剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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集まる者達

 ヤマト・命にとって最も大切なものは何かと問われたら、彼女は迷わず『家族』と答えるだろう。しかし、彼女の言う家族とは血縁関係を指しているわけではない。

 彼女にとっての『家族』、それは一言では語れない何か、彼女自身完全に把握していない何か。しかし、確信を持って大切だと言える何か。

 目を閉じ、大切なモノを思い浮かべろと言われたら真っ先に浮かんでくる人々を、共に笑い共に泣き、励まし合い、喧嘩をして、傷付け傷付きながら人生を共に生きてきた仲間たちを指して言うとても広い意味を持つ言葉――それがヤマト・命にとっての『家族』だ。

 

「千草殿ッ!!」

「クソッ! お前ら遅れるなよ!」

 

 そんな家族が今死の危機に陥っている。

 二足歩行する兎と例えても支障のないモンスター『アルミラージ』が投擲した斧が中衛の千草に命中したのは既に数分前の出来事。肩から斧を生やした千草は現在力無く桜花に背負われている。

 13階層での戦闘で千草が致命傷を負い、12階層へと撤退を決めてからもモンスターの数は一向に減らないどころか増えるばかり。千草を背負った桜花は言わずもがな、動揺している他の団員達も戦闘力がガタ落ちしている。

 

――守らねば

 

 そんな中、命の中に一つの想いが芽生える。

 

――家族を、掛け替えのない人達を守らねば

 

 上層と下層、たった1階層隔てただけの世界。たった1階層の違いだが、そこには比べ物にならない危険が伴っている。基本的にモンスターの数が増加、産出速度が加速、集団戦闘や搦め手を使うモンスターも出てくる。

 上層と中層は()()。事実として知っていても、それを実感した時、命達は既に危機に陥っていた。

 

『命さん、貴女には誰にも譲れない何かがありますか?』

 

 夕日を背にその言葉を発したアゼルを命は思い出した。忽然と現れた超大物新人の片割れであり、タケミカヅチに師事する同門とも言える間柄になった冒険者を思い出す。

 

『私には、あります。ただ、それだけです』

 

 そう言ってのけた彼は、命とは隔絶した実力を持っていた。意識を読み、それを遮ること無く利用するという離れ業をアゼルは僅かではあるが数日で身につけた。何か恐ろしいものを抱えているその剣士に、命は僅かな憧れを抱いた。

 

――私にもあります

 

 譲れない何かがアゼルを強くしたというのなら、それはまた自身も強くするだろう。命はそう考えた。簡略化し過ぎたその思考は彼女に揺るがぬ意志を植えつけた。

 

 身寄りの無い自分だからこそ分かるその大切な繋がりを彼女は失いたくなかった。

 それは自分だけが大切に思っているものではないからこそ、守りたいと思った。想いを寄せる主神も、首領である桜花も、幼馴染である千草もそれを大切に思っていてくれている。

 だからこそ、その身を挺して守ることに戸惑いなどない。

 

「桜花殿、行ってください!!」

「何言ってんだ命!?」

「足止めは私が勤めましょう、その内に千草殿を連れて地上へ!!」

「馬鹿言ってんじゃねえッ! あの数を一人で相手にできるわけねえだろうが!?」

 

 それは事実だろう。今まで集団戦ばかりしてきた命では一人で追ってくる数多くのモンスター達の相手をすることは自殺行為とも言えた。

 しかし、それがどうしたというのか。

 

「時間を稼ぐだけならできます!!」

「なら俺が」

「桜花殿は我がファミリアの首領、いなくなってはならぬお人です」

「それはお前もだろうが!」

「待ってます……それまで、必ず生き抜いてみせます!!」

 

 命は駆ける足を止め、その場で反転し腰に差した刀を抜刀した。

 止まってしまった命を気にして桜花達まで立ち止まってしまっては元も子もない。歯を噛み締めながら桜花は苦渋の決断を下した。

 

「死ぬんじゃねえぞ!!!」

「承りましたッ!!!」

 

