魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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少女が語る在りし日の記憶。それは喪失と邂逅の記憶。生き抜こうと決めた時、戦う覚悟を決めた時。
そしてそれは、若かりし日の英雄への追憶。


かつて一人の男がいた。彼は戦い、戦い抜いてその果てに英雄となった。
これは、彼が英雄となるまでの物語。そしてその傍らで起きた、小さな別れの物語


第6話 ―SWEET MEMORIES―

彼女――佐倉杏子は、どこにでも居る普通の女の子だった。

豊かではなく、だが決して貧しているわけでもない。慎ましく穏やかな母と、厳格だが優しい父と、そして可愛い妹と共に、何不自由なく過ごしていた。

彼女が生まれた時代には、既に人類はバイドの存在を確認していた。だがそれは遠い星の海の向こうの話で、それを現実的な脅威として捉えていた人間など、軍や研究施設の一部の人間だけで、ほとんどの人間は今の平和がずっと続くものだと考えていた。

 

人類がそれを脅威として認識したのは、2163年。バイドに対して放たれた最初の矢、第1次バイドミッションの最中。バイドによって占拠されたコロニー、エバーグリーンが南太平洋に墜落したことがきっかけだった。

その被害は甚大で、多くの島が、国が沈み、数え切れない程のの命が水底へと潰えた。そして彼女の全ても……また。

 

 

 

「……酷いな、これは」

まだ歳若い軍人然とした格好のその男性は、目の前に広がる惨状に思わず声を漏らした。

エバーグリーンの墜落により生じた津波が全てを飲み込んで行った後。倒され、崩れ、流されて、ありとあらゆるものが大地に散らばる、まさに地獄絵図。一体この廃墟の下にどれだけの命が沈んでいるのか、それを考えるだけで気分が悪くなる。

 

「これが、バイドの脅威だというのか」

そこは小さな輸送艦のブリッジ。同じように外を眺める艦内の者達もみな、その凄惨な光景を目の当たりにしていた。ある者はその被害の大きさに絶句し。またある者はバイドへの憎悪に燃えた。

「艦長、やはりこの様子では、生存者の存在は絶望的かと……」

隣に控える副官が、沈痛な面持ちで男に告げた。男は苦々しく顔を顰め、それでも迷いを振り切って。

「それでも、探すんだ。それが我々のやるべきことだ」

 

この時人類は、バイドとの最初の大規模戦闘である第1次バイドミッションのため、その戦力の大部分を宇宙へと向けていた。その隙を縫う形でのこの事件であった。

被災者の救出にまわす人員さえも地球にはろくに残されていない。彼らは丁度この時、地球における輸送任務からの帰路についていた。そして事件に直面し、居ても立ってもいられずに駆けつけたのだった。

少しでも被災者を救出するために。たとえ一人でも、助けるために。

「各員は作業艇に乗り込み、生存者の発見と救出に向かってくれ。もしかしたら、まだ誰か生きているかもしれない。……頼む」

艦内放送で呼びかける男の声も、やはり深く沈んだもので。それでも艦内の者達は皆、命令に従い作業艇へと乗り込んでいく。見つかるはずなどないとは誰も言えなかった。

皆が皆、一握りでもいいからと、希望を求めていた。

 

「こちらD-3ブロック、生存者の姿は確認できない。引き続きD-6ブロックの捜索に移る」

都市部の捜索が始まって、既に5時間が経過していた。その間中ずっと、この惨劇の跡を直視し続けていたのである。そして希望は何一つ見えない。

当然のように誰の声にも疲労の色が濃い。これ以上続ければ、こちらの身も精神ももたなくなることは明白だった。

「艦長、これ以上はやはり……」

付き従う副官が、あくまでも冷静な意見を告げる。それが自分の仕事だとわかっているからこそ、例え辛くとも、誰かが言わなければならないことを知っているからこその言葉だった。

 

「わかっている。だが、もう少しだ。もう少しだけ……頼むよ」

副官である彼は、士官学校からの同期であり、友人でもあるこの男のこの言葉に弱かった。不思議と人を惹きつける、自分にはない魅力を持ったこの男がである。

その魅力を最も発揮するのが、人に何かを頼むときだった。

副官は10秒ほど沈思して、顔を上げ。

「後30分だ。それ以上は伸ばせないぞ。ロス」

軍人ではなく、友人としての言葉に男こと若き新米司令官――ジェイド・ロスは、その言葉に顔を上げ、目を見開いて。

「すまないアーサー。……捜索に戻ろう」

彼もまた、自ら作業艇を率いて都市部の捜索に赴いていたのだ。その顔は疲労と絶望で歪んでいる。副官ことアーサーは、それが何よりも心配だった。

 

時は無情に過ぎ行く。

生存者は今のところ見つかっていない。そして時の針は無情に半円を描こうとしたその時。

「生命反応だ!かなり弱いが……この瓦礫の下だっ!」

生命反応を示すモニターの画面を食い入るように見つめていたロスが、声を張り合げ叫ぶ。その声は、別のモニターを見つめていたアーサーの耳に届く。彼の行動は早かった。

「全作業艇に告ぐ。H-2ブロックにて生命反応あり。救助したいが手が足りない。周囲の作業艇は、至急H-2ブロックに集まれ」

召集された作業艇が、そのアームで次々に瓦礫を取り除いていく。

内部の生命反応をスキャンしつつ、別の作業艇が瓦礫内部の圧力が増さないように支えてながら、慎重にかつ迅速にその作業は進められた。既にその場所では、作業艇以外にも複数の人間が各々の役目を果たすために動いており、そして彼らの働きによりようやく全ての瓦礫が撤去された。

誰よりも早く、その中へと駆けて行くロス。慌ててそれを追う部下たちがそこで見たものは。

押しつぶされた建物の中で、最早肉塊としか呼べないほどに損壊した、男女の姿。

そしてそれに守られるように抱きしめられていた、一人の少女。その少女も損傷は激しく、今にも途切れそうに苦しげな吐息を漏らしていた。

「救護班!救護班ーッ!!」

 

 

 

――それが、佐倉杏子とジェイド・ロス。二人の出会いだった。

 

 

「あの事故が、全ての始まりだったんだ」

時折小規模な爆発音が響いてくる。それを尻目にに、杏子は静かに語っていた。

自らの過去、戦う理由。生き急ぐその訳を。

「そんなことが……あったなんて。じゃああんたは、その時の復讐のために戦ってるってこと?」

若干暗い声色で、さやかが問いかける。

「まあ……概ね間違っちゃいないよ。でも、あたしがバイドとやりあおうって思ったのはその時じゃなかった、もうちょっと先の話になるよ」

一度静かに息を吸い込んで、再び杏子は話を続けた。

 

佐倉杏子がジェイド・ロスの手によって救い出されてより、二ヶ月。ほぼ全ての部位に致命的な損傷を負っていた杏子の体は、そのほとんどを生体義肢で補うことが余儀なくされた。

技術自体は確立している、間違いなく杏子の体は元の通りに治る……はずであった。

「それは一体、どういうことなんです?」

ロスは、目の前の白衣の男に問いかけた。杏子には他に身寄りがない。病院に預けることが出来たはいいが、その後のことがどうにも気がかりで。彼はこうして、軍務の合間を縫って面会に訪れていた。

それを見止めた医者が、彼に話しかけたのだった。

 

「彼女の体は、そのほとんどが生体義肢によって補われています。手術自体は問題なく成功しましたが、どうやら問題は彼女の精神にあるようなのです」

医者は手元の資料を見つめながら、沈痛な面持ちで言葉を続ける。

「本来生体義肢は、術式終了後すぐに神経系が再結合を始めます。そして一ヶ月程度で元の体と同じように動かせるようになる。しかし彼女は、もう二ヶ月が経過したというのにいまだに神経系に不調が見られています」

話の意図がいまいち読めない。ただそれが、杏子にとってよいことではないのだろう。それだけは、彼にも理解できた。

「体を動かすことが出来ないどころか、臓器の働きにも異常が見られている。我々も必死のサポートを続けていますが……このままでは」

「遠からず死に至る……と」

「ええ、原因が彼女自身にある以上、これ以上は我々にもどうにも……」

 

そして、互いに押し黙る。それでもロスは考える。何故この医者はそんなことを聞かせるのだろうか。多少面識があるといっても、所詮自分は彼女にとって他人である。

そんな他人に、わざわざ絶望的な状況を報せる訳は。

「……それで、私は何をしたら?」

「っ?ああ……そうですね。そのお話をしようと思っていたのでした。彼女の問題は、彼女の精神にあります。彼女に生きる意志が見られない、生きようとしていない。それが、神経系の再結合に重大な障害を与える原因になっている」

「そんなことで、それだけの影響が出ていると?」

俄かには信じられないが、それでもある程度の説得力はある。

「精神医療も、ここ数十年で飛躍的な進歩を遂げました。けれども単に優れた技術だけでは人は救えない。それが、我々の結論でした」

医者の男は資料から視線を外し、ロスを真っ直ぐ見据えて告げた。

「彼女は、貴方にだけは心を開いているようだ。どうか彼女を救ってくれませんか。彼女に生きる意志を、取り戻させてあげてはもらえませんか」

 

「……少し、考える時間をもらっても?」

「出来ればすぐにでも。彼女の状態は、見た目以上に深刻です」

 

 

輸送艦の司令室。ジェイド・ロスは考えていた。

実際問題、杏子の下へ足繁く通うような余裕はない。第1次バイドミッションは成功に終わったが、それでも尚バイドの脅威は健在。やるべきことは山ほどもあった。

一人の少女のためと、全人類のため。秤にかけるまでもないことは明白。だが、しかし。

「――、艦長。艦長っ……おい、ロスっ!聞こえているのかっ!」

声に気付いてはっとする。顔を上げれば、そこには副官であり友の姿が。

「ああ、すまないアーサー。少し考え事をしていたよ」

「また考え事か。……何かと物事を考え込むのは、お前のよくない癖だ」

それは暗に、色々考え込むのは自分に任せておけばいいと言っているようで。そんなアーサーを、ロスは頼りにしていたし信頼もしていた。

(……いっそのこと、本当に任せてしまおうか)

 

