剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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永遠に燃え続ける想い

 それはまるで風のようだと思った。あるいは波、あるいは日差し、あるいは炎。誰の意志にも関係なくそこにあり続ける、自然そのもののように見えた。

 夢にまで出てきたその斬撃はやはり未だに全貌が見えない。

 

 いつものように夢の中でホトトギスに内包されていた記憶を追体験した後、私はタケミカヅチ様の夢を見た。そこは廃れた更地ではなく、青々と茂る草原を背景にし昨日見た一撃を繰り出しては巻き戻りを繰り返していた。

 別段速いわけでもないのに、動き出した瞬間にそれは霞んで姿を消す。掴んだと思った瞬間煙のようにするりと意識の外へと逃げている。

 

 しかし、一つだけ私は理解した。

 タケミカヅチ様の振るう剣技は、私の振るう剣技とは次元が違う。その純然たる事実、神と人という壁が私に重くのしかかった。

 

 片や剣の神、片や剣の鬼。どちらが優れているかなど火を見るより明らかで、手を伸ばすことさえおこがましく思える。しかし、ここで手を伸ばさずして私は私足り得ない。たかだか次元の違いだけで諦められるほど私は賢くない。

 才能だけで足りないのなら努力で補う。努力でも足りないのなら人であることも捨てよう。それでも届かないというのなら、この存在すべてを懸けよう。

 

 そうして振るわれる剣こそが私の望んだものなのだろう。

 

 

■■■■

 

 

 冒険者は命を懸けて冒険をする。

 剣士は命を懸けて剣を振るう。

 ならば、鍛冶師が命を懸けて鉄を打つのも当然と言えるだろう。

 

「本当にやるのね、鈴音?」

「はい」

 

 本来、ヘファイストス・ファミリアの鍛冶師はそれぞれが自由に鉄を打ち、武器や防具を作製する。しかし、何事にも例外というものは存在する。

 

「言っておくけど、レベル1の貴方じゃかなりきついわよ」

「分かってます」

「最悪、死ぬ可能性もあるわ。それでもやるのね?」

「命を懸ける、それだけの価値があります」

「……分かったわ。じゃあ、始めましょう」

 

 そう言い男装の麗人、ヘファイストス・ファミリアの主神兼社長である鍛冶神ヘファイストスは火の灯った炉に鈴音を連れて行った。

 その前に鉱物の塊が置いてある。ヘファイストス・ファミリアにおいて主神もしくは団長の監督下でのみ加工が許された鉱物だ。入手はかなり困難だが、協力者である椿から譲り受けた鈴音はそれをアゼルの新たな刀に使うことにした。

 その鉱物の名はエテルニウム。不変の名を冠する金属、永久(とわ)の石とも呼ばれる世界最高硬度を誇る鉱物で、加工するとその輝きは一生失われないという逸話もある希少な鉱物だ。深層に生息する、ダンジョンの壁を使い牙を研ぐモンスターの胃袋の中で凝縮されてできる物で、稀少なドロップ品だ。

 

 何故そのような稀少な鉱物を椿が鈴音に易易と譲ったのか。それはエテルニウムの性質にある。

 同じくダンジョンの壁からできたアダマンタイトより数段硬いエテルニウムは単に熱しても変形することができない。常識はずれの硬度を生み出している物質構造は生半可な火力では壊れないのだ。

 では、どのようにして加工するのかと言うと、答えは魔法だった。

 

 エテルニウムは魔力を通すと通常の金属と同じくらいの温度の炉で加工が可能になる。一度魔力を通したエテルニウムはその後永遠に形を残すかの如く、熱しても魔力を通しても変形しなくなる。つまり、加工できるのは一度切りだ。

 しかし、物質に魔力を通す魔法とはかなり限られている。冒険者が通常武器や身体に魔法を纏い戦うために使う付加魔法の使用でしかエテルニウムは加工できないという結論が出た。

 鍛冶師であり付加魔法を覚えている冒険者しか加工できないのが現状である。

 

 そして椿は鈴音に発現した魔法を知っている。

 

忍穂鈴音

Lv.1

力:G 257

耐久:G 224

器用:E 431

敏捷:E 408

魔力:F 376

《魔法》

【封魔結晶】

傀儡(くぐつ)

【烈火】

《スキル》

【傀儡師】

【恋する乙女】

 

