魔法少女隊R-TYPEs   作:SanDMooN

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少女達に訪れた一時の安らぎ。けれど彼女は直面する。残してきたものの大きさと、残されたものの辛さを。

長い休暇は、まだ終わらない。


第3章 一時の安らぎ
第8話 ―HAPPY DAYS―


「――で、どうすんのさ、これから?」

遠目に街を眺めて杏子が尋ねる。

「そーだね、まずは宿に向かって荷物を置いて、それから街でも案内しよっか。その後はちょっと自由行動、ってことで。あたしも家に顔出しときたいし」

そう言うさやかの胸中は少しだけ複雑であった。家族にだけはしっかりと事情は話した。納得はしてもらえた……と思いたかった。

それでも、こうしてまた顔を合わせるのはちょっと気まずいな、なんて思っていたりもしたのだった。

「そういうことなら、早く宿へ向かいましょう。このままじゃちょっと寒いわ。……もうこんなに寒かったのね。やはりずっと宇宙にいると季節感がなくなるわ」

掌に息を吐きかけながらほむらが言う。吐き出す息は白い。2170年ももう残り僅か。まだ雪は降っていないようだけど。

それでもその季節に似合った服はどうやら、持ち合わせがなかったようで。急揃えのコートの下は、流石に半袖ではないが冬には辛いもので。

 

「それもそうだね。よく考えたらあたしら、ちゃんと地球に降りるのなんて三ヶ月ぶりくらいじゃない。そりゃあ季節も巡るってもんだよね。よし!それじゃー荷物置いたらさ、服買いに行こうよ!」

「賛成よ、何せ給料だけはいいものね、この仕事は」

ちょっとおどけた様子のさやかに、冗談交じりにほむらが答え。

「そういや試験小隊、ってゆーくらいだもんな。そりゃ実入りもいいってもんか。それでなくともあたしは、特に使うあてもなかったから随分溜め込んでるんだ。この機会に、ぱーっと買い物……ってのも、悪かないね」

大きなバッグを背負いなおして、杏子がにやりと笑って言った。そんな話をしていると、バスが空からやってきた。

 

「え……何これ?」

「R-9……よね、これは」

「アロー・ヘッド、だよな」

 

三者三様に唖然である。それも当然、彼女らの前に降り立ったそれは、まさに初代R-9――アロー・ヘッドの外観をしていたのだから。

本当にこれがバスなのか、と呆気に取られている三人の前で壁面のハッチが開き、さらに階段がせり出してきて。どうやら内装をほとんど取り払って、座るスペースを取り付けているようだった。通常席は市内200円、外が見えるラウンドキャノピー席は+100円也、だそうだ。

 

「……型落ちしたR戦闘機が民間で使われてるって話は聞くけどよ。流石にこりゃ予想外だろ。……まあ、ある意味落ち着けそうだけどさ」

「おーい、乗らないのかい?」

呆気に取られている三人に、運転手が声をかけてきた。慌てて乗り込む三人。折角だからとキャノピー席に座ることにして。

 

「なんていうか、こうやってゆっくりキャノピーから外眺めるのって、ちょっと新鮮だね」

もはや懐かしさすら感じる街並みを、キャノピー越しに眺めながらさやかが嬉しそうに言う。ビル街や商店、公園なんかも通り過ぎていく。

2170年、さぞや近未来的な街並みなのであろうと思われたそれは、概ね21世紀初頭のそれと比べて、さほどの変化は見られなかったのである。

 

理由としてはいくつか挙げられる。一つに21世紀初頭の建築技術、建築様式が非常に利便性が高かったことであろう。

それ以降の年代は、とかく手間や技巧を凝らす建築様式が増え、いつ壊れるかもわからない、戦時といえるこの時代にはそぐわなかった。

そして恐らくもう一つは、回顧主義的なものもあったのだろう。発展と栄華を極めた人類の街並みは、酷く明るく派手な、所謂サイバーチックな物へと姿を変えていた。

予想以上に、そういう街並みに拒否感を抱く市民は多かったのだろう。災害を想定した都市設計を行う際に、以外にも21世紀初頭の建築様式を望む声は多かったのである。

 

長々と色々理由は並べたが、そうしなければ非常にイメージし辛くてしかたないのだからしょうがない。漫画の神様だって似たようなことをやっている。名も無い物書きの仕業一つ、ご容赦いただきたいところである。

 

「……なんか今、話が飛んでいたわね。何の話だったかしら?」

と、何事も無いかのようにほむらが言う。

「景色のことだろ。あたしは割りと地球の景色は見慣れてたけどな。でもこういう日本風の街並みってのはちょっと久々かもね」

包み紙を外したチョコレートを口の中に放り込んで杏子が応える。これもまた随分歴史が長い。チロルチョコレートは未だ健在であった。

「そうそう、景色だよ景色。あ、あそこ見てよほむらっ!あたしらの学校だ」

「ええ、本当ね。って言ってもあそこにいた時間なんてほんの僅かだったけど」

さやかは懐かしさと嬉しさを覗かせて、対してほむらはわずかな寂寥感も抱えたままで。

「あー……そういえばそっか。でも、全部終わったら学校にだって通えるでしょ!でも、その時はもしかしたらまどかや仁美と一緒には居られないのかなー」

「そもそも、もしかしたらもう退学扱いかもしれないわ。せめて休学ってことにしてくれていればいいけど」

「うへ……それじゃなに、あたしの最終学歴中学校になっちゃうわけ?そりゃちょっとやーな感じ」

と、思いっきりしかめっ面をしているさやかの横で。もっと居た堪れなさそうな表情で杏子が遠くを見つめていた。

(それ言ったらあたしはどうなるんだっての。小学中退レベルだぜ。笑えねぇ……)

 

学校前のバス停でバスが止まる。しばらく学校の中の景色を覗くことが出来た。

「……平和そうだね。守れたんだよね、あたしたち」

教室の中で座っている、校庭を走っている生徒達。そんな姿を感慨深げに眺めながら、さやかが呟いた。その言葉を杏子が繋いで。

「エバーグリーンがあのままだったら、今頃学校なんて言ってられなかっただろうさ。あたしらが守った日常がアレだ。ちったぁ誇ってもいいと思うけどね」

さやかにとっては、かつて自分もそこにあった場所。杏子にとっては、今ではもうはるかに遠い場所。見つめる視線はどこか違って。

 

「しかし、まどかも仁美も見えないや。後でちゃんと連絡……しても、いいんだよね?」

「……守秘義務はあるけれど、面会の自由がないわけじゃないわ。そうでなければ、私たちがここに来るなんて許されるわけがないもの」

「そっか、うんうん。なら俄然楽しくなってきちゃったね」

ぎゅっと両の拳を握って、意気込みも新たににやりと笑うさやか。そんな様子に、ほむらも顔をほころばせる。ほんのわずかな時間でも、休息といえる時間がここにある。今はそれを楽しもう、そう心に決めていた。

そしてバスが動き出す。二つ先のバス停で降りて、5分も歩けば宿泊先が見えてくる。程なくバスは目的地に到着する。後はしばらく歩くだけ。人工重力の発達した今でこそ、宇宙暮らしの長い今でも地球の重力に悩まされることはないのだが。

 

「しっかしまー。またこの重い荷物担いで行かなきゃならないとはね、うんざりだよ」

肩にずしりと圧し掛かる重荷をまた背負いなおして、忌々しげに杏子が呟く。その視線はさやかとほむらに送られていた。どちらも変わらず重荷を背負っているはずである。その割には、二人ともさほど堪えている風ではなかった。

「にしても、あんたら随分平気そうな顔してんのな。重くねーのかよ」

「いや、別にそうでもないけど?ほむらは?」

「……特に、重いとは感じないわね」

二人して不思議そうに荷物を背負いなおして、やはり重さはそれほどでもない。そう再確認する、直ぐにさやかがにやりと口元を歪めて。

 

「ふふーん?杏子、もしかして体、鈍ってるんじゃなーい?そんなんじゃこの先やってけないぞー」

「うぐ……負けるかっての、こんな重さがなんだぁっ!」

「そんなに張り切って、後でばててもしらないぞー」

荷物を抱えなおして、足早に歩いていく杏子。くすくすと笑いながらそれを負うさやか。ほむらも後に続いた。

そんな三人の背後に迫る影。その主は、信じられないものを見るかのように息を詰まらせて。仲良さげに歩いていく三人を見送って一度、地面に視線を下ろす。躊躇うように視線を地面と三人へと交互に移して、やがて意を決したようで。

 

「さやかちゃ……ひゃぅっ!?」

走り出す。するとどうやら随分体は強張っていたようで、足がもつれて転んでしまった。咄嗟に顔を庇って倒れ込む、腕にじんじんとする痛み。少しすりむいたかもしれない。服もちょっと汚れてしまったかもしれない。じんわり涙がこみ上げてきた。

立ち上がろうと伸ばした手を、誰がそっと掴んだようで。

「大丈夫?……って、まどかっ!?」

その手を取ったのは、さやか。手を取られたのは、まどか。

まったくの偶然に、こんな昼間の街中で、彼女たちは出会ったのであった。

 

