剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
リューがアゼルに血を飲ませている間、アスフィとルルネは決死の覚悟で灰色の化物の足止めをしていた。そもそも空を飛んでいても、常識はずれの攻撃範囲を誇る髪の武器の数々はアスフィにとって脅威だった。
地を走りながら化物の気を引こうと様々な物を投擲していたルルネに至っては終始涙目だった。
「「ッ」」
「ヴゥン?」
もう少しで髪の毛がアスフィを捉えようとした瞬間、その場にいた全員が何かの鼓動を感じ取った。それは
戦闘中だったアスフィとルルネですら、その存在感にその身を硬直させてしまった。幸い化物もその気配に気付き動きを止めたことで両名共に無傷だったが。
「ア、ゼル」
見えずとも、化物には分かった。その鼓動は何かが産まれ落ちた音だ。化物が最も待ち望み、探し続け、漸く見つけた己の宿敵が更なる高みへと登った音だ。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ――――!!!」
「ルルネ、退却です!」
「え、え、えええ!?」
冒険者としての直感だろう。アスフィはルルネに指示を出しながら元来た場所へと帰っていった。化物は両名を追わず、ただその場で雄叫びを上げ続ける――早く来いと、叫び続ける。
そして、その呼び声に答えるように森からアゼルが現れた。見ていた全員がその並々ならぬ雰囲気に息を飲んだ。その身から立ち上る煙のように錯覚させられるほどの闘気を纏い、触れれば最後、刃なくとも斬り裂かれると思わせるほどの鋭さ。
「な、なんですか、
疾うの昔に役に立たなくなった上半身の服は脱ぎ捨てられ背中が剥き出しとなっている。そして、その背中から血が流れ地へと滴る。滴る血は地面を汚し、そして侵していく。まるでぶちまけた絵の具のように、アゼルから流れる血が世界を塗りつぶしていく。
「ぬ、沼?」
ヘスティアは自分が見ている怪奇現象を思ったままに言葉にした。アゼルの通った道が、赤黒く侵蝕され、まるで底のない沼のようになっていく様をその場にいる全員が緊張した様子で眺める。
「ひぃっ!」
そして、恐怖へと染まる。最初に悲鳴を上げたのは誰だったのか、とりあえずヘスティアの近くで最初に声を上げたのはルルネだったことは間違いなかった。しかし、誰が彼女を責められようか。皆が皆、顔を青くし、血の気が引いたことは事実だ。
「人? いや、魂?」
沼のように見えた地面から、黒くドロドロとした人型が微かな呻き声を出しながら、前を進むアゼルに手を伸ばしながら這い出てきていた。見ただけで人々に恐怖を植え付ける、遠くにいるはずなのに何故かその声は頭に響き目を逸らすことを妨げる。
「あれは、怨念か」
ヘスティアが、感じ取った気配でその正体を見破る。人ではないし、神でもない。そして今まで見てきたモンスターでもない、何か。黒い影、ドロドロとした粘つくような気配。見たことなどなかった、感じたこともなかった、しかしその言葉が最も適切だと彼女は思った。
「ハハ、
確かに、それは見方によっては極東に伝わる人が寝静まった夜深く、数多の魑魅魍魎が徘徊する現象にも見えただろう。命は乾いた笑いを溢しながら、自らが憧れを抱いた剣士を見た。
「【鎖】を……自分の枷を破ったって言うのかい、君は」
人ならざる気配を纏う自分の眷属を見て、ヘスティアはその結論へと至った。神々の奇跡である【ステイタス】に刻まれた《スキル》を打ち破るなど信じられないが、そうでないと説明が付かなかった。
器に収まりきらず周囲へと広がるアゼルという存在を感じながら、ヘスティアは固唾を呑んだ。どう考えても、今のアゼルの魂は器にそぐわない。