 鈴音の持つ魔法の中で唯一攻撃性のある【烈火】は火属性の付加魔法だった。刃や身体に炎を纏いながらの戦闘をしたり斬撃を炎で伸ばしたり等の使い方ができる。

 この付加魔法はエテルニウムの加工に最も相性がよかった。炎という鍛冶を象徴するような属性、魔力を注げば注ぐほど上昇する温度、魔力が続く限り発揮する効果。エテルニウムの加工に必要な要素をすべて兼ね備えていた。

 

 しかし、問題は一つ。

 魔法を使うと精神力(マインド)が消費される。付加魔法は攻撃魔法や防御魔法に比べると消費する精神力はかなり少ない。しかし、それでも何時間も使い続けるためにある魔法ではない。作業がすべて終わるまで付加魔法を切らしてはいけない。微弱な魔力でも、流し続ければかなりの負担になる。

 精神がすり減り、限界を迎えると精神疲労(マインドダウン)を起こし気絶してしまう。気絶して事故を起こし鍛冶師が死亡する事例は今まで多くあった。しかし、もしその限界を超えてしまえば? 精神を限界まで削り、死の淵に立ちながらも槌を打ち下ろし続ける鍛冶師がいれば?

 精神は壊れるだろう。精神の宿った肉体は狂うだろう。

 

 武器以外の装飾品等であれば、不変もしくは永遠の名を冠するエテルニウムは女性へのプレゼント等として喜ばれる素材だ。作業も刀等の武器の鍛冶と比べれば安全だ。エテルニウムを武器にしようとした鍛冶師は今までに多くいた。しかし、その中で成功例は数えるほどしかいない。

 最早エテルニウムの加工ができる鍛冶師であれば、派生アビリティである鍛冶を用いてより優れた武器が作れる。

 

「本当に危なくなったら止めるわよ?」

「はい……でも、私は何回だってやります」

「……そう」

 

 本来であれば、鈴音も結晶を用いた独自の鍛冶技術で何かしら能力を持った刀を打つことが可能だ。しかし、今回はそれを用いないことが決まっていた。

 鈴音にとっても、アゼルにとってもホトトギスは唯一の刀だった。優れた能力を発揮していたというだけでなく、その思念は彼女等には特別だった。故に、もう他の思念を持った刀を打つ気が鈴音にはなく、振るう気がアゼルにはなかった。

 

 故に鈴音はその命を懸けて身の丈に合わない挑戦をすることにした。折れてしまったホトトギスが見せた壮絶な戦いの跡を鈴音は見た。本来宿ることしかない思念を取り込み怪異となったアゼルを鈴音は見た。

 アゼルの中でせめぎ合う二つの力を鈴音は感じた。ぶつかり合い、斬り裂き合い、傷付け合いながら人という器に収まりきらない魂が昇華していくその様は不安定そのものだ。いつアゼルという存在がホトトギスという力に飲み込まれるのか分からない。

 アゼルは常に自分の存在を賭けながら生きている。鈴音には魂など見えないが、アゼルに纏わりついていた黒い塊がアゼルにとって危険なものだということは分かっていた。

 

――なら私もこの命を懸けるよ

 

 追いつきたい背中に追いつくため、戦うアゼルの隣に立つために、本当に心の底からアゼルのことが好きだと言うために忍穂鈴音はすべてを捧げる。そうして初めてアゼルと対等になれると彼女は思った。

 だから彼女は唱える。

 

「【一途に燃ゆる(カグヅチ)】」

 

――この刃に込める想いが永遠であり続けるように

 

 

■■■■

 

 

「……ありえねえ」

「千草殿、私は夢でも見ているのでしょうか?」

「ううん、命は今日も朝ごはんをたくさん食べたから起きているはず」

 

 昨日に引き続きタケミカヅチ・ファミリアのホームへとやってきて稽古に励むアゼルを眺める団員達。その目には彼等の主神であるタケミカヅチ相手に完成した型を凄まじい速度で繰りだすアゼルが映っていた。

 昨日のアゼルは桜花と一つ一つの型をゆっくりと練習していたが、現在は繋ぎあわせ一つの演舞のように木刀を振るっている。

 

