魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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物語の幕は下りる。されど、人の系譜は途絶えはしない。
人の業も、争いの歴史すらも途切れはしない。
新たな歴史が廻り始める。

けれどそれも、今は全て些事。

宇宙を一陣の風が揺らす。
未来は尽きない。されど、物語は此処に終わる。


―Prologue of them――At last Wind is blowing―

「キミ達は、実に愚かだ」

眼下に映る群集を見下ろしながら、キュゥべえはそう呟いた。

そこは広大な講堂のような場所で、演説台の上に立っている男がなにやら熱弁を振るっている。その声は、上で見ているだけのキュゥべえの元へは届かない。けれどその内容は、容易に想像がついた。

その男は地球連合軍の新たなる総司令であり、地球至上主義の第一人者にして、地球連合軍に地球至上主義をもたらした張本人であった。

バイド戦役終結直後より囁かれ始めたこの思想は、僅か数ヶ月の間に地球連合軍のほぼ全てを飲み込み、不可解なほどに急速に伝播していた。今もまた、各地より招聘した軍人達へ向けて彼は檄を飛ばしていたのである。

 

曰く、地球と言う星がどれほど貴重であるか。

その地球に生ける我等が、どれほど崇高であるか。

我等が尊くあるために、太陽系の全ては我等が統べる必要があるのだと。

そのための障害は、すべて打ち払わなければならないのだ、と。

 

それは人間と異なる価値観を持つキュゥべえをもってしても、思わず笑ってしまいそうなほどに幼稚な思想だった。当然、それを聞く軍人達も半信半疑で耳を傾けている。だが、すぐにその様子は変貌を遂げる。

男が語勢を荒げるほどに、だんだんと引き込まれるように群衆はその言葉に聞き入っていく。やがては誰しもが口々に、地球を我等を称える言葉を口にし始めた。その光景は、まさしく狂気の沙汰と言うより他になく。けれども渦中の彼らは、そんな狂気にすっかりと飲み込まれてしまっていたのだ。

 

「一時の感情や浅薄な思想に支配され、何度でも同じ過ちを繰り返す。キミ達はやはり、どこまでも愚かだよ」

再び、嘲るような呟きがキュゥべえの口から漏れた。

こんなことを何度も繰り返すうちに、いつしか完全に地球連合軍は地球至上主義の傀儡と成り果ててしまった。その遠因は自分にもあるだろうと、キュゥべえは密かに思う。けれど彼らが、人類が真に知的生命体足りえるのならば、こんなことにはならなかっただろうとも思う。

彼のもたらした力は万能ではなく、その力を受けた男の弁説もまた完全ではなかったのだから。

 

「あら、でもそんな愚かな人類に、貴方は負けたのではなくて?インキュベーター?」

群集を見下ろすキュゥべえの元に、一つの声が飛び込んできた。声に気付いて振り向けば、背後で開いた扉の向こうに一人の少女が立っていた。

流れる銀糸の髪は腰にまで垂れ、血のように濡れた紅眼を煌かせた少女。恐らく高校生になるか否かといった年頃だろう、夜闇が如き天鵞絨のドレスを纏った姿は、見る者をぞっとさせるほどに美しく、それでいてどこか危うげな何かを湛えているようで。その瞳に宿した煌きはどこまでも冷たく、遍く全てを射殺すように爛々と輝いていた。

「そうさ。彼はとても愚かだが、それでいてとても優秀だ。それでいて性質の悪いことに、彼らは往々にしてその力を自ら御することができずにいる。未成熟で、それでいて恐ろしいほどに強い種族。それがキミ達人類だ」

振り向いたキュゥべえと少女。互いの赤い視線が一瞬交錯し。すぐに離れた。

「だからこそ、その力が正しい方向に向かうようにしてあげているのではなくて?誰かが導いてあげなくては、彼らはどうやったって道を踏み誤ってしまうだけだもの」

そして少女はその怜悧な瞳を細め、口角を僅かに吊り上げ笑った。

 

「そうして導いた先が、あの太陽系規模のナショナリズムかい?まったく馬鹿げてるよ、どうしてわざわざ人類同士の同士討ちなんてことを始めようとしているんだい?」

その少女は、今尚熱弁を振るうあの男の娘。そして彼の弁が世界を席巻するようにと願い、契約を果たした魔法少女。すなわち、この太陽系を巻き込む大きな戦争の元凶こそがその少女であった。

たった一人の少女の願いが、これほどまでに大きな戦乱を巻き起こしているのである。その事実にはいくらかの驚愕を覚えつつも、そんなことをする理由が、未だ持ってキュゥべえには理解ができなかった。

