決闘。現代社会においては余り馴染みのある単語ではないが、歴史を振り返れば俺の世界でも行われている行為だ。日本ではもうカードゲームでぐらいしか使わない単語だろう。デュエル!俺のターンドロー!まあ友達いないからカードゲームなんてしたことないけど。
だがこの金髪の少年が言っている決闘とは決してカードゲームをしようなんて話ではないだろう。この下らない銀髪と俺の諍いをきちんとしたルールを決めたうえで決着をつけようということだろう。
結論、勝てるわけないだろ。
ムリムリムリムリムリ、何が悲しくてこんな闘いしか能のないような脳筋と喧嘩なんかしなくちゃならないんだよ。
だってまずこの銀髪、人間じゃないじゃん。獣耳生えちゃってんじゃん。絶対に闘いになんてならないって。
これはあれか、調子に乗んなよっていう金髪からの忠告か?金髪の顔を覗き込むと、含みを持たせた笑顔で俺の眼を見る。ただ面白がっているだけにも、何やら考えがあるようにも見える。だがその眼には何処か少年のような純粋さが伺えるようにも思える。いやそんな期待されても闘わないけどね。
周りの客たちも最初は少年の言葉に困惑していたが、次第に理解し俺に少しずつ注目し始める。この雰囲気はマズイ、このままだと周りが勝手に俺と銀髪が決闘をすることで話を纏めかねない。そんなことをされたら間違いなく銀髪に殺されてしまう、異世界漂流二日目でリタイアなんてシャレにならん、早く話を終わらせなければ。
「い、いや、俺はやらな「面白ぇじゃねぇか‼︎」
慌てて決闘をしない旨を少年に言おうとしたが、銀髪が俺の台詞に被せるように言った。なにも面白くないですけど、何が面白いんだよ、イジメカッコワルイ!
「散々デカイ口叩いたんだ、まさか逃げ出したりしねぇだろぉなトマト野郎‼︎まあ、勝負にはならねぇだろうがな!」
闘争心を剥き出しにし俺を睨み付けながら銀髪が言う。コイツ俺が初心者だってこと忘れてないか?まさかどころか今すぐ逃げたいんですけど。
まだ間に合うはずだ、こんな闘い俺に何のメリットもない。この銀髪の言う通りどう考えても勝負なんて物にはなりはしないのだ、やるだけ無駄だ。もう一度決闘をお断りしようとしたところで、別のところから声が上がる。
「ハハ!なかなか面白いことになったじゃないか!この決闘受けなよ!受けたら今日の料金はなくていいよ!」
何故か女将さんがノリノリで言ってくる。何でみんな人の話を聞かないの?ぼっちの意見は無視するのがデフォルトなの?難聴系は隣人部の金髪だけで十分ですよ。
「決まりだね。じゃあレベルの差もあるし、決闘のルールは君が決めていいよ。構わないよねベート」
「ハッ!構わねぇよ、どんなルールだろうと俺が雑魚相手に負けるなんざありえねぇからな」
最悪だ、どんどん話が進んでいく。俺の意見なんかまるで気にしちゃいない。てか金髪、なんで勝手に決闘することにしてんの、何も決まってねぇよ。俺何も返事してないんですけど!
だがもう何を言っても手遅れだ。周りは最早決闘ムード一色、ここで決闘しないなんて言ったところで誰も耳を貸さないだろう。少数意見は潰されるのが世の常だ。世界中で少数派、それどころか一人きりの俺には大多数の意思を覆すことなど出来はしないのだ。
大袈裟に溜息を吐き出し、金髪の睨みながら言う。
「……ルールは俺が決めていいんだな?」
俺があっさりと受け容れたのが意外だったのか、少年は一瞬驚きの表情を浮かべる。自分で追い込んでおいてなんだそのリアクションは。
「ンー、どうしてもレベルの差が大きいからね、それぐらいのハンデがないと勝算なんてないよ。むしろハンデとしては少なすぎるぐらいさ。なんならまだ色々とハンデをつけようか?」
「いやいい。じゃあ俺の提示したルールが絶対ってことでいいか?」
「あまりに酷いルールならその場で却下するが、君のルールを遵守しよう。ルール次第では君にも勝ち目があるだろう。それと決闘にはボクが立ち合う。問題ないかい?」
「大丈夫だ」
今の会話で理解する。少年は俺を試しているのだ。この圧倒的に不利な状況下で何ができるのかを、先程の大口を叩いた俺の器量を。
冒険者というだけあって考え方がとても面倒だ。力を示せない人間が立ち向かうなとでも言いたいのだろうか。それとも何かしらの企みがあるのかもしれないが、ただ単純に迷惑極まりない。何処の熱血バトル漫画だ、平塚先生か。俺の隠された力や血統や才能よ、都合よく目覚めろ!