 突然止まった命を警戒して追っていたモンスター達も立ち止まる。『ヘルハウンド』は姿勢を低くして唸り声を上げ、『アルミラージ』は高い鳴き声を響かせながら手に持つ武器を揺らめかせる。

 

「タケミカヅチ・ファミリア所属!!」

 

――意志を感じる

 

 本人さえその言葉が適切な表現か分かっていなかったその技法。しかし、その瞬間確かに命は目の前の怪物たちから意志を感じた。

 

「ヤマト・命!!」

 

 構える刀が僅かに震えていた。それは恐怖からか、それとも興奮からか。できれば後者であって欲しいと命は思った。恐怖で震える刃で、何が切れるというのか。

 

「ここから先は一歩足りとも通さん!!」

 

 青紫色の瞳で敵を睨みつけながら、菫色の軌跡が薄暗い13階層を舞う。逃げていった家族が追われぬよう目立つように、美しい舞を演じるかのように敵を斬り裂いていく。

 

 

 

 

 自分を励ます大声は、より多くの怪物を惹きつける。

 斬った敵の絶叫は、より多くの怪物を呼び寄せる。

 それでいい、命は心のなかで呟いた。

 

――後は、生き延びるだけだ

 

 桜花達は逃げ切っただろう。千草を地上まで送り届けたらすぐに駆けつけてくれるはずだ。それまでの間、生き延びなければいけない。苦渋の決断を下した桜花、大怪我をしてしまった千草のためにも、命は生き延びなければいけない。

 もし命が死んだら二人は己を責めるだろう。それは嫌だ。家族の笑顔、タケミカヅチの笑顔を、死んでしまったら見れないだろうが、想像もしたくなかった。

 

「私は生きなければならない!! この(いのち)、お主等にやるほど安くはないッ!!」

 

 故にヤマト・命は吠えた。身体は傷付き、体力は底が見えてきていた。モンスター達の『殺す』という確固たる意思に晒され続け摩耗する精神も限界が見えていた。

 それでも動き続けるのは、限界を越えていけるのはその身に宿る意志があるからだ。しかし、限界を越えた先にあるのは『死』だ。

 

 『ヘルハウンド』が口を大きく開き炎を吐こうとしているのが見えた。

 『アルミラージ』が石剣で襲いかかってきているのが見えた。

 『ハード・アーマード』がその身を転がし突進してくるのが見えた。

 抜け道などなく、命にとってそこは確かに道の終わりだった。それでも彼女は諦めなかった、その足を止めることはなかった、その刃を収めることはなかった。

 

 その行為が、奇跡を呼んだ。

 

 

 

「――――【ファイヤボルト】!!!!!」

 

 

 

 一条の炎雷が暗闇を薙いだ。

 己を叱咤し続けた声は怪物を惹いただろう。怪物の上げる絶叫は怪物を呼び寄せただろう。しかし、それだけではなかった。仲間を守るためにしていた行為は、怪物以外にも命に奇跡を呼び寄せた。

 

「もう、もうもうもうッ!!! ベル様の人の良さには呆れを通り越して諦めしか感じません!!!!」

「ハッハッハ!! 諦めんだなリリスケ、ベルのあの目はもう完全に止まらねえぜ!!」

 

 モンスターの包囲網の外側からの奇襲。それを追って切り込んでくる男と大きなカバンを背負った少女。

 

「大丈夫ですかッ!!」

 

 そして、兎を思わせる風貌の少年が飛び込んでくる。その出会いは偶然だったのか必然だったのか。何かの巡り合わせのように、ベル・クラネルはヤマト・命の窮地に駆けつけた。

 

 

■■■■

 

 

 白夜を振るう。

 痛みを伴うほど現実に近い夢の中で振るった刀が身についていることを確かめるためにゆっくりと身体を動かしていく。

 ブーツを脱ぎ裸足となった今、地面の感触は手に取るように分かる。僅かな震動、僅かな脈動でさえも身体に伝わってくる。

 

――足元(ダンジョン)が騒がしい

 

