剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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剣士危機一髪

「大丈夫?」

「大丈夫ですッ!」

 

 冒険者達がまだ各々の拠点で探索の準備をしているような早朝。アイズは市壁上でベルの訓練をしていた。

 

 ベルのプロテクターを返そうとアイズが思っていた矢先、アイズとベルはギルドで鉢合わせになった。毎度のこと逃げようとしたベルを、アイズはアゼルのアドバイスに従って第一級冒険者としての敏捷値で一瞬で先回りしてベルを見事捕まえることに成功した。

 その時にベルが自分は戦い方がまったくなっていないと言っていたので、アイズは自ら訓練をつけると申し出た。

 

 そして訓練を始めて三日目となり、アイズもベルの実力をほぼ把握してきていた。

 率直な感想として、他の【ステイタス】と比べて俊敏だけが抜きん出て高いということ。そして、何故か痛みに慣れているということ。

 

「じゃあ、次行くよ」

「はいッ!」

 

 アイズが一声かけるだけでベルはナイフを構えて姿勢を整えた。

 

(意識の切り替えができてる)

 

 目の前の少年は痛みで思考を止めるようなことがない。肉を切らせて骨を断つ、時には攻撃をくらうことも必要となるダンジョンでは痛みで思考を停止させるのは愚かなことだ。それは、度重なる戦闘によって養われるはずの技能だ。

 

「ふッ」

「ッ」

 

 ベルの反応できるぎりぎりの速度を維持しながらアイズは剣を走らせた。縦横無尽に、休むことなくベルの甘いところを突き崩していく。

 

(そしてなにより、目を閉じない)

 

 不思議なことに目の前の少年は早朝訓練初日から、一度足りともアイズの攻撃から目を逸らしたり、目を閉じたりしていない。どんな攻撃も見ていなければ避けることも防御することも難しくなる。その点を考えるとベルに資質はあるように思えた。

 ただバランスが悪いというべきか。ベルは攻撃から目を逸らすようなことはしなかったが、その攻撃の対処がぞんざいだった。避けるにも必要以上に大きく避けるし、防御なんて仕方が分からないというくらいに雑だった。

 

「わッ、とッ」

 

 今はなんとか相手の攻撃に対して真正面からナイフで防ぐのではなく、なるべく相手の攻撃の方向を見切って攻撃を逸らすようにして防御することに慣れ始めている。

 その最終形態がアイズとアゼルの手合わせの時にアイズがやってみせた、剣をいなすということだ。流れるように、まるで相手から剣を逸らしたかのように思えるほど自然に剣閃を逸らす絶技である。

 

 アイズが徐々に攻撃速度を上げていく。ベルは緩やかに速くなっていく剣戟に気付くことなく、そのすべてを防いでいく。目を見張る成長速度にアイズは舌を巻いた。

 以前から冒険者としての実力、つまり【ステイタス】が異常に早く上がっているとは予想していたが、戦闘技術もまるで砂が水を吸うように上達していっている。伸び代があるからと言えなくもないが、それでも驚異的な速度だった。それも、戦闘という非日常にベルが慣れているからだろうとアイズは思った。

 

 ベルは戦い慣れてはいないが、戦いに身をおくことには慣れていた。敵の攻撃からは目を逸らさず、吹き飛ばされたらすかさず立ち上がる。すべてが昔、アゼルに訓練という名のチャンバラに付き合ってもらったおかげであった。

 

「シッ!」

「ぐえッ!」

 

 必死に自分の剣を防いでいるベルに対して、剣ではなく回し蹴りを放つと脇腹に突き刺さり蹴り飛ばされる。やはり、改善すべき点はここだろう。

 

「君は素直すぎるね」

「うぅ……そうでしょうか」

「悪いことじゃないよ。言ったことはちゃんとできているのは、君が素直だから」

 

 蹴り飛ばされた脇腹を擦りながら立ち上がったベルにアイズは近付く。その処女雪を思わせるような白い髪の毛と血のように赤い目がやはりどこか兎を思わせる。

 

「あ、あの。一つ聞いていいですか?」

「うん、いいよ」

 

 ベルは少し俯きながらその質問を投げかけた。

 

「アイズさんは、アゼルと戦ったことがあるんですよね?」

「うん、一度だけだけど」

「僕は……アゼルと比べてどのくらい強いのか、聞いてみたいというか」

 