それはアゼル・バーナムの背負った
剣士の願いは神をも下す。強すぎる願いは、その奇跡の一端を可視化させる程までに高まっていた。
「お待たせしました」
世間話でもするように、アゼルは目の前の化物に語りかけた。すると、まるで幻だったかのようにアゼルの後ろに纏わりついていた黒い人型達が消えていた。
それでも、禍々しいまでの雰囲気は消えていなかった。
【
その身を怪異へと堕とし、ただ剣を振るうことだけを望む――――美を司る神すら、武を司る神すら、そして全知全能の神すら認める剣士の名だ。その日、その時、その戦いを見た者達の心にその姿を刻みつけた、一人の剣士の名だ。
■■■■
手に取るように、自分の周囲の状況が理解できた。階層を流れる風、吹き飛ばされる木の葉、誰かの呼吸音、どこかから聞こえる話し声。すべてが情報として頭の中へと流れこんでくる。
視界の中で流れるすべての事象の先が感じ取れた。
未だかつてない、その感覚。
だが、全知など私には必要ない。私は、私の剣が届くその間合いの中を知れればそれだけで良い。全能など誰が望むものか。私が望むのは剣を高めるための剣技のみ。
それ以上を望むことは、剣士の域を逸脱してしまう。
「さて、決着を付けようではないですか」
「ケッチャク?」
「お前を殺す、そういうことです」
「コ、ロス? アゼル、オレ、コロス?」
「ええ、私は貴方を殺します。この剣に誓ったので」
白夜を抜き放ち正眼に構える。自分の感覚が周囲へと鏤められ、且つ鋭敏化していく。視覚で捉え、肌で感じ、臭いで嗅ぎ分け、音で聞き分ける。それを最大限の範囲で行っているというのに、苦もなく、むしろ自然にできた。
ああ、きっとこの世界は今
「チ、ガウ」
その一言で、ゴライアスの周りに漂っていた灰色の長髪がすべて灰へと還り、最終的に髪の毛は地に届くくらいの長さまで短くなった。
「チガウッ!! チガウチガウチガウッ!!!」
そして、ゴライアスは吠えた。
「アゼル、コロスッ!! オレ、ゴロス!!」
「ああ、そうだ。お前も私を殺しにきてください。そうでなければ面白くない」
「アアアアアアアアアアアアアアアァァァァァッッ!!!」
己の存在を誇示するように咆哮を上げ、驚くことにその身から新しく腕を四本生やした。ゴライアスは新しくできた三対の拳を身体の前でぶつけた。ただそれだけの行動で爆音が鳴り響き、衝撃が空間を揺らす。髪の毛をすべて引っ込めたのはその分だけ己を強化するためだったのだろう。
今までの戦闘の中で、最も大きくその巨体が私の視界に映った。
「さあ、来い。この一刀で、お前を斬り裂こう」
「ジネエエエエェェェェェッ――――!!!!」
爆発と見間違うほどの破壊をもたらす踏み込みでゴライアスは突進。身体を捻りながら、その身に宿った膂力に加えて人の技を使い、最凶の拳を放たんと猛進。その拳が捉えるすべてを壊す、ただ純粋な破壊力。なんら特殊な能力を載せていない、暴力という原初の武器。
そして、私は恐れること無く一歩、迫り来る暴力の化身へと踏み込んだ。
――ただ、斬ればいい
――流れに逆らわず
――遮ることなく、その隙間に刃を通せばいい
そう、タケミカヅチ様が見せてくれたあの一刀。あれは正しく流れを遮らない、今までに見た斬撃で最も美しく、洗練され、澄み切った斬撃だった。あれは、なんの流れを読み取りながら放った一撃だったのか。
そう、あの一閃は世界のすべての可能性を考慮した上で、最高最善の一刀を世界に斬り込んだように私には見えた。神の技を模倣しろ。その時の記憶を、視覚だけではなく、すべての感覚を使って思い出せ。
