剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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幕間 夜深まる

 ロキ・ファミリアの面々が18階層で何かとてつもないことが起きたことを知ったのは遠征を終えた翌日のことだ。遠征で使った物資などの買い出しをしている際、もう戻っているだろうルルネに会いにいった折に聞いた。

 それと同時に後発組と付いてくるはずだったベルやアゼルも集合場所に姿を現さなかったので置いてきたことも知らされた。荒くれ者が多い冒険者とは言え時間を守らなかったのはベル達の方、置いていかれても文句は言えない。

 

「どうしたのー、アイズ?」

「……」

 

 その一報を聞いて最も反応を示したのは、驚くことにアイズだった。

 長く険しかった遠征も終わり、当然その打ち上げとして豊穣の女主人亭で盛大な宴が催された。打ち上げも終わり現在はティオナ、ティオネ、レフィーヤとアイズといういつもの四人でシャワーを浴びている最中だ。

 その中アイズはいつもと違いシャワーを浴びながらただぼーっとしているだけだった。

 

「心配なんじゃないの? ねえ、アイズ」

「う、ん」

 

 右隣にいるティオナの疑問に、姉であるティオネが的確に答えた。

 

「ベル、大丈夫かな」

 

 ぼそりと、誰にも聞かれないようにアイズは呟いた。シャワーの音のおかげで両隣にいるアマゾネス姉妹に聞かれることはなかった。何時も無茶をしては周りに心配される自分が、誰かの心配をしていては「お前に言われたくない」と言われることは目に見えている。

 

「というか、アンタはあいつのこと心配じゃないわけ?」

「ええ? だってアゼルだよ? 大丈夫に決まってんじゃん!」

「はぁ……アンタのその底抜けな信頼はどこから来んのよ」

「えへへー、愛故だよ」

「うざっ」

 

 何時もは他人に惚気話をする側であるティオネは、いざ他人の惚気話を聞かされるとその鬱陶しさを理解した。他人のというより妹の惚気話だったからかもしれない。

 

「でも、アンタもおちおちしてらんないんじゃない?」

「へ?」

「あのフードの冒険者、相当アイツと仲良く見えたわよ。二人っきりで治療なんて、色々想像させられることまでしちゃって」

「あ、ががが」

 

 言われたくないことを言われてティオナは頭を抱えて変な声を漏らした。アイズは首を傾げながらそんなティオナを眺めた。アイズにはまだ恋心というものが何なのか、はっきりとは理解できていなかったし、二人きりだから何がいけないのか疑問だった。

 取り敢えず自分だったらティオナのような奇行はしないだろうとは彼女は思った。

 

「テントから出てきた時も妙に身体くっつけてたし」

「うぐ」

「あの冒険者たぶんエルフよ? エルフがあんなにべったりするなんて、もうできてるんじゃない?」

「う、ううぅ」

「そう言えば私達が遠征中にもエルフに支えられながらダンジョンから帰ってきたってリヴェリア言ってたっけ……あらあらぁ、これはもう」

「うるさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいい!!!」

 

 連撃となってティオネから打ち出される言葉の数々にとうとう耐えられなくなったティオナは間にいたアイズも巻き込んでティオネに襲いかかった。

 

「ちょっ、アンタねぇ!」

「てぃ、ティオナ」

「うるさいうるさいうるさーい! ティオネだってぜんっぜんフィンに相手されてないクセに!」

「なっ!?」

「毎朝毎朝フィンがあんなにたくさん食べられるわけないでしょ!」

「そ、そんなこと」

 

 お返しとばかりにティオナは、ティオネが毎朝如くフィンのために用意している大量の朝食について言及した。少なからず自覚があるのか、ティオネは狼狽えた。

 

「打ち上げの度に飲ませ過ぎだしティオネも飲み過ぎ!!」

「だ、団長はいつも全部食べてくれるし飲んでくれるもの!」

「知ってるよ、もうっ! 私もアゼルの朝ご飯とか作りたいのっ、一緒にお酒とか飲みたいの!」

 

 もみくちゃと重なり合う少女たち、特にアイズのあられもない姿をレフィーヤは頬を赤く染めながら眺めていた。もし彼女以外に第三者がいても同じような反応をしただろう。

 

「いつでも会えるティオネが羨ましいの! 少しくらい惚気けたっていいじゃん! こっちは何時も聞いてあげてるのに、ティオネのケチ!」

「け、ケチ!?」

「大体、何で姉妹なのにこんなに違うんだよー……」

 

 姉の豊満な胸を揉みながらティオナは己の貧相な胸を嘆いた。アマゾネスにしては珍しく、ティオナは貧乳と言われても言い返せないほど胸がスレンダーだ。流石に主神であり神々の間では『無乳神』や『絶壁』などと呼ばれているロキよりはあるが、それでもやはり胸の大きな女性に憧れを抱いてしまう。

 男が胸の大きな女性により惹かれるとティオナは思っている。

 

「ちょ、やめ、ぅん」

「私だってこれくらいあれば、あればぁ!」

「――いい加減に、しろっ!」

 

 流石に我慢できなくなったティオネはアイズがいることを忘れてティオナを力づくで押し返した。

 

