懐かしくも忌まわしい戦場で、木星圏突破に挑む少女の前に降り注いだのは
一つの再会、新たな仲間達。
「まずいわね、すっかり囲まれてしまったわ」
続々と集結し、周りを取り囲んでいる無数の無人兵器群をレーダーに捉えて、マミはそう呟いた。
ルナベース6への奇襲を成功させた魔法少女隊は、そのままグランゼーラ革命軍の拠点であるゲイルロズへと向かっていた。しかしその最中、火星から木星への航路を辿る途中でついに、地球連合軍の追撃部隊に補足されてしまった。
いかな魔法少女隊とて、おおよそ一個艦隊に匹敵しようかと言う戦力と、無数の無人兵器を相手取ってはまともに勝負になるはずもなく、たまらず小惑星帯へと身を潜め、開発されたばかりの基地建造システムを用い、比較的大きな小惑星にどうにか拠点を構えたのだった。
いかな地球連合軍といえども、これほど広大な小惑星帯の中から基地の場所を特定するのは困難であろう。しかし、地球連合軍の艦隊は木星への進路を塞ぐように小惑星帯の前に立ちふさがり、無人兵器群を小惑星帯へと送り込み続けていた。
既に無人兵器との小競り合いも散見されており、このままでは直に発見されてしまうだろう。位置を特定されれば、そのまま艦砲射撃で基地ごと焼き払われてしまう。早急に何らかの行動に移る必要があった。
だからこそ魔法少女隊は、基地から離れたエリアで無人兵器群を迎え撃つこととなったのである。
「無人兵器が基地に接近してるみたい。急がなきゃ大変だよ、お姉ちゃん」
マミの元に、ゆまの駆るカロンが近づいてきた。他の魔法少女達は今もそれぞれ小惑星帯のあちこちに散らばって無人兵器群の迎撃を行っている。
「合流もしなきゃいけない、けれどできるだけ速やかにこの窮地を逃れなくてもいけない。 ……参ったわね。まさかこんなに地球連合軍の動きが早いだなんて、想像以上だわ」
そう、よもやこれほどまでに地球連合軍の動きが早いということは、魔法少女隊にとって予想外のことだったのである。
襲撃計画が漏れていたとは考えにくい。もしそうならそもそもルナベース6襲撃の時点で既に手は打ってあるはずなのだ。となれば恐らく、敵の司令官が相当に優秀だということなのだろう。バイド戦役を経て優秀な軍人のほとんどが処断された今において尚、これほど優秀な人材が地球連合軍にいようとは。
それもまた、大きな誤算の一つではあった。
「これ以上篭城を続けるのは不可能ね。そろそろどうにか逃げ出す算段を考えないと」
何か策はないかと、マミは必死に考える。たとえここで無人兵器群を撃退したとしても、どうせまたすぐ次が来る。それに今尚いくらかの無人兵器群は、基地の場所を特定するために動いているはずなのである。
はや幾許の猶予もない。今すぐここを打って出てゲイルロズに向かわなければならない。だが、その前にどこかに補給にも寄らなければならなかった。
魔法少女であれば搭乗者は全くの無補給でも、機体が持つ限りいつまでも飛び続けることはできた。しかしグランゼーラ革命軍と行動を共にする以上、彼らには補給と休息が必要だった。
なんにせよ、このままここで篭城を続けるわけには行かないのである。ここにこれ以上留まり続けたところで、じわじわと戦力を失っていくばかり。あの放送を見た誰かが手を貸してくれたりすればよいのだが、それもあまりに望み薄である。
ルナベース6の襲撃より、まだたった10日しか過ぎていないのだから。
「決めたわ。今接近している無人兵器群を撃退したら、そのまま小惑星帯を離れましょう。どこか近くの施設を押さえて、そこで速やかに補給を済ませるわ」
ルナベース6から強奪した資材や、小惑星帯で回収した資源は既に基地の建設や維持の為に使い果たしている。補給を受けるにしても、それに見合った対価などは払えまい。
これではまるで海賊である。しかしそうでもしなければ、これからゲイルロズへと向かう長い旅路は越えられない。最短距離で突き進むにしても、どうしても木星が邪魔になる。迂回するとなるとそれはかなりの距離であった。
