渦巻く悪夢と狂気の災禍、その只中で、少女は一つの選択をした。
かつての災厄の地、地球に降り注いだ悪夢の矢の成れの果て。
再び蠢き始めた悪意に、共に立ち向かうは少女達。そして一人の若き司令官。
茫洋たる大海原、その真っ只中を自由自在に駆け抜ける。
空はどこまでも澄んでいて、琥珀色の夕暮れに染まっていた。
その澄み切った空気の中、身体で風を切って進む。
照りつける太陽の光が、吹き抜ける風が心地よい。
眼下で波打つ水の煌きがとても美しい。
――見覚えのある場所
それは、とても幸せなことのはずなのに。
眼前に臨む幾つもの光、それはとても懐かしいはずの、光。
――見覚えのある仲間達
光が私の身体を焼いていく。
全てが、光の中に消えていく。
――だけど……なぜ?
「――さん、鹿目さんっ!」
「っ、はいっ!?」
見滝原、いつもの学校風景。それは授業中の一コマだった。
「今は授業中ですよ。居眠りしてちゃいけませんっ」
自分の名を呼ぶ早乙女の声に気付いて、まどかは思わず立ち上がってしまった。そんなまどかに、少しだけ咎めるような口調で早乙女は告げた。
「あ……ご、ごめんなさい」
教室が笑いで揺れる。それがとても恥ずかしくて、まどかは机に顔を伏せてしまうのだった。
「ふふ、まどかさんが居眠りだなんて。珍しいこともあるものですわね。 昨日は、夜更かしでもしていたんですの?」
そんなまどかに囁く声が一つ。それは仁美の声だった。
「あはは……そんなんじゃないよ、ちょっと考え事しちゃってただけ」
取り繕うように曖昧に笑んで、まどかも仁美に囁き返した。
気を取り直して授業は進む。けれどもまどかの心はどこか上の空だった。
(なんだったんだろう、あの夢……なんだかすごく、悲しい夢だった)
色褪せた日常は、いつしかまどかの中で普通になっていた。星の海の彼方で戦う二人のことを思い出し、思い悩むことは未だにあるけれどそれでもまどかはどうにか、日常に回帰することができていた。平和そうに見える日々。今日も明日も、それが続いていくのだと錯覚していた。
その裏で今日も明日も苛烈な戦いは続いているのだろう。それを知ってはいても、まどかにはどうしてもそれを実感することができなかったのだ。
ティー・パーティーの格納庫。そこはあたかも太陽の日の差さぬ宇宙空間のように、冷ややかな空気に包まれていた。
「どういうことよ、これ」
さやかの眼前には、先ほどまで死闘を繰り広げた二機の機体。キャノピーは開かれており、そこに見えたのは到底人が入れるとも思えないほどに、びっしりと機械や配線が張り巡らされたコックピット。
ただその中心にぽっかりと握り拳ほどの隙間があるだけで今はそこには何も収められていなかった。
「どういうことなのよ、これは。あいつら、一体このどこに乗ってたって言うの?」
信じられないものを見るかのように凍りついた表情で、さやかは、驚愕に張り詰めた言葉を放った。
「……ある程度予想はしていた、けれどこれは」
ほむらの声も、何処か痛みを堪えるように苦々しいもので。
「とうとう見てしまったんだね、君たちは」
驚愕すべき事実を前に立ち尽くす二人。そこへ相変わらずの無表情のまま、キュゥべえが現れたのだった。
「キュゥべえ!これは……これは一体どういうことなのよ!あんな……あんなの人が乗るようなもんじゃないよっ」
途端にさやかがキュゥべえに食ってかかる。ほむらもまた、問い詰めるような視線をキュゥべえに投げ掛けていた。
「パイロットのパッケージ化。……そういう黒い噂は聞いていた。でもまさか、実在していたなんて……」
自分自身が受けた幼体固定もまた、非人道的な所業である。そういうことをしていても何ら不思議はないと思っていた。けれどその実態を知ればどうしても、ほむらの胸中には暗澹たるものが湧き上がっていた。
「確かに、パイロットをパッケージ化して容量を圧縮していた事例は確認されている。でも、これはそんなものとは違うんだ。……キミたちはもう知ってしまったからね、話してあげるよ、ちょうどいい機会だ」
そうしてキュゥべえは淡々と魔法少女の真実を語り始めた。
ソウルジェムが魔法少女の魂そのものであることや、それを直接機体に接続することで操作性やパイロットの耐久性の向上を見られているということ。本来であれば魔法という条理によらない力を駆使して戦うのが魔法少女であるが、魔法を使えばソウルジェムが穢れ、最終的には死に至ってしまうということ。
それが全てとは言えないのだろうが、それでもキュゥべえは一通りの真実を語った。
「何よ……それ、それじゃああたしらの本体は、このソウルジェムって訳?じゃあ何?あたしらの身体は、とっくに死人だったってこと?」
「魂を持たない肉体を死体と呼ぶのなら、確かに魔法少女は既に死人なのかもしれない。でも考えてごらんよ、さやか。キミは生身の身体でバイドと戦い抜けると思うかい?フォルセティの機動に、生身の人間が耐えられると思うのかい?」
怒りと驚愕を露わに叫んださやかに、キュゥべえは極めて冷静に言葉を投げかける。
「っ……それは」
少しでも考えれば分かっていたことで、それは厳然たる事実であった。フォルセティのあれだけの加速性と機動性。それによって掛かるパイロットへの負荷。それに難なく耐えることができていたのは、魔法少女となったことが原因と考えれば極めて自然なことであった。
「でも、勝手にそんなことされて、納得できるわけないじゃない!」
「昔からずっとそうだ、事実をありのままに伝えるとキミたちは決まって同じ反応をする。訳が分からないよ。どうして人間はそんなに、魂の在処にこだわるんだい?」
さやかは何も言い返せない。ほむらもまた、黙って耳を傾ける。
「少なくとも、彼らが行っていた方法よりは随分と人道的だと思うよ。いくら魂を操る術がないからって、人の意思を司る器官だけをパッケージ化してそのまま機体と直結するなんて、随分野蛮な方法じゃないか」
「彼ら、って……そんなことまでしてたっての。TEAM R-TYPEは」
想像するだに恐ろしく、そして人道的な怒りが湧き上がってくる。その思いの赴くままに、さやかはほむらとキュゥべえを見やる。
「噂くらいにはなっていると思ったけどね、四肢切断を行ったパイロットを機体に直結している、と。……でも、実際はそれどころではなかったようだね」
「そんなの……狂ってる。間違ってるよ……」
許せなかった。たとえバイドと戦うためとは言え、そこまでしなければならないのだろうか。その表情にはどうしようもない怒りが滲んでいた。
「でも、そこまでしなければ人類はバイドに勝てなかった。……非人道的で許されざる所業だと思うわ。だけど私は、それを責める気にはなれない。責められたところで彼らが行動を改めるとは思わないけれど」
「ほむら……本当に、本当にそうまでしないと勝てない相手なの、バイドは」
「………ええ、それだけの敵よ。バイドは」
どこか強張ったような表情で、ほむらは静かに頷いた。そう語るほむらの脳裏には、かつてのバイドとの戦いが蘇る。
次元カタパルトで、朽ち行く幻獣の身体の中で、重金属の回廊で、おぞましき自動兵器工場で、機械と生命が入り混じる研究所で。そして、理解の範囲を超えた異次元の中で。彼女は常にバイドとの戦いを続けていた。
だからこそ、そう言えるのだ。
「そんな敵に……勝てるのかな、あたしたち」
「勝てない敵ではないよ。事実人類は、今までに三度バイド中枢の破壊に成功している。だけど、その度に奴らは復活を遂げている。以前より更に力を増してね」
聞くところによると第2次バイドミッションが一番の激戦であるという話も聞くが、バイドを全体として見れば、復活の度にその勢力は増していると言わざるを得ない。
バイド討伐艦隊により太陽系からバイドが駆逐された後も、人類は太陽系へ侵入を試みるバイドや、既に侵入を果たしていたバイド達との戦いを繰り広げ続けている。そのために、人類の叡智も暴走を続けているのである。
「じゃあ、本当にバイドを全部やっつけるのって、無理なのかな……」
改めて認識する、バイドという敵の強大さ。まるで打ちのめされたかのように、さやかの声にも力がない。
「……認めない」
「……?キュゥべえ、今、何か……?」
聞こえた呟き、そしてほんの一瞬だけキュゥべえの顔が曇ったような気がした。そんなところは見たことがなくて、ほむらは怪訝そうな表情を浮かべた。
「何でもないよ。確かにバイドは強大で、その殲滅は容易じゃない。それでもボクたちは戦い続けなければいけないんだ」
次の瞬間には、何時ものような感情の読めない表情で平然と言葉を継げていた。その変化に、ほむらも何か心に引っかかるものを感じないわけではなかったが、得体の知れない彼とてバイドに対する憎しみはあるのだろうと、そう納得しておくことにした。