「実はな、アーサー。ちょっと悩んでいることがあってな」

そうと決まれば後は早い。この思案の種を打ち明けた。話が進むにつれて、アーサーの顔が苦しげに歪んでいって、終いには呆れたような顔へと変わる。

「つまり何だ、お前はあの時の女の子を助けたいと言う訳だ。ああわかった、よくわかったからもう一回お前の肩書きを言ってみろ」

「地球連合宇宙軍、ジェイド・ロス少佐だ」

澱みなく、迷いなくそう言ってのける。

「そう、曲がりなりにも佐官だ。俺達皆を指揮、統率する必要がある。お前がいなけりゃこの船は動かん。……わからんわけでもないだろ」

そんな事は百も承知。どう考えたって無理なのはわかっている。

だからこそあえて打ち明けているのだ。最早それは、開き直りとも言えるような体である。

 

「だが、助けたいんだ」

「無茶を言うなこのバカっ!」

すぱん、とやけにいい音がした。平手を一発頭にもらったようだ。

「……なんだってあんな子供に拘る。気持ちはわからないでもないが。だからって、軍人としての地位と責務を秤にかけることじゃないだろ」

「わかっているさ、そんなこと。だけど……あの子は私にとっては大事な証拠なんだよ。バイドが起こした大破壊。それにたった一つの命でも、私たちが抗うことが出来たという、ね」

アーサーの顔が僅かに歪む。

杏子を救いえたその時は、その場に駆けつけた誰もが祈り、喜んだ。それは確かに、あの大破壊に対してほんの僅かでも抗いえた。その象徴とも言えた。

 

「それに、そこまでして助けた命だというのにだ。あの子はそれを自分で捨てようとしている。……ちょっとばかり、それは許せないと思わないか?」

「あぁ、それは……」

呆れたように、諦めたように力の抜けた笑みを漏らすアーサー。気付けばロスも、同じような表情を浮かべていて。

「「許せない、な(だろ?)」」

同時に声が重なって、それからなにやらおかしくなって。大の男が司令室の中、声を殺して笑い転げた。

「わかったわかった、じゃあちょっと怪我でもして、軽く半月くらい入院してこい。船の連中は、俺の方から説明しといてやるよ」

「いつも世話をかけるな、アーサー」

「いいからさっさと支度しろ。本当に腕の一本くらい折るぞ」

どうやらこれから先の面倒を考え始めたらしい。普段は随分理性的で落ち着いた雰囲気のアーサーも、抱え込んだ厄介事にやられているようだった。

 

「じゃあ、行ってくる」

そうして、歳若き司令官は己が職務をほっぽりだして、一路杏子の下へと向かうのであった。

 

 

 

暗い部屋の中、モニターには赤々と光るRの文字。その画面に向かって話している男。それはロスに杏子の状況を説明した、あの医者で。

「……はい、確かに彼は佐倉杏子の元に向かいました」

「そうかそうか、これで彼女が立ち直ってくれれば言うことはないのだがね」

モニターから返ってくるのは、しわがれた男の声。

「しかし、何故このようなことを?あんな子供一人、放っておいてもよさそうなものですが」

「君がそれを知る必要はない、が。……後輩の知的好奇心を満たしてやるのも先達の役目。いいとも、教えてあげよう。あの子供には素質があるのだそうだ。我々の研究に必要な……なんと言ったかな。魔法少女、とか言うらしい」

いきなりかつての恩師に頼まれ、なんとしても佐倉杏子を回復させて欲しいと頼まれた。無茶な願いだが断りきれず、ひとまず当たってみたあの男はこちらの目論見どおりに動いてくれた。

とはいえ、その結果がこれである。

(ついに耄碌したのか……この爺さんは)

 

この時代でも、痴呆につける薬はない。

(恩の一つも売れるかと思ったが、あてが外れたな……)

「まあ、どうなるかはわかりませんが。回復の兆しが見えたら連絡しますよ、先生」

投げやりにそう言って、男は通信を打ち切った。

 

 

殺風景な部屋、たった一人の病室の中で、呆然と真っ白な壁を見つめる少女。腕には何本も点滴が繋がれ、それでもなお顔色は悪い。まるで魂がどこかに抜けていってしまったかのように、虚ろに佇んでいる。

彼女――佐倉杏子は、あの痛ましい事故から二ヶ月が過ぎた今でも一歩として、ベッドの外へ出ることは叶わなかった。

(どうして、あたしは生きているんだろう)

眠れない夜はいつも思う。誰も何も教えてくれない。気を遣っているのはわかっていた。聞けばきっとショックを受ける、と。

それが逆に辛い。わかっているのだ。何かとても大変なことが起きたのだということは。きっとそれに巻き込まれて、大切な家族も、それまでの生活もすべてが消え去ったのだと。

 

(なのにどうして、あたしだけが生き残ってしまったんだろう)

生き残ってしまったからには、生きようとしなくてはならない。わかっているのに体は動かない。動いてくれない。動きたくない。

回りの優しい勘違いを訂正する気にもなれずに、ただ毎日を無為に過ごしていた。

(そろそろ、いつもの看護師が来る時間だ)

誰もが優しい言葉を、気遣いを見せてくれる。けれど、本当のことは何も教えてくれない。待っているのだろうか。時間が自分の傷を癒して、真実に耐えうるようになる日を。

(……だとしたら、それってとってもひどいなことだよ)

扉が開く音、陰鬱な気分でそちらに振り向くと、そこにいたのは。いつもの看護師の姿――ではなく、頭に包帯を巻きつけた男の姿だった。

 

「やあ、お邪魔するよ」

それは、杏子が消え行く意識の中で見たもの。死と瓦礫に塗れていた自分を掬い上げた、男の姿だった。

「………ぐんじん、さん」

声を出そうとして、喉がかすれて出なくって。やっとのことで話した声は、か細く弱々しいものだった。

 

(まさか、ここまで衰えているとは……)

その姿にロスは絶句していた。だがそれを決して表情に出さない程度の理性はあった。杏子の驚いたような顔は真っ白にやつれて、血の気が一切感じられない。何度か失敗してからようやく出たその声は、あまりにも弱々しくて。

(やはり、ここに来てよかった。……これは、あまりにもひどい)

「けが……したの?」

「っ……ああ、ちょっとお仕事で失敗してね。検査とかいろいろで、二週間くらいはこっちにいることになると思う」

短い時間だ。彼女を救うのに、こんな短い時間で足りるのだろうか。

「だい、じょうぶ……っぐ、けほ、けふ…っ」

苦しげに言葉をかけていた杏子が、突然苦しんで噎せはじめた。

 

「無理して話そうとするからだ。言わんこっちゃない。水くらいは飲めるかい?」

苦しげなまま、それでもかすかに杏子は頷いた。極力深刻そうな顔は見せずに、ロスは水差しを手に取った。

 

「少しは、落ち着いたかな?」

「……うん」

相変わらず力のない声。けれども幾分か掠れた調子は収まった。

「体の調子は、まだあまりよくないようだね」

「しゅじゅつ、は、うまくいったって」

それでもまだ、どうにも声は覚束ない。口が上手く動いていないのだろう。まあ、話を聞く分にはこれでも構わないだろう。

「なら、きっとよくなるだろうと思うよ。むしろ私の方が危ないかもね。何せやられたのが頭だ、しっかり検査してもらってくるとするよ」

「……ぐんじんさんも、しぬの?」

感情が何も見えない、凍りついたような表情で杏子は問いかける。

「死ぬかも知れないし、そうでないかもしれない。誰だって、死ぬときは死んでしまうものさ。こういう仕事をしていると、それを嫌というほど思い知らされるよ」

あの事故が巻き散らかした死は、目に見えない形で杏子に纏わりついている。果たしてどう払ったらいいものか。皆目検討もつかない。

 

「それとね、私はロスだ。ジェイド・ロス。少し長い付き合いになるかも知れない。まずは、自己紹介をしておこうと思ってね」

「ろす」

小さく、口の中でその言葉を転がすように杏子は呟いた。

「ああ、ロスだ。よろしく頼むよ、佐倉くん」

杏子は小さく頷くだけで。

その後は取りとめもないような話すらもろくに出来ずに、ようやくやってきた看護師に追い出されてしまったロスであった。

 

「なかなか強敵だ、参った」

健康な体で病院なんてところにいるのである。とかく退屈でたまらない。一通り事情は説明されているらしく、表向きは患者という扱いがされているようだが。

とにかく考える時間だけは山ほどもある、ロスはこれからのことを考える。

「考えていても仕方がない。とりあえず、色々話を聞かせてもらうことにしよう」

思考は回れど答えは出ない。こういう時は、別のことをしてみるのもいい。なかなか大変な仕事になりそうだが、ここまで来たからにはやるしかないのだ。

 

聞き込み、というか世間話というか、そういった類の話を一通り終えて。再び、ロスは考える。彼ら、彼女らの話から透けてきたもの。佐倉杏子を、どう扱っているのかということ。

「本当にかわいそうな子よね、あんな小さいのに」

 

「事故のことを聞いたら、きっとショックを受けるでしょうね」

 

「一体あの子、これからどうなるんだろうね」

……等々と、色んな話を聞いてきた。お陰で、どうやら少しだけ見えてきたものもあるようだ。そして、何をすべきかもわかった。

準備は、万全とまでは言うまいが、整ったと見てもいいだろう。

 

「さあ、行こうか」

 

 

 

体はほとんど動かない。そのままずっと寝ていては、体がおかしくなってしまう。だから、いつも誰かが定期的に体の向きを変えに来る。慣れはした、けれどそんなことすら誰かに頼らなければならない自分が情けなくて。そのたびに、杏子の気分は沈んでいった。

(あの人は、あたしを助けてくれた人だ。覚えてる)

ロスのことを思い出す。頭の怪我だと言っていた。心配だった。

(死んじゃうのかな……あの人も。嫌だな、そんなの)

断片的に蘇る死のイメージ。崩れて降りかかる重たい衝撃、体が押しつぶされる痛み。視界を赤く染めるナニカ……。

(あたしが、代わりに死ねたらいいのに。こんなになって、生きてたってしょうがないよ)

 

杏子が暗い思考に沈みかけていたその時に、再びロスが部屋を訪れた。

「やあ、お邪魔だったかな?」

「……ろす」

相変わらず、声は上手く出なかった。

 

「今度は君に話があってきた。とはいえ、聞くかどうかは君に任せる」

声の調子が変わった。それは子供に言って聞かすような口ぶりではなく。どちらかと言えば、同じ部隊の人間と話すような声色で。

「君の身に起こったこと。何故、君の家族が、君がこんなことになってしまったのか。……誰も、君をそれを話そうとはしなかっただろう?」

驚愕する。

その言葉に弾かれたように、目を見開いて杏子は顔を上げる。誰もが自分を子ども扱いする。誰もが自分を腫れ物の用に扱う。可哀想だと言う、何も教えてはくれない。……そう、それは確かに不満だったのだ。

