剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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やってきましたゴライアス戦。まあ、すごくノリな部分がありますが、こういう展開好きなので。
何やってんだこいつと思われるかもしれませんが、詳しい説明は後々ちゃんとあります。


剣、至る

 巨人の一撃は地面を砕き、粉塵をまき散らしながら岩を飛ばした。その中に突っ込んでいくのは通常自殺行為だが、岩の軌跡が見える私にとってはそこまでの脅威ではなかった。

 むしろ、その後が驚愕であった。

 

 迫り来る灰褐色の拳であった。その巨大な拳が視界を覆い尽くすのが見えた瞬間横へと飛ぶ。まるで暴風の如く自分の横を通り過ぎた腕を見て冷や汗を流す。

 一撃でも受けたら致命傷となる。オッタルに貰った一撃は私を一撃で意識不明にしないように加減されていたが、目の前の相手は違う。出せる限りの力を使い私を殺そうとしている。

 

 

――灰褐色の巨人『ゴライアス』

 

 

 中層について大雑把に調べている時に目にしたモンスターの名前だ。

 ダンジョンのモンスターはある一定のサイクルで産み落とされる。通常のモンスターは倒されてから数時間、遅くとも数日で出現する。

 しかし、目の前のモンスターは違う。倒されてから再び産まれるまでの期間は大体二週間と長い。しかし、そのおかげなのか絶大な強さを誇る。

 

 通称階層主と呼ばれ、その階層の最奥を守る存在。またの名を迷宮の孤王(モンスターレックス)、ダンジョンにたった一体しか存在しない固有存在(ユニークモンスター)だ。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!』

「ぐっ」

 

 その咆哮は空間を震わせ、爆音は冒険者に襲いかかる。全方位に対する威嚇攻撃、ただの咆哮だけで冒険者達をあざ笑うかの如き力だ。

 当然戦闘中に耳を守ることなどできない。爆音に晒され痛む耳を放置し、視界に映る情報だけを頼りに戦闘をしていく。

 

 ゴライアスは振りぬいた腕をそのまま身体の外側へと振り払う。腕の太さは1M(メドル)を越えるほど太く、まるで壁が押し寄せているかのようだ。その腕をすれすれの所を跳びながら避ける。

 もっと高く跳ぶことで余裕を持って避けることができるように思えるが、空中にいるというのはそれだけで危険だ。なにせ人間は空中で行動することができない。踏み締める地面がなければ走ることも跳ぶこともできない。

 

 地面に着地を、姿勢を低くしながら走りだす。目指すはゴライアスの足元。

 ゴライアスの強さは絶大ではあるが、その攻撃方法は少ない。腕を振り下ろす、振り抜く、振り払う、そして足で蹴る、踏み潰す。そのすべてが一撃必殺ということを除けば突出した攻撃方法を持っていない。

 更に足元であれば腕による攻撃は上からに限定できる。最も厄介なのは跳んで避けないといけない振り払いだ。それをなくせば攻撃をくらう可能性はぐっと下がるはず。

 

 近付けば近付くほどゴライアスの巨体が大きく見えてくる。高揚していない私であればその巨大さに気圧され萎縮していたかもしれない。しかし、今の私を満たしていたのはより強い敵と戦える喜びだった。

 殺気を感じれば感じるほど、踏み込む足に力が入った。敵意に満ちた咆哮を浴びれば浴びるほど私の心は震えた。死と隣合わせの状況で私は自分が死ぬなどという心配も忘れていた。ただその一瞬一瞬を楽しんでいた。

 

「シィッ!」

 

 足元へと辿り着きすぐさま一閃。いつも通りなんの抵抗もなく刃が肉を斬り、傷口から血が溢れてくる。流石に刃渡りが足りず足首を一度の斬撃で斬り落とすことはできなかった。しかし、反対側に回ってもう一度斬ればいい事、そう思った矢先であった。

 

「なっ!」

 

 傷口が湯気を上げながら再生しはじめた。

 次の瞬間上からゴライアスの拳が降ってきたので已む無くそれを回避するために少し飛び退いた。視界には地面を殴った衝撃で飛び散る岩が映り、その間をくぐり抜けるようにして一定の距離を保ちながら避けていく。

