いずれ途切れる道の途中で、彼女は何を思うのか。
「あとどれだけの時間が、あたしには残されてるんだろうな」
土星圏の辺境に存在する居住コロニー“リリシアン”。その主たる居住区画から離れた、自然の多い公園区画。その片隅に寝転んで、映し出された夜空を眺めて杏子は呟いた。
バイド戦役の終結後、奇跡によって帰還した命たちがあるべき場所へと帰る中、杏子だけが一人、その存在を失うことなく生き長らえていた。後にそのことを知り杏子自身もひどく驚いた。
けれど、大事なのは今自分が生きているということ。これからも、そうして生きて行けるということなのだと、自分を納得させていた。そしてバイド戦役が終結し、世界が戦後の混乱に沈んでいる最中。こっそりと機体や資材、財産などを持ち出して、こんな辺境のコロニーにまで逃げ延びてきたのである。
当然既に杏子は死んだ身で、素直に軍に戻れるかどうかもわからない。何よりもうこれでバイドとの戦いは終わった。杏子にとってはこれ以上戦う理由もなかった。
だから、全てを捨てて逃げ出したのだった。
たった一つ以外だったのは、その逃避行には連れ合いが居たことだけだった。さやかが、そんな杏子に着いて行くと言ったのだ。
当然最初は反対した。既に死人の杏子と違い、さやかにはれっきとした地球人としての身分がある。家族の元にだって戻ることができるはずだと説得したのだが、さやかの意思は固かった。
さやかは言ったのだ。
「あたしはこれからも、あんたと一緒に生きていきたいんだ。だから、一緒に行くよ。そして、いつか色々ほとぼりが冷めたらさ、一緒に帰ろうよ、ね?杏子」
それがどれほどの時を要するかもわからないというのに、それでも不敵に笑って。自信げに、希望の色を絶やさずに。そう言ったのだ。
時杏子は、少し泣きそうになりながらそれに答えたのだった。今でも時折、さやかはそのことをからかってくる。それがちょっとした悩みの種だった。
宇宙の片隅、それなりに蓄えはあったにせよ、年端も行かない少女が二人で生きていくにはやはり世間は厳しかった。目減りしていく蓄えが、日々の不安を募らせて。ついに杏子は再び戦うことを選んだ。それは仲間を守るためでも、バイドを討つ為でもなく。ただ彼女とさやかが生き延びるための戦いだった。
丁度その折、地球連合軍から各コロニーへの干渉が始まっていたこともあり、リリシアンもまた自衛の為の戦力を必要としていた。杏子はリリシアン自警団の一員として、再び戦場に舞い戻ることとなる。
今度の敵はバイドではなく同じく人間。躊躇いはあったはずなのに、その身に染み付いた戦士としての本能は容易くその引き金を引かせ、心の痛みすらもどこかへと遠ざけていたのだった。
そんな再び戦う日々の中、それは唐突に発覚した。自警団で行われたメディカルチェック。それが杏子に示したデータは、その身体が既に死人のそれに近づいていることを示していた。
驚愕、そして困惑。逃げるようにリリシアンを飛び出した杏子の足は、気付けば忌まわしき場所へと舞い戻っていた。
かつての地球連合軍において、魔法少女と魔法の研究を一手に担っていた研究機関。すなわち、かつても今も変わらぬ狂気の科学者集団、TEAM R-TYPEの元に。
「……まあ、見ての通りだ。佐倉杏子。お前さんの身体は、もうとっくに死んでおる」
その初老の男性は、杏子の身体を舐めるようにジロジロと見回してそれからさぞ興味深いとでも言った風に、杏子にそう告げるのだった。
「それで、じゃあ何であたしはこうやって生きてるんだよ。ゾンビにでもなっちまったってのか?」
そんな視線、そして言葉に込み上げてくる嫌悪感を隠そうともせずに、苦々しい表情で杏子は言葉を返した。
「ある意味、それに近いといえば近いかもしれんな。お前さんの身体を動かしているのは今や脳や神経からの電気信号ではない。あまりこういう言い方はしたくないが、魔法といったほうが理解はしやすかろう」
「魔法で身体が動いてる、って。……そりゃあ、まるで」
「そう、今のお前さんの身体は、M型被験体。いわゆる魔法少女という奴とよく似ておる。ただ、ソウルジェムができている風でもない、なんとも不思議な状況だの」
だとすれば、この身体がある意味死体のようなことにも納得はいく。そもそもこの身体自体が、まどかの願い。いうなれば魔法によって生み出されたものなのだから、ある意味当然のことだとも言えた。だが、だとすれば気がかりなこともある。
「じゃあ……あたしはこのまま、ずっと普通に生きていけるってことなのか?」
「それは分からん。お前さんの話によれば、恐らくお前さんの身体を動かしている魔法の力はお前さんが生み出しているものではなく、願いによって与えられたものなのじゃろう。となれば当然、それが尽きてしまえば……どうなるかは、言うまでもあるまい」
「時間は、どれくらいあるんだ」
