剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

15 / 97
一応上下話としているけど、長い一日だった、みたいな感覚ってだけで話はそこまで試行錯誤していない。

最近やばい暑さですね。もはや熱いって感じです。


試行錯誤・下

「ふふ」

 

 アゼルに自宅まで送ってもらった鈴音は早々に使った刀の手入れを済ませて身支度を整え、着替えてベッドに寝転がっていた。

 手に持つのは一つの、血を固めたように赤い結晶。それは彼女がいつも袋に入れている結晶であり、アゼルが戦闘を行うと鈍く光りだす結晶だ。月明かりにかざすと血のような赤が妖しく仄かに光を灯す。

 通常、結晶は封が揺らいだら砕いて完全に浄化をするのだが、この結晶は数百年前に封じられた物でありながら、今まで一度も封が揺らいだことがない結晶の一つだ。鈴音の父が彼女にお守りとして持たせた物で、鈴音はおろか家族全員がどのような想いを封じているのか知らない。

 

「なんで、光るのかな」

 

 光り出したり、熱を帯びたり、振動したりと変化は様々だが、封じられた思念と同じような絶望、渇望、妬み恨みを持った人間が近くにいると起こる変化だと彼女は聞いていた。

 つまり、その赤い結晶に封じられた想いはアゼルの抱える感情の一部だ。

 

「知りたいよ」

 

 鈴音がアゼルに刀を打つにあたってどうしてもこの結晶が使いたかったのは、その感情を知りたかったからだ。それを武器にすれば、何かが分かると彼女は思った。

 結晶を両手で握った彼女はそれを胸元へと寄せる。それはまるで心臓の鼓動を確かめるような行為だった。そして彼女はそこにあるはずのない鼓動をその結晶から探ろうとしていた。

 

 彼女が思い出すのはアゼルの手の感触。

 温かく血の通った手は、ふとした瞬間にその表情を変える。血は鉄へと変わり、温かかった手は冷たい刃物の感触へと変化する。

 同じような感触が結晶からじんわりと手に広がり、やがて胸へと到達して彼女の鼓動を速めていく。

 知りたいという願いが、触れたいという想いがだんだんと強くなってきていた。

 だから彼女は刀を打つのだ。

 

「はぁ」

 

 熱い吐息が鈴音の口から漏れる。

 自らの血と汗を糧として完成する至高の一振りをアゼルに持っていて欲しい。それは彼女自身の分身と言っても過言ではない一振りを彼に持っていて欲しいという願い。

 名前は何がいいだろうかと考える。しかし、鈴音はすぐに頭を振るいその考えを捨てる。

 

「考えることはたくさんある」

 

 使う結晶は決めたが、それ以外は決めていない。鈴音は自分で作った材料とその重量や触り心地をまとめた本を取り出し材料を吟味していく。

 それ以外にも、鞘の材質や色、柄に使用する木材や皮、それを覆う柄巻きなどまだまだ考えを練るものはたくさんある。小柄や笄なども入念に作り、自分の魂をその一振りに宿らせる。彼女は自身の最高傑作となるその一振りに妥協は許さない。

 

 この想いの丈をアゼルは知らないだろう。知ってほしいと少し思ったが、何よりも大切なのは彼がこの刀を気に入ってくれること。それを振るい、その美しい光景を見せてくれることが最も重要だ、そう鈴音は思った

 

「でも」

 

 少しくらい、秘めた想いを籠めてもいいだろう。

 

――ほととぎす、そうしよう。

 

 刀の案を書いていた紙の隅にその名前を記し、彼女は静かに微笑んだ。

 

 

■■■■

 

 

「そろそろ出てきてもいいですよ?」

 

 鈴音さんを送った帰り道、私は一端足を止め夜は暗くてあまり通らない路地へと入った。もちろん豊饒の女主人へ早く行きたいという気持ちで近道をするつもりもあったが、この時ばかりはそれ以外にも理由があった。

 

「ちっ、なんで気付きやがった」

「匂いです」

「んな馬鹿な」

 

 何度か曲がり角を曲がり、誰もいないはずの路地で呼びかけると、歩いてきた角から人影が現れる。夜ということもあり、薄暗い路地裏ではその人物が小柄であるということしか分からない。声は男の物だった。

 

「貴方からはあの女神の匂いがするんですよね」

「あの方が言ってたとおりぶっ飛んだ野郎だ」

「で、何か用ですか? バベルから態々つけていたようですが」

「ちっ」

 

