魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

4 / 53
蒼く輝く新たなる力。それは誰よりも疾くこの宇宙を駆け抜ける。されどその眼前に迫り来る、異貌なる力を纏いし狂機。
狂気を孕んだ男は笑い、邪悪な狂機が牙を剥く。


死闘は続く。戦いの果てに生き残るものは誰か。
けれどそんな戦いの行方すらも嘲笑うかの様に、奴らは異形の胎動を始めていた。


第2章 永眠の都市の少女達
第4話 ―NO CHASER―


「先日転校してきた暁美ほむらさんですが、手続き上の間違いがあったらしく、別の学校に通うこととなりました。暁美さんからは伝言を預かっています」

見滝原の朝。早乙女先生の声が教室に響いた。そこにざわめく喧騒は、どこかいつもと違う色に満ちていて。たった一日だけで、事件と一緒に去っていってしまった転校生のことを、何事かと噂する声がちらほらと聞こえてきた。

「それと、美樹さんがご家庭の都合で転校することとなりました。急なことで私も驚いています。まさか一度に二人もお友達が転校してしまうだなんて」

続く言葉に、教室のざわめきがさらに大きくなる。そしてそれと同時に、好奇心と疑惑の入れ混じったような、それでいてどこか腫れ物に触れるような視線が彼女の――一人、地球に戻ることとなったまどかへと突き刺さった。

 

結局、さやかとほむらは地球に戻ることはなく、そのまま宇宙で訓練や任務に就くのだと言っていた。まどかはこの件に関して口外しないことと、しばらく監視がつけられるということを説明されて、一人地球へと帰還することとなるのだった。

その道中、まどかは二度泣いた。一度目は地球に降り立ち地面を踏みしめた時。そして二度目は、無事に家まで帰り着き家族に抱きしめられた時だった。

そして今もまた、居た堪れなさや寂しさ、悲しさが混ざり合って零れ落ちそうな涙を、まどかは必死に堪えていた。

それまで当たり前だと思っていた平和が、日常が偽者であることを知って。大切な親友が、新しくできた友達が、その向こうへと行ってしまったことを実感して。まどかには、いつもの学校の景色やその喧騒が、なぜか色褪せたものに見えてしまうのだった。

 

 

 

そして、3ヶ月が過ぎた。

3ヶ月である。時間としては短すぎる。それでも、魔法少女とかつての英雄には十分過ぎるほどの時間であった。

「こちらサンデー・ストライク。リボー7、キャンサー6、タブロック2、後……なんだっけ?あのゴミ箱みたいなやつ。そいつを2つ撃破!周囲にバイド反応はないよ」

宇宙を駆けるR戦闘機。R-9K――“サンデー・ストライク”を駆って、さやかは飛んでいる。

「それはストロバルトだね、さやか。バイドに汚染された高機動清掃クラフトだ」

キュゥべえがその言葉に答える。バイドによって占拠された廃プラント。そこに巣食うバイドの殲滅が今回彼女に課せられた任務だった。

 

「高機動清掃クラフト……って、なんでたかだか掃除する機械にそんな性能つけるんだか」

半ば呆れ顔でさやかが言う。ひとまず周囲のバイドを殲滅、一息ついてまた戦いへ。

「よっしゃ!それじゃこのまま、一気に奥まで殲滅しちゃうよー!」

「その必要はないわ」

突如、割り込みの通信。見ればそこにはほむらの機体が。

「その必要はない、って……どういうことさ?」

「この先の敵は全て撃破したわ。一番奥には作りかけのノーザリーもいたから、それも一緒に破壊しておいたわ」

 

「な……っ」

絶句。さやかは未だ知らぬ事だが、さすがはかつての英雄というべきか。ほむらは極めて短時間に、極めて効率的にバイドの殲滅をやってのけたのだった。

この3ヶ月というもの、さやかは常にほむらの凄さを思い知らされていた。演習や模擬戦においても、そしてこと実戦に至っては尚更である。さやかはほむらがかつての英雄であることを知らない。ただ凄腕のR戦闘機乗りだという事実を見せ付けられているだけだった。

「まだまだね、美樹さやか。そんなことでは私には一生追いつけないわ」

そしてほむらも、それでいいと考えていた。あの日、マミが死んでしまったその日からずっと、二人の関係は刺々しいままだった。改善しようとも考えたけれども、さやかはまるで取り付く島を見せなくて。

だからほむらも、それでいいと考えてしまった。それならばそれで、憎むべき、そして追い越すべき先達としてさやかを鍛えるしかないのだろうと。そしてその目論見は見事に当たることとなる。

さやかの持つバイドへの、そしてほむらへの憎悪はさやかに生き抜く気力と、戦う力を与えていた。

 

ほむらの眼から、あえて贔屓目的な視線を外してみても、あの時のマミと同レベルまではもってくることができただろう。内心の寂寥感と満足感を同時に感じながら、ほむらは現在のさやかをそう評価する。

「んなこと言ったって、あんたの機体とあたしの機体じゃ、性能が違いすぎるんだってーの」

そう、さやかの言葉にも一理ある。ほむら現在駆る機体。それはR-13B――カロンと呼ばれる機体だった。それはフォースのバイド係数を極限まで高めた結果、非常に扱いづらくなってしまった機体でもある。

故に扱いには熟練が必要であり、ほむらにテストパイロットとしての白羽の矢が立った形であった。だが、たとえ扱いづらい機体と言えどそれはR-13A――“ケルベロス”や、名機と謳われるR-13A2――“ハーデス”の発展系、最終形とも言える機体であった。

それに比べてさやかが駆るサンデー・ストライクは、第2次バイドミッションに使用された機体であるR-9C――“ウォーヘッド”を元に量産された低コスト機であり、地球連合軍の中ですら既に型落ちの機体として認識されている、そんな機体である。

性能の差は歴然なのは事実。むしろそんな機体でこれだけの戦果を上げるさやかを、ほむらも内心では評価していた。

 

「機体の性能に頼るようでは3流ね。狙いも甘いしフォースの付け替えも遅い。そんなことではバイドに勝てはしないわ。無残に死ぬだけよ」

「ああそうですか!ったく覚えてなさいよ。戻ったらシミュレーションでボコボコにしてやるんだから!」

「そんなことを言って、一度でも私に勝てたことがあるの?貴女は」

「ぐぎぎ……」

心無い言葉を投げかけるたび、ほむらの胸がちくりと痛む。けれども必要なのだと割り切って、心を冷たい氷の底に沈めてほむらは憎まれ役を演じ続けた。

「……でも、そろそろあたしだって専用の機体をもらってもいい頃だと思うんだけどな。マミさんだって、あの時はもう……」

マミのことを思い出してしまう。美しくも力強くあの機体を駆って、単身バイドと戦っていた姿を。

(……まだ、追いつけないのかな。マミさん)

 

その姿は、さやかの中で一つの理想となっていた。ほむらがさやかをマミと同等と評価していても、さやか自身はそう思っていない。追いつこうとしても追いつけない。そんな憧れと未練をマミの姿に重ねていた。

「……実力が伴えば、嫌でもあいつらは機体を送り込んでくるわ。それがマトモな機体なら、いいのだけど」

ほむらの心配はそこだった。R戦闘機のテストパイロット。それは、正常な神経をしたパイロットなら決してやりたがらないことだからだ。理由は明快、全てはTEAM R-TYPEの仕業である。

日夜彼らによって生み出されている、人権や倫理を鼻で笑うかのような機体設計が為された試作機達。そんなものに乗らされるのだから、いつ命を落としても不思議ではない。

せめて、自分が守らなくても平気なくらいの実力を身につけるまでは身の丈にあった機体に乗るのがいいだろう。そう願い、キュゥべえに掛け合った結果がこのサンデー・ストライクであった。

 

(でも……もうこの分なら、心配いらないのかもしれない)

さやかは戦い抜いた、そして危なげなく生き残った。それほど厄介な敵は残していなかったとは言え、あれだけの敵を撃破して、だ。

「そんなキミにいい知らせだよ、さやか。キミの専用機がもうすぐ届くらしい」

そしてその思索は、キュゥべえの嬉しそうでもあり、やはりどこか無機質な声によってかき消された。

 

 

 