「ほんと、すっごい偶然だよね。まさか帰ってきた矢先にまどかに会えるなんてさ」

「うん、私も驚いちゃった。でもさやかちゃん、帰ってきたんだ。お帰り、さやかちゃん」

再会からほんの数分、手を取り合って今にも飛び上がりそうにはしゃいでいる二人である。三ヶ月、それよりもうちょっと時間は過ぎているが。随分と久しぶりの再会であれば無理もない。

さやかにとっては、久々に聞くまどかの声が、触れ合う手の暖かさがとにかく嬉しかったのだった。

 

「ただいま、まどか。でもまあ、今はただの休暇なんだけどね。……あ、で、でもほら。半月くらいはこっちにいるから。その間、ずっとまどかと一緒に居られるよ」

再会もほんのひと時のことだと知らされて、まどかの顔が僅かに曇る。それにあわてて取り繕うように、さやかが続けて言葉を告げた。

「………さやかー、誰なんだこいつ。友達?」

なぜだかそんな様子を見ていると、ちょっと面白くない。自然と目つきが睨むようなそれになって、まどかを見据えて問いかけた。

そんな視線を向けられて、萎縮してしまうまどかを庇ってさやかが割って入って。

「鹿目まどか。あたしの親友。むしろもう嫁って言ってもいいくらいだね!」

ぎゅっとまどかの肩を抱き寄せながら。再会にテンションもすこぶる鰻上りのようで。……どうも、なんだか面白くない。でもそんなことを顕わにするのも子供染みている。

実際子供なのだけど、それは認めたくなくて。

 

「……そうかい。あたしは佐倉杏子だ。さやかの……一応相棒ってのになるのかね?まあよろしく頼むよ、多分短い付き合いだろうけどね、まどか」

ずい、と無造作に手を突き出した。少しだけ躊躇って、おずおずとまどかも手を差し出した。

「うん、よろしくね。えっと……佐倉さん、でいいのかな」

「めんどくせぇ、杏子でいいよ」

「そっか。それじゃあ杏子ちゃん。よろしくね」

ん、と小さく応えて交わした手をきゅっと握る。その手は女の子らしい、小さくて柔らかなそれで。自分の手とは大違いだった。

度重なる戦いで、女の子らしい柔らかさの大部分を失ってしまった手とはやはり違う。何となくそこに相容れないものを感じて、適当に握手も打ち切ってしまった。

 

「ほむらちゃんも久しぶりだね。元気そうでよかったな」

「ええ、あなたも変わりはないようね。鹿目さん。……そういえば、今日は学校ではなかったかしら?」

思い出したように、ほむらがまどかに尋ねる。その言葉に、僅かに目を見開くようにして、なにやら戸惑う仕草を見せて。

「えと……今日は、お休みなんだ。学校。だからちょっと街を来ようって思ったんだ」

まどかの言葉に、三人の表情がぴくりと動く。誰かが、何かを口に出そうとしたその前に。さやかがぴたりと口元に指を寄せていた。

 

「そっか、じゃあ今日はこの後目いっぱい一緒に遊んじゃえるわけだね?あたしらも今こっちばっかりだからさ、荷物だけ預けたら、一緒に街に行こうよ。二人にも街を案内したいんだ。ね、いいでしょまどかっ」

そのまま追求の言葉は告げさせない。誰より先に言葉を放ってさやかがまどかの手を取った。まどかは、酷く困惑したような表情を浮かべていた。

「そう、だね……あ、えっと。でも、ごめんっ。私、用事思い出したから。だから、これで。さやかちゃん、また後で会おうね、絶対だよっ!」

辛い何かを押し込めているような、そんな切なげな表情を浮かべて。それでも必死に笑うようにして、まどかは走り去っていく。

道の向こうで手を振って。そのまま姿が消えていった。

 

「さやか」

ほむらが声をかける。

「わかってる。二人とも、荷物お願いしていいかな。場所はわかるよね」

どさりと、さやかは両肩の重荷をその場において。

「……追いかけんのかよ」

渋々とその荷物の一つを背負って杏子が。やはり荷物は重い。二つともなるとかなりぎりぎりだった。

「行くよ。明らかにまどかの様子はおかしかった。きっと何かあったんだ。まどかはあたしの親友だから、放ってなんか置けないよ」

「部屋に荷物を入れて待ってるわ。長くなるようなら、連絡をちょうだい」

もう一つの荷物をほむらが背負う。恐らくこの問題は、自分よりもさやかの方が適任だろう。友達を見捨てて置けない、そんなさやかの性格を好ましく思っているところもある。

できる限りは協力してあげたかった。

 

「ありがと、ほむら。杏子。……じゃあ行ってくる」

ぎゅっとコートの裾を掴んで引き締めて、まどかの走り去っていった方を目掛けて、さやかは走り出したのであった。

 

走って、走って、走って。息が続かなくなるまで走ってから。まどかはその足を止めて、壁によりかかった。

「はぁ、はぁ……っ、はぁ」

思いがけない偶然で、さやか達と出会えたのは嬉しかった。けれども、ほむらや杏子と話している姿を見ていると、なぜか胸がぎゅっと痛くなって。

学校のことを聞かれると、もうどうしていいのかわからないくらいに、居た堪れなさに襲われて。思わずこうして逃げ出してしまった。いまさらながらに、後悔が押し寄せてくる。

「どうしよう……さやかちゃん、しばらく居るって言ってたよね。でも、どうしたらいいんだろう。こんなんじゃあ、話をすることだってできないよ」

会いたくて会いたくて仕方がなかった。話がしたくて仕方がなかった。そのはずなのに、いざこうして出会ってみると言葉が何も出てこない。あんな風に逃げ出してしまって、明日から普通に顔をあわせることなんてできるんだろうか。

そんなことを考えながらとぼとぼと歩いていると、急に現れた人影とぶつかって。

 

「きゃっ……」

「うぁっ…っ痛てーなぁ。気をつけろよーっ!」

帰ってきたのは、無理やり低くしたような感じの女性の声。わずかばかりに怒気を孕んだようなその声に、まどかは相手の顔を確認する間もなく頭を下げた。

「ご、ごめんなさいっ。ちゃんと前見てなかったみたいで……」

最悪だ、と思う。頭を下げたそのままで、じんわりと胸の中に悲しさが広がってくる。こぼれそうになる涙を、ぎゅっと目を瞑って堪えていると、不意に。

ぽん、とまどかの頭に手が載せられて。驚いてまどかが顔を上げると、そこには。

「なーんてね、怖い人かと思った?さやかちゃんでしたー」

いつもと変わらない、友人の笑顔があった。そしてそれが、まどかの堪えていたものを断ち切ってしまった。

 

「さや……か、ちゃ……ぁ、ぁぁ、うぁぁぁぁあぁっ!!」

「え、ちょ、ちょっと。まどかぁーっ!?」

さやかに縋るように抱きついて、そのまま声を抑えようともせずに泣き出した。平日昼間、人通りなんてほとんどないとは言え、である。さすがにこの往来でこうしているのは恥ずかしい。

「一体どうしちゃったのさ、まどか……と、とにかくちょっと場所変えよっ!ほら、こっち行くよ」

半ばしがみつかれたような格好のまま、路地へと何とか移動して。

 

「ほら、ここならそうそう人も来ないからさ。……何があったのか、聞かせてよ」

「……ぁ、うん。ごめん、ね。さやかちゃん」

そんないつもと変わらない様子のさやかで居てくれるのが嬉しくて。それなのに、自分はこんなに弱くって。それがまた情けなくて。涙がずっと止まらなくて、止められなくて。まどかの瞳からは、ぽろぽろと涙がこぼれ続けていた。

 

「あー、くっそ。一つでも重いってのに二つだぞ。そりゃ疲れもするってーの」

どすん、と荷物を降ろして杏子が愚痴っていた。ようやくたどり着いた宿泊先。そこは大きな一軒家のようなもので。どうやら新築らしく、外観や周囲も綺麗なものだ。

「それにしても、なぜさやかはこんな場所を選んだのかしら。半月くらい、ホテル暮らしでもよさそうなものだけど」

住む分にはここも悪いところではなさそうだが、と荷物を降ろしながらほむらが言う。にぃ、と小さく口元をほころばせて振り向くと、杏子が。

「さてね、それはさやかの奴に聞いてみなけりゃわからねーけどさ。みんなで一つ屋根の下、同じ釜の飯を食ったりして仲良くなろう。とか、そんなところじゃねーの?」

それはそれで悪くないな、なんて考えながら。 

 

「それはそれで悪くないわね。となるとなにをするか考えないといけないわ」

「………。くくっ」

軽く目をぱちくりとやってから、小さく笑いを漏らした杏子。怪訝な顔でほむらが尋ねると。

「いや何、あたしもあんたと似たようなこと考えてたから、おかしくってね」

「そう、あなたもそんなことを考えてたのね。……じゃあ、目いっぱい楽しまなくちゃ。こんな休み、次はいつ取れるかわかったものではないもの」

「……だな、折角拾った命だ。たまにゃぱーっと遊んでみるのも悪くねぇ」

荷物をひとまず居間に並べて、家の中を見て回る。家具もしっかり揃っているし、部屋も沢山ある。中も綺麗なものだ。3人で住むには、ちょっとばかり広すぎる気もするくらいのものだった。

