魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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英雄であり、英雄ではない英雄。
恐るべき魔弾の射手。
折れた翼で羽ばたく少女。
彼方より此方へと至る戦士。
絶望に沈む宇宙の中で、誰もが奇跡を望んでいた。

彼女は、その声に応えた。



これは、全ての人々の物語。


第19話 ―終わる、一つの物語―②

人生というものが一篇の物語だとするならば、その物語は、始まりからして既に運命によって翻弄され続ける物語であった。

彼女は運命という嵐の只中に生まれ、それに飲まれるように日々を刻む。昏き暗黒の日々、それは長らくと彼女の心を蝕んだ。唯一の希望は、英雄という幻想。

幻想に手を伸ばし、一度彼女は燃え尽きた。その燃え殻から蘇った、空虚で真白な心。一人の少女との出会いが、その心を新たな色に染めた。

それはあるいは瑠璃色で、それはあるいは蒼穹の空の色で。それは幸せだった。それはきっと恋だった。乾いてひび割れる心には、唯一の救いだった。

 

けれど、それは奪い去られた。取り戻すために、彼女は英雄の仮面を被り死地に立つ。なのに、嗚呼。何故だというのか。無慈悲な悪意が、壮大な謀が、全てを無に帰そうとしている。

そしてそれは、英雄の仮面を被った少女の心をも打ち砕いた。

心は昏く、静やかに水面に消えてゆく。希望を、未来を抱えて。その重さに耐えかねて、沈む。

 

 

これは英雄という運命に弄ばれ続けた少女の、終着を語る物語。

 

 

その少女、スゥはまだ自らが存在していることに気がついた。

ラストダンサーは、バイドの攻撃を受けて水面へと沈んだはずだった。それ以前にスゥは自ら機体との接続を切断していた。最早、ラストダンサーがいかなる状況であろうとそれを察する術はスゥには存在していない。

それでもその辿るべき遠からぬ未来。破壊と死であるそれは容易に想像できた。だが幾許かの時が過ぎて尚、その死の定めは彼女に振り下ろされることはなかった。

訝しく思う気持ちが、心の奥底にこみ上げてくる。けれどそれを確認する術は、最早スゥには存在していない。

ほんの僅か、そんな気持ちが心を揺らして。けれどすぐにそれを放り投げた。全てを諦めてしまった少女には、来るべき死が遅いか早いかなどさしたる問題ではないのだから。

 

けれど、空虚な時は過ぎ去っていく。

身体を失った魂だけの存在でさえ、流れる時を知覚することはできた。けれど、それがどれだけの時間なのかが分からない。いかにそれまで自分が生きてきた全てが、肉体というものに依存していたのかがよく分かる。

故にそれを失って今、何も聞こえず何も見えず、何にも触れられない絶対の孤独にスゥは佇んでいる。だからその空虚な時が、ほんの数秒のことなのかそれとも数時間さえも過ぎているのか、それを理解することを、スゥはできずにいた。

 

 

まどか。

 

 

声にならない、音として発せられないその声がその名を呼んだ。スゥにとっては最初で最後の希望。自分が生きる、戦う理由。今、彼女はどうしているのだろう。インキュベーターの手に落ちた彼女は、まだ生きているのだろうか。

 

 

会いたい。

 

 

このままここで尽き果てるのならば、せめて、せめてその前にもう一度会いたかった。言葉を交わしたかった、心を交わしたかった。できることならその身を重ねて、互いが互いに溶け合うまでに。

その想いは半ば偏執的とも言えるほどのそれで。

 

 

会いたいよ。

 

 

音ならぬ声は、空虚な時空に幾度も響く。どれだけ声を張り上げたところで、それが届くはずもなく。余りにもその場所は、26次元というその場所は遠く。

 

 

ずっと、ずっと一緒にいたかったよ。

 

 

嗚呼、嗚呼。だがそれは叶わぬ願い。願い焦がれ、言葉は空しく響くだけ。それを聞くものがどこにいるというのか。この絶対の孤独に踏み入れること、それが叶うものなど、この世界のどこに。

 

 

 

 

――それならば、もう一度立ちなさい。そして戦いなさい。

 

それは、自らの身の内に存在した。もう一人の自分。恐らくかつて忌避すべき存在であった、その声は。

「暁美……ほむら」

その声を聞き、帰すべき言葉を見つけたときに。スゥの見る世界は、再び音と言葉を取り戻していた。

 

「戦えだなんて、気安く言わないでよ。……もう、私には戦う力なんて残っていない。仮に残っていたとしても、もう……私には戦う理由が、ない」

空虚だった心を揺り動かしたのは、恐らく怒りと呼ばれる感情で。何故まだ戦わせようとするのか、もう嫌だ。もう沢山だとスゥはその声を拒んだ。

 

――それは違う。貴女はまだ戦える。

 

「わかったようなことを言うなっ!何もできないくせに、なにも分からないくせに。同じ作り物の癖に、えらそうに指図をするなっ!!」

湧き上がる激情、激昂たるそれは口をついてあふれ出た。

 

――何もできなくなんてない。私も、貴女も。まだ、私達にはできることがある。

 

何を勝手な、訳の分からないことを。燃え盛る怒りは、ますますもってその勢いを増した。死へと導かれながら、それでもその心は赤々とした怒りの火を灯されていたのだ。

「戦ったところで何になるって言うんだ。この状況で、勝てるわけがない。死ぬまでの時間を無駄に引き伸ばすだけじゃない。終わったのよ、もう、全部」

 

――終わってなんかいない。私が、終わらせはしない。

 

言葉と同時に、強烈な眩さがスゥの感覚を貫いた。まるで深い暗がりから、真昼の日の下へと連れ出されたような、目をつく眩しさが襲い掛かってきた。

光と視界を取り戻した世界で、スゥが見つめたものは、今尚その翼を、羽ばたく力を失わずに飛ぶラストダンサーの姿だった。

けれどその姿はやはり弱弱しく、ふらふらと荒れ狂うフォースの嵐の中を飛んでいた。それでも迫るフォースをかわし、必死に機体を建て直し、迫り来る死への抵抗を続けていた。

「どうして、何故ラストダンサーが。……暁美ほむら、まさか貴女が?」

スゥがいくら機体を動かそうとしても、もうそれが動くことはない。自らの身体が、自らの意志を離れて動き出すという得体の知れない感触。戸惑いと驚きを隠せずにいたスゥは、やがて察したかのようにそう問いかけた。

 

――ええ、貴女がラストダンサーを放棄したから、今は私が動かしている。

 

――貴女と私は限りなく近い。貴女が動かせるものを、私が動かせない道理はないわ。

 

そう、確かにそれは道理なのかもしれない。だが、暁美ほむらのソウルジェムはあくまで魔法を生み出す機関として接続されている。その機械が示す道理を捻じ曲げ、その場にあって尚このラストダンサーを動かしている。

それは間違いなく、魔法と呼ばれる力が示した事象。既に限界に近いほど穢れを貯めきっていたほむらのソウルジェムにとって、それは自殺行為に他ならない。自ら死へと、自己の喪失へと近づくような行為だった。

それでもほむらは力を振り絞り、その魂を燃やし、迫り来る死という名の運命を、その魔手を振り払い続けていた。

 

「……何故、戦うの。無駄だと分かっているのでしょう?いくら苦しんでも、結果は変わらない。私達に訪れる死が、遅いか早いかの違いでしかない。なのに、どうして」

今のラストダンサーはもはや、攻撃をかわすことで精一杯。もはやフォースの隙間を縫って攻撃を仕掛けることなど、全く叶わない。だというのに、もう運命は決まってしまったというのに、何故抗うのか。

スゥには、それが分からない。

 