 もう一度舌打ちをしたその人物はそれから何も言わなくなった。元々事情は聞けないだろうと思っていたので、出てきてもらった目的は他にもある。

 

「まあ、それは割りとどうでもいいんです」

「はあ?」

「鈴音さんに危害を加えるのかとか、何を企んでいるとか、私の性分ではないんですよね」

 

 腰に差してある刀の柄を持ち、ゆっくりと抜く。暗闇を一筋の輝きが斬り裂く。

 目の前にして確信を得る。この人物は紛れもない強者だ。気配の消し方が完璧と言わざるをえないほど上手かった。女神の寵愛のおかげで気付いたが、もし違うファミリアの眷属であれば私は気づくこともなく素通りしていただろう。

 しかし気付いた。いや、もしかしたらあの女神は私が気づくことも想定していたのかもしれない。何を企んでいるか分からないが、私としては強者と戦えるのであれば手の平で踊らされるのも構わない。

 

「おいおいおい」

「私は斬るだけだ」

 

 戦闘開始の合図もなく走りだす。後をつけていたような輩に礼儀など必要ない。それに、私がどれほど不意を突こうと相手は反応するだろう。

 

「本当にふざけた野郎だな」

 

 放たれた斬撃をひらりと躱され、後退される。まるで散歩でもするかのような気軽さ。完全に見切られている証拠だ。

 数歩下がったその人物は一度ため息を吐いて頭を掻きながら構えをとった。手を前に出して指先を自分の方に引き、来いと言ってくる。

 

「来な。まあ、少し遊んでやるよ」

 

 そう言って、彼は自分の得物であるナイフを二本取り出し構えた。

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 目に魔力を集め、未来を見る。暗い路地裏では、見難いが相手は黒い影として視認できる。ナイフの刃が光を反射しているし、ないよりはマシだ。

 力強く地面を蹴って相手に肉薄する。本当に遊ぶだけのつもりなのか、その人物は攻撃をしようとしてこなかった。

 

 刀を振るが、相手はすべての攻撃を紙一重で避けながらまったく動揺する様子がない。恐らくわざと紙一重で避けているのだろう。本気を出せばもっと余裕を持って避けられるはずだ。

 ならば、その避けた先に剣を振るうだけのこと。

 

 今までと同じ速度で刀を振り、相手がどの方向にどのように避けるのかを見る。

 相手が後ろに僅かに下がりながら避ける未来を見て、刀を振っている途中で強引に身体を前に動かし斬撃の軌道を変える。

 

「ちっ」

 

 それなりの速さで行われている戦闘の中でも、相手は舌打ちをするほど余裕があった。そして、手に持つナイフを振って私の斬撃を迎撃しようとする。

 きっと私は笑っていただろう。

 

 狙い通りだ、と。

 

「なッ!」

 

 フレイヤから私の事を詳しく聞いていなかったのか、ナイフの刃は何の抵抗もなく斬り捨てられ、そのありえない光景に相手は驚いた。

 

「シッ!」

 

 その瞬間を見逃さず、相手の首を狙って斬撃を繰り出す。しかし流石はあの女神の眷属、次の瞬間に勢いよく、それこそ私では視認できない程の速さで飛び退いた。しかし、僅かだが斬った感触はあった。

 

「……」

 

 無言。しかし、相手の雰囲気が変わり始める。

 ぎしぎしと壁が、空間が軋む。相手の身体から発せられる殺気とも取れる威圧。薄暗い路地裏に浮かぶ二つの光る目が私を射抜く。

 

「あの方には殺すなって言われてるからよう、殺しはしない」

 

 動きを阻害するほどの圧力の中、私は目の前の未来を見る。迫り来る拳、狙いは腹、速度は神速。直線的な攻撃だ、しかし避けることはできないだろう。

 

「だから、そこで寝てろ」

 

 一瞬の間で相手が眼前へと移動していた。近付いて初めて分かったが、頭に付いている。相手は猫人(キャット・ピープル)だったようだ。

 相手が攻撃する前の僅かな時間で私は地面を蹴って後ろへと飛ぶ。

 

 そして、私はその拳によって吹き飛ばされた。地面に何度か転がりながら壁まで飛ばされ背中を強打した。

 

「ちっ、上手く衝撃を逃しやがったか」

 