ぎり、と歯噛みして。男を睨んで杏子は詰め寄った。どれだけの時間があるというのか、ある日突然動けなくなって、そのまま死んでしまうのではないか。
「それも分からん。お前さんがこの世界に舞い戻り、更に身体を得るにいたるまでそこには二つ分の願いが介在しておる。その分余計に魔法の力が残っておる、という解釈もできるが。実際それがどの程度のペースで目減りし、一体今どれだけ蓄えられているのか。それを知る術はない」
彼らの科学技術をもってしても、異星の技術たる魔法を完全に解析するのはまだ不可能であった。
その技術をもたらしたインキュベーターは、バイド戦役の末期から行方が知れていない。そもそも新政府の方針により、魔法少女に関する全ての技術や情報が封印されてしまっている。これ以上はどうにもなるまいというのが、男の考えではあった。
「明日か明後日か、それとも五分後か十年後か。それは我々にもわからん。……だがまあ、そう気に病むことでもあるまい」
まるで何事もないかのように、男は杏子にそう告げるのであった。当然人事ではない杏子は、男に掴みかかった。
「っざけんじゃねぇッ!人事だと思って、好き勝手言いやがって!」
それでも、男の笑みは崩れない。多少締まっているのだろうか、その語る声はどこか苦しげではあるが。
「変わらん……さ。お前さんも、あの戦場を見てきただろう。五秒後、十秒後。自分が確実に生きていられる保障があったか?絶対に自分が死なないと……言い切れた、か?」
杏子ははっとなったように目を見開き、自然とその手から力が抜けた。
「ま、要するにそういうことだよ。別に戦場に限った話でもない。普通に暮らしていたとて、ふとしたことで人は死ぬ。それが今日かも知れんし、明日かも知れん。十年後かも五分後かも分からん。今のお前さんと、何が違うというのだね?」
「……そりゃあ、そうだけどよ」
いつしか杏子の手はだらりと垂れ下がり。その視線は、浮ついて虚空をなぞっていた。
「問題なのは、その限られたいつ終わるとも知れぬ生で、一体何を為すかと言うことだ。私とて、まだまだやりたいことは山ほどもある。だがそれでもいつ死ぬかも分からん。その時になって悔やまんよう、自分のやりたいことにはひたむきに、真摯に取り組んできたつもりだ。………ま、それもこれでお仕舞いだがな」
そう言って笑う男の横顔には、隠し切れない寂寥の念が滲んでいた。
「……なんだよ、ついに今までの悪行の報いを受ける日が来たか?」
そんな表情がどうにも意外で、けれど素直に心配できるほど相手の日ごろの行いは良くない。だからこそからかうように、どこか嘲笑う風も込めて杏子は言った。
「新政府は、近々TEAM R-TYPEの解散を宣言するつもりらしくてな。今後は無人兵器を主とした兵器体系にシフトしていくらしい。TEAM R-TYPEはそのための組織に作り変えられる。組織としての形も大きく変わろう。今までどおりのやりたい放題、とはもういかんのだよ」
「ってことは、もうR戦闘機はなくなっちまうのか」
今まで様々なRと共に、多くの戦場を駆け抜けてきた。その日々が終わり、ついにRのその名も潰えてしまうのか。そう思うと、杏子はどうにもやるせないものを感じてしまった。
「しばらくはR戦闘機のデータを流用した無人兵器の開発が行われるだろうが、あくまでR戦闘機は有人機。いずれは違う形に取って代わられるだろうな。……今更だが、なんだか寂しいものだ」
「にしても、いいのかよ。そんな機密をあたしなんかにべらべらと」
「構うまい。どうせ近々なくなる組織だ。それにもしTEAM R-TYPEが健在なら、お前さんのような最高の実験台を、みすみす放っておくという話もないからの」
もの悲しさなどどこへやら、呵呵と笑うその姿はこんな状況ですら楽しんでいるような、そんな風にも見えた。
「それに今、TEAM R-TYPEはその全能力を投入して最後の大仕事に挑んでおる。それさえ終わらせることができれば、別に解散してしまってもかまわんのだよ」
「今度は何企んでんだよ、あんたらはさ」
「言うまでもあるまい。究極のR戦闘機の開発だ。……いや、流石にそれに関してはまだ秘密だ。ほれ、話は済んだんだ。私も忙しい、さっさと帰ってやるがいい」
話は終わった。すぐさま席を立ち、男は杏子に背を向ける。究極のR戦闘機。それが一体何なのか。気にならないわけでもなかったが。そんなこと、知ったところでどうにもなるまい。杏子もまた踵を返し、リリシアンへの帰路を辿った。
帰還した日の夜のことである。公園区画で、星を眺めて寝転ぶ杏子の姿があったのは。
「さて、そろそろ戻るかね。さやかの奴も心配してるだろうし」
結局、どれだけ生きられるかなどは心配しても仕方がない。だとすれば、大切なのは何を為すか。男の言葉が杏子の頭の中を渦巻いていた。
どう生きるべきなのか、何を為すべきなのか。その答えはまだ、見つかっていない。
そして今日も杏子は、家路を辿る。