「これがキミの新しい機体。キミだけの為に造られた、専用機だよ」

格納庫には、全体に青いカラーリングの施された機体が眠っていた。

コクピットブロックの真下に一基、機体の背後二基のブースター。それだけに留まらず、機体の左右には旋回補助と思しいブースターが三基ずつも設置されている。異様なほどのブースターの数。それによってその機体は、一種歪とも言える形状を取っていた。

「これがあたしの、あたしだけの機体……でもこれ、なんかちょっとごつごつしてない?」

「その辺りは我慢してもらうよりほかないね、試作機だとどうしても、外観まで気を配れないことも多いんだ」

パイロットブロックのすぐ後ろに設置された砲身が特徴的なその機体。それはかつて、パトロールスピナーと呼ばれたもの。その系譜を継ぐもの。そして魔法少女に授けられる、新たな力の継承者。

 

「それでそれでっ、この子はなんて名前なの?」

その青に、すっかり心を奪われてしまったさやかが、興奮した声でキュゥべえに詰め寄る。

「R-11M3――“フォルセティ”だ」

「フォル……セティ?」

返されたその声は、あまり聞き覚えのない名前を告げた。

「“正義”と“平和”を司る神の名前らしいよ。キミの機体にはぴったりだと思うな」

「正義と平和か、へへ。何か照れちゃうな。まあ、正義と自由、なんて言われなくてよかったかな。よろしくね。フォルセティ」

親しみを込めて、むしろもう愛しさにも似た気持ちを込めて、さやかの手がフォルセティの表面をなぞる。その横顔は、まださやかが友人であった頃に見た表情とよく似ている気がして、ほむらはどこか懐かしい気分を堪えることができなかった。

 

「……よかったね、さやか」

祝福するのが正しいことか、それはわからない。この機体を手にしたということは、これからますます激しい戦いがさやかを待ち構えている。それでも今はさやかが見せたその表情が嬉しくて、聞こえないようにこっそりとほむらはそう呟いた。

「よーっし!そうと決まれば早速、乗ってみなくちゃねーっ」

「その前に、今日はこれからシミュレーターでさっきの戦闘の反省と模擬戦よ。忘れたわけじゃないでしょう?」

それとこれとは話が別、とばかりに、はしゃぐさやかにほむらは冷たく言い放つのだった。

 

 

そして、また少し時は過ぎる。

さやかは順調にフォルセティを乗りこなしていった。

フォルセティ、と名づけられたその機体。それはまさしくR-11S2――“ノー・チェイサー”の正当進化系であり、それは同時に異常な進化を遂げてしまった機体ということでもあった。

R-11系列の機体は、そもそもにして市街地などでの運用を想定し機動性や旋回性能の向上を目的に開発されたものである。その開発は武装警察などでの運用試験を経て進められ、パイロットへの耐G機構の不備などが指摘されながらも、ノー・チェイサーの開発をもって終了した。そのはずだった。

しかし、彼らの飽くなき探究心は、ソウルジェムを手にしたことによって更に暴走することとなる。更なる機動性を、更なる旋回性能を。……そして、殺人的な加速を。パイロットのことなどまるで考えていない、異常なほどの機動性と加速性能。

とどのつまり、フォルセティとはそういう機体であった。

 

そんな機体にさやかは乗り続けてる。今のところ、その身体に異常は見られない。ほむらは、逆にそれが不安だった。

「あたしも、もう大分この子の扱い方に慣れたよ。ねえ、ほむら」

「……何かしら?」

それは、突然の提案だった。一通りの訓練を終えたさやかが、ほむらに呼びかけたのだ。

「鬼ごっこ、しようよ?」

好戦的な笑みと、どこかぎらついた瞳を添えて。

 

 

「なるほど、なかなか面白いことを考えるね。ほむらがカロンで逃げ回り、さやかがフォルセティでそれを追いかける」

格納庫。装備変更と発進準備を進める機体を前にキュゥべえは、どこか面白がっているかのように呟いた。

「それで5分逃げ切ったらあんたの勝ち。あんたにペイント弾を当てられたらあたしの勝ち。そろそろ証明しようと思ってさ。機体性能さえ並べば、あたしはあんたになんか負けないって」

「随分とくだらないことを考えるのね。……でもいいわ。腕の違いって奴を教えてあげる」

そもそも、機動性という意味では今ではさやかの方が上なのだから、こんな勝負自体成り立たないのだが、だからと言って負けるつもりもない。性能だけで全てが決まるほど、この宇宙は甘くない。

それぞれが機体に乗り込んで、超高速の鬼ごっこの始まりに備えた。

「ふん、言ってろ。絶対見返してやるからねっ!」

 

「……じゃあ、先に行くわね」

そして、ティー・パーティーから放たれた信号弾を合図に、カロンが船を飛び出した。それからきっかり30秒後。

「さあ行くよーっ!フォルセティっ!!」

青い炎を撒き散らし、フォルセティが宇宙を舞った。最大出力で一気に加速すると、見る間にカロンの反応が近づいてくる。最大速度での急接近からの強襲。一撃で決める自信があった。

だからさやかは、キャノピー越しにカロンの姿を捉えて、速度を緩めることなく突撃していった。

 

「相変わらず、何も考えずに突っ込んでくるだけなのかしら」

突撃と共に放たれたペイント弾を、機体を僅かにずらしてかわす。そのまま機体を転進させ、すれ違いざまに今度はこちらからペイント弾を叩き込んだ。それは違わず命中し、フォルセティの青い機体に赤い花が咲く。

「な……っ!よくもっ!!」

思いがけない反撃に、さやかの声に怒りが混じる。

「別に、私から撃たないとは一言も言っていないわ」

平静そのもののほむらの様子が、さらにさやかの怒りを駆り立てた。

 

「くっそー……っ」

闇雲に突っ込んでいっても、ただやたらと弾をばら撒くだけでも、ほむらには届かない。ならどうすればいいのだろうかと、さやかは考える。

先ほどのほむらの機動。ほむらの機体の性能、それは自分の機体のそれよりも劣ってはいなかったか。だとしたら付け入る隙がないわけがない。例えどれだけ技量が劣っていても、足の速さと小回りならば負けはしない。

「……なら、そうするしかないよね。体力勝負だ、行くよほむらっ!!」

再びフォルセティが加速し接近してくる。

「そんながむしゃらな突撃、何度やっても……っ!?」

最小限の動きでそれをかわすほむら。しかしフォルセティは喰らい付いてきた。こちらが機体を廻らせるよりも早く転身し、再び狙いをつけてくる。

慌てて機体を加速させ、次の射撃から逃れる。しかしそれにも付いて来る。単純な足回りでの勝負なら、やはりフォルセティに分があった。故に細かな機動でかわしてやりすごす。それ自体は決して難しいことではないはずだった。

 

そんな勝負の見えているはずの追いかけっこは、意外なほどに続き。いつしか3分が過ぎていた。ほむらはまださやかを振り切れていない。

「どこまで……付いて来るっていうの?信じられない」

急旋回、急上昇、急降下。上も下もわからなくなるほどの激しい機動。その度に、ついてこられずフォルセティが離れていく。だが、次の動きに転じようとする前に既にフォルセティは背後に迫っている。

まるで息つく暇も与えないとでも言うかのように、それは執拗に迫っていた。あれだけの動きをこれだけの時間続けるなどとは、体力的にも身体への負担的にも普通では考えられない。

不安にも似た焦りが、ほむらの中で広がっていた。

 

「くそ……また追いつけない。また……でも、まだまだぁっ!!」

捉まえた!そう思った目前でカロンが急に軌道を変える。追いきれずに逸れた機体の進行方向を無理やり捻じ曲げ、尚カロンの後を追い続ける。我ながらがむしゃらなことをしていると思う。けれどこれくらいしか勝てる手立ては思いつかない。

少なくともこうしている間、一度もほむらに攻め手を許していないのだから。激しい軌道を繰り返す中で、さやかは自分の意識が研ぎ澄まされていくのを感じていた。

 

 

 

そして、そんな激しい交錯を遠めで見つめる機影が、二つ。

 

「あの二人、随分と楽しそうなことをやっているじゃないか。なあ、そろそろ私たちも混ざってもいいだろう?」

「そうね、彼女たちの動きは見せてもらったわ。あれならば私たちの敵ではないでしょう」

 

「ん、決まりだね。――さあ、行こうか。織莉子」

「――ええ、行きましょう。キリカ」

 