「ほんとう、に。おしえてくれる……の?」

「君が望むのならね。あらかじめ言っておくが、気分のいい話じゃない。聞けば後悔するかもしれない。選ぶのは君だ。佐倉くん」

 

真っ直ぐに、真摯に。ただ答えを待つ。

佐倉杏子はまだ幼い子供だ。そんな子供が受け止めるには、これは重すぎる事実だ。だが、しかし、それでも。それを笠に着て、意志を示す機会さえ奪っている。それが正しいことだと言えるのだろうか。

いつか機会を見て話すこともあるのだろう。だが、自分が関わる事ができるのは今しかないのだ。

残酷な選択を強いる。心は痛む。ひょっとするとこれは、部下に危険な任務を命ずる時のその心境にも似ているのではないかと、若き司令官は考えていた。

 

「……きかせて。ろす。あたし、しりたい。だれも、おしえて……くれない。だから、おねがい。ろす」

その視線を受け止めて、杏子も真っ直ぐロスを見据える。その瞳にはもう空虚はない。

どんなもの、判別のつくようなものではないが、確かにその瞳には意志と呼べるものが宿っていた。

 

そして、ロスの口から語られるバイドという敵の存在。それが引き起こした大破壊、エバーグリーンの墜落。それでも尚続く戦い。

一気に話し過ぎたようで、杏子はかなり疲れた様子だった。

「……随分とざっくりだが、これが今の人類を取り巻く現状だよ」

理解が追いついていないのだろうか、杏子はどこか呆然とした顔をしていたが。それでも一つずつ、投げかけられた言葉を飲み込んで。

「どうして、どうして……そんなことをするの、ばいどは」

「それがわかれば、こんな苦労はしてのだろうけどね。……あいつらはただ、全てを攻撃している。そのために進化し、増殖している。それだけの存在だ」

だからこそ、ありとあらゆる手を尽くして抗わなければならない。でなければその先にあるのは、飲み込まれて果てる未来だけなのだから。

 

「どうして、それをおしえてくれたの?」

杏子の声には、いつしか力が篭り始めて。

「敵を知っておくことは、戦う上でも生きる上でも重要なことだからね。それに君のこれからの人生は、辛いものになるかもしれない。その時に誰かを恨むくらいなら、バイド連中を山ほど恨ませてやろう、ってね」

最後のところは冗談っぽく、笑みを混ぜて話していた。生きるための力というのは、必ずしも前向きなものばかりではない。何かを恨む、憎む。そういうものも人を突き動かす力になる。

出来ればこんな子供には、そんなものは背負って欲しくはないのだが……と、内心の考えはおくびにも出さずに、ロスはおどけたようにそう言った。

 

「たたかっているんだよね、ろすは。ばいどと」

「………まあ、ね」

実際のところ彼の部隊はただの輸送部隊。今のところほぼ実戦経験はない。というのはここだけの秘密。

とはいえ、今後も戦況が激化の一途を辿ればそうも言ってはいられないだろう。

「あたしも、たたかえないかな」

固くこわばった手を、無理やりぎゅっと握り締めて。引き攣れるような痛みに顔を顰めながら、搾り出すように呟いた。その言葉は、確かにロスにも届いている。

子供の言う事ではある、現実を知れば、恐らくそんな意識は吹き飛んでしまうだろう。だがそれでも、ロスは今、一人の人間として杏子と向き合っている。

「人に、特に子供になんてお勧めできる生き方じゃない。でもそれだけだ。その意志が本物で、どこまでも貫き通せるなら。不可能ではない」

ロスの言葉に杏子は押し黙る。何を考えているのか、その表情からは推し量れない。

それほどに、多くの複雑な感情が渦巻いていた。

 

「ろす、またきて。もっと、おはなしして。あたしは、しりたいんだ。あたしの、あたしたちの、てきのこと」

杏子の心には、確かに火がついたようだ。この日初めて、ロスはバイドという厄介者の存在に感謝した。絶対的な敵。その存在が、どうやら杏子を立ち直らせたようだから。

 

それから二週間、ロスは杏子と多くの時間を過ごした。バイドへの敵愾心が、死に掛けた杏子の心に再び火をつけた。

それからの杏子は劇的な回復を遂げた、もともと肉体的にはほとんど健常だったのだから、それはある意味当然とも言えたのだが。

「しかし、たった二週間だ。びっくりするくらい元気になったものだね、キョーコ」

「そりゃー当然だろ、あんな話聞かされ続けてたら、いつまでも寝てなんかいられるかっての」

ベッドに腰掛け、楽しそうに話す二人である。杏子なんかは随分キャラも変わった。というか、恐らくロスの影響だ。

幾分か……というか随分と、彼はフランク過ぎた。結果として、杏子はロスと対等に話し続けたばかりか、回りの大人にまでこの調子で接しているのである。

あんまりにもあんまりな急変に、周囲の人間は皆戸惑っていたのだとか。

 

「しっかし、ロスも明日で退院かー。つまんなくなるよなー」

「もともとはただの検査だからね、どうやらたいしたこともなかったようだし」

「あたしもさ、体はもう大分よくなってきたし、もうそろそろ退院ってのが見えてきそうなんだ」

「それは本当に何よりだ、私も色々話を聞かせた甲斐があったよ」

ここに来た目的は達成できた。十分満足できる成果だ。これなら、帰った後しこたま聞かされるであろうアーサーの愚痴にも耐えられる。

「なあ、ロス。……あたしも、一緒に行っちゃだめかな?そりゃ今はこんなナリだけど、体は鍛える、勉強だってする。どんな事だってするからさ……一緒に、ついて行っちゃだめかな?」

それでもまだ、杏子は時折歳相応の子供のような顔を見せることがある。どうやら杏子は、ロスに依存している部分も大きいようだ。そこがまだ少しだけ不安ではある、ただもうこれ以上時間は割けない。

 

「無理だ。第一私には、部隊の戦力増強に関する裁量権は持ち合わせていない。つまり、勝手に人を増やせないということだ」

杏子の自尊心のことも考えて、あえて杏子が子供であるという理由は使わない。勿論今言ったことは事実。今後の状況を鑑みると、ある程度の戦力増強は急務なのだが、それをするための権限がないというのが、目下一つの悩み事ではあった。

 

「そっか……残念だなー。ロスとだったら一緒にバイドと戦えたかもしれないのにさ」

「なら、ちゃんと体を鍛えて勉強することだ。一見遠回りだが、それが一番の近道だ」

「面倒なこと言ってくれるよね。一体何年かかると思ってんのさ」

「早くて10年、といったところかな」

「10年だろ?そんなに過ぎたら、ロスなんかもうおじさんじゃないかよ。……でも、本当に10年頑張ったら、ロスに追いつけるんだね?」

「私の地位まで上ってくるなら、そこから更に10年だな」

「そういうことじゃないっ!……一緒に、戦えるんだよな?」

「……その頃まで、戦うような相手が残っていればね」

バイドとの戦いが後10年続くだろうか、と考える。

人類は、未だかつてないほどの総力戦を強いられている。そうでもしなければ、バイドに抗い得ないのだから。バイドを根絶しない限り、そんな戦いを10年以上にわたって続けられるかといえば、厳しい。

だからこそバイド中枢の破壊を持ってバイドの根絶を為す、対バイドミッションが行われているのだ。

恐らく杏子がまっとうな手段で戦場に出るような時には人類は既に潰えているか、もしくはバイドが潰えていることだろう。そんな考えは思考の端にあったのは事実。

 

「わかった。なら、絶対に追いかけてやる。どんだけつらくたってきつくたって、あたしは絶対諦めないからね」

「まったく、二週間前のしおらしさが噓みたいだ。だが、頼もしいね。そろそろ行くよ。キョーコが退院する時には、また顔を出すとするさ」

「約束、だからな」

 

言葉と心を交わした短い時間。それでもそれは、杏子に新たな人生を与えることになった。そしてロスは再び、軍人の名前をその身に纏って艦へと戻る。

 

「その顔を見るに、どうやらうまくやったらしいな、ロス」

「そんなに顔に出てたかな、アーサー?」

「長い付き合いだからな、それくらいはわかるさ。……さて、俺からお前に渡しておくものがある」

ぱさり、と机の上に投げ出されたのは数枚の記憶ディスク。

「代理じゃ話にならん、っていう案件がいくつかあってな。どうにもならんから俺の手元で留めておいた。さっさと処理しといてくれよ、艦長」

「んなっ……こ、これは」

ざっと見る限り、一日二日でどうにかなる量ではない。

まあ、人一人助けた対価としては安いか、とロスも気合を入れなおす。

「片付けておくよ。本当に助かったよ、アーサー」

「こういうのは、もうこれっきりにしてくれ。色々と心臓に悪い」

今回のことで、やはりもつべきものは友だと実感したロスなのであった。……多分、同じこともう一回やったらただじゃ済まないだろうということもわかっていたのだが。

 

そして、年が変わって2164年。第1次バイドミッションの英雄の、その帰還に端を発した事件。後にサタニック・ラプソディ、デモンシード・クライシスとも呼ばれる事件が起きたのは、その年の初頭のことである。

その被害の規模自体は先のエバーグリーンと比して小さく、比較的早期に事件は鎮圧された。しかしそれは、地球圏に初めてバイドが侵攻したという事例であった。

それを重く見た地球連合軍はついに、各部隊の隊長に戦力増強の裁量権を与えることを決意したのであった。

 

そしてそれは、ロスの部隊においても例外ではない。

ロスは中空に浮かび上がったその書類を見ながら、ぼんやりと部隊の編成のことなどを考えていた。

今この部隊にあるのは、三機の戦闘機に早期警戒機と補給機が一機ずつ。戦力としては心もとない。工作機の一機は欲しいし、もう少し射程のある機体も欲しいところである。

とはいえ、戦力増強は全て自分の部隊の裁量で行わなければならない。それはつまり、機体の調達からパイロットの徴用まで、全て自分で行わなければならないということで。まだ年若く、コネやツテどころか実戦経験さえも少ないロスには、非常に頭痛の種だった。

 

「同期はあらかた当たって見たが全滅だ。それはそうだろうな。あの号令が出てからどこの部隊も戦力増強に躍起になっている、他所に回す分などありはしないか」

「またその話題か。ロス。別にそこまで急いで戦力を増強する必要もないんじゃないのか?今のところ、うちの部隊はこの人数で回せてる。無理に増やすといってもなぁ」

軽く手を振り、浮かんだ書類をかき消しながらロスは呻くように声を絞り出した。そんな憔悴しきったロスに、不安げにかつ不思議そうにアーサーは尋ねた。

「わかってはいるのだがね、この命令はかなり歪だ。裁量権だけ与えられてもね、それで部隊が強くなるわけじゃない。本来だったら待っていれば上から設備や人員は降りてくる。だが今後はそれも望み薄だ」