――っ、それでも、私は……抗う、最後まで。私の、最後の一片まで抗い続けるわ。

 

ラストダンサーをフォースが掠める。バランスを崩し、機体が水面すれすれに触れる。それでも尚ほむらは機体を立て直し、その機首を忌むべきバイドへと向ける。

魂だけの存在であれ、機械の身体にそれを宿してさえ、疲労と呼べるものは感じるのだろうか。荒く息を吐き、辛く苦しげな声でほむらはスゥの問いに答える。

 

――それが、私の選んだ道だから。そうでなければ、私を救ってくれた人達に顔向けができないわ。

 

ほむらがその名を借りた少女。重い病に苦しみ続け、その生の最後まで生きぬいた少女。そして、見知らぬ誰かの幸せを願い不帰の道へと旅立った少女。

そして二人にとっての始まりである英雄。今は崩れ行く身体がこの世界に縛り付けられている英雄。

暁美ほむらと、スゥ=スラスター。その命と遺志を受け継ぐほむらには、自身の存在の最後の一片までもを賭して、迫り来る滅びと死に抗い続けるしか術はない。逃げることなど、投げ出すことなど許されない。何よりほむらは、それを許せない。

 

――貴女にもいるのでしょう。貴女を救ってくれた人が。

 

「でも、もうまどかには会えない!声を交わすこともできない。私は、私は……」

どれほどの言葉を投げかけられても、喪失の痛みは拭えない。その傷は埋められようもない。スゥは嘆き、そして哭く。

 

――でも、嬉しかったでしょう。貴女が、私が救われたとき。

 

「っ……それ、は」

そう、それは幸せな記憶。とても幸せで、満ち足りた記憶。

 

――心が一杯になって、あふれ出してしまいそうだったでしょう。救われたこと、それは幸せだったでしょう。

 

静かな声で、ほむらは囁く。スゥもほむらも、元を辿れば同じ存在より分かたれた同胞。生まれながらにして抱えたその重荷は、いずれも同じであったのだ。

自分がただの作り物ではなく、一つの存在として肯定されるという救い。それを与えてくれたのは、ほむらにとっては暁美ほむらやかつての仲間達。そして、スゥにとってはまどかだった。

だからこそ、救われる喜びもまた同じ。はち切れんばかりに、心の奥底から湧き上がるその感情と衝動。確かにそれは、二人の間に共感し得るものだったのだ。

 

――それがどれほど素晴らしいか、私達は知っている。そしてそれは、これから生まれていくものよ。

 

――私達の中で、そして私達ではない誰かの中で。

 

――それは生まれていく、続いていく。ここで全てが終わらなければ。

 

その救いは、ほむらには新たな自分を。スゥにはまさしく心そのものを与えていた。それは、とても素晴らしいこと。スゥはそれを知っている。そして見知らぬ誰かであったとしても、それを得ることはきっと素晴らしいだろう。

そう、思ってしまった。

 

「だから、それを守るために戦う。いつか誰かに生まれる救いをその素晴らしさを……守る、為に」

呟くように、けれど謡う様に、スゥはその言葉を告げる。それを聞き届けて、ほむらは静かに笑ったような気がした。

 

――命ある限り戦いなさい、例え孤独でも。それが英雄として望まれた者の義務なのだから。

 

「例え、この先に待ち受けているのが死と絶望だけだとしても。それでも戦えと、お前はそう言うのね。……それが、英雄だと」

その肩書きは、紛い物の複製品。それでも、英雄として望まれてしまった。その義務を負うべき資格は、十分に存在した。

 

――ええ。最後まで抗いぬくのが、きっと私達のするべきことだから。

 

「私は、英雄になんてなりたくなかった。ただ、まどかの側に居られればよかった。……でも、きっとまどかなら最後まで抗うでしょうね」

静かに、感覚が蘇ってくる。解き放たれた精神が、再び鋼の身体に宿る。シンクロレートが低下したその身体は、やはり尚も重い。それでも、抗うことを決めたから。

「抗ってやる。どこまでだって、何度だって。……だからかかって来なさい、私の運命」

もう一度、少女は戦いの宇宙に舞う。迫り来る運命に、全力で中指を立ててやるために。舌を突き出し、その背に蹴りを入れてやるために。

 

――それでこそ貴女よ。……後を、お願いするわ。

 

「暁美ほむら……まさか、もう」

限界を超えるほどの戦いを続けてきた。今こうして話をしていられること自体が、恐らく奇跡と呼ばれるもので。

 

――先に往くわ。……できれば、こっちには来ないでね。

 

ほむらの声が、途切れた。小さな音と共に、限界を超えて穢れを溜め込んだほむらのソウルジェムが排出された。

そしてすぐさま、荒れ狂う破壊の嵐に呑まれ、潰えた。

 

「……さよなら。もう一人の私」

機体の支配が、ほむらからスゥの魂へと移る。

尚もラストダンサーは満身創痍。迎える敵は強大。勝機は見えず、現状を打開する術もない。それでも、その心が再び絶望に沈むことはない。苛烈なる運命の重圧に、再び膝を折ることはない。

 

その身に宿った気高き心。

そしてスゥは、目覚めた心を走らせる。

 

 

再び目覚めた英雄。けれどそれを知るものはどこにもいない。

それでも今尚絶望に沈む太陽系には、最後の希望を作り出すための力が降り注いでいた。それは、遍く人の下へと降り注ぐ。一つの意志をそこに宿して。

 

――これは、みんなの絶望が生んだ力。

 

――もしかしたらこのまま、この世界は終わってしまうかもしれないけれど。

 

戦う者に、戦わざる者に。絶望に抗う者に、絶望に沈む者に。かつて彼女が見た、遍く全ての人にその声は伝播した。

 

――もしも、そんな運命に立ち向かう意志が、ほんの少しでもあるのなら。

 

――もしも、もう一度戦う意志があるのなら。

 

それは、絶望に沈む人類を救うための声ではない。

けれど、安易な絶望と死という逃げ道へと誘うものでもない。

 

――その為の力を、みんなにあげるから。

 

――だから、望むのなら……願って。そして、戦って。

 

それは、更なる戦いへの誘い。迫る絶望に対して、もう一度立ち向かう力を与えんが為に。

きっとその誘いを受けてしまえば、その力を借りてしまえば。どれほどの苦境、どれほどの絶望の渦中にあっても、絶望に膝を折ることは許されない。その最後の瞬間にまで抗い、立ち向かわなければならなくなる。

それは間違いなく、座して絶望と死を受け入れるよりも遥かに辛い、戦いの未来を予想させた。

 

 

――ずっと思ってたんだ。私にできることはこれだけだから。

 

――この力で、みんなを救ってあげたいって。でも、それじゃだめなんだ。わかったんだ。

 

それでもその声は優しく、そして力強く呼びかけた。

その声は選択を強いる声。けれどあくまで最後に選択するのは全ての人類で。

 

――本当の希望は、誰かに与えられるものじゃないんだ。

 

――たった一人の英雄に、押し付けていいものでもないんだよ。

 

ただ与えられただけの希望は、また奪われてしまうから。誰かに押し付けた希望は、誰かを押し潰してしまうから。だから、本当の希望は。本当の未来は。

 

――希望は、未来は。私達一人一人の手で掴み取るものなんだ。

 

――だから、お願い。みんなの力を……貸して。

 

その声は、願いは、遍く人の心へと染み渡る。

けれど、人々が沈んだ絶望は深い。そして多くの人は、それに抗う力を持たない。そんな彼らが、どうして目の前の絶望に立ち向かえるというのか。

そんなことが、できるはずもない。広がっていくその願いと意志は、ただただ人々の心を駆けていくだけで。

 

