魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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戦いの趨勢は絶え間なく揺れ動く。絶望は尚も押し迫り、天秤は傾き続けている。
それに抗う者達は、始まりの英雄。そして、壊れた心を紡いだ少女達。

最後の希望を、最後の奇跡を取り戻すため、少女達は死の星へと挑む。


第19話 ―終わる、一つの物語―③

彼女は一人の女性だった。そして、一人の戦士でもあった。彼女は、非凡な才を持つ戦士だった。それゆえに、世界は彼女に英雄となることを望んだ。

そして彼女はそれを受け入れ、英雄となり、少女となった。

戦い、戦い、そして尚戦い。孤独な戦いの果てに、彼女は勝利し、帰還した。けれど、激しい戦いの後遺症は確実に彼女の身体を、そして精神を蝕んでいた。かくして彼女は人知れず封印されることとなり、今この時も生かされ続けている。

人類を救った英雄に対して、それはあんまりな仕打ちと言えた。けれど誰がそれを知りえただろう。知ったとして、誰がそれを糾弾できただろう。最早そこに眠る英雄は、自ら声を上げることすらできなかったのだから。

 

もし再び、彼女が自らの意志を取り戻したとして、彼女は何を願うのだろう。押し付けられた運命を呪うか、自らに降りかかる死を恨むか。

それとも……。

 

 

それは、一筋の流れ星。流星は闇を切り裂いて飛ぶ。もっと疾く、もっと輝けと、願いを込めて駆け抜ける。

 

それに最初に気付いたのは、迫り来るバイド群を迎撃していた、地球連合軍の一部隊であった。

火星の衛星の一つから、激しい光を放つ物体がこちらへ接近していた。バイドによる攻撃かと身構え、迎撃準備を始めた彼らを尻目に、その光は彼らを通り越し、迫り来るバイドの群れの中へと突っ込んでいった。

て直後、湧き上がる無数の爆炎。ほんの僅かな交錯で、正面から迫り来るバイドの約半数が破壊され、消滅した。

 

「なんだったんだ、今のは……また得体の知れない新兵器か」

迎え撃とうとした敵の大半を撃破され、その部隊の指揮官は驚愕交じりの声を上げた。なんにせよ、この徹底的に悪い形勢を少しでも覆しうるのならそれはありがたい。暴れる分には、精一杯暴れて貰うことにしようかと、そんな風にも考えていた矢先。

目の前に移る敵を全て屠り、ようやく一つ落ち着いたその光、今はR戦闘機の姿をしたものからの通信が入ってきたのだった。

 

「誰かは知らんが絶好調だな、その調子で、さっさとバイドどもを蹴散らしたいもんだ」

通信を入れてくるということは、恐らく味方であることに間違いはない。所属はどうにも不明だが、今はそれよりもっと案ずることがある。

そう考えてその男は、通信を繋ぎ軽快にそう言った。

 

「そんな軽口を叩ける程度には余裕があるのね。でも、まさかここまでバイドに侵攻されているなんて。私が眠っている間に、一体何があったのだか。まあいいわ、私がやるべきことはいつだって変わりはしない」

そんな男の言葉に、少女のような声が答えた。けれどその返答はどこか上の空で、やがて何かに納得したかのように頷いて。

 

「何を言ってるんだ、お前?バイドは太陽系中にとっくに侵攻してるぜ。おまけに眠ってたって、実験台にでもされてぷかぷか水槽にでも浮かんでたのか?」

冗談交じりの笑い声。だから少女もそれに笑って答えた。

「まさしくその通り、随分と長いこと妙な液体に漬けられてたわ。でも、もうその必要は無い。誰かは知らないけれど、随分と味な真似をしてくれたものよ」

ぎらりと好戦的に歯を剥いて、その少女は笑う。

「おいおい……いくら何でも笑えねぇ冗談だな。一体何なんだよ、あんたは」

その勢いに僅かに気圧されたかのように、男の顔から笑みが消えた。それでも尚も、少女の気勢は止まず失せずに。

 

 

「別に、単なるバイドと戦う戦士のつもりだけど。かつての英雄だとか、そういうことは全くないんだから」

「は?」

返答に窮し、男の言葉が一瞬止まる。

「なんでもないわ。正面のバイドはあらかた蹴散らしたから、後は貴方達で十分やれるでしょう。私はこのまま他所へ行くわ。どうやらまだ他にもバイドはわんさかいるようだから」

「あー……まあ、わかった。一応協力は感謝しとく。周囲の部隊の展開状況を送るから、それを見ながらよろしくやってくれ」

一つ小さな返事を返して、少女の機体は翻る。そして、そのまま青い光と共に消えていく。

その機体はR-9Ø――ラグナロック。

そしてそれを駆る少女は。再び戦う力を求め、その願いに力を与えられ、今蘇ったその少女の名は。

 

“スゥ=スラスター”

 

かつての英雄が、それと変わらぬ力を宿して蘇った。そして、再び彼女は戦いの宙に舞う。

かつてのそれと変わらぬ力を宿し、遍くバイドを打ち砕くために。

けれど彼女は、今の自分は英雄ではないこともまた分かっていた。身体、精神共に生と死の狭間に揺らぎ、意識さえも薄れていたあの日々。

それでも断片的な記憶は残っていた。そして知っていた。自分という存在から生み出され、そして英雄となってしまった少女達のことを。

自らの同胞たる、8号と13号、暁美ほむらとスゥのことを。

 

「私は、貴女達に謝らなくちゃいけないから。英雄っていう役目を押し付けてしまった。そしてその為に生み出されてしまった貴女達に。……だから、必ず帰ってきなさいよ」

願いを、祈りをその身に篭めて、彼女はついに目前に迫ったバイドに立ち向かう。孤独を恐れはしない。戦う事も、死ぬことも恐れはしない。

恐ろしいのはただ、自分が敗れたことで守れなくなること。

確かにその英雄たる資格と精神を持って、スゥ=スラスターは再びバイドとの戦いにその身を投じていった。

 

時間を、距離を、ありとあらゆる隔たりを越えて、まどかの願いは全ての人類へと伝えられた。その願いが、それに呼応して与えられた力が。多くの人々に伝播していく。

そして人々は再び立ち上がる。今度こそ未来を手にするために。バイドの脅威を打ち払うために。人々が心に抱くその強い感情は、間違いなく希望と、そう呼べるものだった。

そうして自らの身を投げ打って、全ての人々に希望の種をばら撒いて。

 

まどかの魂は、再び収束した。

 

アーク内部、力なく項垂れ、一切の生命活動を停止したまどかの身体の上に、全太陽系から収束したまどかの魂を宿したソウルジェムが生じて、そして重力に引かれて落ちた。まどかの身体にぶつかって、そのまま小さく跳ねて、赤い血で濡れた床へと転がった。

小さな水音と、金属音を残して。

 

「……本当に、キミの行動は随分と予想外だったよ」

その一部始終を見届けて、キュゥべえはゆっくりとその血の池の中へと足を踏み入れた。純白の身体が、地を染める赤に触れて同じく赤く染まる。その足先が、跳ね返った飛沫が触れた場所が。

「でも、もうこれまでだね、鹿目まどか。確かにキミは願いを叶え、その魂はソウルジェムになった。確かによくやったよ、キミの願いは人類に再び戦う力を与えた。この分なら、もう少し人類は頑張ってくれるだろう。それでも、この宇宙と人類が滅ぶことに変わりはない。そしてもう、キミには何もすることはできない」

まどかのソウルジェムを咥えて、キュゥべえは血の池から抜け出した。感情を得た今の彼には、自分の身体が血で汚れるということは嫌なことだったから。

 

「バイドはもう既に太陽系内で増殖を開始している。たとえどれだけ人類が抵抗したところで、再びそれを根絶することなんて、できるわけないじゃないか。キミがやったことは無駄に終わるんだ。どの道遠からず人類は滅ぶ。ボクはそれまで待つことにするよ。宇宙再生計画は、まだ潰えていないからね」

果たしてその声は、今のまどかに届いているのかいないのか。そんなことはどうでもいいのだろうか、キュゥべえは言葉を続けた。恐らく、答えなど最初から求めてはいないのだろう。

 

――まだ、終わりじゃないんだよ。

だから、その言葉はキュゥべえを驚愕させた。

 