「つまり、篩ってことか?」

「可能性としてはある、ってところかな。この命令を機に部隊戦力を伸ばすことができれば、それはつまりその部隊が少なくとも使える部隊であることの証明にはなる。優秀な戦力が欲しいのはどこも同じだろうからな」

「って言ってもなぁ。質を無視して数だけ増してもしかたないと思うんだが」

「それは私も思う。……これが篩なのだとしたら、多分それはもう一段くらいあるのだと思うよ」

「数の次は質を問う、ってことか……上は何を考えているんだかな」

「流石に、そこまでは私もわからないよ。とにかく今は、少しでも戦力増強に努めることだ」

 

一通り話題も煮詰まった。少し気分転換でもしようかと思っていたところに。

「ああそうだ、お前宛に手紙が届いてたぞ。もしかしたらどこかからのいい返事かも知れんな」

手渡されたのは手紙。この時代にしては、手書きというのも珍しい。宛名を見るとどうやら、杏子の入院している病院のようだ。何かあったのかと、早速封を切ってみた。

それは杏子からの手紙だった。

どうやら近々退院するとのこと、その後の行き先もどうやら決まりそうなのだという。その字面や、貼り付けられた写真からはとても嬉しそうな杏子の様子が伝わってくる。

そういえば、見送りに行く約束もしていたことを思い出す。

「アーサー、私は有給を取る」

「は?」

「ここ数日というか丸一週間、あちこち駆けずり回って頭と体を酷使しすぎた。この辺りで一日くらい休暇を入れないとそろそろ仕事に支障を来たす。だから休む」

 

「……で、その手紙の中身は何だ」

アーサーはあくまで冷たく言い放つ。自分でなくともそうするだろう。腐れ縁の仲なら尚更遠慮はいらなくなって。

「いや、あの子が近々退院するらしくてね。見送りに行こうと思って」

「んなこったろうと思ったよ。……まあいい、ここ数日、お前の焦燥ぶりは見てるこっちが不安になる。陸に下りて、向こうの空気でも吸ってこい」

甘いとは思いつつも、この部隊が最大効率を発揮するためには結局、ロスの存在は欠かせない。そのロスがここまで参っているのだから多少の融通くらいは利かせてもいいか、なんて本人の前では絶対にいえないことを考えて。

「三日くらいで済ませる。ついでに母校の教官殿にあての一つもないかどうかを聞いてくるさ」

「そういうとこだけそつがないのな、お前」

かくしてロスは再び地球へ。まずは一路病院へ。

 

 

「本当に、本当にあんたと一緒に行けば、あたしは戦えるんだな?」

すっかり退院の支度を整えた杏子は、やや興奮気味に詰め寄った。

「ええ、そうですとも。我々の研究が形になれば、戦う意志と資質のある者は、歳など関係なく戦うことができるようになるのです」

その声に応えたのは、柔和な顔立ちをした初老の男性。後にKと呼ばれ、狂気の科学者集団の長となる男、その微妙に若かりし日の姿である。

「そのけんきゅー、ってのにあたしが協力すればいいんだろ?そうすりゃあたしは戦えるようになる」

(そうすれば、ロスと一緒にだって戦える)

「ええ、そうですとも。その戦おうとする強い意志、そしてあなたには資質もある。まさに我々の研究にとって、最高の協力者となってくれることでしょうとも」

Kもまた、感極まったような声で答えた。

 

 

「ちょっと待ったぁっ!!」

ドアを蹴破るような勢いで押し開けて、ロスがその場に現れたの。

「おや、君はどなたですか?」

「ロスっ!なんでここに!?」

同時に驚いたような声を上げる二人。

「いえ、何。ちょっと聞き捨てならない話を聞いたもので。ちょっと乱暴ですがお邪魔させてもらいましたよ」

乱れた服を軽く整え、ついでに息も整えながら。ロスは杏子とKを交互に見据えて。

「彼女の身柄は、私が引き受けることになっているんですよ。勝手に連れて行かれては、困りますね」

あえて軽妙な調子をつけて言う。Kは不思議そうに首をかしげ杏子は驚き眼を見開いた。

 

「それはおかしいじゃないですか。私は彼女にちゃんとお願いして、納得もしてもらっているんですよ。彼女の意志も固いのですから、それを無理やり曲げるのは感心できません」

Kの声はあくまでも穏やかで。

「そもそも、そのような話は何も届いてませんよ?一体どのような権限で、彼女の身柄を引き受けようというのですか」

杏子は不安げに、二人を交互に見つめるだけだった。

「これですよ、部隊裁量権の譲渡。私はゲルトルート特別連隊隊長、ジェイド・ロス中佐です。私の権限で、佐倉杏子を私の部隊に配属させてもらいます」

言葉と同時に突き出された電子書類。どうやら地味に出世していたらしい。流石のKも、それを見ては表情を変える。

 

「どうして、彼女にそこまで肩入れするのです。あなたは。……まあ、いいでしょう。しかたありません」

小さく肩を落として溜息をつくK、そのまま部屋を出て行こうとするが。

「ああ、ですか杏子さん。あなたがもし我々に協力する気になってくれるのでしたら、いつでも連絡してください。私達にはあなたの力が必要なのですから」

そんな言葉を残して、Kは去っていった。

「ロス、今の……あ?」

杏子はまたしても驚愕した。恐る恐る覗き込んだロスの表情は、ものすごく苦悶に歪んでいたからだ。

 

(やってしまった……つい勢いで言ってしまった。まずい、まずいったらまずいぞ)

普段は優秀なはずのロスの頭脳も、ことこの場においては何の意味もなさない。とにかくロスの頭の中には、やっちまったーという言葉が散乱していた。

 

「あのまま連れ去られていたら、恐らく実験動物扱いされていたと思うよ。あれはTEAM R-TYPE。最強最悪の科学者集団だ」

ようやく衝撃から立ち直ったロスが、酷く疲れた顔で杏子に事情を説明した。

「……じゃあ、あたしはどうなるのさ」

「どうするかな、あいつらの手の届かないところに逃げてもらうのが一番なんだが。流石にそんなあてはないしなぁ……」

「じゃあ本当に一緒につれてってくれればいいじゃん。それなら問題ないんでしょ」

「……子供の遊びじゃないんだ。いくらなんでも、そんなことさせられるわけがないだろう、キョーコ」

言ってしまってから、しまった、と気づく。杏子にとって、いつか一緒に戦えるということが希望だったのだ。それを自ら踏みにじるような言ってしまった。明らかな失敗だ。

 

「それでも、あたし……戦いたいんだ!お願いだよ、戦わせてよっ!ロスっ!」

それでも、杏子は訴えた。その瞳に涙を浮かべて。

「何でそんなに……普通に生きる道を選ぶことだってできるんだぞ。わざわざ苦しい生き方をする必要なんて……」

「あんたと一緒に居たいんだよ!あたしにはもう、あんたしかいないんだ!……だから、お願いだよ。一人に……しないでよ、ロス」

声を顕わに叫んで、必死に縋って、泣きじゃくって。そこにはいつも見せていた気丈な表情はなく。初めてであったときの、消え去りそうな空虚さもない。

本当の佐倉杏子の姿が、その想いがあるだけだった。

 

「とても、つらいことばかりだ」

 

「それでも、あんたがいれば、我慢できる」

 

「死ぬかもしれない」

 

「怖いよ、でも、もう会えないほうがもっと怖い」

 

「……人を、殺すかもしれない」

 

「あたしは……それでも、ロスと一緒にいたい」

 

見つめあい、しばしの間の沈黙の後。

「私の負けだ。本当に……とんでもないものを拾ってしまったよ、私は」

苦悶の顔が、諦めと呆れの混じった顔へと変わった。

「こうなったら仕方ない。一緒に行こう。キョーコ」

「……うん、ロスっ!」

涙を拭って、飛び切りの笑顔で杏子は応えたのだった。

 

「大変だったんだね、あんたも」

エバーグリーン、その名前は誰もが知っている。それが引き起こした事件が、恐ろしいものであることもまたそうだ。

ただ、さやかには実感が湧かなかったのだ。自分の知らないどこかで、何か恐ろしいことが起こっている。そのくらいにしか思っていなかった。

それが今では、バイドという敵の仕業であることを知った。その傷痕を身に刻んで生きている、杏子のことを知った。同情もある。それ以上にさやかは考える。それが、杏子の戦う理由なのだろうか、と。

「まあ、この体は半分以上がもう作り物だからね。それでも何の問題もなく動ける、生きてる。最近の医療技術ってーのは恐ろしいよ。それこそ、魔法みたいだ」

(作り物の、体……アイツも、これくらい大変だったのかな)

そんな杏子の言葉に、さやかの脳裏に思いがよぎる。幼馴染だった少年のこと。かつて不幸な事故があった、その少年のことを。

けれども、すぐにまた杏子が話を続けたので、ひとまずそれは打ち切ることにして。

 

「ま、そーゆーわけであたしは軍に入った。って言ってもまだガキでさ。出来ることなんて、それこそ雑用みたいなもんだったけどさ」

 

 

 

 

「まあ、何というか。諸君らにとっては非常に理解しがたいことだと思うのだが」

輸送艦の中の格納庫、クルーが一同集まるその前で。

杏子とロスが並び立ち、少し離れてアーサーが非常に渋い顔をして声を放った。こんな態度を取っていては、周りに示しがつかなくなるとも思いはするが、この状況ではどうにもならない。

「本日より、この部隊に新たな人員が配属されることとなった。なんとも驚くべきことに、かつてエバーグリーンが堕ちたときに、我々が救った少女が帰ってきた。……佐倉杏子二等兵だ」

クルー達は言葉もなく、押し黙ってその様子を見つめている。正直に言って、信じられないといった風だ。そんな視線の真っ只中において、杏子は少し緊張した面持ちで立っている。

 

ロスは何も言わない。杏子の意志が本物であることはわかっていた。

ならば、納得のいくまでぶつからせてみよう。きっとどこかで挫折もするだろう。そこで終わるようならそれでいい、今度こそ、平穏な日常へ戻してあげよう。

もしも戦い続けることが出来たというのなら、その時は……。

「何か、言うことはあるかね?佐倉二等兵」

アーサーは、さっさとこんなことは切り上げたいと内心考えながらそれでも一応通例どおりに杏子に尋ねた。

その言葉に、杏子は頷き前に出る。そして、大きく息を吸い込んで。

 