 

「まさかさやかがほむらにああまで喰らい付くとはね、ちょっと以外だったよ」

無人のティー・パーティー。二人のチェイスを眺めてキュゥべえが呟く。その耳がぴくんと小さく揺れて。

「……秘密通信?一体誰だい、今いいところなんだけどな」

モニターに映し出されたのは、なんともいえない奇妙な生き物。人の服を着てデフォルメされた猫、とでも言えばいいのだろうか。三毛猫のような柄に、科学者然とした白衣。それっぽい眼帯や機械風の義手まで装着している凝りようである。

「まあ、そう言うなインキュベーター。折角この私が、面白い出し物をもってきたんだぞ」

聞こえる声は、見た目とはある意味裏腹にまだ歳若い男性の声。やけにテンションは高い。

「その名前で呼ぶのは、出来ればやめてもらいたいな。誰が聞いているかわからない。それでどういうことなんだい、出し物っていうのは」

「旧式の粛清だよ。我々TEAM R-TYPEは、ついにソウルジェムの新たなる可能性を見出した。この力があれば最早今までのM型は必要ない。それどころか、バイドの殲滅すらも容易だろう」

 

どうやらこの男、あのTEAM R-TYPEの一員であるようだ。その声からは、圧倒的な狂気と自信が滲み出している。

「まあ見ていたまえ、我々の作り出したM型が、旧式の連中を粉々に打ち砕く瞬間をね」

それでも、キュゥべえの表情は変わらない。何を考えているのか、想像すらも付かないのである。

「君はもう少し驚くべきだ。君がもたらした技術が、ついに君の力を超えて進化するのだよ?少し位は感謝してしかるべきだと思うがねぇ?」

「……まあ、やってごらんよ」

ようやく呟いたその言葉は、なぜか酷くつまらなさそうな口調だった。まるで、これから起こることがわかっているかのように。

 

 

 

「ところで、その映像はなんだい?ボクとキャラが被るじゃないか」

「これかね?私の姿をそのまま映すと、君のような手合いはともかく皆がとにかく不気味がるものでね。仕方なくこの映像を映すことにしている。だがこの姿も悪くはないぞ。これはかつて日本の金沢に生息していたといわれる、ニホンカイハツヤマネコという生き物でな……」

以降、しばらくその生き物についてのまことしやかな噂が続く。何でも高度な知能を持つ生き物で、独自にゲームを開発していた、だとか。親会社の再編に際して住処を追われ、今では火星に住処を移している……だとか。眉唾もいいところである。

 

 

 

超高速の鬼ごっこは続く。追いかけ、追い縋り、その背に迫り。追いかけられ、突き放し、また追いかけられる。

制限時間の5分はもうすぐ過ぎようとしている。だが、ほむらはともかくさやかはそんなことにも気付けないほどに集中していた。そして二人の機体が激しい軌道を描き、再びぶつかり合おうとした、そのときである。

 

「「っ!?」」

二人の機体が、それぞれ間逆の軌道を描いて急旋回。そしてその二人の機体のすぐ横を、フォースが通り過ぎて行った。

 

「おやおや、避けられてしまったよ。当たったと思ったんだけどな」

「仕方ないわ、キリカ。当たらないのはわかっていたことだから」

現れたのは二機のR戦闘機。交わされたのは少女の声が二つ。

片やまさに戦闘機然としたシャープなフォルムを持つ純白。機体の左右に伸びた主翼と、その横に展開する黄色のビットが印象強い。

そしてもう一機は漆黒。装甲を強化されたキャノピーに加え機体後部に球状のレドームが設置された、所謂早期警戒機と呼ばれる類の代物で。

 

「早期警戒機に……軌道戦闘機?なぜこんなところに」

「ちょっと!一体どういうつもり、いきなり攻撃してくるなんて」

いきなりの攻撃に、警戒は緩めずに。けれど戸惑い気味に声を放つほむら。怒気の混じった声で、見知らぬ機体へと食って掛かるさやか。その声からは、さやかが消耗しているようには見えない。あれだけ激しく動いたというのにたいしたものだ、とほむらは思う。

 

「ひどいなぁ織莉子は、わかっていたのなら教えてくれればいいのに」

「あら、でもそれを言うならキリカだってわかっていたのではないかしら?」

「まあね、でもちゃんと織莉子に教えて欲しかった」

そんなさやかの声など無視して、なにやら話し込んでいる二人。その姿が、更にさやかの怒気を煽る。

「あんたたち……人の話ちゃんと聞きなさいよ!」

「さやか、あの二人は……」

「わかってる、攻撃してきたんだ、敵って言われてもおかしくない。でもなんで、バイドでもないR戦闘機があたしらを攻撃してくるの?」

混乱は拭えなくとも、さやかの思考は研ぎ澄まされたままである。だからこそ怒りに身を任せることが自殺行為であることも、この二人が敵である可能性もわかっていた。

 

「貴女たちのような古い魔法少女は、もう不要なのですよ」

「そうそうっ!これからはバイドは全部私たちが倒すから、キミたちは、安心してここでくたばっていってくれたまえ!」

問いかけに対する返事は与えられず、向けられたのは敵意のみ。そんな敵意を隠そうともせず、再び二機が迫る。

片やフォースにポッドの完全装備。片やこちらはレールガンのみ、それもペイント弾である。相手になるはずもない。

「さやか、ここは一度撤退を……」

せめてフォースでもなければ、まともに戦うことすら出来もしない。ティー・パーティーまで逃れることができれば、すぐにでも用意をしてくれるはず。だからこそここは退くべきだとほむらが言う。

 

「いいや……ここは、戦うっ!」

けれど、さやかは止まらない。迫る二機に、真正面から立ち向かおうというのだ。

「さやかっ!」

フォルセティに火が灯る。圧倒的な加速が、その機体を揺るがし突き抜けた。

「っ。キリカ!」

「OK、織莉子!」

何の合図も、ろくな通信の一つもなく。キリカの駆る黒い機体が、フォルセティの進路の前に立ちふさがっていた。

 

「ざんねん、キミの人生はここで終わってしまった!」

フォースを介して放たれる赤い光線。加速に入る一瞬の隙を突いた攻撃、こちらの動きのタイミングを把握していなければ出来るはずもない。

だが、それでも。

「邪魔……するなぁぁぁっ!!!」

さやかが吼える。そしてフォルセティは加速する。迫る光線をその身に掠め、更に速く突き進む。二機の機体が、ほぼ掠めあうように交差して、すぐさまフォルセティは機体を反転させた。

 

「予想以上に早い!?……“使う”暇も与えさせてくれないなんてね!」

「キリカ、来るわっ!」

その速度はさすがに予想外だったのか、驚くように声を上げる二人。そして、続けざまの声が飛ぶ。

「拙い、退避するよっ!!」

フォルセティのその機体の内から、静かに聞こえる共鳴音。波動砲のエネルギーがチャージされていく音だった。

「遅いよ。喰らえぇぇっ!!」

そして放たれたのは波動砲。その波動砲は無数の光弾の形を成して、二人を目掛けて飛んでいく。フォルセティには、ノー・チェイサーと同様のロックオン波動砲の強化型が搭載されている。

それは市街地などでの運用を前提とし、誤射を防ぐために敵をロックオンする機能を搭載された波動砲である。

 

「足の速い相手には、ぴったりだね……こりゃ」

キリカの機体だけでなく、織莉子の機体も同時にロック。無数の光弾を浴びせかけながら、その攻撃範囲に驚いたように声を漏らす。これで相手がただのR戦闘機ならば、それで終わっていただろう。

「いやぁ、今のは危なかったよ。でも今回はちゃんと“使う”ことができた」

「ええ、そうね。キリカのお陰で助かったわ」

そう、相手がただのR戦闘機であったのならば。

 

「な……っ」

無傷。あの無数の光弾を全てかわしきったとでも言うのだろうか。その事実に、さやかは驚いたように声を漏らした。

「でも参ったな。もう一人には逃げられてしまったよ」

「え……ほむら?」

いち早く離脱したのだろうか。ほむらの姿はどこにもなかった。愕然とした。そして何よりそう感じた自分に怒りがこみ上げてきた。ここに至っても、自分はほむらに頼っていたのか、と。

