ゆり「では、参りましょうか」
圭太「いよいよか。錦は心の準備できたかな」
錦「はやく美秦さんの様子見に行こうぜ」
ゆり「もう階段に! ・・・・・・いつの間に」
圭太「落ち着きなよ錦。元気のバッテリーが小さくなっている人に、元気の塊をぶつけても拒否されるのは明白だよね?」
錦「そう、か・・・・・・」
ゆり「瀬川君、学校で見てきたよりも、今の美秦は、反応が乏しいですけど、怖いとは思いませんか」
錦「人だから、浮き沈みぐらいするんじゃないの? 俺は、どんな美秦さんにも挨拶したい」
ゆり「強いんですのね」
圭太「怖いもの知らずなんじゃないのかな」
錦「行こうよ」
ゆり「美秦、開けるよ」
錦「お邪魔します!」
圭太「課題のプリント持ってきたよ〜」
美秦「・・・・・・え」
錦「・・・・・・え」
圭太「・・・・・・ん?」
美秦「・・・・・・瀬川、くん。なぜ、ここに」
ゆり「美秦のための、荒療治を手伝ってくださるのよ」
美秦「荒療治って・・・・・・」
ゆり「必要ない、なんて、言わせませんわ。あなたはもう、あの日に縛られる必要は無いのですよ」
圭太「ん、待って。あの日ってなんのこと」
ゆり「あら、申していませんでしたかしら」
圭太「知らないねぇ」
美秦「荒療治・・・・・・」
錦「あっ! あの、嫌だったらぼくたち帰るよ!」
美秦「荒療治、したい」
ゆり「よしっ」
美秦「この状態、もう、やめたい、から」
圭太「もしよかったら、その、あの日について僕たちにも話してみたらどうかな。なにか今まで見えなかった出口みたいなものが見つかるかもしれないよ」
美秦「出口・・・・・・そっか、私でも、この苦しい暗闇から、出られるのかな」
錦「井上さんが何度も美秦さんの今の状態を良くないって言っていたから、俺かなり覚悟していたんだけど、いつもどうりに見えるよ? いつもより、こうしてはっきりと話してくれているし。いつも天気が悪い時って、もっとしんどいの?」
美秦「しんどい・・・・・・。今日は、昼頃までいつもみたいにひどい頭痛で横になっていたんだけれど、吉丸さんの作ってくれたお昼のおかゆを食べてる時に、下の広間から、みんなの楽しそうな声が聞こえてきて、まるで教室にみんなといるような気がしたんだ。だから、身体が楽になったのかも」
ゆり「普段の荒天の日の美秦は、部屋のドアも開けさせてくれないし、吉丸さんのご飯もあまり手をつけないし、頭痛もそうだけれど、心が塞いだようになるって言っていましたわね。そんな面倒なお嬢さんのお世話には手が焼けるから、なかなかお手伝いさんも長続きしないのよね」
美秦「怖くなる、んだと思う。あの日も今日みたいな黒っぽい曇り空で。
家で昔、三毛猫を飼っていたの。名前はそのまま、ミケ。よく家の外に出て猫の社交場に行くような子で。時々小さかった私は、ミケにこっそりついて行ったりもしていたの。」
錦「学校の猫と仲いいのも、そのおかげなのかな」
美秦「猫はみんな優しいよ・・・・・・?」
圭太「錦は、動物全般に拒否されやすいからね」
錦「そ、・・・・・・そうだけど・・・・・・」
美秦「ミケは近所の猫の中で、メスだけれどリーダーだった。よその地区から流れてきた猫は敵か味方か吟味して、仲間のために行動して、仲間に頼られる、そんなすごい子だった」
ゆり「私も少しだけミケと遊んだことがあるけれど、美秦のことをとても大切な妹のように守っていました。美秦も、その愛情を無条件に受け入れる素直な子でしたし」
圭太「でたね最後、井上さんの親ばか」
ゆり「そんなものではありませんわ。でも、その幸せな関係はそう長くは続かなかったんですの」
錦「ねぇ、もしかしてこの流れで行くと、ミケはもういないの?」
ゆり「ええ。私達が10歳の年に。交通事故ですわ。とてあの子らしい最期だったといいますか・・・・・・」
美秦「ミケは、私を守るために事故に遭った。あの日、昼間なのに外はどんよりと暗くて。いつも通り、家には私1人しかいなくて。慣れていたはずの寂しさになぜかその日は耐えられなくて。ミケがいつも仲間の猫たちとたむろしていたお家の壁を知っていたから、いつものように遊んでもらいに行こうとしてた」
ゆり「私の家は少し遠いので、1人で行き来することは互いに禁じられていましたから、遊び相手がミケしかいなかったのです」
美秦「・・・・・・そうだけど。言葉にされると、寂しさが増える。切ない」
ゆり「そういうわけで、その日の美秦は、1人で家を出たところで左から来たトラックにひかれそうになります」
圭太「唐突じゃない!? しかも、なんだかもう結末見えて来た・・・・・・!」
錦「ミケは・・・・・・?」
美秦「壁の上から見てたみたいで、私よりも先に轢かれてしまった。即死だった。目の前で・・・・・・」
ゆり「ミケは最後まで、妹のように大切な美秦を守った。だから、美秦は、顔を上げて生きて」
美秦「ゆり・・・・・・。今日から、大丈夫。多分。一人では無理かもしれないけれど、私はいま、ひとりじゃないから」
ゆり「私も、こういう日の美秦との距離感がずっと掴めなくて、向き合えていなかったの。ですから、瀬川くんと長谷川くんにはついて来ていただけて本当に助かりました。ありがとうございます」
圭太「どういたしまして、といっていいのかわからないけれど。何もしていないよ、俺らは」
ゆり「私たちの中に別の要素が入るだけで、それだけで心強いものなのです。素直にそう受け取ってください」
錦「美秦さん、いつも通りだけど、いつもよりもなんだか柔らかくなったね」
美秦「そう、かも」
吉丸「皆さん、ホットケーキ作りましたから、リビングにいらしてくださいね」
美秦「ありがとう、今行きます」
錦「すごいな、部屋同士の内線がお家にあるなんて」
ゆり「美秦だからだったのかもしれませんわね。この子が暮らしやすいように整えることが、ご両親のささやかな幸せだそうですからね」
圭太「美秦さんは本当に、周りの人に愛されて生きているんだね」
ゆり「それは、私たちの誰もが本来そうなのですよ。勿論、長谷川くんもです」
圭太「どうしてそう、念押しみたいに俺のことを付け足したの」
ゆり「誰かにそう言って欲しそうな気がしましたから、ですわ。 それが私だったのは間違いだったのかもしれませんけれど」
圭太「いや、そんな」
錦「二人とも、早くしないとホットケーキの食べ頃を逃すぞ。行こうよ」
ゆり「そうですわね、では、行きましょうか、長谷川くん」
圭太「・・・・・・全く。俺、みんなのお兄さんとか言いながら、このメンバーの前では全然装えないみたいだな」