今漫画を引き合いには出したが当然そんな力は目覚める訳はない。俺は異世界から来ているかもしれないが、力も何もない貧弱な人間だ。主人公補正なんてありはしない。当然この身一つで闘わなければならない。
俺が持っているカードは何があるかを考える。貧弱な肉体、圧倒的に不利な状況、勝ち目のない決闘、相手の驕り、レベルの差、戦闘経験、ルールの決定権…
「…なあ、ここら辺で何処か決闘に向いている場所はあるか?」
「あ、でしたらこのメインストリートを少し行ったところに舞台のある広場がありますよ」
俺の質問に何故かシルが答える。いつの間に戻って来たんだ、戻って来てたのならもっと早く助け船を出して欲しかったマジで。
見るとシルの表情はどこか浮かない、ベル・クラネルを止められなかったことが気掛かりなのだろうか。
見ると剣姫と剣姫を追いかけて外に出た女性も店内に戻って来ている。恐らく今の現状を把握できていないのだろう、彼らのファミリアの大人っぽい女性から話を伺っているようだ。
「よし、ならそこにしよう。ルールは単純だ。その舞台に入って、先に舞台から外に出た方の負けだ。何でもありの一騎討ち、力の勝負だ。相撲みたいな感じだな」
俺は今考え抜いた決闘のルールを皆に述べる。恐らく勝利できる可能性があるとしたらこのルールだけだ。
周りの話し声が耳に入る。ルールが想像以上に真っ向勝負のルールで驚いているのだろう。中にはスモウってなんだという声を聞こえる。この世界相撲ないのか、俺もよく知らないからどうでもいいが、少しカルチャーショックだ。
金髪の少年はこのルールを聞いた後、吟味するように思案を始める。やはり彼も俺に圧倒的に有利なルールや理不尽な勝負をイメージしていたのだろう。やがて顔を上げると再び笑みを浮かべて少年は喋り始める。
「ンー、いいのかい?正直このルールじゃ君に勝ち目はないと思うけれど」
「構わない。このルールでいいか?」
「どうだいベート?君はどう思う?」
少年は銀髪に話を振る。恐らくこのルールは勝手な推測だが銀髪の好みな決闘のはずだ、喜んで食いついてくるはずだ。様子を見るため銀髪に視線を向けると意外に銀髪は機嫌を損ねたような表情を浮かべていた。
「おい、トマト野郎。テメェ勝ち目がねぇからって勝負を諦めたのかよ。逃げ腰のやつを潰すようなくだらねぇ雑魚になるつもりはねぇぞ俺は」
睨みを効かせ吐き捨てるように銀髪は言う。
対等過ぎる条件の決闘、それが銀髪の琴線に触れたようだ。先程までとは違う段違いの迫力を持つ、お前如きが対等に闘おうと考えること自体が烏滸がましいと言わんばかりの静かな怒りだ。
ルーキーなんかに舐められてさぞかし御立腹だろう。だが俺はこのルールを変えるつもりはない。銀髪のプライドなど踏み躙るように俺は銀髪に言う。
「諦めてなんかねえよ。むしろ珍しく勝つ気満々だぞ。むしろお前こそビビッてんじゃねーのか?」
「上等だ。せめて余興になる程度には抵抗してみろ。再起不能になってから後悔するんじゃねーぞ」
互いの視線が交差する。正直怖いので目を背けたいが、この銀髪は今俺に対等に扱われること自体に怒りを覚えている。ならこうして挑発しておけば勝手に冷静さを失ってくれるかもしれない。べ、別に脚が竦んで動けない訳じゃないんだからね!
「ならルールは決まりだ。決闘は今から30分後にしよう。じゃあな」
「ちょっと待った」
酒場から出ようとしたとこれで金髪の少年から再度声をかけられる。
俺からした手遅れだとは思うがこれ以上目立つのは避けたいので今すぐ店から出たかった。億劫な態度を隠さずに顔だけを少年に向ける。
少年は相も変わらず笑顔を浮かべて俺に問いかける。
「君、名前は?」
「…比企谷八幡」
俺は名前だけ言って酒場から出る。去ろうとする背中にも視線を感じるほど目立ち過ぎちゃってもう限界、恥ずかしい恥ずかしい。
この世界に来てから碌な目に遭ってない、いや元の世界も似たような気もするが、1日の密度が濃すぎる。今なら学園都市のツンツン髪の気持ちを多少理解できる気がする、不幸だ。
足早にその酒場から離れようとしたところで後ろから女性から声をかけられる。どこか聞き覚えのある声だったがこの世界に俺に声をかけてくるような知り合いはいない。いや元の世界にも俺に声をかける知り合いなんてごく僅かしかいないんだけどね。
気にしないことにして声を無視して歩くが、何故か背後の声の主は何度も俺に声をかけてくる。無視だ無視、きっと俺のことじゃない。俺以外の誰かに話しかけているのだ、いやー勘違いを絶対にしない俺って凄いよね!