「アイズさんッ」

「だい、じょう、ぶ――あ」

 

 突き飛ばされながらも、器用に勢いを殺してから浴室の床に着地したアイズは、体勢を立て直す最後の一歩で石鹸を踏んでしまい転倒してしまった。その転倒も受け身を取って事なきを得た。レベル6としての冒険者の動きの無駄遣いだった。

 

「いったぁ……」

「はあ、もう。私の胸は団長のものなの。妹でもそう安々と触らせるわけにはいかないっつーの」

「うぅぅぅぅ」

 

 アイズと違いティオナは頭を床にぶつけた。戦闘時ではない今、かなり痛かったようでティオナは涙目になる。しかし痛む頭を擦るのではなく、自分の貧しい胸を触りながらだ。

 

「はぁ……あいつは小さい方が良いって言ってたわよ」

「ほ、本当?」

「本当よ、ね、レフィーヤ」

「え、え。あ、はい、言ってました」

「そっか……小さくても良いんだ、えへへ」

 

 いきなり話を振られたレフィーヤはどもりながらも答えた。でもあれは冗談で言ったんじゃ、という言葉をレフィーヤはティオナのために飲み込んでおいた。地面に座り込んでいたティオナはその答えを聞くと、立ち上がり再び大人しくシャワーの下へと移動し何事もなかったように入浴を続けた。

 

「はぁ……」

「そうだッ!」

「今度は何」

「今度アゼルに会いに行く!」

「はぁ? ホームの場所も知らないのに? そもそも地上に帰ってきてるかも分からないじゃない」

「探せば見つかるよー、きっと。ううん、絶対会うんだから!」

「……どうすれば、そんな前向きになれるのやら。あっ」

 

 レフィーヤからしたらティオネも十分前向きにフィンに好意をぶつけているのだが、確かに今のティオナは絵に描くような恋する乙女に見えた。それは明日からあまり遠くないとはいえオラリオから離れる、つまりアゼルと会えなくなってしまうからかもしれない。

 そしてティオネはこの質問をした後に、しまったとばかりに声を漏らした。

 

「愛故、だよ!」

 

 それはもういい笑顔でティオナは答えた。

 

「うざっ」

 

 誰にも聞こえないくらい小さな声、もしかしたら声にすらなっていなかった呟きはシャワーの音にかき消された。

 

 

■■■■

 

 

(また、強くなったんだね)

 

 まるで自分のことのように、否、自分のこと以上に鈴音は喜んだ。

 椿がロキ・ファミリアの遠征から帰ってきてから、彼女は鈴音にダンジョンで偶然出会い数日行動を共にしたアゼルの話をした。その話の中で、アゼルはロキ・ファミリアが逃げるしかなかったモンスターの大群を一刀で斬り裂き、そしてレベル5という自分より遥かにレベルの高い冒険者と渡り合ったことを聞き、鈴音は興奮した。

 

 アゼル・バーナムは強くなくてはならない。何者よりも剣を巧みに扱い、何者よりも鋭く剣を振るい、何者よりも剣にふさわしくないといけない。人では叶えられない願いを、人では届かぬ頂を、人では辿り着けない領域を目指すのならば、アゼル・バーナムは強くなくてはならない。

 故に、忍穂鈴音はその命を賭して、最高の剣士にふさわしいだけの刀を目指した。

 

(でも、誰なんだろう)

 

 アゼルが戦闘娼婦(バーベラ)の一団に襲われ、毒殺されかけた話に出てきたエルフの女性を思い浮かべた。椿が言うにはオラリオ最強の魔導師ですら治療できないと言った毒を彼女は解毒したという。

 鈴音はその方法を、なんとなく理解した。

 

 ホトトギスという怪異は、血を力とする怪異だ。それをその身に宿し、そしてホトトギスに成ったアゼルはその能力も継承しているのは、考えてみれば当たり前のことだ。

 つまり、アゼルはそのエルフから血を吸ったということになる。

 

(羨ましい)

 

 一瞬そんなことを考えてしまった自分を鈴音は恥ずかしく思った。ベッドの中で身悶えしながら、やはり最後にはもう一度同じ感想を抱いた。倒錯的を通り越して、その想いは破滅的だ。

 アゼルのためならば、鈴音は何でもするだろう。きっと彼女は死ぬ間際ですら、アゼルの剣が見られなくなることを嘆くだろう。

 

(今度、頼んでみようかな……)

 

 頼んでしてくれるとは思えなかったが、頼まなければ絶対にしてはくれないだろう。自分がかなりおかしいことを考えているという自覚をしながらも、おかしくなければアゼルに恋などしなかっただろうと、前向きに考えた。

 アゼルの正体を知り、それでも惹かれるというのなら、それはどこか歪んでいる証拠かもしれない。

 

(会いたいよ)

 

 心臓を押さえて鈴音は願った。

 彼女の心臓は、もう彼女のものではない。彼女の心臓が脈打つのは彼女のためじゃない。彼女の身体に血が巡り、命が宿り、手に槌を握り振るうのは彼女のためじゃない。

 彼女は、忍穂鈴音はアゼル・バーナムのために生きる。

 