「鹿目まどか!?どうしてまだ話ができるんだい。キミの魂は、完全にソウルジェムへと変わったはずだ。ソウルジェム単体で他者に干渉するなんて。そんなことができるはずがない。それができるとすれば……キミの魂は」

驚愕。そして同時に、キュゥべえの中に一つの可能性が浮かび上がってきた。

「キミの魂は、キミの精神は、通常ではありえないほどの速度で進化をしている。その進化は、通常では起こりえないことだ。例えキミに類稀なる能力があったとしてもそれが、これだけ急激な進化をするということは、普通には起こりえないんだよ」

何故今までその可能性に思い至らなかったのだろうか。それをもっと早く思い至っていれば、やりようはあったのではないだろうか。

そんな後悔も含みながら、キュゥべえの言葉は止まらない。

 

「そんなありえないことを実現させる方法は、ボクの知る限り一つだけだ。きっとそれは、魔法少女の持つ魔法が、もしくはその願いが関わっているはずだ。……いや、過ぎた話をしても仕方ないだろうね」

キュゥべえは、床に置いたまどかのソウルジェムに触れる。これ以上話を続ける必要はないと、そう判断した。

「例えキミに意志を伝える手段があるとしても、現実に何かを行使する術はない。鹿目まどか、キミにはここで死んでもらうよ。キミの存在はもう、ボクにとっては邪魔なだけだからね」

もっと非道に徹するべきだったのだ。芽生えたばかりの感情に振り回されて、適切な行動を選ぶことができなくなっていた。今度こそその感情を支配して、その上で正しい行動を取ってみせる。

感情という、行動にまで影響してくる強大な力。それに対抗しうるものは、確かにキュゥべえの中にも存在していたのだ。

 

「バイドの存在は、ボクに感情だけでなく思わぬものを与えてくれたよ。悪意さ。敵対するものをなんとしても打ち滅ぼそうとする、絶対的な悪意だ。……もっとも、その悪意を教えてくれたのは、キミ達人類でもあるのだけどね」

 

――私達、人類が?

 

「そうだよ。バイドが持ち、そして人類がバイドに対して持った悪意。それはボクに全てを教えてくれたよ。感情を、更なる悪意を持って押し殺す。そうすることで、ボクはキミ達を理解し、そしてより効率的に目的を果たすことができるんだ」

まどかのソウルジェムにかけられたキュゥべえの足に力が篭められた。ソウルジェムが、みし、と小さく軋んだ。

 

――く……っ、キュゥべえ。

魂だけとなっても、それでも自らの身を砕かれる苦痛はやはりあるのだろう。

苦悶の声は、隠しようもなく漏れて出た。

「終わりだよ、まどか。キミはここで死ぬ。そして人類も滅ぶ。その屍の上に、ボクは新たな宇宙を作ってみせる。キミがそれを見ることは、ない」

 

――まだだよ、まだ……終わってなんかいない。

 

「何度も言わせないで欲しいな。終わりなんだよ、キミも、人類もっ!!」

更に、その足に力が篭った。

このまま踏み砕けば、手に取れる形となったまどかの魂は確実に消失する。

 

――終わらない。終わらせない……絶対に、絶対にっ!!

 

「ああ、そうさ。まだ終わりなんかじゃないぜっ!」

その声は、外部から届いた声だった。それと同時に、アークを衝撃が揺さぶった。それに投げ出され、キュゥべえの身体が宙に浮く。まどかのソウルジェムもまた同じく、澄んだ音を立てて転がっていく。

空中で体勢を整え着地したキュゥべえは、その声に向けて言葉を返す。

 

「その声は……まさか、佐倉杏子っ!?キミは死んだはずだっ!」

「ああ死んださ。でもな、てめぇがこんなわけのわからねえ企み事」をやってるって聞いて。あの世の果てから戻ってきたんだぜ。くだらねぇ企みをぶっ壊して、お前をぶっ飛ばしてやるためにな!」

見れば、アーク表面には巨大な穴が開いていた。

杏子のキングス・マインドによる、デコイ波動砲の一斉発射がアークを深々と貫き揺るがしていた。先ほどの衝撃は、それが原因だった。

 

「キミまでボクの邪魔をするのかっ!佐倉杏子っ!!でも、邪魔はさせない。アークには何重もの防衛機構が備わっているんだ。R戦闘機一機で、キミ一人で一体何ができるって言うんだ!」

キュゥべえの叫びに対して、杏子の声はどこまでも余裕ぶった声で。

「できるさ。あんたの相手くらい、あたし一人で十分だよ。悔しいかい?悔しいだろ、だったらかかってきなよ。ほら、防衛機構が山ほどあるんだろう?」

そして、どこまでも煽る。非常に煽る。生まれたばかりの感情。それを悪意を持って制するというキュゥべえの方法は間違ってはいないのだろう。

けれど感情の向く方向が、その悪意を存分に振るえる方向に向いた場合。その感情を制することは、今のキュゥべえには酷く困難なことだった。

 

「そこまでいうなら、相手をしてあげようじゃないか。人類の希望たるこのアークでキミ達の、ひいては人類の希望の全てを打ち砕いてあげようじゃないかっ!」

そして、アークの各部に光が宿る。アークはただの箱舟ではない。人類にとっての最後の希望にして、それを守る要塞でもある。故に自らを守るための力も、アークには搭載されていた。

アーク全身に搭載された迎撃装置が起動する、無数のレーザー、ミサイル砲台が起動する。更には無人兵器の群れが、杏子へと向けて殺到していた。

 

「……やれやれ、これはちょっと面倒だね。まあ、時間は稼いでやるさ。だから、後は任せたぜ……さやか」

そんな圧倒的な戦力差を前にしても、杏子はにやりと不敵に笑う。キュゥべえの注意を自分に向けさせるため。まどかを救出するために、単身アークに乗り込んださやかを助けるために。

杏子は一人、アークに立ち向かう。

 

「さーてと、無事に侵入は成功したわけだけど。あんまりぐずぐずもしてられないんだよね」

アーク内部。杏子の陽動に合わせて密かに侵入を果たしたさやかは、きょろきょろと辺りを見渡しながら呟いた。

内部の構造を把握しなければならないし、その上でまどかを救出しなければならない。キュゥべえが何を企んでいるのか、それはさやかの知り及ぶところではなかった。それでもまどかをこのままにはしておけない。さやかはそう考えていた。

 

「とにかく、まどかのいる場所さえ分かればいいんだ。そうすれば後は、最短距離を抜けられる」

それでもどれだけ時間がかかるか怪しいものだ。何せアークは直径にして30km以上を誇る巨大な人口天体である。普通に歩き回っていては、目指す場所にたどり着く前に全てが終わってしまう。

兎にも角にもアーク内部の構造を把握することが、さやかにとっての急務だった。

 

「始まった……杏子、あたしが行くまで持たせなさいよ」

爆発の衝撃が、アークをかすかに揺るがした。恐らく外では激しい戦いが始まっているのだろう。これほどの巨体に無数の兵器を搭載したアーク。立ち向かうはたった一機のR戦闘機。

杏子の力を疑うわけではないが、あまりにも状況は不利。

ただ一つだけ幸運だったのは、キュゥべえは杏子の迎撃に持てるすべての力を使っているのだろう。こうして侵入を果たしたさやかに対して、未だ持って何の干渉や妨害もなされていない。

楽観視できる状況ではないが、おっかなびっくりに進む必要もない。

 

「とにかく急いでソッコーまどかを助けて脱出。後は野となれ山となれ、だ」

一つ、力強く頷いて。そしてさやかはアーク内部に延々と続く通路を駆け出した。

 

「へっ!どうした下手くそっ!あたしは……ここだぜっ!!」

次々に降り注ぐミサイルを、加速や減速、そして急旋回を駆使してすり抜けていく。その性能を十分に、それ以上に発揮したR戦闘機に対して、ミサイルは何ら脅威たり得ない。どれほど誘導性が高かろうと、R戦闘機の機動性や旋回性能を超えることなどできないのだ。

そうしてミサイルの雨をすり抜けた杏子に、更なる攻撃が迫る。それは無数のレーザー砲台から放たれる破壊の光。宇宙を閃光に染めて、触れる全てを破壊する光の大波が打ち寄せる。