「そうしなければ、人類に未来はないのよ。バイドを本当の意味で根絶するために、彼らは残虐非道と罵られようと異端の研究を続けているのだと思うから」
その行いの是非はともあれ、成果は認めなければならない。彼らの狂気こそがR戦闘機をバイドと戦うための力たらしめているのだから。
(実際のところ、知的好奇心の暴走としか言えないような連中ばっかりなんだけどね)
もちろん、それでも連中が人権や倫理をバイドに漬け込んで実験に使うようなロクデナシの狂人であることは事実であり、キュゥべえは内心でそうも呟いていた。
「………そっか。うん、まあ……そうだよね。たとえこの身体がもう死んでたって。それでも、あたしはバイドを倒す正義の魔法少女だ。それさえ変わらなければ、きっと、大丈夫」
胸中に渦巻く複雑な思い。理不尽な状況に対して怒る気持ちはもちろんある。けれども眼前で蠢くバイドという、悪意をもった理不尽の塊はそんなものを気にかけていられないほど、少なくとも今は忘れてしまえるほどに大きかった。
「それで、結局あの二人はどうなったわけ?助かったんでしょ?そこにソウルジェムがないってことは、どこかに保管してあるとか?」
「ああ、あの二人なら勝手に暴走して死なれても困るからね、とりあえず隔離してあるよ。魔法も一応封印しておいたから、別に心配はいらないと思うけどね」
「魔法、かぁ。……そんなとんでもない力があったら、バイドだって一気にやっつけられるのかな」
思い描くのは戦闘の最中、二機が見せた超常の力。負けてしまったことが悔しくて、バイドの強大さが恨めしくて。もっと力があればいいのに、そんな魔法が使えたらいいのに、と思ってしまっている自分をさやかは感じていた。
「お勧めはできないな。ソウルジェムの穢れは艦の設備を使わなければ除去できない。戦闘中に魔法を使い続ければ、あっという間にソウルジェムが穢れきって死んでしまうよ。たとえ魔法があったとしても、それでバイドを殲滅することができるかといえば、それもまた難しい話だ」
そんなさやかを制するように、静かに首を振りキュゥべえは答えるのだった。
「なんでよ……魔法ってのは何でもできちゃうから魔法なんじゃないの?」
少なくともさやかの抱くイメージはそういうものだった。そしてあの二機が繰り出した力の巨大さは、十分にバイドという敵に対しても有効なのではないかと思われた。
「魔法、という言葉を使ってはいるけどね、結局これはボクたちが生み出した技術なんだ。生物の精神エネルギーを変換して、物理法則に因らない現象を引き起こす技術。だから、どんな不可能だって可能にできるというわけじゃない」
ぴくり、とキュゥべえの耳が揺れて、その瞳がすぅ、と細められ。
「一体、どれほどの技術が詰め込まれているのだろうね。バイドには。魔法や超常の科学を持ってしても未だに殲滅し得ないほどの生命力と進化性。正直羨ましくもあるよ」
表情らしきものは見えないが、キュゥべえの口調にはどこか懐かしむような、それでいて悔やむような色が見えた。ほむらはそんなバイドの恐ろしさ、強大さを良く知っていた。
「バイドの持つ能力は、お前達のもつ力よりも勝っていた。そういうことなのね」
だからこそほむらはその言葉を放った。
「そういうことさ。……もっとも、そんな道理を捻じ曲げてしまうほど、膨大な魔力の持ち主ならば話は別なんだろうけどね。今のところ、それほどの魔力を持った魔法少女は見つけられていない。残念だけど」
結局、改めてバイドの強大さを知らされることとなり、誰もが言葉も告げないままで。
「……納得できないし、色々と許せないことはあるけどさ。今は飲み込んでおく。バイドを全部きれいさっぱり片付けてから、きっちり問い詰めてあげるからね。覚悟しときなさいよ、キュゥべえ」
語調は明るく、ちょっとおどけてさやかが言う。無理しているであろうことは容易にわかる。それでもその明るさは、不安が立ち込める艦内の雰囲気を少しでも晴らしてくれたのだろう。
「じゃあさ、あたしちょっと部屋戻ってるよ。なんか疲れたし。機体も傷つけちゃったし、こりゃ修理が必要かなー」
呟きながら、格納庫を後にするさやか。残されたほむらは、今はもう表情の読めないキュゥべえに問いかける。
「一つだけ、いいかしら」
「なんだい、ほむら?」
今の話を聞く限り、どうしてもこれは明らかにしなければならない。ほむらはその疑問をキュゥべえに投げかけた。
「R戦闘機にはソウルジェムだけが乗っていた。その間、私たちの肉体はどうなっているの?私たちの肉体は、ソウルジェムから少し離れただけでも死体に戻ってしまうのでしょう」
「ああ、そのことか。勿論その間身体はちゃんと保存してある。一種のコールドスリープって奴かな。大丈夫、心配することはないさ。百回繰り返しても人体への影響が出ないのは確認済みだよ」
それはつまり、そういうことをされた被験体がいたということで。相変わらず、彼らの抱える闇の深さにまず辟易、そして。
「なら、巴マミの肉体は」
「保存はしてある。なかなか陸に降りる機会がなかったからね。埋葬をする暇もない。仮死状態のまま、身体だけは綺麗に保たれているよ」
「そう……わかったわ」
目を伏せ、僅かに沈思。
すぐにそんな思索を打ち切って、ほむらも続けて格納庫を後にした。
「たとえどんな手を使っても、どれだけの犠牲を払っても、バイドは倒さなくちゃいけないんだ。この宇宙のためにも、ボクたちが使命を達成するためにも、ね」
一人残されたキュゥべえは扉に背を向けたまま呟いて、そしてその半透明の姿が掻き消えた。
小さく音を立てて、部屋の扉が開く。灯りのない部屋の中、小さく煌く小さな光。琥珀色の輝きを放つ、マミのソウルジェム。灯りをつけるのも忘れて、真っ直ぐにその灯りに手を伸ばして、さやかは。
「本当に、これがマミさんの魂だって言うの……?信じられない。だけど……これがマミさんだって言うなら……あたしは」
そのままベッドに横になり、掌の中の輝きをじっと見つめている。そこへ鳴り響くブザー音。
「私よ、入ってもいいかしら」
「っていうか、鳴らして入ってくるのなんてあんたくらいしかいないでしょ。……ほら、開けたよ」
枕元のパネルを弄って、扉を開けて灯りもつける。部屋が明るくなったと同時に、ほむらが中へと入ってきて。
「お邪魔するわ」
「珍しいね、あんたがあたしの部屋に来るなんてさ」
ベッドから身を起こし、縁に腰掛けさやかは軽く手を上げた。その表情には以前まで存在していたどこか冷たい雰囲気は存在していなかった。自然にほむらにそう接することができていたのが、さやかには少し不思議だった。
「……話しておきたいことがあったから」
「そっか。……実はさ、あたしもあんたに話したい事があったんだ」
二人はそのまま顔を見合わせた。どちらともなく小さな笑みが零れて。
「そう。じゃあ、貴女から先に」
「いやいや、ここはあんたから先に……ってやってたら、話は進まないか。んじゃ、あたしから先に話すよ。実はさ……」
言葉を切り出そうとした刹那、艦内に鳴り響くアラーム。そして続けて響く声、それは地球周辺宙域に強制的に流された音声通信によるもので。
「エバーグリーン内部に、大型バイドの反応が確認されました。さらにコロニー周囲に、大量のバイド反応が確認されています。地球圏周辺の全ての部隊は、直ちにこの鎮圧に当たってください」
その声は、新たな戦いの幕開けを告げていた。
「っ!?エバーグリーンから、バイドが……そんな」
「エバーグリーンって……地球に墜落したあれだよね。そんなところからバイドが……これ、どう見たって一大事でしょうがっ!!」
思わず愕然とするほむら、そして更なるバイドの暴虐に怒りを露わにしたさやか。
「どうやら、話をしていられる状況ではないようね」
「うん、とにかく一回、キュゥべえに事情を聞いてみよう。話の続きは……後で」
二人はもう一度顔を見合わせ、一つ頷くと連れ立って部屋を出て行くのだった。
「エバーグリーン……まさか、まだあそこにバイドが根付いていただなんてね。しかしこの位置はまずいな。こんなところからバイドが湧き出たら……」
「キュゥべえっ!!」
モニターに移る、めまぐるしく移り変わる地球の情勢。それをブリッジで眺めていたキュゥべえの元に、さやかとほむらが飛び込んできた。
「来たね、さやか。それにほむらも。見ての通りだよ。かつてバイドの手によって地球に墜落したコロニー、エバーグリーンから再びバイドが現れた」
「おかしな話ね、あのコロニーは事故以来、ずっと軍の管理下に置かれていたはずなのに」
「そうだね、確かにこんなこと普通じゃ考えられない。でも今は、そんなことを考えている場合じゃないようだ。大切なのはバイドが地球に出現した。それだけだよ」