 

「ふー、やっと一息つけるな。って言ってもさやかが帰ってくるまで下手に動けないし。しばらくこのまま休んでよーぜ?あんたも疲れただろ」

勝手知ったるなんとやら、早速居間のソファーに飛びついて。片手にリモコン片手にお菓子、完全にくつろぎモードの杏子である。

「そうするわ。隣、いいかしら?」

「おう、そーしろそーしろ」

伸ばした脚をひょいと組ませて、空いた隙間にほむらが腰掛けた。テレビはよくわからないドラマを映し出していた。如何せん平日の昼間である、そういうものが流れるのは今も昔も変わらないようで。

 

「そういえば……ええと、杏子」

「ん、どーしたんだよ?」

さやかは未だ戻らず、10分かそこらは過ぎただろうか。おもむろにほむらが杏子に呼びかけた。

「一つ、聞いてもいいかしら。……あなたがなぜさやかと一緒に戦うことを決めたのか。エバーグリーンにいたというのは聞いていたけど、そこで何が起こったの?」

「あー……そのことか。単に向こうで一緒に戦っただけ……ってのでもないか、あれは」

思い出しては小さく苦笑して、なんとも照れくさそうに軽く頬を掻き、少しだけ迷う。それから真っ直ぐほむらを見つめて。

「あたしらはさ、これから仲間になるわけだ。……あんまり面白い話でもないけどさ。でも、仲間ってならやっぱりこういうことも話すべきだと思う。ちょっと長い話だけど、聞いてくれるかい?」

「さやかが戻るまでは何もすることなんてないもの、是非聞かせて欲しいわ」

そんなほむらの言葉に、一体さやかは何をやってるんだか、なんて小さく愚痴ってから。杏子は静かに話し出す。エバーグリーンとの因縁を、ロス提督との出会いと別れを。そして一度捨てた命を、さやかに拾われてしまったことを。

 

「――ま、んなとこさ。ほんとにあいつは面倒で、おまけに大した奴だよ。お陰でうっかり命まで拾われっちまった。……今はまあ、あいつと一緒に戦えたら楽しいんじゃないかなって、そう思ってるよ。出来ればほむら、あんたともそんな感じでうまくやりたいもんだ」

話し疲れた、といった様子でソファーに深く背を預けて。ほむらも、杏子の言葉を受け止めて。

「私も、そうできればいいと思う。……でも驚いたわ。まさかあのロス提督と一緒にいただなんて」

「結局、ロス達が旅立ってからもうすぐ3年だ。ダメ押しの第3次バイドミッションがあってもまだ、エバーグリーンみたいなバイドの大量発生が起きるんだ。……それでもさ、あたしはいつか帰ってきてくれるって信じてるんだ」

 

第3次バイドミッション。人類がバイドに対するために放った三度目の矢。

この頃になると、人類のバイドに対する術もさまざまなノウハウを溜め込んでいた。様々な手段の中で、バイドに対して如何なる戦闘形態が有効なのか。それを確かめたのがバイド討伐艦隊と、それに続いて行われた第3次バイドミッションであった。

曰く、ワンオフ機とエースパイロットにおける敵中枢への電撃戦。そしてもう一つが、従来通りの部隊を率いてバイド中枢への道筋を立て、侵攻して行くという作戦。

前者はバイド中枢の撃破を成し遂げたという記録が残されており、後者には太陽系からバイドを駆逐したという実績があった。結局どちらと絞れたわけではないのが現状である。

 

「……杏子。あなたが私を信じて話してくれたのなら、私もあなたを信じて話したいことがある」

知らせるべきだ、と考えた。杏子はさやかと違い、軍やTEAM R-TYPEがどういうものかを知っている。ならば知らせたとしてもきっと、悪いことにはならないはずだ、と。

「なんだよ、今度はほむらの身の上話でも聞かせてくれるっての?」

「それに近いものだと思うわ。でもお願い、絶対にこのことは口外しないで」

「……随分深刻そうだな。そんなに話したらまずいことなら、別に話さなくてもいいんだぜ?」

そういう気遣いは嬉しいと思う。きっと彼女は、仲間を思える人だ。任せられると思った。

 

「……いいえ、それでもやはりあなたには知っていてもらうべき事だと思うの。杏子、貴女は第3次バイドミッションで、バイド中枢を討ったパイロットの名前を知っているかしら?」

「パイロット……って、確かスゥ=スラスターだっけ。幼体固定されたとか危ない噂も聞くけどよ。結局、バイド中枢を討った後は未帰還だ、って話だと思ったけど?」

「ええ、その噂は本当だったのよ。……スゥ=スラスターは幼体固定を受け、14歳の少女の体に加工された。そして彼女はバイドを倒し、地球へと帰還したのよ。誰にも気付かれないように」

杏子が怪訝そうな表情を浮かべる。けれどもその表情は、ほむらの言葉が続くに連れてだんだんと変わっていく。

 

「彼女は、あの肉体や精神を、正気すら削り取られるような戦いはもう嫌だったのよ。だから密かに地球圏に戻り、機体を隠して普通の少女としての生活を送っていたの」

 

――驚愕する。

 

「ほとんど今の彼女の姿を知るものは居なかったから、そのまま彼女は軍から逃げることにしたの。心臓病で亡くなった少女――暁美ほむらに成り代わって、ね」

「ははっ、冗談にしちゃ笑えねーし、第一おかしいだろ。じゃあどうして戦うのが嫌になった英雄が、あんなところで試験機のパイロットなんかやってんだよ」

当然の疑問だ、とほむらは自嘲気味に笑って、天井を見上げながら。

「あのキュゥべえに正体が露見したのよ。それで軍に知らされたくなければ……という訳。実際、軍やTEAM R-TYPEの元に居るよりは随分と人間らしい暮らしはしてると思うわ」

ほむらは言葉を告げてから、少しだけ頬を緩ませて。

「それに、さやかが戦うと言ったから。あの子を放っておけない。守りたい。……そう思っていたのだけどね。今では素直に、一緒に戦いたいと思うわ」

大切なもの、守りたいものはどうやら同じだったらしい。杏子が何となくほむらに感じていた壁、その原因がわかったと同時に、目的は同じなんだと思うとそんな壁も消え去ってしまったような気がして。

 

「なら、やっぱりあたしらは仲間だ。目的が一緒で、倒す敵も同じ。これが仲間じゃねぇってなら何なんだ。……で、なんだってそんなことを話すつもりになったんだよ」

そんな壁がなくなると、実際の距離も少し近づいてしまうのかずい、と身を乗り出してほむらに迫る。ついでに食べていたお菓子の袋も一緒に差し出して。

「食うかい?」

嬉しそうに笑って言うのである。

「ええ、頂くわ。……こんなことを話したのはね、杏子。あなたにさやかを任せたいからよ」

「どういうことだよそりゃあ。そもそもいきなり任せられても困るっての。それにあいつは、誰かに助けてもらわなけりゃ何も出来ないような奴じゃないと思うぜ?」

思わずきょとんとした顔で杏子が尋ねる。なんだかんだでさやかのことを評価しているのは二人とも同じであった。それはほむらもわかっているのだ、それでも。

 

「私もそう思うわ。でもほんの三ヶ月前まではさやかは普通の女の子だったのよ。バイドと戦うなんてことがそう簡単に割り切れるとは思えない。いざというときには支えてあげて欲しい」

「三ヶ月、って……改めて聞くとやっぱり信じられねぇよ。魔法少女ってのは、皆そうなのか?」

流石の杏子もこればかりは訝しげに首を傾げるばかりで。

無理もないことである。今まで短くない時間をかけて必死になって覚えてきた戦い方を、魔法少女はほんの僅かな時間で覚えてしまうことになる。多少なりとも気持ちは複雑だった。

 

「私の見る限り、魔法少女は皆そうだったわ」

とはいえ、それもさやかとマミに限ってのことではあったのだが。

「っつーか何?あんなこと言っといて、あたしに全部押し付けるつもりかい?」

「そのつもりは無いわ。でも私はこんな体だから、さやかとは違う時間を生きているようなものよ。ならきっと、さやかのそばに居るのはあなたのほうが似合っていると思う。だから杏子、あなたは……さやかのそばにいてあげて」

そう言われると言葉に詰まる。

そもそもにして、まだ目の前のほむらと第3次バイドミッションの英雄の姿が結びつかない。むしろ、そんなことを気にしているのかとすら思う。

対してほむらは、これでいいのだと考えていた。なんだかんだで自分はさやかとは違うのだと、一緒に戦うのならきっと杏子との方が何かと気が合うだろう、と。

 

さて、どうしたものかと杏子が考えていたその時に、丁度。

「ほむらー、杏子ーっ!どっちでもいいから手を貸してーっ!ちょっと手が塞がってるんだーっ!」

元気よく、でもどこか戸惑いがちなさやかの声が聞こえてきたのだった。

「何かあったのかしら。……杏子、早速だけどお願いする…っ!?」

最後まで言葉を言いきる前に、杏子がほむらの手を掴んで立ち上がらせて。そのまま出入り口の方に親指を突き立てた。

「あたしはあんたが何者だろうと関係ない。それが仲間だろ。きっとさやかだって、同じ事を言うと思うぜ。ったく、何バカなこと言ってんのさ……あんたも、一緒に来るんだよ」

