剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
「あ、起きた」
目を覚ますと知らない天井があった。上体を起こした私を同室にいた男性が気付き、すぐに部屋を出て誰かを呼びに行ってしまった。
「いっ」
腹部には相変わらず痛みがあった。擦ってみると真新しい包帯の感触。あたりを見渡して自分がどこかの部屋のベッドに寝かされていたことを確認する。
足をベッドから下ろして座る。傷を庇いながら身体を少し動かし調子を確かめる。そして身体に力が入らない致命的な異常に気付く。手を握っても握力が格段に落ちていて刀もまともに握れそうにない。
「よお、もう動いて大丈夫なのか?」
「起き上がって歩くくらいなら」
つい先程出て行った男を引き連れ、もう一人眼帯をした男が部屋へと入ってくる。
「ならいい。で、話を聞かせてもらおうか。こっちは一日待たされたんだ」
「話とは? それ以前にここが何処なのか教えてもらってもいいでしょうか?」
「ここは18階層にあるリヴィラの街。お前は17階層でゴライアスの死体の近くで倒れてたのを冒険者が拾ってきた。で、残った魔石とドロップアイテムの所有権が誰にあるのか聞きてえっつう訳で治療した。これでいいか? 俺はここでまとめ役みてえな事をしてるボールスだ。ちなみに治療費は後で俺に払えよ」
その男の話を聞いて漸く固まっていた思考が回り始める。そうか、最後に見た冒険者達は私を街まで運んでくれたようだ。いい人達でよかった。
「で、あいつを倒したのはどこのどいつだ? 流石に階層主クラスの魔石を横から奪うってのも寝覚めが悪いからよ」
「ううむ」
「どうした?」
ここは正直に私だと言うべきなのだろうか? ゴライアスの魔石は大きいので大量のヴァリスになりそうだし、ドロップアイテムというのも少し気になる。しかし、レベル1で中層のモンスターを倒していた事に驚いたフィンさん達のことを考えると、階層主を単独撃破したなど誰も信じてはくれないだろう。
そもそも階層主の単独撃破という時点で信じてもらえるかすら分からない。
「言っとくが、下手に隠し事はしねえことだ。今リヴィラはちぃとばかしピリピリしてるんでな」
「えぇ……」
そう言われてしまうと私が倒したという真実を告げるしかない。
「実はですね、わ」
「ボーーールスーーー!!」
私が倒したんですよ、と言いかけたところで外から誰かの声が届く。聞き覚えのある女性の声だった。
「ボーールスーー!! 買い取りー! おねがーい!」
「ちっ、声がでけえんだよ【
どこか聞き覚えのある二つ名を呟きながらボールスは立ち上がった。
「お前は寝て待ってろ、すぐ済ませてくる。聞こえてるっつーの! 黙ってそこで待ってろ!!」
外にいる女性に負けず劣らずの大声を出しながらボールスは出て行った。
■■■■
「やっと出てきた! 今度遅れたら他のとこに買い取りしてもらうからね」
「こっちにも都合ってもんがあんだよ。あ? 二人程いなくなってないか?」
「こっちにも都合ってものがあるんだよ」
「うぜぇ」
ふふん、と無い胸を張りながらティオナはお返しとばかりにそう言った。
アイズとティオナの借金を返済するためにダンジョンに赴き、その日18階層で事件に巻き込まれ翌日泣く泣く地上へと戻ったロキ・ファミリアの面々が、その後すぐさまダンジョンへと再び潜ったのは五日前のことだ。
現在はアイズとリヴェリアを抜いた四人、ティオナ、ティオネ、レフィーヤとフィンで行動をしていた。
「こっちの馬鹿は放っておいて、買い取り頼むわ」
「また随分と貯めこんだな。待ってろすぐ終わらせる」
四人がそれぞれ抱えている戦利品を見てボールスは何人か手伝いを連れてこようと店の中へと行こうとした。
「てめえ、寝てろって言っただろ」
「外から知り合いの声が聞こえたもので」
そこで勝手にベッドから起き上がり部屋の外へのこのこと出てきたアゼルと出会った。
「あいつらの知り合いか? じゃあ、あいつらの暇つぶしにでもなっててくれ。おい、お前とお前! こっち手伝え」
店員を二人呼びつけるボールスの横を通り過ぎアゼルは店の外へと出る。ダンジョンの中だというのに昼のように明るいことに驚くアゼルを、同じように驚いて四人は出迎えた。
「あら、また会ったわね」
「ええ、五日振りくらいでしょうか?」
「アゼルやっほ~」
若干口を引きつらせながら挨拶をしたティオネにティオナが続く。やはりティオネとしては未だにレベル1の冒険者が中層にいることが信じられないのだろう。それに比べてティオナはまったく気にしている様子がない。
「フィンさんもレフィーヤさんもこんにちは、で合ってますよね?」
「ああ、合ってるよ。僕らもずっとダンジョンにいるから確証はないけど、ここは昼だし」
呆れ顔のフィンとアゼルの挨拶にお辞儀だけで答えたレフィーヤ。どこか胡散臭い雰囲気のあるアゼルのことをレフィーヤは少し苦手にしている。
「で、君はどうしてここに? 興味がないと言ってたけど」
「別に来たくて来たわけじゃないですよ。少し怪我をしてしまいましてね」
そう言ってアゼルは包帯の巻かれた腹部を四人に見せた。冒険者が怪我をすることなど日常茶飯事なので誰も驚かなかった。
「大丈夫?