「聞いているのですか、比企谷さん」
ふと気付くと目の前にウエイトレス姿の少女が立っていた、恐らく先程の酒場の店員の一人だろう、全然覚えてねぇけど。少女の姿はまるで童話に出てくる妖精を思い出させる美しさと麗しさを持っている。いつの間にやら追い抜かされていたようだ。
「…俺に声をかけてたの?全然気づかなかったわ」
「周りにあなたしかいないのに誰に話しかけるというのですか」
案に無視をしていたことを咎めているのだろう、言葉遣いもシルと比べるとだいぶ固い気もする。どうやらあの酒場にもまともな神経を持った人間はいたようだ。
「…俺に何か用か?出来るなら酒場の誰かに見られたら気不味いから早くこの場を離れたいんだけど」
「…では、こちらへ来て下さい」
人目のない路地裏に少女に案内される。女の子と路地裏で二人きりって何処となく卑猥なことをされる気がしてドキドキしてしまう。もしくはカツアゲされる直前みたいでこっちでもドキドキしちゃう!
何故だろう、前者は絶対に起こり得ないと断言できるのに、後者はありありと想像出来てしまう。さっきも言ったけど八幡お金持ってないよ!
「私の名はリュー・リオン。【豊饒の女主人】で働いています」
「…比企谷八幡だ」
まさか自己紹介から始まるとは思わず少し拍子抜けしてしまう。ただこちらからすると特に名乗ることもないので名前だけ伝える簡素な自己紹介をすると、リューと名乗った少女はコクリと一度頷いた。そういえばさっき既に名前を呼ばれたような気もする。この少女も酒場の店員なのであれば俺の名を聞いていたのかもしれない。
まだ出会って数秒だが凄く真面目な人間という印象を受ける、俺とは気が合わない気がするな。
「…あまり気を使って話すのは苦手なので、単刀直入に聞かせて貰います。本当に勝てると思っているのですか?」
リューと名乗った少女はその射抜くような視線を一度も逸らさずに俺に問いかける。その真っ直ぐ過ぎる思いが込められた眼にどうしても苦手意識を抱いてしまう。罵倒してこない分、雪ノ下よりも正しくも感じる。
「あなたはレベルの違いを甘く見ている。初心者が間違っても勝てる相手ではない。今直ぐにでも戦いを取りやめるべきだ」
少女の口から語られたのは忠告、もしくは警告と言った方がいいだろうか。初対面にも関わらず随分と厳しいことを言う人だ。あまり人付き合いとか得意じゃなさそうだな、やだ親近感沸いてくる!
「やめる気はねぇよ。基本働きたくない俺が珍しくやる気なんだ、こりゃ明日は天気が荒れるな」
「茶化すのはやめて下さい、私は真面目に話をしているのです。そしてやる気も関係ありません、気合や感情でレベルの差を覆せるのであれば苦労はない」
やばい冗談が通じないタイプだこの人。いや俺の冗談なんて基本引き笑いか無視かのどちらかしかされたことないんですけどね。
それにしてもこの世界の住人ってのはみんなこんなに冒険者のことに詳しいのか?まるで持論を語られているようだ。ただ話を聞いている限りレベルが違うというのは絶対的な差が生まれるようだ。それこそ初心者が敵うはずがない程の。
「確かにアンタの言う通り勝つのは難しいのかもな。正直面倒だし行きたくもねぇけど、まあ勝算がない訳じゃないし、やるだけやってみるさ」
「…そうですか。ではもう止めません。ですがもう一つ聞いてもいいでしょうか」
リューは俺が戦わないのを諦めたようで、別の話題を問いかける。
いや俺これ以上会話したくないんですけど、早くお家帰りたいんですけど。あ、この世界俺ん家なかったや!てへっ!うわー、…自分の部屋がこんなに恋しくなるなんて思わなかった。ベッドで寝たい!本が読みたい!小町に会いたい!ホームシックってこんな感じか?えっちょっと違う?
「なんだよ、もうそろそろ時間だから短い質問にしてくれよ」
「…この闘いをあなたが受ける理由はなんですか?」
彼女の真剣な眼つきが更に鋭さを増す。問われたはいいが咄嗟に理由が全く出てこない。俺が闘う理由はなんだ?
間違いなく成り行きだろう。お金がない、タイミングが悪いといった不幸は続いたが、だが逃げることが不可だったかといえばそうではない。逃げ出そうと思えば幾らでも逃げ出せたはずなのだ。
では逃げ出さなかったのは何故か。俺自身に決闘に拘りはない、むしろ闘わなくて済むならそれが一番だ。怪我とかしたくないし。
なのに俺は闘うことを選んだ。リスクを十二分に孕み、リターンなんて皆無の意味のない闘いだ。そんな選択肢を選ぶ奴の気が知れない。
ふと誰かに言われた言葉を思い出す。俺は誰かを助ける為なら自分が傷つくのを厭わないのようなことだったはずだ。今回も俺が傷付こうとしているのであれば、それは一体誰の為だ?俺は誰の為に闘おうとしている?