けれどそう。そんな得体の知れない、信用もできない力でさえも。そんなものにでさえも、縋ってみせたものがいた。

 

 

それは、戦い続ける者達。

 

「一体どうなっているんだ。誰なんだろうな、こんなことを言う奴は」

その男は、少しだけ戸惑ったように口を開いた。彼は名も無き戦士。彼に並び立ち、絶望に沈み。そして今にも潰えようとしていた無数の戦士たち。彼らもまた、名も無き戦士達。

誰の機体も損傷は大きく、絶望がその足を止めている。さらなる絶望の形を為して、彼らの元へもバイドが迫る。

確実な死が、じきに訪れる。

 

だが、と男は思う。まだ自分は戦えたはずだ。得体の知れない絶望が、戦う力を奪い去っていなければ。まだ抗えたはずなのだ。迫り来る、バイドという名のもう一つの絶望に。

悔しかった。何よりバイドが憎かった。だから男は得体の知れないその声を、その力を、受け入れた。

「誰だっていいさ。力をくれるってならもらってやる。……俺はまだ、戦いたい」

再び胸に宿ったその闘志。それが引き金だったのか、強い光が男の駆るR-9AF――モーニング・グローリーに宿る。

機体に深々と刻まれた傷跡を、その光は癒していく。度重なる戦いによって消耗していたエネルギーさえも、光の中から蘇る。

一瞬の閃光が目の前を照らしたその後には、まるで完全に整備されたかのように万全の

モーニング・グローリーが、男の命令を待っていた。

曰く再び戦えと、力を振るって見せろと、希望を掴んで見せろと男の命を待っていた。

そしてそれを、間違いなくその場にいた全ての戦士達が見届けていた。男はゆっくりと機体を翻し、共に戦い続けた戦士達へと振り向いた。

彼らもまた、深い絶望に沈んでいるはずである。だが、それを払うための力を再び手にすることはできる。

 

男が何かを話しかけようとしたその時に、ついにバイドの接近を知らせる警報が鳴り響く。もはや、幾許の猶予もない。男はすぐさま機首を迫るバイドへと向けた。そして、口元で静かに、力強く一言を告げた。

「さあ、どうする?」

――と。

 

答えはすぐに示された。

バイドの群れへと立ち向かうモーニング・グローリー。その背後で、無数の光が舞い踊る。光の中から次々と、蘇った力と翼達が沸きあがる。誰しもがその言葉に激しい闘志と、身の内より湧き上がる希望を乗せて。

そして再び、数多の戦士達がバイドに挑む。

宇宙を再び閃光が染め上げ、激しい戦闘が始まった。

 

それは、名も無き戦士たちの詩。

そしてそれは、遍く宇宙で紡がれていく詩。

 

 

 

「さて、なんだったのだろうな。今のは」

地球軍総司令部。ここもまた絶望に沈み、緊急会議という名目集められた高官達は皆希望を失い、絶望に沈み、中には自ら死を選んだものもいた。その中で聞こえた言葉、希望を掴むために、戦えという言葉。

それを聞き、司令の男は不思議そうに呟いた。

「まあ、言っていることにはある程度納得はできる。生きるためには戦わねばならん。それを誰かに押し付けて、事がすべて片付いたような顔をしていられるわけもあるまい」

ゆっくりと立ち上がる男、高官達は虚ろな目でそれを見ていた。

「何をしている、貴様らっ!聞いただろう、この最悪最低の状況を、どうにかするのは私達自身だ」

男は椅子を蹴り飛ばす。豪華で重い椅子が、蹴り飛ばされて床に転がる。だん、と床を蹴って飛び上がる。彼らが囲んでいた円卓をその足で踏みつける。そのままつかつかと円卓の上を歩き、それを囲む高官達の顔をぎろりと鋭く睨みつけ、そして。

「手勢を集めろ!駐留部隊を全て集結させろ!私自ら出るっ!!ついて来られる者だけついて来いっ!」

そのまま円卓を飛び降り、扉を蹴破った。じっとしていられないほどの強い衝動が、男の身体を駆け巡っていた。それは前線を退き、いつしか戦士からそれを統率するものへと変わっていた男が、いつしか失っていたもの。

激しく燃え盛り、荒れ狂う戦いへの欲求。激しい闘志。

 

そうだとも、ここで負ければ後がないのだ。そんな時に、どうして自分だけが偉そうにふんぞり返っていられるというのか。その衝動に衝き動かされ、歩みはいつしか早足に、そしてやがては駆け出して。

「何をやっているんです、司令っ!」

当然のように、それを止めようとする言葉は投げかけられた。

 

「今だけは止めるな。今行かなくてどうするというんだね!?」

生き生きとした、張りのある声で男は答える。その通信を送っていたのは彼の部下、付き合いもそう短いものではなかったが、それでも彼がこんな人物だとは思いもしていなかったようだ。

だが、止めなくてはならない。戦線に立ち並び、戦う戦士が必要であるのと同じく。彼らの後ろに立ち、彼らが余すことなく力を振るえるようにすることも必要なのだ。

「いいえ、止めます。戻ってください。……信じられないことが起こっているんです」

どうやら、司令としての役目を放り投げたことを咎めるつもりではないらしい。となれば話は別だと、男は足を止めて問う。

「何かあったのか?いや、あれで何も無いほうがおかしいとは思うが」

「はい……信じられないことですが、通信の途絶していた火星以降の惑星圏に存在する基地から続々と通信が届いているんです」

バイドの侵攻は火星にまで及び、すなわちそこまでに存在する全ての人類の施設は飲み込まれて潰えた。そのはずであったのに、そうして潰えた多くの施設から、通信が続々と届いているのだという。

 

「確かにそれは信じられないな。……それで、内容は?」

「内容はどれも同じです。バイドを倒すために舞い戻ったと。そして現在、火星に向けて全速力で駆けつけているとのことです!」

「潰されたはずの施設から、死人の声がする。……まさか」

そう、その通信を伝えた施設は、そこにいる戦士達は、間違いなく既に潰えている。そんな者達がどうして、通信をこちらに伝え得たのだろうか。

「彼らも戦う事を望んでいた……そういうこと、なのかなるほど、確かにこれはもうしばらくここに踏ん反り返っている必要がありそうだ」

男は笑い、そして言う。

それは余りに荒唐無稽、そして信じがたいほどに壮大で。まどかが与えたその力は、無念の内に散っていき、未だこの宇宙に残る戦士達の魂にまで及んでいた。そして彼らは戦いを願い、再起した。

だとすれば、誰かがそれを助けなければならない。それができるのは、自分だ。

 

絶望をもたらされた全ての人に、同じようにその光は降り注ぐ。その声は、現世より隔絶された異界にすらも響き、その光を届けようとしていた。

けれど、そこにいる少女達に絶望の色はない。ただ、偽りの希望に踊らされているだけの少女達だった。

 

だからこそ考える。

それが偽りであれ、希望を抱いて戦えるのは幸せなのだろうか。そんな事があっていいものか、それでは、誰かに与えられた希望も同じ。それもいつか必ず奪い去られることが約束されたまやかしの希望。

本当の希望を掴むのは、確たる意志と自ら戦う覚悟が作る。

 

だからまどかの願いは、モルガナの結界の中へさえも飛び込んでいく。

そして、声を届けた。

 

「……まど、か」

その声は、まどかの絶望がその結界を揺るがした時と同じように、マミの意識へも届いていた。偽りの希望、終わらぬ戦いに意識を奪われていたマミの、その瞳に自我の色が揺らいで見えた。

 

それは結界に生じた綻びで、魔女はその存在を許さない。

 