「いえ、お構い無く。たぶん効かないので」
「そうだぞ、なんでか知らんがそいつの傷、回復薬が効かねえんだわ。一本無駄にしちまったからその分も払えよ」
アゼル達が話をしている間にフィン達の戦利品を店の中へと運んでいたボールスが横から話に入ってくる。
「そうなんだ。じゃあ、どうやって治すの?」
「寝てれば治るんじゃないでしょうか? 血は止まってるようですし」
怪我を負った本人すら把握していない傷を負っているというのにアゼルは落ち着いていた。そのことに少しだけ呆れたティオネは小さい溜息を吐いた。
「そもそもどんな傷なのよ」
「切り傷、だと思うんですけど」
「だと思うって。はっきりしないわね」
「私自身覚えのない傷なんですよ」
「リヴェリアがいれば魔法でちょちょいのちょいだったのに」
「そう言えばアイズさんとリヴェリアさんがいないですね」
「うん、二人共まだ下」
それが大いに不満なのか唇を尖らせながらティオナは説明した。
それから深層ではどんなモンスターがいたか、どうやって倒したかなどをティオナがアゼルに話ながら買い取りが終わるのを待った。
ボールスも手慣れたもので大量にあった戦利品の買い取りは十分程度で終わった。
「ほれ、証文だ」
「ありがとうボールス。今度も頼むよ」
「次はうちで金を落としてけ」
「ここで買い物をするほどお人好しじゃないよ」
ダンジョン内に存在するリヴィラの街の物価は地上と比べ物にならないほど高い。十倍行くかどうか、という具合だ。この街で買い物をする人間は緊急で物が必要な人間だけだ。
「で、そっちの。お前にはまだ話があんだよ」
「忘れてなかったんですね」
「ああ? 言い逃れしようたってそうはいかねえぞ」
「まるで私が何かしたような言い草ですね!」
ボールスはアゼルの腕を掴みどこへも行かないように押さえた。アゼルも力が入らない身体では抵抗しようもなく、まったく動けなくなっていた。
「どうかしたのかいボールス?」
「まあ、少しな。昨日ゴライアスが出たんだけどよ、発見した冒険者によるとゴライアスはもう死んでてその近くでこいつが倒れてたんだとよ。で、魔石もドロップアイテムもそのままだからとりあえず話を聞こうと思ってな」
「……なるほど」
フィンはじろりとアゼルを見た。その視線に気付いたアゼルはぎこちない笑みを浮かべたが、フィンには通用しなかったようだ。
「そこの彼の身分は僕が保証する。話さないのも決して悪気があるわけじゃない。誰にだって話せないことはあるだろう?」
「やけにこいつの肩を持つな。もしかしてお前んとこの新人か何かか?」
「違うけど、まあ少しばかり世話をしてあげた間柄だよ。魔石もドロップアイテムもそっちが貰っていい。それでいいねアゼル?」
「……それでお願いします」
「……本当にいいのか?」
少し悩んだ末に了承したアゼル。訝しげにアゼルを見るボールス。
ボールスとて馬鹿ではない。フィンの言い方で大体のことは分かった。ゴライアスを倒したのが誰なのか、そして自ずとそれを言いたくない理由も頭に浮かぶ。どうせ言っても誰も信じてくれない事をわざわざ言いたい人はいない。
つまるところ、魔石とドロップアイテムを差し出すから何も聞くなという取引だ。
「あ、後私今治療費を払うお金がないんですが」
「リヴィラじゃ買い物は証文でやんだよ。ほら、名前とエンブレム書け」
「……すみません、うちエンブレムなんてないんですけど」
「はあ?」
リヴィラでの買い物はほとんどが証文というファミリアへの請求書で行われる。何かを買えば証文に名前とファミリアのエンブレムを書き店員に渡す。その店員が地上に帰った時に証文を持ってファミリアに金額を請求する。買い取りの場合は逆だ。
「ボールス、彼の治療費はロキ・ファミリアが負担するよ」
「まあ、払ってくれるなら誰でもいいがよ」
そう言ってフィンは素早く証文に名前と
「何から何まですみませんフィンさん」
「これくらいどうってことないさ。さて、で君の話を聞かせてくれるかい?」
「あ、やっぱりそうなります?」
出会った当初、ロキ・ファミリアのホームである黄昏の館に連行されるかのように連れて行かれた時と同じく、ティオナとティオネに両腕を掴まれたアゼルに逃げ場などなかった。
■■■■
ボールスさんの店から装備を取ってきて、フィンさん達が泊まっている宿の一室へと連れて行かれた。世話をしてもらった手前嘘は吐けない。