だが、それさえも今の杏子を止めるには至らない。

 

「R戦闘機を、あたしを……なめるんじゃ、ねぇぇっ!!」

キングス・マインドは、その大波に真正面から立ち向かう。そう、アークには無数の兵器が搭載されている。それを十分に支えることのできる高出力の波動機関も備えられている。

けれど、それとて万能ではない。数を増やせば個々の力が衰えるのは道理。故にアークに搭載された一つ一つのレーザー砲台の出力は、戦艦の主砲などには遠く及ばない。よくてR戦闘機がフォースを介して放つレーザーと同程度。無論それは非力とは言えない。

けれど、R戦闘機が携える盾を食い破るには、やはり非力と言わざるを得なかった。

 

押し寄せる破壊の光を、先端に携えたフォースで切り裂く。そうして作った僅かな隙間に、キングス・マインドは躊躇なく飛び込んでいった。

そして破壊の光が過ぎ去った後、残されていたのは無傷のキングス・マインドが一機。

「これなら、ロスやアーサーの方がよっぽど手ごわかったぜ?どうしたよ、キュゥべえ?あんたのいう力ってのはその程度かい?」

不敵に笑い、挑発するかのように杏子は言い放つ。

 

「ボクを侮るな。佐倉杏子。キミがそこまで頑張るの予想外だけどね、それでもボクは負けない。現に、キミは攻撃をよけるばかりで攻撃に転じる余裕すらないじゃないか。このままじっくりと押し潰してあげるよ。誰も、誰にもボクの邪魔はさせないさ!」

そんな言葉に煽られて、最早怒りという感情を抑えることができずに。キュゥべえは怒気を孕んだ口調でそう叫ぶ。

確かに杏子は防戦一方。不意打ちの初撃以外、一切アークに攻撃を仕掛けられていない。だが、それも杏子にとっては想定通りのことで。

 

(さやかが中にいるんだぜ、撃てるわけねーだろうがっての。……ま、ああ言うってことはまだ、さやかは気づかれてないみたいだな)

内心で思い、杏子は静かにほくそ笑む。その表情には余裕すら見て取れる。

そう、この程度では物足りないのだ。かつて彼女が戦った敵は、更に強大で邪悪。かつて彼女が乗り越えた戦いは、更に苛烈で悲しかったから。

生まれたばかりの感情に振り回されて、身の丈に合わないおもちゃを振り回すような、そんな無様な戦いをするキュゥべえに、遅れを取るはずがない。

取っていいはずがない。

 

「負けらんねぇ、な」

そう呟いて、何かに気付いたように小さく笑って。

「はは、そんなのいつものこと、か」

R戦闘機にその身を、魂を預けてしまった以上。それを背負って飛ぶ空は、それを携え挑む戦いは、決して敗北を許されないものばかり。

相手が人類の敵である以上、負けることなど許されない。そういう人生だったなと、ほんの僅かに自分の生涯を振り返り。

「……でも、悪くなかった。だからさ、これからもあたしは負けねぇ。何もかもぶっ壊そうとするバイド共にも、あたしらの世界を奪おうとするお前にも、負けない」

好戦的に、歯を剥いて。飛び切り獰猛な笑みを浮かべて、杏子は。

 

「負けてやらねぇっ!!」

更なる力を蓄えて、真紅の影を操る女王が駆け抜ける。

 

「っ、見つけた。生体反応だ。……でも、やけに弱い。まさか、まどか!?」

片手に握り締めた端末。アークへの接続や、周囲の状況を探るセンサーの役割を果たしていたその端末が、周囲に生体反応が存在していることを示していた。そして、それが酷く弱っているということも。

「場所は……こっちか。待ってて、まどかっ!」

位置情報を取得して、すぐさまさやかは駆け出した。幸いなことに、その場所はそう遠くはないようだ。

痛いほどの静寂と、時折その静寂の中に響く振動。それだけが支配するアークの内部。その中を足音を響かせて駆けていくさやか。

走って走って、走って。息が切れそうになった頃。ようやくさやかは、その部屋にたどり着くことができた。

 

「っ……は、ふぅ。……っせい!まどか、いるのっ!!」

息切れしながら扉を開くと、そこは一面の暗闇だった。その部屋は余りにも大きく、暗闇に満ちていたがため、その全貌を窺い知ることすらもできなかった。

「……はぁ、っ。なんなの、この部屋」

必死に走っていたからか、ずきずきと肺が酸素を求めて痛んでいた。壁にもたれかかるようにして、さやかは外から漏れる明かりを頼りに部屋の中を見渡した。

やはり闇は深く、その全貌は捉えきれない。けれど目が闇に慣れてくると、見えてくるものがあった。それは無数の装置。およそ人が一人入れそうなほどの大きさの装置だった。

そしてそれは、さやかにとってはどこか見覚えのあるものだった。

 

「これは……まさか。コールドスリープ装置?」

そう、その装置はかつてさやか達が機体に搭乗する際に、その身体を保存していたもの。ラウンドキャノピーを模した、コールドスリープ装置。それとよく似た構造をしていたのだった。

「なんで、こんなものがこんなところに……それも、沢山」

アーク。その本来の目的は、存亡の急に瀕した人類が太陽系から脱出し、種の保存を行うための箱舟。だが、民衆や他勢力からの反発を恐れ。その存在は徹底的に秘匿されていた。それゆえに、さやかでさえも未だもってアークの本当の役目を知らずにいたのだ。

ただ、その役目は果たされることはない。アークは皮肉なことに、インキュベーターという種を復活させるための苗床として利用されていたのである。そこに眠る10万という膨大な数の人命と、鹿目まどかの命と共に。

 

「何だろう……この部屋、凄く嫌な感じがする。……でも、生体反応はここから、出てるんだよね」

怖気のような感覚を覚えて、さやかはぎゅっとパイロットスーツの胸元を押さえた。確認しなければならない。分かっているのだが、足が動いてくれない。

この感覚を、さやかは知っていた。それは恐怖。死の恐怖。けれどそれは、自分が死ぬという恐怖ではない。そしてさやかは、その恐怖をどうにか克服することができていた。

だから、さやかは足を踏み入れた。その部屋の中へと。壁に埋め込まれるようにして設置されたコンソール。まずはそれを見つけて触ってみると、部屋の照明を作動させることができるようだった。

一体、この部屋には何があるのだろう。これほどの数のコールドスリープ装置の中に、一体何が眠っているのだろうか。ごく、と喉を鳴らして。それでもさやかは意を決して部屋の照明を作動させた。

 

中に詰まっていたものが、例えばおぞましい蟲の群れだったのなら、まだ悲鳴の一つも上げるくらいで済んだのだろう。

いっそそこに詰まっていたものが、禍々しくも毒々しいバイドの肉塊であったのなら、さやかは何も考えずに、即座にその部屋を脱出していたことだろう。

だが、そうではなかった。そうではなかったのだ。

「……ぁ。っ、ひ、ひぃっ!?」

そこに横たわっていたのは、人。人。人。コールドスリープ装置は、既にその機能を失っていた。けれどそこにいるのは眠っている人ばかり。

否、それは眠っているのではない。もし眠っているのだとしたら、何故。――何故。

 

「ゃ……嫌……ぁ、ぁぁぁっ」

何故、彼らは皆一様に苦悶の表情を浮かべているのだろうか。

まるでこの世のありとあらゆる苦痛を体感させられたかのように、歪みきった人々の顔、顔、顔。そんなものが、見渡す限りに広がったコールドスリープ装置の中に、一面に広がっていたのである。

 

それは最早狂気の沙汰。

少女から正気を奪うには、十分すぎるほどのイカれた光景だった。

 

「イヤァァァぁぁぁッ!!!」

まどかの能力を増幅させるハードとして利用されていた、アークに眠る10万の人類。彼らはキュゥべえにより強制的にコールドスリープから目覚めさせられていた。生きながらにして装置に接続され、限界を超えて脳を酷使される感触。

それは最早、死に至るほどの痛苦。そして彼らに追い討ちをかけたのは、まどかの死と共に放たれた絶望の精神波だった。

 