 桜花、命、千草が感じたのは次元違いの才能だった。昨日教えられたことを次の日にある程度の練度でやっているアゼルを見て、圧倒的差から嫉妬することさえできずにいた。

 実際のところアゼルは寝ている間に夢の中で覚えた型を完成に近付けるためにイメージを固めていた。追体験等を経験しているうちに夢の中でやったことも痛みと同じように身につくようになったのだ。

 それでも類稀な才能なくしてはできないことだが。

 

「俺らも稽古だ! 負けてられるか」

「は、はい!」

 

 差があるからと腐っていてはしょうがないと己を叱責しながら桜花は木刀を握り稽古を始めることにした。その後に命も続き、戸惑いながら千草も稽古を始めた。

 

「なかなかの出来だが、まだまだだ」

「流石に一日じゃこれくらいが限界ですよ」

「易易と限界という言葉を口にするな」

「はい」

 

 型の稽古を終えたアゼルはタケミカヅチによる修正点の洗い出しの時間に入っていた。教えなくとも次は自分の動きを見たアゼルはより型の精度を上げてくることは分かっていたが確認のためにもタケミカヅチは話し始めた。

 

「まだ力が抜ききれてない。剣の振り方が時々雑になっている」

「そうですかね……」

「戦闘ならいざ知らず、今は型の稽古をしている。実際に戦うことはあまり考えず流れを掴め」

「分かりました」

 

 試しに目の前で型の一つをやってみせたタケミカヅチの動きには一切の淀みはなく、流れる水のように滑らかに動き出しから残心まで繋がっていた。そこには長い年月の積み重ねが感じられた。

 

「あと足運びも戦闘を意識しすぎている。もっと地面を意識しろ。動きの基礎は足だ、足の運び方一つで剣筋はいくらでも変わる」

「しかしどんな体勢からでも攻撃できるほうが」

「基礎ができてからの応用だ。それに基本的に足を地につけている方が強い」

 

 実戦であればなんでもありだということは言うまでもない。しかし言うなれば実戦とは訓練の応用であり、訓練の時点でできないことは実戦でできるはずがない。稽古で繰り返し同じ動きをして身につけ、それを意識せずに実戦で使うことができて初めて技術として扱うことができる。

 

「お前は相手との距離の取り方や相手の意識を感じ取ることには長けているが、それを十全に活かすためには基礎を固める必要がある。特に剣と刀じゃ身体の動かし方がまったく違う」

「――痛感しています」

 

 苦々しい顔をしたアゼルはやはりホトトギスが折れたことは自分が原因であると自分を責めていた。丈夫だからということに頼って技術的な面を磨かなかったことは完全にアゼルの落ち度であり、もう少し刀を用いた戦闘について学んでいればまた別の結末があったのかもしれない。

 

「お前の剣は確かに正確で速いが少し攻撃的過ぎる。もっと刀を使うということを意識しろ。少し組手稽古で見本を見せよう」

 

 アゼルと出会って三日目となるが、この時タケミカヅチはアゼルが言葉で説明されるより実際にやって見せたり、技を受けさせたりする方が格段に覚えが良いことを見抜いていた。

 ()()一太刀が見えていたアゼルであれば大抵の剣技を見て理解することができるとタケミカヅチは確信を持っていた。何せ、あの一太刀は言葉通り――神の御業なのだから。

 

「お願いします」

 

 この光景を見ていれば、いつもこれくらい素直ならいいのに、とヘスティアは言っただろう。剣の稽古の最中アゼルはタケミカヅチの言うことを聞く。自ら師になってほしいと言ったのだから言うことを聞くのは当然のことだとアゼルは思っていたし、何よりもタケミカヅチという神の剣技は尊敬に値するものだった。

 

 

 木刀で打ち合いながらアゼルは徐々に理解していった。

 オッタルはその絶対的な力と武術ですべてをねじ伏せる、いうなれば剛の者だ。しかしアゼルはその正反対に位置する。【ステイタス】からも分かるように、アゼルは力と耐久のアビリティの伸びが悪い。これは【(スパーダ)】が力を入れずに敵を易易と斬れるから、そして【未来視(フトゥルム)】によって敵の攻撃を予測できるからだ。

 つまり、アゼルは正面からのぶつかり合いにそこまで強くはない。一般的な剣士に比べれば強いかもしれないが、その道を極めんとしているオッタル等に比べればかなり劣ると言っていい。

 

――自分が目指すべきは柔の者だ

 