 深呼吸をして外気を取り入れる。肺を澄み切った空気が満たしていき、身体の末端まで感覚が研ぎ澄まされていく。手に持つ白夜で斬り裂く空気を感じ取るほど集中していく。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 足の先から指の先まで意識を巡らせ身体の調子を確かめていく。思った通りに腕が動かないのなら理想と現実の差を埋めるべく調節していく。頭に思い浮かべるは最強ではなく更にその先。本来は人のみで目指すことすら馬鹿らしい――神域の剣。

 一つの乱れも許されない、本来は人では辿り着くことのできない完璧の領域を目指すのだ。

 

「はぁぁぁ――――」

 

 数十分かけて動きの調節を終える。白夜を納刀、一度完全に脱力しながら過去の記憶をたぐり寄せる。夢の中で自分のものではない記憶を追体験している都合上、私は記憶の中の相手と斬り結ぶという稀有な経験をしてきている。

 今回、否、常に想定する敵は最強の男だ。大樹のように揺るがぬその肉体、嵐のようにすべてを破壊するその力、澄み切った水のように洗練されたその技。あの男はきっと、私が出会う最高で最強の戦士だろう。

 

「――ハァッ!!」

 

 溜めなどなく、予備動作もない抜刀からの斬撃を放つ。肩口から脇下まで斬り裂くはずだったその斬撃を、想像の中のオッタルは簡単に避ける。

 どれだけ鋭い斬撃を繰りだそうとも、オッタルに当たることはない。単純に速さが足りていないのだ。フレイヤの血を大量に摂取したホトトギスの補助があって初めて私はオッタルと対等に戦える。

 弱体化したホトトギスの身体強化を使っても対等とは程遠く、《スキル》によって枷が付けられてしまった現状私の斬撃では決してオッタルに傷を付けることはできない。

 しかし、それでいい。

 

 避け続ける想像上のオッタルに斬撃をより近づけるために、身体能力ではなく技を磨いていく。私の斬撃は完璧には程遠く、次にどのように身体を動かすべきか数瞬とは言え考えてしまう。しかし、その領域にいてはいけない。

 より鋭く、より速く、より正確に斬撃を繰り出す。それを思考なしで、呼吸するように放てて初めて私は最優の剣士となれる。

 

 剣戟は理性ではなく、そして本能でもない。それは理性も、そして本能すら越えた領域にある。呼吸をしなくては生きてけない、それと同じくらい自然。心臓が脈打たなければ死んでしまう、それと同じくらい当たり前。

 剣戟とはつまり私にとっては生きるということに他ならない。それを求めることを止めることなどできるはずがない。

 

「シッ――ぁ」

 

 白夜の一閃によってその幹が両断され木が倒れる。その音で自分が没頭しすぎていたことに私は気付いた。

 ダンジョンの中とは言えまだ朝早い時間帯で、私はロキ・ファミリアの野営の近くで朝の鍛錬をしていた。迷惑をかけてしまったのではないかと不安に思っている私に、背後から小さく誰かが拍手を送った。

 

「アイズの世話をする都合上、あの子の剣の訓練を多く見てきたが」

 

 翡翠色の長髪、そして同じく緑を基本とした衣服を身にまとった女性が近付いてくる。

 

「君の剣はアイズと違うが、見事の一言だな」

 

 木を斬り倒したことはいただけないが、と彼女は最後に付け加えた。ロキ・ファミリア最高幹部の一人にしてオラリオ最強の魔道士であるエルフの女性、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 リヴェリアさんは私の斬った木の断面を撫でながらその鋭さを確かめていた。

 

「ラウルが驚いていたぞ、まさか【ステイタス】をそのままにしているとはな。そう言えばベル・クラネルも隠していなかったな」

「文句ならうちの主神に言ってくださいよ」

 

 昨日ラウルさんや他のロキ・ファミリアの男性陣と水浴びをした時のこと。服を脱いだ私の背中に刻まれた【ステイタス】が丸見えだったことにラウルさん他全員が驚いた。

 後で話を聞いたら、普通は主神が(ロック)をかけて不可視にするらしい。そのせいで私は壁を背にして身を清めるはめになった。

 

「そう言えば駆け出しだったな、君は」

「そろそろ二ヶ月くらいですかね」

「……未だに信じられんよ。一ヶ月やそこらでランクアップを果たすこともそうだが、ゴライアスを単独撃破してしまうなどな」

「まあ、世の中色々あるということではないでしょうか」

 