 私が本当に気絶したのかを確認するため相手が倒れた私に近づいてくるのが分かった。痛みで呻き声を上げそうになるのを我慢しながら相手が攻撃範囲に入るのを待つ。

 

「起きてるだろお前。痛えだろうに、とんだ狸だぜ」

「バレてましたか」

「殺気が漏れてんだよ、バレバレだ。もう面倒くせえや。精々あの方を楽しませるんだな」

 

 結局、私が起きているのが気付かれてしまい猫人は路地の壁を蹴って上り消えていった。じくじくと痛む腹を擦りながら私は路地から出てベルのいる豊饒の女主人へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

「アゼル様」

「ん、なんですかリリ?」

 

 謎の猫人との戦いから復帰し、痛む身体を若干引き摺りながら店へとやってきた私に普段は邪険に扱うリューさんですら少し驚かせたのは既に三十分程前のことだ。

 何かに怯えながら店内で食事を取っているリリとベルを見つけ同じテーブルに行くと、何があったのか聞かれたが猫に引っかかれたと言っておいた。ベルにポーションを一つ貰い、飲み干すと大分楽になった。

 

「何故ベル様とアゼル様はファミリアに二人しかいない冒険者なのに一緒に探索をなさらないんですか?」

 

 口の中にある食べ物を酒で流し込み、納得した。確かに、通常一人でダンジョンに潜るという無謀なことをする冒険者はいない。ましてや仲間がいるのに各々が一人で探索をするなど愚の骨頂とも言える。

 

「まあ、尤もな質問ですよね。理由はいくつかありますが……そもそも別々にしようと言い出したのはベルです」

「え、そうなんですか?」

「う、うん」

 

 既に食べ終わったベルは気まずそうに答えた。ベルも愚かなことであると自覚はしているらしく言いづらそうだった。

 

「何故ですか? 正直言って理解不能です」

「その……リリも見て分かったと思うけど。アゼルはすごく強いでしょ?」

「……まあ、そうでしたけど」

 

 リリは私の顔を見て、ダンジョンで見ていた戦闘を思い出したのだろう、肯定と答えた。

 一応あの時は本気を出していなかったのだが、それは言わないでおくことにした。あまり必要な情報ではないし、自慢しているようで嫌なやつみたいな上、ここに来る直前に負けているので何とも言えない。

 

「アゼルがいると、どうしても頼っちゃうから。昔からそうなんだ」

「そういえばお二人は幼馴染でしたね」

「ええ、もう十年くらいの付き合いですね。出会ったのがベルが四歳、私が八歳の時だったので」

 

 私の後ろをちょこちょこと付いてくる小さいベルを思い出す。確かにベルは私にべったりだった。

 

「それじゃ、強くなれないし……こんな歳にもなって頼りっぱなしってのもね。それに」

「それに?」

「僕に合わせてたらアゼルはつまらないだろうし」

「な、なんですかそれはっ!」

「いや、私が言ったわけじゃないですからね」

 

 ベルのセリフを聞いたリリが身を乗り出しながら叫んだのに対して私は即座に反論した。

 

「だってアゼルはもう17階層まで行ってるし」

「はあ!?」

 

 言うなればベルはまだまだ磨かれていない原石だ。私が老師と出会ってから毎日のように剣を振るい磨いてきた技術には足元にも及ばない。

 現状17階層でも一人でやっていける私とベルでは圧倒的な実力差があり、どちらかがどちらかに合わせるというのは現状無理な相談なのだ。

 

「じゅ、17階層?」

「ええ」

「アゼル様もレベル1の冒険者、ですよね?」

「はい、ベルと同じ日にファミリアに入りましたから」

「あ、あ」

 

 口をパクパクさせながら何かを言うとするリリをベルと二人で眺める。

 

「アホですかッ!」

「あっはっはっは!」

 

 その至極真っ直ぐな感想に私は笑ってしまった。

 

「そもそも、そんなことをして無事なはずが」

「企業秘密ですよ。【ステイタス】は秘匿するものですから」

「だね。僕も教えてもらってないし」

「それは私も同じことですよ」

 

 私とベルはお互いの【ステイタス】を把握していない。時々ベルが興奮してどれくらい上がったかなどを教えてくることはあったが、どのようなスキルを有しているのかなど詳しい話はしていないのだ。

 