遥か彼方の全人類を深い絶望に陥れるほどの絶望である。その爆心地たるアーク、その直下にいた彼らが感じたのは、どれほどの絶望だっただろうか。人の精神の枠を超えてぶつけられたその絶望の波は、彼らの精神を容易く破壊した。

精神の破綻。自我の崩壊。それに伴う苦痛。更に無理やり彼らの脳を用いてその絶望は増幅され、太陽系へと放たれていた。その負荷は余りにも大きく、アークに眠る10万の人類の遍くその脳髄を焼き切り、死へと追いやっていたのだ。

それが果たしてどれほどの痛苦だったのだろう。それは最早筆舌に尽くしがたく、ただ死せる彼らの相貌をもってのみ表現されていた。

 

そんな無数の死が、その痛苦を示した無数の顔が、さやかの眼前にどこまでも広がっていたのだった。

 

「ぅ……ぅぐ、っ!えほ、げほ……ぅ、ぐ」

正気をごりごりと削られるようなその光景から、ありったけの気力でもってさやかは目を背けた。そうするとすぐさま襲ってきたのは、激しい悪寒と吐き気。

思わず床に蹲り、さやかは激しく咳き込んだ。頭の片隅に、宇宙に上がって以降ほとんど食事を摂っていないことを思い出し、さやかはほんの僅かに安堵した。

 

「誰か……そこにいるのか」

それは、非常に弱弱しい声だった。正気と狂気がせめぎ合うさやかの精神は、それが今尚脳裏にがんがんと響く幻聴との区別がつかなかった。

その幻聴は、無数の断末魔の声で。蹲るさやかの精神を更に追い詰めていた。

「……いるなら、答えてくれ。頼む」

その声は、男の声だった。もう一度、力を振り絞って出したその声はやはりか細く掠れたもので。それでも二度目に放たれた声は、さやかの耳に確かな現実として響いた。

 

「誰?誰か……生きてるの?誰かっ!」

その声に、そして生存者がいるという事実に、さやかは自分のやるべきことを思い出していた。そう、今自分がやらなければならないことは、まどかを助けることなのだ。

まどかは確かに死んでしまったのかもしれない、けれどその精神はまだ生きている。だから、その精神を助け出す。キュゥべえの手から取り戻す。それだけを、ただその思いだけを心の中に満たし、さやかはどうにか立ち上がることができた。

「ここだ、私は……ここにいる。頼む、どうか……ここに、来てくれ」

今にも途絶えてしまいそうな声。それでも今は唯一の手がかりだから、さやかは必死にその声の元を探った。コールドスリープ装置の中には、あらゆる地獄を体感したかのような苦悶を張り付かせた顔と顔。

それを見ないように、心のどこかを凍りつかせて自我を保って、さやかは声の出所にたどり着くことができた。

 

そこには、内側からこじ開けられたコールドスリープ装置が。そして、そこから半分ほど身を投げ出して、そのまま力無く倒れている軍服姿の男の姿があった。

 

「ちょっと、大丈夫!?まだ生きてるんでしょうね!」

ぱっと見では死んでいるようにしか見えない。さやかは慌てて駆け寄り、男の身体を支えた。やはり重かった。

「子供が……なんで、こんなところに。いや、だがこうなってしまえば……止むを得まい」

男はやっとのことで視線を巡らせ、さやかを視界に捉えた。その目は真っ赤に血走り。表情は憔悴しきっていた。

「私は、アーク直属防衛部隊長、アーヴァン=クトラップ大佐だ。頼む。名も知らぬ少女よ……私の頼みを、聞いてくれ」

「……へ?え、アーヴァンク、とらっぷ?」

「何度も言わせるな。アーヴァン=クトラップだ。……二度と間違えるな」

酷く辛そうに、それでも突っ込まずにはいられないといった風に男は念を押した。見るからに痛々しいその姿に、これ以上とぼけるつもりにもなれずに、さやかは。

 

「わかったよ。クトラップ大佐。……でも、あたしも今急いでるんだ。頼みごとが聞けるかどうかは分からないよ。早く、まどかの所に行かないと」

静かに首を振り、さやかはそう答えた。

「まどか?……それは、カナメマドカのことか?」

キュゥべえとまどかの会話。それをアークに眠る人々は強制的に聞かされていた。鹿目まどかという名前にも、聞き覚えがあるのは当然のことだった。

「まどかのこと、知ってるの!?あたしはまどかの所に行きたいんだ、まどかを助けたい。クトラップ大佐。もし場所を知ってるなら教えてよ、まどかが危ないんだ!」

たちまちさやかは食いつき、そのまま詰め寄った。

 

「そうか……君は、カナメマドカを助けにきたのか。だが……彼女は、もう」

「知ってるよ。まどかは死んじゃったってこと。でもあたしはまどかの所に行かなくちゃいけないんだ!だから……お願いだよ、急がないといけないんだ!」

必死に食い下がるさやか。そんなさやかに、クトラップ大佐は静かに笑って言葉を告げた。

「それならば好都合だ。私の頼みも同じだからな。……奴は、カナメマドカと共に司令室にいる。そう、だな。……その端末に、場所を記録させておこう。少女よ、頼む……奴のところへ行ってくれ。そして、奴を………止めて、くれ」

言葉を告げる気力さえ尽き果て、それでも男は必死にその指先を動かして。アーク内部の構造と、目指すべき司令室の場所をさやかの持つ端末にインプットさせた。

為すべき事を為し終え、その手から、身体から力が失われていく。

 

「クトラップ大佐!?……ちょっと、大丈夫なの?」

「私は………もう、ダメだ。頼む、少女よ…………奴を、止め……」

そして、ついに声は途絶えてしまった。もう、どれだけ声をかけようと、どれだけ揺さぶろうと。彼が再び動き出すことは、無い。

 

「……一体、何をやったってのさ、キュゥべえ」

端末を握り締め、込み上げる感情を必死に堪えてさやかは呟いた。まださやか自身、心のどこかでキュゥべえを信じたがっているのだ。ずっと一緒に戦ってきた、仲間だと思っていた。

だというのに、そのキュゥべえの行動が、これだけの人を無惨に死に至らしめている。信じられなくとも、もはや疑うべくも無い。

「待ってなさいよ。今すぐ、駆けつけてやるんだからさ」

ぎゅっと唇を結んで、ぎり、と歯を食いしばり。さやかは、その地獄と化した部屋を飛び出していった。

 

「しかし、やっぱ……きついな、ったく」

キングス・マインドはその機体を反転させ、更に急加速させる。青い光と共に駆け巡る機体。慣性制御のシステムを飽和した衝撃が身体を揺さぶる。

その機動に対応しきれず、無数のミサイル群は次々にコースを逸れ、誘爆していく。それでもまだアークからの攻勢は一向に止まず、レーザーの雨が降り注ぐ。

僅かな隙間を見つけてやり過ごしたキングス・マインドの元へ、無数の無人兵器が迫っていた。圧倒的な物量。一瞬たりとも気を抜くことができない。

それでも尚も、キングス・マインドは孤独に宙を舞っていた。

さやかからの連絡は未だ無い。こちらから通信を取りたいとも思ったが、それでさやかの存在を気取られていては意味が無い。とにかく今は耐え続けるしかないのだと、杏子は再び覚悟を決めた。

 

「呆れるほどのしぶとさだね、佐倉杏子。このアークを相手に、攻撃に転じる余裕すらないというのに一体、いつまで粘り続けるつもりなんだい、キミは?」

絶対的な優位にあるという余裕と、けれど杏子が尚も屈しないことへの不快。それを同時に言葉の端に滲ませながら、キュゥべえが言う。

「さあな。でも、あたしは絶対に諦めねぇ。ここで諦めたら、何のために戻ってきたんだって話だしね」

不敵に笑い、杏子は答えた。その姿には恐怖も絶望もまるで見て取れない。

それが、キュゥべえにとっては不快でならなかった。疎ましくてならなかったのだ。

「何もできないんだよ。キミはここで無惨に潰されて死ぬんだ。何もできやしない、何もさせやしないっ!これ以上ボクの邪魔をするな、佐倉杏子っ!!」

最早、その言葉は人のそれと変わらない。自らに仇なすものを排除しようと、その力と悪意を振りかざす。

 

芽生えてしまった感情と悪意、それは彼の精神を歪めていく。

それは変貌。けれど見方を変えれば進化とも言えた。

 

