魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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彼女達の始まりの、そして終わりの物語。すでに終わってしまった物語。
そして今に至るまでの、物語。悪魔に魅入られた彼女達の未来は、どこまでも昏い。


幕間①
比翼連理の紅翼


「――皆さんには、愛する人がいますか?」

宇宙の只中を、編隊を組んでR戦闘機が往く。その先陣を切って飛ぶ、純白のR戦闘機。

「家族、恋人、友人。心から慈しみ、自らを投げ打ってでも守りたい人がいますか?」

そのキャノピーは濃い蒼に包まれて、中の様子は覗けない。それでも声は、高く強くと響き渡る。

「そして、その人達を守るに至らぬ自分の無力を嘆いたことはありますか?」

その向かう先には、同じく隊列を組むR戦闘機。その背後に艦隊を抱えているのはどちらも同じ。一触即発。

「確かに人類は、一つの大きな危機を乗り越えました。ですが、その危機は未だ完全に払拭されたわけではありません。私たちには、力が必要なのです」

向かい合う機体群。どちらの機体にも波動の火が灯る。

「だからこそ、私は戦う」

その光が互いに放たれて。それを合図に激しい戦闘が始まった。

 

ジェイド・ロス少将率いるバイド討伐艦隊の働きと、立て続けに行われた第3次バイドミッションにより、バイドが太陽系から駆逐されてより幾許かの時が過ぎていた。バイドとの戦争は終わったのだと、多くの人間が思っていた。

そして安寧を求める人々の声は、ついにバイドを討つべき兵器の、その意義を問うようになっていた。特に、バイドを利用して作られた“悪魔の兵器”ことフォースは、多くの人々からその存在意義を問われることととなった。

その開発を軍が継続していたこともまた、民衆の感情を煽る結果となっていた。

 

そうして鬱積した不満が原因となったのか、火星の一都市が太陽系解放同盟を組織し、地球連合軍に対してバイド兵器の即時撤廃を求め、武力の行使も辞さないという強硬な姿勢を見せていた。

バイド軍との戦いで疲弊し、戦力が不足していた地球軍は、これに迅速に対応することが出来ず、戦況は泥沼の様相を見せていた。

「しかし、流石は美国参謀次官のお嬢様ですな。あれならばプロバガンダとしても申し分ない」

そうしてついに開かれた、本格的な地球軍と太陽系開放同盟との戦闘。その中でも一際激しく立ち回る白い機体をモニターに映して、二人の男が眺めている。

「眉目秀麗、聡明叡智にしてパイロットとしても一流。まさに現代のヴァルキュリア……とでも言った所でしょうかな。素晴らしい逸材だ」

その二人は太陽系開放同盟の艦隊を攻撃する任務を受け、派遣された艦隊の司令官。そしてその副官であった。どちらもその白い機体の動きに見入っていたようで。やがて白い機体に率いられた部隊が、太陽系解放同盟の部隊を蹴散らしたのを確認し。

「このままでは我々の仕事もなくなってしまいそうだ。そうなる前に、後始末をしに行くとしよう」

後詰めの艦隊が動き出し、総崩れになって逃げ出した太陽系開放同盟の部隊の追討を開始した。

 

 

結局、太陽系解放同盟は局地的な勝利や成果は収めたものの。フォースに対抗する十分な兵器体系を確立するには至らず、早期に地球連合軍に鎮圧されることとなる。せめてもう何年か戦力を蓄え、フォースに抗する力を生み出すことができていれば恐らく、地球連合軍に対応できる戦力となっていたことだろう。

とにかく、彼らは急ぎすぎたのだ。

そしてその戦闘の中で目覚しい活躍を見せ、年若いながら将来を嘱望された少女。

――それが、彼女。美国織莉子であった。

 