呆けたように動きを止めたマミのコンサートマスターに、マコトのガルーダが接近した。

「隊長、敵が接近しています。……すぐに迎撃しないと、命令をください、隊長」

それは従順な部下の仮面を被って、マミをこの世界に捕らえようとしている。決して逃がすまいと、この世界を守ろうとしている。

「……そう、だったのね。マコト、確かに敵はすぐそこにいたわ」

ゆっくりと機首を翻したコンサートマスターは、その砲塔をガルーダへと向けていた。

 

違和感は、ずっと胸の中にあった。迫り来る戦いは、それを考える余裕を与えてはくれなかっただけで。けれど今、まどかの言葉を聞いて、マミの心は戦いの狂気から掬い上げられた。

幾分か冷静になった頭で考えれば、答えはとても簡単だった。

「何をするんです、隊長。敵はこっちにはいませんよ、隊長っ!」

「いいえ、敵はここにいるわ。マコト……貴女がそうなのよね」

機首を突き合わせたまま、向かい合って動かない二機。マコトは言葉を返さない。だからマミは言葉を続けた。

「違和感はずっとあったの。貴女も、他の魔法少女達も、皆あの地獄のような戦場を生き抜いてきたわ。だから、自分がどう戦うべきかを迷ったりはしない。いちいち指示を求めることなんてない。ただ私は、必要な時に指示を出すだけでよかった。……それが違和感」

ガルーダは、その鋼の翼は小さく震えているような気がした。

「そして、認めたくないけれど。……マコト、貴女はもう死んでいる。絶望し、魔女となった。……無理もないことだとは思うけれど、だとしたら今、ここに貴女がいるはずはない」

息を呑む音が、聞こえた。

 

「それ以上、言わないでください。隊長。それ以上言われてしまったら、私は……私はっ」

声は震えていた。まるで何かを恐れるように、涙すら混じっているような声で。

「いいじゃないですか、ここにいれば、みんなずっと一緒に居られるんですよ。ずっと一緒に戦って、それでも生きていけるんですよ。あんな絶望に身を晒す必要もない!」

そのままの声で、マコトであった魔女は、まだマコトでもある魔女は叫ぶ。マミは、そんなマコトと魔女に諭すようにして言った。

「でも、それじゃあ私達は本当の希望を手にすることはできない。例え敗れて死ぬとしても、偽りの希望に踊らされ続けるよりは、ずっといいわ」

その言葉がもたらすのは別離。余りにも辛い別離。その痛みを噛み締め、漏れそうになる嗚咽を堪えてマミは告げた。

 

「だから私達を開放しなさい、マコト。……いいえ、魔女」

みしり、と。何かがきしむ音。それはあちこちから聞こえる音。ガルーダが、背後に映る宇宙が、守るべきグリトニルが。全てにひびが入り、崩れ落ちようとしていく。

 

「嫌だ、嫌だいやだイヤダっ!私は私で居たい、なのに、なのになノになノニナノニィィィッ!」

叫ぶ声が、宇宙を揺るがしていく。全てが崩れ去り、張りぼての宇宙は消え去ろうとしていた。そこに現れる、本当の姿は。

 

「イ、ナナ、ナナァァァ……サ、ッガァ………ニィィィィィィ!?」

最後に残った心は壊れて、魔女モルガナは、その真の姿を現した。

 

魔法少女達は、夢から覚めたかのように、はっとして辺りを見回していた。グリトニルを背負い、押し寄せるバイドと戦うという世界は既にない。そこは最早、宇宙ですらもない。

そこは砂漠、天に輝く太陽が、遍く物を照りつける灼熱の地。そしてその砂中に身を埋め、日に照らされる異形のオブジェが無数に並ぶ。それは例えばR戦闘機、それは例えばバイドの兵器。

そんな歪なオブジェをいくつも砂中に並べて、生命を感じさせない死の砂漠は広がっていた。

そして、そんな砂漠に立つ一際大きなオブジェ。黒々とした、天を衝く巨人。見ればその身体は、砂中に埋まる無数の機械群と同じもので構成されていた。

言うなればくず鉄の巨人。言うなれば鋼鉄の墓標群。そしてその巨人が唐突に動き始めた。その巨人こそ、その墓標こそが魔女モルガナの本当の姿であった。

 

「お姉ちゃん。どうなってるの、これは……一体何なの」

いち早く異変を察し、ゆまのカロンがマミの元へと戻ってきた。

「魔女の結界よ。私達は今まで、そこに囚われていたのよ。……だから、あの魔女を倒さなくてはいけないわ」

痛みを堪えるような声で、マミは答えた。けれど、それと同時に異変に気付く。

先ほどまで一切の支障なく動いていた機体が、今はほとんどその動きを止めている。そう、それはまるでこの結界に取り込まれる前の状態に戻ってしまったかのように。

魔女の加護を受けて動いていた魔法少女達の翼は、それを自ら振り払ったことにより、再び傷ついた状態へと戻ってしまっていた。

 

更に、状況は悪化する。

巨人が僅かに身じろぎすると、そこから無数の機械がこぼれて落ちる。そしてその全てが、こちらへと向けて攻撃の意志を示していた。恐らくそれが、魔女モルガナの使い魔なのだろう。

 

「それじゃあ……誰かがなっちゃったんだね。魔女に……」

ゆまの声も沈んでいる。魔法少女と魔女の事実。そして魔女を兵器として使う人の所業。その全てを知っているゆまですら共に戦ってきた仲間が魔女となってしまったとなれば、気にせずにはいられなかった。

「ええ、でも、今はそれを悲しんでいる余裕はないわ。……早く戻って、バイドと戦わなければならない」

「……うん、そうだよね。じゃあ、私も頑張るよ!だから、お姉ちゃんは下がってて、その状態じゃ戦えないよ」

比較的損傷の少ない、とは言え十分中破といえる状態のカロンが、コンサートマスターの前に出た。

 

けれど、マミには分かっていた。マコトが魔女となってしまったのは、自分のせいだ。だとしたらその罪を贖うのは、自分がやらねばならないことだ。自分が、背負わなければならない痛みなのだと、わかっていた。だから。

「ルネちゃん。貴女は他の子達と使い魔の相手をしていてちょうだい。あの魔女は……私が倒すわ」

「そんなの無理だよ、だって、お姉ちゃんの機体はもうぼろぼろなんだよっ!」

「……大丈夫、だから信じて、お願いだから。必ずあの魔女は、私が止めてみせるから」

「わかったよ。……でも、でもっ!危なくなったら、すぐに助けに行くからね!」

僅かな沈黙の後、ゆまは根負けしたようにそう答えると、カロンの機首を魔法少女隊の下へと向けた。

そしてようやく、ふらふらと、ゆっくりと、コンサートマスターはモルガナと対峙した。

 

「まどか。……貴女が今どうしているのか、私にはわからない。けれど、私は貴女を信じるわ。だからお願い、力を貸して。私にもう一度戦う力を。私の罪を、贖うための力を」

ついに願ったマミの元に、まどかの願いは降り注ぐ。その機体にもその光が宿る。

だが、それは魔女の察するところとなったのだろう。魔女はその腕を振り上げ、そして振り下ろした。

無数の機械が織り成す鋼の腕が、コンサートマスターを、マミを飲み込みその空間ごとを根こそぎ薙ぎ払っていった。

 

「お姉ちゃんっ!」

ゆまが叫んだ。ボロボロのコンサートマスターでは、あれほどの攻撃を最早よける術はない。そしてあんな大質量による攻撃を受けてしまえば、撃墜は免れない。

やはり無理やりにでも下がらせて、自分が魔女の相手をするべきだったんだと。後悔が、ゆまの胸中にこみ上げてきた。けれど。

 