 今までもその戦法で戦ってきていたが、ここにきて彼は自覚した。自分の力を十全に発揮させるには打ち合いをしてはならなかったのだ。剣は重ねる毎に摩耗し、いつしか折れてしまうのなら重ねなければいい。

 相手の攻撃すべてを読み切り、すべてを避け、一瞬の隙を突いて斬り殺す。自らが流れを作るのではなく、相手の流れを読み流れを殺す。

 

――その道をタケミカヅチ様は示している

 

「――ほう」

 

 それはアゼルに明らかな変化をもたらした。そしてタケミカヅチはいち早くそれを感じ取った。包み込まれるような圧迫感と言うべきか、今までの突き刺さるような視線から打って変わってぼんやりとしたものに変わっていた。

 

「やはりお前は面白い。これだから止められない、剣狂いという連中は」

 

 剣に関してだけは一を教えて十を知るのが剣狂いと言われる人種だ。否、時には教えずとも答えに辿り着く者こそが剣狂い。昨日一度だけ見せた技術をアゼルが既に吸収しはじめていた。

 

「では、こちらから行こう」

 

 今まで受けに回っていたタケミカヅチは攻めへと転じる。覚え始めたばかりの技術だからと言って容赦などない。避けにくいように木刀を走らせ、観察する暇すら与えないような連撃を繰りだす。

 木刀同士がぶつかる音が辺りに鳴り響き、両者は笑みを浮かべながら身体を動かし続ける。タケミカヅチは自分の技のすべてを伝授できる剣士に出会ったことへの喜びを浮かべ、アゼルは更なる高みへと登れることへの高揚感を浮かべていた。

 

 

 

「ぬぅ……」

 

 そんな二人を眺める命はどこかつまらなそうな顔をしていた。もちろん彼女の主神であるタケミカヅチと世間を騒がせている大型新人のアゼルの組手稽古は見ているだけでためになる。しかし、笑みを浮かべながら剣を交える度にどこか通じあっている二人を見て彼女は複雑な思いを感じていた。

 もちろんアゼルの稽古を受け入れたのは彼女の主神であり、団長である桜花でさえ稽古を付けることに賛成していた。同じく極東からオラリオにやってきた幼馴染である千草がどこかアゼルに対して怯えている様子を見て、命はアゼルという人物が一体どういった人なのか悩んだ。

 

 二日前の桜花との試合では同じレベル2とは思えない速度の踏み込みと、どのようにしてやったかは定かではないが木刀で木刀を斬るという離れ業を披露した。稽古に対しては真摯に取り組んでいて、集中している時は話しかけても気付かれないほどだ。

 自分が余所のファミリアにお邪魔しているという自覚があるのか礼儀正しいが千草が配るお茶やタオル等には遠慮する様子はない。特に団員と交流を持つことを意識していないのか、話しかけてくることはないが話しかければ答えてくれる。それはアゼルが剣にしか興味がないということで、その一種ひたむきな態度は好感さえ覚えた。

 しかし、やはり自身の主神であり幼い頃から娘として育ててもらい、今現在想いを寄せているタケミカヅチを独り占めしていることは許し難い行為だった。しかし、それもまたタケミカヅチが決めた稽古方針でありそれに対して命が口出しするのはお門違いのようにも思えた。

 

 色々な感情が身体の中で渦巻き、堂々巡りしていく思考で頭が混乱していた。

 

「み、命? 大丈夫?」

「ぬぅぅぅ……」

 

 いくら考えても仕方ないという結論に達するのにそう時間はかからなかった。元々色々考えるのは苦手な質である命はある結論に辿り着く。

 

「命? お腹痛いの?」

「千草殿、私はアゼル殿と勝負をします!」

「はぇ?」

 

 アゼルと勝負をした桜花はアゼルを認めた。アゼルと剣を交えるタケミカヅチは笑っていた。アゼルにはまだ自分の知らない魅力があるのだと命は思った。そして、それは言葉で語るものではなく剣で語る類のものだということも理解した。

 ならばすることは一つ。

 

「アゼル殿! 私と一勝負頼みます!」

 

 もうアゼルが帰る時間だったので勝負は次の日にすることになった。

 

 

■■■■

 

 

――しっかりしろ

 

 既に思考することを止めた頭の中にその言葉が響く。

 

