剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
そもそも、冒険者とは何なのか。それを語るにはまず、神について語る必要がある。
神という
千年前、神々は天界に飽き、下界へと娯楽を求めて降りてきた。そこで、見つけたのが私達、彼らの言う『子供達』、だった。
私達と同じ立場に立ち、同じように生活することに彼らは意味を見出した。完璧な存在であるが故に、私達という不完全な存在に惹かれた。
それから、神々は下界で生活するために【
神の与えた『恩恵』、それは子供達の可能性を無限に伸ばす、まさに神の業。その個人が経験した事を【
子供達の背中に刻まれた【ステイタス】と言われる【
その恩恵を使い、子供達は様々な冒険をする。時には強大な敵を討ち滅ぼす。時には金銀財宝を掘り当てる。時には世紀の大発明を、神すら感嘆する神秘を秘めた武器を打つ。神々は、そんな永遠に止まることのない私達を愛してくれた。
■■■■
圧倒。それが私の感想であった。
オラリオの最北端、メインストリートから一つ外れたところにその建物はあった。敷地が狭いにも関わらず大きさはかなりのもので、その建造物は先の尖った高層の塔が何本に生え、お互いを補完しあってできていた。至る所にロキ・ファミリアのエンブレムである笑みを浮かべた
あの後、ロキ・ファミリアの他の仲間を待つためにダンジョンから一旦出て待つこととなった。その時銀髪の狼人、ベートという名前だった、が私に突っかかってこないようにティオナが抑えていてくれたので、なんとか荒事にならず済んだ。
その間私はロキ・ファミリアの団長であるフィン・ディムナと話をした。なんと、この人少年ではなく、
待つこと数分、ダンジョンからは続々とロキ・ファミリアの面々が帰ってきた。そうして、全員が集まると私を連行するかのごとくティオナとティオネさんが両側から私を逃げないように腕を掴み、ロキ・ファミリアのホーム、黄昏の館までやってきた。
「まあ大体のことは分かったが」
通されたのは応接間だった。
橙色を基調とした家具で揃えられ、ソファと丸テーブルが幾つか設置された部屋だ。応接間という言葉から連想される堅苦しさなどなく、ファミリアのメンバーが団欒をする場のように感じられた。
「アイズ、本当になんとも思っていないのか?」
「うん」
目の前に座っているのはエルフの女性、細かく言うとハイエルフらしいが、私にはなんの違いだか分からない。名前はリヴェリア・リヨス・アールヴ。翡翠色の髪に白を基調とした魔術装束。凛とした雰囲気を醸し出す、美しい女性だ。
そして、その横に座っているのがアイズ・ヴァレンシュタイン。聞く所によると【剣姫】と呼ばれ、オラリオで最強の女性剣士らしい。それは、強いはずだ。
「私は許せません! 行き成り斬りかかるなんて! この人のファミリアに損害賠償を要求するべきです!」
「損害も何も……壊れたのはベートのブーツだけだからねえ」
「うるせえッ!」
ティオナの率直な意見に怒るベートさん。
「それに、アイズ本人が気にしていないと言っているんだし。もう、とやかく言うことじゃないよ」
ちなみに、私に食って掛かってきたのはレフィーヤ・ウィリディスというエルフの少女だ。山吹色の髪を後ろで束ねている。これまた、綺麗な人だ。エルフは美男美女しかいないのだろう。
「で、でもッ」
「レフィーヤ。もう、いいから」
「ううぅう……アイズさんが言うなら」
アイズの一声で納得してはいないが引き下がってくれたレフィーヤさん。アイズさんにはいくら感謝しても足りないな。
「まあ、それでティオネが彼の武器を壊してしまったから新しい武器を与えようと、ここまで連れてきたわけだが。何か希望はあるかい?」
もうここから一刻も早く帰りたい私にとってフィン・ディムナという人は救いだった。ぐいぐいと話を進めてくれる。
「希望、という程のものは。しかし、それほど高価なものでなく、ある程度強度のある剣であればなんでも、と言った感じです」
「分かった。ラウル、倉庫の方から何本か見繕ってきてくれ」
「了解っす」
ラウルと呼ばれた青年はフィンの一言で応接間から出て、どこかへ消えていった。
「それで、ここからが本題なんだが」
「ええ?」
本題は武器じゃなかったのですか。そうですか、現実はそう甘くないですね。
「本当に、レベル1なんだね?」
「しつこいですねえ。私の背中を見ますか?」
「いや、いいよ。そこまで言うなら本当なんだろう」