斬り込んだのが世界であるなら、感じ取った流れは私の流れなんてものじゃないはずだ。感じ取るべきは、斬り裂く相手が存在するその世界そのもの。世界という意思なき存在の流れを、果てなき空間のすべてを把握しろ。
それくらいしなければ、私は神の領域に踏み込むことすらできない。神へと――
――
――
――同調しろ、同化しろ
風となれ、水となれ、火となれ、土となれ、光となれ、闇となれ。地面へ落ちゆく落ち葉に、東から昇り西へと沈む太陽に、巡る季節に、流れる時に、満ち欠けを繰り返す月になれ。
この世界の一部となれ。人ではなく、もっと高い場所に手を伸ばせ。
己が存在を、心に携えた剣を、そこから繰り出す斬撃を更なる高みへと至らせろ。
――
――
その瞬間、私は何か大きな流れに身を任せた。赤い慟哭だけではない、目に見えない激流が身体の中へと流れこみ、そして心臓へと溜まっていく。果てしない痛みを感じた。肉体的な痛みではなく、心を引き裂かれるような精神的な痛み。心臓が脈打つ度にその痛みは強く、広く身体を蝕んだ。
――力が
願いが深淵から込み上げてくる。
――例えこの身を滅ぼすような、手に余る力でも
溜まりに溜まった何かが魂を膨張させ、そして――――身体を食い破った。
――私は欲しい
「あああぁぁぁぁッッ!」
背中から力の奔流が外へと吹き出す。その力は、溢れてしまった私の魂。故に、その力が形を得るとしたのなら――
「ハハッ、奇遇ですねゴライアス!」
吹き荒れる赤い闘気と共に、背中から三対の鈍色の翼が広がった。太陽を目指すため蝋で羽を固めた翼ではなく、すべてを斬り裂くという願いが創りだした――剣の翼。身体に罅をいれ、痛み蝕まれ、存在を賭し、そして押し固め形作った、私の魂の結晶。
整えられた柄などなく、岩から削りだしたような無骨な剣だ。しかし、そもそも柄など必要ない。手に掴んで振るうための剣ではないのだから。その柄は、もう私という存在が掴んでいるのだから。
奇しくも、ゴライアスの三対の腕と同じ三対の翼。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオォォォッッ!!!」
斬りたい、そう願っただけで剣は飛翔、思った通りの軌跡を描きながらゴライアスの腕を一本斬り捨てた。残り五つの拳の軌跡を手に取るように感じ取れた。左に残った二つの拳を囮に、時間差で右の拳をすべて叩き込まれる流れを汲み取る。
左の拳を右に僅かに移動し白夜で斬り上げ二本の腕を斬り捨てる。同時に本来不可能な軌跡の斬撃を繰り出す。
「――――――ッッッ!!!」
背中より飛翔した剣が右の腕をすべて斬り裂き、ゴライアスは六本の腕すべてを失った。それでも、闘志が失われるはずがない。腕を失おうと、足がある。足を失おうと、口がある。そうやって死ぬまで戦うのだ。
「――斬れ」
ただ一言、願うだけでいい。具現した魂は、その願いを叶える。
一度交差し離れた距離をゴライアスは巧みな体重移動と姿勢制御で体勢を維持しながら、足の力だけを使い一足で詰めてきた。
しかし、その距離は再び突き放された。
「ガァアアアァァァッッ――――!!!」
胸の中心、魔石へと深々と剣が一本突き刺さる。そしてそのままゴライアスが突き進んできた方向へと吹き飛ばす。轟音を撒き散らしながら、ゴライアスは胸を突き刺す一本の剣によって地面へと縫いとめられた。
腕をすべて失い、魔石も破壊され、それで終わりだと誰もが思ったことだろう。しかし、私はまだゴライアスの命の脈動を、壊したいという純粋な願いを、モンスターという器を破り、まったく違う何かへと昇華しようとする叫びを感じていた。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッッ!!!」
