたわ。……千歳ゆまちゃん」

その名を呼ばれて、かつての英雄は、暗黒の森の番犬であった少女は、今はジーグルーネであった少女は。

――千歳ゆまは、小さく息を呑んだ。

 

「そっか……おねえちゃんは、キョーコの仲間だったんだね。でも、どうして私のことが分かったのかな。私は、死んじゃったはずなのに」

その衝撃が過ぎ去って、ようやく少し心も落ち着くと。今度は逆に不思議になってくる。今こうして生きていること自体が不思議だが、千歳ゆまは既に6年も前に死んだことになっている。そしてあの暗黒の森の中で、遂に本当の死を迎えていたはずなのだ。

そんな自分のことを、知っている人がいるとは思えなかった。

「そうね。普通だったら私だってそんな風には思いもしなかったわ。でも、ゆまちゃんはあの杏子の演説の映像を、何度も何度も見ていたでしょう。彼女が死んだことを聞いたとき、ずっと泣いていたじゃない」

肉体を持たないマミやゆまは、グリトニルに待機している間はソウルジェムを機械に接続し、半ばグリトニルの一部のようになっていた。その状態でできることは、思った以上に多岐に渡っていた。

肉体の代わりに得た機能をさまざまに試す内、マミはいつしかそんなゆまの姿を知るに至り。

 

「佐倉さんの生死にそこまで執着する人物なんて、そうはいないわ。きっと私達と、ジェイド・ロスとその仲間達くらいのものよ。そして幼い女の子ともなれば……ね?」

それだけ条件が揃えば、おのずと相手の正体は見えてくる。後は唯一つ、その相手である人物は既に死んでいる。そのことさえ除けば答えは出る。

「……そして最後に、私も多分。ゆまちゃんと同じくもう死んだはずの人間なのよ。それが生き返ったということは……貴女が蘇っていてもおかしくない。そう思ったの」

蘇ったという事実。その事にだけは未だに説明がつけられない。あの超絶圧縮波動砲の炸裂の中で、ソウルジェムが無事だったとも思えない。かと言って杏子から聞いた限りのゆまの状況は、彼女が無事でいられるとも思えなかった。

そして何より何故、肉体と一緒にではなくソウルジェムだけが蘇ったのか。

杏子の願いが引き起こしたその現象は、今の彼女にとっても全く持って、不可解な事象であったのだ。

 

「おねえちゃんも……私と同じだったんだ」

ようやくその事実が飲み込めたようで、けれどもやはりどこか呆然とした口調でゆまが言う。

「そう、案外境遇としては似ているのよ。死んだはずなのに蘇って。腕を買われて、こうして魔法少女隊を率いて戦っている。……不思議な巡り合わせね」

どちらとも無く苦笑めいた笑い声が聞こえて、そして。

「だからこそ、ゆまちゃんに聞きたいの。サタニック・ラプソディーの元凶を倒した貴女に、一体どうすればあのバイドを倒すことができるのかを、ね」

そういうことだったのか、と。ようやくゆまも納得したようだった。それから少し考えて、どこか自信なさげに、頼りなくだが呟いた。

「あの時。レーザーもミサイルも全部あの敵には通用しなくて。それでも必死に戦ってたんだ。そうしたら、フォースが敵に乗っ取られちゃって。それでも必死に戦って……」

忌まわしい戦いの記憶。思い出すだけでおぞましく、心の奥の古傷が掻き毟られる。それ故にその戦いは、長い暗黒の森での眠りを経ても尚、忘れようのない記憶として刻まれていた。

だからこそ、ゆまはそれに思い至るのだった。

 

「そうだよ。フォースだ。フォースは乗っ取られちゃったけど、それでもまだ生きてて。フォースに溜まったエネルギーを中から開放させて、それであいつをやっつけたんだ!」

どこか興奮したような口調で、ゆまが戦いの記憶を語る。どんどんと思い出されていくそれは、ゆまの人間としての最後の瞬間にまで続いていて。

「それで敵はやっつけたんだ!でも、まだあの光は生きてて、追いかけてきて。それでゆまは逃げようとして、でも逃げ切れなくて、地球が見えてきて……それで、それで……っ」

「ゆまちゃんっ!もういいわ。もういいから……だから、落ち着いて」

やはりその記憶は、幼いゆまにとってはトラウマ以外の何者でもない。震える声で、恐らく顔が見られたのならそれを蒼白にさせて言葉を放ち続けるゆまを、慌てた様子でマミが制した。

「……ぁ、ごめんね。おねえちゃん。……でも、ゆまは思い出したよ。フォースが必要なんだと思う。あの敵を倒すためには、きっと」

落ち着かない呼吸を堪えて、なんとかゆまはそう告げた。人の身体を捨てたとて、人として生きてきた時間の記憶は拭えない。鋼の身に宿した心臓は激しく脈打って、金属質の肺はやけに呼吸を荒げてしまっていた。

それでも、答えを得ることはできた。その答えが正しいのかどうかは分からない。それでも、報せる価値はある。

今尚全太陽系に発進し続けられているこの強力な通信波。これほど強力であれば、その元を辿ることは容易い。そこに赴き、それを伝える。向こうの状況を把握しているのなら、声を伝える事だってできるはずだ。