 アイズはその質問に対する答えを瞬時に出していた。現状のベルではアゼルの足元にも及ばないだろうという答えだ。

 確かに、ベルは驚異的な速度で成長している。しかし、それはアゼルも同じことである。否、度合いが違うと言うべきかもしれない。単身で中層を歩きまわり、アイズ自身が築いたランクアップ世界記録(レコード)を大きく塗り替え、公表されてはいないがLv.1で階層主ゴライアスを単独撃破すら達成してしまった。

 

 それは異常の一言だ。単独での階層主撃破は達成したアイズだからこそ分かる。階層主という桁違いの強さのモンスターに一人で挑むというのは狂気の沙汰だ。しかも、アゼルはそれを本当に一人でやったのだ。アイズにはリヴェリアという信頼している仲間が心の支えになっていた。

 

「君はアゼルに比べれば弱い」

「です、よね」

「でも」

 

 しかし、その異常性が分かるからこそアイズはその強さを否定する。例え、それが自分の一部を否定することになっても。それが間違っていると彼女自身が思っているのだから。それでも力を望むことを止められない自分がいることも自覚しながら。

 それは敵を倒すという、本当にそれだけの強さでしかない。それは冒険者になりたてのアイズが求めていたものだ。しかし、今のアイズは仲間に囲まれ、愛され、守られて、自分が誰かに大切にされていることを知っている。彼女はかけがえのない家族を得た。

 自分が傷付けば誰かが泣く。自分が無事だと誰かが喜ぶ。それは、絶対に強さだけを求めた先にはないものだった。

 

「でも、君はまだまだ強くなる。ううん、今この瞬間も強くなってる。びっくりするくらいの早さで」

 

 それは、慰めにしかならないかもしれない。それでも、アイズはアゼルよりベルの強さに惹かれていた。その想いが伝わればいいと思った。

 

「だから、他の人のことは気にしないで。今は、ただ強くなることを考えて」

「僕は、追いつけるでしょうか」

「絶対に。きっと、すぐだよ」

 

 だからその歩みを止めないでとアイズは願った。気が付けばその走る姿を目で追ってしまっていた。その先に、自分の求めている答えがあるように思えた。

 

「よしッ!!!」

 

 ベルは立ち上がり自分の頬を力強く叩いて気合いを入れた。自分の好意を寄せる女性から激励されやる気の出ない男はいない。

 

「もう一回お願いしますッ!」

「うん」

 

 ベルは頬を少し赤くして笑った。

 

 アイズは思った、この少年の深紅(ルベライト)の瞳は陽だまりの中でこそ輝くと。そこに今は自分が共に立っている。その事がなんだか嬉しかった。

 

 

■■■■

 

 

「ぐッ、はあはあッ」

 

 脇腹からは血が滲み、身体を徐々に毒が侵していくのが分かった。力の入らない身体を動かし辺りを見渡す。ダンジョン20階層の一角はモンスターの死体だらけだった。

 

「これは、ちょっと……」

 

 熊型のモンスター『バグベアー』は頭を失った死体になっていた。硬い殻で全身を覆った『マッドビートル』は真っ二つに斬られ地面に横たわっている。空中を飛び回り金属製の弾丸を打ち出す蜻蛉のモンスター『ガン・リベラル』は羽を斬り裂かれ頭を突き刺され転がっていた。全長二M(メドル)を越える巨大な猪『バトルボア』はすれ違いざまに首を斬られ勢いのまま壁に激突して死んだ。

 

「モンスターになっても群れをなすとは」

 

 数々の死体の上を飛び交う巨大な蜂『デッドリー・ホーネット』を眺めて溜息を吐く。他のモンスターは倒せば倒すほど数が減っていったが、『デッドリー・ホーネット』だけは倒せば倒すほど仲間を呼び増えていった。

 最終的に危険になると仲間を呼ぶと判断し、倒すのを後回しにした結果大群となってしまった。

 

「ちょっとは休ませてくださいよ」

 

 一番槍とばかりに大群の中から一匹がその腹部の先端に生えた毒針を突き出しながら飛んで来る。その個体に続き大群の一部が動き出し、まるで壁のように私に迫ってくる。

 

「はぁ……」

 

 毒で動かすのも億劫になった身体を脱力させるために深呼吸をする。納刀したホトトギスの柄に手を掛け、刃を走らせる準備をする。

 