絶叫と共に二本の腕が瞬時に再生、突き刺さっていた剣を握り、そして安々とそれを握りつぶした。握りつぶされた時突き刺すような痛みが心臓に生じ、まるで臓器が一つ潰れたかのような感覚を得た。
ゴライアスは起き上がりながら、その存在のすべてを賭して足を進めた。
(楽しかったよ、ゴライアス)
ゴライアスにとって、今の私は絶望的な相手に違いない。先の攻防一つでそれを理解しただろう。それでも、私に立ち向かうのは、ゴライアスが化物だからだけではない。魔石を砕かれ、本来灰へと還る定めであるのに立ち向かうのが化物だからであるはずがない。
(お前は、人としても強い)
勝てないから逃げる、それは人が理性をもって判断を下すからこそできる行いだ。それが悪いとは言わないし、往々にして正しい場合の方が多いだろう。目の前のゴライアスは理性を手に入れ、己で考えることを習得し、そして化物としての自分以上の力を発揮した。
ならば、勝てないから逃げることもできただろう。そのまま横たわり灰になることもできただろう。
しかし、ゴライアスはそれをしなかった――――できなかった。
理性を得たが故に、ゴライアスの願いは膨れ上がり、そして加速した。故に例え勝てないと思った相手でも立ち向かう。本能だけではなく、理性でも戦いを望み、だからこそこの化物はその足を止めない。
それが、人の――心の強さだ。
(だが、さようならだ)
魔石を破壊しても死なないと言うのなら、その存在そのものを斬り裂き殺すまで。
記憶を保ち、輪廻を巡り生まれ変わったというのなら、ゴライアスには魂があるのだろう。ならば、それを斬り裂く。
(お前に感謝をゴライアス)
祈りを捧げるように白夜を上段に構える。ただ一つの刃、一つの斬撃、一つの結末を思い浮かべる。すると背中から広がっていた剣翼が世界に溶けこむように消え、代わりに白夜の光が増す。
名前の通り、沈まぬ太陽の如き灼熱の色を帯びる。
(私を二度も殺しにきてくれて、私を更なる高みへと導いてくれて――)
周囲に鏤められていた感覚をすべてゴライアスに集中させた。時が止まったと思えるほどゆっくり流れる中、存在のすべてを感じ取る。
脈打つ心臓、全身へと巡る血流、見えるはずのない魔力の流れ、見えるものも見えないものもすべてを感じ取る。そして更に深く深く、相手の深淵へと踏み込む。そこで見つける、相手の存在の核、誕生の所以、身体を動かす心臓を動かす存在の原動力。
器に注がれた、モンスターとしての
「――――ありがとう」
見えない的へと狙いを絞り、そして祈るように唱える。
――我が剣に斬り裂けないものなど、ない
白夜を振るう。真上から真下に向かい一振り、紅の一閃が空へと走った。縦一文字の軌跡がゴライアスの身体を通り過ぎる。振り抜かれた刃は確かにゴライアスを捉えたはずだったが身体的な傷跡はまったくなかった。触れられないものを斬る剣は、触れられるものは斬れない。
それでも、私の剣は輪廻転生を果たしてまで現れたゴライアスを――――その魂を、斬り殺した。
「ァ――――」
声を出すこともなく、目の前で私に手を伸ばしていたゴライアスは灰へと散っていく。何度も刃と拳を交わし、何度も殺されかけ、更なる高みへと至った剣で斬り殺した敵の灰は美しく、消えるように宙へと舞い上がった。
「お前の拳、確かに届いたさ」
頬に触れる。そこには最後の最後、ゴライアスが足掻いた末につけた一つの傷ができていた。僅かな血を頬から滴らせ、確かに転生を果たした化物が存在していたのだということを示す、一つの爪痕だ。