「ははは!キミ、見捨てられてしまったようだね!」

「はっ、冗談。あんな奴、端からあてにしてないっての」

嘲るように笑う声を、振り絞った強がりで跳ね返した。得体の知れない敵。そして2対1。状況は、悪いとしかいいようがなかった。

「強情で、真っ直ぐで……ですが、それだけに愚かね。人は一人では戦えない。その手を自ら振り払う貴女は……私たちには勝てません」

「言ってろ。あたしは……負けないっ!!」

それでも、さやかは諦めない。機動性ではこちらが上。もう一度あの二人を振り切って今度こそフルチャージの波動砲をお見舞いしてやる。

劣勢さえも振り切ろうと、フォルセティが再び駆け出した。

 

「なるほどね、つまりキミ達が作り出した魔法少女を、ボクの魔法少女にぶつけてきたというわけだ」

「そうとも、もっとも相手になるとは思わないがね。そう確信できるほどに我々が手にした力は大きい」

ティー・パーティー内、キュゥべえとニホンカイハツヤマネコことTEAM R-TYPEの男との通信は続いていた。

「確かに、あの二人の機体は普通じゃないね。一体何をしたんだい?」

「何のことはない。ソウルジェムを徹底的に解析した結果、その新たな可能性を見出しただけだ。それは人の精神エネルギーを変換し、科学や理論では説明できない事象を引き起こす。あえてその名を使うことを恐れないならば、それは十分“魔法”と呼ぶべき力だと思うよ。M型が扱うとすれば、随分とふさわしい名前だとは思わないかね!」

まるで自分の研究の成果を見せ付けるように捲くし立てる。その声は狂気と狂喜に震えているようであるが、それすらも受け流しているキュゥべえである。

 

「キミが我々にもたらしてくれたソウルジェムの技術は、魂を肉体から切り離すという今までにまるでなかった観点を与えてくれた。お陰でサイバーコネクトも更なる進化を遂げることができた」

「それは確かに興味深いね。一体今度は何をしでかしたのかな」

キュゥべえはひたすら聞き役に回る。この手の手合いは、適当に話を合わせていればいくらでも話を続けてくれる。色々と情報を引き出すには、とてもよい機会だった。

そしてキュゥべえは確信していた。暁美ほむらが何者であるかを知っていたから。こんなところで彼女は死ぬはずがない、と。

 

そして、その男はずいぶんに上機嫌で、さまざまなことを告げてきた。曰く、サイバーコネクト技術の進化によって生まれた新たなる技術。サイバーリンクと呼ばれたそれは、パイロット同士を電子的に接続することで互いの思考や感覚をリアルタイムで共有することができる、という確かに革新的なものだった。

とはいえ、それをそのまま用いれば搭乗者への負担が大きすぎる。故にこの技術は、ソウルジェム同士を介するという形で実現することとなった。

そうして生まれたのがあの2機であり、そのため調整を受けたパイロットが呉キリカ、美国織莉子の二人だった。

「あの二人が持つ魔法とサイバーリンク。この二つが組み合わされば最早敵などはいない。まずはキミのお抱えのM型を軽くひねって、その実力を証明してあげよう」

 

「……なるほどね、だがそう簡単にいくかな。おや、ほむらが戻ってきたね」

もう一つ開かれたモニターに、ほむらの姿が映し出されて。

「キュゥべえ、至急フォースを出して。さやかの分も一緒に牽引するわ」

切羽詰った声が一つ、ティー・パーティーに飛び込んできた。

 

「どうやら彼女たちは、徹底的に抗うようだね。……わかった、フォースを射出するよ」

(すぐ戻るから、お願いだから耐えていて、さやか)

たとえ2対1とは言え、あれだけの機動を見せたさやかならそうやすやすと落とされはしない。信じたかった。今までになく、焦りが身体を支配していた。

 

 

「随分頑張るねぇッ!でもほらほら、次行くよ。次次、次次次ぃッ!!」

「っとにもう……次次うるさいっての…ぅあっ!?」

黒い機体を駆る少女、呉キリカは次々に猛攻を繰り出し、さやかを追い詰めていく。その猛攻をどうにかやりすごし、かいくぐっていた横合いから放たれる追撃。機体を掠める黄色い光。それはレーザーではなく、実体を持つ物質で。

イエロー・ポッドと呼ばれる軌道戦闘機に搭載されたその武装は、それ自体を敵に体当たりさせる“ポッドシュート”と呼ばれる特殊な攻撃方法を持つものであった。

「そんなにキリカばかりに構っていると、私、拗ねてしまいますよ?」

白い機体を駆る少女、美国織莉子はその声色に余裕の笑みを消そうともせず。けれど的確に、冷酷にさやかを追い詰めていった。

「あーあ、織莉子が拗ねた。キミのせいだ、キミがさっさとくたばっていればよかったのにさぁ」

 

「く……っそ」

あまりに状況は悪かった。2対1という状況自体がよくない上に、こちらの攻撃はまるで当たらない。まるで撃つ前から、どこから攻撃が来るのかわかっているかのように軽々と避けていく。

速さでかき回そうにもそれがなぜか上手くいかない。あの黒の機体に近づいた時から、機体の速度が上がらない。

「どうして……動いてよ、フォルセティっ」

今のところまだ致命的な被弾は避けている。けれどもそれも、もういつまでもつかわからない。

「チャージ完了!じゃあ、これで終わりだ」

「何を……って、ロックオンされてる!?まさか……」

フォルセティに伝わる警告。それは、敵機からロックオンされていることを示していた。すぐさま回避しなくてはいけない。けれどその時間はもうなかった。

 

「察しの通り!私の機体の波動砲もキミのものと同じ、敵を捉えて逃がさないのさ。――じゃあ、さよならだ!」

放たれようとする光、思わず目を瞑り、すぐに来るであろう衝撃に身を竦ませたさやか。けれど、それは訪れることもなく。キリカの機体には、光学チェーンを備えたフォースが襲い掛かっていた。

「っとと、危ない危ない。……なんだ、キミ。わざわざ死にに戻ってきたんだ」

不意打ち気味に放たれたフォースですらも容易くかわし。キリカは、その新たな敵へと向き直る。

「……なんで、あんた。ほむら」

「どうやら……間に合ったようね」

そこには、ほむらの駆るカロンの姿があった。フォースを二つ、携えた姿で。

 

「逃げたんじゃ、なかったの?」

意外だったが、頼もしくもあった。少なくとも人格的にはいけ好かないが、それでもやはりほむらは強い。悔しいけれどこの状況をどうにか切り抜けるには、その力を借りるより他にすべはないことをさやかも良く分かっていた。

「逃げないわ。貴女が戦うというのならね。フォースを持ってきたから使いなさい。波動砲だけで戦える相手ではないわ」

「……ありがと」

牽引してきたフォースは、確かにフォルセティのものだった。すぐさま信号を送り機体を認証させ。フォースを機体前面へと呼び寄せた。

「それと、少し話しておきたいことがあるわ」

油断せず敵を見据えながら、ほむらはさやかに言葉をかける。

「話……って、今どういう状況かわかってんの?」

「わかってる。だから……そのための時間は作るわ」

一体どういうことなのか、怪訝そうにさやかは答えた。

 

「私たち相手に時間を作る?ははは、キミはジョークのセンスがあるね。……キミたちの時間は、ここで終わるんだよっ!!」

笑い声と共に迫る黒の狂機、だがその動きは急停止する。

「……なぜ止めるんだい、織莉子?」

「だめよキリカ。……やられたわ。下がりましょう」

迎撃のため放たれたアンカー・フォースを意にも介さず機体を翻す。その行動に、ほむらは違和感を感じる。それでも打つ手は変わらない。

「ドース開放……⊿ウェポン、起動」

「⊿ウェポン、って……まさかこんなとこでっ!?」

 

⊿ウェポン。フォース限界までエネルギーが蓄積された、ドースブレイク状態でのみ使用可能なフォースに搭載された最後の切り札。一度に広域を殲滅することも可能な超兵器である。

しかしそれはあくまで対バイド用の兵器であった。R戦闘機同士の戦闘では、すぐさま効果範囲から離脱されて十分な威力は発揮できない。

それでも、有無を言わさず敵を遠ざけることに成功した。

「今のうちに、さやか。ついてきて」

「……わかった」

その隙に、全速力で戦線を離脱。追っては来るだろうが時間は稼げるだろう。一目散に宇宙を駆ける二機。ほむらの機体に続いて、さやかは機体を進めていた。

 