「それはそうと、リリ」

「そんな横に置いといてみたいな扱いをする話ではないのですが……なんでしょうかアゼル様」

「何かに怯えているようですが、どうしたんですか?」

「そ、そんなことないです。ええ、決してありません」

「そういえば此処には来たくないって言ってたっけ……ごめんね無理矢理連れて来ちゃって」

「いえ、ベル様のおかげで稼いだお金なので気になさらないでください」

「あ、シルさーん注文いいですか?」

「はーい」

 

 横を通りすがったシルさんを呼び止める。ベルがいるのでサボらずに会えるのが嬉しいのか軽い足取りでやってきた。その時リリがビクリと身体を震わせたことを私は見逃さなかった。シルさん一体何をしたんですか? ベルに近付く泥棒猫、いや泥棒犬だとでも思ったんですか?

 

「エールおかわりと、海鮮風パスタ一つお願いします」

「かしこまりましたー。ベルさんは何かいかがですか? 今日のスープはオススメですよ! なんと言ったって私が下拵えしましたから!」

「えっと、じゃあそれで」

「はい!」

 

 ベルが関わるとシルさんの機嫌はうなぎ登りになり、とびっきりの笑顔を浮かべながらキッチンへと歩いて行った。リリはそんなシルさんを恐る恐る見送っていた。

 

「シルさんがどうかしたんですか?」

「い、いえ!」

「そんなに怖がらなくても、ここではシルさんの危険度は低い方ですよ」

「き、危険度?」

「ええ、ここの店員誰も言いませんがかなり強い人が揃ってますから。例えば、ほらあそこにいるエルフの女性」

 

 そう言って違うテーブルの食器などを片付けているリューさんを見せると、再びリリの身体は震えた。表情などもはや泣き出す子供のようだ。

 

「リューさんと言うんですが。かなり強いですよ。一度も手合わせはしてもらえていないのですが」

「こ、ここは酒場なんじゃ?」

「ええ、皆が平和に飲み食いを楽しむことのできる酒場ですよ。なにせ問題を起こした連中は金を置いて叩きだされますから」

「ひぃっ」

 

 怖がるリリを眺めながら酒を呑むのは楽しかった。

 

 

 

 

「リューさん」

「なんですか? 仕事中なのですが」

「ベルの事、というかあのサポーターの事なんですけど。リューさん何かしました?」

「何故そのようなことを?」

「かなり怖がっていたので」

 

 お手洗いに行ったついでにリューさんに話を聞いておくために話しかけた。するとリューさんは少し黙ってミアさんのいるカウンターをチラリと見てからカウンターの死角となる場所へと誘導された。

 

「昨日の事です。クラネルさんのナイフを持った小人族(パルゥム)の男性を見つけ、ナイフを取り戻し蹴り飛ばしたところ」

「蹴り飛ばしたんですか?」

「ええ。少々力加減を間違えてしまい、飛ばし過ぎ後を追ったのですが」

「リューさんもなかなかの乱暴者ですよね」

「男がどこにもいなく、あのサポーターの少女がいたという事がありました。ナイフは無事クラネルさんに返しました」

「それは……」

 

 リューさんが小人族を蹴る光景を思い浮かべ、まるでボールを蹴っているようだなと思いながら考える。

 かなり怪しい。その一言に尽きる。

 

「強く蹴ったんですよね? 試しに同じくらいで蹴ってみてくださいよ」

「嫌です」

 

 リューさんの蹴りをくらってすぐ立ち直りその場から逃げられるというのは驚愕だ。しかも後を追ったらどこにもいないと思わせるほど遠くへと逃げおおせたのだ。

 

「まあ、話は分かりました。話してくれてありがとうございます」

 

 そう言ってテーブルに戻ろうとする私にリューさんが言葉をかける。

 

「放っておくのですか?」

「ええ」

「しかし、彼は」

「ベルは私の仲間だ。でもね、リューさん」

 

 振り返りながら彼女の目を見る。空色の綺麗な瞳だ。

 

「ベルをあまり見くびらないで欲しい。ベルだって馬鹿じゃない、気付いていますよ。ただ、それを信じたくないだけです」

 

 そう、その状況ではどう見てもリリが怪しいのだ。誰が見たってそうなら、ベルがそう思っていてもおかしくない。

 確かに、ベルは保護欲をくすぐるような外見と性格をしている。それは幼馴染である私が誰よりも知っていることだ。しかし、だからと言ってずっと大切に、すべてから守るように育ててはいけない。