本当なんだろう、と言いながらもその瞳は私の事を疑っていた。それほどまでに、レベル差を超えた私の斬撃を危険視しているということなのだろう。私は未だにレベルという物の本当の意味を分からずにいるので、何をそんなに危惧しているのか分からないが。
「ティオネのナイフを斬り払い、ベートのメタルブーツを斬る。しかも、それを折れた何の変哲もない剣でやってのけるというのは、どうにも信じがたいが」
「本当だよ、リヴェリア。僕は目の前でそれを見ていたんだ」
「そこまで、不思議なものなのですか?」
それは、ほんの少しの疑問だった。この広いオラリオを探せば、同じことをできる人間は、いなくもないかもしれない。すべての駆け出し冒険者が、まるっきりの駆け出しではないだろう。
「端的に言って、ありえないな。私達の装備は、かなり高価で金額に見合った性能の物だ。ベートのブーツも一級品と言っても過言ではない。それをただの剣で斬る? 正直、フィンの言葉がなければ信じられない話だ」
信じられない、信じられないと何度も言われるとまるで自分がインチキをしていると言われているように感じてやまない。だからだろう、少し説明したくなったのは。
「あれは、ただの剣ですが。何も、ブーツを斬ったのは、いえ、それ以外もすべてですが。斬ったのは剣ではありませんよ」
全員が頭の上に疑問符を浮かべる。これは、きっと老師との修練によってでき上がった思想。そして、私の【ステイタス】を見た時できた確信。
「斬ったのは、私です。剣という概念を内包した、私自身が斬る」
「……訳が分からん」
頭のいいはずのエルフにすら理解不能な言葉。私はアイズさんに目を向ける。彼女なら分かるだろうか。少しの期待を込めて、彼女の目を見る。
「?」
しかし、結果は他の人と同じ。やはり、この【
自分にとっては、本当に簡単な事実だというのに。
「剣を内包した自分、なあ」
「ロキ!」
横から突然声を掛けられ、そちらを向くと糸目の人物が座っていた。髪は淡い赤。まるで、この館のような色。
いや、人ではない。その身から発するオーラとでも言うべき物が、人間でないと教えてくれる。つまり、下界に降りてきた超越存在、神。
「なかなかかっこええ事言うなあ、アンタ」
「それは、どうも?」
「剣を内包するっつーのは、つまりそういうスキル言うことやないん?」
「ッ」
まさか、一発で看破されるとは。神とはやはり、私達人間より遥かに知識に明るい。
「仰るとおりです。流石は神。なんでもお見通しということですね」
「そか? アンタの言い方もなかなかいいセンスしとるで。にしても、そんなスキルがあるなんてなあ。うちのアイズたんも剣を握ってかなり経つし、腕も立つけど」
「アイズさんには似通った雰囲気を感じていますが。どうやら、何かが根本的に違うみたいですね」
そもそもスキルとは個人の【経験値】によって発現するもの。その中のレアスキルと言った珍しい物は大抵固有なものだ。
「にしても、スキルをそうほいほい他人に教えたらあかんで? アンタんとこの主神はそんなことも教えとらんのか」
「言っていた……ような? 私の主神は、もう一人の眷属にご執心な様子ですから」
「子供を贔屓するなんて、なってない神やな! どこのどいつや?」
「ヘスティア、という方です」
「なんやて!?」
その名前を告げると、ロキ様は行き成り立ち上がり私の肩を掴んだ。
「アンタ、名前は?」
「あ、アゼルです」
糸目は今は開かれ、何か必死さすら感じられる。
「アゼル、うちの眷属にならん?」
「はあ……って、え?」
「あいつを見返すチャンスなんや! 頼む! この通り!」
私の肩を放さずにロキ様は頭を下げた。何がそこまで貴方を必死にさせるんですか? 神が子供に頭を下げるなんて。
「い、いえ。お心は嬉しいですが、あそこには友人もいるので」
「クソーッ!」
どうやら、ロキ様とヘスティア様には並々ならぬ因縁があるようだ。一つ言い忘れていた。私のファミリアの主神ヘスティアは子供のような背丈だが、胸だけ発達している。そして、目の前にいるロキという神は……見事な絶壁である。
「すみません。一応ヘスティア様にも住まいを提供してもらっている恩があるので」
あのボロ教会の隠し部屋を住まいと言っていいのかは別として、彼女なしでは雨風を凌ぐ場所がないのは事実だ。
「まあ、期待はしてへんかったけど」
「それは、よかった。本気だったら流石に断るのは骨が折れそうですから」