確実ではないが、きっと今はそれが自分のなすべきことだとマミは考えていた。

 

「隊長っ!高速でこの宙域に接近する機体があります」

思索にふけるマミと、呆然としたままのゆま。その二人に向けて、その声は投げかけられた。

「っ。機体って、バイドのものなの?それとも味方かしら?」

いち早く我に帰ると、マミはすぐに詳細を問いただした。

「わかりません。所属不明。データにもない機体のようです。凄い速度で向かってきてますっ」

判別はつかないということは、概ね敵と見て間違いはない。相手は一機だが、こちらは皆ボロボロの状態である。油断はできない。

「損傷の少ない機体は前面に出て頂戴。正体不明機の姿が見えたら一応コンタクトを。応答がないようなら、そのまま各自散開して攻撃をしかけて。相手が行動する前に勝負をつけるわ」

指示を飛ばせば、すぐさま各所から了解の返事が届く。

「ゆ……ルネちゃんも、前に出てくれるかしら」

「うん、わかったよ。お姉ちゃん」

ようやく我に返ったゆまが、前線へと進む部隊の中に加わっていった。

 

「正体不明機、交戦圏内に入りますっ!」

「さあ、かかって来なさい。誰だか知らないけれど、私達はそう簡単にはやられないわよ」

ついに所属不明機の姿がモニターに映し出される。姿を現したその機体は、R戦闘機のようにも見えたが、こちらの呼びかけに対する返事はなかった。となれば敵だろう。

まずは一斉射撃とばかりに、それぞれの機体が所属不明機へとその照準を合わせた。

 

「こらーっ!やめなさいっての、撃つんじゃなーいっ!!」

突然、所属不明機から飛び込んでできたその声は、少女の物だった。人が乗っている。流石にそれを撃つことはできずに、ギリギリのところで少女達は踏みとどまることができた。

「ふーっ、危ない危ない。通信チャンネルの設定が、ギリギリ間に合ってよかったよ」

所属不明機を駆る少女は、ほっとしたように一つ声を上げた。ついに機体のセンサーが捉えたその機体。その姿はやはりデータにないものだった。

それも当然。その機体は、R戦闘機の開発基地を飛び出したばかりのカーテンコール。故に当然、それを駆る少女は……。

「そんな……貴女、美樹さんっ!?」

「え……そんな、この声って。嘘!?ま……マミさんっ?!」

こんな宇宙の只中で、二人は再会を果たしたのだった。

 

「……私は彼女と話をするから、皆は先行していて。後で追いつくわ。場所は指定したとおり。この通信波の発信源よ」

付き従う魔法少女隊にそう告げ、マミは一人、さやかのカーテンコールに向き合った。

「生きているとは聞いていたけれど……こんなところで出会えるなんて、思わなかったわ」

マミにとってもさやかにとっても、それは思わぬ再会だった。英雄の帰還の際に、戦いの最中に死に分かれてそれきりで、まさか再び出会うことになろうとは。最早感慨深くすらもある、と。マミは深い喜びを込めて呟いた。

「い、いやいやいやいやっ。そんな普通にしみじみ再会喜ぶ場面ですかっ、マミさんっ。って言うか本当にマミさんなんですか!?だって、マミさんはあのときに……」

だが、そんな純粋な懐かしさや喜びに浸ることは、さやかには不可能だった。なにせ、さやかにとってはマミは既に死人なのだ。戦いの中で失われた命。それに再びこうして出会ってしまった。

自分の頭が、自分ですら自覚できないうちにおかしくなってしまったのか。それともほむらのようなクローンでもできていたのか、そんなことまで考えてしまっていた。

「……そうね。確かに私はあの時死んだはずなのよ。バイドの戦闘機を倒すために超絶圧縮波動砲を使って。けれど、なぜか私は生きていた。そして、今もまだバイドと戦っているの。さやか。貴女も……同じみたいね。一度戦いの運命に巻き込まれたら、なかなか抜け出せないものよね」

そう言ってマミは笑った。何度死にかけても、その度にその淵から蘇り、尚も戦いの運命に飲み込まれていく。歳若い少女が背負うには、それはあまりに重く、暗い運命だ。

「そっか、そういえばそうですね、本当に。あたしだって、もう戦わなくてもいいはずなのに。魔法少女でもなくなっちゃったのに、まだこんなのに乗ってるんですから」

そして、同じようにさやかも笑った。けれどその言葉は、マミにとっては聞き捨てならない言葉だった。

 

「えっ?さやか、魔法少女じゃないって、どういうことなの?」

「あ、そっか。マミさんはその時にはもう……いなかったんですもんね。あ……でも、これはなんて説明したらいいんだろうな」

知らないのも当然で。けれどマミが機体と共に消えた後、さやかと杏子に一体何が起こったのか。それを具体的に説明することは、きっと少なからずマミにとってもショックな事だろうと考えていた。

