剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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5巻は結構長い予定です。15話とかそれくらいだと思います。


刃の神話
出会い頭の斬撃


「ど、どうなってるんスか!?」

 

 その場にいる冒険者達の総意を代弁するようにして叫び声を上げたのはロキ・ファミリア団員、レベル4冒険者のラウルだった。

 薄暗い迷宮内、ロキ・ファミリアがいたのは24階層。

 

 普段であればモンスターが彷徨い、否応無しに戦闘になる下層であるにも関わらずロキ・ファミリアの面々がいる通路は異様な静寂に包まれていた。僅かに聞こえる声は苦しそうに呻く仲間達の声だけだ。

 追ってきていたはずのモンスターも、そのモンスターに巻き込まれて苦しんでいた同族(モンスター)もそのすべてが姿を消していた。否、一瞬の内に()()()()()()()()

 

 彼等の背後を埋め尽くすほどいた蛆のモンスターの殆どは魔石を破壊され灰となり、その粉塵は辺りに舞いながら僅かな光を反射させながら美しい光景を作った。残る数割は魔石の破壊は免れたものの、横に一刀両断されていて生きているものはいない。

 

「フィンさん、これで借りは一つ返しましたよ」

 

 静寂を破ったのは聞き覚えのある男の声だった。一ヶ月と少し前、その男に武器を持って行ったのは他ならないラウルだ。その後ファミリアの幹部の一人でもあるアイズと手合わせをしている様子を見て、実はレベルを偽っているのではないかと思ったのはラウルだけではなくロキ・ファミリアの中堅層の専らの考えだった。

 

「アゼル・バーナム」

 

 ラウルはゆっくりとその名前を口にした。進行方向、足音を鳴らしながら歩いてくるその男は前と変わらない毅然とした様子だった。ロキ・ファミリアの幹部等に囲まれて普通でいられる下級冒険者はそうはいないだろう。

 そう言う意味ではラウルはアゼルのことを尊敬すらしていた。最近では面倒事を何かと押し付けられる都合、フィンやリヴェリアと言った最古参の幹部と交流のあるラウルは彼等の居るだけで醸し出す大物の雰囲気というものに滅法弱い。

 その最たる例がオラリオ最強の女剣士アイズ・ヴァレンシュタインであった。幼い頃の彼女を知っているだけにラウルは未だに彼女のことを女性としては見ることができない。自分より二回りも幼い少女が自身より遥かに大きい化物を斬っていくその光景はかなり衝撃的だった。

 

 そのアイズと斬り結んだことのある目の前の男もまた、ラウルの理解が及ばない相手である。悠然とこちらに向かって歩いてくるアゼルは手に仄かに赤く光を反射する刀を持っていた。

 攻撃手段は刀であった、それは確かだ。しかし、だからこそ理解不能であった。

 

「どういうことッスか……」

 

 ラウルは後ろを振り向いた。何人かの同僚も同じように背後を見やり、暗闇へと続く迷宮の廊下を眺めた。

 自分達が逃げ惑うことしかできなかったモンスターの大群は消え、今さっきまでの逃走劇が嘘だったかのように静まり返った通路の壁に残された大きな切り口が残っていた。まるで刃物で斬ったかのように抉られた壁はその修復が終わるまではモンスターを産まないだろう。

 

「何したんスか……」

 

 モンスターの大群を一撃で倒したアゼルの一撃は、ロキ・ファミリアに所属するオラリオ最強の魔道士であるリヴェリアや魔法の威力だけならレベル5にすら匹敵するレフィーヤの大魔法に劣らない威力だ。

 しかし、アゼルの剣士としての実力はアイズが認める程である。

 

 最強の剣士が認める剣の腕。

 大群を根絶やしにする絶大な魔法。

 その二つを併せ持つことは果たして可能なのだろうか。

 

「アゼル・バーナム……」

 

 もう一度ラウルはその名を口にした。

 モンスターより遥かに化け物じみたその冒険者は、ラウルにアイズ以上の衝撃を与えたのだった。

 薄暗い通路から吹く生ぬるい風が冷や汗を流す彼の背筋を撫でた。

 