「あたしは、ここにいる皆に命を救われた」

子供そのものの、まだ少し高い声で話し始めた。

「最初は、どうして自分だけが助かったんだなんて思った。でもロス艦長は教えてくれた。あたしが巻き込まれた事故のこと、皆が戦っている敵のこと」

それを聞くクルー達の間に、静かなどよめきが起こり始める。普段ならそれをとどめる立場のアーサーは、黙って耳を傾けている。

「だからあたしは、皆から助けてもらった命を皆のために使いたい。もっと、多くの人を助けるために使いたいんだ!」

軍人とは、必要があれば命を奪うことも辞さない職業だ。

それが多くの命を守るためとは言え、命を守ったのだということを直接実感する機会など、そうはない。けれど今、彼らが救った命が目の前にある。彼らと同じ志を持って。

 

「あたしは子供で、すぐに大人になんかなれないけど。それでも出来ることはなんだってする。だから、皆と一緒に……一緒に、戦わせてください。お願いしますっ!!」

声を張り上げ、深く頭を下げる。子供がするには、それはあまりにも壮絶な覚悟だろうと思う。いつしか、どよめきは納まっていて。

ぱちぱち、と。乾いた音が一つ。それに続いてもう一つ、また一つ。それは誰かが手を打つ音で、次々に広がっていく。

 

「俺達が救った命だ、俺達がちゃーんと面倒見てやりますよ」

拍手をしながら、列に並んだ男が言う。その言葉に顔を上げ、きっとその男を睨んで杏子は。

「あたしは面倒を見てもらいに来たんじゃない、皆と一緒に戦うために来たんだっ!」

と、やや興奮気味に食って掛かった。その剣幕が、大人たちには微笑ましい。

「はっはっは、こりゃ頼りになりそうだ」

「期待してるぞー、二等兵殿ー」

「気の強さだけは一人前じゃない?」

なんて、随分と賑やかになってきた。ぱん、と一つ手を打つ音。見れば少し怖い顔をしたアーサーが。

「静かにしろ、お前達。それと佐倉二等兵。お前ももう軍と組織の一員だ。言動には気をつけるように。……では解散だ、各自持ち場に戻れ」

 

「じゃあ、最後に一つ」

そんな様子を黙って見つめていたロスが、静かに声を上げて。

「佐倉二等兵、どんな事情があったにせよ君はもうこの艦の一員だ。この艦は私たちにとって家であり、私たちは皆家族とも言える。だから今日からここが君の家だ、そして我々が、君の家族だ」

それが、杏子の新たな人生の始まりだった。

 

結論から言ってしまえば、軍隊なんていう組織は子供のいられる場所ではない。

ロスも極力、彼女を特別扱いはしないようにしてはいた。ただ、問題はその他のクルー達だった。自分たちが救った命ということで、気にかけることも多かった。

そしてそれは幼い少女で、まるで自分や親戚の子供のようにも見えた。おまけに杏子は、非常に努力家だったのである。周囲が驚くほどに。

その結果どうなったかといえば、所謂一種の偶像、アイドル的なものとして杏子は受け入れられていた。勿論そんな扱いは大いに不服、と杏子は対抗心を顕わにし、更に職務に励む。

そんな姿を見て、周りの大人たちも触発されて頑張り始めた。なんだかどうも、当初の予想とは違った具合になってきて。これにはロスも困惑するのであった。

それでもこの時期のゲルトルート特別連隊は、かつてないほどの士気の高さであったのは事実である。

 

もう一つ周りの誰もが驚いたのは、杏子がR戦闘機乗りとなることを望んだことである。事実として、R戦闘機のパイロットは小柄であることが望ましいとされる。急激な機動によるGに耐えるためにも、コクピットブロックの容量を圧迫するためにもである。

そのため、パイロットの四肢の切断やパッケージ化、幼体固定といった黒い噂も絶えない。

それをどこから聞きつけたのか、ともかく杏子はそれを望んだ。

最早この時期になると、杏子の無茶を止めることのできる人間はロスかアーサーくらいのもので。挙句止めるつもりもなかったようで、結局杏子はR戦闘機乗りとしての訓練も受けることとなる。

 

そこまでで、二年である。

 

バイドとの戦闘は熾烈を極め、第2次バイドミッションが発令された。ただの輸送部隊であったはずのロス率いるゲルトルート特別連隊もそして杏子もまた、その中で戦っていくこととなる。死と隣合わせの戦いが続く日々。杏子自身も死に掛けたことは何度もあった。

それでも、幸せだったのだ。皆と助け合って、戦い抜いていける。ロスと一緒にいられる。これからもずっと。……ただそれだけが、純粋に幸せだったのだ。

 

「篩、ってのはこういうことか、ロス?」

「だろうね、地球圏の全部隊による合同演習、それも実戦にかなり近い模擬戦形式と来た。……果たして、お偉いさんはそうまでして何をしたいんだろうか」

ロスとアーサーの二人が眺めるモニターの中で、閃光をばら撒きながら交錯する二機のR戦闘機。

方や、杏子が駆る赤いカラーリングのアロー・ヘッド。対峙するのは模擬戦の相手となる部隊のエース、ピンクのキャノピーやハートのマークが目に残る機体R-9A3――レディ・ラヴ。

機体性能でも、パイロットとしての技量でも追いつけない。それでも必死に杏子は敵機に喰らいつく。そうすれば、必ずロスがどうにかしてくれる。そう信じていたから。

 

「しかし本当に、キョーコも成長したもんだな。背も随分伸びた」

「まさか彼女に、パイロットとしての適性があるなんて思わなかったよ。……ひどい話だとは思うが、彼女ももう立派な戦力だ」

艦を進ませながら、杏子の成長振りを改めて噛み締める。今やロスも新米の肩書きは取れている。いっぱしの指揮官として艦の指揮を執る。

「艦長。敵艦との距離、8000まで近づきました」

オペレーターからの声が届く。

「よし、いい距離だ。ここまで邪魔されずに来られるとはね。パイロット達も皆、いい仕事をしてくれたようだ」

その言葉に、満足そうにロスはほくそ笑み。

 

「では船速そのまま!シューティング・スターを発進させろ!」

R戦闘機同士の戦闘で敵の目を惹き、その間に敵旗艦に接近。超射程の波動砲をもつ狙撃機、シューティング・スターの突撃で一気に敵艦を沈める。たとえ護衛の機体がいたとしても、それが駆けつける前にシューティングスターの波動砲は敵へと届く。

敵と比べて戦力に劣るロスの部隊が、勝利の為に考えた作戦だった。そしてそれは間違いなく成功し、敵艦は行動不能と判定、模擬戦はロスの勝利に終わった。

「やったぜ!ロスが勝った!……でも、パイロットとしちゃああたしの負けだ。もっと、強くならなくちゃね」

杏子もまた、その模擬戦の結果に満足すると同時に、超えるべき壁に対して意欲を燃やした。こんな模擬戦が何度も繰り返され、驚くべきことにロスの部隊は、寡兵ながら兵員の質と見事な戦略によって次々に勝利を収めていく。

 

恐らく、それが当初からの軍の目的だったのだろう。そうして勝利を収め続けたロスの元に、新たな命令が下された。

木星軌道上にある軍事施設――ミーミル。バイドに占拠されたその施設を奪還する。それがロスに課せられた任務であった。

 

「じゃあ、あんたは木星までいって戦ってたんだ」

もう随分長いこと話を聞いていた。外から流れる戦闘の音は未だ止まない。九条からの通信もない。内心の焦りは抱えつつ、さやかは杏子に尋ねた。

「途中であちこち寄りはしたけど、あたしの知る限り、一番規模のでかい戦いだったと思うよ」

「それで……まさか、みんなやられちゃって、一人だけ生き残った……とか、そういう話?」

恐る恐る、といった感じでさやかが尋ねる。

「ははっ、んなわけねーだろっ。ロスがバイドなんかに負けるもんかよ。っつーか、あんたも軍にいるなら知ってるんじゃないのかよ、ロスのこと」

「いや……あたしは軍人……なのかなこれって。全然実感湧かないってゆーか。そもそもバイドと戦ってるだけで、軍人っぽいことなんて何も知らないしさ」

がん、とまた杏子が何かをぶつけるような音。苛立ちを紛らわすように、機体の外壁を蹴飛ばしていた。

 

「ンだよ、それ。ますますもっておかしいじゃんかよ。あんたみたいな子供がさ何も知らされずに戦わされてるってのかよ……機体から降りられないような体にされてさ」

「まあ、おかしいのはわかってるよ。でもさ、あたしはあんたみたいにずっと戦ってきたわけじゃない。そんなあたしが戦うためには、そうなる必要があった。そういうことなんだよ」

杏子の人生を聞けばそれだけ、今の自分が恵まれていることがわかる。どれほどの努力と苦労を重ねて、今の戦う術を得たのだろう。

それとほとんど同じような力を、こんな僅かな時間で得てしまっている。それがなんだか、さやかには恥ずべきことのような気もしていた。

「案外割り切ってんのな。あんたの話も、もうちょっといろいろ聞いてみたい気がするよ」

「じゃあ、杏子の話が終わったら、ね」

 

「……わーったよ。続きだ。……命令を受けて、そりゃあ戸惑いもしたし驚きもした。それでもあたしらはミーミルに向かったよ。途中で戦力も補充しながらね」

そして、杏子は再び語りだす。彼女の最大の戦いの記憶。そして、ロスとの最後の戦いの記憶を。

 

「――本当に、地獄みたいなとこだったよ」

 

 

 

「周囲のバイド体の殲滅を確認、この調子ならこのまま奥へ向かえそうだな」

ミーミルの内部は、まだ比較的施設としての機能を残していた。中でもまだ使えそうなドッグを急遽改修し前線基地として仕立て上げ、ミーミル攻略戦は比較的順調に進んでいるようだった。

「とはいえ油断は禁物だ、アーサー。最奥にある巨大なバイド反応。あれはまだ不気味に沈黙を保っている。奇襲でも仕掛けられたら大変だ。早く偵察機からの報告が欲しいところだね」

ロスの声にも緊張の色が混じる。指揮官となってより初めての、バイドとの大規模戦闘である。今のところは上手く行っているが、この先どうなるか。

 