「心配はいらないわ。この程度じゃ、私は負けない」

それはマミの声。あの大質量による攻撃の最中にあっても、マミは健在だった。振り下ろされた腕の、その先端が内側から弾け飛ぶ。その中にあったのは、眩い輝きを放つ黄色の光。

そしてその中心には、光に全身を包まれて立つ一人の少女、巴マミの姿があった。その姿はまさしく魔法少女のそれで、マミにとっては遥かな懐かしい記憶だった。

かつてマミ自身の精神の内で、そこに巣食うバイドを倒すためにとった姿。あの時は、マミはまどかと杏子に助けられて目覚め、そして力を行使した。その記憶が今も残り、明確な力のイメージとしてマミの中に存在していた。

それがまどかが与えた力によって再現され、マミに身体と、力を与えていたのだった。

 

「ごめんなさい、マコト。……私はこれから、貴女を殺すわ」

目を伏せ、自らに言い聞かせるかのようにそう呟いて。マミは、魔法少女の身体で単身、魔女モルガナへと立ち向かった。

されど相手は巨大な魔女、魔法少女と、さらにR戦闘機の力をもってしてようやく打倒し得る存在。本物の魔法少女の力を得たとはいえ、R戦闘機の力を持たないマミには些か荷が重い。

 

「ならその力を借りればいいだけよ。私は覚えている、今まで振るってきた力達を」

宙に浮かんだそのままで、静かにマミが手を上げた。けれど、敵はまだそこにいると知り、モルガナが再びその鋼の拳を振り上げる。そして再び振り下ろされる。圧倒的な質量と破壊が、牙を剥く。

その破壊めがけて、マミは静かにその手を下ろした。

 

振り上げた拳は、圧倒的な破壊を振りまくより前にその途中で動きを止める。その拳を留めていたのは、黄色に輝く光のリボン。

それは波動の粒子の結晶体。モルガナの拳を縛るのみに飽き足らず、更にそのまま切り裂き焼き払う。無数の機械の残骸が、切られて焼かれて地に落ちていく。

そしてそのリボンを放った射手は、かつてのマミの乗機。まどかとさやかとほむらを救い、彼女達を戦いの運命へと導いたもの。R-9MX――ロマンチック・シンドロームの姿だった。

まどかの願いがマミに与えた力、それが更に形を変えて今、かつてのマミの乗機として現れていた。それは虚空から現れ、それが持つ力であるリボン波動砲を放ったのだった。

 

「懐かしいわね。……あなたがいたから、私は彼女達を助けることができた。仲間を得ることができた。……ありがとう、もう一度だけ、一緒に戦ってね」

再びロマンチック・シンドロームに力が宿る。同じくして、モルガナもまた次なる攻撃を仕掛けていた。その全身から零れ落ちる機械群が、使い魔と化してマミに迫る。

その群れを静かに見つめながら、マミは静かにその手を上げて。

 

「無駄よっ!」

再び放たれたリボン波動砲は、そのままリボンの形を為した波動エネルギーの塊である。それは縦横無尽に空間を駆け抜け、迫る使い魔の群れを次々に打ち砕く。

一瞬の閃光が駆け抜けた後には、数珠状にいくつもの炸裂が巻き起こった。

 

「あの魔女を倒すためには、もう少し時間が必要ね。……それじゃあ、足を止めましょう」

まるで剣を鞘から引き抜くような動作で、マミは静かにその手を振り上げた。その動きに呼応するかのように現れたのは、剣。かつてマミがその手にしていた光の刃。

「あなたのことも、結構好きだったのよ。本当はもうちょっと乗っていたかったくらい。……お願いね、ナルキッソス」

TL-3N――ナルキッソス。かつてマミが駆り、バイドと化した魔法少女達と戦った機体。擬態機能と、右腕のヒートロッドを介した強力なレーザーソードを持つ機体。

そのナルキッソスが、マミが剣を振りかざす動きに応じてモルガナへと立ち向かう。

最中、ナルキッソスの姿が歪み、変わる。ナルキッソスの持つ擬態機能が、その姿と能力をストライダーのそれへと変えていた。

そして即座に、ストライダーに搭載されたバルムンクが放たれ、モルガナの左脚を直撃した。大きな爆発が巻き起こり、モルガナの左脚の半分ほどが消失する。

 

さらに追い討ちと言わんばかりに、元の姿に戻ったナルキッソスが、レーザーソードを振りかざし、追い打ちと言わんばかりに左脚部に切り込んだ。

この苛烈な攻撃には遂にモルガナも耐えかねて、左脚がばっさりと両断される。バランスを失ったモルガナの巨体が、ぐらりと揺らいだ。だがまだ倒れない。切り裂かれた脚部同士が再び融合し、堪えようとしている。

「なら、もう一撃ね。食らいなさいっ!」

放たれたのは、ロマンチック・シンドロームのリボン波動砲。だが今放たれたそれはリボンの形状を取ることはなく、それらを一つに束ねることで威力を増した、もう一つのリボン波動砲、リボン波動砲βだった。

その一撃は、再生を始めていたモルガナの左脚に更なる損傷を与え、ついには完全に体勢を崩したモルガナの巨体が、轟音と共に砂中に没した。

 

あれだけの巨体である、すぐに起き上がることなどできはしない。とどめの一撃を叩き込むための時間は、十分に稼ぐことができる。

 

「……これで終わりよ。マコト」

豊かな胸元から引きずり出すようにして、一本のマスケット銃がマミの掌中に生まれる。そしてその銃口を、モルガナへと向けた。

もちろん、それが敵に止めをさせるほどの威力があるわけではない。これはあくまで引き金、そしてその引き金が撃ち放つ砲身は別にあった。

 

それは、一対の巨大な砲身。それはその砲身に比すれば、あまりにも小さなR戦闘機に接続されていた。ゆっくりと、まるで虚空から引きずり出されていくかのように、二機のR戦闘機の姿が具現化される。

いずれもが、その巨大な砲身に似合った破壊力を持つ戦略級の決戦兵器。そしてそのいずれもが、かつてのマミの乗機であったもので。

 

R-9DX――ガンナーズ・ブルーム。そしてR-9DX2――ババ・ヤガー。

その二機が今、マミの手によって再現され、その巨大な砲身をモルガナへと向けていた。いずれの砲身にも、既に限界までエネルギーが蓄えられている。

後は、その引き金を引くだけだった。

 

マミは静かにその引き金を引いた。引き絞られた引き金、それを合図に、二つの砲身はその力を解放する。

地球から月の間に等しい隔たり。おおよそ38万kmという長射程と、それを実現させる威力。その力が全て、双発の超絶圧縮波動砲の威力の全てが、目の前の魔女モルガナへと叩きつけられた。

激しく迸る二条の閃光。それは魔女の身体を飲み込み、それを構成する全てを焼き払い、打ち砕いていく。全てを消し去る閃光が駆け抜けて行った後、残されていたものは。

魔女モルガナの核とも言える存在、人の形を模した、歪な人形が一つ。焼け残ってしまったそれは、恨めしげにマミを睨み、その手を伸ばした。

彼女を害そうというのか、それともそれは救いを求めて伸ばされた手だったのか。それは、誰にも分からない。ただ今大切なことは、ここを出なければならないということ。

 

だからマミは、その人形の手をマスケット銃の銃身で払いそのまま流れるような動きで、人形の額に銃口を突きつけた。

人形は動かない。ただ、まるで泣いているかのような顔でマミを見つめていただけで。

 

「……ティロ・フィナーレ」

静かに呟き、マミは引き金を引いた。

 