「っ……でも、私は」

「あー面倒くせーな。もう。今はとにかくさやかのとこに行くのが先だろ。ほら、行くぞ行くぞーっ」

「あ、杏子……っ、まったく」

ぐいぐいと引かれるその手に抗い切れず、ほむらもさやかの元へと向かうのであった。

 

 

「……そろそろ落ち着いた、まどか?」

「うん……ありがと。ごめんね、さやかちゃん」

時は少々遡る。路地裏、人通りの少ない場所で。それでもまださやかに抱きついたまま離さずに、まどかは申し訳なさそうに謝った。

「それで、まどかは一体どうしちゃったのさ……まさか、あたしに会えないのが寂しかったとか?」

おどけた調子で話してみると、涙の潤んだ瞳でさやかを見上げてそのまま、ぎゅっと抱きつく腕に力を込めた。そんな仕草が可愛らしくて、思わずふらっときてしまいそうなのをぐっと堪えて。

 

「あはは……もしかして大正解って奴?もー、まどかは本っ当に可愛いんだからさ。やっぱり、まどかはあたしの嫁だねーっ!」

「さやかちゃんってば……ふふっ。……でも、本当にそうだったらずっと一緒にいられる、かな」

やはりどうにも様子がおかしい。いくらなんでもここまで甘えてくるような子ではなかったはずだ。困惑半分、実はちょっぴり嬉しい気持ちも混ぜ込んで。

それでもなんとか、そっとまどかの体を押しのけて。

「……ね、まどか。そろそろ聞かせてよ。何があったのか。学校、休みなんかじゃないよね」

びくりと、まどかの体が震えた。

「あ、別に怒ろうとかそういうんじゃないんだよ。そもそもあたしだって今は学校なんて行ける状況じゃあないし、まどかのことなんて全然言えない。だから心配しないで……」

 

「やっぱり、まだ戦ってるんだね。さやかちゃんは」

その言葉が、どうやらまどかの傷に触れてしまったらしい。震える身体を自分で抱きしめるようにして、か細い声を放って。

「そりゃ……まあ、ね。だってあたしが戦わないと、誰かがバイドの犠牲になる。でも、大丈夫だよ。一人で戦ってるわけじゃない。ほむらもあの杏子も一緒だから」

「……そっか。仲直りできたんだね。ほむらちゃんと」

「仲直りっていうか、あたしが勝手にムキになってただけなんだけどね。そうだ!そうそう忘れてた!マミさんが生きてたんだよ!」

「本当に!?……マミさんが、よかった。……よかったよぉ」

またしても泣き崩れそうになってしまって、慌ててさやかがまどかの体を支えた。どうやらまどかはあまり話したくないようで、ひとまず今は別の話をしよう、と。

さやかはこの三ヶ月間のことを、ほむらのことや杏子のこと、バイドとの戦いのことを話し続けた。

 

「――でさ、そういうわけで今は休暇ってわけ。しばらくこっちに居るからさ、沢山遊ぼうよ。あ……でも、まどかは普通に学校か。それじゃ学校終わってから、いいよねっ!」

「うん。……なんかさやかちゃん、生き生きしてるね」

「そう、かな?こう見えても結構危なかったんだけど……でも、確かに充実してるといえばそうかも」

思いがけない言葉に、ふと首を傾げて考え込んで。そんな合間に、まどかの呟きが耳に届いた。

「あの時私も戦うって言ってたら。そしたら、私も一緒だったのかな……」

「っ!まどかっ!!」

聞き逃すことは出来ないその言葉。すかさず手が出て、まどかの手を掴んでしまって。

「何言い出すの、まどか……ダメだよ。そんなの絶対にダメだっ!」

思わず語勢が強くなる。手を握る力も少し強かったのか、顔を顰めてまどかが手を振り払い、そして。

 

「どうして?どうして私だけなの?……さやかちゃんだって戦ってるんでしょ?私だって戦えるんでしょ?そうしたら、さやかちゃんやほむらちゃんと一緒に……」

きっとまどかは、受け入れてもらえると思っていたのだろう。驚いたように顔を上げて、胸元に手を当てて必死に訴える。

「どうしてそんなこと言うのさ、まどか。やっぱりおかしいよまどかっ!」

「おかしいよ、おかしくもなるよっ!だって私、私……っ」

さやかを見つめる瞳からは、とめどなく涙が零れて服に染みを残していって。震える声で、やっとの思いで打ち明けた言葉は。

「私……ずっと一人なんだよ。嫌だよ、そんなの……っ」

「一人、って。……どういう、こと?」

 

「さやかちゃんとほむらちゃんが居なくなって、私だけが戻ったんだよ。みんな不思議そうにしてた、私も、誰にも打ち明けられなかったから……誰とも話せなくなっちゃって。それに、さやかちゃんやほむらちゃんが死んじゃうんじゃないかって思ったら、私……どうしたらいいかわからなくなって。怖くて、怖くて……もう、嫌だよこんなの。耐えられないよ……」

足の力がするりと抜けて、辛うじてさやかに支えられながらまどかは思いの丈を打ち明けた。巻き込まれてしまった時から三ヶ月余り。決して短くはない時間、友達にも親にも打ち明けられず、ずっと心の奥底で閉じ込めてきた秘密と、恐怖。それが溢れ出していた。

さやかもそれを理解した。それがどれだけの苦悩であるか、そしてそれはきっとこれからも続くのだ。

確かにそれは辛いだろう、でも。

 

「……でも、ダメだよまどか。そんな気持ちで魔法少女になんてなっちゃダメだ。まどかは今、辛い状況から逃げるために戦おうとしてる。そんなんじゃ、いい方向になんて行きっこないよ」

戦うのなら、自分の意志で道を決めなくてはならない。周りの状況に流されて決断してしまえば、いつか必ず後悔する。その時にはもう、誰も、何も恨むことすらできないのだから。

それでも親友であるまどかにそんな事実を告げるということは、さやかの心をきりきりと痛ませていた。

「そんなの嫌だよ。お願い、さやかちゃん。一緒に居させて。さやかちゃんと……一緒に、居させてよ」

決心が揺らぐ。まどかが一緒に来てくれたら。まどかと一緒に戦えたら。戦いの重圧が、死への恐怖がどれだけ和らぐことだろう。まどかがさやかを必要としているように、さやかにとってもまどかは大切な親友なのだ。

 

「じゃあ、まどかは……死人になる覚悟、ある?」

「っ……死ぬのは、怖いけど……頑張るから、だからっ!」

「違うよ、死ぬんじゃない。死人になるんだ。……まどか、これを見て」

指から引き抜いた指輪は、青い煌きと共にソウルジェムへと変わる。かつて見たその輝きは、今はどこかくすんでいるようにも見えた。

そしてさやかは語る。魔法少女の真実。ソウルジェムの正体を。魔法少女のこの体はもう人のそれではなく、ただの抜け殻でしかないということを。

「人間じゃなくなって、こんな宝石が本体になって。それでも戦える、まどかは?」

完全に足が萎えてしまったまどかを、ゆっくりと床に座らせて。隣に座って、ソウルジェムを掌に載せたままもう一度尋ねた。

まどかはしばらく、ソウルジェムとさやかを、そして自分を互い違いに眺めてから。随分と長い時間を空けて。静かに首を横に振った。

 

「……私、ダメだね。戦いたいって言ったのに、そんな風になるって考えたら。どんどん怖くなってきちゃって、マミさんがやられた時のこと、思い出しちゃって」

膝を抱えてそのまま蹲る。さやかはそんなまどかの肩にそっと手を乗せて。

「大丈夫だよ、まどか。あたしは絶対に死なない。ほむらや杏子もいるんだ。……学校とかのことは、さ。ここにいる内になんとか考えようよ。協力するから」

俯いたまま、まどかは小さく頷いた。

「よし、じゃあそういうことだよ。……流石にまどかをこのままにしとけないよね。まどか、あたしら近くに泊まるとこがあるんだ。一緒に行こうよ」

「私なんかが行っても、いいのかな……」

「だいじょーぶですっての。あたしは今お休みでこっちに来てるんだもん。まどかが来るなら大歓迎、だよっ!」

「そっか、ありがと……さやかちゃ…っ?」

立ち上がろうと地面に手をついて、けれども体が持ち上がらない。仕方ないな、とその体を抱き上げて背負う。

 

「さ、さやかちゃっ!?……これはちょっと恥ずかしいよ」

「大丈夫大丈夫、それにしてもまどか、ちょっと痩せたんじゃないの?すごい軽いよ?」

「……最近、あんまりご飯食べてなかったから、かな」

「あー、やっぱり。じゃあ今日からはしっかり食べなよ。具合でも悪くしたら大変でしょ。じゃあ行くよ、まどかっ!」

そうして歩き出し、やがてたどり着く。しかし両手は塞がっていて、ドアを開けるに開けられない。そうしてさやかが呼びかけたのであった。

 