モニターからは、かつて南太平洋上に墜落し今もそのままの姿が残るエバーグリーンから、無数の飛行物体が出現している姿が見て取れた。周囲に飛散していくそのバイドの群れを、駐留していた地球連合軍の部隊が必死に迎撃している。
しかしその数の差は圧倒的で、遠からぬ壊滅を免れないであろうことは誰の目にも明らかだった。
「地球にそんなやばいバイドが現れたってなら、あたしらだってすぐにでも駆けつけないと!行こうよ、地球に!」
「軍があれほど急な緊急通信を送るんだ。状況はかなりよくないんだろうね。きっとかなり大規模な作戦になる。ボクたち程度の部隊が参加したところで、どうなるとも思えないけどな」
それでも地球連合軍の部隊は必死に踏みとどまり、戦闘領域を離脱しようとするバイドを食い止めていた。この海洋上でバイドを逃せば、どれだけその汚染が広がるかは予想もつかない。それになにより、ここで耐えればいずれ必ず援軍は来る。そう信じていたのだろう。
「……私も、あまり大規模な部隊での行動は慣れてないわ」
というよりも、ほむらの心配は自分の素性が誰かに知れることだったのではある。けれど団体行動が向かないというのも事実だった。単機突攻による敵中枢の撃破。それこそが彼女の本来の戦い方だったのだから。
「それに、作戦に参加しようにも動かせる機体がない。カロンは武器系統がやられているし、フォルセティも万全とは言いがたい」
「っ……それは。で、でもっ!あの二人の乗ってた奴があるじゃん!あれに乗れば、行けるんじゃないの?」
「正気かいさやか?あれにはどんな改造がされているかボクにだってわからないだよ。そもそもあの二人以外に動かせるのかすら定かじゃない。命を粗末にするつもりがないならやめておくべきだよ。ボクもみすみす魔法少女を失いたくはない」
「そんな……じゃあどうしろってのさ!黙って見てろってわけ?出来るわけないでしょ!」
厳然たる事実がさやかを打ちのめした。無力に震えながらも、それでも何かできはしないかとさやかは訴える。声を限りに、これだけは譲れないと。
地球には守りたいものがある、守りたい人がいる。それを壊そうとする敵と戦うことが出来ないなんて、そんな事があっていいはずがない。
「……フォルセティで出るよ。キャノピーにちょっと損傷があるだけ、大したダメージはないはずだよ」
「さやかっ!まずは落ち着いて。そんな浮き足立った状態で出ても何にもならない。それに、フォルセティはこれ以上戦闘を続けられるような状態じゃないわ。自分の機体の状態くらい、わかっているはずでしょう」
今にも駆け出そうとするさやかを、ほむらは必死に引き止めた。このまま行けば間違いなく自殺行為である。これ以上、魔法少女を見殺しにすることはほむらにはできなかった。
「っ。わかってる、わかってるけど……でも、だからってどうしたらいいのよ!」
「今できることといえば、速やかにどこかのドックに寄港して機体を修理するしかない。その後で、できる限り速やかに地球に向かう。ボクに考えうる最善の方法だよ、これは」
「そんなの……そんなの認められない。何か方法があるはずだよ、何か……何か」
“どうやら、お困りのようだね”
それは突然に、艦の回線に割り込んでやってきた声だった。
「っ!?今の……何?」
「キミは……まだ居たのかい?」
その声は、先ほどの戦闘の最中キュゥべえと話していた男の声で。キュゥべえがその声に応じると同時に、モニターには再びあの猫のようなキャラクターが浮かび上がった。
「何、二人の反応がまだ消えていなかったのでね、しばらくそちらの様子を伺っていた。すると、なにやら面白そうな話が出てきたじゃあないか。なあ、そこのお嬢さん?」
「あ、あたしっ?」
声をかけられ驚いたようにさやかが答える。ほむらと言えば、その画面には目を合わせないように、部屋の隅からキュゥべえに恨みがましい視線を送っていた。
「そうだ、聞くところによると……キミは戦える機体が欲しいそうだね?」
「それは、欲しいけど……まさか、そっちにあるの、あたしに動かせる機体」
途端にさやかの顔が張り詰め、今にもモニターに食って掛かっていきそうで。
「もちろんだとも。我々の方で使えなかった試験機が、まだ残っているよ。キミがその試験運用もかねて地球へ向かってくれるというのなら……」
「彼女はボクの管轄だ。あまり、勝手な口出しはして欲しくないものだね」
彼の言葉を遮って、キュゥべえが告げる。
「ではどうするというのだね?他に方法なんてないはずだ。……選ぶのはキミだよ、美樹さやか」
その声は酷く楽しんでいるようで、あたかも笑っているかのようにさえ聞こえる。相変わらずテンションは高い。
「何で、あたしの名前……」
「魔法少女を扱う私が、そのパーソナルデータを知らないはずがないだろう?さあ、決断したまえ美樹さやか。我らと手を取り戦うか、それともその奇怪な生き物に踊らされて指をくわえて見ているか……だ」
「………っ」
見ていられない。とほむらは歯噛みする。このままならばさやかは間違いなくその手を取るだろう。その先には、あの二人に訪れたような破滅があるであろうことは想像できる。せっかくできた……そう、仲間と呼べるような相手をそんなことに巻き込ませるわけにはいかなかった。
「だめよさやかっ!……お願いだから落ち着いて。お願いだから……今は待って、さやか」
モニターを前に、悩むさやかのその手を取って。泣きそうにも見えるような表情で、ほむらはさやかに訴えかけた。
「キミは誰だね?今私は彼女と話をしているんだよ。邪魔はしないでもらいたいな」
「黙りなさいっ!……お前達のやろうとしていることなんてわかってる。さやかを、そんなことに巻き込ませるわけにはいかないのよ!」
そのままさやかとモニターの間に割って入り、ほむらは言葉を続けた。
「わかっている、だと?……笑わせる。キミに我々の何がわかるというのだ」
不意に、男の口調が低くなる。どこか底冷えのする声へと変わっていた。
「我々はバイドを倒し、人類を救うためにこうしているのだよ?それをそこまで悪し様に言うキミは、一体人類のために何ができているのだね。人類の存亡と、ちょっとした犠牲。天秤にかけるまでもないことじゃないか」
どこまでも傲慢に、そして嘲るような口調で男は言葉を続けた。
「戦った。……戦って、戦って戦って戦い抜いた!」
投げかけられる辛辣な言葉に、ほむらの思考は赤熱する。その言葉が自分の身を危うくするとわかっていても止められなかった。あの壮絶な戦いを。全てを背負って一人戦いぬいた日々を。それを背負っているからこそほむらは怒り、その言葉を止めることが出来なかったのだ。
「お前達のせいでふざけた身体にされて!最悪の戦地へ送り込まれて!一人で……一人で戦って。戦い抜いて……生き延びて……っ!!」
その剣幕に圧されたように、一瞬彼は押し黙り、それから。
「……面白いことを言う。キミは、一体何者だ?」
「っ!?」
そのやけに落ち着いた彼の声にほむらは我に返り、そうしてすぐに事態の拙さに気がついた。今の自分の言動は、間違いなくその存在を明らかにする、ひいてはその立場を危うくしかねないものであったのだから。
「彼女は暁美ほむら。……ボクが見つけた魔法少女だ。彼女は珍しい経歴を持っていてね。魔法少女になる以前にから、R戦闘機での実践経験があるようだ」
そこへキュゥべえが助け舟を出した。相変わらずの無表情が、このときばかりは頼もしく見えた。
「なるほど、暁美ほむら……こちらのデータにはないな。ふむ……まあいいだろう。ああ、話が逸れた。それで美樹さやか、キミの答えを聞いていなかったね」
「駄目よ……お願いさやか、行っちゃ駄目!」
ほむらはさやかに振り向いて、その手を掴んで懇願した。
「ほむら。……あはは、なんか、ほむらにそこまで心配されるとさ、ちょっと変な感じ。でも、なんだかんだでほむらは……ずっとあたしの身を案じてくれてたんだよね」
引き止めるほむらのその手を掴んで握る。さやかは少し照れくさそうに、どこか嬉しそうに笑って言った。
「さっき言おうとしてたこと。本当はさ、あたし、ほむらに謝ろうと思ってたんだ。いっぱい酷いこと言ったし、ずっとほむらのこと責めてたし、避けてた」
「さやか……何を、言ってるの?」
力なく首を左右に振りながら、ほむらはさやかの言葉の糸を理解できずにいた。
「マミさんのことはやっぱり引っかかってたけど、さっきの言葉聞いたらさ、なんかわかっちゃったんだ。あそこで戦えなかった気持ちとか。だからそのことも全部ひっくるめて、一回しっかりしっかり謝りたかったんだ」
困惑の表情を浮かべて目を瞬かせるほむらに、あくまで笑顔は崩さぬまま明るい調子でさやかは続けた。