「時間がないから、このまま逃げながら話すわ。落ち着いて聞いて。あの二人は、私たちと同じ魔法少女。……それも、どうやら本当に魔法じみた能力を持っているらしいわ」

「はぁ!?魔法って……そんなこと言われて信じると思う?」

いくら自分達が魔法少女だからといっても、それは所詮名前だけのことだと思っていた。だからこそ、そんなほむらの言葉は到底信じられるようなものではなくて。

「思わないわ。でもあの連中ならそれぐらいはやってもおかしくない。……さやか、貴女はあの二人と戦っていた。なら何か違和感を感じたんじゃない?普通ではありえない、起こりえないことを」

「………確かに、ある。でも、なんでいきなりそんなこと」

そう、確かに違和感は感じていた。けれど、それが魔法だと言われると、到底信じることはできない。ここは宇宙。R戦闘機同士が交差する、超高速の戦場なのだ。

そこにあるのは鋼の機体と交差する光。魔法なんてうわついた言葉は、あまりに似つかわしくなかった。

 

「キュゥべえが話しているのを聞いたわ」

その言葉には、ほむらが答えた。少なくともキュゥべえは、それをほむらに告げてはいない。所謂、盗聴という奴である。

「あいつ……帰ったら色々問い詰めてやらないと」

「そのためにも、あいつらを何とかしなくてはいけないわ。聞かせて、さやか。貴女があいつらと戦って感じたことを」

生き延びるためには、どうやらそうするしかなさそうだ。本当に魔法使いなんてものが相手だとしても、それでもどうにか生き延びなくてはならないのだから。

さやかは考える。

「まずあの白い方だけど、あいつはまったく攻撃が当たらないんだ。っていうか、あたしが撃つ前にもう回避してる。そんなこと、あんたできる?」

「……無理、ね。ある程度先読みで回避することはできるけど。確かにあの機体のパイロットは、さっきも私が⊿ウェポンを使うことを読んでいた」

それらの事実が推測させる事象。それはどうにも、ずいぶんと性質の悪いものだった。

 

「ってことは……もしかして」

「ええ、ということはあいつの能力は……読心だとか予知能力の類ね」

改めて聞くと、やはりそれはずいぶんとトンデモな代物だった。

「マジですか……って、そんなのどうやって戦うっていうのさ」

「方法がないわけでもないわ。わかっていても避けられない攻撃をすればいい」

「簡単に言うね、できるのそんなこと」

「流石に私も一人では難しいわ。でも二人がかりでかかれば、十分勝機は掴めるはずよ」

「二人がかり、ね。……じゃあ、あの黒い方はどうするってのさ。やりあった感じ、向こうの方ががんがん攻めて来る分面倒だよ」

それは違う。あの白い機体は攻めてこないのではなく攻めていないだけだ。攻め手を黒の方に任せているのか、それともまだ余裕があるのかわからないが。

そんな思考は今は振り切り、ほむらは言葉を続ける。

 

「では次よ。黒い方の機体。あっちはどうだった?」

「あっちは……よくわかんないんだよね。何か、あいつと戦ってると機体の動きが遅くなるんだ」

思い出しながらさやかは言う。あの感触は、どうにも言葉で説明するのは難しい。

それでも、思いつく限りの言葉でそう告げた。

「機体への干渉ね……今はどうなの?」

「今は……あ、元に戻ってる。でも本当に遅くなったんだ。そうなる前は、フォルセティなら余裕であいつら振り切れるくらいだったのにさ」

「となると、あの機体を中心に一定範囲、ということなのかしらね。……他に判断のしようもないし、そういう風に仮定しましょう」

少なくとも、今はこれ以上は考えようがない。後は、戦いの中で見定めるしかないだろう。

そうほむらは考えた。

 

「これだけ聞くと、とてもじゃないけどあたしらに勝ち目は見えないんだけど。なんとかできるの、あんた」

「……」

しばし、沈黙。

けれどそれは、すぐに言葉に取って代わる。

「やれるわ。貴女と私なら」

力強い、その言葉へと。

 

「この分ならば、もうすぐ追いつけそうね」

「まったくあいつら、あんな派手なことしといて尻尾巻いて逃げるだけか。やっぱり、私達の前に敵は居ないらしいね」

追いかける黒と白の狂機。勝利を確信して、キリカは声に愉悦を滲ませた。

「ええ、でも油断してはだめよ、キリカ。貴女に何かあったら悲しいもの」

「わかってるよ織莉子、あんな奴らになんて一発だってもらうもんか。……おや、あいつらが動きを止めたみたいだ。観念したのかな」

速度を上げて、二機一気に距離を詰めた。その向かう先には確かにカロンとフォルセティが待ち構えていた。攻撃に移ろうとしたその瞬間両機は散開。別々の方向へと飛んでいく。

 

「どうやらあちらは、一対一がお望みのようですね」

「いいよ、相手してやろうじゃないか。でもあっちのすばしっこいほうはちょっと面倒だ。織莉子、向こうは頼んでいいかい?」

「ええ、じゃああちらの相手はキリカに任せるわ。どうか気をつけてね」

「ああ、大丈夫さ。愛は不滅だ。どれだけの距離も障害も、私たちを阻むことはできない」

織莉子とキリカもそれを追い、散開する。データリンク機能を強化したR-9ER2――“アンチェインド・サイレンス”をベースとしたこの機体ならば、おおよそレーダーで捉えきれる範囲であればサイバーリンクが途切れることはない。

そして、それを超える範囲で距離を取るというのであれば、それは放置して、先に片方を片付ければいいだけのこと。負けるはずはないと確信を持って、二機はそれぞれの敵の追跡を開始した。

 

「やはり私を追ってきた。……どうか持ちこたえて、さやか」

祈るように呟いて、カロンの機首を巡らせ同時にフォースを放った。

「おおっと……危ないなぁ。キミはもう逃げるのはやめるのかい?」

キリカはこともなくそれをかわし、応じて赤いレーザーを放つ。当然、それに当たるほどほむらも易くはない。

「別に私は、逃げたつもりはないわ」

「へぇ、じゃあ今度こそ楽しませてくれるんだろうね。でもすぐに終わらせるよ。早く済ませて織莉子のところに帰りたいんだ」

向かい合い、互いに敵意を滾らせる。まさしくそれは、一触即発の状態で。

「ええ、じゃあ早く済ませましょう。……貴女の機体の残骸くらいは持って帰ってあげるわ」

「お前……ッ!!」

キリカの声が気色ばむ、その隙を縫うように再びフォースが放たれる。それをかわしたところに、フォースから伸びる光学チェーンの追撃が迫る。

 

「くっ……このっ、いい加減にっ……」

それもかわされたと見るやフォースを引き戻し背後からの攻撃。さらにフォースをつけてのレーザー照射、まさに怒涛の攻勢を仕掛けていく。

「まったく、喋る暇もくれないなん……って!キミは随分せっかちすぎる。ならば、時間は私が……創るっ!」

キリカの魔法が発動した。

牙を剥いて迫るフォースが、それに繋がる光学チェーンが、全ての動きが遅延する。幸いにも、その影響はカロン自身には及んでいない。それを見て、ほむらは自分の推測が確信に変わるのを感じていた。

 

「では、私のお相手は貴女ですか。あの子の手前、攻め手はあの子に任せていましたが……今度は私も、本気で行くわ」

そして、織莉子と対峙するさやか。ぞくりと、寒気にも似た感触が機体越しにも伝わってくる。だが気圧されてもいられない。負けられもしない。でもその前に。

「一つだけ、聞かせて」

「……いいでしょう。死に往く貴女への、せめてもの手向けです」

互いの間に流れる空気は、更に凍て付き凍っていく。そんな寒気を必死にこらえて、さやかは言葉を投げかける。

「なんで、魔法少女同士が戦わなくちゃいけないの。あたしたちの敵は、バイドなんじゃないの?」

「ええ、そうです。私たちの敵はバイドです。私達はバイドを倒すための存在です」

織莉子の声は、とても落ち着いていたもので。

    