「しかし、結局ロクに街も見ない内に暗くなっちまったな。この分だと、外に出るのは明日から、ってことになるかね」

この時期はもう日が落ちるのも早い。気がつけばもう夕暮れ時。今から動くとなれば、きっと相当冷えることだろう。

窓から外を眺めて、暗がりに沈む街を眺めて杏子が呟いた。

「まあいいじゃないの。結構長旅だったんだしさ、今日一日くらいはゆっくり休んで明日はまず、冬服の用意を済ませちゃわないとね。それから街を案内して……と」

「ごめんね、さやかちゃん……ほむらちゃん、杏子ちゃんも」

ソファーに座ったさやかが、そしてその隣で寄りかかるように座るまどかがそれに答えた。

「別に気にすることではないわ。久しぶりの再会だもの。話が弾んでしまうのは無理もないわ。……とはいえ、担ぎ込まれてきた時はさすがに何事かと思ってしまったけれど」

そんな二人を遠目に眺めて、小さく笑ってほむらが言った。

「まあ、その辺は気にしないってことで。ね?」

「詮索するつもりはねーけどさ。もし何か困ってるってなら言えよ。仲間なんだ。助け合わなきゃな?」

窓から外を眺めていた杏子が振り向いて、にっと笑って呼びかけた。そんな気持ちは嬉しいけれど、ことこの問題だけはちょっと頼りづらい。

何より、まどかが杏子に頼れないだろう。

 

「大丈夫だよ、まどかのことはあたしが何とかするから」

「まあ、そういうことならいいけどさ。じゃあとりあえず飯にしようぜ。腹も減ったし、飯食いながら話すってのも悪かないだろ?」

確かに、言われてみると今日は昼に軽く食べたきり。いろいろあって、少しお腹も空いていた。久々の地球は寒かったし、なにか温かいものをお腹一杯食べたいものだな、と。

「そーだね。……よし、じゃあこうしようじゃない!鍋しようよ鍋!みんなで食材買い込んでさ、きっと暖かくて美味しいと思うしさ」

「そりゃ悪くないね。となると食材の買出しに行かないとな。さやか、この辺によさそうな店ってあんのか?」

「まっかせなさい!ちゃーんと案内するから、準備して行こうよ。まどかもほむらも一緒に来なよ。自分の食べたいものは自分で選ぶんだよ」

こうやって話していると、だんだん乗り気になってくる。ただ一つだけ気がかりなこと、それは。

 

「だからさ、まどか。その前に一回ちゃんと家に電話しなよ。きっとみんな心配してると思うしさ。あたしも一緒に説明するからさ」

「……うん」

やはりどうしても、まどかはどこか元気がない。それが気がかりで、でもどうすればいいのかが分からなくて。まずは今できることを、問題に一つ一つあたって解決していくしかないのだろうか。そんな風にしか、考えることができなかった。

 

「しかし驚いちゃったね。まさかまどかがあんなことを言うなんてさ」

暗い夜道を四人そろって歩いていく。電灯に照らされた道を、白い息を吐きながら両手に袋をぶら下げて歩く。空気はひんやりと冷たくて、そろそろ雪でも降りそうであった。

あのすぐ後に、まどかは家に連絡をとった。まだ詢子は帰ってきていなかったようで、電話に出たのは知久だった。学校から登校していないと連絡を受けていたらしく、電話に出た知久の声は心配そうなもので。

そんな知久に、まどかは言い放ったのである。さやかと一緒にいるのだと、今はまだ帰れない、帰らないのだと。帰ったら必ず説明するから、とさらに語勢を強めて詰め寄ったのだ。今までに見たこともないまどかの様子に、知久も戸惑った。

けれどもさやかが間に入り、ようやくどうにか知久もそれを認めたのだった。なんとか詢子を説得してみると、だから必ず帰ってくるんだよと念を押した。さやかにも、相変わらずの優しげな声でまどかをお願いするよと頼むのだった。

こうなってしまうと、さやかとしても無理にまどかを帰すわけにも行かなくなって。結局こうして、4人並んで買出しへと出かけてしまったわけである。

 

携帯用波動コンロが青い炎を吹き上げる。調理器具に流用されるほど波動科学は普及しているようで。そんな炎に煽られて、ぐつぐつと煮える鍋。どうにもこの時期は冷えるから、野菜をふんだんに盛り込んで。

味付けは少し濃い目塩味ベース、野菜から出た水分でちょうどいい味になることだろう。

「んー、いい匂いっ!やっぱ鍋はこうでなくちゃね」

箸とお茶碗完全装備で、すちゃっと自分の席を確保して。さやかが嬉しそうにはしゃいでいる。

「そろそろいい具合に煮えてきたんじゃねーか?もうそろそろ食おうぜ」

と、こちらはちょっとそわそわしている感じの杏子。もう待ち切れないといった様子である。

「おおっと!まだまだだよ。大根にしっかり味が染みるまでぐつぐつするのがあたしの正義だからね!っていうかほむらとまどかがまだなんだから、せめてそれくらいは待ちなさいっての」

「ええい、これ以上待ってられるか。あたしは腹が減ってるんだーっ!」

鍋の前での取っ組み合い、実に危険なことこの上ない。そんなところへ、エプロン姿のまどかとほむらが現れた。

 

「お野菜用意できたよ。でも、ちょっと多すぎる気もするんだけどな」

その手に抱えた大きめのボール、中にはハクサn、否、白菜だとか牛蒡だとか大根人参もやしに白滝豆腐、お鍋の定番野菜がどっさりと。

既に一つ鍋が出来上がりそうだというのに、まだこれだけ食べるのか。ちょっと苦笑がこみ上げてくるのを堪えきれずに。

「多ければその分は二人に食べてもらえばいいわ。……そろそろいいわね」

今度は肉を用意してきたほむらが席に着く。鍋の蓋を開けると湯気が沸き立ち、視界がほんのり白く染まった。

「っしゃ!それじゃ食おうぜ食おうぜっ!」

「よーっし、それじゃ食べちゃいますかーっ。まどかも、ちゃんと食べるんだぞーっ」

「あはは、大丈夫だよさやかちゃん。……じゃあ、いただきますっ」

「「「いただきます」」」

 

モノを食べる時は、独りで静かで豊かであれ。なんていうか、救われていなければならない。そういうのはとある男の言である。けれどもそれはきっと男の食事なのだろう。

女の子達の食事時、箸は動くが口はもっと動く。

普通の女の子が二人、ちょっと普通ではない女の子が二人。見方を変えれば人二人、魔法少女が二人である。それでもにぎやかなことには変わりはない。まどかも、ずいぶん元気を取り戻していたようで。

「なんか、よーやく休暇って感じがしてきたよ。明日から何しようかなー」

鍋の中身はほぼ空っぽ。新たに肉や具材を投入してまた一煮立ち。腹具合もだいぶ落ち着いて、後はゆっくり話でもしながら食べるだけである。

「とりあえず冬服は新調しなくてはね。さっきだってかなり寒かったもの」

「ってかほむら、結構寒がりだったんだね。あんまりそうは見えなかったけど」

「ははっ、そんなひょろい身体してっからだろ。もっとしっかり食って、身体を丈夫にしねーとな」

「そうね、これからは気をつけることにするわ」

 

「まどかはどうする?本当は学校とかもあるんだろうけどさ。さすがにこうなっちゃったらしょうがないし、一緒に来るよね、まどかも」

「私はさやかちゃんと一緒に行くよ。ほむらちゃんと杏子ちゃんにも街を案内してあげたいし」

「そっか、じゃあそうだねー、明日は見滝原の名所紹介ってな具合にしてさ、明後日はそれぞれ自由行動ってことにしよう。その後のことは、また明日にでも考えるとしてね」

「ん、いいんじゃねーかな。あたしも久々に色々遊んできたいし」

「ええ、私も構わないわ。でも普通に街に出るのなんて久しぶりだから。もしかしたら、色々迷惑をかけてしまうかもしれないわね」

「そんなの気にしなさんなっての。ここにいる間くらいはゆっくり羽を伸ばそうじゃないの」

話は弾む、これからの楽しい日々を色々と考えてはそれを話し合い。そんな楽しい気分を、鍋から漂ういい匂いが後押ししてくれた。これで酒でも入れば本当にいい気分になってしまいそうだが、彼女達はまだ未成年である。

一応、一人を除いては。

 

「やあ、みんな休暇を楽しんでいるようだね」

「「ぎゃーっ!?」」

突然である。鍋の中からキュゥべえが現れた。実体のない半透明生物である、まあ問題があるわけではないのだが。

「っ!?テメェっ!一体どこから出てきやがるんだっ!」

「どこからって?この家の中ならどこにだってボクは出られるようになっているんだよ」

「そういうこと聞いてるんじゃないんだってば、鍋の中からにゅっと出てきたら誰だって驚くって」

さやかの言葉にキュゥべえは改めて自分の姿を眺める。鍋に半ば埋まっていて、鍋から顔と尻尾が突き出ているだけの状態。はっきり言ってしまえば、気味が悪い。

「……別に今のボクは実体があるわけでもないから、構わないとは思うんだけどな」

「いいから出ろっての、食欲が失せる」

「やれやれ、しかたないな」

ぴょん、と鍋から躍り出た。所詮はただのホログラム、いい感じで煮えていたり色づいていたりはしなかった。

 