「ごめんね、ほむら。今までありがとう。それと頼りない魔法少女で、ごめん。……あたし、行ってくるよ」
ぎゅ、っとほむらの手を強く握ってそれから離す。その手に残った温もりを少しだけ噛み締めて、さやかは再びモニターに向かい合う。
「どうして……そんなこと、言うの。こんな時にっ!まるで、まるで最後の言葉みたいじゃない。……いや、嫌よ、さやかぁっ!」
その背に縋ることも出来ずに、その場に崩れ落ちるほむら。可愛いところもあるじゃんなんて内心で小さく呟いてから、さやかは。
「あたしは行くよ。地球に。あそこにはあたしの家族が、まどかや仁美もいるんだ。助けに行かなくちゃ。バイドはやっつけてやらなきゃあいけないじゃない!」
モニターに指を突きつけ、力強くそう宣言した。
「……では、我々の元に来る、ということでいいのかね」
きっ、とさやかの目元が鋭く引き締められて。
「えぇえぇ!こうなりゃもう地球だろうと地獄だろうと、どこでも行ってやろうじゃないの!だからあんたは、さっさと最高の機体を用意して、このさやかちゃんを待ってなさいよっ!!」
軽く首を傾けて、とびきりの笑顔を貼り付けて。声を張り上げ向かい合う。きっと、一番格好いい自分をやれてるはずだ。満足げに決意を決めて、さやかはモニターに指を突きつけて続けていた。
小さなシャトルに乗り込み、さやかは一人宙を往く。自動操縦で動くシャトルなものだから、することなんて何もない。指定された座標に到達するまでの約一時間余り、何かを考えるには十分すぎるくらいの時間があった。
「思いっきり啖呵切ったはいいものの、あたし一体どうなっちゃうんだろうね」
頭の中に浮ぶのは、TEAM R-TYPEにまつわる無数の黒い噂。そして、狂機を駆っていた二人の魔法少女の末路。苦しむように機体を震わせ、声もなくしたその姿。それがさやかの脳裏をぐるぐると駆け回っていた。
「ああ……まいったなぁ。こんなんじゃ格好つかないってのに。でも、怖いな。……怖いよ、やっぱり。戦うのも、自分が自分じゃなくなるのも」
誰もいない、誰も聞いてなんていない。だからこそ言える。バイドへの憎悪と、宇宙の平和を守る、という大義名分。それに寄るところの大きい正義感。それに衝き動かされるように、さやかは戦い抜いてきた。
けれどそれだけではなかった、と気付く。常に憎まれ役を演じてきたほむらへの敵愾心と対抗心。それもまたさやかを衝き動かしていた。そしてそれが、今やすっかりなくなってしまった。
その心の穴に、すっぽりと収まってきたのが恐怖という感情だった。戦うことへの、死ぬことへの、そして非情な実験によって自分が自分でなくなることへの恐怖。
それがゆっくりと身体に染み渡っていくにつれ、指先や足先から身体が冷えていくような気がして。まるで凍えたように、さやかは自分の身体を抱きしめた。
「はは……っ、おかしいな。あんなに、大見得切って出てきたはずなのに……。怖い、怖いよ………まどか、仁美。……ほむらぁ」
座席に深く背を預けて、その眼からぽろぽろと涙を零しながら。それでもその口をついてほむらの名前が出てきたことに驚いて、それからさやかは小さく笑った。
自分でも気付かないうちに、随分とほむらのことを頼りにしていたらしい。ほむらに対する敵愾心は消えたけれど、今度は生来の負けん気が顔を覗かせてきたのだった。
「あはは……ほむら。ほむら……か。あいつはどんな気持ちで戦ってたんだろう。あたしよりもずっと長く、多分マミさんよりも長く戦ってきたんだよね」
もう一度会いたいと思った。そして、今度こそしっかり話がしたいと。
「だったら、さ。ちゃんと無事に帰って、聞いてやらなくちゃ。バイドなんてやっつけて、またティー・パーティーに戻って。聞いてやろう。どうして戦ってるんだ、って。教えてもらおう」
深く吸い込んだ息を、ゆっくりと吐き出した。身体の震えはまだ止まらない。零れる涙も止められない。それでも心は折れなかった。その身に降りかかる脅威とその恐怖に
まだ、さやかは負けてはいなかった。
「ここまで来たんだ、躊躇うことなんて何もない。バイドを倒して、あの船に帰ろう。――さあ、行くとしますかっ!」
胃袋の奥から湧き上がってくるような恐怖を、威勢と虚勢で飲み込んで。臨むは蒼き母の星、其処には家族が、友が、故郷が在る。胸に抱えた正義と怒り、ほんのちょっとの見得も加えて、それを心の芯として。
少女は立ち向かう。深淵たる闇の、その牙城へと。
「困るな、ほむら。余り正体がばれるようなことはして欲しくないな」
さやかが発った後、キュゥべえはまだブリッジの床に座り込んだままのほむらにそう言った。
「じゃあ、あのままさやかを見捨てていればよかったって言うの。それじゃまた同じでしょう。マミの時と同じ……私はもう、嫌なのよ」
ほむらはただがっくりと項垂れたまま、力なく言葉を返すだけだった。
「随分と、キミはそのことを気にかけているようだね。だけどキミは、マミ以上の働きをしてくれている。損失を気にしているというのなら、キミの働きは十分にそれを補っているよ」
「っ!……お前は、どうして。そういう考え方しかできないの。さやかは……仲間なのよ」
「仲間を失ったら、キミは憎しみを感じるのかい?それは仲間を奪った相手に対してかい?……それとも、それは自分自身になのかな?」
興味深い、とでも言うようにキュゥべえが尋ねる。その姿がまた腹立たしくて、ぎり、と小さく歯噛みして。
「お前には、絶対に理解できない。理解なんて……してほしくない」
そう言い捨てて、ほむらは萎えた足に力を入れて立ち上がり、そのまま足早に部屋を後にした。その背中を目線だけで追ってから、キュゥべえは溜息を一つ漏らして。
「憎しみ、憎悪、怨恨。ところによればオディオ、なんて言葉でも表される。人が持つその感情は、バイドに通用しうる強力な武器だ。……そしてその感情は、もしかしたら」
その声は誰にも聞かれることはなく、小さな煌きとともにその姿が掻き消えた。
さやかは現在、R戦闘機のコクピットである、ラウンドキャノピーを模した装置の中にいる。この装置自体はティー・パーティーにも設置されていた。もっともその頃のさやかは、それに乗り込んでから、このコクピットブロックをR戦闘機に装着するのだろうと考えていた。
事実、そう錯覚させるのがこのラウンドキャノピーを模した生命維持装置の実態なのだった。
指定座標に到着したさやかを待っていたのは、ティー・パーティーとほぼ同規模の、宇宙の闇に溶けるような黒い彩色を施された輸送艦だった。其処はまさしく軍艦というべき場所で、中にいたのは皆軍人だった。
その誰もが、さやかに哀れむような視線を送っていた。それがどうにも居た堪れなくて。そしてそこで初めてさやかは、自分が軍という組織に属していることを実感するのだった。その名前に課せられた、軍曹という役割と共に。
“彼”は結局、直接さやかの前に姿を見せることもなく、相変わらずの猫のマスコットから説明を受けた後、ついにさやかは新たな翼の前に立つのだった。
それはR-9Aに近しいフォルムを持ち、恐らくその直系機なのであろうことが推測できた。
「その機体は、新型ビットの運用試験のために設計された機体だ。あの二人はあの機体以外では運用できなくて持て余していたものでね。キミにはこれに乗ってもらおう」
ソウルジェムがさやかの身体を離れ、一度その意識が暗転した。すぐさまそれは機体のコクピットに収められ、サイバーコネクトがソウルジェムと機体を繋ぐ。そしてついに、その機体に新たな魂が宿り、機械仕掛けの神経に命を捧ぐ。
視界が開け、新たなR戦闘機がさやかの身体となった。
「具合はどうかね、美樹さやか」
「……悪くない、具合もそこまで今までのとは変わらないみたい。これなら、すぐにでも飛べるよ」
全身に漲る力を、データとしてではなく身体で感じる感覚として理解して、さやかは興奮気味に言葉を漏らした。
「頼もしい限りだ、ではすぐにでも地球へ飛んでもらおう。操作は途中で慣らすといい」
「随分あっさりだね。……まあ、そういうことならさっさと行かせてもらうよ」
「ただ一つ。今回エバーグリーン内部に現れたバイドは非常に興味深い。出来れば中に入ってデータを持ってきて欲しい。バイドの中枢を叩くなら、ついでにこなせる仕事のはずだ。その機体ならば、間違いなくやり遂げられるだろう」
「そりゃ本当に頼もしいな。それで、この子の名前は?」
「R-9Leo、レオと呼ぶといい」
「わかった。……じゃあレオ、行くよ」
そして、その黒い船から一機のR戦闘機が飛び出した。進路は地球。目指すは太平洋がインドネシア近海に墜落したコロニー、エバーグリーン。新たな翼をその身に纏い、さやかが、レオが往く。
エバーグリーンを遠巻きに囲むように、何隻もの戦艦が浮んでいる。その周りを取り囲む、無数のR戦闘機。正式採用されたR-9Wの他にも、いくつかの機種が見られている。