「っ!通信です。先行したミッドナイト・アイからですっ!」

オペレーターの声も、緊張と興奮で震えている。

「すぐモニターへ。さあ本番だぞ。皆、気を引き締めろ!」

映し出されたモニター。カメラ・ビットからの映像が映し出されて、そこに映っていたものは。

「提督っ!とんでもないのが潜んでいやがった!ドプケラドプスですっ!くそっ、撃ってきやがった……これ以上は近づけない、このまま後退しますっ」

バイドの象徴たるその異形。四肢をもがれた異星人のようなその姿。そして胸部から突き出た、もう一つのバイド体。ドプケラドプスはまたしても人類の前に立ちはだかるのであった。

 

「ドプケラ……ドプス」

その名を聞いて、さやかの声が一気に曇る。思い出すのはマミの最後。あんなに綺麗で強かったマミを、いともあっけなく喰らったその姿。

目にした時間は僅かでも、その異形はあまりにも強くさやかの脳裏に焼き付けられていた。

「ああ、ドプケラドプスさ。ミーミルの奥にはとんでもないのが巣食ってやがった。あの時初めて実感した。バイドってのがどういうものか。初めて怖いと思った」

「でも……倒したんだ。あのドプケラドプスを。すごいな、杏子は」

「あたしだけの力じゃない。っていうか、あたしの力なんて全然役に立たなかったさ」

 

「さて、状況を整理しようか」

絶望的な状況下、それでも勤めて落ち着いた声を出してロスが言う。クルー達の表情にも絶望の色が見て取れる。けれども彼らはまだ諦めていない。

それが、ロスの落ち着いた様子と、ロスが今まで見せてきた実力によるものであるとロスは知っている。だから誰よりも自分がまず絶望してはならないこともまた、よく知っていた。

「ミーミル最奥に潜むドプケラドプス。一応ここは射程外だが、これ以上近づけば容赦なく攻撃が仕掛けられるだろう。まともにもらえばR戦闘機では耐えられない」

考えれば考えるだけ、状況は絶望的だ。

「この艦なら何発かは耐えられるだろう。艦を囮にR戦闘機を突入させて敵胸部に潜むコアを破壊できれば私たちの勝利。しかしそうやすやすとも行かせてはくれない」

奥に潜むはドプケラドプス。そしてそれを守るゲインズにタブロック。今までの交戦で相当数は減らしたが、まだ特に厄介な敵が残っている。

 

「この艦も、ドプケラドプスに加えてゲインズとタブロックを同時に相手にすれば流石に持たない。つまり、何とか先にこいつらを始末する必要がある。……参ったね、どうも」

距離を置いての撃ち合いでは、どうしても敵に分がある。こちらにも射程の長い機体はいたのだ、だが。

「シューティング・スターが落とされたのは痛かったね。このままだと撃ち合いにすらならない」

そう、こちらの長距離射程をもつ機体はすでに、最初の交戦において落とされていた。パイロットのことを悼む気持ちはあるが、今はそれに足を取られている暇はない。

皆それがわかっているからこそ、動きを止めるつもりはない。

「……よし、となればこれしかないな。総員、再突入に備えろっ!」

 

バイドに汚染され、澱む空間の中を艦が往く。それを盾にするかのように後ろに続くR戦闘機。すぐに接近を察知し、バイドが攻撃を開始する。ドプケラドプスより吐き出された体液が。ゲインズの凝縮波動砲が、タブロックのミサイルが艦を直撃する。

それでも艦の足は止まらず、ぼろぼろになりながらも敵へと接近していく。

「今だ!各機散開っ!!」

合図と同時にR戦闘機たちが各方向に散開していく。その直後。

「デコイ爆破っ!」

デコイ。一部の機体や補給機に搭載されている機能である。それは波動エネルギーを特殊な力場に納め、自機と同じ形の物体を生成する文字通りの囮である。ただしそれは波動エネルギーの塊である。

力場を開放すれば、それこそ波動砲と同等のエネルギーを発生させることとなるのである。そしてその機能は、この輸送艦にも搭載されていた。

 

激しい爆発、それにゲインズやタブロック、ドプケラドプスでさえも巻き込まれていく。

だがその閃光の中から現れた敵は、どれもまだ健在。そこに、爆発の範囲から逃れていたR戦闘機たちが飛来する。

「タブロック撃破だっ!道は開けたよっ」

杏子のアロー・ヘッドが波動砲を放ち、タブロックを撃破する。さらに続いて波動砲が斉射され、ほかのゲインズたちも次々に撃ち落されていく。

だが、それでも尚ドプケラドプスは健在。デコイの爆発も有効打とは言いがたい。

「道が開いたっ!ならこれで……っ」

そこへ飛び込む機体がもう一つ。本来は航行距離を重視した機体であるがそのペイロードの多さから、爆撃機として改修されることとなった機体。R-9B――ストライダー。

それにたった一発だけ搭載された、波動砲にも匹敵する威力を持つ切り札。バルムンクと呼ばれる大型ミサイルが、ドプケラドプスの胸部を直撃した。

 

艦の司令室に歓声で沸き立った。……しかし。

 

「バイド反応……健在っ!ドプケラドプスはまだ生きていますっ!!」

爆炎の中で吼えるドプケラドプス。ミサイルの直撃を受けて尚。その凶暴性は失われていなかった。ぶん、と力任せに振られた尾がストライダーを直撃、粉々に打ち砕く。

「そんな……ばかなっ、うわぁぁぁっ!」

放射された体液がデルタの機体を溶かし、墜落させる。

「くっ……機体のコントロールが効かない……不時着するっ」

まさに墜落といった感じで、それでもどうにか外壁に下りたデルタ。気がつけば、その場で戦闘を続けられるのは杏子だけになっていた。

「な……み、皆が、こんな一瞬でっ!?」

改めてバイドの脅威、その異貌に立ち向かう。一人で戦わなければならない。そう考えると恐ろしくて、操縦桿を握る手が震えていた。

 

「キョーコっ!今すぐ撤退しろ!それ以上は持たない、撤退するんだっ!!」

ロスが叫ぶ。仕留め切れなかった。バイドの生命力を侮っていた。そのミスが仲間の命を奪い、今まさに杏子の命までも奪おうとしている。声を限りに通信を伝える。届いているはずなのに。

「ぁ……あぁっ。ぅぁぁ………」

(死ぬ……あたし、死…こんな、噓……っ)

眼前に迫る、まさしく死を体言するかのような異形。それを前に、その恐怖を前に。杏子は動くことができなかった。逃げることも、立ち向かうことも叶わずに。最早ただ死を待つだけだった。

「ごめん、ロス。あたし、もう……」

最後まで言葉を告げる、その前に。ドプケラドプスの凶悪なる尾が、杏子の機体に迫っていた。

 

 

「ヒーローは……遅れてやってくるってなぁっ!!」

閃光が、一閃。

それは違うことなくドプケラドプスのコアを撃ち抜き、更に照射を続ける。撃ち抜き、そして焼き払い。ドプケラドプスの動きを停止させる。

「今の攻撃は?」

「後方……距離4000!波動砲ですっ!」

その閃光に僅かに目を見開いて、続くオペレーターの言葉にロスは小さく笑みを浮かべると。

「……間に合ったか、アーサー」

安堵の表情を浮かべて、呟いた。

 

それは淡いアイスグリーンのカラーリングを纏った機体。その機体の上部には、巨大な砲身を掲げている。その名はR-9DH――グレース・ノート。

シューティングスターの派生機であり、ほぼ同程度の長射程を持ち、長時間の照射を可能とする機体である。そして、その射手は。

「よう、キョーコ。危ないところだったな」

「アーサー……副長。どうしてっ?」

「こいつがドックに打ち捨てられてたんでな。まだ動かせるから借りてきた。ほかにパイロットもいなかったからな」

そう、この機体は彼らが前線基地としたドックに存在していた。

恐らくは、戦闘に備えて整備をしていたのだろう。だが、結局乗り手はいずことも知れず果てたのか。まるで乗り手を待ち続けるかのように、整備された状態でドックの奥に佇んでいたのだ。

 

「副長……パイロットもできたんですね」

オペレーターが驚いたような声を上げる。無理もない。この艦におけるアーサーの立ち位置は、艦長以上に怖い人。まさしく艦のまとめ役だった。そこにパイロットとしての姿を重ねることはどうにも出来ず。

「彼はもともとパイロット上がりだからね。向こうでは随分名を馳せていたらしいよ」

ロスは困惑するオペレーターに事も無げにそう言うと、ようやく少し表情を和らげた。

(いや、なんでそんな人を副官にしてるんですか、貴方は……)

なんていうオペレーターの疑問ももっともである。だが、それを語る余裕は今はない。ここは戦場である。

 

「……ま、無事でなによりだ。アイツもこれでぶっ潰れた」

バイド反応は消失しつつある。最早この場に脅威はない。犠牲は大きいが、それでも勝利は勝利である。

「勝った……のか、あたしたち」

「ああ、そうだよ。……家に帰るぞ、キョーコ」

アーサーの落ち着いた声が、杏子の胸に染み入ってくる。こわばった手で握り締めていた操縦桿から、するりと力が抜けていく。勝ったんだ。この地獄みたいな戦場から、生きて帰ることが出来るんだ。

杏子の心が安堵で満ちていく。自然に笑みが零れて、それでも涙は零さないようにして。

「……ああっ!」

 

機首を翻して去っていく二機に、ソレは恨みがましい視線を向けていた。

程なく自分は尽きる。消える。それがよくわかる。それゆえに憎い。どこまでも果てしなく沸きあがる憎悪と攻撃本能に、最後の命の全てを乗せて。

ドプケラドプスは最後の一撃を放った。自らを葬った、あの忌まわしき砲身へと。

「バイド反応……後ろから、っ!?」

「心配すんな。……“見えんだよ”バイド」

その放たれた体液を、どこから飛んでくるのかも確認すらせずに。まるで後ろに目があるかのようにグレース・ノートは機体をスライドさせて回避する。更に空中で機体の向きを変える。

機体性能に頼った機動ではなく、単純に卓越した技量によって為されたそれは、自然とその砲身を敵の方へと向かせていた。

「デッドエンド……シュート!」

そして再び放たれる閃光。

それは違わず今度こそ、ドプケラドプスのコアを打ち抜きその存在を消滅させた。

 