 

■■■■

 

 

 生命であれば、人であれ神であれ、そしてモンスターであれ意志がある。例えそれが無限に産み出されるダンジョンのモンスターであってもだ。

 むしろ、ダンジョンのモンスター達には思考というものが感じられないあたり、人や神よりその意志は真っ直ぐで分かりやすい。

 

――殺す

 

 ただそれだけを体現したかのような存在達だ。

 人を遥かに凌駕する肉体を持ち、各々が特殊な能力を有し、時には個体として時には群体として冒険者達を襲うモンスター達は正にダンジョンの産み落とす殺戮兵器だ。彼等の知性は低く、ただ本能の赴くままに人を殺すのだ。

 

『グギャアアアアアアッ!!!!』

 

 咆哮を上げる巨大な竜の名は『グリーンドラゴン』。24階層に稀に生えている色きらびやかな宝石を実らせた宝石樹を守護する竜だ。そのことを知ったのは一度彼等を倒してからだったが、そのおかげで地上に帰ってから高額で換金することができた。

 体躯はゴライアスと同等だが長い首と大きな翼でそれ以上の大きさに感じる。その長い首の先にある頭をや羽を使っての牽制でなかなか近付くことができない。接近戦に特化している私は、当然接近できないと本領を発揮できない。斬撃を飛ばしてもいいのだが、あれは使った後怪我が残るので常時使っているわけにはいかない。

 

 その大きな羽を羽ばたかせて尖った枝を豪速で飛ばしてくる。しかし、言ってしまえばその枝一つ一つがすべて殺意の塊だ。アイズさんのような無機質な剣戟でもなければ、タケミカヅチ様のような澄み切った剣戟でもない。私を殺すために射出されたそれらは、目を閉じていたって分かるほどに存在感がある。

 

「シィッ!」

 

 走りながら飛んできた枝の合間を縫うようにして避けていく。それでも尚『グリーンドラゴン』は枝の嵐を止めない。更に激しく、多くの枝を弾幕のように放ってくる『グリーンドラゴン』相手に私は近付けなくなった。

 

「空でも飛べれば、戦いようがあるんでしょうね」

 

 もし空を飛べれば弾幕を掻い潜りながら急所である頭に接近することもできただろう。しかし、翼のない私では空を飛ぶことはできない。地面にいる限り空から降り注ぐ枝の豪雨を抜けきることは無理そうだった。

 

「……飛ばなくとも()()ばなんとかいける、かもしれませんね」

 

 何故人は空を駆けることができないのか。それは踏みしめる地面がないからである。そのために鳥や虫は羽を用いて空を飛ぶ。

 

「都合の良いことに()はありますしッ」

 

 タイミングを見計らって地面を蹴って宙に身を翻す。飛来する枝が自分の足元を通り過ぎる刹那、その枝が一瞬床となって私は前へと跳んだ。

 流石にこんな離れ業を勘だけでやることは叶わず、【未来視】で飛来する枝の軌跡を視ながら空を駆ける。数十秒かかったように感じていたが、突風のような速度で飛来していた枝を伝って走っていたのだ――当然、接近は刹那の出来事だった。

 

「さあ、地に落ちろ」

 

 私が頭の高さまで跳んでくるなど思いもしていなかったのか『グリーンドラゴン』は長い首を横薙ぎに振るうが、剣の間合いに私が接近した瞬間もう勝負は終わっているも同然。

 音もなく抜刀して一閃。迫り来る首に対して縦一文字に白夜を振るう。勝負はそれで終わった。鋭すぎる斬撃は音もなく首を斬り、そして頭の重量に耐えられなかった首はそのまま千切れるように地面に落ちた。

 モンスターと言えども生物だ。例外はあれど、その殆どが人と同じように呼吸をしなければ死に、脳が潰れれば死ぬ。頭が胴体から離れれば、大抵のモンスターは死ぬ。

 

「さて、次は何ですか?」

 

 『グリーンドラゴン』の頭が後方に落ちる音を聞きながら納刀する。息絶えたその巨体も地面へと倒れこみ、埃を飛ばしながら大きな震動と共に轟音を響かせた。

 