結界の核たる魔女を失ったことで、結界は急速にその形を失いつつあった。無数の墓標の立ち並ぶ砂漠はその姿を消していき、じきに元の宇宙空間が戻ってくることだろう。

その時、宇宙は、人類はどうなっているのだろうか。不安は拭いきれないが、それでも今は戦うしかない。

だから、再び手にしなければならない。戦うための力を。

マミは一瞬だけ悩んだ後に、変わらずそこに佇むババ・ヤガーのキャノピーに触れた。触れた指先は、そのままババ・ヤガーの中へと沈み込んでいく。

きっと、このままいけるはずだ。そんな根拠のない確信を抱いて、マミはその身体をババ・ヤガーの中へと躍らせた。

 

肉体が、まるで解けるように失われていく感触。気がついたときには、マミの身体は重く冷たい鋼のそれに変わっていた。曰く、ババ・ヤガーそのものへと。

そしてそれを見届けたかのように、ロマンチック・シンドロームが、ナルキッソスが

ガンナーズブルームが消えていく。

残されたのは、実体を得たババ・ヤガーだけ。その中で、最早懐かしいとも言えるような感覚に浸りながら、マミは仲間達に呼びかける。

「気がついたかしら、皆。どうやら私達は、魔女の結界の中に囚われていたようね」

戦いの狂気から抜け出し、半ば呆然とした様子で魔法少女達がぱらぱらと返事を返してきた。どうやら、まだみんな無事なようだ。

「でも、まだ私達の戦いは終わってはいないわ。いいえ、本当の戦いはこれからよ。……だから、もう一度貴女達に戦う力をあげるわ。ここで朽ち果てるつもりがないのなら、願いなさい」

とはいえ、魔女の加護を失った機体はどれもボロボロのものばかり。けれど、それを助けるための力は確かにこの宇宙にあるのだ。

「もう一度、戦いたいと願いなさい。希望を途絶えさせはしないと、最後まで戦い抜いて見せると」

戸惑いながらも、少女達は口々にその言葉を口にした。果たしてこんな状況で、縋れる希望などあるのだろうか、きっとありはしない。

だから、少女達も気付いたのだろう。本当の希望はきっと、自らの手で勝ち取っていくものなのだと。だからこそその為に、少女達は力を求めた。

 

そして、それは叶えられた。

 

 

遍く宇宙で、力を与える一つの声が響く。

遍く宇宙で、力を求める無数の声が響く。

たとえ戦う力を持たない者であれ、それを願った者には力が与えられた。それは直接に敵を討つための力ではない。

それは隣にいる誰かを、今も絶望に沈んでいる誰かを助けるための、手を差し伸べる為の力。その力の名は、恐らく勇気と呼ばれる何かで。

人類はその声と力、そして勇気に導かれ、急速に死の恐怖と絶望から抜け出していく。太陽系を満たす絶望が、ひっくり返ろうとしていた。

力強く輝く、希望へと。

 

けれどそう、その少女の深く絶望に沈んだ心は、まどかの声を持ってしても立ち直ることはできなかった。そして彼女の周りには誰もいなかった、だから誰も彼女を助けられず、誰も彼女を止められなかった。

どうしようもなく死に惹かれ、死すべき場所を求めて宇宙を駆けるその機体。カーテンコール、美樹さやかを、誰も止められなかったのだ。

遍く場所へと広がり続けて、薄れていくまどかの自我。ただ、願う者に力を与えるだけの存在となろうとしていたまどかは、それでもさやかを救いたかった。

薄れきった自我を振り絞り、その手に一つの光を握り締めた。それは太陽系のいたるところに振りまかれた力そのもの、その欠片の一つを、大事にぎゅっと握り締めて。今尚死に惹かれている大切な友を、美樹さやかを助けるために、その欠片を解き放った。

 

たった一つの願いを込めて。誰か彼女を止めて、彼女を助けてと。

強い願いを込めて、その欠片は解き放たれた。

 

その願いは、世の理さえも越えて届く。その願いを受け止めたのは、いなくなってしまった一人の少女だった。

 

 

――行くのかい。

 

ここではない場所で、いずれ誰しもが訪れるその場所で、その片隅で、男が少女に問いかけた。

 

――ああ、あいつが呼んでる。助けて欲しいって呼んでるんだ。

 

少女は、その胸に飛び込んできた欠片を、力と願いのたっぷりと篭った欠片を抱きしめて。そして、真っ直ぐに男を見つめて言った。

 

――本当にいいんだね、一度ここを出てしまえば、もう戻ってはこられない。君はそのまま永遠に、向こうを彷徨い続けるだけの存在になってしまうかもしれないんだぞ。

 

男は再び問いかけた。だが、それを問う男にも答えはわかりきっていたのだろう。少女の答えは、男が望んだとおりのものだったのだから。

 

――今行かなかったら、あたしは死んでも死にきれねぇ。まあ、もう死んでるんだけどさ。

 

少女は、苦笑交じりにそう笑い、赤い髪を揺らした。

 

――そう、か。ならもう止めないさ。行ってきなさい、そして戦ってきなさい。

 

男は笑って言葉を返し、ふとその表情に懐かしむような色を浮かべて言った。

 

――そしてどうか、私達が守れなかったものを、守ってくれ。

 

その言葉に頷いて、少女は手にした欠片を飲み込んだ。熱い感触が、喉元を過ぎて胸の中へと伝わってくる。

その熱さがやがて脈打つ何かになった。触れてみれば、そこには脈々と命を伝える心臓があった。

死する者だけの場所において、少女は再び命の源を得て、そしてそれに引きずられるように、少女の身体が消えていく。彼岸を越えて、現へと再構成されていく。

 

全てが消失してしまう刹那。

 

――君に幸運を、キョーコ。

 

――ああ、目にもの見せてやるさ、ロス。

 

 

絶望に沈んだ機体が宙を往く。自分が死ぬべき場所だと選んだ場所へ赴くために。その場所で、自ら命を絶つために。

さやかは一人、絶望と希望が渦巻きせめぎ合う宇宙を駆けていた。

 

「……まどか。あたし、まどかに謝りに行くから。まどかのいるところに、行くからさ」

力無く、虚ろにさやかは呟いた。誰にもその声は届くことは無く、ただただ虚ろな呟きだけが響いた。

「そうしたら許してくれるかな、まどか。……あたし、本当にバカだったね」

心は真っ黒な絶望に埋め尽くされ、身体は経験に衝き動かされるかのように機体を動かしていた。自分の死すべき場所を求めて、ひたすらに。

「また、まどかの声が聞けるかな。会えるかな。まどかに、杏子に、ほむらに。……みんな死んじゃったら、また向こうでマミさんにも会えるかな」

乾いた笑みが唇の端から漏れる。涙はとめどなく頬を伝い、そして落ちていく。ぽたり、ぽたりとヘルメットのシールドに涙が伝い、綺麗に二つの跡を残していた。

そんなものすら意に介さず、さやかは静かに宇宙を駆ける。

「死ぬのって、辛いんだろうな。……でも、今生きてるのだってこんなに辛いんだよ。自分が生きてるってことが、たまらなく辛くて、苦しくて、情けなくてさ。……いいよね、もう。全部、諦めちゃっても……いいよね」

もうすぐだ、もうすぐまどかのいた場所に着く。そこが、さやかの終着点。長く苦しいこの生を、その全てを終わらせる場所。

 

「……んなもん、会えるわけねーだろーが」

その声は、どこからともなく聞こえてきた。さやかにとっては懐かしく、そしてとても愛おしい声だった。

 

「え……今の声、どうして、何で?」

その声に、弾かれたかのようにさやかは顔を上げ、辺りを見渡した。けれど、そこには誰の姿もなかった。当然だ、ここは広く孤独な宇宙空間。誰もいるはずが無い。

通信だって入ってはいない。だとしたら、ついに幻聴でも聞こえ始めてしまったのだろうか。

「あはは……本格的におかしくなってきちゃったかな、あたし。いきなり声が聞こえてくるなんて、さ」

こんなんじゃだめだなぁ、と苦笑して。再び死ぬべき場所を目指して走る。そんなさやかを押し留めるかのように、もう一度その声は響いた。

今度こそ、力強く。

 