「ほら、あの人だ。解同との紛争で大活躍したっていう英雄。参謀次官の娘さんの、美国織莉子さん」

誰もが彼女を、憧れと賞賛の目で見つめていた。

「素晴らしい女性だ。あの方ならきっと将来は、お父上の後を継がれることだろう」

誰もが、輝かしいであろう彼女の将来を祝福した。

「あの若さであれほどの戦果、まさに我が軍の誇りというべき人物だろうね」

人々の羨む声を耳に挟みながら、織莉子は一人道を歩く。その指には輝く指輪が一つ。それはソウルジェムが変化したもので。そう――彼女は魔法少女だった。

「お父様、織莉子です……失礼します」

セキュリティチェックを顔パスで通過して、辿りついたのは父である地球連合宇宙軍参謀次官、美国久臣の執務室であった。

 

「……ああ、入りなさい」

輝かしい栄光を手にしたはずの親子の会話は、なぜか冷たいもので。久臣は知っていた。自分の娘が、既に人間ではなくなってしまったということに。

それでも、娘への愛は変わらないと信じていた。しかし、どうしても拭えなかった。目の前に居る娘の身体は魂のないただの肉の塊で、その本体は指に煌く小さな指輪でしかない。

その事実が彼の心を苛んでいた。それでも表向きは、仲睦まじい親子を演じるだけの分別はあった。それが更に、彼の心を荒ませていた。いつしか親子の会話などというものは、冷たく事務的なものに変わってしまって。

「今回はご苦労だった、織莉子。今後はどうするのだね?」

「はい、ありがとうございます。……当分は実戦に出ることはないと思います。これからはしばらく、いつもどおりの任務をこなすこととなるでしょう」

「そうか。話は変わるが、近々お前に勲章を授与しようという話も上がってきている。私としても鼻が高いよ」

そう言いながらも、久臣は娘に背を向ける。向き合っているとそれだけ辛くなる。堪えられなくなる。出世のため、自らの地位のための生贄として、娘を捧げてしまった事への自責の念もきっとそこにはあったのだろう。

「ありがとうございます、お父様。……お母様も、喜んでくださるでしょうか」

呟いた織莉子の言葉に、久臣はぎり、と歯噛みし、目を固く伏せて身を震わせる。自分の娘のようなナニカが、自分の娘のようなことを話すたび、堪えきれない何かを抱えた自分を自覚する。

もう、たくさんだ。

 

「……織莉子。もう下がっていい」

「っ……お父、様。……わかりました、失礼します」

織莉子が部屋を出て行く。その足音が遠ざかるのを確認して。久臣は、その拳を壁に打ちつけた。その余りの勢いに、壁にかかった額が外れてがたりと落ちた。

「何故、何故私はあんな事を……っ、織莉子」

あまりにも深すぎる、Rという名が抱える闇。そこに踏み込んでしまった代償がこれなのか。久臣は、自分がその闇と狂気に飲み込まれていくのを感じていた。

それでも戻ることは出来ない。いつか全てが飲み込まれ、自分がなくなるその日まで。最早止まることすらできないということも、彼は理解してしまっていた。

 

 

父親と話すたび、織莉子の心は凍りつくように冷たくなる。父が自分を拒むようになった原因はわかる。けれどもその理由がわからなくて。気持ちはどんよりと沈みこむ。

また母親の墓参りのことを切り出せなかった。

けれども、そんな彼女の気持ちを晴らしてくれるものが現れた。それは、通路の端に所在無さげに立ち尽くしている少女の姿。

「あら、待っていてくれたの?キリカ」

織莉子は沈んだ顔を振り払って、柔らかい笑みを浮かべてその少女に話しかけた。

「あ……織莉子っ。うん、こっちに来るのが見えたから。私じゃここまでしか入れなかったし」

キリカと呼ばれたその少女は、織莉子の姿を見つけると、それまで浮かべていた不安げな顔をぱぁぁ、と明るく輝かせて、織莉子の傍へと駆け寄った。

「くす、ありがとう。キリカ。ずっと待っていて疲れたでしょう?どこかに座って、お茶でも飲みましょう?」

「うんっ、行くよ。私、織莉子と一緒ならどこだって行く」

そして二人は手を取り合って歩き出す。彼女――呉キリカもまた、魔法少女。二人は共に戦う仲間であり、友人でもあった。

 