舞い上がる灰を見上げると、その先にいつの間にか森から出て戦いを見ていたリューさんがいた。その彼女の微笑みを見て、私は己の剣に誓った勝利を掴んだことを実感した。もう二度と会うことのない強敵を己の胸に刻みつけ、私は勝利を誓った彼女の元へと歩き始めた。
■■■■
「な、なんだったんだ今の?」
「さ、さあ? リリにはさっぱりです」
歓声はなかった。しかし、それは感動がなかったというわけではない。
むしろ、その反対だと言ってもいいだろう。人々は見惚れてしまった。神話の再現のようなその戦いを目にして、かつてない怪物と一人対峙する剣士に心を奪われてしまった。大声を出して喜ぶことなど、先程の戦いを汚す行為でしかないと全員が思ってしまった。
「あ、あれはアゼル殿の《魔法》か何かだったのでしょうか……?」
「翼がねー……凄かったね」
適当な答えを返したルルネは疲れきって地面に座り込んでいた。全員の視線がアスフィに注がれるも彼女も頭を横に振って詳細は知らないことを示した。
「さ、さあ、僕も何が何だか……」
神であり、アゼルの主神であるヘスティアに視線が流れるのも当然のこと。この場でアゼルの【ステイタス】の全貌を知っている可能性があるのはヘスティアかベルしかおらず、ベルは現在質問をしても答えなさそうなほど心ここにあらずという状態だった。
「にしては詠唱しているようにも見えませんでしたが」
アスフィの言葉に全員が首を傾げた。《魔法》であれば、必ずと言っていいほど何かしらの
しかし、アゼルの背中から剣翼が広がる直前意味のある言葉を口にしていた素振りはなかった。
「無詠唱?」
「それであの性能ですか? ありえません」
ルルネの馬鹿らしい推測にアスフィは厳しい言葉で否定した。
この場で最も冒険者としてのレベルが高く経験豊富であるアスフィにすら分からない出来事を誰が説明できようか。考えるのをやめてさっさとアゼルを迎えに行こうという結論に至った彼等を止めたのは、男神の声だった。
「クク――クハッ」
たまらず笑みを溢してしまった、そんな風な笑い方だった。普段は神としても武人としても落ち着きを重んじ、穏やかな性格のその男神も、この一時は己の中の高揚感を抑えられずにいた。
「ハハハハハッハッハハハ!!」
「た、タケ?」
「ハハハハ、はぁ……いやぁ、すまん」
「い、いや別に良いんだけど、どうしたって言うんだい?」
自分の主神の笑い声に戸惑っていた命より早くヘスティアがタケミカヅチに声をかけた。その笑いが自分の眷属であるアゼルに関わっていることは明白だった。
「いやぁ、ヘスティア。お前の子供は凄いな」
「……君にはアゼル君が何をしたのか、分かったってことかい?」
「分かったも何も、お前も分かってるんだろ?」
「………何のことだい?」
ヘスティアはあんな《魔法》をアゼルが発現させていないことを知っている。それ故に、確実な答えへと辿りつけたが、彼女はその情報があるが故に見落としていた。今のアゼルを見れば
「ヘスティア、お前の子供は何者だ?」
「何、者って……」
「あれは剣技なんてものじゃない。最早その領域を逸脱している」
剣技だけで魂の拡張、そして具現化ができるわけがない。剣技とはあくまで人が扱える技の集合体でしかない。剣技だけで人の域を出ることはできない。例えどんなに優れた剣士であろうと、どんなに器を昇華させようと、人は人から逸脱することはない。
器には見合った中身しか注がれない。
「あれは神域の御業だ。本来人には一生扱えない力だ。だから、お前に聞いているんだヘスティア――アゼル・バーナムは何者だ?」
それは別段責めているような口調ではなかった。むしろ好奇心旺盛な少年のような声色だった。武の神であり剣の神でもあるタケミカヅチだからこそ、神域の剣を扱う人間への興味は神一倍あった。