「――あれ?」

 

 気が付くともう襲いかかってくるモンスターがいなくなっていた。少し大きな空間となっていた行き止まりに生えていた宝石樹に来るまでにそれなりの数のモンスターを引き連れていたはずだったが、そのすべてが『グリーンドラゴン』との戦闘の余波で行動不能となってしまったらしい。

 『デッドリー・ホーネット』は鋭い枝に貫かれ地へと落ち、『ホブ・ゴブリン』は竜の吐いた石礫を含んだブレスに巻き込まれ肉塊となり、『リザードマン』は硬く重たい竜の尻尾に押しつぶされ死んでいた。

 

「勿体無い」

 

 本来であれば私が斬り殺していたはずのモンスター達だ。死んでしまったものはしょうが無いので、私は一度壁を斬りつけて傷を付けていく。【(スパーダ)】の効果でバターでも斬るかのように壁に切り傷が走る。

 壁が傷付いている間はモンスターが産まれなくなる。一人の時に魔石を集める時や少し休憩する時にできる一時凌ぎのことだ。

 

 ヘルメス様と会ったその日に私は18階層まで降りてかなり高かったが宿に泊まり体調を整えた。今回はただ戦うだけでなく、タケミカヅチ様との稽古の成果を見ること、そしてそれを更に高めることに目的がある。

 高い集中力と長時間の戦闘が必要となるため、私は万全を期すことにした。

 

 既に18階層より下、下層に降りてから半日弱が経っている。その間、私は殆ど休憩せずに戦闘を続けている。事前に調べた正規ルートを通るだけでも下層では数多くのモンスターと戦うことができる。

 24階層に降りてからはモンスター達が騒がしく、戦っているモンスターだけでなくあらゆる方向の通路からモンスター達が襲いかかってきたため移動しながら戦い脇道に逸れてしまい、最終的には行き止まりに行き着くこととなった。

 

「んー、これで白夜の代金はどうにかなりますかね……」

 

 宝石樹から宝石をもぎ取りながら腰に差したもう一本の刀、つい二日前鈴音から授かった白夜を撫でる。タケミカヅチ様のアドバイスを聞き、もう一本刀を買い白夜の摩耗を防ぐことにした私はまだ片手で数える程度しか白夜を振るっていない。その何度かだけで白夜の素晴らしさが理解できた。

 

 予備の刀で戦うことには様々なメリットがあった。

 まず、白夜が折れることがないという安心感がある。体調を崩すほど本気で打ってもらった刀を折りたくはない。

 もう一つ、刀の摩耗をできるだけ少なくする戦い方の練習ができる。白夜を使っていては常時本気を出して摩耗を防ぎにいかなければならないが、予備の武器であれば多少冒険しながら色々な戦い方が研究できる。

 そして最後に精神的に楽になるのだ。今使っている刀が折れてもまだ最高の刀があると思えば戦闘も大胆に行える。

 

 下層に来てから私の戦闘スタイルはほぼ固まった。

 下層のモンスターと言えどもモンスターはモンスターである。桜花さんや命さん、タケミカヅチ様のように洗練された武技などは持ち合わせていない。つまり、武人に比べると動きが単調なのだ。

 確かに動きの速さは恐ろしいが、それもオッタルと比べると劣る。そもそも私が刀で受けなければいけないような攻撃をしてくるモンスターが少ないのだ。予想外な一撃などは刀で弾いたりするものの、殆どの攻撃は動いて避けられる。そして、すべてのモンスターは急所であれば一刀で殺せる。

 

 敵の攻撃を掻い潜り接近して斬り殺す。無駄に相手の攻撃を弾いたり、四肢を斬り裂いたりせず、できるだけ少ない剣戟で倒していく。

 

 脳内で今回の戦闘のことを思い返しながら死体の残ったモンスターから魔石を回収していると突如地響きが階層に轟いた。それに合わせて地面も微かに揺れ始め、強化された聴覚は僅かではあるが人の走る足音を捉えた。

 大人数のパーティーが逃げる程のモンスターがいるということに他ならない。

 