「キミもここに居たんだね。やあ、久しぶり。鹿目まどか」

「あ……うん、久しぶりだね、キュゥべえ」

あまりの衝撃に面食らっていたまどかも、ようやく正気を取り戻したようで。キュゥべえに向かってなんとも曖昧に微笑んで。

「それにしても、こうしてみんなで食卓を囲んでいるというのもなかなかによさそうなものだね」

「あんたも参加すりゃいいんじゃねーの?まあ、その身体で飯が食えるとは思わないけどさ」

「そうでもないよ、さすがにこの身体では食べられないけどね。職場で一緒に食事を取るときなんかは、色々食べたりしているよ」

やけに所帯染みた言葉が飛び出して、キュゥべえの正体を知るほむらは噴出してしまった。どう見ても怪しい白衣集団と、どうみても只者ではない白い半透明生物が一緒に食卓を囲んでいる。

なんとも奇妙でシュールな光景である。想像するだけで疲れてきそうだ。

 

「職場って、キュゥべえはずっとティー・パーティーにいるんじゃないの?」

「ここやティー・パーティーにいるボクはあくまでもプログラム、本体から切り離された一部分なんだ。ボクの本体は、もっと別の場所でR戦闘機の開発に携わっているよ」

「へー、そうだったんだ。っていうか今更なんだけどさ。キュゥべえって一体何なの?ただのプログラムじゃない、ってことはわかったけど」

そこそこ付き合いも長いこの生き物に、今更ながらに疑問が湧いてくる。そうすると、先日TEAM R-TYPEの男が言っていた言葉が蘇ってくる。曰く、インキュベーター、宇宙人。

宇宙人ならインベーダーじゃないのかな、なんてレトロでタイトーな考えは放り投げて。

「ボクはボクだ、魔法少女をサポートするための存在だよ。それじゃ不満かい?」

「大いに不満ね、それだけじゃ説明のつかないことが多すぎるわ」

「おう、あたしも気になるぞ。いまだにこんな妙な生き物が目の前で動いてるのが不思議なくらいだし」

矢継ぎ早に二人が言葉を放つ。気になっているのはどうやら二人も同じようで。流石に、こんなキュゥべえの言葉一つで誤魔化されるわけにもいかない。

 

「ほらほら、みんな気になってるんだよ。キュゥべえ。そろそろ正体を白状しちゃってもいいんじゃない?実は宇宙人だった、とかさ」

ぴく、とキュゥべえの耳が跳ねた。

「……おかしなことを言うね、本当にそんなことがあると思うかい?」

「そうだよさやかちゃん、いくらキュゥべえが不思議な生き物だからって、宇宙人はないと思うよ」

「そーだよなぁ、いくらなんでも宇宙人はねーよ。まだ生物兵器って方が納得できるぜ」

「でも……あたしは聞いたんだ。キュゥべえ。あんたが宇宙人だって。インキュベーターって呼ばれてたのも、聞いたんだ」

さやかの言葉に、沈黙が部屋に満ちる。ぐつぐつと煮える鍋の音だけが聞こえて……。

「あっ!?鍋、吹き零れてるよっ!」

「うわととっ!……ふぅ、危ない危ない」

慌てて鍋の火を止めた。このまま食事を再開するには、ちょっと空気が深刻すぎる。

 

 

「……一体、どこでそれを聞いたんだい、さやか。いや、大体想像はつくか。あの男から聞いたんだね」

キュゥべえは軽く目を伏せて、少しだけ思考を廻らせ言葉を告げる。少なくとも今のところ、さやかの行動のほぼ全ては監視下にある。わからないことがあるとすれば、ティー・パーティーを離れていた時のことだけだった。

「その通り、このまま向こうで戦わないかって誘われてさ。流石に断ったんだけど、その時にね。……さっき思い出した。キュゥべえ。そろそろ聞かせてくれない?今更どんなこと言われたってあたしは驚かないよ。……た、多分」

いまいち最後が締まらないのはご愛嬌、といったところであろうか。キュゥべえはぐるりと部屋の中を見渡して、それからまどかに目を留めた。

「そこまで知っているのなら、ボクとしては話をするのも吝かじゃない。でも、キミはいいのかい、鹿目まどか。ボクとしてはキミはこれ以上秘密を抱え込むべきではない、と思うけど」

胸中の悩みを見透かすようなキュゥべえの言葉。まどかは思わず息を詰まらせた。

 

「あー……確かに、今のままでもまどかにはかなり負担になってるもんね。となると、まどかはあんまり知らないほうがいいのかな」

申し訳なさそうにさやかが言う。けれども仕方ないことだと思う。今のままでさえまどかは抱えた秘密に押しつぶされそうになっている。これ以上の何かを押し付けるのは、流石に酷だと思ってしまう。

「わ、私……知りたい。秘密を抱え込むのは辛いけど、でも……。私だけが何も知らないのは、もっと嫌だから」

胸元をぎゅっと押さえて、痛みを堪えるような顔でまどかが告げる。でも、知ってどうするというのだろう。さやかの脳裏には先ほどのまどかの言葉が蘇っていた。

一緒に戦いたい――と。その気持ちは本当なのだろう。けれど、魔法少女の真実を知って思いとどまった。そう思いたい。それでも、まるで今にもまどかがキュゥべえと契約を交わしてしまいそうで、どうしようもなく不安だった。

その時は、止めようとも思った。

 

「わかったよまどか。じゃあキミにも話そう。もちろんこれは重大な秘密だ、口外はしないで欲しい」

キュゥべえの言葉に、皆が静かに頷いた。それを確認して、キュゥべえがぴょんとテーブルに飛び乗った。

「だーかーらー、飯食うところに足乗っけるんじゃねーっての」

払いのけられた。

「だからボクには実体がないって言っているのに。わけがわからないよ」

仕方なく、食卓からは少し離れた床に座って。

 

「まず最初に、ボクが宇宙人だというのは間違いじゃない。インキュベーターというのも、ボク達の本当の名前だ。ボク達インキュベーターはね、ずっと昔からキミ達人類と関わってきたんだ。それこそ、キミ達がまだ文明というものをもたなかったような時代からね」

なにやら、にわかに話のスケールが大きくなってきた。そしてキュゥべえは静かに話し始める。

曰く、この宇宙はエントロピーの問題に直面している。

「だからボク達は、エントロピーに囚われないエネルギーを探していたんだ」

そしてそれを解決する術が、人の感情をエネルギーに変える技術。すなわち魔法少女のことである、と。

「魔法少女が魔女を倒す。そうすることで生み出されたエネルギーが、ボク達の宇宙を救っていたんだ」

その為に彼らインキュベーターは、遥か昔から人類と共に寄り添ってきたのだ、と。

「だからボク達は、人類がより発展するように陰ながら力を貸してきたんだ。それがボク達にとっても、エネルギー問題を解決する手段になっていたからね」

だが、その関係はあっけなく壊滅した。悪夢の存在によって、とてもあっけなく。

 

「そんなボク達の前に、バイドは容赦なく襲い掛かってきたんだ。ちょうどあれは、こちらの年代で21世紀の初頭のことだと思う。それ以降はそれにかかりきりになってね。ボク達は地球に干渉することができなくなってしまった」

彼らインキュベーターは感情を持たない文化を形成していた。そしてそれは、個というものを必要としない文化であった。だからこそ彼らは、全員が意識を共有する群体として存在していた。

それが、対バイドにおける最大の弱点となったのだった。

「最初はね、ボク達の内のほんの僅かな部分だけが取り込まれただけだった。でも彼らは、その僅かな部分を通して、ボク達全体の精神を蝕み始めたんだ。個を持たないボクらは、皆まとめて浸食されてしまうところだった」

それでも彼らは、その進んだ技術力をもってバイドに抗った。汚染された精神領域を排除し、さまざまな兵器を、時には魔法少女の力さえ使ってバイドの根絶を図ったのだ。

 

「結果は惨敗だ。技術的に劣っていたのかもしれないが、問題はもっと深刻なところにあったんだよ」

感情を持たない彼らが持ち得なかったもの。バイドを、全生命の天敵たらしめているもの。

「奴らが持つ底知れないほどの憎悪と悪意。それが奴らをどこまでも進化させ、次第にボク達は追い詰められていった」

そして、宇宙を救うという使命を果たすこともままならず、インキュベーターという種はバイドに飲まれて果てることとなる。

「……ボクは、僅かに残った最後の精神領域をかき集めて、母星を脱出した。そして、随分長い旅路の果てにかつて交流のあった星、地球へとたどり着いたんだ」

そこで、彼は驚愕することになる。

「驚いたよ。ボク達がまるで敵わなかったバイドに対して、彼らは抗う術を持ち得ていたんだ。だからボクは、何とか星から持ち出した技術を彼らに、TEAM R-TYPEに提供した。それが今キミ達を魔法少女として戦わせている、ソウルジェムシステムというわけさ」

 

一通り話も終えて、あまりに壮大な話に、まだ理解が追いつかない。誰もが黙っている中で、ようやくほむらが口を開いた。

「もしその話が本当だとするのなら……私は、あなたへの接し方を改めなければならないわ。今までは、あの連中が少女をパイロットに引き込むためのマスコットか何かだと思っていたから」