「えっと、あの後も……私と杏子はずっと戦ってたんです。でも、その中であたしは……ちょっと魔法とか言うのを使いすぎちゃったみたいで。……それで、あたしは」

あの時のことを思い出すと、今でも胸がずきりと痛む。きっとそれをそのまま伝えれば、マミも同じような痛みを抱えてしまう。だからこそ、どうにか魔女の話はぼかして話そうかと考えた。けれど。

「……魔女に、なってしまったというの。さやか?」

マミは、魔法少女隊の隊長であるゲルヒルデは、そんなことなどとうに知っていた。そして人類が、魔法少女を生贄に魔女を兵器として運用してしまっている事さえも、既に知っていた。

 

「知ってたんですか、魔女のこと」

「ここで戦うようになってから、なのだけどね」

だとすれば、もう隠す必要もないのかもしれない。

「魔女になったのに、貴女はまだ人間として生きているのね。一体どうして、まさか、魔女を人間に戻す方法が見つかったのだとしたら……」

そしてマミにとっては、今のさやかの存在こそが衝撃的な事実であった。魔女となって尚、人の身体に戻りえたということ。

それはすなわち、自らの身体に戻ることができるのかどうかすら分からない、魔法少女隊の皆にとって、一つの希望になるのではないかと、そう考えていたのだ。

「あたしが人間に戻れたのは、杏子のおかげなんです。杏子が、願いと引き換えに魔法少女になったから。その願いのおかげで、あたしは人間に戻ることができたんです」

「……そういうこと、だったのね」

魔法少女と魔女。そしてその願いと魔法。真実を知りえる立場にあれば、少し調べるだけでその関係を見出すことはできた。

だからこそマミは、既に契約と願いによって生まれる魔法少女と、魔法を使った末に訪れる魔女化という末路を既に知っていた。さやかを救った方法が、他の魔法少女達を救う術にはなりえないことを知り、少しだけ落胆もしていた。

 

「それじゃあ杏子は、貴女に生き返って欲しいと。そう願ったのね」

「それが……ちょっと、違うんですよね。あれは……そう、魂の再構成だって。キュゥべえが言ってました。それで、身体から離れちゃったあたしの魂を作り直して、身体に戻したんだって」

「魂の、再構成……そう、そういうことなのね」

さやかの言葉を聞いて、なにやら納得するかのように、マミは小さく声を漏らして。そして、再び問いかけた。

「……さやか。例えばもし貴女が、杏子と同じ立場だったとしたら。貴女は、杏子だけを助けることを望むかしら」

「マミさん?……え、っと。そりゃあ、あたしだったら皆助かって欲しいって思いますよ。当然でしょ。皆、あたしの大事な仲間だったんだから」

質問の意図を掴みきれずに、戸惑いがちに答えを返したさやかに、マミは小さく笑ってこう言った。

「きっと、杏子も同じだったんだと思うわ。だから、私もこうして生きているんだと思う」

「っ。マミさん、それって……」

驚いたように息を呑むさやかに、マミは続けて言葉を告げる。

 

「確証があるわけでもないわ。でも、きっとそうしたんだとおもうの。さやかの魂が蘇ったように、私の魂も蘇った。きっとさやかはもう魔法少女ではなくなっていたから普通の人間として蘇ることができたのね。けれど、私はそうじゃなかった」

「……ってことは、マミさんもあの時、実は生き返っていて」

「けれど、ソウルジェムのまま残されて、それが後で発見された。そういうことなんじゃないかしら。だとしたら、きっと」

そう、それは一つの答えを示していた。

「きっと、ほむらも生きてるっ!」

さやかにとっても、マミにとっても。まさしくそれは希望だった。

 

そう。ほむらは確かに生きていた。

マミと同じくソウルジェムのみが再構成され、後にそれが発見された。しかしその頃には既に、スゥが英雄の後釜として決定されていた。今は英雄であるスゥの正体を知るほむらは、通常のパイロットとして運用するのも難しい。

だからこそ、彼らは別の方法でほむらのソウルジェムを利用していた。暁美ほむらは、その意識を封印されたまま、ラストダンサーに組み込まれていたのだ。彼女が持つ魔法。時間停止を発生させるためのユニットとして。

 

「きっと、ゆまちゃんもそれで生き返ったのね」

「ゆまちゃん?誰なんですか、それって」

一通り納得することができた。自分が今どうしてここに存在しているのか、答えを得た。事実であるかどうかはわからなくとも、それは二人にとって納得のできる答えだった。

「新しい仲間よ。彼女のことも後で紹介するわ。……でも、今は先にやることがあるわ」

そう、今は悠長に話をしている場合ではないのだ。こうしている間にも、再びバイドが襲撃をしかけてくるかもしれない。

既にバイドは太陽系内部に広く領土を伸ばし、侵略と増殖を始めている。一度は撃退したとは言え、またすぐに勢いを取り戻して戻ってくるだろうことは用意に想像できた。

「そうでしたそうでしたっ!あたしもそれできたんだ。マミさんに会えたなら丁度よかった。あたしも、また一緒に戦わせてくださいよ、ね。マミさんっ!」

「さやか……でも、もう貴女は魔法少女じゃないんでしょう?」

それはすなわち、魔法少女の特性であるサイバーコネクトを介した機体操縦が不可能だということで。まるで自分の身体であるかのように、機体を動かすことはできないという意味であった。