「し、信じられませんッ!」
「まあまあ」
「だ、だってレベル1で階層主を! しかも一人でだなんて無理です!」
「本当ですよ、証拠はありませんが」
「やっぱり嘘です!」
ゴライアスを単独撃破したことを告げるとまず反応したのは意外にもレフィーヤさんだった。
「だ、だってそんなことアイズさんですら」
「ああ、そういうことですか」
自分の憧れであるアイズ・ヴァレンシュタインにもできなかったことを私がやってのけたのが気に入らないのだろう。
「まあ、それはアイズさんが私より頭が良い証拠じゃないでしょうか」
「自分でも頭おかしいって自覚はあるのね」
言葉に棘があるティオネさんは通常運転だ。
「ねえねえっ、どうやって倒したの? ズドーンって感じ?」
「いえ、むしろズバーンって感じでした」
「ほえ~。あ、これが新しい刀?」
「ええ、素晴らしい一振りで少しはしゃぎ過ぎました」
「はしゃいだ、じゃ済まないと思うよ」
最後にやれやれと呆れながらフィンさんがつっこむ。私の話はゴライアスを倒したというだけなので終わった。
「で、この後はどうするんだい?」
「帰りますよ。まあ、もう少し休んでからになりそうですが」
そう言って握りこぶしをフィンさんに見せる。どれほど力を入れようとしても入らず、ぷるぷると震えるだけだ。
「どうにも身体の調子がおかしいんですよね」
「はあ……送っていくよ。でも、ここに一泊するから帰るのは明日だ」
「本当にありがとうございます。早いところ帰って主神を安心させないと後が怖いので」
どれだけ泣かれるか、という怖さだ。ヘスティア様の涙は苦手だ。自分のために誰かが涙を流すということが今までなかったからだと思っている。
「え、なに。アゼルも泊まってくの?」
「ええ、お世話になります」
「じゃあ、これから水浴びしにいくから一緒に行こ!」
「……私男ですよ?」
「別に気にしない気にしない!」
「気にしますっ!」
必死の形相でレフィーヤさんが私の同行を阻止しようとする。アマゾネスという種族は総じて恥じらいがないと聞いていたが本当だったようだ。ベルに教えておこう。
「お誘いは嬉しいのですが、私は傷もありますから遠慮します」
「そっかぁ」
残念そうにするティオナと安心しきったレフィーヤさんという対象的な二人を見て少し笑ってしまった。ティオネさんは始終無関心だった。別に私がいてもいなくても変わらないということだろう。
「じゃ、行ってくるね」
「気を付けるんだよ」
タオルやら荷物を用意して出て行くティオネ達を見送った。部屋の中には私とフィンさんだけになった。まあ、ティオナとティオネさんに限って襲われることなどないだろう。道を歩けば【大切断】という物騒な名前で恐れられるティオナですし。
「まあ、なんとなく分かってはいたけど。とんでもないことをしてくれたね」
「分かっていたんですか」と尋ねると「僕の勘はよく当たるんだ」と答えられた。
「一つ聞いていいかな?」
「ええ、どうぞと言いたい所なのですが、一つ質問いいでしょうか?」
「なんだい?」
「なんでここまで良くしてくれるんですか? 違うファミリアである私に」
その質問にフィンさんは顎を撫でて答えに悩んでいた。
「目の前に困っている人がいたら助ける、っていうのもあるが。ロキは君のことを気に入ったみたいでね。まあ、要するに恩を売っておけば後々快く
「後半は聞かなかった事にしますね。でも、この御恩はいつか絶対返します」
「はは、振られたってロキに伝えるのは僕なんだけどなあ」
頬を掻きながらフィンさんはぎこちなく笑った。そして、彼が私にしたかった質問を投げかけてきた。
「君は強くなるために、いや、自分の欲を満たすために色々無茶をしているけど。自分がしていることが間違っている、そう思ったことはないのかい? 自分がしたことで周りとの関係が壊れるとは? その結果誰かが傷つくことは?」
フィンさんの表情は真面目そのものだった。目は私を捉え私の表情の裏にある感情でも読み取ろうとしているように見えた。
「間違っている、ですか……まあ、そうですね」
私は果たして間違っているのか。間違っていたとしたら、正解はなんだったのか。そう思ったことはないわけではない。
しかし、既にその問題への解答を私は得ている。優しく、ホトトギスの柄を撫でる。
「フィンさん、私はね間違っていてもいいんです。自分が本当にしたいことを、心の底から望んだことをするのに間違っているかどうかなんていうのは無意味な問答ですよ」