そういう側面があるのは間違っては居ないのだろうが、それでも随分と酷いことを言うものである。

「今でも、子供を魔法少女に仕立てて戦わせるなんてことが、正しいとは思えない。それでも、理解はできる……と思うわ」

もしかしたらこのインキュベーターという得体の知れない生き物も、油断ならない相手としてではなく、仲間として接することができるかもしれない。少なくともほむらは、そう思い始めていた。

 

「……まあ、大体はわかったけどさ、一つだけ不思議なんだよな」

長い話に、うっかり気が鍋の方に向いたりもしながらも、杏子が言葉を次いでいく。

「何であんたは、バイドと戦おうって、人類に協力しようって思ったんだ?逃げるつもりなら、バイドの相手なんて人類に任せちまえばよかったのにさ」

そんな言葉に、意外そうにキュゥべえが目を見開いて。すぐにそれは、自嘲気味な笑みへと変わった。そんな表情を見るのは初めてで、皆が驚いてキュゥべえを見つめた。

「……ボクはきっと、欠陥品なんだと思うよ。ボク達にとって、感情とは特殊な精神疾患に過ぎない。でも、バイドとの遭遇は非常に原始的な感情をボクに抱かせた」

すぅ、とその目が細められ、深い赤を湛えた瞳が小さく光る。

「憎いのさ、バイドが。ボク達の使命を、そして全てを奪ったバイドがね、憎くてたまらないんだ。……復讐してやりたい。ボクが奴らと戦うことを選んだ理由は、それだけだよ」

「……なんか納得したわ。まだ微妙にわかんないとこはあるけど、一応信じといてやるよ、キュゥべえ」

バイドへの憎しみ。それはきっとこの場にいるほとんどのものが共有している感情だろう。少なくともそれは理解できた。同じ敵を持っている。分かり合う、協力しあう余地はある。

 

「なーんか、スケールが大きすぎていまいち実感湧かないや」

「あはは、私もそうかな。……秘密っていうけど、こんな秘密、誰も信じてくれないよね」

そして、微妙に蚊帳の外なさやかとまどかの二人であった。

「よし、話も終わったし食おうぜ。冷めちまってるだろうし、火ぃつけるぞ」

「それもそーだね、よっしゃ、じゃあ食べようっ!」

そして始まる楽しい鍋祭り。そんな光景をじっと見ていたキュゥべえが。

「そういえば、職場でよく食べていた鍋の道具があるんだ。もしよかったら、キミ達も使ってみるかい?」

「……あんたって、普通に鍋も食べるの?」

「人間が食べるようなものなら大体食べられるよ。別に食事を取らなくても問題はないけどね」

「というか、あなたの職場ってTEAM R-TYPEでしょう?……恐ろしく嫌な予感がするのだけど」

「まーいいじゃねーか。一体何食ってりゃあんな外道集団が生まれるのか、ちょっと見てみたい気もするしさ」

「いくらなんでも、鍋っていうくらいだしそんなにおかしなものはないと……思うんだけど、な」

「うん、じゃあ映像を出すよ。なかなか興味深いものだったよ」

ぴん、と小さな音と共に映し出された、それは。

 

「ひぃっ!?」

 

「うへぇっ!?」

 

「な、なんじゃこりゃーっ!?」

 

「……卑猥」

 

なんというかもうゴマンダーだった。鍋に入ったゴマンダー、汁に浸かってぐらぐらと煮立てられてる。どう見ても正気を疑う光景である。

「おい、こら腐れ小動物。アレは食いもんじゃねーだろ。どういう神経してたらアレを煮詰められるんだよ」

流石に杏子もツッコんだ。

「何を言っているんだい?あれはゴマンダーじゃない。似たような形をした鍋の道具だよ」

キュゥべえ曰く、そのゴマンダーの上の口、というかコアっぽい部分に肉や何かを大雑把に投入するらしい。

その後、くぱぁ、と空いた口の中にぐにゅぐにゅと箸を突っ込むと、ずるずるとインスルーのような何かが出てくるらしい。その体に、肉塊よろしく大量のつみれをくっつけて。

それが尽きればまた自動で中に戻り、引っ張り出せばまた出来ている。そういう道具らしい。おまけによく火が通れば本体自身も食べられる素敵仕様だそうな。

「何でも食材研究科の新商品らしいね。彼らはこれを量販店とかで販売しようともくろんでいるらしいよ」

「oh……」

なんというか、常軌を全力で逸している。衝撃もあまりに大きすぎると、最早リアクションを取ることもできないらしい。

 

「まあ、古来からこの星には、敵を食べ物に見立てて食べることで願掛けをするようなものもあると聞く。これもある意味、そういった類の儀式には使えるのかも知れないね」

「……いや、頼む。もういいから消してくれ。あたしが悪かった」

流石に食事の最中に拝むにはあまりにショッキングな内容過ぎた。気付けば皆、箸が止まっている。

「そうかい、あまり好評ではないようだね。彼らにもそう伝えておくよ。

 ……それじゃあ本題に移ろうか。マミのことだ」

その言葉に、杏子以外の全員の顔が強張った。

「マミさん……そうだよ、マミさん、生きてるんだよね」

まどかがはっとしたように顔を上げて、キュゥべえに縋るような視線を向ける。生きてはいる。生きてはいるのだ。問題は意識が戻らないということだけで。

「……で、結局マミさんは今どういう状態なの?詳しく調べてもらったんでしょ?」

目覚めて欲しいと願う。今度は一緒に戦いたいと、祈る。

 

「っつーか、そのマミってのは誰なんだよ?昔の仲間か何かか?」

げんなりした気持ちも多少は回復したようで。鍋をちょいちょいとつまみながら、杏子が尋ねた。

「マミさんは、あたしらがバイドに襲われた時に助けてくれたんだ。そしてあたしらに、魔法少女のことを教えてくれた。……そして、バイドに殺された」

「……その、はずだったのだけど。マミは生きていたのよ。少なくともその身体は」

発見されたソウルジェム自体は、バイドによる汚染は見られなかった。ファントム・セルに撃墜され、その中に取り込まれていたというのに、である。

おそらくかなり強力なバイドに対する耐性を持っていたのだろう。けれども問題はその中に宿る魂、精神だった。

バイドは全てに侵食する。生物も、機械も、プログラムでさえ。そして、精神にさえも侵食するのである。バイドに精神を冒されれば、もはやそれはバイドも同じである。

魂そのものであるソウルジェムを取り込まれたマミが、バイドによる汚染を受けていないとは考えにくかった。

 

「ああ、マミは今も生きているよ。バイドによる精神汚染の兆候は見られるようだけど

 それもほとんど影響はないようだ……今のところはね」

それ自体は喜ばしいことだ、だが最後の言葉が引っかかる。

「これはキミ達人類の概念では説明が難しいことだ、それでもどうにか説明するとなると

マミの精神は現在活動性を失っている。精神領域の一番奥の部分に癒着してしまっているんだ。それを剥離して回収するためにボク達も干渉してみたんだけどね、効果はほとんどなかった」

どうもさっきから、理解の範疇を超えるような難しいことばかり説明されている。お腹も膨れて頭の回転も鈍っている状態では、なかなか理解が捗らない。

「……ねえほむら。今の話、わかった?」

「なんとなく、分かったような分からないような……ってところね。杏子、あなたは?」

「いや、ぜんっぜんわかんねぇ。なあまどか、あんたはわかるか?」

「私も、よく分かんないや。……あはは」

このざまである。そもそもソウルジェムだの魂だのという事自体、非現実的な代物なのだ。それに直面し、実感しているとは言え、いまだに理解したとは言いがたい。

そんな彼女らの様子に、困ったようにキュゥべえは一つため息をついて。

 

「仕方ないね、そういうことならもっと分かりやすくしようか。正確には違うんだけどね。マミの意識はソウルジェムの中に閉じ込められていて、彼女の中に戻っていない。マミのソウルジェムに干渉して、意識を目覚めさせる必要があるんだ」

「あ、それならなんとかわかるかも。要するにアレでしょ」

ぽん、とさやかが軽く手を打って。

「要するにマミさんは眠り姫ってことよ。わるーい魔女に眠らされちゃった。でもって助けるためには王子様のキス、みたいなものが必要だってことでしょ」

やけに得意げな顔でさやかが言う。戦いに染まっていても少女は少女、こういう話は食いつきもいいようだ。

「なるほどな、それなら確かに納得だ」

「それなら差し詰め私達は、バイドと言う名の魔女と戦う騎兵隊、ね」

「なんか、ちょっとそういうのも格好いいかもね。でも……王子様のキスなんて言っても、一体どうしたらいいんだろう」

「その方法は、あんたが知ってるんだろ?な、キュゥべえ?」

4人の視線がキュゥべえに向かう。ようやく話もまとまったかな、とキュゥべえも少し澄ました顔をして。

 

