やはりおれのダンジョン探索はまちがっている。   作:しろゆき

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第5話

シルに案内されるまま、俺とベル・クラネルはカウンター席に座る。案内する際にわざわざ声を張り上げて2名入りますとシルが言ったお陰で、店内のお客さんや他のウエイトレスに注目を浴びてしまう。本当に余計なことばかりしてくれるなこの女。

案内されたカウンターの席は曲がり角の席の酒場の隅に当たる場所だ。他のお客さんとは関わらなくて済みそうだが、カウンターの内側にいる割腹のいい女将と思われる女性と向き合う形になる。気を使ってくれたのかも知れないが俺にとっては逆効果だ。これでは注文をする際に女将さんとコミュニケーションを取らなければならないではないか。食券機はないのか、食券機。

 

「あら!アンタらがシルのお客さんかい?二人共随分と個性的だねぇ!」

 

個性的というのは決して褒め言葉ではない。俺のこの目を称する時によく使われる言葉であり、失礼に当たらず口を濁さない便利な言葉、つまりお世辞だ。学生によく使われるやればできる子と同じである。だがお客さんに対してのお世辞が個性的ということは、この店は客とスタッフの距離が近い、コミュニケーションの多い酒場なのかもしれない。寝たふりとかしてていいですか?

どうやら俺の予想通りのお店のようで、女将さんはベル・クラネルに対して話掛け始める。なんでもシルが女将に俺たちを大食漢だと伝えているらしく、ベル・クラネルが必死に否定している。

だがこの女将、遠慮なく話掛けているように見えて、俺に対しては全く話掛けてこない。側から見れば俺だけ無視されているように見えるが、俺にとってはその方が好ましい。もしかするとこな女将さんはお客さんを見て話掛けるかどうかを判断しているのかも知れない。見る限り様々な客人が来る酒場の様だ、となれば会話せずに飲みたい客もいるだろう。そんな客に話かければ諍いの元になる可能性もある。まぁ俺が影が薄過ぎるだけという可能性もあるが。

 

「はいよ!お待ちどおさん!」

 

その声と同時に沢山の食べ物と飲み物がカウンターに置かれる。おい、注文より料理が多いぞ。どうなっている?

女将が言うには食べ盛りの冒険者なんだから一杯食べなとのことだが、押し売りもいいとこだろう。むしろ詐欺だ、金払う必要あるのかこれ?見ろ、隣のベル・クラネルが青ざめた表情で値段を計算し始めたぞ。そもそも俺こんなに食えないぞ。

ちなみに置かれた飲み物はアルコールが入っている。最初に酒は飲まないと言った筈だが、この店にはどうやら客の意見を聞く気と遠慮がないらしい。店としては致命的だろそれ、二度とこない絶対にだ。

 

「楽しんでますか?」

 

食べ物を食べ始めたところでシルがやってくる。何この子ヒマなの?ならこの大量の食べ物お前も食べろ。そして料金も払って下さい。

 

「え、楽しんでるように見えるの?ならせめて注文通り持ってきてくんない?」

 

「満足して頂いているみたいで良かったです!あ、椅子借りますね!」

 

隣で圧倒されているベル・クラネルの代わりに皮肉を言ったのだが当の本人はどこ吹く風で余っている椅子に腰をかける。…なんで隣に座っていらっしゃるのこの女の子、勘違いしちゃうからやめて下さい。

 

「お店のほうはいいんですか?」

 

「キッチンは忙しいですけど、給仕のほうは充分間に合ってますので。今は余裕がありますし」

 

ベル・クラネルが尋ねるとシルはそう答えて女将さんにアイコンタクトをとる。コイツ想像以上に奔放だな。女将さんも大変だろうに。

それからというものシルは積極的に話掛けてきた。基本的に相手をするのはベル・クラネルだが、シルは俺にも遠慮なく話を振ってくる上、キョどっても御構い無しなので凄く困る。コミュ力高い人ってなんでこんなに会話したがるの?