「今度こそ……今度こそ、バイド反応消失。我々の勝利ですっ!!」

今度こそ、という言葉に気合を込めてオペレーターが叫ぶ。その声に続いて、艦内に歓声が轟いた。

「さっきのアレ、なんだったんだ。アーサー」

「アレ?デッドエンドシュートか?」

今度こそ、並び立って帰路を辿る二機。

「いや、それも気にはなるけどさ。……さっきの動き。まるで敵が見えてるみたいだった」

「ああ、そっちか。……まあ、見えてるって言えば見えてるのかもな。何となくだがわかるんだ、どっから敵が、攻撃が来るかってのがな。後はその方向に機体を向けて、撃つ」

信じられないような才能である。それこそ、こんな小さな部隊の副長に納まっているのがおかしい程に。

「なんだよそれ、わけわかんねぇ」

「だろうな。お前にゃ無理だ。誰にも出来ない。これは俺だけの必殺技って奴だ」

誇るような声を聞きながら、杏子はそれを羨んだ。自分にもそんな力が、才能があれば。もっとみんなの役に立てるだろうに。

 

「……あたしも、そんくらい戦えるようになりたいよ。どうやったら、そんな風になれるのさ、アーサー」

その言葉に、少しだけ困ったようにアーサーは口を噤み。

「精神論ってのは好かないんだけどな。とにかく自分の感覚を信じろ。R戦闘機を自分のもう一つの体みたいに感じることができりゃあ……あー、やっぱり自分で言ってても胡散臭ぇや」

「なんだよ、それ」

こんな説明でわかるはずがない、と杏子が食って掛かるもアーサーはそれ以上は誤魔化してはぐらかすだけだった。

 

かくして、ロスは英雄となった。寡兵ながらもミーミルを奪還。ドプケラドプスの撃破を成し遂げた。それだけの成果を上げた人間など、軍の中にもほとんどいない。

白羽の矢が立つのは、必然といえた。

 

―――曰く。

 

貴官および貴官の部隊は、帰投せずにバイド討伐艦隊を編成し

速やかにバイド中枢を討て。

健闘を祈る。

                               統合作戦本部

 

と―――。

 

 

「――思い、出した」

愕然とした声で、さやかは声を上げる。バイドとの戦いの歴史。R戦闘機の歴史を習ったときにその名前を聞いていた。ジェイド・ロス。それは太陽系内のバイドを駆逐し、バイド討伐艦隊を率いて外宇宙へと旅立っていった、若き英雄の名であった。

「そうだよ、ジェイド・ロス。二年だかそこら前に、バイドをやっつけたって言う英雄!……そっか、杏子はそのジェイド・ロスと一緒に戦ってたんだ。あ、でもバイド討伐艦隊は今外宇宙にいるんだよね。杏子は……一緒に、行かなかったの?」

がご、とまた一つ大きな音。外壁がへこむのではないかというほどの勢いで、杏子の足が外壁を蹴りつけていた。

「行けなかったのさ、あたしは。……置いていかれたんだっ!」

苛立ちも顕わに、杏子が叫ぶ。そしてまた語りだす。最後の、別離の物語を。

 

「それじゃあ、これからはパイロットでやって行くのかい?」

バイド討伐艦隊の編成が始まった。ロスは大佐へと昇進し、更に討伐艦隊の完成をもって少将に任じられるらしい。この輸送艦で指揮を執るのも、恐らく今日が最後だろう。

名残惜しい気持ちも抱えつつ、ロスとアーサーが司令室で話していた。

「ここから先はきつい戦いも多いだろうからな。優秀なパイロットは多いほうがいい。……まあ、仕官の真似事も楽しかったけどな」

「真似事だなんて、君は優秀な副官だったよ、アーサー」

理由はそれだけではない。ここから先、艦隊は大規模なものとなるだろう。ともなれば、今までのように一つの家族として艦を捉えることはできなくなる。事務的に、冷徹に任務を遂行していく必要がある。それをするには、自分はロスに近すぎる。

それが理由だった。

 

「そりゃどうも。今後はパイロットとしてお前を支えてやるよ、ロス」

「頼むよ、アーサー。……それと、もう一つ話があるんだったね」

「ああ、こっちもまた重要な話だぞ」

一呼吸おいて、ロスのほうから切り出した。

「キョーコのこと、だね」

相変わらずの察しの早さだ、と僅かに目を細めて。すぐにアーサーは言葉を続けた。

「ああそうだ。俺はアイツを連れて行くのは反対だ。他の隊との折り合いもある。……そしてなにより、帰り道のない旅に付き合わせるには……アイツはガキ過ぎる」

「……実はね。他のクルーからも同じ意見が出てる。ほとんど全員だ」

その言葉に、アーサーも流石に驚いたようで。目を見開いて、改めてロスを見る。

「大体理由は君と同じ。キョーコを戦わせたくない。死なせたくないってね。どうやら私たちは、思った以上に彼女に思い入れがあったようだね」

困ったように、呆れたようにロスが苦笑する。それに応えるように、アーサーも同じ笑みを浮かべて。

「違いない。あんな可愛げのないガキだってのにな」

くく、と低くくぐもったような声で笑いあい。それもいつしか堪えきれずに、弾けるような大きな笑い声に代わって。

 

「で、どうするんだ?俺個人としちゃあ連れて行きたくないが、キョーコはもう、十分戦力になってると思うぜ」

ひとしきり笑って、やがてゆっくりと顔を上げてアーサーが問う。ロスもまた、笑い疲れて顔を手で覆い。そんな手でゆっくりと、髪をくしゃ、とかき上げて。

「置いていくさ。あの子を任せられる所ももう見つけてある」

その声を聞いて、部屋の外で何かが動く音が響いて。咄嗟に二人は部屋の外へと飛び出した。見れば暗い廊下の奥へ、走って消える赤い髪が見えた。

「聞かれたな。……聞かせてたのか?」

「まさか、流石に予想外だ。……ちゃんと話をしてくるよ。これも大人の責任って奴だ」

「一緒に行こうか?」

「いいや、私がちゃんと話しておくよ」

そして、ロスも部屋を飛び出した。

 

「キョーコ!待ちなさいっての、キョーコっ!」

廊下の奥で、所在無さげに佇んでいた杏子に声をかけた。すると杏子はすぐさま走って逃げ出した。ここは止まって話を聞いてくれるところだろうに。慌てて走って追いかける。しかし杏子の足は随分速い。

司令室や艦橋で座っていることが多く、体が鈍ってしまったのだろうか。少し鍛えた方がよさそうだと、ロスは苦笑しながら杏子を追いかける。追いつけない。呼びかけても返事はない。

「ぜ……は、はぁ。いや……うん、手強い。ほんっとーに、手強いっ!」

走りつかれて、おまけにどうも脇腹の辺りが痛い。たまらず壁にもたれかかって、荒い息を整えようとしていたところに。

 

「そんなザマで、バイドに勝てんのかよ。……あたし抜きで、勝てると思ってんのかよ」

もう随分と見慣れた赤い髪を揺らして、杏子が歩み寄ってきた。

「っ、はぁ。なんとかなるし、なんとかする。それが私の仕事だよ」

隣にどさりと腰を下ろして、そっぽを向いて杏子は答える。

「それでも……あんただけは、ロスだけはわかってくれるって思ってたのに!ロスだけは、それでも一緒に戦おうって……言ってくれるって思ってたのに!!」

声には涙が混ざる。杏子はただ信じていたのだ。彼女を置いていこうとする声も聞こえていた。それでもただ、信じていた。ロスだけは、ロスだけは自分を受け入れてくれると、一緒に戦わせてくれる、と。

「それについてはすまない。だが、これはもう結論だ。キョーコ、君を連れてはいけない。たとえクルー達がなんと言おうと、私は君をこれ以上連れて行くつもりはない」

ようやく呼吸を整えて、一息にロスは杏子に言い放つ。その事実は、酷く杏子を打ちのめした。

 

「……嫌だ。嫌だよ、ロス。お願いだよ、あたしを連れて行って」

ぎゅっとロスの腕に縋って、泣き顔は見せないようにその顔を埋めてしまって。杏子は必死に訴える。

「あたしには、ここしかないんだよ。他に何もないんだ。ここにいられなくなったら、あたしはどうやって生きていけばいいのさっ!」

「……君を預けられる場所は用意してある。信頼できる人物だ。退役して、学校にも通えるように手配してもらった。蓄えだってある、君は元の日常に戻れるんだ」

諭すように話しかける。それでもロスは、杏子に一人の人間として向かい合うことを忘れない。こんなときだからこそ、一人の人間として納得して欲しい。その上で、道を選んで欲しいと思うから。

「そんなのいらないっ!あたしは、あたしはロスと一緒にいられればいいんだ!仲間だって家族だってどうでもいい、遠い星の彼方に行ったって構わない。あんたと、ロスと一緒にいられれば、あたしはそれだけでいいんだ。……だから、お願いだよ、ロス」

軍服に濡れた感触が広がる。泣いているのだろうか。その時の杏子の声は、その雰囲気は。あの時杏子を軍に招き入れてしまったときのそれと、同じだった。

 

「正直に言うよ。私は今でも、あの時君を軍に入れたことを後悔している。たとえあの研究者達の手から救うためとはいえ、私は君の未来を奪ってしまった。普通の子供のように、毎日笑って、友達と一緒に遊ぶような、そんな未来を」

「いらない、いらないっ!そんな未来、考えたこともないっ!!」

「それは、君が何も知らないからだ。平和に生きる日常の価値も、その意味も。私たちは君に何も教えることが出来ないままに君を戦わせてしまった。これはとても罪深いことだ」

「知らなくていい!あたしは戦える。ロスと一緒に生きていけるっ!」

いつしか杏子のその声は、嗚咽交じりになっていて。それでもロスは根気強く、一つ一つ説いていく。

「君がちゃんと自分の人生を過ごして、その上でまだ戦いたいというのなら私は止めない。でも、今は駄目だ。君はまだ、自分の人生を生きていない。自分のために生きようとしていない」

「じゃあロスのために生きる!それがあたしの生き方でいい、だから、だからぁっ!!」

「……それじゃあ、だめだよ。杏子。戦闘、戦争なんてしょうもないことをやるような奴はね。どこかで自分の為に、利己的に生きてなくちゃいけないんだ。でなければ生き残れない」

続けて投げかけられた言葉が、杏子の胸を貫いた。

 

「そんな風に死ぬ奴は、必ず誰かを道連れにする。だから、君は連れて行けない」

弾かれたように顔を上げる杏子。涙をぽろぽろと零しながらも、その顔は愕然としていた。まるで信じられないようなものを見るような目で、ロスを見つめて。

「なんだよ、それ……。じゃああたし、まるで邪魔者じゃないかよ」

「……今の君では、ただの邪魔者だよ。例えば途中で私が死んだら、君はそこで戦えなくなるのかい?そんな兵士は、いくら優秀でもただの役立たずだよ。……わかるんだ、杏子」