「人類の歴史をずっと見てきたのに、貴方にはその理由が分からないんですの、インキュベーター?人類の歴史は戦いの歴史よ。人はより多くの富を望み、繁栄を望み。終わらぬ戦いに明け暮れてきた。そしてその戦いの中でこそ人は進化して、あらゆる業を飲み込みながら突き進んできたのよ」

どこか陶然とした表情で、少女は戦いこそが人類の本質であると語る。

 

「その影に、一体どれだけの願いがあっただろうね。有史以前からボク達は人類に関わってきたんだ。むしろそれは人類の所業というよりも、ボク達の成果であるかもしれないよ?」

「けれど、今回はそうではなかったわ。バイドという恐るべき敵と、人類はその死力を尽くして戦い抜いてきた。確かに貴方がもたらした技術のお陰でもあったけれど、それだけではなかったもの」

これにはキュゥべえも閉口せざるを得ない。

確かに人類は、インキュベーターという種が抗し得なかったバイドという天敵に対して、独力で戦いを繰り広げ、これを撃滅せしめているのだ。それは人類の力としか言うべき他なく、インキュベーターの敗北に他ならなかった。

「バイドは理想的な外敵だったわ。けれど、彼らは少しやりすぎた。人類の力はかつてないほどに飛躍的に膨れ上がりはしたけれど、彼らはそれ以上に強大だったもの。いくら発展を遂げても、人類が全滅してしまっては意味がないでしょう?」

「だからキミは、人類を更なる戦いに駆り立てようとしているのかい?それも、今度は人間同士で」

 

 

「――ええ♪」

そして少女は、飛び切りの笑みを浮かべてその問いを肯定した。

 

「分かるでしょう。人がどれほど戦いの中で進化を遂げてきたか。そしてどれほど、平和という唾棄すべき間隙が人類を堕落させてきたか。だから、人類は争い続けなければなりませんの。戦う為に産み増やし、戦う為に進化を遂げ、戦う為にあらゆる所業を飲み込んでいく。それが人の進むべき未来よ。私は、そんな未来の導き手になる」

その手を広げ、どこか超然とした表情を湛えて少女は宣告する。少女が告げた人類の未来。その未来における人類の姿。戦う為に進化し、戦う為に増え、戦う為にあらゆるものを取り込む姿。

その姿はキュゥべえに、酷く自然にバイドの性質を思い浮かばせた。

「好きにすればいいさ。ボクがやりたかったことはもうすべて終わってしまったんだ。後はもう、人類や宇宙がどうなろうと知ったことじゃない。精々キミが造る未来を見届けさせて貰うよ」

だが、それがなんだというのか。キュゥべえは諦念と寂寥感の混じった声でそう言った。

バイドは倒れた。宇宙は救われ、再生されることはなかった。すべては失敗したけれど、種族の仇たるバイドを討つ事はできた。もはや今の彼には、何一つ執着するものはなかった。

後に残されたのはただ、魔法少女を生み出すためのデバイスとしての肉体と、未だ完全には解析されざる異星の技術を詰め込んだ知性だけだった。

 

けれど、と思考は遡る。

あの時スゥ=スラスターの願いを叶え、そのままあてのない旅へと出た時の事を。通常の人間には知覚することすらできないキュゥべえである、寄る辺などはありはしない。そのままスゥ=スラスターの魂と共に、宇宙の孤児として彷徨い続けるしかないのだろうと、そう考えていた矢先である。

そんなキュゥべえの前に、その少女は現れたのである。少女はキュゥべえを救い、そして一つの契約を果たした。それ以来キュゥべえは、その少女と行動を共にしている。

 

「それで、私の剣は完成したのかしら?」

「オリジナルナンバーは完成しているよ。量産には、まだ少しかかるだろうけどね」

剣、と少女は言った。それは未来を切り開くための力。その前に立ちふさがる敵を平らげるための力。

「見せて御覧なさい。私の剣に相応しいものかどうか、見定めさせてもらうわ」

薄暗い部屋の中、壁の一面に光が宿る。それは映し出された映像で、そこには円筒状の水槽が二つ並んでいた。そのそれぞれに入っていたのは二人の少女。その姿はどちらも同じ。

「暁美ほむらもスゥも、どちらもその肉体は残されていたからね。オリジナルナンバーにはそれを使わせてもらった。もともとが複製体だ、よく馴染んでくれたよ」

そう、その二人とは暁美ほむらとスゥの姿。ジェイド・ロスとの戦いの最中、ティー・パーティーに取り残された暁美ほむらの身体と、ラストダンサーの出撃に際し、地球に保管されていたスゥの身体。