 

「私、知らない人と触れ合うのが、ちょっと趣味になってきているというか、…その、心が疼いてしまうんです」

 

照れながら少女は言うが、正直全く理解できない。そもそも知らない人間と関わる必要性を感じない。人と交わろうなんて考えるのは群れなければ生きていけない人間か、一人で生きていくことが出来ない人間、もしくは他人を利用しようとする人間、これらのどれかだろう。俺?俺は小町と戸塚がいれば生きていける人間だ。

だがこの少女はどれも違う気がする。彼女は群れなくても平気で、一人で生きていくことも可能だろう。そして彼女は他人を利用しようとは考えてはいない。むしろそれ以上、もっと悍ましい考えを孕ませているような印象がある。まるでここは彼女にとって、狩場のような、そんな印象。

 

そんな事を考えている最中、恐らく予約していたのだろう、空いていた席に10数人の団体が現れる。団体の予約客が現れたところで普通は感心など持たないだろう。だが今この場の視線はその集団に集められている。どうやらアイツらが冒険者のトップカーストのようだ、素人目でも強者だとわかるほど彼等は実力者の風格を纏わせている。カツアゲとかされたらどうしよう。

それにしても今まで新体験ばかりで気が回っていなかったが、この世界には本当に様々な人種がいるようだ。この酒場の従業員にも童話等で有名なエルフもいるようだし、あの集団だけでも何種族が入り混じっているのだろうか。お陰で俺も余り目立たなくて済んで助かっている。昨日の買い物の際も店員さんに、その気色悪い目の友人さんは何の種族なんだい?とベル・クラネルが訪ねられるぐらい俺は亜人として馴染んでいる。あれ、なんか思い出したら眼から水が…

入って来た集団をそれとなく眺めていると、集団の中に一人、見たことのある人物がいるのに気づく。ベル・クラネルも気付いたようで、顔を紅潮させてビクっと肩を一度震わせる。その人物に完全に眼を奪われてしまっているようで、ベル・クラネルに話しかけているシルに全く気付かずに、机に突っ伏したり、じっとその人物を見つめたりと奇行が止まらない。大丈夫かコイツ。

軽く嘆息し、ベル・クラネルが熱の込もった視線を送る人物に眼を向ける。少女が靡かせる輝かしく美しい金色の髪が、少女自身が持ち合わせる凜とした雰囲気が、その異質な集団の中でも更に異質さを際立たせる。

 

『剣姫』 アイズ・ヴァレンシュタイン

 

この世界で目覚めて直ぐにミノタウロスに襲われた時、俺とベル・クラネルを助け出した女剣士。ロキ・ファミリア所属のLv5、別名『戦姫』。

俺が彼女について知っているのはその程度だ。しかも全てベル・クラネルの受売りだ。というかベルの奴、あれからというもの事ある毎に剣姫の話ばかりしてきやがるから微妙な逸話まで覚えてしまっている。

恐らく今後関わる事なんてないであろう彼女のことについては俺自身は興味はないのだが、どうやら剣姫の所属するロキ・ファミリアは冒険者の中でも別格のファミリアらしく、そんなファミリアならば異世界のことを知っていないだろうかと望み薄な期待は抱いている。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ‼︎」

 

一人の人物が立ち上がり乾杯の音頭をとる。声からして女性だろう。彼女があのファミリアのリーダーだろうか?もしくは神様か?

それからというものロキ・ファミリアは騒がしく宴会を始めた。シルが言うにはロキ・ファミリアはこの酒場のお得意さんらしく、遠征後などによく来店するらしい。その情報を聞きベル・クラネルが目を輝かせる。大方ここに来れば剣姫に会えるとか考えているのであろう、金も持ち合わせていないのに常連になるつもりか?俺はもう来ないけどな。行くなら一人で行けよ、絶対に誘うなよ。

 

「八幡さんもロキ・ファミリアの方々に興味があるんですか?」

 

どうやら自分が思っている以上にロキ・ファミリアを注視していたようでシルが俺に顔を近づけて言う。いや本当に近いからね、あまり男性に不用意に近づかない、ボディータッチしない、意味深な態度を取らない、そういう行動が健全な男子を死地に追い込むことを理解…したうえでやっているんだろうなこの人は。女性って怖い!