「何でだよ……何でだよ!家族じゃなかったのかよ、ばかやろーっ!」

ロスの手を振り切って、再び弾かれたように杏子は走り出した。それが、ロスと杏子の交わした最後の会話となった。そしてロスは誓う。必ず彼女の元に戻ろう。そして謝ろう。

そのためならば、自分はどれだけ冷徹になっても構わない――と。

 

英雄は、一つの離別を経て英雄たる精神を身に宿す。そして星の海の彼方へと旅立っていった。

残された少女は、岐路に立っていた。日常へと回帰するか、それとも先の見えぬ道で戦い続けるか。彼女は戦うことを選んだ。あらゆる希望を失って、ただ生きることは出来なかった。

離別の悲しさを、ただ胸を埋める喪失感を、バイドへの憎悪に変えて戦い続ける。それしかもう、彼女に出来ることはなかったのだから。

だがしかし、残酷にもその願いは叶わない。彼女は子供だった。普通の神経をしていれば、戦場になど出ることも叶わないほどに。それでもR戦闘機のパイロットとしての腕を買われて、辺境の輸送部隊に回されることとなる。

周りからは奇異の目で見られ、戦う敵などありもせず。ただ空しく過ぎる日々。それは、壊れかけた杏子の心に静かに皹を入れていく。いつか壊れる。

そう感じていながらも、それを変える気にもならない。自ら命を絶つほどの意志もなく、いつしか、バイドへの憎しみ自体も忘れることが多くなった。それが許せなかった。戦うことが、憎むことが唯一、自分とロスとを繋ぐものだと考えていたから、だから。

 

「だからあたしは……あのエバーグリーンからまたバイドが出てきたって聞いてさ。居ても立ってもいられなくなった。今戦わなかったら、あたしはもうあたしでいられなくなる。 そうなる前に、まだあたしがあたしでいられるうちに、戦って……死のうと思ったんだ」

どこか投げやりに、杏子は全てを語り終えた。いつしかさやかも言葉もなく、ただ聞き入ってしまっていて。

「まあ、そんなとこだよ。だからさ、別にあんたはあたしを追いかけてくる必要なんてなかったんだ。ただの死にたがり一人、放っときゃよかったんだよ」

「……何かさ、それってすごくずるいんじゃない?」

可哀想だな、と思う気持ちもある。でも今はそれ以上に、放っておけない、何とかしたいという気持ちが強い。

「そうだよ、あたしはずるくて自分勝手な奴なんだよ。だから勝手に戦って、勝手に死ぬんだ」

「そういうことじゃないよ。あんたは何も自分で決めてない。状況に流されて、誰かに縋って。一度だって、自分で何かを決めてない。何も選ばないまま自分の命まで捨てようとしてる。ずるいよ、そんなの」

小さく歯噛み、そしてまた外壁を蹴り上げ杏子は叫ぶ。苛立ちを感じているのは、それを自分でも自覚しているからだろうか。それとも、それを言っているのが自分と年の変わらぬ少女だからだろうか。

 

「そういうテメェは、自分で覚悟して戦ってんのかよ!こんなガキが、何もかも全部背負って戦えるわけがないだろっ!」

「あたしは戦ってる。バイドが憎いし、皆を守りたい。自分で選んで戦ってるんだ。

甘いっていわれるかもしれないし、この覚悟だって揺らいじゃうかもしれない。それでもあたしは自分で決めたんだ。だから言い訳なんかしない。死ぬなら死ぬで、それまで精一杯生きる」

さやかの脳裏によぎるのは、今のさやかに生き方を示したマミの姿。それはきっと随分と脚色されている気もするが、それは憧れで、目標で。あんなふうに強く凛としていられたら、おまけにもうちょっとくらい大人びていれたらいい、と願う。

「あんたは選べなくて、選ばなくて。それで納得のいかない結果になって。嫌になって全部放り投げようとしてるだけだ。そんなの、あたしが許さない」

「じゃあどうしろってんだよ!戦えもしない。今更日常になんて戻れない。このままずっと、腐り続けてろとでも言うのかよ、テメェはっ!!」

わかってる。わかっている。それでもほかに何も選べなかった。誰も道を与えてくれなかった。……でもそれはもしかしたら、自分で選ぼうとしなかった、道を探そうとしなかった。

流されるのは楽だったから、誰かに道を委ねるのは楽だったから。それだけのことだったのかもしれない。それも薄々は気付いていたから。それでもそれを認めたくなくて、杏子は声を張り上げる。

 

「……なら、一緒に来る?一人じゃ色々煮詰まっちゃうでしょ」

「は?ってぇ、何でそーなるんだよ!バカかお前!バっカじゃねぇのか!?またはアホか!」

あまりに急な申し出に、きょとんとしてしまう杏子。その顔からは、先ほどまでの強張りは吹き飛んでいて。

「……いや、そこまで言うことないんじゃないの。さやかちゃんもちょっと傷つくわ」

なんだかずきり、と胸が痛む気がして。ひとまずそれは放っておいて、言葉は続く。

「だってあんた、自分じゃ道も選べないんでしょ?だったらさやかちゃんが一緒にいてあげるよ。自分でちゃんと選べるようになるまで、あたしが一緒に選んであげるよ。それが嫌なら今この場でちゃんと選びなさいよ。どう生きるか。簡単に死んで逃げようとするなんて、だめだ」

「だから、あたしは別に……自分の生き方くらい、自分で……っ」

言葉が出ない。あのときからずっと一人で生きてきた。仲間は、家族はロスたちだけだから。もうずっと一人ぼっちだと思っていた。そこへ差し伸べられた手。それは、同じ女の子の手で。

どうしたらいいんだろう。わからない、選べない。

 

「あぁもうまだるっこしい!あたしについてくるのがそんなに嫌なわけ?じゃあ決めた。あたしはあんたと一緒に行くことにするよ。それなら文句ないでしょ」

「大有りだっ!第一……ここを出られたってあたしにゃ帰る場所なんて、ないし」

「あ……そっか、そういやあんた勝手に出撃してるんだっけ。道理でそんな妙な機体に乗ってるわけだ。じゃあやっぱり、尚のこと一緒に来なよ。あたしの船さ、乗ってるの皆あたしくらいの女の子なんだ」

「……どういう船だよ、そりゃあ」

なんとなく捨て置けなくて、もしかしたらそれは興味なのかもしれなくて。ぽつりと杏子が漏らす。

 

「そういう船なんだよ。とはいえ、乗ってるのはあたしを含めて二人だけ。二人きりってのはちょっと寂しくてさ。もう一人くらい、減らず口の減らない生意気な奴がいると……いー感じに生活色づくんじゃないか、ってさ」

冗談交じりに、からかいも混ぜて軽い口調でさやかが話す。思わずかちん、ときた。大人に言われるのには慣れたが、歳の近い子供に言われるのにはまだ慣れない。

「減らず口も生意気も、全部テメェのことじゃねぇかっ!……それに、そんな簡単に逃げた奴を受け入れるなんてできねーだろ」

「あ、それはキュゥべえに任せておけばおっけー。アイツ妙に何でもやっちゃうからね」

「誰だよ、キュゥべえって」

なんだか話が一緒に行く方向でまとまっている。けれどもそれを覆せない。次から次へと訳のわからないことが出てくるのだ。

「よくわかんないけど、あたしらの船を動かしてる変な生き物だよ。見てみればわかるって。ほら問題なんかないよ。とにかく一回来てみなさいな。それで嫌なら他所行けばいいじゃん?」

「……行くだけだからな。ちょっとだけ見て、すぐ帰るからな」

 

「よし、決まりっ!よろしくね、相棒」

「誰が相棒だ、誰がっ!」

 

ひとしきり話もまとまった。これ以上はしょうもない口論になりそうだ。タイミングでも見計らっていたかのように、二人の機体に通信が入る。

 

「さてと、二人ともー。まだ生きてるかね?」

九条の声。口論をしていた二人の顔が引き締まる。

「っと、どうやらその調子なら無事なようだね。こっちも概ね準備は整ったよ。ある程度敵の数も減ってきた、そろそろ突入できそうだ」

「え、突入って……敵減らすだけじゃなかったっけ?」

不思議そうにさやかが尋ねる。

「ははは、いくら君達が優秀でも、二人で戦えなんて酷な事は言わないさ。君たちにはそのまま奥へ向かってもらい、内部構造や敵の偵察を行ってもらいたい。その情報を受けて、我々が奥へと突入する。合流したら敵中枢を攻撃しよう」

どうやら状況は、思った以上によい方向に傾いているようだ。

「我々もすぐに駆けつける。だから君達も、もう少しだけ頑張ってくれ。大丈夫、君たちは二人きりなんかじゃない」

その声を聞いていると、少しずつ体に力と気力が戻ってくるようで。杏子は髪を束ねてヘルメットを被り、キャノピーを閉ざす。

「いいさ、こうなったらとことんどこまでも行ってやろーじゃないか。一緒にバイドぶったおして、あんたの船に連れて行きやがれっ!」

「おっけー、それじゃどーにかこーにか生き残ろうじゃないっ!」

さやかの声も、応えて弾む。

 

「……おーい、何の話だねー?」

なんだか置いてけぼりで、ちょっと空しい九条の声。

「あ、いやいやこっちの話。よーっし、そうと決まれば早速行っちゃうよーっ!」

「勝手に突っ走って死ぬんじゃねーぞ。よし、あたしも出るよっ!!」

そして再び、二機のRが空を往く。青い軌跡を描きながら、交錯し、縦横無尽に駆けて行く。

 

臨むはバイドの中枢。目指すは生還。

エバーグリーンを巡る攻防は、ついに最終局面を迎えるのであった。

 

 

魔法少女隊R-TYPEs 第6話

      『SWEET MEMORIES』

          ―終―




【次回予告】

「さやか……そんなっ!」

エバーグリーン攻防戦、最終局面。
ついに姿を見せるバイドの中枢。その脅威の力に少女たちは戦慄する。

「ヒロインは……遅れてやってくるっ!……なーんてねっ」

けれど希望は捨てはしない。負けはしない。
少女たちは希望を、未来を胸に戦い続ける。そして訪れたものは。




「休暇だ」

「「「は?」」」

次回、魔法少女隊R-TYPEs 第7話
         『METALLIC DAWN Ⅱ』
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