「行きますか」

 

 まだ少し魔石を抜き取っていない死体があったものの、そんなことより新たなモンスターと戦うことの方が優先だ。私は聴覚を頼りにそのパーティーがいるだろう方向へと走った。近付くに連れ人の走る足音とは違う、別のもっとも大きな何かが移動する音が聞こえ始める。その音が大きくなるに連れ、私の口角も上がっていくのだった。

 

 

■■■■

 

 

 ティオナ・ヒリュテは『助けられる側』と『助ける側』で言えば圧倒的に『助ける側』の冒険者である。レベル5としての実力は言うまでもないが、天性の勘とでも言うべき戦闘時の身のこなしはただ単に鍛錬を積んだからといって身に付くものではない。

 その上大双刃(ウルガ)を豪快に振り回すその戦い様は他の団員、例えばサーベルを主武器とするアイズや双剣と投剣を主軸にするティオネと比べると派手である。周りから見ればまるで台風でも通過するかのようにティオナは大双刃で敵を斬り刻んでいく。

 街を歩けば男性冒険者に【大切断(アマゾン)】と呼ばれ恐れられ、ダンジョンではモンスターに恐れられる。

 

 しかし、彼女は昔から姉のティオネより乙女な少女であった。フィン以外の事に関しては酷く現実主義でドライな姉に比べ、言い方は少し悪いがティオナは夢見がちな少女だった。しかしそれと同時に現実が酷く非情で、所詮本の中の出来事は本の中の出来事でしかないとも思っていた。

 そう、つまり「夢を見るくらいは自分の勝手だ」と言わんばかりに彼女は自分の世界を持っていた。

 そんな彼女が好んで読んでいた物語は英雄譚やお伽話であった。大抵の話は英雄が誰かを救う話で、まるで世界が味方でもするかのように幾つもの壁を乗り越えて最後に強敵を倒すというコンセプトだ。単純で分かりやすく、作り物過ぎて創作物だと分かるが故に読んでしまう類の本だ。

 

 だから、彼女が誰かに助けられ少しときめいてしまっても問題はないだろう。その相手が意中の相手であり、しかも予想外の遭遇で、その上待ち望んでいた再会でもあったら、それはもう運命を感じるまであるかもしれない。

 結論から言ってしまうと、ティオナ・ヒリュテはアゼル・バーナムの事が好きだ。

 

 

 

 事件が起こったのはロキ・ファミリアの59階層遠征の帰路のことだ。見事59階層で太古に存在した精霊とモンスターの混合種(ハイブリッド)、穢れた精霊、ロキ・ファミリアは『精霊の分身(デミ・スピリット)』と呼称することにした化物と壮絶な戦いを終え直ぐ様帰還することにした。

 団員の中で最前線で戦闘をする第一級冒険者の殆どが『精霊の分身』との戦闘で疲弊していてゆっくりと深層域にいれるほど彼等には余裕がなかった。だが、戦闘を最小限に抑えながら最速で地上へと目指していた彼等をダンジョンは見逃さなかった。

 

「後もう一息だ!! 皆頑張ってくれ!」

 

 25層付近から開始したその逃走も、今は23階層まで足を進めていた。

 フィンの叫びと共にロキ・ファミリアの団員たちが気合を入れてその逃走を続ける。団員達を走ることだけに集中させるためフィンやベートなどの戦闘員は出会ったモンスターを片っ端から瞬殺していく。

 しかし、一番厄介なモンスター、今現在ロキ・ファミリアが逃走劇を繰り広げている理由である『ポイズン・ウェルミス』は一向にその数を減らさない。むしろ段々とその数を増やしているようにすら思えた。

 特に後ろから大群で押し寄せてきている『ポイズン・ウェルミス』は他のモンスターを巻き込みながらその毒を振り撒いている。戦闘力としてはそこまででもない蛆の怪物は一度その毒をばら撒き始めると厄介極まりない。

 

「オラ!!! ぶっ潰れろ!!」

「もう!! 早く帰りたいのに!! 邪魔!」

 