「それでも、戦えます。機体の動かし方は忘れてない。戦い方だって、覚えてる」

「……死ぬかも、しれないわよ」

「人類皆が生きるか死ぬかの瀬戸際なんですから。今命を張らないで、いつ張るって言うんですか!」

そう、これが美樹さやかだった。どれほどの絶望に打ちひしがれても、戦う力を失っても。それでも諦めない。戦う意思と覚悟は挫けない。折れない。そんなさやかを、マミは懐かしくも、そして頼もしくも思っていた。

 

「じゃあ、もう一度一緒に戦いましょう。太陽系のあちこちにバイドが侵入しているわ。英雄が勝てば、それでバイドの活動は止まるそうだけど、それまでバイドを放ってもおけないわ。それとは別に、やらなきゃいけないこともあるし」

防衛部隊の本隊は、バイドの本軍を迎え撃つため火星宙域に向かっている。となれば、恐らくそれ以外の場所の守りは薄いだろう。周辺施設へもバイドが侵攻している可能性が高い。その相手をする必要もあるだろう。

恐らく、他の星にも既にバイドは押し寄せているはずだが、流石にそれは遠すぎる。R戦闘機の最大速度をもってしても、惑星間航行は時間がかかってしまうのだ。

「やらなきゃいけないこと、ですか?」

「ええ、全太陽系に発進されているこの通信波。その発信源へ向かうの。恐らくそこへ行けば、バイドと戦っている英雄と通信がとれるはず。そして、伝えないといけないの。あのバイドを倒せるかもしれない方法をね」

「倒せるかもしれないって、どういうことなんです、マミさん」

「話は道すがらするわ。とにかく行きましょう。仲間が先に向かっているはずだから」

「わっかりました。そういうことなら、行きましょうっ!」

そして再び、カーテンコールとコンサートマスターが、宇宙を駆ける。傷ついたコンサートマスターは、それでも機体性能ギリギリの速度で。カーテンコールもそれに続くが、それでも出力にはまだ大分余裕があるようだった。

耐G機構も強化されているようで、生身の身体であってもほとんどGの影響は受けていない。とはいえ、それも通常機動でもってこそ、戦闘機動ともなるとどうなるか。

それはまだ、さやかにも分からない。

 

「……マミさんの機体、あんなにボロボロだ。あんなになるまで、どれだけ戦ってきたんだろう。……私も、頑張らなきゃな」

コンサートマスターの後姿を追いかけながら、その姿を見つめて。自分の知らない巴マミが過ごしてきた時間と、乗り越えてきた戦いの大きさをさやかは思う。

そして、これが最後の戦いなのだということを知る。

「そして、あの時聞こえた声はまどかの声だった。……ってことはきっと、これから行くところにまどかがいる。ちゃんと会って、謝らないとな。まどかに」

そして、遥かな友のことを思った。

 

「諦めるか。諦めて……たまるかぁっ!」

頭上から、そして真下から次々にバイドが現れては、再び液面に沈む。その身体そのものを武器にして、迫る。更にはバイドから放たれるもの。今度のそれはパウ・アーマーの形をしていた。

全てを纏めて、持続式圧縮波動砲で押し潰す。その一撃はそのままバイドさえもを貫いた。激しく光、バイドを焼き尽くす破壊の光。

けれど、その全てが駆け抜けたその後にはまたしても、無傷のバイドの姿があった。

 

交戦を開始して、随分と長い時間が過ぎ去っていた。幾度となくレーザーが、ミサイルが。そして波動の光がバイドを焼き尽くした。それだけの攻撃を繰り返しても、尚。バイドは無傷のままであった。

どれだけの力をもってしても、科学の粋と、未知の魔術を合わせたとしても。それでも尚、バイドに傷一つつけることができないのである。

敵の攻撃自体は、さほど苛烈というわけではない。むしろ本当にそれは攻撃なのだろうかと思うほどだった。何せ敵はただ、無作為にバイドを生み出し続けるだけだったのだから。

もしもそうでなければ、これほど長い時間を戦い抜くことはできなかっただろうが。

そして、一見どちらも無傷に見える戦いにも、変化はやがて訪れる。それは間違いなく、人類にとって不利な形で。

 

「っ……ついに、魔法も限界ってわけね」

魔法によるラストダンサーの装備変更。それは、魔法少女の魔法によって為されている。そういう魔法を持ったソウルジェムが、ラストダンサーには搭載されている。けれど、それが魔法である以上、代償にソウルジェムには穢れが蓄積されていく。

それを取り除くための材料。魔女の死骸から採取されることのあるグリーフシードがついに、底をついてしまったのだ。

装備を変更できるのも、恐らく次が最後だろう。

 