約束された将来。充実した生活。そして傍には一番の友人が居る。父のことは気がかりだが、自分の為すべき役目を果たし続けていれば、いつか時が解決してくれるだろう。

最早バイドの脅威はなく、太陽系解放同盟も潰えた。戦う必要もないはずだから。胸の奥に一抹の不安は抱えつつも、織莉子は今の生活に幸せを感じていた。

 

 

それが、脆くも崩れ去ってしまうものであると知らずに。

 

 

「本日未明、地球連合宇宙軍参謀次官、美国久臣氏が自室で亡くなっているのが発見されました。美国氏には銃撃を受けた痕跡があり、太陽系解放同盟によるテロ行為の可能性が高いと見られています」

 

そう、崩れ去っていくのだ。美しく幸せな日常は。醜悪で辛辣な暴力は、容易くそれを消し去ってしまったのだ。

 

 

 

暗い闇の中、そこには立体映像で映された男の姿が、円卓を囲んで映されていた。

「それで、美国参謀次官の件については処理できたのかね?」

上座に映された男が、低くよく通る声で尋ねる。

「はい、問題はありません。解同の連中の仕業に仕立て上げました。根回しも済んでおります」

「よろしい。彼はもとより解同の殲滅に積極的だった。娘のこともある。そのことを考えても、下手人に仕立て上げるには連中はうってつけだろう」

自分たちの成果に納得するように、映し出された男たちが小さく頷く。

「そして、後は彼の娘の件だ。彼女はある意味父親以上に存在感のある女性だ。現場の兵士からの支持も高い。あまり捨て置くのは得策とは思えないな」

その言葉に、一人の男が小さく声を上げる。柔和な顔立ちに紳士然とした格好の、初老の男である。

「あのー、でしたら彼女の身柄、よければ私に預けていただけませんか?」

その言葉に、男たちがざわめく。

 

「Mr.K。貴方が興味を示されるとは……珍しい。いや、ですが彼女の素質を考えると。確かに、貴方の所に預けるには相応しいかもしれませんな」

K、と呼ばれたその男性。彼はあの狂気の科学者集団、TEAM R-TYPEの主任。彼は既に軍の中でも大きな権限を持っており、このような秘密裏の集まりにも顔を出していた。

研究を進めることには余念がないが、政治的なことにはほとんど口を出さない。このような集まりで発言すること事態、滅多に無いことではあった。

「ええ、彼女の素質はとても素晴らしい。魔法少女というのも、それはそれで素晴らしい。私のチームの若者たちが、その新たな可能性を見出したようで、出来れば彼女にはそれに協力して欲しいのです」

その声色は穏やかで、TEAM R-TYPEに属するものには必ず見て取れる、何らかの狂気はまるで感じられはしない。それが逆に底冷えのする恐ろしさを醸し出している。

 

「……私は、構わないと思うが。優秀なパイロットとして出向、という形ならば兵士たちからも不平は出にくいだろう」

「私も賛成だ。最悪試験機にでも乗せておけばいいだろう」

彼らの言葉には、言外に織莉子の死を望む意図が見え隠れしている。政敵の暗殺、そしてその後始末。今も昔もどこの世でも、変わらず行われている政争の一幕であった。

 

 

 