 

「別に興味がある訳じゃないですよ。あんだけ目立っていれば嫌でも視界に入るってだけです」

 

「へぇ、でもその割にはずっと見つめてましたよ。誰か知ってる人でもいるんですか?」

 

「俺に知り合いなんている訳ないじゃないですかー。俺以外の全員他人ですよ、他人。むしろ他人としても認識されないまでもある」

 

うわぁと顔を歪ませて引き気味になるシル。やった、ついにこの少女の仮面の様な笑顔を崩してやったぞ!あれ、俺の方がダメージ大きくない?

アルコールが回ってきたのが、ロキ・ファミリアのメンバーであろう銀髪の青年が声高々に剣姫へと話しかける。その青年はフィクションのキャラクターによく見る獣耳を頭に生やし、いかにも狼という雰囲気を漂わせている。

 

「そうだ、アイズ!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

「あの話……?」

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ⁉︎そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎共の!」

 

青年の言葉でベル・クラネルの肩が揺れ、ゴクッと唾を飲み込む音が聞こえる。隣にいる少年は恐らく気が気ではないだろう、今青年が話題に出したトマト野郎共というのはほぼ間違いなく俺たちのことだ。言葉のニュアンスからほぼ間違いなく俺たちのことを面白おかしく話してくれるのであろう。冗談を混じえ、罵詈雑言を加え、愉快に語って場を盛り上げるのだろう、他人の悪口はコミュニケーションを最も円滑にするツールだ、俺のクラスメート達も俺の悪口で場を盛り上げていた。なんだよ喋ったこともない癖に俺を話題に出すなよ。名前知らねぇよ、誰だよお前ら。

俺にとってはそんなのは慣れっこなのでまるで気にも止めないが、剣姫に憧れるベル・クラネルからしたら心中穏やかではないだろう。

それからの青年は酷かった。胸糞が悪くなるだの、弱虫野郎だの、抱腹ものだっただの、冒険者になんかなるんじゃねぇだの、俺たちの品位が下がるだのとさも楽しそうに俺たちの話を饒舌に語る。いや、お前の今の言動が自分の品位を下げてると思うけどね、もう下品レベルまで落ちてるでしょ。

正直下らない男だと思った。今の自分の強さに自信を持ち、初心を忘れて他者を乏しめる。自らの価値観が正しいと思い込み、その価値観を他者に押し付ける。自分の行動や言動で和が乱れたとしても青年は気にもせず、誰に咎められようと鼻で笑う。そんな傲慢さを青年は悪びれもせずにひけらかす。出来れば永遠に関わり合いになりたくないです。

そんな青年の態度と言動が気に障ったのか、緑髪の女性が言動を咎める。が、やはり青年は気にも止めず、挙げ句の果てにはゴミをゴミと言って何が悪いと開き直る始末だ。ゴミと言われるのにも慣れてはいるが、ここ迄清々しいと逆に関心してしまう。

ふと隣のベル・クラネルに目を向ける。顔は青ざめ、歯はカチカチと噛み合わずに身体を震わせる。最早彼に平静さなど皆無だ。きっと今にも逃げ出したいだろう、それが出来ないほど少年は追い詰められている。これはもうマズイか?

そんなベル・クラネルの気など知る由もなく、青年は剣姫に矛先を向ける。

 

「アイズはどう思うよ?モンスターに手も足も出せずに地べたに転がるだけの情けねぇ野郎を。あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

 

「…あの状況じゃあ。しょうがなかったと思います」

 

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

荒々しい声で剣姫に青年は詰め寄る。え、何コイツとんでもないこと聞いちゃってんの?周りが酔ってるの?と心配しているが、酔ってるからと言ってはしゃぎ過ぎじゃないのか。明日には何も覚えてなくて、周りから昨日のことを聞いて赤面するパターンか?お酒って怖い!俺は飲まないぞ!

素気無く剣姫に振られるが、青年は御構い無しに言葉を続ける。どうやら青年は剣姫に気があるようで、圧倒的な強さを持ち合わせる剣姫に相応しいのは弱い人間ではなく強い俺だと言いたいのだろう。分かり易いが、その詰め寄り方は逆効果なのではないだろうか?