「……こんな時、貴女ならどうしますか。スゥ=スラスター」

待っているのは、遠からぬ破滅。今のままではそれは確実で。そしてそれを防ぐための手段は、未だ持って存在しない。

こんな時、本物の英雄だったならどうしたのだろう。

スゥは、限りなく近く。そして果てしなく遠い英雄のことを思う。そしてラストダンサーの中にある、もう一人の自分のことを、思った。

「そして、貴女ならどうするの?いるんでしょう、8号。……いいえ、暁美ほむら」

一瞬だけ聞こえた声。その声は誰の声なのかと考えて、たどり着いたその答え。それは、自分の声だということで。自分と同じ声を持つ者。自分と同じ姿を持つ者。そして、魔法少女。

それが当てはまるものはただ一人。英雄、スゥ=スラスターのクローンで、もう一人の自分で。そして、かつてスゥが13号であったころの怨敵。

それが、暁美ほむらだった。

 

――フォースを、使いなさい。

 

「っ!?貴女は……暁美ほむら、そうでしょ。応えて、暁美ほむらっ!」

再び、声が聞こえてきた。けれど今度の声は、どこか途切れ途切れの声で。

 

――あまり、長くは話せない。……もう、限界だから。

ソウルジェムに眠るほむらの意識は、封印されてしまっている。ほむらは、自らの魔法でその封印を破り言葉を伝え、更に魔法を行使していた。

それは、非常に大きな魔力を消費する行為だった。

穢れを取り除く術を失ったラストダンサーでは、もはやそれだけの魔力を消費することは困難で、ほむらには、こうして途切れ途切れの言葉を繋ぐことすらやっとのことだった。

 

――今までの戦いで、フォースが、全てに決着をつけてきたの。

 

――だから、きっと、今回も……。

 

「フォース?そんなもの、とっくに使ってる!いくらレーザーを当てても、⊿ウェポンさえもあいつには通用しなかったんだぞ!」

そう、考えうる限りの武装は既に試した後だった。⊿ウェポンですら傷一つつけることができなかったのだ。

 

――直接、奴に……フォース、を。

 

限界が来たのだろうか。声が、ぷつりと途切れた。

「暁美ほむら?暁美ほむらっ!……結局、何が言いたかったのよ、貴女はっ!」

忌々しげに、スゥは一つ吐き捨てた。

 

「直接、奴にフォースを?……フォースシュートをしろってこと?でも、奴には波動砲もレーザーも通用しなかった。そんな相手に、フォースが通用するとは思えないわ」

それでも、必死に考える。暁美ほむらはスゥ=スラスター本人の記憶を受け継いでいるらしい。だとすれば、ほむらにはかつての対バイドミッションの記憶が残されている。

その時も、きっとこれほど強大なバイドと交戦したのだろう。

「……守りが手薄になるのは不安だけれど、試さない理由は……ない」

だとしたら、本当にその戦いの終止符をフォースが撃ったのだとしたら。もしかしたら、何かが変わるかもしれない。

「これが最後なら、全力で行くわ」

最後の装備変更。ギガ波動砲。サイクロン・フォース。サイ・ビット改。追尾ミサイル改間違いなく、殲滅力でも突破力でも最高の組み合わせだった。

そして限界を向かえ、ついに魔女を孕むほどに穢れを溜め込んだソウルジェム。見知らぬ魔法少女の魂の宿るそれが、ラストダンサーから排出された。

そのソウルジェムを、そしてバイドより生み出されたR戦闘機群を。まとめて低チャージのギガ波動砲が打ち抜き、砕いた。

悲鳴の一つもあげることなく、きっと恐らく恐怖すらも感じる間もなく。一人の少女の魂が、光の中へと消えていく。

 

自分が行った行為の意味が分からないわけではない。それでも、それで道は開けた。

そうしてできた一本の道。バイドへと通じるその道に。スゥは、サイクロン・フォースを叩き込んだ。

バイドの、その異形の大樹の中枢。今も液体から光を吸い上げ、脈打つその心臓にサイクロン・フォースがめり込み、その周囲を回転するイオン体と、フォースそのものが持つ攻性エネルギーによる攻撃を行った。

けれど、やはり効果はない。

 

「……やはり、無駄ね」

フォースを手放してしまった状態では、防御能力に不安が残る。すぐさまスゥは、サイクロン・フォースを呼び戻そうとした。

だが。

「フォースが、戻らない?」

呼び戻せばすぐさま戻るはずのフォースが、バイドの表面に食いついたまま戻らないのだ。

そして、バイドの様子にも変化が訪れた。まるでフォースを捉えるかのように、バイドが伸ばしたその蔦は、フォースをしっかりと捕らえていた。その蔦もまた、フォースによって焼き払われることもなく。

「フォースまで、取り込むつもりなの」

フォースは、人工培養によって生み出された純粋なバイド体である。そしてこの目の前にいるバイドもまた、限りなく純粋に近いバイドなのだろう。

だからこそ反応しあっているのか、融和してしまっているのか。蔦に捕らわれたサイクロン・フォースは、そのままバイドの中へと引き込まれていく。ラストダンサーの元へ戻ろうとする動きを押さえつけて、ゆっくりと。

 