「まだまだ、こんなもんじゃ……届かないっての!」

ぎりぎりで、それでもまだ幾分かは余裕のある様子で杏子はアークからの攻撃を回避する。自爆を恐れてか、キュゥべえはミサイルとレーザー、そして無人兵器をそれぞれ分けて運用している。

それだけに攻撃は単調となり、辛うじてそれが杏子に回避の余地を与えていた。

確かに効率的に考えれば、彼我の戦力差は圧倒的。余計な被害を生むような行為は避けたい。急がずとも遠からず勝利することはできるのだ。

そう自分を納得させようとしていたキュゥべえであったが。

「……いや、それじゃあ納得できないよね。癪なんだよ、いつまでも目の前を飛び回られているとさ」

増大していく悪意は、それを許しはしなかった。

 

降り注ぐレーザーの雨をすり抜けたキングス・マインド。しかしそのレーザーの雨の向こうから、その光に自らを焼かれながらも突撃を敢行する無人兵器。虚を突かれ、杏子の回避が一瞬遅れた。

「ち……いぃっ!」

回避しきれず、無人兵器から放たれたレールガンがキングス・マインドの胴体部に直撃する。その衝撃に、一瞬機体の動きが止まった。

それはアークを前にしては、まさしく致命的な隙だった。そしてその隙を見逃すほど、キュゥべえは甘くはなかった。

 

続けざまに放たれたレーザーが、キングス・マインドを焼き尽くしていく。一瞬の眩い閃光の後、キングス・マインドの存在していた場所で大きな爆発が巻き起こった。

 

「なかなか手こずらせてくれたが、これで終わりだ。佐倉杏子。結局無駄死にだったね。たかだかR戦闘機一機で、このアークに立ち向かうだなんて。まったく、正気を疑うよ」

吐き捨てるようにそう言って、キュゥべえは戦いの狂気から思考を引き戻した。

「待たせたね、鹿目まどか。これでようやくキミを処分できるよ。佐倉杏子は無駄死にだったね、折角キミの願いが呼び戻したというのに、またつまらない死に方をしたものだよ」

まどかは黙し、何も答えない。心が張り裂けそうな苦痛に、身を引き裂かれようとしているのか。それとも、じきに訪れるであろう死に恐怖し、声も出せないのだろうか。

 

「おいおい、勝手に人を殺してくれるなよ。あたしはもう死ぬのはこりごりなんだよっ!!」

そんなことは決してありえない。まどかはまだ、希望を捨ててはいない。そしてそれが潰えていないことも知っていた。

だからただ待っているのだ。口を閉ざし、静かに祈りながら。

そして飛び込んできた杏子の声。更にアークに走る衝撃。再び放たれた波動砲が、アークの砲台の密集地点を打ち抜いていた。

(って、思わず勢いで撃っちまったけど……さやかの奴、大丈夫だろうな)

けれども内心、僅かに焦っていたりもして。

 

「佐倉杏子。なぜ生きているんだい。まさか、これもまどかの願いの力だっていうのか」

「いいや、いくらなんでもそこまで万能じゃないさ。まどかの願いは、あたしに片道切符をくれただけだ」

「じゃあ、何故っ!」

声を荒げ、再び攻撃を開始したキュゥべえ。そんなキュゥべえを鼻で笑って、杏子は再び戦闘を開始した。

「お前は、あたしの機体が何かも忘れちまったのかよ。ほら、まだ終わっちゃいないぜっ!!」

そう、キングス・マインドはデコイ機能を搭載している。先の攻撃もそれを受ける直前に、デコイに攻撃を受けさせて本体は離脱していたのだった。

巻き起こった爆発も、デコイの爆破によるもので。咄嗟の機転があってこそのことで、そうそう何度も使える技でもない。それでも尚、杏子は抵抗を続ける。

さやかを信じ、まどかを信じ。悪意と絶望を振りまく死の箱舟に立ち向かっていった。

 

けれど、たとえどれほどの強い意志と力を持っていたとしてもそれでも、たった一人で立ち向かうには、余りにもアークは強大だった。

先に放った波動砲も、まるで意に介さぬかのようにアークは攻撃を再開していた。

「ったく。空元気もそろそろ限界……だぜ」

アークからの攻撃は更に激しさを増した。最早キュゥべえの悪意は留まることを知らず、ありとあらゆる方法を持って杏子の存在をこの世から抹消しようとしていたのだ。

 

そう、それは余りにも分の悪い戦いだった。単身での拠点攻略。英雄ならぬ杏子には、それは余りにも荷が重い戦いでもあったのだ。

そう、たった一人では。それは余りにも辛すぎた。

 

「随分と面白そうなことをしてるじゃないか。私も……混ぜて貰うよっ!」

舞い込んだ黒い閃光が、キングス・マインドに迫るミサイルを叩き落した。

 

「どうやら間に合ったようですね。……手を貸すわ。一緒に戦いましょう」

そして同じく白い閃光が、そのフォースが放つ光の刃が、無人兵器を切り裂いた。

 

「お前ら……あの時の。へっ、どういうことだか知らねぇが、ありがたいねっ!!」

その二筋の閃光は、ダンシング・エッジ。そしてヒュロス。まどかの願いによって再起した、呉キリカと三国織莉子の姿だった。

 

「今更二人増えたところで、一体何だって言うんだ。何も変わりはしないよ。まとめて押し潰してやる。圧倒的な力の差を思い知るといいっ!」

増援の登場に、更に苛立ちを募らせて。その心に更なる悪意を滾らせて。キュゥべえはアークを駆る。

立ち向かう三つの光はそれぞれに散らばり、攻撃を分散させる。集中砲火を受ければ回避は困難だが、的が三つに散ってくれれば問題は無い。

それでも回避が不可能に近いというレベルから、困難という表現ができるレベルに落ちただけで。それを為し続けていたのは、偏に彼女達の卓越した技量によるものだった。

 

「しかし、よくここが分かったな。それもこんなタイミングよくさ」

レーザーをすり抜け、その隙を縫って放たれる弾幕をフォースで受け止め。杏子は二人に呼びかけた。

「ああ、あの子の声はここから聞こえていたからね。助けに行かなきゃいけないと思ったんだ。あの子は私と織莉子を助けてくれた、命の恩人だからね」

駆け抜ける側からありとあらゆる敵を切り裂き、キリカがその言葉に答えた。確かにまどかの願いは、キリカと織莉子の二人さえも救っていたのだ。

完全に機能を失った二人の身体に戦うための力を。完全な孤独に陥った二人に、再び光を。それはまさしく救いだったのだ。

「あの子は私達を救ってくれた。だから私も、命を賭けてあの子を救うんだっ!!」

力を意志を、鋼の機体に漲らせ。キリカは再び駆け抜ける。誰かに依存してではなく、自らの意志でその力を振るう。

 

「鹿目まどかは、私達を救ってくれたわ。その恩に報いたいというのは本当よ。でもそれだけじゃないの。この戦いを終わらせるためには、彼女の力が必要なのよ。絶望が渦巻くこの宇宙で、それだけははっきりと見えたわ」

宇宙は既に混沌に沈んでいる。織莉子の予知をもってしても、正しくその行方を定めることは困難だった。けれどそんな暗雲を引き裂いて、確実な未来を指し示す一つの指標。

それこそが、鹿目まどかの存在だった。

「だから私は彼女を助けるわ。協力……してくれるかしら」

「当たり前だろ。今は猫の手でも借りたい時だ。……それに、まどかを助けたいのはあたしも同じだ。手を貸してくれ、頼む」

そして、三人はその力を合わせてアークに立ち向かう。かつて巨大戦艦に相対した時のように。そして今もまた、強大な敵を相手取って。

 

「任せたまえっ!それで、私達は何をしたらいいっ!」

勝機が見えてきた。杏子は僅かにその顔に笑みを浮かべた。

「さやかが中に侵入してる。あいつがまどかを助けて戻ってくるまで、あたしらはこのまま耐えていればいい」

一人では厳しい。けれど、三人でなら不可能ではない。後どれだけの時間が必要になるかもわからない。それでも、怯む気持ちは欠片もない。

「そういうことなら話は簡単ね。ひたすらよけ続けて、奴の注意をこちらに向けさせればいい」

「直接あいつをぶちのめせないのは残念だけど、仕方ないね」

「じゃあ頼むぜ。勝手にくたばるんじゃねぇぞっ!!」

そして、三つの光が散らばって。舞う。それはまさしく舞だった。光と爆発が彩る死の演舞。一瞬でも気を抜けば即座に死が待っている。けれどその状況が、彼女達の心を昂ぶらせる。