 

 

「自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。他ならないお前がそれを認めねえ

 

 

雑魚じゃあアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

 

その言葉は、今のベル・クラネルにとっては致命的だった。

唇を噛み締め、椅子を飛ばして立ち上がり、一目散に店から飛び立した。

憧れを否定され、気持ちを否定され、自分を否定された。彼はまだ子供だ、人も十分に知らない幼い子供だ。人の汚い部分に慣れていないからこそ、心ない言葉が少年を傷つける。

 

「ベルさん⁉︎」

 

シルがベル・クラネルの行動に驚き声を上げるが、彼には聞こえていない。きっと声が届いていたとしてもベル・クラネルは止まらなかっただろう。むしろここに留まれば彼は更に傷つくことになる。

意外だったのは剣姫が立ち上がりベル・クラネルを追いかけたということだ。もしかすると彼女の眼は逃げ出したベル・クラネルの姿を捉えていたのかもしれない。だが彼女がベル・クラネルを追いかけてどうする?謝っても、連れ戻しても、ベル・クラネルの自尊心を踏み躙ることになる。彼女は今はベル・クラネルに会うべきではない。それは明白だ。つまりこの場合俺に出来ることは何もない。あったとしても実行する気は更々ない訳だか。

だが一つ、彼が逃げ出したことにおける最悪の問題が生じている。

 

 

俺には、お金がない。

 

 

今回のダンジョン探索の報酬は全てベル・クラネルが持っている。元々今日の支払いはアイツが払う予定だった為、俺は一銭たりとも持ってはいない。

やべー、どうしよう。頼みの綱になりそうなシルはベルを追って外に出て行ってしまったし、目の前の女将さんめっちゃ武闘派っぽいんだけど、金がないなんて言ったらボロ雑巾みたいにされそうなんですが。こんなことなら俺もどさくさに紛れて逃げればよかった。ベル・クラネルめ、一生許さん。

必死にこの場を納める方法を考える。いざとなれば靴舐めも土下座も余裕だが、今正に貶されたばかりでそんな行動をすれば、剣姫のベル・クラネルの心証が更に悪くなってしまう。アイツが起こした行動の結果なのだから自業自得だとは思うが、アイツのせいで俺が実害を受けるのは許容しがたい。自分のミスですら叱られたくないのに、他人の罪を被るなんて真っ平御免だ。

だとすれば…

 

「あの、すみません…」

 

意を決して女将さんに声をかける。一緒に来た相方が今先程逃げ出したばかりなため、女将さんは眼を細め、愛想無く一言、なんだいと返事をする。威圧感で尻込みしそうになるが、ここでたじろぐ訳にはいかない。意を決して女将さんに話し始める。

 

「い、いや、申し訳ないんですけど、財布を持っていたのが先程隣にいた奴でして、今店を飛び出してしまったのでお金が…また後日返しますので貸しにツケにして貰えたりしませんか?」

 

「はあ⁈そんな言い訳が通用すると思ってんのかい⁉︎ありゃ立派な食い逃げだよ!一体あの子は何で店を飛び出したんだい⁉︎」

 

こ、怖えー!!迫力に圧倒されて今にも逃げ出したいが、何とか堪える。いい感じで店内の注目が俺に集まっている。そりゃそうだろ、散々食事して相方は逃げ出したうえ金がないなんて言ってるんだ。しかも女将さんの怒鳴り声まである、皆俺に視線を向けるだろう。

これでは完全に見世物だ。だがこういう場で見世物になるのは俺の役目じゃない。俺は誰にも意識されることのないぼっちだ、注目されるなんてのは別の目立つ人間がされればいい。俺の代わりに注目を浴びるなんてこと彼等には役不足かもしれないが、スポットライトは浴びるべき人間が浴びるべきなのだ、適材適所だ。つまりこの場において脚光を浴びるべき存在とは…

 

 

「いや、実はあそこの銀髪の人が散々悪態をついたトマト野郎ってのは自分達のことでして、俺なんてダンジョンに入って2日目なのに、余りに酷いことを言うので彼ショックを受けちゃったみたいでして、本当に申し訳ないです」

 

「あァ⁉︎」

 

突如自分に矛先が向き青年は声を上げる。そう、これが俺の策!擦りつけ大作戦だ!この作戦の肝は如何に自分達が被害者だとアピール出来るか、この一点ただ一つ。演技には自信はないが、この場を乗り切る為にあの銀髪には犠牲になって貰う、犠牲の犠牲にな!