「させないっ!」

それを阻止するために、フォースに内包されたエネルギーが解放された。⊿ウェポンにも近いそれは、バイドを中心として荒れ狂う。

だが、そのエネルギーでさえも、バイドは吸収してしまった。

解放されたエネルギーの奔流が収まると、やはり無傷のバイドがあって。そして更に、サイクロン・フォースはずぶずぶとバイドの中へと沈みこんでいく。

だが、変化は起こっていた。

 

大樹の中で光を吸い上げ、静かに脈打っているだけのはずの心臓が。今は激しく脈打っている。はち切れそうに膨れている。

それは一体、何を意味するのだろうか。

 

考える。

あのバイドの大樹の為す役割を。

考える。

それはきっと、木々が大地から養分を吸い上げるように、あの液面からエネルギーを吸い上げ、そしてバイドやR戦闘機という形にして放出するということなのだろう。

放出に間が空くのは、きっとその為のエネルギーを蓄積しているからに違いない。

考える。

だとしたら、今の状態はなんなのだろう。バイドの心臓ははち切れそうなほどに膨らんでいる。

考える。

奴は、いったい何をした。

奴は、フォースを、そしてそこに蓄積された、膨大なエネルギーを取り込んだ。もしもあれが、一気に大量のエネルギーを注ぎ込まれて、はち切れそうに膨らんでいるだけなのだとしたら。

 

「……奴がエネルギーを放出する前に、更なるエネルギーをぶつけてやれば」

奴を、バイドをパンクさせることができるかもしれない。

希望が、見えた。

 

フォースからエネルギーを吸い上げているというのなら、フォースに更なるエネルギーを加えればいい。その方法は何だ。すぐに、それに思い当たった。

ラストダンサーが、ギガ波動砲のチャージを開始する。蓄積させたエネルギーが放出される前に、更なる一撃を奴に叩き込む。淡い期待と可能性。それでも、それは初めて勝機を垣間見ることのできた瞬間。

「これでダメなら、別の方法を考えるまでよ」

そしてスゥは、その脈打つ心臓にギガ波動砲を叩き込んだ。

着弾。本来ならば全てを貫通するはずのその光は、サイクロン・フォースを介してバイドの中へと消えていく。そして、それはついに限界容量を超えた。

激しい光が、バイドの内側から溢れる。それは文字通り、膨大な量のエネルギーの奔流。ギガ波動砲のそれより遥かに大きなエネルギーが、その空間の中に轟き、荒れ狂い。

バイドも、ラストダンサーも、全てを等しく飲み込んでいった。

 

「どうやら、私達が報せる必要もなかったみたいね。さすが英雄といったところかしら」

激しい光の炸裂。その中に消えていくバイドの姿を、マミはコンサートマスターのコクピットから眺めていた。

「……じゃあ、他にバイドがいそうなところに行きます?マミさん」

それに併走するカーテンコールから、さやかが問いかけた。確かにフォースによって活路は開かれた。これで決着がついたのなら、もうバイドの脅威はないはずだ。それを確かめるためにも、バイドの動きを調べる必要はあった。

「そうね。とにかく先行している皆に合流して、それから考えましょう。……とは言え、この通信波の出所にはきっとまどかがいるのよね」

「……確かに、まどかのことは気になるんですよね。一体なんであんなことになってるのか」

まどかの元へ向かいたいという、そういう気持ちも確かにあった。けれどそれは、目の前のバイドを倒すことと天秤にかけられるのだろうか。

 

「仕方ないわね。それじゃあこうしましょう」

まどかの安否とバイドの殲滅。その二つの間で揺れるさやかの姿をみて、マミは一つ頷いて。

「私は仲間を率いて近隣のバイドの討伐を続けるわ。さやか、貴女はまどかの下へと向かって」

「えっ。でも、いいんですか。マミさん」

「大丈夫よ。私達は負けないわ。それにもしかしたらまどかの所にもバイドが近づいているかもしれない。その時は、すぐに私達を呼んで頂戴。急いで駆けつけるから」

少なくとも、今のところはまどかは無事のようである。となれば、全員でまどかの元へと向かう必要は恐らく無い。けれど、安否を確認したいというのもまた事実なのだ。

だからこそ、その役目をさやかに託したのだった。

きっとそこには、生身のさやかを戦わせたくはないという気持ちも、少なからずあったのだろう。

 

「……わかりました!それじゃまどかの様子を確認したらすぐに駆けつけます。それまで、どうか無事でいてください、マミさんっ!」

そしてカーテンコールが速度を上げた。まずは先行している部隊に合流し、進路の変更を伝えなければならない。そしてそのまま、まどかの元へと向かう。

カーテンコールを最大速度で飛ばせば、そう遠からず追いつくことはできるはずだった。ラストダンサーほどではないものの、このカーテンコールも常識的なR戦闘機の範疇において、十分に革新的ともいえるほどの性能を有していたのだから。