「お姉ちゃん。もっといい方法があるよ。きっとこれなら上手くいくと思う」
進むべき進路、立ち寄るべき施設を手早く探し始めるマミに、意を決してゆまが声を放った。
「何か考えがあるの?ゆまちゃん」
恐らく目があったならそれを丸くしてマミは答えた。ゆまはR戦闘機の乗り手としては実に優秀であった。けれどそれでもやはり子供である。局地的な判断はともかく、隊全体の方針についてはあまり考えることはなかった。
もちろんゆまの判断が間違いばかりというわけでもなく、それは十分に信頼に値しており、マミとしては、もっと広い視野で隊全体に関わってくれればもっと魔法少女隊はよくなるだろうとも考えていた。
しかしゆまの実際の年齢を考えると、それは些か難しいだろうとも、そう思っていたのである。それ故この苦境を打破するために、勇気を出して自らの考えを打ち明けようとするゆまのありようは頼もしくもあった。
「木星の中を突っ切っちゃおうよ!それなら最短距離で木星を抜けられる、無人兵器だって追って来れないはずだよ!」
「木星の、中を?……でもゆまちゃん、木星の大気の中を突っ切るなら、どうしたって速度は落ちてしまうわ」
木星の大気が持つ圧力は地球のそれの約十倍。まともに突っ切ろうと思えば、どうしてもその進行速度は落ちてしまうだろう。さらに木星の大気の状況も気がかりである。大赤斑に代表されるような無数の嵐が、大気の内外を問わず発生しているのである。それに巻き込まれればR戦闘機とて無事では済むまい。
だが、それでもである。もしも巡航速度で木星の大気を駆け抜け、地球連合軍の艦隊と大きく距離を取ることができれば、そのまま悠々と合流と補給を済ませるだけの時間を生み出すことは想像に難くなかった。
「R戦闘機ならやれるよ。R戦闘機は、どんな過酷な異層次元でだって戦えるように作られてるんだ!木星くらい突っ切れるよ。絶対に大丈夫なんだ!」
マミにとっても不思議なことであったが、ゆまはR戦闘機に並ならぬ信頼を寄せていた。それは最早愛しているといっても過言ではないほどに。自分の身体たる兵器である。信頼を寄せるのは当然ではあろうが、それは些か情熱的で、ともすれば感傷めいていた。
ゆまにとっては、R戦闘機とはただ自分の身体であるだけではないのだ。共に過ごし、信頼を寄せていた者たちが、その力の限りを尽くして作り上げた叡智の結晶。そして戦いの最中に散った彼らの、その生の証であるとも言えた。
だからこそゆまは、恐らく誰よりもR戦闘機の可能性を信じていた。さりとてそれは盲目的というほど愚かではなく、確かな性能の裏づけからなる信頼であった。
そこにいかなる感傷があるのだろうか、それはマミにとっても知るところではない。けれどそのゆまの姿は、R戦闘機を信じて戦い続けた名も知れぬ英雄の姿は、マミの心にも暖かく力強い勇気を与えるに足るものだった。
無人兵器群の第一波が文字通り蹴散らされ、魔法少女隊はさしたる損傷を負う事もなく基地へと帰投した。
そしていよいよ彼女達の、小惑星帯脱出作戦が始動する。
一陣の閃光が、小惑星帯を貫き迸る。それはババ・ヤガーの放った超絶圧縮波動砲の光。その一撃は宙を裂き、破壊の渦を振りまいた。
撤退し、遠巻きに交戦宙域を囲んでいた無人兵器群の一角をその光が薙ぎ払い、次々に喰らい尽くしていく。
「何事だ?」
艦隊を率いていた司令官の男は、微塵も慌てたそぶりを見せずに副官の女性に尋ねた。その女性はコンソールに手を這わせ、すぐさま望まれた答えを返すのだった。
「データ照合出ました、エネルギー放射のパターンと距離から、超絶圧縮波動砲によるものだと思われます」
「ふむ……だが射線的にこちらの位置を特定して撃ってきたわけではなさそうだな」
「ええ、ですが超絶圧縮波動砲による攻撃がある以上、もう少し陣を下げたほうがいいかもしれません。まず当たることはありえませんが、念のためです」
「やたら滅法に撃ってこられては面倒だ、とりあえず発射地点と思しき場所に無人兵器を向かわせよう。……それと、木星方面の部隊を引き上げさせろ。そろそろ勝負を決めようじゃないか」