「なら、何でこんなことっ!」

「バイドを倒すのは私たちです。だから、貴女達は必要ないのです」

「どうしてそうなるのよ。今だって沢山の人がバイドと戦ってる。協力する事だってできるはずじゃないっ!」

そんな織莉子の落ち着いた様子が、それと裏腹に容赦なく迫るその敵意と殺意が、さやかにはどうしても理解することができなかった。

「いいえ、それすらも必要がないのです。私たちがいればそだけでバイドは全て殲滅できる。それを認めさせるためにも、中途半端で古臭い魔法少女は消し去らなければいけないの」

望みはあるのではないかと思っていた。敵は圧倒的な悪意、バイド。そんな敵と戦うのに、同じ魔法少女同士で争う必要なんてない。それは正しい道理のはずだ、説得だって出来るはずだと思っていた。

けれど、彼女らは既に狂気の住人だった。ならばもう、無理やりにでも止めるしかない。

 

「……あんたら、狂ってるよ。そんなの、あたしが許さない」

迷いは消えた。絶対に止めるという覚悟と決意を載せて、正義と平和の神がその翼に火を灯す。

「っ……やはり、足回りでは勝てないようね」

圧倒的な加速と旋回性能を持って、まずは織莉子の背中を奪う。だが……撃たない。

「……撃ってこない?攻撃する未来が見えない。一体どういうこと?」

あくまで撃たず、どれだけ逃げても執拗に背中に張り付いてくるばかり。どれだけ先の未来を見ても、その景色は変わらない。それはつまり、このままでは振り切れないということも意味していた。

「私の後ろをいつまでも……退きなさいっ!」

 

R戦闘機はあらゆる角度への攻撃を可能とする性能を持っている。それは機体の背後であろうと関係ない。だがしかし、R戦闘機は機体背後への攻撃能力の大部分をフォースの存在に頼っていた。

これだけの機動をしながらでは、フォースを付け替えている余裕はない。それでもまだ、織莉子に打つ手はあった。

イエロー・ポッドが射出され、機体後方に迫るさやかを襲う。それこそが、さやかの待っていた瞬間だった。その軌道と交差するように放たれるフォルセティのロックオン波動砲。

攻撃と同時の大きな隙を突かれて、回避が一瞬遅れた。ロックオン波動砲は織莉子の機体を掠め、小さな爆発とともにその機体が吹き飛ばした。

 

「当たった!……っとぉ、危ない危ないっ」

それと同時に迫り来るポッドを何とかかわして、体勢を立て直した織莉子の背後へと

尚も執拗に張り付いた。

 

 

 

「やれる、って。何かいい作戦でも思いついたの?」

話は少し遡る。

逃げながら交わす会話。あの二機を、魔法を操る狂機を打倒しうる手段。それを求めてさやかは声を投げかける。

「ええ、貴女と私の能力、機体性能を考えると、これしか方法はないと思うわ」

曰くほむらの考えた作戦はこうである。予知、ないし読心能力を持つ織莉子に対して有効な攻撃。それは徹底的に後の先を取ること。相手の攻撃にあわせて攻撃し、相手の機動を常に追い続ける。

そしてそれができるのは、圧倒的な機動性を持つさやかのみ。それで倒せるならばよし、倒せなくとも時間は稼げる。その間に、ほむらがキリカを叩く。

 

「ようするに、あの鬼ごっこでさやかが私にしていたことをすればいい、それだけよ」

「それだけ、って……あれがどれだけ大変だったと思ってるわけ?ただでさえきついのに、攻撃避けながらなんて……できると思う?」

「やれるわ、貴女なら」

ほむらの声は、揺るがず。そして力強かった。

そして僅かな沈黙。

「それでもあたしは……あたしはまだ、あんたのことを信用できない。あんたがあいつに勝てるかどうかだってわからないし、今度もまた見捨てるんじゃないかって思ってる。……マミさんの時みたいに」

「っ!?」

さやかの言葉が、ほむらの胸を貫いた。

言い返せない。マミを見捨ててしまったのは事実。その事実が今になって殊更に重く圧し掛かってくる。けれど、それで思考を機動を止めてしまえば、待っているのはマミと同じ運命だけ。だから抗わなくてはいけない、立ち止まってはいけない。

 

「それでも、私は貴女を信じる。貴女なら、やれる」

「なんでそう言い切れるのさ、あんたはっ!」

怒鳴るようなさやかの声に、少しだけ笑みの混じった声で。

「知らなかった?さっきの鬼ごっこのとき、私は本気で逃げていたのよ」

敵が近い、もうこれ以上語ることもないだろう。それだけを告げ、ほむらは機首を巡らせ、敵を待つ。

「本気で……って、じゃあ、あの時……」

あの時確かに、自分はほむらに並んでいた。絶対的な壁だと思っていた、どうあがいても敵わなかったほむらに。

「……それ、ウソだったら承知しないからね」

なぜだか自信が満ちてきた。今なら、誰にだって負ける気がしない。そしてさやかも、迫る敵を迎え撃つ。

 

 

「何で、何で当たらないんだよっ!!」

交戦から数分。キリカの機体に被弾はない。というのも、迫る攻撃はフォースだろうとレーザーだろうと全てがその魔法によって遅くなる。そうなればかわすことなど容易にできる。

けれども、ほむらもまた被弾していない。フォースやレーザーによる攻撃を絶え間なく浴びせかけながら、返しの一手すらも撃たせない。

「まさか……見切ったって言うのかい。たったあれだけで、私の魔法の範囲を」

キリカの魔法である速度低下は、ことR戦闘機同士の戦闘においてはほぼ無敵とも言える。だがそれは完璧ではなく、効果範囲を過ぎればその効果は消滅してしまうものだった。

 

ほむらは既に、最初の交戦で光学チェーンの軌道からその範囲を見切っていた。そしてその距離から、つかず離れずの攻撃を繰り返していた。相手の集中力を削りミスを誘う。古典的な手ではあるが、相手の様子を見るにどうやらそれは有効なようだった。

「大したものだよ、キミは本当に。でも、私は負けないっ!」

急加速して迫るキリカを、その範囲に入らぬように急旋回でかわす。幾度となく繰り返されてきた光景。その中でほむらはまたしても見切る。魔法は特異。けれども腕自体は、自分には遠く及ばない、と。

ならば負けるはずはない。確実に削り、潰す。ただ、今もぎりぎりの戦いを続けているはずのさやかのことだけが気がかりだった。

 

 

 

「本当に、信じられないほどのしつこさね」

うんざりしたかのように織莉子は言う。こちらの状況は硬直していた。

撃てば撃たれるということがわかって、織莉子はそれ以降主だった攻撃を控えている。だがさやかも、振り切られることなくとことんその背中を追い続ける。

「このままでは埒が明かないわ。……キリカのことも心配だし」

サイバーリンクはキリカの焦りを克明に伝えてくる。早く行って助けなければと、焦りは募る。

「焦る必要なんてない、どれだけ時間をかけたっていい。……負けない。絶対に」

さやかは慌てない。焦らず静かに敵の背を追う。あのときほむらを追いかけたときに感じたような、精神が研ぎ澄まされていく感触。それを今もまた感じ始めていた。

 

織莉子は思う。

この機体が軌道戦闘機でよかった、と。それが可変機能を持っていることに感謝した。機体を急減速させる。フォルセティも遅れずそれに続き、機体に制動をかける。機体の動きが止まる。背後を取っている以上、それは絶好の好機。

だが、さやかはほんの一瞬だけ躊躇した。あまりにもあからさま過ぎる動きを、罠ではないかと疑ったのだ。その一瞬が、全てを決することになった。

 

軌道戦闘機と呼ばれる機体は、速度の変化に合わせた可変構造を持っている。そして、その際に生じる余剰エネルギーを機体後部に放出している。その放出されたエネルギーの炎は攻撃性を持ち、熟練パイロットの中にはそれを敵への攻撃に利用したものもいる、という記録が残されている。

「え……そん、なっ?」

視界を埋め尽くす青白い炎。反射的にそれを避けようとするも、避けきれずに炎はフォルセティのキャノピーを直撃した。

「きゃぁぁぁっ!?」

きりもみするように軌道を反らし、そして動きを止めるフォルセティ。その姿を確認し、それがこれ以上動かないことを確認してようやく、織莉子は深く安堵の吐息を漏らした。

 

「バックファイア……まさか、こんなぶっつけで使用することになるとは思わなかったわ。貴女は強敵だったわ。あと一瞬、貴女が撃つのが早ければきっと……やられていたのは私だったでしょう」