 刀を用いた戦い方に抜刀術、もしくは居合術というものがある。納刀からの神速の一刀で相手を斬るか攻撃を受け流し、二の太刀で確実に殺めるという技術だ。

 もちろん、これは刀特有の技術であり、今まで剣しか扱ってこなかった私は知らなかったものだ。知ったのは鈴音に会ってからだ。鈴音は刀での斬り合いより抜刀術の方が得意とは言っていたが、それでも彼女の本業は刀鍛冶であり抜刀術は脚色しても「神速」とまでは言えなかった。

 

 なので、私のこれは結局未熟な技以下、見様見真似でしかない。しかし、原理が分かり、その目的が斬ることであるのなら。

 

「私にできない道理はない」

 

 身体から無駄な力を抜き、腰を少し下ろしながら構える。右足を少し前、左足を少し後ろに動かし、僅かに身体を捻らせる。雑念を取り払うように目の前に迫り来る『デッドリー・ホーネット』だけを見る。

 

 先程までうるさかった蜂の羽音が世界から消える。攻撃してくる『デッドリー・ホーネット』の後ろに控える次の群れの姿が視界から消える。流れる時が細分化されまるでゆっくり流れるかのように世界が遅くなる。

 そして私は静かに狙いを定めた。

 

 何故抜刀術の際納刀状態から一刀目を放つのか。鞘から抜くのだから遅くなるのではないかと思われがちだが、結果は逆である。刃は抜かれる時に鞘に押さえられるが、押さえられた分抜かれた時に跳ね返るようにして速度を増す。でこぴんと同じ原理である。

 

 全神経を刀を抜き放つ右手に集中させる。もし、ここで失敗すれば迫り来る毒針に刺され、文字通りの蜂の巣にされるだろう。しかし、不思議と心は波一つない水面のように落ち着いていた。身体は毒に侵され万全には程遠かったが、万全でないのは常である。

 

「ッ!」

 

 先頭にいた一匹の毒針を避けながら一刀目を抜き放った。高速の鞘走りで高い鈴のような音が短く響き、『デッドリー・ホーネット』は音もなく魔石ごと切断され灰へと還った。

 最速の一撃で先頭の一匹とその後続を一匹、計二匹を殺し次々と迫ってくる巨大蜂達の毒針を掻い潜りながら斬り刻んでいく。しかし、いかんせん敵の数が多すぎる。

 

「休憩ッ、させてください、よッ!」

 

 何匹倒しても、まるで数が減っているように感じられない。斬り刻んでもそのすぐ後ろから毒針で私を刺し殺そうと飛んで来る蜂がやってくるばかりである。

 【未来視(フトゥルム)】を駆使してもすべての攻撃を避けることが不可能なほど間髪入れずに攻撃され、掠った程度でも毒は確実に身体の中に入り体力を削っている。

 

「これは、本当にまずいかもしれないですね……」

 

 当然ながら解毒薬は持っている。持ってはいるが、止むことのない毒針攻撃に晒されながらでは飲むことが不可能である。

 しかし、私はそんな危機的状況を望んでここに来たのだ。

 

(答えてください、ホトトギス)

 

 攻撃を避け刀を振るう。一瞬足りとも動きを止めることなく、縦横無尽に駆けながら致命傷だけは負わずに戦い続ける。そう、私は知りたいのだ。結局寝てもホトトギスは夢に出てきてはくれなかった。

 ならば、もう試すのは危機的状況に陥るくらいだ。自分の力の探求のために自分を危険にさらすことはどこか間違っているようにも思えた。しかし、私にはそれだけの価値があると思えた。

 

 私は、この命を掛けてでもあの力がなんだったのか知り、使いこなしたい。

 

 あの斬撃を放った時の感覚をもう一度味わいたいと願った。あの斬撃を放った後の景色をもう一度眺めたいと願った。

 そう、願ったのならば、命を掛けるくらいはしなければならないだろう。

 

「どうすればいいッ」

 

 しかし、答えは返ってはこない。いくら敵を斬り殺してもホトトギスはただ濁ることのない妖しい刀身を煌めかせるだけだ。

 

「これでも足りないと言うのですか」

 