ひどく原始的な、闘争の愉悦。知れず、少女達はその顔に獰猛な笑みを湛え、更なる死地へと機体を駆り立てていく。

 

「よくも粘るものだ。……でも、何故なんだい」

アーク内部、司令室。そこで引き続き少女達への攻撃を続行しながら、キュゥべえは疑問を抱いていた。敵は数も増え、こちらの攻撃も万全とは言えなくなってきた。

恐らくは少なからず、反撃に転じる余裕も生まれているはずなのである。だが、少女達は一向にアークに攻撃を仕掛けてはこない。仮に仕掛けたとして、狙うのは無人兵器の発進用ハッチや砲台ばかり。

そんな行動に、ついにキュゥべえも違和感を抱き始めていた。

「彼女達の行動は余りにも不可解だ。時間稼ぎでもしているのだろうか。だとしても、何故そんなことを……」

そもそもにして、アークを撃破するつもりがないのなら何故ここに来たのか。その答えは、考え込むまでも無く分かることだった。

「そうだ、彼女達の目的は恐らく……鹿目まどかの救出。でも、それも外からできることじゃない。ああしていくら耐えていたって何も……っ。まさか、既に内部に侵入を!?」

今まで外部の敵に集中する余り、内部の状況に気を払っては居なかった。どうせ皆死んでいるだろうと、そう高をくくっていた。

攻撃に回していたアークの機能を、内部のスキャンに回そうとしたその刹那。激しい衝撃が、アーク内部を揺るがした。

 

それは外部からではなく、内部に生じた衝撃。ゆえにそれは激しく司令室を揺るがし、キュゥべえの身体は壁へと投げ出された。まどかのソウルジェムも、澄んだ音を立てて転がり、そして跳ねる。

更に衝撃、爆発音までもが混ざる。またしても、何度も。だんだんとそれが近づいてくる。

 

「くっ……一体、何なんだこれはっ!!」

その衝撃に翻弄され、キュゥべえはなすすべもない。アークを操ることすら困難となり、アークの動きが停止した。

状況はまるで飲み込めないが、狙いがまどかのソウルジェムだというのなら、それだけは確保しなければならない。

衝撃に揺さぶられ、司令室の中を飛び跳ねるまどかのソウルジェム。それを狙って飛びつこうとしたキュゥべえを、更なる衝撃が弾き飛ばす。

そして、司令室の壁を突き破って生じた何か。それはラウンドキャノピー。R戦闘機の機首。突き破った壁に干渉されながらも、無理やりにそのキャノピーは開かれて。その中から、飛び出してきたものは。

 

「キミは……」

「助けに来たよ、まどかっ!」

司令室の位置を特定した後に、そのままカーテンコールを駆り。邪魔する全てを破壊して、最短距離を駆け抜けた。美樹さやかの姿だった。

 

「まさか、こんな無茶をするとはね。……美樹さやか」

「……キュゥべえ。久しぶりだね」

さやかはまず司令室の中を一瞥した。衝撃に揺さぶられ、荒れ狂った室内。その中に、椅子にくくりつけられたまどかの死体があった。無理やりに拘束され、更に衝撃に揺さぶられ。その腕は、曲がる筈のない方向に曲げられていた。

ぎり、と。さやかは歯噛みした。溢れそうになる感情を、必死に押し留めて。大丈夫、心配ない。まどかはまだ生きている。そう自分に言い聞かせて。

「一体、何をしに来たんだい。魔法少女でもないキミが、そんなものを駆って」

ようやく収まった衝撃から立ち直り、よろよろと身体を起こしてキュゥべえが問う。司令室にも、侵入してきた敵を迎撃するための装置は存在している。

けれど、カーテンコールの突入によってそれは全てだめになってしまった。それでもどうにかして、キュゥべえはさやかを阻もうとしていた。

 

「もちろん、まどかを助けに来たんだ。まどかを返してもらうよ。……それと、あんたと話をしに来たんだよ。キュゥべえ」

そんなキュゥべえに、さやかは静かに語りかけた。心の中に渦巻く激情を必死に堪えて、唇が破れるほどに噛み締めて。

確かめたかったのだ、信じたかったのだ。キュゥべえの事を。

「話だって?この状況で、一体何を話すつもりだい?」

投げつけられたキュゥべえの声は、そんなさやかを嘲るようで。

「キミは随分とお人よしだと思っていたけど、こんな状況でまだ対話の余地があるとでも本当にそう思っているのだとしたら、それは最早愚かとしか言いようが無いよ」

その赤い瞳は細められ、さやかを睨むように見つめている。そんな視線を受け止めて、それでもさやかは一歩として引かず。

 

「……それでも、あたしはまだあんたを信じたい気持ちはあるんだ。 まどかを殺したことは許せないし、みんなを絶望させようとしてるなんて、許せるわけないけど。れでもさ、あたし達はいままでずっと一緒に戦ってきたんだよ?なのに、何でこんなことをするのさ」

ただただ不思議だったのだ。何故、と。同じくバイドの脅威に脅かされて、それと戦う事を余儀なくされた。同じ敵を掲げる以上、一緒に戦えると信じていた。

だからこそ今、人類がバイドによって最大の危機を迎えているこの時に、なぜキュゥべえがこんな裏切りとも取れる行為をしているのか、それがさやかには分からなかった。

「美樹さやか。キミも鹿目まどかと同じようなことを言うんだね。ボクはただ取り戻したいだけなんだよ。ボク達の使命を、かつての栄光を。その為には、キミ達人類に犠牲になってもらうしかない。だからそうするだけのことだよ」

「そんな、何か、何か他に方法はなかったの!こんな人類全部を滅ぼさなくちゃいけないような方法じゃなくてさ!」

「無理だね、どの道人類はもうすぐバイドによって滅ぶ。なら、その前にボクが滅ぼしたって変わりは無いじゃないか。それどころか、キミ達程度のほんの僅かな犠牲を払うだけで、宇宙そのものを再生させることができるんだ」

「だから……あたしらを裏切るってわけ?あたしは、あんたの事だって仲間だって思ってたのに」

言葉を交わせば交わすほど、心は離れていく。ただひたすらに、キュゥべえが人類とはまるで別の価値観をもつ存在であることを思い知らされて。さやかは静かに肩を震わせた。

 

 

「仲間だって?笑えない冗談だね。キミ達だって、家畜相手に情をかけることはあっても まさか、それを自分と対等の存在として扱おうとはしないだろう?ボクにとってキミ達人類は、飼い主を食い殺してしまう程に愚かで凶暴な家畜に過ぎない。そんなものは、駆除してしまうしかないだろう」

ついにさやかもそれを悟った。もはやわかりあうことなどできない。余りにも二つの種は違いすぎた。

今目の前に居るのは、共に多くの戦場を戦い抜いてきた戦友、キュゥべえではなくバイドと等しい全人類の天敵、インキュベーターという種の尖兵なのだと。

「……わかった、もう何も聞かない。あんたがそうするなら、あたしは全力で止めてみせる」

それが何を意味しているのか、考えるまでも無いことだった。さやかはパイロットスーツの腰から銃を引き抜き、インキュベーターへと向けた。

「確かに、ボクを殺せば止められるかも知れないね。でも、本当にキミにそれができるのかい?例えできたとして……撃てばどうなるか、わからないでもないだろう?」

事実、さやかのその手は震えていた。相手は人間ではない。それでもバイドならぬ命をこの手で絶つという事実に、その手の震えはどうしても止まらなかった。

そんなさやかの隙を突き、インキュベーターは部屋の隅へと飛び込んだ。慌ててそちらへさやかは銃口を向けて、その動きが完全に硬直した。

 