 

 土煙が晴れて先ほど斬った足首を見る。傷は既にほとんど癒えていた。

 

「そんな、馬鹿な」

 

 ゴライアスの資料はざっとしか読んでいなかったが、流石に能力欄に【再生能力】等書いてあれば気付くし、ちゃんと戦闘に関するところは読んだつもりだ。

 別段ゴライアスは珍しいモンスターではない。毎回毎回どこかの誰かが倒しているし、再生能力などという能力があれば情報がないわけがない。読んだ資料はギルド公認の資料だったので情報も確かだ。

 ということは、目の前にいるゴライアスが特殊だということだろうか。初めて見るのでそこまで自信はないが、眺めた資料で見た絵と変わらない見た目だ。

 

 再び足へと近付き、今度は刃を入れてから足首を一周するようにして斬る。しかし、それも斬った端から再生が始まり完全に切断することができなかった。もう一周しようとすると今度は攻撃され、避けている間に再生はほぼ完了していた。

 

「こいつ、死ぬんですか?」

 

 とりあえず何か策はないか考えるために距離を取る。巨体であってもゴライアスの足の早さはそこまで遅くはない。こちらも必死になって逃げなければすぐに追いつかれてしまう。流石にすべての攻撃が致死の相手と戦いながら考え事はできない。

 

 傷が治るのはいい。いや、まったくもってよくないがこの際いい。しかし、その再生能力がどれほどの物なのかは知らなければならない。流石に欠損した部位まで再生できる程の能力だったら厄介極まりない。

 そこで自分がまったく逃げるつもりがないということに笑ってしまった。

 

「ハッ、ハッハッハッ!」

 

 そう、恐怖など感じていなかった。しかし、それは剣士にとって、いや戦う者にとって致命的な欠陥だ。恐怖を感じない者には破滅しか待っていない。それは私も身を持って体験したことではないか。

 慢心や驕りはこの身を斬り刻む。そう分かっていて尚、この時だけは自分の中に溢れる歓喜に身を任せていたかった。

 

 傷が再生するからなんだ。ならば、再生できない一撃を与えればいい。すべての攻撃が必殺だからなんだ。ならば、一撃もくらわなければいい。こんな所で立ち止まっている暇など、私にはない。

 

 とりあえず再生能力の性能を確かめなければならない。しかし部位欠損させるなら部位を選ばなければならない。

 足は無理だということはこれまでの出来事で分かっている。それ以外の箇所となると腕くらいしかないが、腕もそう簡単に斬り落とすことができるかというと、できないだろう。

 

 腕を振りぬいた時に一度斬ることはできるが腕も刃渡りが足りず一度の斬撃で斬り落とすことは不可能。となると、肩から腕すべてを斬り落とす。それなりに斬ることができれば後は腕の重さで切り口が広がって傷の再生を阻害できるかもしれない。離れた肉と肉をつなぎ合わせるような再生の仕方ができないという前提だが。

 しかし、肩を斬るためには当然そこまで行かなければならない。腕を伝って行くにしても、いつ宙に飛ばされるか分からない状況は危険過ぎる上、確実に斬り落とせる保証がない。

 

 もっと確実に斬り落とせる部位はないかと思案して思いつく。指であれば、刃渡りも足りそうだ。振り下ろしの時に手を開いていれば斬ることは可能である。それを思いついた瞬間にこれしかないと決断する。

 立ち止まって再びゴライアスと対峙する。

 

『オオオオオオォッ!』

 

 走った勢いを利用して今までで一番破壊力のある拳を繰りだすゴライアス。暴力の塊と化した拳は私が後方へと避けたことによって地面を砕く。

 振りぬかれる拳、振り下ろされ振り払われる腕を何度も避ける。闇雲に攻撃をしたってすぐに再生されるのだから、避けることに専念する。

 そして、望んでいた一撃が放たれる。

 

 手を開いたまま、私を叩き潰すための振り下ろし。手を振り上げ、手が開いているのを見た瞬間目に魔力を注ぐ。指を斬るためにはそれだけ近くにいなければならない。それには正確な手の位置、振り下ろした後の余波などをしらなければならない。なにせただの振り下ろしでも地面を砕き岩を飛ばすのだ。