二人の身体は秘密裏に回収され、この場所において利用されていた。最強の剣を作り出すための素体として。

「起動させるよ。よく見ているといい、英雄の再臨だ」

二つの水槽に湛えられた、薄緑色の液体がごぼごぼと水位を下げていく。それに伴い、二人の少女は同時に目を開いた。その表情には感情の色はなく、少女達の胸元には小さな黒い宝石のようなものが埋め込まれていた。

それは回収されたスゥ=スラスターのソウルジェムを複製したもの。その複製体より、感情に関する領域を制限し、さらに記憶の操作を行ったもの。

そして複製体たる身体に複製体たる魂を宿し、少女達は目覚めた。最強のパイロットである英雄、スゥ=スラスターと同じ力を持ち、それでいて命令に忠実な機械のような兵士として、少女達は目覚めたのである。

 

「どうやら成功したようだ。今後はこの調子でスゥ=スラスターを複製していくよ。肉体については、複製体のデータを元に作り出すことにするさ」

「素晴らしい、素晴らしいわっ!これならば申し分はなさそうね。戦火を生み出す私の剣。世界を導く私の剣!早く数を揃えて欲しいものね。頼んだわよ、インキュベーター?」

その成果に満足げに頷いて、少女は声を荒げて笑う。

間違いなくこうして生み出された少女達は、最強クラスのパイロットである。けれどこんなことをするくらいなら、無人兵器にソウルジェムだけを積んだ方が早いのではないか。そんな問いを、かつて投げかけたことをキュゥべえは思い出していた。

少女はその問いに唇の端を歪めて、端整な顔立ちに似合わぬ愉悦に満ちた笑みを浮かべて答えるのだった。

人の世を導くための剣が、一山いくらの無人兵器ではいけないのだと。その為の剣は人でなければならない。人の姿で忠実に、私に傅く者でなければならないのだ、と。だからこそ世界を自分の掌の上に転がしているという、そんな実感を得られるのだという。

そんな彼女の美学は、未だ以って尚キュゥべえには理解できないことであった。

 

「これからはもっと忙しく、そしてもっと楽しくなるわ。貴方も精々楽しみなさい。面白きことはよきことなり、よ」

最後の言葉を告げ、ゲイルロズへと向かう部隊を送り出す父の姿を見下ろしながら、少女はとても楽しそうに言葉を紡ぎ、唇を歪めるのだった。

 

バイドを下した人類に待っていたのは、更なる戦禍への誘い。

それを誘うは異星の徒。その力を得た一人の少女。

少女は自らの信じる人類の為に、更なる戦禍を巻き起こす。

それが人類の本質なのか。答えを求めて人々は戦う。

けれど果たして、そこに答えはあるのだろうか。

星々は何も答えてはくれない。

混沌の宙。真実を誰も知らぬまま、人類の戦いは尚も続いていくのである。

 

けれど。そう、だけれども。人類の系譜は、その終焉を迎えることはない。

人類存亡の危機は去り、これはその後に尚続く物語の、ほんの序章に過ぎないのだから―――

 

 

 

けれど、そんな戦いの宙を駆ける一筋の光があった。それを駆る、少女の姿があった。

彼女には、どれほどの戦禍も悲劇も全て関係のないことだった。彼女が願うは唯一つ、遥かな友との邂逅だけで。

それに全てを賭した彼女には、地球の蒼も戦火の紅も、一切その瞳に映ることはなかった。瞳に映るのは、ただ遥かなる宇宙。その深淵を目指して、今。

 

「HS航法に移行。コールドスリープ開始。ソウルジェムとの接続……確立」

一瞬暗転する視界。すぐにそれが、より鮮明に映し出される。彼女の肉体は永い眠りにつき、その魂だけが機体を衝き動かす。

遥かな距離を越え、越えざる時間の壁を越え。どこまでも彼女は突き進む。虚空の彼方で待っている、愛しい少女の姿を求めて。

 

思い出すのは戦いの日々、暗く暗澹たる記憶。

決して幸せではなかったのだろう。そんな彼女を救ってくれた少女の姿。

幸せをくれた人、心をくれた人、愛を教えてくれた人。

その面影を焼き付けて、もう一度逢いに往くために。

 

 

 

 

――――星の海を渡っていこう

 

 

 

――――――振り向くことなく、

 

 

 

――――――――光を追い越し、時を翔んで、

 

 

 

 

 

 

――――――――――いつまでも

 

 

 

――――――――――――どこまでも

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           「いつか、貴女に出会えるその日まで」

 

 

 

 

そして彼女は、スゥは宇宙の風となる。遥か彼方へ、時空の果てへと流れ行く風に。

 

 

その日、宇宙は風にそよいでいた。

 

 

 

 

 

          “迎えに来たよ、まどか”

 

 

      “来てくれるって、信じてたよ。スゥちゃん”

 

 

 

 

 

 

            魔法少女隊R-TYPEs

   

                完

 


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