「ええ、私もできる限り急ぐわ。……必ずまた会いましょう、さやか」

再会は、思いがけず短い時間で終わってしまう。けれど、これを最後にするつもりはない。

必ずまた出会うために。全人類が生きて明日を迎えるために。今は敢えて、別々の道を行くのだ。

そして、二つの光はそれぞれの道を往く。さやかはまどかの下へ、そしてマミは新たな合流場所を目指して。

新たな合流場所は、既にさやかに報せてあった。さやかなら必ずやり遂げてくれると信じて、マミは新たな合流場所へと目指して飛んだ。

 

現在地球連合軍及びグランゼーラ革命軍による連合軍は、火星周辺宙域にてバイドと交戦を行っている。グランゼーラ革命軍が保有していた戦力は、地球連合軍の予想を遥かに上回っており。その力もあり、今のところ戦況は優位に進んでいた。

だが、バイドは今も太陽系の各所にて増殖を続けている。その大量のバイドが一斉に襲い掛かってくる前に、英雄が全ての決着をつけてくれることを祈るしかなかった。

その時までただ耐え続けること。押し寄せるバイドを倒し続けること。それが、人類に許された最後の抵抗だった。

 

全てを押し流す光の、そして破壊の本流。長く激しく続いたそれは、ラストダンサーにすらその牙を剥く。激しく揺さぶられ、ただ飛んでいることすらも困難なその最中を、スゥ必死に機体を立て直しながらやり過ごしていく。

そして長すぎるとも思える光が過ぎ去った後、一瞬の静寂が戻った。光に焼かれた視界が戻ってくると、衝撃の余波に未だに揺らめく液面が間近にあった。高度を下げすぎたかと、スゥはラストダンサーを浮上させる。

そして、敵の姿を視認した。

あれだけ浮遊していたバイドの群れも、R戦闘機やパウ・アーマーも、全てが破壊の波に飲まれて消えていた。だが、それでも尚。それほどの破壊と力をその身に注がれて尚、バイドは健在であった。

 

「……」

けれど、スゥの心は揺らがない。

そう、今までどれほどの攻撃を浴びせても傷一つつかなかったバイドが。今、堅牢を誇るその巨躯はひび割れて砕け、その奥に覗く脈打つ心臓は完全に露出してしまっていたのだ。

「今度こそ、終わりよ」

最早、その心臓を守る壁はない。となれば、通常兵器でも十分にバイドの打倒は可能である。先ほどの炸裂の中で、どうやらフォースは消失してしまったようだが、それでも問題はなかった。

波動砲を叩き込めば、それで終わるのだ。

「お前を倒して、私はまどかのところへ帰るっ!」

動きを止めたままの心臓をめがけ、ラストダンサーは駆ける。そして同時に、ギガ波動砲のチャージを開始した。

……だが。

 

「チャージが進まない……一体、これは」

それは、先の炸裂の余波の影響なのか。それともついに、度重なる酷使にラストダンサーでさえも限界を迎えてしまったのか。波動砲のチャージを示すゲージは割れて砕け、一切のチャージができなくなってしまっていた。

どれだけチャージを続けようとも、割れたゲージは一切の変化を見せなかった。

 

「どうやら、まだ終わりじゃないみたいだね、織莉子」

異層次元の彼方で、そして見知らぬ空間で、そして太陽系で。ありとあらゆる場所で激しい戦いを繰り広げ、そしてそれを越え。ついに、彼女達の機体は、そして彼女達自身もまた限界を迎えていた。

「そうね。……大分苦戦しているみたい」

寄り添うようにして漂う、ダンシング・エッジとヒュロス。最早、その機体からは波動の光が放たれることはなく。ただ、辛うじて機体の中枢部が生きていることを示して、弱弱しい光が零れているだけだった。

そう、キリカと織莉子の二人は、もう動かない機体の中で、宇宙を漂っていたのだ。

 

それは、魔法少女隊がマミとさやかを残して通信波の発信源へ向かってすぐのことであった。あまりにも長く、熾烈な戦いを繰り広げ続けた二人の機体は、ついに限界を迎えてしまったのだ。

けれど、傷ついた機体を預けられる場所など、この混乱の宇宙ですぐにみつけられるはずもない。かといって二人を見捨てておくわけにも行かず、魔法少女達は迷っていた。

だが、今は迷っている場合ではない。今行かなければ、今戦わなければ、多くの物が失われてしまう。彼女達には、それを止めるための力がある。

だから、二人は少女達に告げた。自分達のことは気にせずに、行け、と。

 

便宜上、魔法少女隊の指揮を執り続けていたマコトは、そしてゆまは悩み、苦しみ。それでもすぐに答えを出した。

それは身を切られるような、辛い決断だった。

 

そして、二人は宇宙の只中に残されることとなる。

 

 

「ねぇ、織莉子。もうちょっと……そっちに行っていいかい?」

「いいけれど、機体は大丈夫なの?」

「大丈夫さ、もう少しくらい、動いてくれるよ」

そう言って、キリカはダンシング・エッジを織莉子のヒュロスへと近づけた。ゆっくりと、酷く緩慢な動きで。静かに、二人の鋼の身体が触れ合った。

「あーぁ。できればもう一度、生身の身体で織莉子を抱きしめたかったなぁ」

恐らくもう、元の身体に戻ることはできまい。キリカはそれを悟っていた。けれどそれでも、その口調には絶望の色は一切見られることはなく。

 