――今無茶をしないでいつするの

 

 疲労困憊の身体に鞭を打ち、腕を振り上げて勢い良く振り下ろす。槌は金属の塊にぶつかり変形させながら火花を散らす。

 

――逃げてる暇なんてない

 

 絶えず金属に魔力を注ぎながら、朦朧とする意識で金属を打つ。その行為は最早本能の域にまで達していた。人が息をするように、アゼルが剣を振るうように、忍穂鈴音は鉄を打つ。それで漸く追いかけることができる。

 

「鈴音、もう止めなさい!」

「まだ」

 

 二つの金属を合わせて刃を打つ作業は終盤へと差し掛かっていた。熱せられた金属はオレンジ色に染まり混ざり合いながら一つの形へと完成していく。

 

 鈴音が今回選んだ金属は二つ。

 一つは硬い金属として使うエテルニウム。もう一つは事前に用意していた『アイアンローズ・ナイト』と呼ばれる下層に生息するモンスターのドロップアイテムであるアイアンローズだ。全身金属の腕がそのまま剣になっている人型モンスターだ。アイアンローズはしなやかな金属として重宝されている。

 その名の通り赤いバラのような色をしていて加工した後も若干赤みが残ることでも有名である。格好いい武器が好きという冒険者には人気の金属だ。

 

「鈴音ッ」

「もう少し、ですからっ」

 

 それは懇願であった。声も表情も必死で、全身全霊で今を生きようとしている一人の少女の生き様にヘファイストスは目を奪われた。

 

(止めないといけないのに)

 

 炎に照らされた横顔は真剣そのもので、狂気と思えるほどその目には闘志が灯っていた。汗をかいても直ぐ様蒸発してしまうほどの高熱に数時間晒されながら魔力を使い続けた鈴音はもう限界を迎えているはずなのだ。

 それでも、彼女は鉄を打つ。鉄を打ち、その生き様を鉄に吹き込む。その想いを、その願いを刃に込める。

 

(ああ、貴女はもう立派な鍛冶師だわ)

 

 だからこそ、同じ鍛冶師としてヘファイストスは鈴音を止めてはいけないと思った。息は荒く、呼吸する度に肩は激しく上下している。今にも倒れてしまいそうにも見えるのに、誰にも負けない存在感を鈴音は出していた。

 その時、鍛冶場を支配していたのはヘファイストスではなく鈴音という一人の人間だった。愚かなまでに真っ直ぐな恋をして、一人のためだけにありたいと願っている少女だった。

 

「ッ」

 

 鉄を打つ音が止み、ヘファイストスは鈴音に見惚れていたことに気が付いた。もしかして意識をなくしたのかと心配したがそうではなかった。刃を打つ作業は終わった。後はそれをやすって形を整えなければならない。柄はアゼルが前使っていた刀の物をそのまま使うことにしていた。

 

「はあっはあっ」

「鈴音」

 

 一番辛い刃を打つという作業を終えた鈴音はそのままヘファイストスに身体を預けるようにして倒れた。意識はまだあるものの、どう見ても鍛冶などできる状態ではなかった。疲労困憊な自分の眷属を抱きしめながらヘファイストスは鈴音に優しく声をかけた。

 

「良く頑張ったわ鈴音」

「ぁ……ま、だ」

 

 ヘファイストスの声が耳に入ったことで無くしかけていた意識を取り戻した鈴音はヘファイストスの腕から抜け出し作業に戻ろうとする。その姿を見て、ヘファイストスは止めなかった。

 打っていた刃を冷やしそれを研ぐ作業を始めようとする鈴音の後ろに回って彼女の身体を支えようとしたヘファイストスを、鈴音は押し返した。

 

「私が……私がやらないと」

 

 助けはいらないと拒絶されたヘファイストスは、一瞬驚いたが納得した表情で鈴音を見守ることにした。丁寧に優しく刃に触れながら研いでいるその様を見れば、鍛冶師でなくとも分かる。その刃に詰まっている想いは鈴音一人のものであり、他人が入る余地などありはしないのだ。

 

 刀が完成し鈴音が倒れる瞬間まで、ヘファイストスは見守った。彼女は神として間違っていようとも、鍛冶師としては間違っていない行動をとった。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

素材名はいつも通りかなりいい加減です。
始まる鈴音のターン!

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