相も変わらずフィンさんは返事もせず私をじっと見つめる。
「その結果誰かが傷付いても、誰かが私から離れていっても私は止まらない。そう心に誓ったんですから。だから、私は誰かが吐いた怨嗟も流した涙も糧とすることにしました」
誰も傷つけたくないのなら、誰も近付けなければいい。誰にも涙を流してほしくないなら、誰よりも強くなればいい。孤高にして孤独、絶対にして最強。このオラリオを見下ろすあの男のように。たった一人の
「…………そうか」
長い沈黙の後フィンさんはそう呟いた。私の答えを聞き目を閉じて何かを考えるような仕草をした。
「君は少し僕に似ているね」
「私がですか?」
「ああ、冒険者である前に君は剣士だ。そして、僕は
フィンさんは両手を握りしめていた。そこには上級冒険者フィン・ディムナではない、違うフィンさんの表情が伺えた。
その後お礼を言われ会話は終わった。結局フィンさんが何を聞きたかったのかは始終分からなかったが、別に気にもならなかった。
しかしティオナ達が帰ってくる前に
「いい小人族の女性がいたら紹介してくれないか」
と頼まれたのには驚いた。一瞬ティオネさんに告げ口したほうがいいのかとも考えたがフィンさんのためにやめておいた。小人族の知り合いはいないので、見つけたら紹介しますとだけ言っておいた。
■■■■
「じゃあね!」
「本当にありがとうございました」
「いいっていいって!」
「なんでアンタがそんな偉そうにしてんのよ」
フィンさん達と出会った次の日の昼過ぎ、私は地上へと戻っていた。
上級冒険者であるティオナやフィンさんが一緒にいるおかげでリヴィラから地上までの道のりは快適だった。私は本当にもしもの時のためにレフィーヤさんの傍で待機していたので、何もせずに地上までたどり着いた。
「じゃあ、楽しみに待っているよ」
「何をですかフィンさん?」
「まあ、色々とだよ」
笑いながらフィンさんは何も答えてはくれなかった。レフィーヤさんは律儀にお辞儀をし、ティオネさんはフィンさんの腕にひっつき、ティオナは度々こちらに振り向きながら手を振って去っていった。
ゴライアス戦から三日が経った。その内一日はずっと寝ていたにも関わらず、体調は未だ万全には程遠い。昨日よりは良いが、一人でダンジョンに行ったら苦労しそうなくらいだ。
バベルの広場に出て行き交う人々を眺める。笑い合いながら店へと入っていく恋人たち、肩を叩きながら冗談を言う男達、世間話に花を咲かせる女達。それは日常だ。誰もが当たり前に過ごし、誰もが大切にしている日常だ。
しかし今、私には酷く物足りないものに思えた。肌に突き刺さるような敵意も、命を失ってしまうような危険もない。日常に剣は必要ない。
「ああ、これは重症だ」
ゆっくりと歩きながら胸を押さえる。胸が高鳴らないのだ、腕が疼かないのだ。早く、早く戦場へと身を投じたい。
「もどかしい」
こんな傷など負っていなければすぐにでもダンジョンに行きたい。【ステイタス】の更新が必要なければダンジョンに篭もりっきりでいられるのに。
背中に刻まれた神と眷属の証。すべてを斬り裂くという私の望みに必要なもの。それはつまり、それを刻む神であるヘスティア様も私は必要としている。必要としているのに蔑ろにしてしまっている。傷付けてしまっている。
私が斬れば斬るほど、戦えば戦うほど、彼女は私の心配をする。彼女の涙を思い出し、心が締め付けられた。私の中の何かが軋んだ。
「はっ」
笑ってしまう。自分の欲しい道を見つけた。そのための覚悟も決めた。なのにこの様はなんだ。心を鉄にしろ。迷うな、突き進め、そうすることでしか掴めない、望めない場所を目指すのだから。
「ごめんなさい」
これから傷付けるであろうすべての存在へ、諦念を胸に私はその一言をひねり出した。太陽で照らされた明るい街で、私の影は濃くなった。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。
ちょっとロキ・ファミリアと仲良くしすぎかなと思いつつ、理由があればいいかと思って書いてました。
後三話くらいで二巻は終わりそうです。まあ、二巻の内容でこの後アゼルが関わってくるところはそこまでないので、日常話がちょっと続きそうですね。
レフィーヤ達は知らない、アイズもアゼルに負けず劣らずであるということを。