 ベート、そしてティオナがそれぞれが大打撃を与えるも、やはり『ポイズン・ウェルミス』の勢いは止まらない。せいぜい数秒間だけ巨大蛆の進軍を止める程度だ。

 毒によって行動不能となった仲間を引きずりながら走る団員達のペースも少しずつ落ちていく。その度にガレスやリヴェリア、フィンと言った最高幹部の激励が投げられる。

 そして59階層で死闘の最前線に立ち疲労しきった身体に鞭を打ち仲間をモンスターから守っているアイズやレフィーヤ。その事実が彼等の足を動かし続ける。

 

 ロキ・ファミリアの遠征隊は言うなれば精鋭部隊だ。構成員はファミリアの中でも中級以上、サポーター役をこなす団員達ですらレベル3を満たしている。幾度と無く死線をくぐり抜け、無事生還して地上へと帰還を果たしている。

 しかし、今回の遠征――59階層という未踏破エリアの探索に加え強敵との戦闘――は普段よりも更に苛烈なものとなった。『精霊の分身』と戦った第一級冒険者達の疲労はかなりのもの、深層域で身体をゆっくり休めることもなく急いでの帰還だ。

 何が起こるか、誰にも分からない。

 

 団員達の中に不安が募る。今はまだ行動不能となり他の団員に引きずられなければ動けない人間と動ける人間の数が後者の方が多いから逃げられている。しかし、一度それが逆転してしまえば状況は一転して最悪の事態になるだろうことは誰でも分かっている。

 そしてそうなってしまえば、混戦は必至と言える。ロキ・ファミリアの団員は全員が文字通りの家族、見捨てるという選択肢はそもそも存在しえない。傷付いてでも救い、危険に突っ込んででも助けるということが全員の認識だ。

 

(もう少し……もう少し先まで行けば)

 

 そんな中フィンは23階層にある背の低い高台を目指していた。そこまで行けばなんとかリヴェリアやレフィーヤを囲んで守り、必殺の魔法で敵の大部分を削ることもできる。

 しかし、問題は前から襲ってくるモンスターも数を増やしていることだった。まるで何かから逃げるかのようにフィン達に突っ込んでくるモンスター達を見て僅かな違和感を覚えていた。

 

(何か……いるのか?)

 

 それは悪い予感であった。高台までの道は一本だ。そこにモンスターの大群が押し寄せてでもいたら、挟み撃ちに会ってしまう。それは避けなければいけない状況だ。

 

『グエエエアエアアアオオオッッ!!』

『グギャイイイアアッッ!!!』

「何事だ!?」

 

 前から押し寄せてくる敵の向こう側からモンスターの絶叫が轟いてくる。その醜い叫びにリヴェリアは思わず言葉を発してしまう。そしてリヴェリアは悪い想像をその瞬間してしまった。更に強大な敵の到来を、ロキ・ファミリアの全員が想像してしまった――フィン、以外は。

 

(あれは……)

 

 フィンは自分の親指の付け根に雷撃の如き痺れを感じた。フィンの勘が彼に何かを告げていた。そして、それは最悪の未来でも最高の未来でもない。敢えて言うならば、より強大な何かが押し寄せてくる感覚。しかし、それは敵ではない。

 

――敵ではないが、何か恐ろしいものだ

 

「皆さん、伏せてください」

 

 今度はモンスターの叫び声ではなく人の声が飛んでくる。しかもロキ・ファミリアの幹部達にとっては聞き覚えのありすぎる声だ。逃走中の人間に止まって伏せろなどとふざけたことを言うなと言いたげな多くの面々の予想に反してフィンの決断は早かった。

 

「伏せるんだ! 今すぐ!」

 

 どこの馬の骨とも知れない相手の言葉ならいざ知らず、団長の言葉に団員達は直ぐ様従った。皆引きずっていた仲間と共に地面へと飛び込むように伏せる。その顔に多大な不安を浮かべながら、しかしフィンであれば何か策があると信じる団員達。

 しかし、とうのフィンも他の団員と同じように地面に伏せていた。

 

「――――ぇッ」

 