「……まさか、それは」

そう、インキュベーターがその手に抱えていたものは。先の衝撃で投げ出され、部屋の隅へと転がっていたまどかのソウルジェムだった。

「ボクがちょっとソウルジェムに細工をすれば、一瞬でまどかの魂を死滅させることができる。少なくとも、キミが引き金を引くよりは早くね」

「く……インキュベーター。あんた……よくもっ!」

形勢逆転。インキュベーター自身は、人に対して殺傷能力は持ち得ない。それでも、ソウルジェムと化したまどかの魂に干渉するだけの能力は持っていた。

まどかを助けるために乗り込んださやかには、当然こんなリスクを犯してまで撃つことはできなかった。

「武器を捨てて投降するんだ、美樹さやか。それともまどかを殺すつもりでボクを撃ってみるかい?それも悪くない選択だとは思うよ。まどか一人の命と、全人類のほんの僅かな未来。天秤にかけたとしても、そこそこ釣り合いは取れてくれそうだね」

その表情に、悪意に満ちた笑みを浮かべて。インキュベーターは、さやかに決断を迫った。

 

「そんな……そんなこと、できるわけないでしょうが」

悔しさがさやかの胸を満たした。けれど、悔やんだところでもうどうにもならない。まどかという切り札が敵の手に渡ってしまった以上、もはやどうすることもできなかったのだ。

そしてさやかは、その手に構えていた銃を落とした。

 

「それじゃあ、そのまま壁のところまでゆっくり下がるんだ。両手は挙げたままでね」

その様子に、満足そうにインキュベーターは頷いて。更なる命令をさやかに投げつける。

当然、さやかはそれに従うより他に術はない。ゆっくりと後ずさり、さやかの背が部屋の壁に触れた。

それを確認して、インキュベーターはまどかのソウルジェムを咥えたまま歩を進めそして、さやかが落とした銃をその手に掴んだ。実弾を必要としない小型のレーザー銃ではあるが、それでもインキュベーターの身体には大きい。

そんな銃をインキュベーターは両手で抱えるようにして持ち、さやかに狙いを定めた。

 

一瞬、放たれた赤い閃光。

 

 

「ぁ……ぁぐっ、ウあぁぁァッ!」

さやかの左足に、焼けつくような痛みが走った。放たれた閃光はさやかの左腿を貫き、そこにぽっかりと痛々しい孔を作り出していた。

足から力が抜けて、さやかは壁にもたれるようにして倒れこんだ。高熱のレーザーによって焼き払われたからだろうか、創部からの出血はさほど多くはない。それでもそれは、さやかの一切の行動を封じるには十分すぎるほどのダメージだった。

「キミが魔法少女だったら、この程度の怪我で動けなくなったりはしなかったんだろうけどね。大丈夫だよ、まだ殺しはしない。キミみたいな使えない道具にも、まだ役目は残ってるからね」

「ぅぐ……お前、よくも、よ、くもぉぉォッ!!」

その瞳には激しい憎悪が宿る。壁を頼りに必死に立ち上がろうとして、足から生じる焼け付く痛みは容易くその為の力を奪った。

無様に地に付し、それでもさやかは必死にインキュベーターの姿を見上げて睨みつけていた。裏切られたことが悔しくて、憎くて。銃創は熱くて痛くて、さやかの脳内が灼熱していく。

ぎりぎりと歯を食いしばり、唇の端からは血が一筋零れた。

「無駄に吼えているといい、その方がボクとしても手間が省けるからね」

酷薄に笑って、インキュベーターはそう答えると。再び、アークの機能を行使することに意識を集中させた。

 

「さて、さやかの奴は上手くやったんだろうかね」

アークからの苛烈な攻撃が突如として止み、不気味なほどの静寂が宇宙に戻る。恐らく、中で何か動きがあったのだろう。杏子達はそう推測した。無事にさやかがやり遂げてくれたのなら、遠からずカーテンコールは帰還するだろう。

そうなれば、これ以上こんな敵を相手にする必要はない。さっさと逃げ出して、本当に戦うべき敵であるバイドを迎え撃ってやらなければならない。

「……なあ、織莉子。今のうちに攻撃しておいてもいいと思うんだけど」

「悪くはないけれど、うっかり何があるも分からないわ。……それにあれは、元は人類の施設なのだから。正直なところ、余り傷つけたくは無いのよ。わかってくれるかしら、キリカ」

「織莉子がそういうなら、もう少し待つことするさ」

キリカと織莉子も、同じくアークを囲んで待機していた。果たして状況はどう転ぶのか、混迷した宇宙において、正確な未来を図り知ることは、織莉子の能力をもってしても尚も困難であったようで。

動きようも無く三機は再び集結し、これから起こるであろう何かを待っていた。

 

「そもそもこのアークって奴は、一体何なんだよ。なんだってこんなところに、こんな巨大な人口天体が存在してるんだ。おまけに、なぜかキュゥべえの奴がそれを牛耳ってやがる。あいつの秘密基地にしちゃあ、規模がでかすぎると思うんだけどな」

アークの存在を知らない杏子にしてみれば、それは当然の疑問だった。これほどの規模の人口天体を建造するのに、一体どれだけの資材と時間が必要だったのだろう。

そんなものを、しかも極秘裏に建造する理由とは何なのか。どうにも疑問は尽きなかった。

そしてその答えは、意外な人物によってもたらされることとなった。

 

「アークは、太陽系脱出計画を遂行するための箱舟よ。……実物を見るのは初めてだけれど」

織莉子のその声は、どこか感慨じみたものを帯びた声だった。

「太陽系、脱出計画?……ああ、なるほど。なんとなく納得いったぜ。……確かに、負けた時の事考えないで戦争やるってのも、馬鹿げた話だしな」

察しのいい杏子は、その一言だけでアークの存在理由を悟っていた。人類という種を保存するための箱舟としての、アークの存在を。

「しかし、あたしらが今の今までまったく知らなかったってことは、相当厳重に秘匿されてたんだろうね。……なんで、あんたはその存在を知ってたんだ?」

当然の疑問を、杏子は織莉子に投げかけた。織莉子はしばし逡巡し、躊躇いがちに口を開いた。

 

「……お父様がね、アークの建造に関わっていたの。その頃には私もお父様の仕事をお手伝いすることが多かったから、それでアークの事を知るに至ったわ」

織莉子にとっては苦い記憶、痛々しい過去を、少しずつ話し始めたのだった。

「織莉子……そうか。織莉子のお父様は」

キリカもそれを思い出す。

織莉子の父は、権謀術数の渦に飲まれ、この世を去ったその人は。地球連合宇宙軍参謀次官という肩書きを持っていた。それは確かに、人類の存亡に関わるこのアークの存在に

何らかの関係を持っていたとしても、何ら不思議ではない人物であった。

「……ってことは、あんたはどっかのご令嬢だった、ってわけかい。となるわかんないね。なんでそんな奴が、こんなところで魔法少女をやってるんだ」

それは純粋な興味からの言葉。けれど、織莉子にとっては余りに大きく深く痛い、喪失の記憶。塞がっていた、塞がっていたと思っていたその傷跡を、痛々しく抉るような言葉だった。

 

「それは……話さなければいけないことかしら」

当然、返す言葉は重く苦しいものとなってしまった。そんな過去は全て捨て去ったはずなのに、今はただ、魔法少女として戦いの運命の中に生きているはずなのに。

思い出してしまえば、古傷を抉る痛みが胸をつく。

「……答えたくないなら別にいいさ。誰にだって、話したくない過去くらいあるだろうさ」

その言葉にどこか自分と似たようなものを感じて、杏子は言葉を打ち切った。

「それは、まるでキミにも話したくない過去があるような言い草だね」

通信に割り込むように、キリカの声が飛び込んできた。織莉子を庇おうとする気持ちも、きっとどこかにはあったのだろう。

「……まあな。ま、あたしが詮索しないんだ。あんたらも詮索するのは勘弁してくれ」

「気にはなるけど、そういうことなら詮索はやめておこうか」

冗談めかして杏子は答え、同じく冗談めかしてキリカも答えた。けれど、それでは一人古傷を抉られた織莉子は気が済まない。

 