その包囲網の少し後ろに、一つ小さな輸送艦。そのブリッジで、まだ歳若い男が座っていた。
「さて、状況はどうなっているかな」
その男の言葉に、モニターを見つめていた女性が顔を上げ。
「はい提督っ。敵バイド群の攻勢は地球連合軍の反撃により停滞。しかしコロニー内部より散発的に敵増援が出現しており、こちらもまた攻めあぐねているようです」
提督、と呼ばれた男は戦場の概略図をモニターに映し、小さく唸る。
「なるほど、確かにこれは攻めあぐねているのもわかる。戦艦をそのまま突入させられるほど内部に広いスペースはないだろうし、R戦闘機を突入させるにしても、中にどれだけのバイドが巣食っているのかも未知数だ」
要するに、今のところ戦況は完全に硬直してしまっているということだった。とは言え敵はバイドである、いつまでも悠長に戦線を維持できるかといえば、それも危うい話であった。
「となると、しばらくはこのままバイドの攻勢を抑えつつ内部状況の把握。その後、小回りの効く輸送艦を旗艦に突入を行う……といった感じでしょうね、きっと」
「でしょうね、って……それではまるで、私たちがあの中に突入するかのような口ぶりだじゃないか」
「必ずしもそうだとは言いませんが……コロニーの内部構造や破損の具合を考えると駆逐艦や巡航艦でも突入は難しいと思います」
エバーグリーンは墜落の衝撃で大きな損傷を受けている。その上大部分が海中に没してしまっている。バイドからの奇襲を受けることも考慮するとなると、小回りの利かない艦で乗り込むのは自殺行為としか思えなかった。
「何となく、結局私たちにお鉢が回ってくる気がするよ。流石にこんな戦場に、輸送艦一つ引き連れてやってくるような部隊が他に居るとも思えない。一応各員に突入と戦闘の用意をさせておこう……中尉、ブリッジの方は任せるよ」
「はい、お任せください提督っ!」
元気よく、中尉と呼ばれたその女性は答えた。
散発的なバイドの攻撃は未だ止まない。金属生命体で構成された、R戦闘機を模した無数の敵バイド体。ただ弾幕を張ることしかできないそれは、R戦闘機にとってはさしたる脅威ではなかったが。とかく数が多い。
戦艦とは言え、何機も纏めて張り付かれては汚染が進む。最悪艦を破棄する羽目にもなる。そのため確実な迎撃が必要とされ、戦況は硬直していた。
そして、そんな戦況を遠くから眺める機影が一つ。
白をベースに塗られた機体。真っ赤な色のラウンドキャノピー。機体前面の盾のような装甲と、キャノピー下部から突き出た鏃のような部分が特徴的である。
「ったく、軍の連中は何やってんだか。あんなにスカスカならさっさと突っ込んじまえばいいのにさ。突入のドサクサにまぎれてあたしも突入してやろーと思ったのにさ。これじゃ立ち往生だ」
その声の主は、キャノピーの中から腕組みして戦況を睨みつけていた。
そこへ迫る機影が二つ。銀色の光沢を放つバイド体。メルトクラフトと呼ばれたそれがどうやら戦場を抜けてきたらしい。
「おまけに、こんなもんの後始末までしなけりゃなんないなんてね、やってらんないよ」
そのバイドが放つ弾丸を、ひょいと僅かに機首を廻らせ避ける。まるで遊んでいるかのように、巧みな機動を見せ、迫る二機を翻弄していく。そしてその機影が一直線に並んだ瞬間。フォースシュートで二機をまとめて打ち砕いた。
「こーなりゃしかたない、さっさとあたしが突っ込んで、バイドの親玉を蹴散らしてやるよ!」
二つまとめて湧き上がる爆発をバックに少女は一つ意気込んで、散発的な閃光がちらつく戦場へと、更にその奥を目指して機体を走らせた。
「提督っ!コロニーに近づく所属不明のR戦闘機がありますっ!それも反応が……ふ、二つですっ!」
「所属不明機?バイドではないのか?」
戦闘空域を飛び越え、そのままコロニーへと向かう二機の姿を、輸送艦の女性が捉えていた。少数ながらも何処からか援軍にでも来たのだろうかと想像しながら、男はその言葉に答えた。
「はい、R戦闘機のようですが、どの部隊の所属マークもついていません。もしかしたら、そこかで単独で作戦についていた機体が向かってきたのかもしれませんね」
女性の言葉に改めてその考えが恐らく正しいであろう事を確信し、そして。
「ということは、あの二機は現在の我々の状況を把握していないはずだ。そして敵の攻撃は散発的。……もしかすると、内部に突入してしまうかもしれないな。それは流石にまずい。中尉、あの二機に連絡を取ってくれ」
宇宙から飛来、そのままコロニー直上からの突撃を試みる機体。戦場の後方から突撃、そのままコロニー内部へと侵攻しようとする機体。バイドの部隊とぶつかる前に、まずはその二機の進路が交差した。
「っとと、危ないなー!何のつもりさいきなりっ!危うくぶつかるとこだったじゃん!」
片やさやかの操るレオ。大気圏を突破し直接エバーグリーン上空へと降下していたのだった。
「あんたこそ何なんだよ、いきなり人の進路に割り込んできやがって。あたしは急いでるんだ!」
そして片や先ほどの白い機体。その声はさやかと同じくらいの少女のそれだった。
「あたしだって急いでるっての!ああもう!こんなことしてるから囲まれちゃったじゃないの!」
気付けば、二機の周りを取り囲むのメルトクラフトの群れ。
「チィッ、流石にコロニーの周りは守りが厚いか。こいつを抜けるのは、ちょっと骨だな」
「こりゃちょっと面倒かも……でもこういうときこそ、レオの出番だねっ!」
迫る敵弾を割と余裕のある動きで避けながら、レオの波動砲をチャージする。レオの波動砲自体は通常の物と大差ない。むしろそれに劣る試作型のものでしかない。しかし、この機体の真価は波動砲ではなく、それはサイ・ビットと呼ばれる特殊ビットに存在していた。
サイ・ビットは異世界の技術を元に作られたとも言われ、フォースと連動した攻撃能力の強化だけでなく、波動砲の発射の際の余剰エネルギーを利用しビット自体がバイドを追尾し破壊する、サイ・ビット・サイファという強力な攻撃手段をも持ち合わせていた。
「行けっ!サイ・ビット!!」
そして放たれた波動砲が敵を飲み込むと同時に、縦横無尽に駆け巡るサイ・ビットが次々に敵を打ち砕いていった。一対のサイ・ビットがまさに旋風のように駆け抜けた後には、群がるメルトクラフトの全てが打ち砕かれていた。
「……改めて思うけど、すごいね、この子」
「一体今のは……また連中の新兵器かい?まあいいや、これでうざったい敵は蹴散らした。突入するなら、今だっ!」
「あ、ちょっと待ちなさいっての!あたしも行くっ!!」
そうして二機が、競い合うようにコロニー内部へと突入した、それと同時に。コロニーの内壁を覆っていた銀色の金属が蠢いて、コロニーの入り口を壁のように塞いでしまった。
「何っ!?……何だってんだこりゃあ」
「まさか、閉じ込められたっ!?」
突如として背後を塞ぎ、退路を断つ銀色の壁。それと同時に、その銀色の壁から無数のメルトクラフトがコロニーの外へと溢れ出るのだった。
「っ!?提督、あの二機がコロニー内部に突入したと同時に、コロニー入り口から大量のバイド反応が出現しましたっ!」
その異変は、すぐさま輸送艦の彼らにも知るところとなる。
「く……間に合わなかったか。敵もいよいよ本腰を入れてきたようだ、我々も前線に出るぞ。中尉、君は引き続きコロニー内部の二機に連絡を続けてくれ」
「わかりましたっ!」
戦況は、ますます持って激しいものへと変わっていた。
「まずいな、この状況。完全に閉じ込められたよ」
退路を塞ぐ銀の壁、レーザーも波動砲もその壁を破ることはできなかった。サイ・ビットも打ち出されて後、膨大なバイド反応を食い破るように壁の中へと潜り込みはしたものの、そのまま戻ってきてしまうのだった。
ただその壁から敵が出現することはなく、それはせめてもの救いであっただろうか。先に進むにせよここに留まるにせよ、次々に現れる敵の相手をしていては身が持たない。
「どうにもこの分だと、外に出るのは無理みたいだね。まあいいさ、一人でもバイドをぶっ潰すつもりだったしね」
同じく、随分色々と脱出のために奮闘していたもう一機の機体が機首を翻し。そのままコロニーの奥へと進んでいく。
「ちょっと、待ちなさいっての!まさか本当に一人で行くつもり?」
「ああ、あんたが余計な邪魔しなけりゃ、今頃とっくにコロニーの奥に突っ込んでるさ」
聞き捨てならない言葉を聞いて、さやかはレオでその機体を追いかけた。
「そんなのどう見ても自殺行為でしょ……わかった。あたしも行くよ。一人じゃきついかもしれないけど、二人ならなんとかなるでしょ!」
「いらねぇよ、足手まといは必要ない。あたし一人でやっつけるさ」
「んなっ!?だ、誰が足手まといですってぇ?」