「はぁ、はっ、はっ……はぁっ」

キリカは走っていた。気がついたら走り出していた。織莉子の父の悲報を聞いて、すぐに。

「織莉子、織莉子……織莉子、織莉子織莉子織莉子っ!」

きっと悲しんでいるはずだ。もしかしたら泣いているかもしれない。放ってなんておけない。おけるはずがない。行って助けなくては。そうでなければ、何が友達か。

息を切らせてキリカは走る。そして、織莉子の部屋へと辿りついた。

「織莉子っ!開けて!私……キリカだよっ!開けて……っ」

扉を叩いて呼びかける。さほど間を置かずに織莉子の部屋の扉は開いて。

「キリカ……どう、したの?」

キリカを出迎えた織莉子の表情は青ざめていて、目は大きく見開かれたままで。あまりにも痛々しいその姿を見るに堪えかねて、キリカは織莉子を抱きしめた。

「ニュースを見て、それで心配になって……駆けつけた。こんな姿の織莉子、放っておけないよ」

抱きしめたその身体はやはり冷え切っていた。そんな織莉子を暖めるように、織莉子まで冷え切ってしまわないように。キリカは強く強く織莉子を抱きしめた。

「キリカ……ありがとう。私、私……っ、う、ぅぅ……っ」

キリカの肩に顔を埋めて、声を殺して咽び泣く。そんな織莉子が泣き疲れて眠るまで、そして眠って夜が明けてもずっとキリカは、織莉子を抱きしめたままだった。

 

一度崩れてしまった日常は、平穏は容易く戻りはしない。

友人の支えで、どうにか心の平静を保っていた織莉子の元に、更なる絶望への誘いが訪れる。それは、TEAM R-TYPE付きの試験小隊への配属だった。

 

「行っちゃ駄目だ、織莉子。………嫌だよ、行かないでよ」

転属の前日。荷物はもう全て運んでしまったがらんとした部屋の中。キリカは最後の望みをかけて、織莉子に詰め寄っていた。

「……それでも、行かなければならないわ。そういう命令なのだから。それに、もうなんだかどうでもよくなってしまったの」

それに対して、織莉子は全てを諦めたような冷たい瞳でキリカを見据えていた。その表情は笑んでいるけれど、その奥には感情らしきものは一切見られない。

きっと織莉子は、全て凍りついてしまったのだ。あまりにも悲しいことが多すぎて、辛いことが多すぎて。自分の心を凍りつかせて何も感じないようにする以外、逃れる術がなかったのだろう。

「そんな……嫌だっ!嫌だ嫌だ嫌だイヤだっ!!織莉子が死んじゃう!あんなところに行ったら、織莉子……死んじゃうよぉっ!」

泣きながら織莉子に縋り、必死に引き止めるキリカ。織莉子はそんな姿にほんの僅かでも心を揺らされたのか、少しだけ彼女本来の笑みを浮かべてキリカの頭を優しく撫でた。

「ありがとうキリカ。私は、貴女に会えて良かった。貴女が居なければ、私はとっくに壊れていたでしょうね。ずっと一緒にいられたら、きっと幸せだったのでしょうけれど」

 

「ひぐ……えぐっ。やぁ、やだよぉ、おりこぉ……」

「こんなものしか貴女に残して行けないけれど、どうか……これを私だと思って」

キリカの頭を撫でながら、一つだけ残した小さな包みを手渡して。そして、織莉子は立ち上がる。

「本当にありがとう。キリカ。……さようなら」

別れの言葉を告げたその表情には、最早感情といえるものはなく。織莉子は、静かに狂気の地への歩を進めていくのであった。

 

そして、響き渡る慟哭。

 

 

「喜んでください皆さん。本日、新しい魔法少女が、私たちの元に訪れます」

Kが、彼のチームの仲間達に告げる。そこはTEAM R-TYPEの研究所。その中でも最高の機密レベルをもつ区画。最早人知の及ぶ場所ではない。その最奥で。

「彼女の力を借りて、今度こそ新たな可能性を実現させましょう」

その狂気の最中にあって、Kの声は似合わぬほどに穏やかに響いていた。

「私たちの夢のため。ひいては、人類と宇宙の未来のためにです」

そしてそこに集った狂気の科学者たちは、彼の演説に狂喜の声をあげた。

 