 

「ベルは少し知らなければいけないでしょう、人の闇という物を。それに、これはベルが望んだことでもあります」

「クラネルさんが?」

「ベルもひょろっとしてますが、ああ見えて立派な男の子ですから。いつまでも私に頼っていたくないと、つい先程ベルの口から聞きました。まあ、またナイフが盗まれても犯人が殆ど確定しているんです。取り戻すのは容易でしょう」

「それでは済まない場合は? クラネルさんに危害を加える可能性もある」

 

 リューさんが考えている危害がどの程度の物なのか分からなかったが、まあダンジョンで騙されてモンスターに囲まれるとかだろう。

 

「それが、冒険ってものじゃないんですか? ベルだって重々承知のはずですよ」

 

 危険を冒さずして手に入る物など何もない。出会いも、経験も、力も、自らを危険へと放り込むことで手に入るのだ。

 

「傷付きたくないのなら家に引きこもっていればいい。危険が嫌なら冒険なんてしなければいい。でも、ベルは違う。ベルは望んだ、ベルは願った、強くなりたいと。私はそんなベルの邪魔はしません、それが例え非情と思われようと、そう決めたんです」

 

 いや、そう決めさせられたのかもしれない。

 

『助けすぎてはいけない。助けを請われた時だけ助けてやれ』

『ベルの事を見守っていてくれ』

『その必死な姿に、きっとお前に足りない物が見つかる』

 

 昔を懐かしむように、その声は頭の中にふと蘇った。皺のある声だったが、優しく心落ち着く声だった。その声に何度も叱られ、褒められ、教えられて私は育ってきた。

 

「バーナムさん、貴方はクラネルさんを信頼しているのですね」

「信頼? いえ、少し違います」

 

 信頼しているわけじゃない。むしろ私は信頼していない。なにせベルは弱い。困っている人を問答無用で助けようとする性格を考慮すると、不足している実力以上に一緒に戦いたいとは思わない。だから、これは信頼などではない。

 

 昔から、泣き虫の割に喧嘩の仲裁などをする。しかし弱いので仲裁に入ったのに殴られて泣かされたりするのだ。

 でも、気が付くと喧嘩はなくなり、ベルの周りにいる人間は笑っている。確かに、彼は弱かったし、今も弱いが力に勝る何かを持っていた。

 

「これは、きっと期待ですよ。斬ることしかできない私では思いつきもしない結末を見せてくれるベルに対してのね」

 

 すべてを覆す力でもない。すべてを見抜く知識でもない。すべてを斬り裂く剣でもない。私の知らない何かで、その場を切り抜けてしまうベルに対しての期待。

 身勝手なことなのだろう。それが見たいがために力を貸さないというのは。しかし、それも今となってはベルの望んだこととなった。

 

「もちろん、ベルが助けて欲しいと言えば助けますよ。なにせ、それはベルが今私に最もしたくない行為でしょうから。でも、そんな弱音を吐くくらいなら、ベルは血反吐を吐いてでも強くなるタイプです」

「貴方とクラネルさんの関係は、なかなか理解しづらい」

「人間関係なんてそういう物ですよ」

「……仕事に戻りますので」

「おっと、ミアさんが睨んでますね。これは高い料理を頼まなくては」

 

 カウンターにいるミアさんを一瞥してからテーブルに戻る。

 今夜はリューさん相手に戦って欲しいと思わなかった。謎の猫人に負けたことが心に残っていて、いまいち心が高ぶらなくなっていたからだ。

 そしてなにより、ベルを心配しているリューさんを見て少しつまらなかったということもあった。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。

豆知識
小柄(こづか):刀に付属している小さな刀。この小刀の柄を指す場合もありますが、この小説では小刀全体を指して小柄ということにしてます。
笄(こうがい):刀に付属している小さな櫛です。髪を止めたりする、普通の櫛です。

この両方が刀の鞘の両側に入ってます。場所としては柄のすぐ下です。小柄の柄と笄の後ろっかわが刀の柄から少し出る感じで付いているようです(そのための穴が柄にはある)。

今後出てくるか分からない設定ですが、まあ一応小刀だし出すかもしれません。

作者も調べて知った程度の知識なので、詳しく知りたい人はグーグル先生に聞いてください。

※2015/09/14 7:12 加筆修正

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。