たちまちさやかの声には怒気が混じる。確かに実力は十分とは言いがたいのかもしれない。それでもレオの力もある、戦えないことはないはずだと信じていたのだから。
「助けなんか借りない。あんたはそこで待ってりゃいいさ。――死ぬなら、一人で十分だろ」
子供じみた言い争いはばっさりと打ち切って、ぽつりと一言言葉を残して白い機体はコロニーの奥へと向かっていった。
「……っくぁ~!むっかつく!おまけに……なんだよアイツ。あれじゃまるで、死にたがってるみたいじゃん。それにどう聞いたって、あの声は女の子だったし」
その後姿をじっと見つめて、考える。もしかすると、あのR戦闘機に乗っているのも魔法少女なのかもしれない、と。
「だとしたら。っていうかそうじゃなくても、見捨てるなんてできないっての」
(それにしても、さっきのアイツはなんだったんだ?どう見ても乗ってるの子供だろ。そんな子供をこんなとこに送り込むってのか……っくそ、イカれてんだろそんなの)
内心の苛立ちを堪えつつコロニーを奥へと進むその目前に、迫る無数の銀の影。やはりコロニー内にもまだ、無数のメルトクラフトが存在しているようだった。
「さーて、一人でどこまで足掻けるかな……ただでやられちゃやれないね。……やってやろうじゃ「行っけぇぇ!サイ・ビット!!」……ってぇ!?」
その機体を追い越すように放たれた、波動の光とサイ・ビット。迫るメルトクラフトを撃ち払い、その数を半減させた。
「あっちゃー、流石にあんだけ数居ると討ち漏らすかー」
「何で来た!お前っ!!」
「ほっとけるわけないじゃん。それに言ったよね。一人じゃきついかもしれないけど、二人ならなんとかなる、ってさ」
怒声を浴びせた少女に向けて、さやかは笑ってそう言った。
一気に戦力を半減されて、浮き足立って敵の動きが乱れる。突っ切るなら、今だ。
二機が並んでコロニー内を駆け抜ける。メルトクラフトも追いすがろうとするが、その機動性には大きな差があった。追っ手を振り切り一息ついて、少女はさやかに通信を送った。
「……おい、あんた。ちょいと面貸しな」
言葉と同時に開かれる、映像付きの通信回線。ソウルジェム搭載機からは、本人の顔や表情まで模すことができ映像が流される。恐らく向こうの機体にも、さやかの顔が映っていることだろう。
そこに映っていたのは、気の強そうな面持ちに赤い髪を携えた……やはり、少女の姿であった。
「へっ、何だやっぱりガキじゃん」
どうやら向こうも、思っていたことは同じだったようで。
「あ、あんただって子供でしょーが、ふつー、子供がこんなことしないでしょ。もしかしてあんた……魔法少女なわけ?」
半ば確信めいた予感を載せて、さやかは尋ねた。けれど帰ってきた答えは、幾分か呆れを含んだもので。
「は?……魔法少女ぉ?何寝ぼけたこと言ってんだよ」
「えっ……?」
だとすれば、ここで戦っているのは本当にただの少女なのか。その事実にさやかは半ば呆け、半ば愕然としていた。
「あたしは佐倉杏子だ、あんたがあたしについて来れるってなら……ここの奥まで、着いて来させてやってもいいよ」
映像の少女、杏子と名乗ったその少女は不敵に笑い、新たに迫る敵へと機首を向けた。疑問を感じる余裕もない。敵は目の前まで迫っている。
「……可愛くないの、素直に手を貸してって言えばいいのにさ」
「へっ、死んでも助けないからね。死ぬ気で着いて来なっ!!」
「死んだら助からないっての!……それと、あたしは美樹さやかだよ。一応よろしく。んじゃ、行っくよーっ!!」
憎まれ口を叩きあい、R-9DP2――アサノガワと呼ばれた機体を杏子は駆って。それに続いてさやかのレオが駆け抜ける。二機は競い合うように波動の炎を巻き上げて、銀の機体の海へと立ち向かう。
交錯するサイ・ビット。そしてレーザーの軌跡。後を追うように数珠状の爆発が巻き起こる。そして、その中心を突っ切って駆け抜ける二機。
堅牢かつ汚染に対する抵抗力も高いシールドをもつアサノガワが、半ばごり押しするかのように道を拓き、拓かれたその道を、レオのサイ・ビットが押し広げる。メルトクラフトの群れを抜けたと同時にフォースを背後に回し、レーザーで追撃を阻む。特に示し合わせた訳でもなく、自然と機体がそう動いていた。
(乗ってる奴は気に入らないけど、一緒に戦う分には頼りになるじゃん、あいつ)
(武装だけかと思ったら、思ったよりやるみたいだね。……へへ、こういうのも悪くないな)
互いが互いの力量を知り、そして静かな信頼を寄せ始めていた。
メルトクラフトの群れを抜けた二人の前に、立ちはだかるのはストロバルトの小部隊。コンテナを開いて、バイドに汚染された廃棄物を撒き散らしてくる。迂闊に当たれば即汚染である。
「「邪魔だ、どっけぇぇぇっ!!」」
同時にフォースを撃ち放つ。それは撒き散らされた廃棄物を飲み込みながらストロバルトのコンテナに直撃。そのままコンテナを食い破り、機体も纏めて爆散させる。そうして出来た隙間を二人は同時にすり抜けた。
ある程度の機動性はあれど、R戦闘機には及ばないストロバルトにはそれを追う手段はもはやない。
「思ってたよりは、中の敵も大したことないね。この分ならすぐに奥まで行っちゃうんじゃない?」
「油断すんなってーの。……ほら、来るよっ!」
アラート、上方より迫る高エネルギー反応。咄嗟に左右に展開した二機が居た空間を、赤い光が薙いで行った。その元を辿れば、コロニーの外壁から突き出た砲身。それを抱えた赤い機影。
「ゲインズかっ!……それも何か妙に赤いね」
「バイドの人型兵器!やっつけ方は……一発撃った所に、突っ込む!!」
その姿を確認するや否や、レオの機首を廻らせ突撃する。波動砲のチャージを開始、一発撃たせてそいつを避けて、そのまま一気に反撃に転じる。
いつでも来いと身を引き締めて、さやかはレオを走らせる。
そして赤いゲインズが抱えた砲身から、凝縮波動砲の赤い光が放たれる。軸をずらして見事に避けて、更に速度を上げようとしたレオの目前には、第二、第三の光が迫っていた。
「んなっ!?う、うそでしょぉーっ!」
機体に急制動をかけ、そのまま半ば墜落するように距離を取る。これが生身のパイロットであれば、身体に少なくない負担がかかっていただろう。更にそんなレオを追いかけて、続けざまに赤い光が飛来する。
「連射式……改良型ってわけか。だけどね、そいつにばっかり構ってちゃあな。背中が……お留守だよっ!!」
大きく旋回して、ゲインズの背後にアサノガワが回りこむ。そして放たれた赤色のレーザー。一発当てれば動きを止めるくらいはできるだろう。
しかしそのレーザーを、ゲインズは機体を半回転させて回避する。それだけではなく回避と同時に今度は杏子に波動砲の赤い光が迫る。
「なんだとっ!?……っ、こいつ、エース仕様かっ!」
赤い色は伊達ではないようだ。その機動性は通常のものとは段違いであった。波動砲の閃光を機体を掠めるようにして辛うじてかわしはしたものの、流石に真正面からの撃ち合いは分が悪い。
溜まらず背を向け距離を取るが、ゲインズは執拗に杏子を追いかけ波動砲を浴びせかけてきた。
「くっ、後ろを取られた。このあたしが……」
高機動型ゲインズの機動性は、R戦闘機ですらも振り切るのは容易ではない。しかもこれだけ撃たれながらでは、回避すらも危うくなってくる。
「杏子から離れろ、サイ・ビットぉーッ!!」
波動砲とサイ・ビット・サイファの同時攻撃。波動砲を避けたゲインズに、¥サイ・ビットが襲い来る。しかしその攻撃は、強固な装甲に阻まれ十分な打撃とはならなかった。
「サイ・ビットでも全然ひるまないっての?こりゃ強敵だな」
「おい、お前。アイツをちょっとでも足止めできるか?」
引き続き放たれるゲインズの波動砲を回避しながら、通信でのやり取りは続く。
「お前、じゃなくてさやか。……何かやる気?まさか特攻なんてバカなことしないでしょうね?」
“――死ぬなら、一人で十分だろ”
あの時杏子が見せた、どこか投げやりな言葉がさやかの中で引っかかっていた。
「安心しな。とっておきがあるんだ。ただこいつは相手が足を止めてくれないと当てにくくてね」
少なくともその口調には、その切り札への自信が感じられた。無謀な特攻はしないだろうとも思われた。
「なるほどね、そーゆーことなら、このさやかちゃんに任せなさいっ!」
「調子乗ってしくじるんじゃねーぞ。……頼んだぜ、さやかっ!」
レオは機体を巡らせてゲインズへと肉薄する。ビットはいまいち効果が薄い、牽制気味にレーザーを放つ。フォースとサイ・ビットの両方から青いレーザーが放たれ、コロニーの外壁や建造物の残骸に反射し複雑な軌道を描いてゲインズへと迫る。それは圧倒的な攻撃範囲を誇り、いかな高機動型のゲインズといえどかわしきれるものではなかった。