 何が起こるのかと思いながら地面へと伏せたアイズは、いるはずのない存在を察知し頭を上げてしまった。

 

「おいッ、馬鹿!!」

 

 そして近くにいたベートに頭を押さえつけられるようにして再び身体を低くした。しかし、その僅かな時間で誰がそこにいたのかアイズは理解した。

 赤髪で布製の軽装の男剣士、ヘスティア・ファミリアのアゼル・バーナム。片手には刀を携え、振り切ろうとしている瞬間だった。その瞬間、アイズは僅かな存在感の発露を察知した。他の団員では気付けない、アイズだからこそ気付けるその僅かな存在感を彼女はつい最近、もっと強烈なものを敵に回したばかりだ。

 

 次の瞬間、音もなく、風もなく、世界が一瞬止まったのではないかと錯覚した冒険者達の頭上を見えない斬撃が飛ぶ。阻むすべてを斬り裂きながら、原理も何も理解できないその斬撃はその大きさを広げていく。壁に大きな亀裂を走らせ、巨大蛆を横に二分し、視界に映るすべてを両断した。

 

「……すごい」

 

 漸くちらほらと頭を上げる仲間を見てアイズ、そして隣にいたベートも頭を上げて後ろに振り返った。一匹も逃さず、ロキ・ファミリアを追っていたモンスター達は死んでいた。その体液を撒き散らして死んだもの、魔石を破壊され灰となったもの、様々だったがそれは凄まじい光景だった。

 それは一瞬の出来事だったのだ。しかも――

 

「――魔法じゃない」

「んだと?」

 

 アイズのその呟きに、眉間に皺を寄せてベートが反応した。生粋とは言えないが、戦闘で魔法を多様するアイズは魔法を放つ前の魔力の高まりというものに敏感だ。しかし、先程の斬撃と思わしき攻撃にはそれを感じなかった。

 アゼルは刀を振り切った、ただそれだけだ。

 

「フィンさん、これで借りは一つ返しましたよ」

 

 地面から起き上がろうとしているフィンに対して手を差し出した。苦い顔をしながらフィンはその手を掴んだ。

 

「本当に君は恐ろしい所で僕達に出くわすね……でも、おかげで助かったよ」

「偶然ですよ、偶然。フィンさん達には命も助けられましたから、これでもまだおあいこにはなりませんね」

 

 立ち上がったフィンは振り向いて団員達の無事を確認した。未だ毒に侵され呻き声を上げる者は多くいるが、襲い掛かってくるモンスターは取り敢えず止んだ。しかし、ゆっくりしていては再び違う大群に出会ってしまう恐れは十分にある。

 休む暇などない。

 

「皆、今の内に急いで18階層まで登るよ! アゼル、悪いけど後ろは頼めるかい?」

「お安い御用です」

「私も行く!」

 

 優しいというよりも獰猛な笑みを浮かべながら移動を始めるロキ・ファミリアと反対方向、後方から襲いかかってくるモンスターを倒すために歩き出したアゼルの横にティオナが躍り出た。

 今さっきまで疲れていた顔をしていたのにアゼルが現れた瞬間いつものごとく明るい笑顔に戻った。そんな妹を見て姉であるティオネはやはり自分達は姉妹なのだと自覚した。

 

「なんだか元気そうですね?」

「へっへー、このくらいへっちゃらだよー!」

 

 武器である大双刃をぶんぶんと振り回しながら笑顔を振り撒くティオナを見て、団員達は何かを察した。どちらが多く倒せるか競おうなどと話している二人の周りだけ、ダンジョンとは思えないほど和やかな空気が流れ、漸く助かったのだと理解した冒険者達は安堵の息を漏らした。

 

 その後18階層に辿り着くまで後ろからのモンスターに団員達が襲われることはなかった。現れた瞬間殺されるという、最早モンスターの方が可哀想に思える殿が二人もいたのだから、当然とも言えた。

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

久しぶりの更新に関わらずたくさんの感想ありがとうございました。
モチベーションがうなぎのぼりです。

最近の癖、書き始めがセリフ……治したいなあ。

※2016/03/21 08:39 ラウルの印象を少し軟化

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