そして、彼方で戦うキリカの身を案じた。

「キリカは無事かしら……」

機能を停止したフォルセティを一顧だにせず、織莉子はキリカの元へと向かうのだった。

 

 

(そろそろね……仕掛けましょう)

こちらの戦闘はいよいよ佳境。ほむらは決着をつけようと決断する。フォースを回収。その軌道に沿うようにキリカに接近していく。

「やっと来る気になったようだね、今度こそ捉まえてあげるよっ!」

迎え撃つキリカ、それに対してほむらが切った札は。

「レールガン?今更こんなものが、通用すると思っているのかい?」

いままで使ってこなかったレールガン、しかしそれも速度低下に捉まって弾速が著しく低下する。狙い通りだった。

即座にフォースを装着、レーザーを放つ。それはキリカに届く前に、レールガンの弾丸を打ち抜いた。炸裂、その中から零れだしたものは……。

 

「なんだいこれは……まさか、ペイント弾っ!?」

先の鬼ごっこの時のまま、そこに装填されていたのはペイント弾。レーザーに炙られ、その中の特殊インクをばら撒いた。しかもそれは速度低下の範囲内。ゆっくりと広がり、拡散さえも緩慢なそれは

たとえ一瞬だとしても、キリカの動きを留めるには十分過ぎた。

「なんだ、こんなものっ!!」

それを振り払うように機首を廻らせると、そこには。

「これだけ近づけば、魔法も関係ないわ」

カロンの機首と、そこから打ち出されたアンカー・フォースが迫っていた。

 

「ッ、うあぁぁぁっ!!?」

アンカー・フォースは従来の弾幕を張るタイプのフォースとは異なり、敵に食いつき直接破壊するタイプのフォースとなっている。それはつまり、一度食いつくことさえ出来ればその後は、対象を破壊するまで逃さないということで。

「終わりよ」

「終わらない、終わらないよ……こんなことで、私の愛は…っぁぁぁぁ!!」

ぎりぎりと鉤爪状のコントロールロッドが機体に食い込んでいく。後はもう幾許もしない内に、この機体もフォースに焼かれて潰えるだろう。

(……厄介な相手だった。さやかは持ちこたえているかしら)

勝利を確信し、ほむらはさやかの元へと機首を向ける。その視線が凍りついた。

 

「その手を、離しなさい」

声と同時に、織莉子が放ったレーザーは、寸分違わずカロンを打ち抜いた。

 

 

「くっ……ぅぅ」

即座に機体の状態を確認、まだ動ける。だがそれでも、状況は絶望だった。

「ああ……織莉子、すまない。私は役に立てなくて」

「気にしなくていいのよ、キリカ。もう、これで終わりよ」

フォースの拘束から逃れ、黒煙を上げながらも敵意を向ける黒の狂機。全ての武装をこちらに向け、今にもその殺意を開放しようとする白の狂機。

「終わりだね。キミは強かったよ」

「そんな……さやかは」

「私がここにいる、ということは……語るべくもないことでしょう?」

「あぁ……そん、な」

また死なせてしまった。絶望が胸を支配する。抗いようのない絶望が、死が迫る。立ち向かう気力ももう失せていた。

 

「貴女にもう未来はありません。さようなら、過去の魔法少女」

そして……最後の一撃が。

 

 

 

「なかなか梃子摺りはしたが、どうやらそろそろ終わりのようだね」

ティー・パーティー内。

キリカの機体から送られてくるデータは、さやか、ほむらの機体が沈黙したことを示していた。ソレを声高に話しながら、彼は自らの成果に満足していた。

「そうだね、もう終わりだろう。二人とも限界みたいだ」

キュゥべえの声は揺るがない。

「おいおい、折角手塩にかけた魔法少女が今まさにつぶされようとしてるのにキミって奴は本当に薄情な奴なのだねぇ。ああ、そもそもキミに感情なんて存在していなかったのだったね」

「勘違いしないで欲しいな。終わりだと言ったのはあの二人のことじゃない。キミが用意した、あの二人のことさ」

 

 

織莉子の放ったレーザーは、明後日の方向へと飛んでいった。動けない敵を相手に外すような距離ではない。遊んでいるのだろうか。

「……?織莉子、どうしたんだ、外すなんて君らしくもない」

「ぁ……ぁぁっ。っぐ、か、ぁぁあぁっ!!」

聞こえてきたのは痛々しい苦悶の声。

「織莉子、織莉子っ!?……一体何が、っ。うぁ……っぐがぁぁぁ!!」

続けてキリカも苦しげな声を上げる。もはや機体操作すらもままならないようだ。

 

「何だこれは!?この反応は……一体どういうことだっ!!」

二機の状態をモニターしていた男は、そこから伝えられる異常に驚愕し、その原因が分からず困惑した声を上げた。

「当然の結果だよ。……ボク達は、キミが魔法と呼ぶ技術の存在を知らなかったわけじゃない。もともと、ソウルジェムを媒体として精神エネルギーを消費し魔法を行使する。それが、魔法少女の本来の姿なのだからね」

「なっ……では、なぜ最初からその技術を我々に示さなかった!我々には扱いきれないとでも思っていたのか、貴様はっ!!」

プライドを傷つけられたように、侮られたように感じて。激しい怒りを露に、男はキュゥべえに食って掛かった。

 

「それは違う。確かにキミ達ならば、魔法と呼ばれる超常の技術でさえ自分の物にしただろう。 事実、その結果キミたちは本物の魔法少女を作り出すことに成功しただろう?でもね、ソレは不安定だったのさ」

「どういう、ことだ」

「魔法を使えばそれだけソウルジェムに穢れが溜まる。そしてそれが限界を超えたとき、魔法少女はその存在を消失させる。簡単に言えば、死んでしまうんだよ」

「………そういうことか、だから貴……キミは、魔法を封印したソウルジェム技術を我々に提供した、と。そういうことか」

それでも、事実を知ればある程度の平静を取り戻したようで。幾分か落ち着いた様子で、男はキュゥべえに問いかける。

「その通りだ。魔法が使えない代わりに、安定した性能を持つ魔法少女。丁度、丈夫で消耗の少ないパイロットユニットを求めていた君たちには、まさにうってつけの存在だっただろう?」

「確かにソウルジェムは非常に有用だよ。エンジェルパックほど面倒な手入れが必要なわけでもないからね。それで、あの二人は回収できるのかい?まだ彼女たちからは回収したいデータが山ほどあるんだがね」

 

「無理だろうね。もう間に合わないだろう。そもそも彼女があの状況を放っておくとは思えないよ」

「……まったく、これでまた初めからやり直しか。あの二人はいい固体だったんだがな。サイバーリンクのテストベッドとしても、最高に近い出来だったんだぞ。まったく忌々しい」

忌々しい、と何度も未練がましく呟きながら通信は打ち切られた。

 

「どういうこと……でも、この機を逃す術はないわ」

二人の機体は完全に沈黙している。仕留めるのは容易い。……はずだったのだが。

「波動砲ユニットに損傷……撃てるのはレールガンだけ?……何の冗談かしら、これは」

そして当然、そのレールガンも中身はペイント弾である。どうやら先ほどの織莉子の攻撃は、機体に深刻な障害を及ぼしていたらしい。となると残る頼みの綱はフォースのみ。そのフォースはと言えば。

「……本当、悪い冗談ね」

暴走である。カロンの持つアンカー・フォースはバイド係数を極限まで高められている。そしてその弊害とも言うべきものが、この暴走であった。

アンカーフォースはコントロールを失って、好き勝手に暴れまわっているのである。どうしたものかと途方に暮れる。

 

微動だにしない二人の機体を一瞥。最早脅威ではないだろう。結局、また一人だけ生き残ってしまったのか。

「さやか……」

「あたしを呼んだ、ほむら?」

所在無く呟いた声に応えたのは、すこし途切れ気味ではあるが。それは確かにさやかの声だった。

「えっ……さやか、無事、だったの?」

「キャノピーに傷入って、おまけにちょっと気絶してただけ。生きてるよ、何そんな心配そうな声出してんのよ」

元気そうな声が聞こえて、本当にほむらは安堵した。かなりの苦戦、納得のいかない幕切れではあったが、勝ったのだ。

「それで、あの二人はどうしたの?ほむらがやっつけたの?」

「いいえ、むしろやられそうになったわ。でも突然二人とも苦しみだして、動かなくなった」

「何よそれ、一体どういうこと」

「わからない。……でも、推測はできる。R戦闘機は、必ずしもパイロットのことを考えて作られているわけじゃないわ。 むしろあいつらなら、パイロットの生存なんて度外視した機体を作っていても不思議はない」