「確かにおかしくなってるよな。あたしが知ってるあんたは、そんな弱くは無かったはずだろ」

疑いようも無いほどにはっきりと、その声はさやかの鼓膜を振るわせた。

「そんな、何で……本当に聞こえる。……杏子?」

信じられないといった風に、震えた声で名前を呼んだ。

「ああ、そうだよ。わざわざ帰ってきてやったんだぞ」

声はすれども姿は見えず、しきりに辺りを見回しながら、さやかは答えた。

「何で、どうしてっ!?だって、杏子はもう……死んだんだよ、なのに声が聞こえるなんて。そんなのおかしいでしょ。声は聞こえるのに姿は全然見えないし、一体どうなってるのよ」

「お前があんまりにもふがいないから、見てられなくなって帰ってきたんだよ。……ったく、お前って奴はあたしに死んでる暇もくれやしないんだな」

更に震えを増したさやかのその声に、杏子はうんざりしたように答えた。

 

「じゃあ、近くにいるの?杏子?ほんとに……帰ってきてくれたの?」

「ああ、でもお前がそんなんじゃ、あたしはあんたに会ってもやれないね っつーか、さやか。お前今何しようとしてたんだよ?」

問い詰める声は、如何せん冷たいもので。どうにも再会を喜ぶといった雰囲気ではまるでない。

「え……そ、それは」

まさか、まどかの側で死ぬためにまどかのいるところへ向かっていましただなんて、そんなことが言えるはずもなく、さやかは思わず口ごもってしまう。

「言えないならあたしが言ってやる。死のうとしてたんだろ。それで向こうであたしらに会おうとでもしてたんだろ。でも残念だったね。このまま死んだって、あんたは絶対に誰にも会えない。あたしにもほむらにも、マミにもまどかにもだ」

そうして挙げた仲間達も、そのほとんどが本当に死んだわけではないのだが、それを杏子が知る由もなく、さらに語勢を強めて詰め寄った。

 

「当然だろ?あたしらはみんな最後の最後まで戦い抜いて、そして死んだんだ。そんな奴らと、自分の命を途中で投げ捨てるような奴が、同じところに逝けるわけがないだろうが」

その言葉は、冷たく鋭くさやかの胸を貫いた。死の先に抱いていた、儚くも破滅的な希望。それが無残にも打ち砕かれて。もう何をどうすればいいのか、さやかにはわからなくなってしまった。

「……じゃあ、どうしたらいいのよ。どうすればいいのよっ!あたしにはもう何も残ってないんだよ、戦う力も、守りたい人も、全部無くなっちゃったんだよ。もう、生きてたって辛いだけだよ。……もういいでしょ、諦めたっていいでしょうが!」

一度口をついて出てしまえば、その言葉は止まらなかった。ずっと心の奥底に抱えていた弱音、全てを失って初めて表に出てきたそれは、止まることなく口からあふれ出た。

「ずっと、ずっとずっと戦ってたんだよ!何度も何度も死にそうになって、傷ついて。その結果がこれだよ?大切なものも全部なくして、何もできなくなって。結局そうなっちゃうんだよ。どんなに頑張ったって、あたしに待ってるのは絶望だけなんだ。……だから、もういいじゃない。諦めさせて、楽にさせてよ……ねえ、ねえってばぁっ!」

その言葉の向かう先は、果たして誰なのだろう。状況的には、その言葉は杏子に投げかけられているのだろう。

けれどその言葉は、誰より先にまずさやか自身に投げかけられていた。自分自身を諦めさせるために、そう言い聞かせるために。

 

「さやか、あんたが本当にそれでいいってなら、本当にそうしたいってなら別に、あたしはそれを止めるつもりはないよ。でも、それじゃあんたは絶対に救われない。絶望して諦めたままじゃあ、向こうには行けない。死んでもずっと、暗い所で自分を悔やみ続けるだけだ。あんたはそれでいいのか、最後まで胸を張って生きてたくないのかよ!」

例え敗れて果てるとしても、自分の無力を悔やんで、全てを諦めて死んでいくのか。

それとも最後の最後まで、例え惨めと言われようとも生にしがみついて、生き抜いてから死ぬのか。

どちらも同じく生命の終焉。けれどきっと、それが持つ意味は大きく異なるものであるはずだから。きっと迷っているのであろうさやかに、必死に杏子は呼びかけた。

「あたしだって、そうやってできるならそうしたいよ。でも……もうだめなんだよ。あたしはもう戦えない。戦おうとしても、怖くて怖くてしょうがないんだよ。……体が動いてくれないんだ。杏子達と一緒に戦ってたときは、こんなことはなかったのに。そんな怖さになんて、負けなかったはずなのにさ」

そんな自分が悔しくて、けれどどうすることもできなくて。そしてさやかは諦めてしまったのだ、何もできはしないと、自分を決め付けてしまったのだ。

 

「あたしだって怖かったさ。……戦うのは怖かったよ。だから、分かるよ……さやか」

杏子もまた、生身の身体で戦い続けていたのだ。それが恐ろしくないわけがない、それでもそれを堪えて戦い続けた。それは何故か、答えは簡単だった。

「でも、あたしはわかったんだ。戦えない事のほうが、大切なものを守れないことのほうが、戦うことよりも、自分が死んじまうことよりもずっとずっと怖いんだってさ」

だからそれを避けたくて、幼き日の杏子は戦う事を選んだ。普通の少女として生きられる未来があっただろうに、それでも戦う事を選んだのだ。

バイドが奪うものの余りの大きさを知っていたから、もう二度と、奴らには何も奪わせたくはなかったから。

「でも、現実ってのは非情だよ。そう願って戦っても、あたしは多くのものを失っちまった」

ロスやアーサーの、そしてゆまの顔が脳裏に浮かぶ。どれもまた痛々しくも苦しい喪失の記憶。けれど、それでもと杏子は言葉を続けて。

「それでもさ、あたしは逃げずに立ち向かったんだ。きっとそうしてなかったら、あたしはもっと後悔してたと思うから。……だからさ、さやか。あたしはあんたにそんな後悔はして欲しくないんだよ」

あれほど大きな喪失の記憶を、日常の中に埋没させて、忘却させて生きること。それは難しいけれど、きっとできないことではない。

それでも杏子は立ち向かうことを選んだ。その選択が正しいのかは分からない。それでもその選択をしたのだという事実が、杏子の中では誇りだったから。

 

「杏子……あんたはそんなに強いから、だからそんなことが言えるんだよ。あたしはもう魔法少女じゃない。戦う力なんてないんだ。だから、もう立ち向かえないよ。後悔なんてしたくないよ。でも……でも、もう無理なんだよ」

それでも、さやかの心は変わらない。たとえどれほど強力な機体を得ても、最早今のさやかではそれを満足に操れない。恐怖に駆られ、バイドとまともに戦うこともできはしないのだから。

まどかを助けることすら、できなかったのだから。

「無理なもんかよ。なあ、さやか。あたしらはずっと一緒に戦ってきたじゃないか。だから分かるんだよ。あんたはきっと戦える、戦うことができるんだ。ただ、むやみやたらに怖がって力が出せないだけでさ。だからさ、もう一度立ち向かってくれよ。……あたしはもう一度、あんたと一緒に戦いたいんだよ、なあ、さやか。頼むよ」