身体をかばうように腕を構えたゲインズに、幾筋ものレーザーが直撃、小規模な爆発を巻き起こしていく。
「お、結構いい感じ。この子レーザーもいけるじゃない」
そう、レオが搭載するフォースはサイ・ビットにあわせて調整されたものであり、サイ・ビットの影に隠れはするが、その攻撃性能は既存のフォースよりも更に頭一つ抜けてたものであった。
けれどその爆発の中から、肩を突き出し所謂ショルダータックルの体でゲインズが突っ込んで来る。未だにその動きを止めるには至らない。
「うへ、まだ動くのかっ……ああもう、いい加減に……止まれっ!」
慌てず騒がず波動砲、サイ・ビット・サイファのおまけもつけて。今度はかわせず波動に焼かれ、サイ・ビットの追撃までもを受けてゲインズの動きが鈍る。
「今だよ、杏子っ!」
「待ってたよっ、粉微塵に……吹き飛びなっ!!」
そして突撃アサノガワ。一気にゲインズに肉薄し、その力を解き放つ。轟音と衝撃。少し離れたさやかの機体にさえ空気の震える振動が伝わってくる。
哀れにもゲインズはその圧倒的な一撃によってバラバラに引き裂かれ、火柱を巻き上げながら眼下の海中へと没していった。
「うわ、すっご……何、今の」
その威力には、流石のさやかも驚愕するより他になく。
「何、って。パイルバンカーだよ」
所謂杭打ち機である。どう考えても戦闘機に搭載するような代物ではない。その事実が更にさやかを愕然とさせていた。
「えぇぇ………」
「な、なんだよその冷たい声はよ。いいだろ、勝てたんだからっ。……仕方ないだろ、これしか空いてる機体がなかったんだから」
「ま、まあ……威力は抜群みたいだけどさ。と、とにかく先行こうかっ」
そこへ、唐突に通信が入る。
「やっと、やぁぁぁっと繋がりましたよっ!二人とも、聞こえていますかっ?」
その声は、さやかにとってはなぜか聞き覚えのある声だった。
「えっ……仁美っ!?」
「仁美?一体誰のことですか。私は地球連合軍のヒロコ・F・ガザロフ中尉ですっ」
仁美によく似た声で、その女性はその名と階級を告げるのだった。
「提督、コロニー内部の二機との連絡が繋がりました」
「そうか、ではこちらに通信をまわしてくれるかな。あー、こほん。私はこの艦の指揮官、カズマ・ナインライブス大佐だ。そちらの所属と、現在の状況が知りたい」
「ちょ、ちょっと。杏子。これってどういうこと?大佐、って……偉い人、だよね?」
「そりゃまあ偉いんだろうけどさ、この状況で大佐も何もあるかっての」
「また身も蓋もないことを……っていうか通信届いてるよ!杏子に何か用があったんじゃない?」
「あたしだって知らないっての、元の部隊を勝手に飛び出してきたんだか……ぁ」
なにやら話し込んでいる内にいきなり飛び出した失言である。この発言だけでも尋問にかける価値はある。というよりも、回線を開いて聞こえてきたのがどう見ても少女の声二つ。一体どういうことなんだ、とナインライブス大佐、面倒なので九条大佐は困り果てた。
「中尉……流石にこれは繋ぐところ間違えたんじゃないかな。……ほら、あれだ。君はたま~に、うっかりするじゃないか」
「そ、それはそうですけど、今回は間違いありませんっ!ちゃんとコロニー内のまだ生きている通信設備を経由して、コロニー内部の機体と通信が繋がっています」
しかしなあ、とどうにも渋い顔で九条は答えた。確かに彼女は信頼できる副官である。確かに微妙にうっかりなところはあるが、それでも作戦行動中にそれが発揮されることはまずないのである。
「だけど、いくらなんでもこれは……まあ、もう一回呼びかけてみるか。二人とも、まずは落ち着いてくれないかな。もう一度聞くよ。所属と現在の状況を教えてくれ」
少し疲れたその声に、ようやく二人は言い争いをやめて。
「あ、え……っと。試験艦ティー・パーティー所属の、美樹さやか……軍曹?です、多分?」
どうにも自信も実感もない声、ちょっと頼りない。
「なんだよその頼りない声はさ。あたしはデルタ試験小隊所属、佐倉杏子特務曹長だ。
バイド殲滅のためコロニー内に侵入、その後退路が絶たれたんでね仕方なくバイドを蹴散らしながら、コロニーの奥に進んでるよ」
対して杏子の声は落ち着いている。このことだけでも、杏子が軍という組織に慣れているのだということがわかる。恐らく、長らくその中に属しているのであろうということが。
「バイドを蹴散らしながら奥へ……。ふむ、ちょっとおかしな話だな」
九条が口元に手を当て、考える。外では未だ、大量のメルトクラフト群との大規模な戦闘が続けられている。敵が単一で、数で押すしか出来ないために、今のところ大きな被害は出ていない。
それでも地球連合軍は、完全に攻めあぐねているというのは事実なのだ。
「なるほど、そういうことか。美樹軍曹、佐倉特務曹長。まだ聞こえているかい?」
「いちいち階級を付けんな。まだるっこしいだろ」
「あー……あたしもそっちのほうがいいです。ちょっとまだ軍曹なんて呼ばれるの、慣れないし」
「……まあいいか。では美樹くん、佐倉くん。これからこちらの状況を説明する」
コロニーの入り口が液体金属の壁により閉ざされて以降、そこから大量のメルトクラフトが出現している。現在地球連合軍はその対応に手一杯、コロニー内部に侵攻する余裕はない。そんなことを手短に九条は告げる。
「ってことは、やっぱりあたしらがやるしかないってことだね。偶然って言や偶然だけど、中に入りこめたのは幸運だったね」
「でも、増援なしってのはちょっときついな。今までだって結構沢山バイドが居たし」
「そうだろうね、試験部隊なんてのにいるくらいだから、二人の実力は問題ないだろう。とはいえバイドの巣のような場所でいつまでも戦えるかといえば難しい。だが、状況はそこまで悪くないんだ」
「どういうことだ?」
訝しげに尋ねた杏子に、一つ頷いてから九条は言葉を続けた。
「外に居る敵の数に比べて、中の敵の数は圧倒的に少ない。つまりバイドは、外に居る我々をより脅威としてみているということだ」
「つまり、そっちに敵が沢山いるからコロニーの中には敵がそんなにいない、ってことですか?」
「その通り。そしてこの状況は、我々外でバイドを撃破し続ければそれだけ続くだろう。それだけ中は手薄になるはずだ。君たちには、その隙を突いてもらいたい」
事実、エバーグリーンに生じた液体金属の壁から無数のメルトクラフトが発生してはいるが、そのほとんどが外部の地球連合軍の部隊への攻撃に向かっており、コロニー内部の二人を挟撃することはなかったのである。
「悪くないね。でもさすがのあたしだってそれまでずっとコロニーの中を逃げ回ってるわけには行かない。せめてどこかでバイドをやり過ごして隠れられれば、まだ目はあるんだろうけどさ」
「それについては心配ないよ、ガザロフ中尉」
そしてまた、通信の音声が切り替わる。
「はい!時間がないので手短に説明しますね。そのコロニーエバーグリーンは現在バイドに占拠されるまで、長らく地球連合軍の監視下にありました。つまりバイドは、極めて短時間でこのコロニーを占拠したようなんです」
手元のコンソールのデータをあれこれと弄りながら、ガザロフ中尉が言葉を続ける。
「つまり、コロニー内部にはまだバイド汚染が見られていない区画も沢山あるんです。 その中のどこかに機体を隠すことが出来れば、中の敵をほとんど外におびき出すまで 隠れとおすことだってできるはずですっ」
コンソールを這う指の動きが早くなる。コロニー内部の見取り図と、現在のコロニー内部の状況を比較。それと同時にコロニー内部のまだ生きているシステムにアクセスし、内部の汚染状況を確認。
そのほかいくつかの作業を経て、R戦闘機を隠すことができるほどのスペースがあると思しき場所、その候補がいくつかに絞られた。
「座標が出ました!データをそちらに転送します。指定座標に到達後、無事R戦闘機を隠すことが出来たらそのまま通信を維持した状態で待機してください、こちらで状況が整い次第、再度通信を送ります」
「よくわからないけど、随分優秀だね。……こりゃあ、ひょっとするとひょっとするかもだ。了解、座標データは受け取ったよ。ひとまずこの地点を片っ端から当たってみるかねッ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ杏子っ!あたしも行くってば!!」
そして通信経路だけは確保したまま、音声が打ち切られた。
「しかし、あんな年端も行かなさそうな少女がR戦闘機に乗っているとは……世も末だな。間違いなく、関わっているのはあの連中、か。ああやだやだ、出来ることなら関わりたくないね」
「提督、変な事言ってると、うっかりどこで目を付けられるかわかりませんよ」