大手のファミリアに団員が引き抜かれることが良く起こることかは知らないが、それこそ武力でもって奪うことになったら、弱小のヘスティア・ファミリアではどうやったって対抗できない。
「お待たせしましたっす」
そうこうしているうちに、ラウルと呼ばれた青年は何本かの剣を持って帰ってきた。
「ええと、それほど高価ではなく、適等に硬い物っていう要望だったので。まあ、何本か持ってきました」
「ありがとうラウル。で、アゼル君、どれがいい?」
「そうですね」
ラウルさんが持ってきたのは四本の剣。
一際大きいのがクレイモアと呼ばれる、一
次に目立つのは片刃の少し反った刀身と、その刀身に描かれた特徴的な模様を持った剣。
「これは、なんですか?」
それを一度持って、刃を光を反射するように掲げる。より一層模様が浮かび上がり、芸術品のようにも見える。
「ああ、それは東から伝わってきた打刀という種類の剣だよ。斬ることに特化した剣だ」
「ふーむ」
しかし、刀身が薄くすぐ折れてしまいそうである。このオラリオでは様々な鉱物が取れ、薄いから折れやすいとは一概に言えないが。使っている私の気分の問題もある。
刀より湾曲した片刃の剣はサーベル。持ち手に手を守るための護拳があるのが特徴だ。片手で扱い、他の剣ではむき出しの手を守ることのできる剣だ。
そして、最後にショートソード。片手で扱う剣で、盾と一緒に持てる防御という面においても優秀な剣だ。なによりも、その軽さや短さがとても扱いやすいのも特徴だろう。
「では、これで」
そう言って私が掴んだのはショートソードだ。片刃の剣を使ったことがないので、自然と両刃のショートソードに落ち着いてしまう。いつか、色々な刀剣類を試してみたいものだが、現状金の問題がある。
「こんな高そうなものを頂いておいてあれなんですが。一つお願いしていいですか?」
「そこまで高くはないんだが。なんだい?」
「できれば、貰う前に使い心地の確認をしたいというか。できれば実際に刃を交える形で」
武器に携わる冒険者なら分かるであろう。自分の半身と言ってもいい、命を預ける装備に妥協する奴は二流の冒険者だ。私は冒険者としては駆け出しだが、剣を振るうものとして剣の種類は選ばないが剣は選ぶ。
「うーん」
フィンは悩むように首を傾げた。幼い容姿と相まって、なんだか本当に少年のようだ。
「私が」
「え?」
それは誰が予想できただろうか。
無口で表情の乏しいアイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオ最強の女剣士が、自ら言い出すなんて。
「相手、する」
「いいんですか?」
これはなんという棚から牡丹餅。つい先程自分に突然斬りかかってきた相手の試し斬りに付き合ってくれるとは、アイズさんは優しいというか抜けているというか。
もしかしたら、私と同じく、私に何かを感じたのかもしれない。
「おいおいアイズ。こんな雑魚の相手なんてすんな」
「ベート。お前はその雑魚と呼んだ相手に武器を一つダメにされているのだが」
「あ、あれは油断しただけだ!」
リヴェリアの指摘に動揺しながら言い返すベート。しかし、あれは彼から仕掛けた攻撃であり、言い訳であることなど分かりきっている。
「私が、やりたいの」
「そこまで言うなら、すればええやん」
ロキ様は気軽にそんなことを言った。主神の許可も得たことで、ベートも他のメンバーも反対する者はいなくなった。
もしかしたら、それは自分のスキルを少しだけ話した私への褒美だったのかもしれない。珍しいスキルであるらしいし。
「あ、そうだアイズさん。できれば、そのサーベルを使っていただくと助かります」
「これ?」
そう言って、私はラウルさんが持ってきたサーベルを彼女に差し出した。
「はい。先ほどのデスペレートでは、斬ってしまった時に弁償なんてことになったら、私では一生かかっても返せなさそうですから」
「はっ、馬鹿が。
「たぶん、今なら斬れると思うんですよね」
あの時、斬れなかったのは私が
「分かった」
素直に私の言葉を聞いたアイズさんはサーベルを受け取り、私を導くように歩き出した。
「おもろい事になってきたなあッ! うちはこういうの大好きやで! あ、でもアイズたんに傷一つ付けたら許さんからな!」
そもそも相手になるか、というところが問題だ。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘などがあれば気軽に言ってください。
※2015/07/05 1:53 「切」を「斬」に修正
※2015/09/14 7:04 加筆修正