 

動きを止めた二機を見つめて、ほむらは自分の考えを口にした。

「あいつら……って、あのTEAM R-TYPEって奴だっけ?」

さやかはまだ、Rの名を背負うその腐れ外道共の所業を知らない。わざわざ知ることもない。健全な精神を保ちたければ知らないほうがいい。知ってしまったものは、誰しもが口を揃えてそう言う。

それが少しだけ、さやかは気に入らなかった。

「じゃあ、あの二人はもう……」

「……まだ、一応生きてはいるようだけど」

二人の機体を見れば、まるで苦しみ悶えているかの用に不規則に機体が揺れていた。

「じゃあ、まだ生きてるんだ」

「仕留めようと思ったけど、私の機体もこのありさまよ」

武装と呼べるものはすべて失われていた。もはや反撃があるとは思えないが、とどめは刺しておくべきだろう。

 

「……ああ、そう。そりゃよかったよ」

さやかの声は微妙に冷たい。何を思ったか、さやかはフォルセティを二人の機体に近づけていく。

「あんたら、大人しくしてなさいよ。今から機体を牽引するからキュゥべえなら、きっと何とかする方法も知ってるはずだよ。……多分」

「さやかっ!貴女……自分が何をしてるかわかっているの?その二人は、私たちを殺そうとした敵なのよ?」

「何言ってんのさ、あたしの敵は……バイドだよ」

「貴女があの二人を哀れに思う気持ちも、助けたいと思う気持ちもわかる。でも、それは間違っているわ。貴女自身を危険に晒すことにもなる」

「そうやって、また拾える命を見捨てるんだ」

言外にマミのことを言っているのは火を見るよりも明らかで。ぎり、とほむらは歯噛みする。一体いつまで言われ続けるのか、責められ続けるのか。だがその恨み自体は間違いではない。責めるのは、そこじゃない。

 

「混同してはダメよ、さやか。あの二人はマミとは違う。例え今助けたところで、必ずまた貴女に牙を剥くわ」

「……あたしさ、バカだから。そういう先の難しいことまでわかんないんだよ。目の前に拾える命があって、あたしはそれに手を伸ばせる。だったら伸ばさない理由なんてない。言ったでしょ。全部守って戦い抜く、って」

静止も聞かずに、さやかは牽引の準備を進めていく。とはいえいかなフォルセティでも、二機を同時に牽引するのは困難で。

「あたしのやってることも言ってることも、間違ってるかもしれない。でも、これだけは曲げたくないんだ。これを曲げたら、あたしの戦う意味がなくなっちゃう」

それでもどうにか、不恰好に二機を後ろに括りつけてフォルセティは動き出す。速度はなかなか上がらない。

「ああ……くそ、やっぱり過積載かなー。全然スピード上がらないや。でも、お願いだから頑張ってよ。フォルセティ。今度こそ、あたしに誰かを助けさせてよ。………ねぇ、お願いだよ」

願うよう囁く。たとえどれだけ願ったところで、機械仕掛けの心は動かない。それでも、その言葉は人の心を揺らすことはできた。

 

「……さやか、貴女は本当に、バカね」

でも、それが羨ましくもあった。その有様は、やはり強情で、愚かではあった。それでもその姿は、まるでその機体が名乗る神のように気高いようにも思えてしまった。

そのひたむきさを、純粋さを守りたいと思った。でもそれは、とても難しいということもわかっていた。

「機体自体は動く。ペイロードも一機分くらいなら余裕はある。……偶には、お人好しにのってあげるわ」

勿論、そんな気持ちは素直に言えるわけもないけれど。

 

欠伸が出るほどのろのろと、宇宙を進むフォルセティ。その前にカロンが割り込んで。

「何?邪魔しないでよ。今急いでるんだ」

「急いでいるなら、せめてその大きな荷物の片方は落としていきなさい」

「冗談でしょ、あたしは命の取捨選択なんてできないってば」

はぁ、と小さなため息を一つついて。

「……捨てろなんて言ってないわ。そいつを拾っていけば、魔法とかいう奴の正体もわかる。そう、利用できるかも知れないと思っただけよ」

「へ?……あー、えっと。何言いたいのかわかんないんだけど」

「っぐぐ……」

前言撤回。やっぱりただの愚か者かもしれない。

「片方ぐらい、私が持つと言っているのよ。いいから早く下ろしなさい。……急ぐのでしょう?」

「あんた……へへ、じゃあこっち任せるよ。落とすんじゃないわよーっ」

そして、さやかが黒を、ほむらが白を背負って。二人並んで空を往く。なんだか少しだけ、ほむらへのわだかまりが、憎しみが薄れていくような気がした。

……ちょっとだけ、心が軽くなった。

やはり年頃の女の子である。誰かを憎んで生き続けるのは、何かと辛かったのだろう。

 

 

やがて二人はティー・パーティーに戻る。キュゥべえは、少しだけ意外な顔をしながらもキリカと織莉子を受け入れた。二人を救う方法も、一応ないこともないらしい。

今度こそ救えたのだと、さやかは喜んだ。ほむらも、今回は素直に喜んでもらおうと、それ以上何かを言うことはなかった。

「……ぎりぎりのところで、助けることができた。とは言えどうしたものかな、このまま素直に帰すというのも考え物だ」

キャノピーの開かれた二機の間に立って、静かに呟くキュゥべえ。その開かれたキャノピーの中には無数に蠢く機械や配線。そしてその中央に、僅かな握り拳ほどのスペースに。

 

 

――直接回路に接続された、ソウルジェムだけが煌いていた。

 

 

新米指揮官 ――の航海日誌より

 

地球連合艦隊の少将であり、偉大な提督であるジェイド・ロスが太陽系内のバイドを駆逐しバイド駆逐艦隊を率いて宇宙の彼方へ旅立ってより2年。太陽系内では、バイドによる大規模な活動は今までほとんど確認されてこなかった。

人々は、若き司令官の奮戦ぶりを想像し、平和が訪れる予感を共感していた。

……しかし近頃、太陽系内、それも地球近隣でバイドの活動が報告されるケースが増えてきている。これは何を意味しているのか、彼らはやはり、バイド中枢を討つことができなかったのだろうか。

だとすれば、バイドの攻勢はこれからますます強くなるのかもしれない。

私はそれを考えて……

 

 戦いを恐ろしいと感じた

 戦いを嬉しいと感じた

 バイドを倒せることを嬉しいと感じた

ニア英雄の身を案じた

 私は、誰も知らぬ異邦の地で戦っているのであろう英雄の身を案じた。

 どうか彼らが勝利することを、そしていつか、この星へと帰還することを願った。

 軍を辞めようかと思った

 

それはそれとして、私は太陽系内のバイドに対する対策を練らなければならない。意識を思索に沈めようとしたその時。バイド出現を告げるアラームが鳴り響いた。

「うむっ、緊急連絡だ」

 

その報せは、地球圏の全ての部隊に伝えられた。

「エバー・グリーン内部に、大型バイドの反応が確認されました。さらにコロニー周囲にも大量のバイド反応が確認されています。地球圏周辺の全ての部隊は、直ちにこの鎮圧に当たってください」

人類とバイドの最終戦争、“ラストダンス”は、今まさにその幕を開けようとしていた。

 

 

魔法少女隊R-TYPEs 第4話

        『NO CHASER』

          ―終―




【次回予告】
「じゃあ何?あたしら、とっくに死人だったってこと?」
少女はついに、一つの真実に辿りつく。
そしてそれは、もう一つの可能性を指し示す。

「何やってんのあいつ!あんなところでっ!!」
その可能性を噛み締める間もなく、新たな戦禍が地球を襲う。
出会ったのは、もう一人の少女。

「えっ……仁美っ!?」
「とにかく、作戦の内容を説明しますよ。よく聞いてくださいっ」
それと、彼女。 

「――食うかい?」

次回、魔法少女隊R-TYPEs 第5話
         『METALLIC DAWN』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。