「おぉ、怖い怖い。……さて、それじゃああの二人を無駄死にさせないためにもね私たちも、そろそろ頑張るとしようか」
まだ歳若い司令官の瞳が、大きく開かれ深い色の輝きを放つ。
「さあ、行こうか」
その声は、艦を動かす号令。その声に突き動かされるように各員がそれぞれの役目を果たし、その艦を一つの兵器に変えていく。バイドを撃つための力として。
「で、結局どこ行けばいいわけ?地図っぽいのは送られてきたけどこのままじゃ全然わからないっての」
「ったく、地図の見方も習ってこなかったのかい。このトーシロは。……とりあえずこのまま都市ユニットのとこまで前進。後はどこかに穴を見つけて内部に入るよ」
たちまち気色ばむさやかの声を受け流して、一足先にアサノガワが走り出す。不平不満は零しながらも、レオが続いて後を追う。
今のところバイドの攻撃も散発的で、現れるのはメルトクラフトやストロバルトといった小型のみ。さほど弄せず、都市ユニットの外壁へと辿りついた。
「後は、どっかに穴を見つけるだけだけどね……っ、壁面にバイド反応があるね。ありゃあ何だい?……自走砲台?」
反り返った壁面に張り付き、もぞもぞと動く謎の機械。どうやらこちらを認識したらしく、砲弾を雨あられと打ち出してきた。
「こんなもんまでいやがんのか。こりゃ中も危ないんじゃないかねェ」
「とにかく行くんでしょ、さっさと蹴散らすよっ!」
次々に降り注ぐ砲弾をフォースで受け止め、レーザーで砲台を破壊する。それほど数も多くなく、すぐに周囲の反応は完全に沈黙した。
「確か、後は中に入れそうなところを探せばいいんだよね。どうする、少し手分けして探してみる?……と、こりゃそれどころじゃないかな?」
壁面、いや。その中から生じるバイド反応。かなり大きい。
「さーて、何が出てくるかね?」
それは、壁面をぶち破って現れた。機械のフレームに有機的な甲羅のような装甲を纏った、甲殻類のような巨体。壁面を食い破った爪を、そのまま壁面に食い込ませて残りの身体を引っ張り出した。
「何あれ?蟹?」
「海の上だしね、あーゆー生き物が生きててもおかしくないんじゃねーの?」
「いや、どう見てもそれはおかしい。まあいいや、丁度穴も開けてくれたし。あいつを倒して、中に突入しよう!」
それはギロニカと呼ばれる、地球連合軍が生み出した生物兵器。バイドの浸食を受けて暴走したそれは、壁面を這い回りながら敵の姿を捉えた。
「それじゃまずはお約束っ!波動砲!アーンド、サイ・ビット!!」
お約束染みた波動砲とサイ・ビットの波状攻撃。しかしギロニカの甲羅は堅固、ダメージはあるようだがひるんだ気配も見られない。
「また硬いなぁ。でも動きは全然遅いよ。これならおそるるに足らずってなもんよ!」
「気をつけなよ、何してくるかまだわかんないんだ。光線でも吐き出してくるかもよ」
「蟹が光線、だなんて。どっかの文学作品でもあるまいしっ!」
さらに追撃、波動砲を放つ。その光に照らされた甲羅から、オレンジ色の球体が放たれた。どうやら蟹光線ではないようだ。
「撃ってきた……けど、なんだろうねこりゃ。風船?」
その弾はふわふわと浮んで、まさしく風船のように宙に漂い浮んでいく。その正体はギロニカの体液である。この体液は、空気に触れると泡のように丸く固まり、化学反応で熱が発生、内部の空気が熱せられることで風船のように飛んでいくのだという。
これが兵器ではなく、子供向けのアミューズメント器具として開発されていたらそれなりの人気を博していたのではないか、などとも考えてしまう。
「ま、大した相手じゃないってことだけは確かそうだ。これでネタ切れみたいだしね。さやかっ!後はあたしに任せな。一発デカいのブチ込んでやるよっ!」
「おっ、またアレだね?よっしゃー、やっちゃえーっ!」
泡弾をサイ・ビットで弾き飛ばしてその隙に、再び突撃アサノガワ。極限までエネルギーが充填されたパイルバンカーの一撃が、ギロニカの甲羅に叩きつけられた。
いかな超硬度を誇るギロニカの甲殻と言えど、圧倒的な質量と速度で打ち出された金属杭には敵わない。貫かれ、打ち砕かれ。悶えるような悲鳴を上げながら砕け散っていく。
後に残されたのは、ギロニカが開けた大穴一つ。
「提督!コロニー内部の二人から連絡が入りましたっ!」
ガザロフが興奮気味に、さやかと杏子がやり遂げたのだということを九条に伝えた。
「やってくれたか!よし、こっちに回してくれ」
「こちら杏子。指定座標に到着。今のところ周囲にバイドの反応も汚染の兆候もない。この分なら、しばらくここでやり過ごせそうだ」
「よくやってくれた。しばらくそこで待機していてくれ。くれぐれも連中に尻尾をつかませないでくれよ」
「任せときな。いい具合になったらちゃんと連絡しとくれよ」
「ああ、では幸運を祈る」
通信が打ち切られた。杏子は計器を確認し、周囲にバイド汚染がないことを改めて確認しキャノピーを開いた。
「ん……ん~っ!流石にずっと飛びっぱなしだったからね。少しは身体伸ばさないと……っと」
ヘルメットを外して大きく深呼吸。海に沈んだコロニーだけに、潮の匂いが濃厚に混じる。久々に吸い込んだ新鮮……なはずの空気に、少し身体が軽くなったような気もして。
「今の内に、腹ごなしもすませとくか」
パイロットブロック内の収納スペースから取り出したのは、所謂携帯食料という奴で。杏子はこれが余り好きではなかった。けれど機体に備え付けてあるのはこれしかないのである。
中には自分の好きなものを機体に積み込んでおくようなパイロットもいるにはいるらしいが。そこまで余裕もなかったしな、と杏子は携帯食料を頬張りながら考えていた。
ふと、杏子は隣の機体を眺めた。キャノピーの下には何も見えない。安全だってことはわかっているだろうに、出てくる気配さえ見せない。
「休める時にゃ休んどかないと、身体持たなくなるぞ。――潮の匂いってのも、案外悪くないもんだぜ?」
「ぁ……っ、はは。うん、確かにそれは悪くないかも。でも遠慮しとくよ……っていうか、あたし降りられないんだよね、この機体から」
改めて、魔法少女という我が身を思い知らされるさやか。暗くなりそうな気分を堪えて、必死に明るい声で答えて。
「降りられない、って……ああ、そうかよ。そういうことか、許せねぇ。いくらなんだって許せることじゃねぇよ、こんなの」
がん、と握ったヘルメットでキャノピーを叩く。
「ちょ、ちょっと杏子?何そんな荒れてんのさ!?」
「何って、どう考えたっておかしいだろ、狂ってンだろ。一体さやかは何されたんだよ、両手両脚ちょん切られたのか?それともまさか……脳味噌だけ引っ張り出されて、接続されてるとかなのか?」
「うぁ……いや、そういう話は聞いてるだけでやっぱり引くわ」
扱いとしてはそれらと変わらない気はするけれど、ソウルジェムであるということは。少なくとも、精神衛生上の問題は少ないよね、なんて考えていたりもした。
「あたしはそこまでやばいことはされてないよ。ちゃんと身体だってある。ただ、これに乗ってる間だけはね、降りられないってだけなんだ」
「……本当かよ。なら、いいけどさ」
そして沈黙。杏子が黙々と携帯食料を平らげる音だけが聞こえる。
「そういえばさ」
そんな沈黙に耐えかねて、さやかが口を開く。
「ん?何だよ」
「杏子は、何でこんなとこまで来たの?どう考えたって一人で突っ込むのは自殺行為だ。それでも杏子はたぶん、一人で突っ込んでたでしょ?……なんか、死にたがってるように見えた」
「ぁ……それ、は」
食事をしていた手が止まる。杏子の言葉も一瞬途切れて。
「まあ、確かに間違っちゃいないかも、ね」
「何でそんなこと。そりゃ最初はあんたのこと気に入らなかったけど。なんだかんだで色々協力できたし、仲間……みたいなもんかなって思い始めてる。なのにそのあんたが、何で死にたがりの真似なんてするのさ!」
「……説明、してもいいけどさ。ちょいとばかり長い話になるよ」
「いいよ、どうせ時間はあるんだ。聞かせてよ」
僅かな沈黙。けれどやがて杏子は諦めたように口を開き始めた。
「しょうがねーな。あれはさ――」
そして杏子は語りだす。ある少女の、戦いと別れの物語を。
魔法少女隊R-TYPEs 第5話
『METALLIC DAWN』
―終―
【次回予告】
「あの事故が、全ての始まりだったんだ」
少女が語る過去。
それは、少女の戦いの物語。
「私……戦いたい!お願い、戦わせてっ!」
そしてそれは、英雄になった男の物語。
「今日からここが君の家だ、そして我々が、君の家族だ」
そして……離別の物語。
「何でだよ!家族じゃなかったのかよ、ばかやろーっ!!」
「決めた。あたしはあんたと一緒に行くことにするよ」
「よろしくね、相棒」
次回、魔法少女隊R-TYPEs 第6話
『SWEET MEMORIES』