「いいえ、最初に聞き出そうとしたのは貴女なのですから。今度は私が詮索させて貰う番じゃないかしら」

くす、と小さな笑みを漏らして、織莉子は杏子にそう告げた。胸の奥に込み上げる痛みを隠すように、どうにか余裕を保って。

「あんまり面白い話じゃないし、長い話になるぜ。……勘弁してくれよ」

「それじゃあ、全部終わったら話すことにしましょう。お互いにね」

「ま、それが打倒なところかね。楽しみにしとくよ。……織莉子」

「ええ、私も楽しみにしているわ。……杏子さん」

そして、二人は不敵に笑った。もちろん織莉子のそれは、鋼の機体に隠れて分かりはしなかったのだけど。杏子には、確かに笑っているように感じられたのだ。

 

「話は済んだかい。ボクはそろそろ、こんなふざけた茶番は終わりにしようと思うんだ」

アークが再起動した。そして、キュゥべえからの通信が届く。それが意味するところを察して、杏子は表情を固くした。

「へっ、ついさっきまであたしら三人相手に大苦戦してたお前が、よく言うぜ」

「もちろん言うともさ。これを見れば、キミ達も嫌でも思い知ると思うよ。絶望というものをね」

映し出された映像は、司令室内部の状況を示していた。足を打ちぬかれ、蹲ったまま動けずに居るさやか。そして、キュゥべえの足に踏みつけられて転がっているまどかのソウルジェム。

その光景を見るだけで、失敗したのだということがよくわかった。

「まったく、魔法少女でもないただの人間を送り込んでくるなんてキミ達も随分無茶な策を打ったものだね。でも結局はこのザマだ。残念だったね」

 

「さやか……っ、くそ」

確かにそれはか細い希望だった。あれほど広大なアークの中に、さやか一人が乗り込んでまどかを救出するような大それた真似が、本当にできるかと言われればやはり危うい。

それでもさやかは言ったのだ、必ず助けて見せると。そして杏子も、その言葉を信じて送り出したのだ。だが、結果はこれである。

「分かっただろう?これでキミ達のくだらない小細工も終わりだ。これ以上無駄な抵抗を続けるようなら、ボクは鹿目まどかと美樹さやかを殺す。抵抗をやめて、すぐに投降するんだ」

 

「……投降したところで、奴が私達を生かしておいてくれるとは思えないんだけどな」

キリカの声にも焦りが混じる。キリカにとっては、まどかを助ける道理は無い。さやかに対しては多少なりとも恩人としての義理はあった。だがそれでも、織莉子の身の安全と引き換えにできるものではない。

「当たり前じゃないか。投降すればそのまま殺す。抵抗すれば二人を殺してそれから殺す。別に逃げたければ逃げても構わないよ。どの道、死ぬのが少し遅くなるだけだ。もう、キミ達人類に未来なんて存在しないんだからね」

インキュベーターの声には、圧倒的優位に立ったことで生まれた余裕と愉悦が、ありありと見て取れた。

「そういうことならさっさとおさらばするとしよう。……こんなところで死ぬつもりじゃないだろう?」

本当に逃がしてくれるのかは分からないが、それでも逃げるだけならば、アークを相手どっても逃げきることはできるだろう。そう推測し、キリカは早くも脱出の手はずを整えていた。

 

「悪い、あたしはここまでだ。どうやら、あたしはさやかを見捨てられないみたいだ」

けれど、杏子は続かない。そんな自分に呆れたように呟いて、それでも杏子は動かなかった。それでもその目から闘志は消えず、アークをぎらぎらとした目で睨みつけながら。

自ら死を選ぶのかと、そんな杏子を一瞬キリカも怪訝そうに見つめた。けれど、すぐに理解した。もし織莉子が同じ状況であれば、キリカもそうしただろう。

大切な人の為に、自らの身を捧げる行為。それに意味があろうと無かろうと、キリカにとってそれは尊ぶべきことだった。

「……すまないね、杏子。それでも私は、織莉子を死なせたくないんだ」

だからキリカはすまなさそうに、友に殉じようとする杏子に告げた。

 

「いいさ、元からこんなことに付き合わせるつもりはなかったんだ。あたしは、あたしの大事なものの為に行く。あんたも、自分の一番大事なものを守ってやりゃあいいさ。……それに、まだ諦めたわけじゃないからさ。運がよければ、後で追いかけるよ」

これほど絶望的な状況においても、杏子はまだその絶望に負けてはいない。知っていたからだ。どれほどの深い絶望の中にも、希望を見出すことはできると。

その希望がこうして杏子の命を呼び戻し、更なる戦いの渦中へと誘ったのだから。

「何があっても諦めてやるもんかよ。たとえあたしが死んだって、世界の終わりが訪れたって、あたしは絶対に諦めない……絶対に」

それは一つの精神の境地。不撓不屈なる精神。たとえ自分が、人類が、そして世界が終わりに瀕していくとしても、それでも決して諦めない。その胸を貫き、決して抜けることの無い意志という名の一つの矢。

その強さはまさしく呪いにも似て、杏子の全てに浸透していた。そんな杏子の、無意味であって尚強固で曲げざる意志だった。

 

「佐倉、杏子。キミは……凄いんだね。キミの事は忘れずにちゃんと覚えておくから。だから……生きていたら、また会おう」

そんな杏子を見捨てることを心苦しく思いながら、キリカは機首を翻す。

「……行こう、織莉子。……織莉子?」

そう促したキリカの言葉に、織莉子は答えなかった。怪訝そうにもう一度呼びかけて、それでも返事は無かった。何かあったのかと、キリカの胸中に黒い不安が宿る。

そんな心配をよそに、織莉子は唐突にその口を開き、言葉を放った。けれどその言葉は、キリカにも杏子にも向けられては居なかった。

その言葉は、インキュベーターに向けて投げかけられていたのだ。

 

「全てを滅ぼそうとする、余りにも強大な悪意がこの宇宙に降りかかっている。貴方はその悪意が生み出す絶望を使って、宇宙の再生を為そうとしているのね」

織莉子の静かな声が響く。

「そうか、美国織莉子。キミは気付いたんだね。……いや、“視て”しまったんだね」

織莉子の能力を持ってすれば、確かにこの宇宙が辿る未来の一片を覗くことは可能だろう。宇宙が辿る顛末の全てを理解するには、織莉子の能力は全くもって不足している。

それでも、こうして断片としてインキュベーターの目的を推し量ることができた、それはすなわち。

「つまり、未来はそういう風に動いていくというわけだ。……これは、ボクにとっては嬉しい話だね。わかっただろう、美国織莉子。キミ達がこれ以上何をしようが、この宇宙が辿る結末は変えられないのさ」

「……そうね、確かにこの宇宙の辿る結末は絶望に満ちているわ。余りにも痛々しいほどの絶望よ、胸が押し潰されしまいそうなほどの」

それほどの未来を見据えて、織莉子は何を感じたのだろうか。その口調には、不思議なほど絶望の色に染まった様子は見られなかった。

そしてなぜか、その言葉の端にはうっすらと笑みが混じった。

 

「貴方は、自分だけがその絶望から逃れることができると思っているのね。けれど、すぐに思い知ることになるわ。……それが愚かな思い違いだと」

その声と同時に、アークの表面で爆発が巻き起こった。その衝撃はアーク内部に吸収され、司令室まで届くことは無かったのだが。

「なっ!?……くっ、まさか二人もろともこのアークを破壊するつもりなのかい?なんて愚かなことをするんだ、いいさ。それならキミ達もこの二人同様、宇宙のチリに……」

「ちょっと待てっ!あたしらは撃ってないぞっ!……って、じゃあ何で」

困惑するインキュベーター。そして杏子。どちらにとっても、アークが攻撃を受けたことは予想外だった。

けれど、それすらも分かっていたかのように織莉子の声は落ち着いていた。

 

「――絶対なる悪意が、来るわ」

そして、未来という形で訪れるであろうそれを、迎え入れた。

 

「この反応……まさか、そんな馬鹿なッ!?」

それを知り、インキュベーターの声が焦燥と驚愕に歪む。

「……そうか、奴らがもうこんなところまで」

それを悟り、キリカは驚いたように声を上げた。

「確かに悪意の塊みたいな連中だ。絶望感もたっぷりだ。――だが、あたしらにとってはとんだ希望かもしれないなぁっ!」

そして、杏子が。

 

アーク目掛けて殺到する、バイドの大軍勢を前にそう叫ぶのだった。

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