「主任、一つお耳に入れたいことがあるのですが」

「ええ、いいですとも。是非聞かせてください」

皆が歓喜に沸く中、一人の研究員がKに話しかけてきた。

「実は私のチームで、サイバーコネクトの新たな活用法を見出しました。そのテストヘッドとして、一組の魔法少女が必要なのですが……」

「なるほど、それは素晴らしいことです。是非データを見せてください」

「はい、ここに」

小型のモニターに流れるように映し出される情報の羅列。一見するだけでは内容などさっぱり理解できないようなそれを、Kは瞬時に理解して。

「素晴らしい!君の技術は、間違いなく人類に新たな可能性をもたらしてくれるでしょう!」

感極まったように震え、その研究員を抱きしめるK。研究員の肩口を、その手で深く抱きしめるようにして。

「ああ、すいません。ついいつもの癖が出てしまいました。それで魔法少女の件でしたね。いいですとも、私の方で心当たりをあたって見ましょう」

「ありがとうございます、主任」

 

それからの日々は、キリカにとって暗黒だった。織莉子という太陽のない、一片の光も差さぬ日々。息絶えればその暗闇からも逃れられるのだろうかと、一心不乱に戦いに明け暮れた。

それが彼女の素質を目覚めさせることとなる。そしてそれは、狂気の科学者たちの目に留まることとなる。

 

「美国織莉子に、会いたくはないかね?」

ある時、キリカの元を訪れた男はそう告げた。

「おり……こ?」

一瞬、その言葉の意味が理解できずに呆然とする。しかしすぐに、キリカの頭でその言葉が形のあるものとして成り立って。

「会えるのかい、織莉子に!?」

「君が望めば、すぐにでも会える」

男の言葉に、キリカは二つ返事で答えていた。

「勿論、望むとも」

そしてキリカは、織莉子と同じく狂気の地へと道を往く。

 

 

「やあ君、例の件の経過はどうなっているかな」

「主任。ええ、素晴らしい経過ですよ。あの二人は実に素晴らしい」

再び狂気の中心地、狂気の住人同士が言葉を交わす。

「パイロットとしての腕もさることながら、あの二人は調整を施さなくとも重度の共依存状態にあります。まさに、サイバーリンクシステムのテストヘッドとしては理想的な固体ですよ」

「あぁ、それは素晴らしいことです。では私からも一つ、お願いしてもいいでしょうか?」

「なんでしょうか?」

「ええ、実は私たちの研究も大詰めを迎えました。いよいよ魔法少女を新たなステージに引き上げることができる。その第一号として、あの二人に協力してもらいたいのです」

Kはとても嬉しそうに、その柔和な顔を更に柔らかにほころばせて言う。

「そういうことでしたらお任せください、同時に処置を行いましょう」

「ええ、よろしくお願いしますね」

 

 

「織莉子はここに居る。確かに見かけた。でもまだ会えない。会えてない。……会いたい、織莉子。織莉子」

あてがわれた自室、明かりの一つもない漆黒の部屋の中にキリカは居た。

「……溢れてしまうんだ、止まらないんだ。会いたい気持ちが。織莉子に会いたい、織莉子と話がしたい。織莉子に触れたい……あぁ、織莉子」

がくがくと触れる身体を抱きしめて、溢れ出そうな何かを必死に押さえつけている。その時、不意に扉が開かれた。

「相変わらず暗い部屋だ。キリカ、いい知らせがあるぞ」

「……何だ?」

「織莉子に会えるぞ、これからある処置を受けたらな」

「本当か、それは」

ぎろりと闇の中で光っていたのは、眼。見開かれたキリカの瞳が、射抜くような視線を送り続けていた。

 

「ああ、約束しよう」

 

 

 