「いや、何者かなんてこの際もうどうでもいい! ああ、最高だ! 今日はなんて良い日だ! この目に我が眷属の勇姿を収め、見事敵を討ち倒し、そして――――そしてお前に出会えた!」
普段からは想像できない程、どこか芝居がかった物言い。
「なあ、【
自然の権化を精霊と呼ぶ。であるならば、自らの剣を自然の域、世界の一部まで届かせたアゼルは本来ありえない剣の精霊と言えるだろう。未だ神には至らないその身は、だが神から見ても人の域を既に逸脱していた。
武神は彼を剣の精霊――【剣霊】と呼ぶことにした。
そもそも鬼とは様々な意味を持った言葉。妖怪の一種の
美の神が勝手に贈った名前ではあったが、ここに来てその名前はより濃く、より深くアゼルという存在を言い表していた。
「さあ、見せてみろ! お前の道を、お前の剣を、お前の生を! 最強の剣士になれ、登れ、至れ、極めろ! お前こそが、剣の頂を掴むべき剣士だ! 剣の魂を持つお前こそが!」
それは武神の性。酒の神が酒を作りたがるように、鍛冶の神が鍛冶をしたがるように、美の神が美しいものを愛するように、武の神は武を愛するものを愛する。武神故に、誰かと競いあいたくなってしまう、下から自らの域へと届かんとする者を導きたくなる。
娯楽だからではない、面白がっているからではない。それは最早本能と言っても良かっただろう。剣という属性の頂点に立つが故に、タケミカヅチはアゼルを褒め称えた。
そして、また一柱、ヘスティア達とは離れた南の平原で男神が心を躍らせていた。
「ハハハハハッ、なんてことだ!」
大きな身振りで手を広げ、まるで踊るような動きでヘルメスはつば付きの帽子を脱ぎ捨て、もう片方の手で顔を覆った。
「貴方は、貴方はなんて
それは、この場にいない誰かに向けた言葉。ベルの祖父と名乗り、アゼルの剣の師となった一柱へと向けた言葉だった。
「貴方の認めるだけのことはある、そう思っていたさ! だが! だが!!」
見ろと言わんばかりにヘルメスは腕をアゼルの方へと向けた。ここにいない、アゼルの師へと、全知全能の神へと向けて彼は高らかに歌う。
「誰が予想できただろうか! ああ、できないだろう! 全知全能の貴方でも、こんな物語を描くことなんてできようものか!!」
それは感動ですらあった。永い年月を生きる神ですら、驚嘆する、心動かされる、心躍らされる出来事だった。
「
そう、神々の座へと至った人間はいた。しかし、どれもこれもが神々からの試練という名の招待があってこそ。勝手に産まれ、勝手に強くなり、勝手に至った者など未だかつていない。
「ああ、見届けよう、このヘルメスが!! お前の物語を見届けようアゼル・バーナム!!」
まるで愛する子供を抱きかかえるように、ヘルメスは両腕を広げた。下界へと降りてきた神々は、この世界が大好きで止まない、その世界に生きる存在を愛して止まない。
「剣を執れ、すべてを斬り裂け、その身に刻め!! すべての剣士が目指すことを忘れてしまった頂へと登れ! 剣士が紡ぐ、これこそが『
それは最高の見世物。
最高の娯楽。
「あぁ――」
自分達へと刃を向ける存在だとしても、やはり神々は人々を愛して止まない。
「――この世界は、なんて面白い!!」
誰が綴ることもない、語り継がれることもない。その始まりも、過程も、結末さえも誰も知ることのない一つの物語。
――剣士アゼル・バーナムが世界に刻む『刃の神話』
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら言ってください。
まあ、無茶苦茶な成長は前からですしね……
少しはっちゃけ過ぎた感はある……
男神共がはしゃぐ回でした。
神話とクロニクルは意味が違う? 気にしないで!!