 

 流れる時間が遅くなったかのように感じるほど集中する。視界に映る未来の光景を信じ移動していく。手が地面に叩きつけられた後、飛ばされる岩の位置を見てどのように刀を振りその後回避をすればいいか頭に思い浮かべる。

 凄まじい速度で振り下ろされる手に、恐れることなく刃を向ける。

 

 思い描いた軌跡と寸分違わず刀を振るい、指の付け根付近を斬り裂きながら回避行動へと移る。予知していた岩の軌跡を見ながら足を動かしていく。そして顔面へと飛んできた岩を左手の籠手で弾く。

 視界の端には灰褐色の塊が一つ宙に飛ばされていた。指を斬り落としたのだ。そして、回避行動も唯一避けることのできない場所に飛ばされた岩を弾いたので完遂した。そして、一瞬気を緩めてしまった。

 

「ごふっ」

 

 腹部に痛みが生じ、いつの間にか吹き飛ばされていた。本来飛んでくるはずのない岩が腹にめり込んでいた。かなりの勢いで飛んできたそれを無防備な状態で受けた私は吹き飛ばされ地面を転がった。

 完全に油断していたとしか言えない。私が見た未来では、自分が斬った指のことは考慮されていなかった。それ故に予想外な所に岩が飛んできた、そうとしか思えない。

 

「ぐっ、これはまずい」

 

 それなりの重量のある岩がある程度の速度で飛ばされれば、それはすでに脅威だ。冒険者として【ステイタス】で強化された身体があるからなんとか無事ではあるが、本来岩が当たっただけで人は死ぬ。

 

 私は痛む腹部を庇いながらなんとか立ち上がった。吹き飛ばされたことでゴライアスと距離が空いたことで時間は少しあった。

 

 しかし、悪いことは重なる。

 

「いつっ」

 

 一瞬目に痛みが走り、次の瞬間視界がぼやける。突然身体が重くなったと感じるほど力が入らなくなった。立ち上がったばかりの私は膝を立ててやっと姿勢を保てていた。

 

「なんだ、これは」

 

 今まで感じたことのない倦怠感が一気に押し寄せてくる。よろめく身体を片方の手を地面に付けて姿勢を保ち、もう一方で痛む目を押さえる。痛みは一向に引かず、ぼやけた視界には近付いてくる灰褐色の巨人が映る。

 

「まさかっ」

 

 冒険者としてギルドに登録する際に大体の事はベルに聞いてもらい後々気になった時に聞くつもりであった私はあまり聞いていなかった。しかし、一つだけベルなしで聞いた説明があった。それは、魔法に関しての説明。魔法を持っていないベルには不要と思ったのだろう。

 

 その説明の中で特に気を付けないといけないと言われたのが精神疲弊(マインドダウン)だった。魔法の使い過ぎによって引き起こされる現象で最悪の場合気絶する。体力に限界があるように魔法を使うためのエネルギーである精神(マインド)にも限界がある。

 思えば鈴音さんの工房を出てから今に至るまでずっと未来視(フトゥルム)を使っていた。

 

「クハッ、ハッハッハ!」

 

 気怠い身体に鞭を打ちなんとか移動を始める。もう未来視は使えない。私がここまでゴライアスと対峙できていたのはこの魔法が大きい要因だ。

 なら死に物狂いで敵から逃げるか、と自問する。そしてそれに断じて否、と即答する。

 

 何故なら私の心は折れてなどいないから。満足に動かない身体、使えなくなった未来視。状況は絶望的と言っても過言ではない。それでも、私は、私の心は斬り裂くことだけを望んだ。

 

 元より私は剣士、この身一つ、手に持つ一振りだけで戦う者。魔法が使えなくなったからと言って、戦うことを止める道理などない。あの男を斬るまではこの歩みを止めてはいけない。そしてあの男を斬ってからも私はすべてを斬り裂くために剣を振るう。

 手に持つホトトギスの刀身が仄かに朱く揺らめいた。熱は手を伝い腕へ、腕を伝い胸へ、そして心臓が強く鼓動する。

 

『斬り裂きなさい』

 

 誰の声かは分からなかった。知りたいとも思わなかった。ただその声は私を侵した。すべてを放棄してその命令を聞けと。

 

