錦「長い、一日、だった・・・・・・」
圭太「お疲れさま。帰ろうか。宿題も倍出たことだし」
錦「俺だけな・・・・・・」
圭太「いや、あと、もう一人・・・・・・。井上さん」
ゆり「・・・・・・なん、ですか」
圭太「今からお見舞いに行くんだよね?」
ゆり「そうですね。書類もいくつか預かっていますし、」
圭太「ご飯食べてるかさえ心配なんでしょ」
ゆり「よくお分かりですね。本当にあの子は、昔から、そういうところが幼いんです」
圭太「昔からっていうと、けっこう長いお付き合いなのかな」
ゆり「あなた方には関係ありません、とは言えない間柄になってしまったのでしょうか。あなた方とは中学の頃からですが、美秦とは保育園の頃からの仲ですわ。美秦のご両親は常日頃忙しくしていて、家政婦さんがその頃から美秦の面倒をみてくれていたんですけれど、美秦は今よりも感情の起伏が乏しかったこともあって、来る家政婦さんの殆どがあの子を怖れて離れていきました」
圭太「今、より・・・・・・」
錦「なんだか難しい話してるのか? 2人とも俺が河原を転げていったとこ見てなかったでしょ!? かえってきてみればこーんな厳しい顔をしてて、人違いかと思ってびっくりしたよ!」
圭太「錦、そうだったの。わー泥まみれだね、お帰り。ささ、井上さんの話を一緒に聞こうね」
錦「なんだか軽くあしらわれた気が。それって、俺でもわかる話?」
圭太「うん。美秦さんの話だよ」
錦「よし聞かせてください」
圭太「早いね、食い気味に来たね」
ゆり「続き、いいですか? ・・・・・・そうですね、瀬川君にも知っていておいてもらったほうが良いでしょうから、易しい表現にしましょうか」
錦「お願いしますありがとうございます!!」
ゆり「忙しない人ですね。先程長谷川君には少しお話ししたところもありますが。
美秦と私は、保育園で知り合いました。その頃から美秦は住み込みの家政婦さんに面倒を見てもらっていましたが、抑揚に欠ける美秦を怖れて殆どの家政婦さんは長続きしませんでした。それも相まって、美秦は、1人の世界に閉じこもりきりの幼少期を過ごしておりました。
保育園に通い始めた頃は、先に通い始めていた私と2人、教室の窓際でずっとぼうっとしていました。
なんとなくお察しかもしれませんが、私もあまり年頃の近い人たちとはうまく馴染めていなかったんです」
錦「どうして?」
ゆり「気取っていたのかもしれませんわね。これは母の教えで、どのような状況下においても、芯のある自分を忘れずに、自分を自ら卑下することがないように、と、日々努力し続けていますから。別に、お嬢様育ちとかではありませんし、一般家庭の1人娘ですけれど、耳に心地よくない言葉のひとつひとつでさえ、少しずつ自分を貶めかねませんから。勘違いされても仕方ありませんわね。
普通の子たちとはなにか違う。
そのひとつの理由だけで、先生や同級生たちに避けられるに足るのです。残念なことですが」
錦「そうなのか・・・・・・。俺は、井上さんがいつもかっこいいのは何でかな、と思っていたけれど、その信念みたいなのがあったからなのかな」
ゆり「そう思ってくださる方が身近に1人いてくださるだけで安心できますわね。当時はそのような方がなかなか現れなかったのです。そして、幼い2人がずっと縮こまって時がすぎて行く。
ただでさえ普段から不安定なのに、どうしてかあの子は、空まで暗く染まるような雨降りの日には何をする気も起こせなくなるようなのです。ずっと鬱々と部屋に閉じこもって、長雨のときはやつれちゃうほどで。家政婦さんも入れてもらえないんです」
圭太「それで今日は心配で心配でしょうがなかったんだね。今は、普段の美秦さんの身の回りの世話は誰がしてくれているの?」
ゆり「今の家政婦さん、吉丸さんっていうおばさまなんだけれど、あのひとだけは美秦のことをいたく可愛がってくれるんだ。こんな雨の日の美秦のこともわかってくれている。雨が降りそうな日には、そっと機能性栄養ドリンクゼリーをそっと部屋のあちこちに隠しておいてくださっていたり」
圭太「普通に置いてあげないの?」
ゆり「普通に置いてたら日頃からまともな食事を取ろうとはしないでしょうね、あの性格ですし。それに、生理的欲求に任せて何か栄養になるものを探すという、行動欲求を引き出すことも、そこに意味があるのよ」
錦「面倒くさいけれど、それが大事なんだな、美秦さんにとっては」
ゆり「そういうことですわね。さあ、着きましたわよ」
錦「みみみみみ美秦さんのおうち」
圭太「急に目的を思い出したみたいな反応だね、錦」
ゆり「ここまで連れてきておいて言うことではないかもしれませんが、この状態の美秦は、人によってはきつい仕打ちを受けるかもしれませんわね。それでも一緒に来てくださるのですか?」
錦「・・・・・・大丈夫だよ。いつどこにいても、美秦さんであることに変わりはないよ」
圭太「随分と男前だね、男に二言はないよ、錦」
錦「おうよ! 美秦さんだって、きっと寂しがってる。俺も、俺たちも、美秦さんに会えなかったから寂しい。だから、俺たちは会わなきゃいけない。だから来たんだよ」
ゆり「そんなに単純に考えて、よかったんですの?」
圭太「錦はあれだから、深くは考えないだろうし、直感を大事にすることしかできないし、でもそれが錦に一番適しているんじゃないかな。そして、井上さんには、そんな錦をもう少し参考にしてもいいとおもうよ」
ゆり「どういう意味ですか?」
圭太「そのままの意味だよ。考えすぎるよりも、井上さんが美秦さんにどうあってほしいのかを、素直に表現すれば良いのにって、会った時から思っていたし」
ゆり「今更そんなことを仰るのは、いささか遅くはありませんか?」
圭太「こういう事に、あまり早い遅いは関係ないってのが俺の持論。さあ、どうする?」
ゆり「・・・・・・本当に、意地が悪いですわね」
圭太「みんなの幸せを願う、お兄さんだからね」