どうにも引っかかる。と副官の女性は僅かに首を傾げた。確かに木星方面に展開している部隊を総動員すれば、小惑星帯を制圧することは容易いだろう。
けれど、やはり気になってしまう。
「大丈夫なんですか。木星方面に逃げられる可能性もあるのでは?」
「かも知れない。いずれにせよ奴らはゲイルロズを目指しているはずだ。となると木星の外を大回りに抜けるしかない。そこは木星の防衛部隊が足止めしてくれはずだ」
「………そう、でしょうか。相手はあの魔法少女隊ですし」
知らない相手ではない。むしろその頼もしさと恐ろしさは誰よりも良く知っている。それ故に副官の女性にはそれが不安であった。
「問題ない。もし問題があったとしても、その時は……ね」
そして男はまるで子供か何かのように、にやりとその唇を歪めるのだった。
「無人兵器群がこっちに殺到してる。すごい数だね」
早期警戒機から伝えられる情報を受け取り、続々と反応を増す光点として描かれた敵の接近を知る。そしてゆまは、覚悟を決めて言葉を放つ。
超絶圧縮波動砲の一撃はただの目晦ましに過ぎない。それで敵を引き寄せ、その隙に魔法少女隊の本隊とグランゼーラ革命軍はは木星を目指す。
かくしてその目論見は当たり、基地に残ったマミとゆまの元へは無数の無人兵器群が押し寄せていた。最早この基地に残るのはこの二人のみ。後は基地を爆破し離脱。敵を十分引き付けて木星へと逃れるだけだった。
オートパイロットで発進させ、偵察を行わせていた早期警戒機からのシグナルが途切れた。恐らく撃墜されたのだろう。もう幾許もない内に、敵がこちらに迫ってくることは明白で。
「いいわねゆまちゃん。第二射の射撃と同時に離脱。先行した部隊を追いかけるわよ」
「任せてよっ!多分敵は真っ直ぐここを目指してくると思うんだ、おもいきりやっちゃえっ!」
超絶圧縮波動砲のチャージは既に完了している。この一撃で敵の出鼻を挫き、仲間が自分が脱出するための時間を稼ぐ。
そして
「ティロ・フィナーレっ!!」
再び小惑星帯を貫く閃光が迸る。
「行こう!お姉ちゃんっ!」
「ええ、ゆまちゃんっ!」
その光が止むや否や、二機のR戦闘機が宇宙を駆け抜ける。方や黒のカロン。方やその砲身をパージしたババ・ヤガー。そしてその二機の背後で急ごしらえの基地が膨れ上がり、炎を巻き上げ潰えていった。
「……囲まれちゃったね」
「流石に、そうそう上手くはいかなかったようね」
迫り来る無人兵器を叩き潰して、僅かな疲れも見える声色で二人が通信を交わす。
二人を追う敵は正面から来るだけではなく、別働隊が両翼からも迫っていたのである。その別働隊に捕まり、マミとゆまは脱出の機会を逸してしまった。
すでに幾度もの交戦を経て、時間も随分と過ぎていた。これ以上脱出が遅れれば、殺到する敵部隊によって押し潰されてしまうだろう。
「みんなは大丈夫かな……」
「私達がここまで敵を引き寄せたんだもの、きっと大丈夫よ。……とはいえ、これじゃ私達が大丈夫じゃないのよね」
こうなるであろうことは薄々と予感していた。結局のところ二人は完全に囮なのである。運よく逃げ果せればよし、そうでなければ恐らく押し潰されてしまう。たった二人で何ができるというのか。
「……負けないよ、ゆまは、絶対に諦めないもん」
それでもゆまは敵意を明らかに、尚冷めやらぬ闘志を燃やして言葉を放つ。その心根には、R戦闘機に対する信頼と誇りがあった。だからこそあんな無人兵器に負けるわけにはいかなかった。
「そうね、私達は絶対に負けない。こんなところでやられてたら、あの子達に申し訳が立たないもの」
マミもまた、その声色には諦めの色は一切見られなかった。魔法少女隊の皆が止めるのも聞かずに二人でここに残ったのである。大丈夫だと言ってのけた。それを貫かないわけにはいかないのだ。
絶望的な戦い。されど二人の心に絶望はない。かつてバイドとの戦いの中で感じた絶望は、こんなものの比ではない。今更、どうしてこんなものに屈することができようか。