「……そうね。でも、もしかしたらなんとかなるかもしれないわよ」

付近にまだ、バイドの部隊が展開している可能性は少なくない。自分からわざわざ気付かれるような真似はできないから、救難信号は出せずにいた。

「っ、何か、いい方法でもあるのかな。あるなら是非とも聞かせて欲しいな」

面白がっているようなキリカの声。

「いいえ、何も無いわ。もう完全にお手上げよ。……でも、何とかなるような気がするの」

そんなキリカに、同じくどこか楽しそうに、笑みすら含んで織莉子は答えた。

「何とか、って。何かいいことが視えたの?」

「いいえ、これ以上視たら、私も魔女になってしまうわ。だから、これは私の勘なの」

 

青い不可思議な空間。そこに這い回るフレームワーク。ファインモーションに飲み込まれ、共に潰えたはずの二人が吐き出されたのは、そんな見知らぬ空間だった。

そこにもバイドがいて、二人は戦った。たった二人で、押し寄せるバイドの群れを撃ち続けたのだ。だから、二人のソウルジェムはもう既に限界に近い。

いつ魔女化してもおかしくない、そんなレベルだった。

機体性能を、魔法を含めたそれを最大限に引き出した戦いは、その次元を作り出していた中枢に存在していた、得体の知れない一対のバイドを倒したことにより、終わりを迎えた。

崩壊する空間、それを潜り抜けた先は見知らぬ異次元でも、遥か遠い宇宙の彼方でもなく、驚くべきことに太陽系だったのである。

そうして、二人は思わぬ帰還を遂げたのである。

そう、それは誰も知らないこと。全てが終わった後にでも、十分に調べればようやく誰かが気付けるであろうこと。彼女達が戦いを繰り広げたその場所は、太陽系への真正面からの侵攻が停滞していたバイドが作り出したもの。

直接太陽系内部への侵攻を果たすための、迂回路だったのだ。その道を使い、バイドはグリトニルへの奇襲を成し遂げていた。もちろん、その事実は未だ持って余人の知るところではなかった。

だからこそ織莉子もそれを知らず、そして言葉を続ける。

 

「今まで、私達は何度も死に掛けてきたわ。いつどこで死んでしまってもおかしくはなかった。でも、今まで生きてこられた。首の皮一枚のような状態でも、生き抜いてこられたでしょう?だからね、きっと今回もなんとかなってしまうんじゃないかなって、そう思うの」

そして、なにやら呆れたように織莉子は笑う。

死線など、もう飽きるほどに越えすぎてしまった。そんな自分達の命を、一体今更誰が奪えるというのか。それは虚勢かも知れない。意味のない慢心かもしれない。けれど、何故だか奇妙な確信があった。

この先もずっと、一生二人で生きていけるという確信が。

「……参ったなぁ。そんな風に言われてしまうと、私までそんな気がしてくるよ。確かに、今までの私達は危ない事と死にそうな目にあってばっかりだ。そろそろ、二人でのんびりと過ごしたいものだね」

一瞬だけ呆気に取られて、それからキリカもまた、こみ上げる笑みを隠し切れないように漏らしながら、答えた。

 

 

しばしの静寂、そして。

 

「……そろそろ、通信も繋げられなくなるわね」

サイバーコネクタを通じて、弱弱しく伝わる機体からの警告を受け取って、織莉子が言った。既にどちらの機体も限界で、これが普通のパイロットであればとっくに生命維持が不可能になって死んでいる。

そしてついに、互いの間に通信を繋ぐことすらも困難になり始めていた。

「そう、だね。……ああ、もう。どうしたんだろうな」

そうなれば、その後に待っているのは絶対の孤独。センサーの類も死んでしまった機体は、人にすれば植物状態のようなもので。たとえ敵が来たとしても気付けない。次の瞬間には死んでしまうかもしれない。

孤独と恐怖が、キリカの声を震えさせていた。それは間違いなく、絶望へと彼女を導いてしまう。そうなればどうなるか、想像するのは容易だった。

 

そんなキリカの声を聞き、織莉子もまた自分の身の内に巣食い始めた恐怖を自覚しながら。それでも、静かな声で言葉を告げた。

「大丈夫よ。たとえ言葉が聞こえなくて、姿が見えなくても。私は貴女の側に居る。だからお願い、キリカ。貴女もずっと私の側にいて。……私を、一人にしないで頂戴ね」

けれど、ほんの一瞬。最後のその一言だけは、どうしても声が震えてしまった。その声に、キリカも織莉子の恐怖を、孤独を知って。

「……ふふ。織莉子は私のことを散々言うが、織莉子だって随分と寂しがりやじゃないか。ああ……でも、うん。わかった。私はずっと、織莉子の側にいる。これからもずっとだ」

笑いながら、キリカは声を返した。けれど、織莉子の声は返ってこなかった。どれだけ待っても、そこにあるのは暗闇と静寂だけだった。

 

「……織莉子。必ず……また」

そして、キリカの意識も闇へと沈んでいった。

 

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