『すべてを斬り裂きなさい』

 

 ホトトギスから流れた熱は身体中へと巡っていた。力が満足に入らなかった身体が嘘だったかのように活力に満ちていた。

 しかし、だからと言って勝てない現状に変わりはない。私にはホトトギス以外の武器がないのだ。

 

『いいえ、貴方なら』

「何を馬鹿なことを」

 

 誰かが私を見ていたら独り言を呟いている変人にしか見えなかっただろう。それでも私は否定せざるを得なかった。ずっと剣しか振らずに生きてきた私だからこそ知っている剣士としての限界がある。

 刃が当たらなければ何も斬れやしない。それを越えるというのは既に剣技ではなく魔法の領域だ。だから私にはできない。

 

『ならば剣技で魔法の領域に達してしまえばいい。その身体一つで、手に持つ私達()ですべてを斬り裂く(魔法)に至ればいい』

 

 自分の内側から何かが膨張するのが分かった。それは炎のように熱く、鉄のように冷たく、煙のようにとらえどころのない、しかし刃の鋭さを孕んだ何か。

 

『その身に剣を宿す貴方なら』

 

 膨れ上がったその何かが身体の外へと溢れ始める。

 

『神さえもが恐れる剣を宿した貴方なら』

 

 その何かに思考が侵蝕されていく。斬れないという結論が斬りたいという願望に。逃げろという正解が戦えという蛮勇に。遠ざかるように走っていた足は、いつの間にかゴライアスへと向かっていた。

 

『斬りなさい。そうすることでしか、貴方は自分を知ることができないのだから』

 

 突然進行方向を反転させた私に、待っていたと言わんばかりにゴライアスは拳を突き出した。その手には指がなかった。つまり、部位欠損は回復できない。

 

 これまでの戦闘でその速度と攻撃範囲を把握していた私は横に避けるのではなく上に跳び、言われるがままに腕を振るい刀を横に薙いだ。

 私の内から溢れる得体のしれない何かが暴れるようにして外へと吐き出されたような気がした。

 

『グオオオオオオオッ!!』

 

 耳に届く巨人の叫び。腕は切断されゴライアスの手は拳を突き出した勢いもあってかあらぬ方向へと飛んでいった。輪切りになった腕からは中にあった肉や骨が露出し、ゴライアスの血が吹き出していた。

 

 腕に着地しそのまま走る。腕を伝い首を斬り落とせば倒せる。斬られた指を再生できないのだから首を斬り落とせば絶命するのは道理だろう。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ!!!』

 

 私に腕を斬り落とされたことでゴライアスは憤怒の声を上げた。目は大きく見開かれ、口も目一杯開いて叫んでいた。しかし、既に幾度もの咆哮で耳が聞こえなくなっていた私にはそこまでの効果はなかった。

 

 ゴライアスは斬られていない方の手で走る私を掴もうとする。跳び上がり回避し着地と同時に再び首に目掛けて跳躍。

 獲物が目の前に舞いでたゴライアスは大きく開いた口で私を食べようと頭を前に出し始めていた。しかし、喰われる気はさらさらない。

 空中にいるので回避は不可能。ならば、私ができることはたった一つ。

 

 刀を両手で持ち、身体を捻り力を溜める。

 

 本来であれば不可能なはずのそれを、私はできるという確信があった。

 

『そう、己を信じなさい』

 

 剣を持ち、剣を振り、ただ強い剣士になるために研鑽を重ねてきた十八年間。他人からすればたった十八年かもしれない。しかし私にとっては己のすべてだ。一人で剣を振り、老師に剣を習い、ダンジョンで敵を斬った。

 

『剣に傾けた時間を、斬るという己の願いを』

 

 来る日も来る日も剣を振るって生きてきた十八年間は私を裏切らない。己の中から湧き出る『斬りたい』という願いは世界を塗りつぶす。

 

『貴方こそが私達の担い手に相応しい』

 

「おおおおぉ!!」

 

 自分の中から湧き出るそれが何なのか私は知らなかった。その時は疑問にも思わなかった。でも、私の声に答えるようにそれはまた膨れ上がった。

 だから私は、刀を横に振り切った。

 