いつしか、杏子の声も震えていた。それはまさしく懇願するような、縋るような声で。

「後は勇気だけだ!あんたの勇気だけが頼りなんだ。あんたが勇気を出してもう一度戦ってくれるなら。あたしはあんたの側にいてやれる。一緒に戦えるんだ」

「え……一緒に、って。どういうことよ、杏子?」

その言葉が気がかりで、さやかは杏子に尋ねた。今こうして言葉を交わすことはできても、杏子の姿はどこにもない。

これでは一緒に戦うどころではないだろうと、そう思っていたのだが。

 

「あたしはまどかの願いで、今あんたの側にいるんだ。でもそれだけじゃ足りないんだよ。さやかと一緒に戦うためには、まだあたしには力が足りない。こっちに帰ってくるのが精一杯だった。だから、あんたがもう一度戦うって決めてくれたら、願ってくれたら、あたしは戻ってこられるんだ」

「ちょ、ちょちょちょっと待ってよ!いきなりそんなこと言われてもわけわかんないっての。もっと分かるように説明しなさいよ、あんたは時々そうやって勝手に突っ走るんだからさ」

言葉はどうにも交錯し、状況はさっぱり好転しない。杏子のさほど大きくない堪忍袋は、すっかりはちきれそうになっていた。というか、弾けた。

「うるさいうるさいっ!あんたはただ戦うって決めて、あたしに戻って来いって願えばいいんだよ。そうすりゃ何の面倒もなくあたしは戻れる。一緒に戦えるんだっての。そのくらい分かれよ、バカさやかっ!」

「なっ!?ば、バカとは何よっ!元はといえばあんたが全然説明しないのが悪いんでしょうが。願って欲しかったら、もっとしっかりばっちり懇切丁寧に説明して、お願いしなさいっての。アホ杏子っ!」

なにやら、いつしか随分と露骨な感情のぶつけ合いになってしまっている。どちらの声にも、随分と怒気が満ちている。

けれどそんな怒気に満ちたさやかの声は、今までになく生き生きとした声だった。

 

「うるせーっての、どうせどんだけ説明したってわかりゃしないんだ。だったら、さっさとやっちまえばいいんだよ。そうすりゃ全部上手く行くんだっての。あーもうっ!いい加減に面倒になってきたぞ、もうお前のことなんざ知るかっ!バァァァーカっ!!」

より一層の怒気を込めて、杏子が言葉を叩きつけた。その言葉が、ますますさやかの怒りを煽る。思わずぎりぎりと歯軋りしてしまうほど、その怒りは強く激しく燃え上がる。

そんな感情の動きは、まさしくさやかが生きていることの証明で。どこまでも深く死に惹かれていたさやかの魂は今、怒りの炎で赤々と染め上げられていた。

 

「ムっ……カァァァーッ!そこまで言うか!バカにしてくれちゃってさ。いいよ、そこまで言うなら見てなさいっての。戦ってやるわよ!ここまでバカにされて、引き下がれるもんですか。上等じゃない、願ってやろうじゃない。戦うわよ!どう、どうなのよっ!なんとか言いなさいってのーっ!!」

半ばヤケクソ気味にだが、さやかの心に闘志が宿る。そして戦う願いも共に。それはすぐさま、この宇宙に遍在するその意志の知るところとなって。

まどかは、すぐさまさやかの願いに力を与えたのだった。さやかの機体に光が宿る。けれどその光は、すぐさまカーテンコールから離れてしまい、そして。

「悪いけどさ、この力はあたしがもらうよ。見ればさやかの機体は全然消耗してないじゃん。なのに、こんな力は勿体無いよ。うん、決まり。これはあたしのもんだっ!」

その光が真紅に染まり、一際強く輝いて。そして弾ける。激しい光の奔流が、一瞬さやかの視界を焼いた。眩しさが過ぎ去り、再び静寂を取り戻したその宇宙には。

 

真紅の影を操る女王、真紅に染め上げられた懐かしい姿。かつて杏子が乗機とし、思うが侭に威力を振るったその機体。

R-9AD3――キングス・マインドが、記憶の中の姿と寸分違わぬ姿形でそこに存在していた。

 

「……これで、一緒に戦えるな。さやか」

そのキャノピーの中で、不敵に笑って杏子は言った。確かにまどかの願いは、死者の国より杏子の魂を呼び戻した。

けれど、それが限界だったのだ。

呼び戻された魂に、更なる戦う器を与えるためには、もう一人分の願いと力が必要だった。そして今、怒りに震えるさやかの願いが生んだ力を奪い、杏子は現世に実体を持って再臨したのだった。

 

「な……ちょ、っと。これ、どーゆーこと?」

目の前で起こった、あまりにも衝撃的な光景。理解がどうにも追いつかず、吹き荒れていた怒りまでもが驚愕に追いやられてしまう。

「理解なんざしなくてもいい。今大事なことは一つだけだ。あたしらは、もう一度一緒に戦える。さやかが戦うのが怖いってなら、あたしも一緒に戦ってやる。だから一緒に行こうぜ。な、さやか?」

キングス・マインドがカーテンコールへ機首を向け、そして問う。もう一度戦うその意志を。恐怖を乗り越え希望を掴むために、その手を伸ばす勇気を。

呆気にとられていたさやかも、だんだんと何が起こったのかを理解した。自然とその口元には、何かを堪えるような笑みが浮かんでいて。

「まったくもう、どうしてこう、あんたはそうなのかな……死んだはずなのに、帰ってきちゃってさぁ。どうしてそんなに頑張るのさ。……まったく、もう。そんなんじゃ、あたしだって頑張らないわけには行かないじゃない。……杏子の、ばか」

声は震えて、けれどそれは恐怖ではなくて。嬉しくて、どうしようもないほどに嬉しくて。

こみ上げる涙と一緒に、さやかはどうにかそれを口にして。

 

「じゃあ、行こうぜ。さやか」

「行くって、どこに行くのさ。バイドを倒すにしても、どこにいるかなんてわからないじゃない?」

不思議なほど、さやかの心を埋め尽くしていた恐怖はどこかへと消え去っていた。

不思議なほど、さやかの心は落ち着いていた。

とはいえ今こうして落ち着いて、力と自信を取り戻して、さて何をするのか。

「バイドを倒すのも重要だけどな、あたしらにはもっと大事なことがあるんだ。まどかの所に行くぜ」

「まどかの、って。でも……まどかはもう」

そう、あの時絶望と共に強烈に叩きつけられたまどかの死のイメージ。それは未だにさやかの中で拭い去れていない。思い出すと挫けてしまいそうになる。

 

「確かに、まどかは死んじまった。でもあいつは諦めてない。まだ何かをやろうとしてる。だったら、あたしらはそれを助けに行かなくちゃいけないだろ?」

そんなさやかに杏子はそう言うと、機首をアークへと向ける。まどかの願いを聞き届け、その力受け入れた杏子は今のまどかの状態を理解していたのだ。

「……わかんないけど、まどかが何かしようとしてるなら助けに行くよ。こんどこそ、あたしがまどかを助けて見せるんだ。……でも、何したらいいわけ?」

「さあな、行ってから考えようぜ、そんなのはさ」

あっけらかんと杏子は答える。久方ぶりの現世でさえも、その性格まるで変わらないらしい。

「ま……った行き当たりばったりな。でも、あたしもそう言うのは嫌いじゃないよ。まず動いて、後のことはその時に考えればいいんだ。……よし、行こう杏子っ!」

「……へっ、やっと調子が出てきたじゃねぇか、さやか。じゃあ、いっくぜーっ!!」

そして二機は寄り添って飛ぶ。

 

宇宙に渦巻く希望と絶望、その趨勢がぐらりと傾き始めた。

絶望を屠り、しぶとくしたたかな希望が、ぐいぐいとその芽を出し始めていた。

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