「ソウルジェムを介して、直接マミの精神世界に干渉する。ボク達の干渉は拒絶されたが、もしかしたらキミ達ならばマミも心を開いてくれるかもしれないからね」

「ってことはやっぱり、あたしとほむらの出番ってわけだね」

ばしっと拳を掌に撃ち付けて、さやかが気合を入れなおす。ほむらも口には出さないけれど、幾分か顔を引き締めて。

「そのための準備を、今ボク達で進めている。準備が出来たら知らせに来るよ。今日はそれを伝えに来たんだ」

「よっしゃ!燃えて来たよーっ!絶対、マミさんを助けて見せるんだ。あ、何か準備することとかってあるかな?」

「いや、準備は全てこっちで済ませるよ。キミ達はこちらの整うまで、休暇を楽しんでいてくれればいい」

そうと決まれば、今は休暇を楽しむだけである。マミのことは気がかりだが、それでもキュゥべえに任せるよりほかに術もない。なんとかなると自信を胸に、目の前のロングバケーションをどうするか、ということに意識を向けた。

 

「そういうことなら明日はとりあえず街を案内しなくちゃね。あー、でもさ、あたしちょっと行きたい場所があるんだ。だから、案内は午前中で済ませることにしてさ、午後からは自由行動ってことでいい?」

「別に、行きたい場所があるのなら一緒に行っても構わないのだけど」

「あはは……いや、さ。一回実家に顔出しておこうと思って。多分長くなりそうだし、一人で行っておきたいから。……だから、ごめんほむら」

一応両親とは話をつけている。とは言えそれは、電話越しに会話を交わしただけのことで。実際に会うのは修学旅行の日の朝以来。何を言われるのかと考えると、少し怖い。

それでも顔は見せておきたい。考えたくもないけれど、いつ死んでもおかしくない戦いだから。

「まあ、そーゆーことならしかたねーだろ。家族は大事だからな、しっかり顔出してこいよ」

二度も家族を失って、家族というものには憧れと同時に複雑な感情を抱かざるを得ない。そんな杏子は、帰る場所のあるさやかが少しだけ羨ましかった。

 

「それじゃあ、午後からは私が皆を案内するね。それでいいかな、ほむらちゃん、杏子ちゃん」

「ええ、お願いするわ。鹿目さん」

「おう、頼むぜまどかー」

概ね話もまとまった、実はこっそり鍋の中身も概ね片付いていたりして。

「しかし、さすがに食いすぎたー」

なんだか少しだけ膨らんでいる……ような気もするお腹を擦りながら杏子はソファーに身を横たえた。なんとも横着なものではあるが。

「食べてすぐ寝たら牛になるぞー」

「いーんだよ、あたしは太らない体質だから」

「うぐっ、いいなぁ杏子は……艦の中だとなかなか運動とかしないからさあたしなんて体重がえらいことに……うぅぅ」

思い出してはよよよ、と手で目を覆って泣く様な仕草を見せる。

「っつーか、パイロットってのは体も鍛えて何ぼだと思うんだけどな。結構激務だろ、あれ」

「普通は鍛えなければやっていけないわ。体にかかるGだけでも相当だもの。……そういう面では魔法少女は便利ね、そういうことを考慮しなくてもいいから」

「……ああ、なるほど。そりゃあ便利だろうな」

やはりそういう、人ではないものという魔法少女の側面を見せつけられると嫌な気分になってしまう。どうしても言葉が荒くなるのを、杏子は止められなかった。

 

「気になる気持ちもわかるけどさ、そのお陰で私なんかでも戦えてるんだもん。これで文句なんて言ったら、それこそ罰が当たっちゃうよ。別に特に何か体がおかしいってこともないしさ」

ちょっとおどけたさやかの言葉に、渋々矛を収めた杏子。けれどもその言葉を聞いて、まどかの胸中は複雑であった。魔法少女だからこそ戦える。さやかがそうなら、自分もそうなのではないか、と。

けれどもそう考えてまた、あの時さやかが告げた魔法少女の真実が圧し掛かる。死人になって、それでも戦う覚悟はあるか。……考えてしまうと、胸の奥がずきりと痛む。手足の感覚が消えて、冷たくなっていくような錯覚さえも覚えてしまう。

「……やっぱり、ダメだな、私」

小さく首を振って、呟いた。その言葉は誰の耳にも届くことはなくて。

 

片付けも終えて、お風呂も済ませて時間は夜ももう遅い。部屋の割り振りも決めて、荷物もあらかた仕舞い終えた。

着替えも持たずにやってきてしまったまどかは、さやかのパジャマを貸してもらって。ちょっと大きいね、なんて袖の余った手を振りながら、浮かれた様子だった。

 

そんな夜である。さやかの部屋に、ほむらと杏子が集まっていた。

 

「ん、まどかはいいのか?」

後で話がある、と呼び出されてきてみれば、まどかの姿だけがない。訝しがって杏子が尋ねた。

「うん、いいんだ。まどかのことで話がしたかったからさ」

「鹿目さん……何かあったの?」

「あったも何も、もうとっくに何かある気はするんだけどな、あいつは」

流石に気付くよね、とさやかも苦笑して。一度目を伏せる。瞼の裏に映るのは、一緒に戦いたいと願った親友の姿。嬉しい、と思う。けど巻き込みたくない。きっとまどかには戦いなんて似合わないと思うから。

「実は、さ。今日、まどかが言ったんだ。一緒に戦いたい、魔法少女になりたいってさ」

ほむらも杏子も、その言葉に表情を変える。忌々しげに顔を歪めて、やりきれないような表情で。

「……それで、どうしたんだよ」

「もちろん止めたよ。まどかには戦いは似合わないし、きっと耐えられない。一応納得もしてくれたと思うんだけど、多分まだ、まどかの中で整理がついてないんだと思う」

「大人しそうで、優しそうな奴なのにな。何で戦おうだなんて言ったんだか」

バイドと、そしてそれに抗う人類の狂気。それはあんな少女までもを衝き動かすのか。我が事でもある、だからこそその業の深さに気が滅入る。

 

「あー……それは、さ。あたしのせいってのもあるんだよね。実はさ……」

話しづらいことではある。それでも話さなければ始まらない。そしてさやかは話し始めた。まどかの抱える孤独を。ただ一緒にありたいというだけで、戦いにさえ身を投じようとした、その孤独を。

「……鹿目さんが、そんなことに」

「あたしも、まどかに言われるまで考えもしなかったんだ。残されたまどかが、どんな気持ちだったのかってさ。友達失格だよね、こんなんじゃあさ」

勤めて明るく振舞ってきた。周りが不安にならないように。自分自身が、押しつぶされてしまわぬように。でもその結果がこれである。巡り巡って、大切な友達を苦しめてしまった。

それが辛くて、悲しくて。乾いた笑みがただ零れていって。そんな無情に打ちひしがれていたさやかの肩に、そっとほむらの手が触れた。

「さやかは、間違ってない。間違ってなんかいない。だから、そんなに自分を責めないで」

小さく鼻を鳴らして、反対側の肩に杏子が手を置いた。

「どんだけ頑張ったってさ、人と人との間なんてのはなかなか上手くいかねーんだよ。辛いなら頼れよ。仲間だろ?……っつーか、頼りたくて呼んだんじゃないのかよ」

その手はとても頼もしく、暖かかった。ひび割れていく心に、そんな優しさが染み入っていくようで。

 

「ほんとありがと、二人とも。……うん。実を言うとさ、まどかのこと、二人にも見ててもらいたいんだ。もしかしたら何かのきっかけでまた魔法少女になる、なんて言い出しちゃうかもしれない。あたしだけじゃどうにもできないかもしれない、出来たら二人にも、まどかを説得して欲しいんだ」

「そーゆーことなら任せろよ。あたしも、まどかの奴に言ってやりたいことが出来たからね」

「私も、出来るだけ鹿目さんのことは気にかけるようにするわ。……大丈夫よ、鹿目さんは私にとっても友達だもの。友達を戦わせるようなことは、もうたくさんだもの」

「……あはは、そうだね。じゃあ頼んだよ、二人とも」

「なんだかんだで、ゆっくり休むって感じじゃねーよな、これ」

「っはは、ほんとだよもう。バイドと戦うより疲れちゃうっての、精神的にさ」

ようやく調子も取り戻せたようで、冗談交じりに笑いあう。宇宙に居る間は、敵と仲間だけを見ていられた。けれども今、地球に降り立てばどうしてもさまざまなしがらみが、重く圧し掛かってくるのであった。

 

「じゃあ、そろそろ今日は寝よっか。明日からまた、よろしく頼むよっ!」

「ああ、じゃあまた明日な、お休み、さやか」

「お休みなさい、さやか」

そうして、少女達の夜は過ぎていく。

彼女達に、せめてひと時の安息を。ひと時の休息を。

その翼と、心を休めるための時間を。

 

最早この先、彼女らに安息が訪れることは――ない。

 

 

魔法少女隊R-TYPEs 第8話

       『HAPPY DAYS』

         ―終―




【次回予告】
「だからさ……練習、しようぜ」
訪れたひと時の安息。
「会いに来たのでしょう?上条くんに」
それはきっと、とても幸せな時間。
「戻ってきてよ、マミさんっ!」
戦いの予感を感じつつも、その日々を少女たちは謳歌していた。
それはきっとほろ苦くて、甘酸っぱい思い出。

「――あたしさ、あんたの事、好きだったんだ」
そして号砲は鳴り響き、最後の舞踏の開幕を――告げた。


次回、魔法少女隊R-TYPEs 第9話
          『PLATONIC LOVE』
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