この世界で出会った少女が俺に言った言葉を思い出す。
彼女は体裁も自尊心もかなぐり捨てて、頭を床に擦り付けて俺に依頼したのだ。なら俺が中途半端にする訳にはいかないよな。
「別に大した理由はないさ。強いて言うなら成り行きだよ、成り行き」
俺が思い浮かんだ闘う理由。カッコつけてるつもりはないが、これは人に言うべきことではない。
きっと雪ノ下や由比ヶ浜がこの行動を見れば俺を咎めるのだろう。だがまだ俺はこんなやり方しか出来ないのだ、一人で何もかもを抱え込むことしか出来ない。
「…成る程。あなたはそういう人間なのですね」
気づくと少女の真っ直ぐな眼に何処か影があるように見える。まるで俺を通して違うことを見ているような、もしくは俺と何かを重ね合わせているような視線。
「どうやら私は比企谷さんという人間を誤解していたようだ。陰湿で、傲慢で、独善的な人間と評価していました」
リューは真っ直ぐな視線を逸らさずに吐露する。なんでいきなり罵倒されてるの?コイツ初対面なのに全く遠慮ねぇな。
一瞬雪ノ下と重ねてしまったが、雪ノ下と比べるとリューには悪意がないように思える。いや悪意がなくても人を罵倒していいことにはならないけどね。
子供の頃によくあった、わざとじゃないから許せよと言いながら殴ってくるクラスメートを思い出した。わざとじゃなくても殴られたら痛いんだけど、挙げ句の果てに、うーわ比企谷菌に触っちまったよ汚ぇってどういうことだよ。だったら最初から触んなよ。
「…よく見てるな。間違ってねぇと思うぞ。つか自分の他人に対する評価なんて偏見と主観的なことだからな。お前がそう思ったならそれが正解なんじゃねーの」
自分が本当はどういった人間か、何を考えているかなんて他人には関係ないのだ。人は自分の主観を信じ、自分の見ている世界だけが全てと思い込む。
だから努力して夢を掴んだ人間には天才と評し、自分とは違うのだと勝手に差別する。
本人の主張なんて意味を持たない、見る人が違えばその景色は別の景色なのだ。だから他人が俺をどう認識しているかはどうでもいい。誤解は解けない、何故ならもう解は出ているから。
「そうですね。比企谷さんの言う通りだと思いますよ。ですが人の話は最後まで聞くべきですね」
「は?」
「私は誤解していたと言ったはずですよ。私はあなたのことをこう思います」
リューは俺に一歩近づく。所作の一つ一つが麗しさを持ち、見る者全てを虜にしてしまえるような魅力を感じる。
「不器用で、愚直で、卑屈で、そして何より純粋な優しさを持っている。あなたは自分をどう思っているのかはわかりませんが、とても美徳だと思いますよ」
一歩ずつ近づいてくるリューに思わずどぎまぎしてしまう。心臓の音がやけに煩い、褒められるのには慣れていないせいで先程のリューの言葉には違和感しか覚えなかった。だが、それでも彼女のその真剣な目が彼女が本心を語っていることを証明しているかのようだ。そんな彼女の視線が気恥ずかしく、彼女から目を背ける。
「…まだ会ったばかりで名前ぐらいしかしらないのに人を語るなんておかしいでしょ。それに買い被りすぎだ、俺はそんな大層な人間じゃない」
「ですが先程比企谷さんは私が思ったことが正解だと仰いましたよ。それに私はあなたを大層な人間だとは思っていません、特にその自分を卑下する癖はどうにかしたほうがい」
至って真剣な表情でリューは言う。言質を取って俺の否定を潰したうえ、俺を器用に罵倒して、更に説教までするフルコースだ。リューさん大分キツい性格してますね、しかも悪気が一切なさそうなのがタチが悪い。
「では私はそろそろ戻ります。怪我をしないようお気をつけて」
そう言うとリューは踵を返す。思わずその後ろ姿を眺めてしまう。
あの酒場を出てからどれぐらいの時間が経っているのだろうか、時間感覚もあやふやになってしまっている。
大仰に溜息を吐き出し、俺もその場から広場に向かって歩き出す。
ふと彼女の声を最初に聞いた時に聞き覚えのある声だと感じたことを思い出した。その時は何も思わなかったが、今なら彼女の声が誰に似ているのかはっきりとわかる。
そうか、リュー・リオン。彼女の声は、
雪ノ下雪乃に似ているのだ。