 それは一見ただの右薙ぎだっただろう。刀はゴライアスの肉にすら届いていない、宙で刀を振るっただけに見えただろう。

 

 刃が空を斬ったその直後視界にあるすべてが斬れた。ただ一閃、通り過ぎた物すべてを斬り裂く斬撃であった。それはゴライアスの頭部を斬り裂き、その後ろにあった壁に大音響と共に深い亀裂を刻み込んだ。

 

 その斬撃は世界を侵した。

 その斬撃は剣技を超えた。

 その斬撃は人の身に余る行為だった。

 

『ォ――――』

 

 大きく開かれたゴライアスの口、その上顎と下顎がずれる。そして、遂にゴライアスの頭部は下顎を残し首から分断され地へと落ちていった。

 まるで岩が落下したかのような音を聞きながら、私は地面へ着地した。背筋を伸ばし姿勢を正す。深い息を吐いて心を落ち着かせ、納刀。そしてなんとなしに上を見上げた。

 そこには横長の亀裂が壁に刻まれていた。到底刀一本では付けることのできない斬撃だ。

 

「これは……貴方がやったんですか?」

『いいえ、貴方が斬ったのよ』

 

 頭の中に声が響く。戦っている最中は気付かなかったが美しい声だった。

 

花椿(はなつばき)

 

 前置きなしに言われた何かの名前。しかし、それだけで私は理解した。ああ、それがお前の名前か、と。

 

『桜のように人を誘い、憑いては殺し散った血は花びらのように美しい。何人もの人間の首を斬り、都を恐怖で彩った私達の名前』

「そうですか……でも、私はホトトギスの方が好きですね」

『ならそう呼べばいい』

「そう、させてもらいます。いっ!」

 

 突如腹部に痛みを感じた。そう言えば岩が当たって負傷をしたのだということを思い出し触ってみる。ぬるり、という温かい液体が手に付いた。

 

「え」

 

 自分の腹を見る。岩が当たれば場合によっては出血もするだろう。しかし、流石に出血していたらあの時気付いたはずだ。確かに当たった直後は血など出ていなかったのだ。

 痛みを我慢して上着をたくし上げ傷を見る。

 

「なん、で」

 

 そこには切り傷があった。注視しなければ見えないくらい綺麗な切り口、それでいて血はかなり滴る異様な傷。

 ポーションを取り出し染みることを覚悟しながら傷にかける。染みたが、傷は一向に良くなる気配がない。その間もずっと血が流れる。

 そこに思い出したかのように精神疲労の影響が戻ってくる。

 

「ぐっ」

 

 倒れそうになるのを気合で足に力を入れて踏ん張る。ここで倒れるのはまずい。そうだ、それはあってはならない。ホームには私の帰りを待つベルとヘスティア様がいる。鈴音さんだって私にホトトギスの感想を聞きたいだろう。そう言えばリリとは賭けをしていた。

 

「かえ、ら、ないと」

 

 何よりも、こんな所で死ぬわけには行かない理由がある。あの男を斬るまでは、あの高みへとたどり着くまでは。

 プロテクターが目に入る。私が斬るべき相手を思い浮かべる。私がこんな所で死ねばあの男は失望するだろうか。それは嫌だ。

 籠手が目に入る。私を大切に思う神様を思い浮かべる。私がこんな所で死ねばあの神様は悲しむだろう。それは嫌だ。

 

「く、そ」

 

 だが、限界を超えていた身体は私の言うことなど聞いてくれない。自分の血でできた血だまりに倒れ伏し、私が最後に見たのは17階層へと続く通路からやってくる冒険者達の姿だった。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。

大体のセリフが「お」だけの話でした。

ということで若干強化個体なゴライアス戦。黒ゴライアスと違う点はハウルなどの魔法攻撃なし、部位欠損は再生しない、スピードとパワーもワンランクダウンな感じです。強化の理由は、まあいつか語られるかもしれない。アゼルは絶対に現時点では気付きません。気付いて5巻あたりかな。

勝手にサンドバッグさん名前へと感想ありがとうございました。

※2015/09/18 07:26 桜椿を花椿に変更
※2015/09/18 22:59 「犯した」を「侵した」に変更

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