 

「目の前であんなにバカにされたら誰だって凹むじゃないですか。アイツ責任感じちゃったっぽくて。明日には必ず返しに来るので、お願い出来ませんか?」

 

今店内の人たちがまだ小声ではあるがあの銀髪を批判する声を上げている。喜べ銀髪、普段はその位置にいるのは俺の役目だが、今日はお前に譲ってやる。

不穏な空気を察したのかロキ・ファミリアの連中がざわつき始める。中にはベート君謝ったほうがいいよなんて言っている女性もいるが、それは銀髪にはまるで意味がない。その言葉は銀髪の首をさらに締めることになる。

 

 

「ふざけんなッ‼︎なんで俺が謝んなきゃならねぇ‼︎雑魚に雑魚言っただけだろうが‼︎くっだらねぇ、俺には関係ねぇだろうが‼︎」

 

 

銀髪が威勢良く吠えるがそれでは逆効果だ、言い訳にすらなっていない。もしくは弁明する気もないのだろう。むしろそのスタンスのブレなさには驚嘆さえする。だがその他を圧倒する自己主張は周りが見れば不快の以外の何物でもないだろう。

さあ数の暴力の完成だ。今の言葉でこの店に銀髪の味方はほぼいなくなっただろう。恐らく自分のファミリアの中にも今回の件に関しては味方は少ないはずだ。何故なら銀髪が乏しめた俺達が店に居ると知る前からアイツらは多少だが揉めていた、ならこの一石が投じられればどうなるかなど明白だ。

 

「ベート。口を慎むんだ」

 

その一言で場の空気が一気に凍り付く。彼等のファミリアだけではない、周りの無関係な客や店員も声を鎮める。彼がこのファミリアのリーダー、いや冒険者のトップカーストであることを一瞬で理解する。

その声を主は風貌は金髪碧眼で、どう見てもベル・クラネルより小柄の少年だ。子供と言っても差し支えはないと思う。だが纏わせている風格が彼が子供であることを否定する。人を見た目で判断するなとはよく言われているが、これ程その言葉を思い知らせる人間はいないであろう。

 

「すまない。此方も酒が入っていたとはいえ、公共の場での配慮が足りなかった。心から謝罪させて欲しい」

 

「あ、い、いえ…」

 

思わず気圧され言葉を詰まらせる。少年の言葉には誠意は込められていた。謝意も敬意すらも込められていた。そんな言葉を、少年からすれば見たこともない、ただ因縁を吹っかけただけにしか見えない男に躊躇いもなく言うことが出来るということに驚嘆する。これが頂点の冒険者を率いるリーダーの器というものなのだろうか、とてもじゃないが真似できたものじゃない。

 

「此方が悪いのは重々承知した上で、不躾なお願いをさせて貰って構わないかい?これはそちらも同じ考えだとは思うけど、此方としてはあまり事を大きくしたくはない。今回は穏便に済ましてはくれないだろうか?勿論無条件という訳じゃない。今回の君たちの支払いは僕が持とう。それで収めてはくれないだろうか?」

 

うわー、完全に見透かされちゃってるよ。彼は謙って言ってくれているが、穏便に済ましたいのはむしろこちらのほうだ。争っても勝ち目もメリットも何もない。更に言えばきっと彼らは俺の噛み付き程度では何一つ地位も名誉も揺るぎはしないだろう。それでもこちらからしたら望みどおりの条件を提示するということは、それ程どうでもいい相手ということだ。それこそ相手をする必要がないほどに。

 

「どうだい?」

 

少年は笑みを浮かべて問う。彼には確かに誠意はあった、だが対等には見てはいない。実際対等ではないのだろう、俺はビギナーで彼らはトップカーストの人間だ、肩を並べるのなんて烏滸がましいにも程がある。

だが俺は少年の言葉と笑みが気に入らない。その見下した態度と驕りが、そしてその取り繕う笑みが、あの男を連想させる。

きっと俺が今からする発言は支離滅裂だ。自分から絡んでおいて提示された好条件を蹴るのだ。周りからすれば理解不能だろう。だが、それでも、俺はあの男に頼るのだけは御免蒙る。