 切り株に腰を降ろしリヴェリアさんは私を見つめていた。私もその視線から目を逸らすこと無く見返した。髪の毛と同じ翡翠色の瞳は私に何か疑念を抱いていた。

 

「9階層で、ミノタウロスを単身撃破したベル・クラネルとそのサポーターを地上に届けたのが私とアイズだということは君も知っているな?」

「治療院で会いましたしね」

「あの時、本当に僅かだがある話を聞いた。【猛者(おうじゃ)】が下された、とな」

「――そうですか」

「アゼル君……私はあまり回りくどいことは好きじゃない。だから単刀直入に聞こう」

 

 鋭く、彼女の瞳が私を射抜く。

 

「オッタルと戦ったのは、君だね?」

「さて、どうでしょう」

「あの日、ベル・クラネルのミノタウロスとの死闘と時を同じくして君もオッタルと戦っていた。そして負傷し、あの時一緒にいたエルフの女性に治療された」

「……それが本当だとして、何かあるんですか? 誰が誰と戦おうと、リヴェリアさんに関係はないでしょう」

「ああ、確かに関係はない。しかし、それがロキの気に入っている君、眷属(ファミリア)に加えようと思うほど気に入っている君であれば話は別だ」

 

 彼女は立ち上がって私に一歩近づいた。それは私の間合いのギリギリ外側だった。意識してかせずにか、彼女は私の攻撃を警戒していた。

 

「アゼル・バーナム、君は一体何者なんだ?」

 

 その広すぎる問にどのような思惑が含まれていたのか、そもそも本当にそんな質問で答えを求めていたのか私には分からない。自分が何者か知っている人が一体世の中にどれほどいるのか私は疑問に思ったのは一瞬だった。

 

――私は知っている

 

 この命が産まれた理由を、この心臓が脈打つ目的を私は知っている。思考する必要すらないほどに私はそれを知っているではないか。

 

――この命が生き続けるのは目指すべき場所があるから

――この心臓が脈打つのはすべてを斬り裂くという願いを叶えるため

 

 剣を握ったその時から私の進む道は、私が何者であるかなど疾うの昔に決まっていただろう。

 

「私は剣の鬼」

 

 この名前ほど私に似合っている名前はないだろう。

 

「産まれた時より剣を持ち、滴る他者の血より生まれし剣の鬼」

 

 生きていると最も感じる瞬間は剣を振るっている時。そしてそれを感じることができるのは、ホトトギスという掛け替えのない仲間がいたからだ。

 

「剣に生まれ、剣に生き、剣に死ぬ、それだけの存在」

 

 剣の鬼、その名前は私への戒めだ。私には剣しかないという事実を、この心臓が脈打つのは彼女がいたおかげだと忘れないための戒め。

 

「それに敢えて名前を付けるとしたら、そうですね」

 

 そして、最終的にすべてを剣のための糧としてしまう。大切なものも、そうでないものも。してはいいものも、してはいけないものもすべて。故に、剣の鬼。

 

「私は、ただの()()ですよ」

 

 白夜を納刀する。そんな自分を肯定してくれた女性の打った、最高の一振りを腰に携え歩むその道は修羅道など生易しいものではないだろう。剣に堕ち、修羅に堕ち、堕ち続けた先に私の求める何かがあるのだ。

 人では掴めない何かを私は掴もうとしている。ただただ純粋に、純粋過ぎるまでに剣士であるが故に。

 

「ただの剣士、か」

「ええ、何時如何なる時でも私は剣士でしかありませんよ」

「冒険者となった今もか?」

「冒険者となった今だからこそ、です」

 

 人の可能性を無限に追い求めていける冒険者となったからこそ、私は剣士の道を見出だせた。冒険者となったからこそ鈴音に、ホトトギスに出会えた。冒険者となったからこそ――私はホトトギスと成れた。

 