「ではこれより、美国織莉子及び呉キリカへのサイバーリンク埋め込み術、及び精神エネルギー変換システムの搭載及び固定術を施行する」

そして、狂気の科学者による悪夢の実験は始まった。全身の感覚を奪われてもわかる、頭蓋を割かれ、脳の中身を弄られる感触。そして何より強く感じる、魂を攪拌され、どろどろとした何かを注がれていくような感覚。

とてもイヤだ。全身に感じる掻痒感。魂さえも掻き毟りたいほどに疼いている。そしてそんな感覚さえも意識から遠ざかっていき気がつけば、いしキが、キエ―――――。

 

 

 

 

 

 

「織莉子?」

キリカは目覚めた。真っ白な部屋の中、真っ白な服を着て。

「居ない、織莉子」

胸にはぽっかりと穴が空いたような喪失感。まるで、自分そのものを失ってしまったかのような。

「どこ、織莉子、織莉子」

身体が上手く動かなくて、それでも必死に織莉子を探す。手探りで、あちこちを這い回る。

「いない、居ない。いないぞ、織莉子、織莉子織莉子織莉子」

その手が、何かに触れた。

「ぁ……」

その手に触れたのは、別離の際に織莉子がくれたもの。小さな動物のぬいぐるみ。ここまで大切に持ってきたものだった。

「見つけた、織莉子」

それはキリカにとって、唯一織莉子を思い出させるものだった。そしてそれを握った瞬間、弾けた。

織莉子と過ごした日々の記憶が、織莉子を抱きしめたときの柔らかさが。耳に心地よい織莉子の声が、織莉子と飲んだ紅茶の味が。

記憶も意識も全てが織莉子で埋め尽くされて、キリカは気付いてしまった。

 

それが、恋だということに。

 

 

「うあぁっ!あぁぁっ!!あぁぁぁぁぁーっ!!!織莉子、愛してるっ!きみに夢中だーっ!!織莉子ぉぉぉぉっ!!!」

蟠り続けた感情は、出口を見つけて迸る。澱みなく迸るその感情の圧倒的なエネルギーは、彼女の新たな力を引き出した。

「会いに行くよ、織莉子。今からきみのところに行く」

その手に黒い爪を携え、キリカは部屋のドアを切り裂いた。

 

 

施設中に鳴り響くアラート。それは最大の危機よりワンランク下の危機的状況であることを示していた。

「何だ、何が起こった!?」

「被験体Bが部屋を破壊し脱走!その後も施設を破壊しながら逃走中!現在警備隊が交戦中です!」

「早速暴走か……とにかく早急に鎮圧したまえ。ただし殺すな、麻酔弾を使え」

 

立ち塞がるものを、全てその爪で切り裂きながらキリカは進む。

「ははは、あはははははッ!止められない、止まるわけがない!私の愛は止まらないっ!!」

しかし、その行く手を阻む武装した警備兵たち。これだけの重要施設を守るのだ、彼らは正規の軍人並みの錬度を持っていた。

「そこで止まれ!直ちに破壊行為をやめて投降しろ。それ以上施設を破壊するつもりなら我々は発砲も辞さない」

その姿を睨みつけ、にぃと口元を歪めてゆっくり首を廻らせ、キリカは。

「ああ、好きにすればいい。撃ちたければ撃て。殺したければ殺せばいい。でもね、キミたちには無理だ。誰にも出来ない。私と織莉子を離すことだけは!」

高らかに、誇らしげにそう言い放つ。

 

「……撃て、捕獲しろ」

言葉と同時に、無数の麻酔弾が撃ち放たれた。しかし、それは一発として当たらない。

「これだ!わかった!愛に理由なんて要らない!考える必要さえもないっ!愛は無敵だっ!――愛は、全てを凌駕する」

速度低下という、自分の力の本質をキリカは理解した。晴れ晴れとした顔で次々に迫る麻酔弾をすり抜け、迫る。

「当たらないだと……これが次世代魔法少女の、“魔法”の力だとでも言うのかっ!」

警備兵たちにも緊張が走る。未知の相手との遭遇。それはまるで、新種のバイドに退治したときのそれにも似て。

「へえ、この力は魔法だったんだ。……教えてくれてありがとう。キミは案外、いい奴なのかもね」

「茶化すな、餓鬼がっ!!」

銃声と何かが切り裂かれるような音、そして小規模な爆発音が立て続けに響く。それが収まると、白かったキリカの服は真っ赤な血の色に染まっていた。

「さあ、織莉子に会いに行こう。……どこかな、織莉子」

 