 端的に言って今の状況は最悪である。敵の正確な数も分からない上長い間一箇所に留まって戦闘をしていると他のモンスターもじきにやってくる。毒の侵蝕も進み、身体はより一層言うことを聞かなくなってきている。今自分が20階層のどの辺りにいるか正確な位置が分からないので退くことは愚策としか思えない。

 

 私が剣と一番真っ直ぐ向き合えるのは戦っている時である。それが危機的状況であればあるほど、日々の鍛錬がものを言う。身体に刻み込まれた剣術の数々が、私という存在を剣に教える。考える余裕がないからこそ裏表などなく、純粋な私の力量が発揮される。

 それでも、ホトトギスは答えない。

 

 本来戦闘中はできるだけ感情の揺らぎを抑えるべきである。戦闘とはそれだけ繊細で、少しの変化で予想と違った結果を叩き出す。故に感情の起伏も抑えるのが定石だ。

 しかし、この時ばかりは私の心は沈んだ。見えない相手への、理不尽な失望とでも言えばいいのか。私は自分勝手にも期待をしてしまっていた。

 だからだろう、真後ろから私を貫かんと飛来してきていた『デッドリー・ホーネット』の攻撃に気付くのが一瞬遅れたのは。

 

「あ……」

 

 振り向いて切り伏せる時間はない。私にできることはその刺突を必死に避けることだけだった。しかし、気付くのが一瞬遅かったので急所は免れたが毒針を受けてしまった。

 相当な速度で飛来していたのだろう、その勢いのまま私は吹き飛ばされた。モンスターの包囲網から抜けられたのは幸いだった。あのまま吹き飛ばされていなければ周りの『デッドリー・ホーネット』にも滅多刺しにされていただろう。

 

「ぐッ……!」

 

 急いで立ち上がろうとするが、毒針をまともに受けたことで一気に毒が身体を巡った。地面に手をついて身体を起こそうにも、腕が震えるだけで力が入らない。

 しかし、モンスターに私の都合など関係ない。僅かに動かせる頭を動かし私を殺さんと迫ってくる数多の毒針を眺めた。

 

「こん、なところで」

 

 死ぬわけにはいかない。いや、死にたくない。まだまだやりたいことがあるのだ。斬らねばいけないものがあるのだ。越えなければいけない男がいるのだ。

 

――死にたくない

 

『死なせはしない』

「どりゃあああ!」

 

 ホトトギスを握る手から伝って何かが流れ込んでくる。

 聞きたかったその声と眼前の『デッドリー・ホーネット』を蹴り飛ばした何者かの声が聞こえたのは同時だった。

 

「大丈夫ですかって、アゼル!?」

「ティ、オナ?」

 

 蹴り飛ばしたついでとばかりに大双刃を振り回して周りにいた『デッドリー・ホーネット』を一掃したのは褐色の女性、ロキ・ファミリア所属の第一級冒険者ティオナ・ヒリュテだった。

 

「怪我してる! ちょっと待っててね、すぐ終わらせるから」

 

 先程受けた毒針の傷を見て驚いた彼女は一転して怒気を孕んだ声を発してものすごい勢いで『デッドリー・ホーネット』の群れへと突貫していった。

 

「アンタも無茶するわねー」

「ティオネさん」

 

 知っている人物を見たからか、安堵した私の身体は疲労と毒で動かなくなった。視界の外から話しかけられ、声でその人物がティオナの双子の姉であるティオネさんだと理解する。

 

「まったく、あんなに張り切っちゃって……我が妹ながら分かりやすいわね」

「……ティオネさんも大概です、けどねッ。いつッ」

「あっそ」

 

 ティオネさんは地面に倒れている私の横まで来て、モンスターを残滅するティオナを眺めていた。たぶん万一のことを考えて私の傍にいるのだろう。

 

「あの……助けて貰った私が言うのもあれなんですが……治療とか」

「あの子が帰ってくるまで我慢しなさい」

「ええ……」

「今日は私の勝ちだったから、あの子機嫌悪いの。アンタの治療すれば機嫌も良くなるでしょ?」

「でしょって、私に言われても」

 

 結局私が治療を受けたのはティオナがモンスターを倒しきった数分後のことだった。ホトトギスから流れ込んできた何かは、いつの間にか感じられなくなっていた。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。

抜刀術辺りは調べましたが、殆ど妄想で書いている部分が大きいです。これ間違ってるよなど指摘があったら指摘してください。

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