「取り敢えず、君の勧誘は難しそうだとロキに言えそうだ」

「その言い草だと私を勧誘したくない感じですか?」

「もう十分問題児を抱えている、君まで加わったらと考えるとね」

「はは、そうですね。私がいたらリヴェリアさんを心労で死なせてしまいかねません」

 

 冗談で言ったつもりだったがリヴェリアさんは苦い顔をして、止してくれとだけ言った。想像しただけでもダメだったらしい。

 

 

『――――――ォォォォォォッッ』

 

 

 ロキ・ファミリアの南端、17階層と18階層を繋ぐ通路の方角から雄叫びと共に地響きが聞こえてきた。17階層の最奥には階層主ゴライアスが産まれ落ちる。来る時はいなかったので今産まれたのだろう。地響きを聞く限り冒険者が遭遇し暴れているのかもしれない。

 

「君の出番かもしれないな」

「【巨人殺し(タイタンキラー)】は他称なんですが」

「自称していたら神経を疑うさ」

 

 リヴェリアさんと顔を合わせてから二人で18階層の入り口まで駆ける。突発的にゴライアスに遭遇した冒険者達であればそのまま18階層に逃げてくる可能性が高い。基本的にゴライアスを倒すのはリヴィラに住む冒険者達が事前準備をしての討伐だ。

 死んでいては治せないが、死にかけながら転がり込んでくるならロキ・ファミリアとしては助けたいのだろう。

 

「はい?」

 

 そして辿り着いたその場所で、私が見たのは本来そこにいるはずのない冒険者だった。見知った小人族(パルゥム)の女性サポーターと、こちらは見知らぬ赤髪の男性冒険者を連れた少年。

 白い髪は埃にまみれ若干灰色になっていて、身体中に傷を作り草の上に転がるその冒険者を見て、私とリヴェリアさんは固まった。

 

「ベル?」

 

 そこにいたのはベル・クラネルだった。

 ベルはアイズさんの足を掴んで何事かを口にしていた。それを聞いてアイズさんは通路の方を見た。私もつられてその方向を見た。

 

『オオオオオオォォォォ!!!』

 

 より大きくゴライアスの雄叫びが通路から響いた。それと共に通路に拳を打ち付けたのか、大きな破砕音と突風が発生した。

 

「ぬぁぁぁぁぁッ!!」

 

 それと共に誰かが通路から転がり込んでくる。聞き覚えのあるその声に、私は思わず駆け出していた。菫色の異国の服はところどころ血に染まり、いつもは束ねられていた艶のある黒髪も今は汚れていた。

 何度か地面に激突しながらその冒険者は止まった。

 

「命さん!」

「あ、ぜるどの?」

「大丈夫ですか?」

「ふふ、此処は死後の世界というわけではなさそう、ですね」

「それってつまり私は死にそうにないと言いたいんですか?」

 

 ベルと同様傷だらけになっていたが彼女は意識を保っていた。常日頃の訓練のおかげかもしれない、彼女は意外と丈夫だということだろう。

 

「私にも、ありました」

「――?」

「誰にも、何にも譲れない何かが、ありました」

 

 彼女の背に手を回して座らせるように起き上がらせる。命さんは手を上へと伸し、微笑んだ。

 

「アゼル殿が強い理由が、分かった気がしました。確かに、その何かのためなら私は幾らでも強くなれそうです」

「それは、よかった」

「でも、今日はもう疲れました」

「ゆっくり、休んでください」

 

 伸ばした手を胸の上に置き、命さんは静かに瞼を閉じた。

 

「ゴライアス、真に恐ろしい化物でしたぞ」

「それを倒した私は、もっと恐ろしいと思いますが?」

「何を戯言を。アゼル殿は理由もなく剣を振るいはしないと、私は知ってます故」

 

 そう言って彼女は意識を手放した。穏やかに寝息を立てる彼女がどのような経緯でベルと共に18階層までやってきたかは分からなかったが、命さんが自分にとって大切なものが見つけられて私は嬉しく感じた。

 

 なんと言っても彼女は――

 

「その人は?」

「――私の姉弟子ですよ」




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

指摘があったので鈴音初登場シーンで名前にルビを振っておきました。

ここらへんから5巻は少し原作と違ってきます。

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