「警備兵、全滅です。……は、早く応援を呼ばないとっ!」

恐るべきその力に、彼らの中にも戦慄が走る。しかしそれは、恐怖の類ではなく。己が生み出した力の大きさに喜び、打ち震えるものだった。

「素晴らしい!これは実に素晴らしい力だ!生身のままでもあれだけの戦闘力、あれをR戦闘機に転用できれば、どれだけ強力な力となる……がぺっ?」

狂喜と歓喜に打ち震えていた男の、口から上が吹き飛んでいた。飛び散る血飛沫に脳漿、そしてそれ以外のナニカ。その凶弾の先を見据えると。

 

―sanctions charge―

「制  裁  突  撃」

 

氷の微笑を張り付かせ、大型の銃を抱えるようにして持つ織莉子の姿があった。

「被験体W……どうしてここに、どうやって監視を抜け…ぎゃっ!」

狙いをよく定めて、発砲。

「まさかこれが、被験体Wの能力だと…ぐぶ」

続けて狙いを定めて、発砲。

「ま、まずい……た、退避を……」

もういちいち狙いを定める必要もない。フルオートで銃弾をばら撒いた。バイドすらも研究する彼らとてその身体はただの人間。撃ち抜かれれば息絶える。

「許さない。……貴方たちはキリカを巻き込んだ。絶対に、許さない」

その服が真っ赤に濡れても、顔面に血潮を被ってもその表情は何一つ変わらない。ただただ冷たい微笑を浮かべて、残酷な女神のようにひたすらに、ひたむきに死をばら撒き続けた。

そして誰一人、何一つ動くもののなくなったその部屋に、一面の赤で染められたその部屋に、ついにキリカが辿りついた。

 

「………………」

何も言わず、声もなく駆け寄る二人。どちらも身体中が赤いナニカで汚れきっていたが、それでも固く抱き合って。

「やっと出会えた。やっと触れられた。織莉子。私はもう、きみを離さない」

「ええ、ずっと捉まえていて。キリカ。もう絶対に離さない、離れないわ」

抱きしめあい、再開を喜び合い。そのまま口づけを交わす。鉄の味しかしないそれは、それでも甘く切なく胸を焼いた。

 

 

 

12時間後、脱出した研究員によって要請された部隊がその施設を訪れた。そこには血と死肉のベッドの上で、一糸纏わぬ姿で眠る二人の姿があった。赤く汚れたその顔は、幸せそうに微笑んでいたのだという。

 

この事件で、多くの貴重な頭脳が失われた。これにより、R戦闘機の開発にどれだけの遅延が出るのだろうか。それでも、そんな痛ましい事件さえも飲み込んで、彼らの狂気は進化を続けていく。

施設に残されたデータから、次世代魔法少女のことを知り。二人を秘密裏に回収、入念な調整を施して、ついに二人を兵器として従えることに成功した。

 

「今日はキミたち二人での初めての作戦となる。その内容は……古い魔法少女の粛清だ。

 キミたちならば難なくやってのけるはずだ。しっかりやってくれたまえ」

 

「ああ、私たちが負けるはずがない。そうだろう、織莉子」

「ええ、私と貴女が負けることなんて、ある筈がないわ。キリカ」

「じゃあ、行こう」

「ええ、一緒に行きましょう」

 

「「ずっと、ずっと一緒に」」

 

そして、魔法少女達は出会う。

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