 

「いや、いいわ」

 

再び場の空気が凍り付く。少年の貫禄で静まり返った先程とはまるで意味合いが違う、きっと誰一人俺の発言を理解出来てはいないだろう。だってそうだろう、断るデメリットがない程の、俺に不利益が一切ない条件を切り捨てたのだ。

 

「…意外だね。訳があるなら聞こうか?」

 

少年は困惑を隠して笑みを崩さずに俺に問う。

本当にこの少年はあの男に似ているが、アイツよりも好戦的な気もしなくはない、もしかするとこの少年とあの男だと何かが根本的に違うのかもしれない。

だが今それは関係ない。俺はこの少年の内面には興味がない。だから気にせずに俺は言う。

 

「俺は養われる気はあっても、施されるのはご免だ。女将さん、悪いんですけど明日必ずお金持ってくるのでツケといて貰えませんか?」

 

もう少年には言いたいことは言った、もう話すことはない。少年から視線を外して女将さんに話しかけたところで、彼らの席の辺りから怒号が飛んでくる。

 

「気にいらねぇなッ‼︎」

 

テーブルを叩きつけて俺を睨みつけ銀髪の青年は吠える。

立ち上がるやズカズカと俺に近づき、襟首をつかんで俺にぶつける様に青年は言葉を言う。

 

「聞いてりゃ雑魚がいい気になってんじゃねぇぞ。施されるつもりはねぇだ⁈テメェら雑魚共は俺らに施されるのを拒否する権利もねぇんだよ。あんま口答えしてんじゃねぇぞ‼︎」

 

それはまるで雄叫びにようだった。野獣を連想させるような眼つきに思わず怯む。だがここで屈するのは悪手だ、その動揺を表に出す訳にはいかない。ワザとらしく笑みを浮かべ、挑発するように言う。

 

「うるせえよ。冒険者になったばかりだから上下関係には疎いんだよ。殴りたけりゃ殴れよ。殴られたぐらいじゃ俺はお前を上には見ないけどな」

 

お願い殴らないで!口ではカッコつけたが痛いのはやっぱり嫌だ。こんな見え見えの挑発にも関わらず銀髪は神経を逆撫でされたようで、眼は血走り犬歯を覗かせる。正直超怖い、銀髪が醸し出す暴力的な威圧感が恐怖心を煽り身を竦ませる。

この雰囲気を一言で表すならば一触即発だろう。俺に関係なければ随分と愉快な見世物だと思うのだが、いざ自分の身に降りかかると笑いの一つも出ててこない。もう嫌!お家帰りたい!

そんな眼を背けたくなるようなピリピリとした緊張感の中、少年の噴き出したような笑い声が場の空気を壊した。

 

「…いや失礼、何も可笑しかった訳ではないんだ。ベートにそこ迄のことを言える人間が珍しくてね」

 

金髪の少年は楽しそうに言う。いやいや全然楽しくないからね、何笑ってんのふざけんなよ俺と代われよ。眼で少年に文句を述べるがまるで少年は意に介さずにそのまま言葉を続ける。

 

「ベート、そこまでだ。彼は力は持たないが、君が思っている程弱くない。これ以上やると言うなら、僕も団長として見過ごす訳にはいかない」

 

「………チッ!」

 

金髪の少年の言葉に銀髪の青年は苛立ちを隠さずに舌打ちをして俺から手を離す。青年から解放されて安堵感が満たす。本当に怖かった、骨無しチキンとまで言わしめた俺からしたら正に地獄のような一時だった。

 

「…だけど、これでおしまいというのも面白くないね。」

収集しかけた空気の中、悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべた少年の言葉に不安を駆り立てる。もう嫌な予感しかしない、今すぐにこの店を出ないと碌な目に遭わないぞ絶対に。

この場をさっさと立ち去ろうとしたが時すでに遅く、少年は遠慮なく、嬉々としてその誰もが耳を疑うふざけた提案を口にする。

 

 

「ここは冒険者同士、きちんとした決闘で決着をつけるのはどうだい?」

 

純粋な子供のような笑みを浮かべた少年の姿は、俺にはまるで悪魔のように見えた。

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