さりとてその戦力差は絶望的。ついに全天より押し迫る無人兵器の群へと向かって、二つの光が、今、駆け抜けて――。
「よう、楽しそうなことやってんな。あたしも混ぜろよ」
その目前に、一つの光が飛び込んできた。その色は真紅、その形はR戦闘機のそれで。それを駆るのは少女の声。聞こえた声は、二人にとっては忘れようもない声だった。
「貴女、杏子……なの?」
「おう、あんたも結構元気そうじゃん。マミ」
それは驚くべき援軍であった。まさか、一体なぜ、どうして。疑問は尽きなかった。
けれどそんなことはどうでもいい。今目の前にいるのは大切な仲間で、かつて失ってしまった大切な人なのだ。それが今、ここにいる。如何な奇跡によるものか、けれどそんなこともどうでもいい。
かくしてかつての魔法少女は、再び出会うこととなるのだった。
そしてそれは、もう一人の魔法少女にとっても同様だった。いや、むしろその思いはマミのそれよりも遥かに強かっただろう。
「キョー……コ」
呆然と呟き、完全に硬直してしまったゆま。そう、もう一つの再会がここには存在していたのだ。哀切なる別離を超えて、数多の奇跡が生み出した二人の命は今再び、この宇宙で出会うこととなったのだ。
「キョーコ。キョーコなの……本当に、本当、に?」
心ここにあらず、茫然自失といった具合に繰り返すゆま。その胸中は、困惑と驚愕、そして幸福と感動とに揺れていた。今このときだけは、戦士としてのゆまではなく。歳相応のただの少女がそこにいた。
けれど、状況はゆまにそうあることを許しはしない。
「ゆま、お前が今やらなきゃ行けないことは何だ」
だから杏子は、努めて冷たい声でそう呼びかけた。
「………キョーコ。う、うん。そう……だよね。ゆまは戦わなきゃ、守らなきゃいけないんだ。みんなを。キョーコも!」
「あたしまで守る、ってか。……ったく」
相変わらずに真っ直ぐで、そして頑張りやのゆまだった。そんな姿が眩しくて、嬉しくて。思わず視界が涙で歪むのを杏子も感じていた。恐らくゆまも、泣けるのならばそうであったのだろう。
「あの時言ったろ。助けてやるって。……あの時はできなかったけどさ、今度こそ助けてやる。それにな、今度はあたしもお前も、一人きりじゃないんだぜっ!」
杏子が叫ぶ、それと同時に無人兵器が飛来した。もうこんなところまで近づいていたのかと、一瞬反応が遅れたゆまに、無人兵器は容赦なく攻撃を加えようとしたところで、横合いからの攻撃を受けて爆散した。
「え……?」
呆然とするゆま。対して杏子はにやりと笑い。
「騎兵隊……というか、リリシアン自警団の到着だ」
そう、その一撃はリリシアン自警団による攻撃だった。杏子が魔法少女隊との合流を決めた時、リリシアン自警団の意見も割れていた。このまま魔法少女隊やグランゼーラ革命軍の動きに同調するか、それとも静観し様子見に徹するかである。
そこを杏子が一喝したのである。
杏子はTEAM R-TYPEの元を訪れた時、地球連合軍を蝕む地球至上主義の実態を知った。コロニーに干渉する理由が地球至上主義によるものである以上、今ここでそれを止めなければ、いずれかならずリリシアンにも本格的な介入が始まることは明白だった。
だからこそ今立ち上がらなければならないと、杏子は彼らに言い放ったのである。
そしてリリシアン自警団は地球連合軍に対して蜂起。密かにかつ速やかに木星圏を通過し、魔法少女隊の下へと援軍に駆けつけたのであった。
例えリリシアン自警団の勢力を加えたとて、地球連合軍と真正面からぶつかるには力不足。だが今目の前に迫る無人兵器群を蹴散らして脱出するためには、それは十分すぎるほどの戦力だった。
「援軍も一緒に連れてきてやったんだ。さっさと片付けて、それからゆっくり話そうぜ、ゆま」
戦端は開かれた。追いすがる無人兵器群を蹴散らし、木星へ。
戦火の中へと杏子の駆るキングスマインドが飛び込んでいく。
「……うんっ!」
ゆまは力強く答え、カロンはそれを追いかけ飛び込んだ。
かくして一つの再会は成った。けれど彼女達が生身の身体で触れ合える日は、まだ遠いのである。