(うぅ……また打ちたくなってきた)

 

 カーテンの隙間から月明かりが照らす部屋の中には以前より多くの刀が並んでいる。白夜を打った彼女は、それ以上の一振りは打てないだろうことを知りながらも、やはりアゼルのために鉄を打つことを止められなかった。

 アゼルのことを考えれば考えるほど、その想いを鉄に打ち込みたくなるのだ。鍛冶師として、恋する少女として、彼女はアゼルを想うことを止められない。

 

(どうしよう、これ)

 

 売るという方法はあるが、したくなかった。白夜には劣るものの、かなりの出来であると彼女は自負している。しかし、それに込められている想いは白夜に劣らない。すべてを純粋にアゼルのことを想い打った作品だ。

 売れるわけがない。

 

 自分で使ってはいるが、すぐ壊れるような刀をアゼルのために打つわけもなく、未だ刃こぼれをしていない。この調子でいくと、完全に部屋がアゼルのための刀で埋まる日も遠くない。

 

(今日は寝よう)

 

 幾度も繰り返した思考故、彼女は早い段階で考えることを止め目を閉じた。布団の中で丸くなり自分の身体を抱きしめるようにして、眠気に意識を任せる。

 思い出すのはアゼルに抱きしめられた時のこと。アゼルの体温、アゼルの声、アゼルと触れた肌の感触。思い出すことのできるすべてを思い出し、その記憶の世界を漂う。

 

(夢で、会えますように)

 

 恋する乙女の小さな願いを果して叶えるのは眠りの神か、それとも彼女の並々ならぬ恋心か。

 

 

■■■■

 

 

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉっ!!!」

 

 時を同じくして、アゼルが生きているという情報はイシュタル・ファミリアにも伝わっていた。それを聞いてアイシャは部屋に置いてあるテーブルを叩き割り、それでも怒りが収まらなかったのでベッドも破壊した。

 

「ど、どうしたの?」

「ニ、ニイシャ……!?」

「姉さんってば、そんなに暴れて」

「お、おまっ、ベッドから出て、その、大丈夫か?」

 

 家具を破壊すれば当然破壊音が周りへと響く。それを一番煩く感じるのは隣の部屋で寝ていたアイシャの妹であるニイシャだということに、アイシャは今更気が付いた。

 アイシャは変わり果ててしまった妹の姿を見た。

 

 姉妹というだけあって、身長は妹の方が僅かに低い。切れ長で蠱惑的な瞳とよく言われるアイシャの目と違い、妹のニイシャの目はパッチリとしていて愛嬌がある。アゼルに付けられた傷を隠すために今は肌を露出していないが、アイシャに負けず劣らずの豊かな胸は肉欲的に男を魅了した。

 長い白髪は毛先だけが僅かに赤色。自分と同じ漆黒だった長髪が、今ではまるで色染めする前の絹のように美しい。アマゾネスとしての褐色の肌と、変貌してしまった白髪は、以前より艶めかしくニイシャを飾っているようにアイシャには思えた。それだけに、アゼル・バーナムが憎かった。

 

「ええ、もう大丈夫みたい。ふふ、なんだか前より元気になった感じすらするの。不思議ねえ」

「い、いや、だってお前今日まで寝込んで、苦しそうに、うなされてて」

「うん、なんだか凄く長い夢を見ていたみたい。まだ少しぼーっとしてるかも」

 

 その状態が一ヶ月弱続いていたのにもかかわらず、目の前の妹から緊張感が伝わってこないことにアイシャは少しだけ安心した。昔からどこか和やかな空気を醸し出す少女だった妹は、今も変わらずにいる。

 

「ねえ、姉さん」

「うん、何ニイシャ」

「私を斬った人、分かるよね?」

「――ッ」

「私ね、その人に」

 

 復讐したい、そう言うのではないかとアイシャは思った。自らの手でアゼルを殺したい、そう言ってくれればアイシャは何をしてでもアゼルをニイシャの目の前まで連れてくると妹に約束しただろう。

 しかし、ニイシャの言った言葉は予想外のものだった。

 

「会ってみたい」

「なっ」

「どうしても、この傷を付けた男性(ひと)に会ってみたいの」

 

 そう言いながらニイシャは服の上からアゼルに付けられた傷をなぞった。左腰から右の乳房の辺りまで、まるで何か大切な物を触るように優しくなぞった。

 

「私ね――」

 

 ニイシャの頬は紅潮していた。見る人が見れば、その表情が愛する男と身体を重ねる時の女の顔だと分かっただろう。アイシャにもすぐそれは分かった。しかし、分かってしまったからこそ理解不能だった。

 

「――彼に恋をしてしまったの」

 

 一生跡が残るような傷を付けた相手に恋をするというのは、どんな感情なのだろうか。そもそもニイシャはまだ一度もアゼルに会ってすらいないというのに、どこに惹かれ、どんな恋心を抱いたのというのか。

 アイシャには、何一つ分からなかった。

 

(ニイシャは変わっちまった、のか)

 

 どうすればいいか分からなくなった。起きてくれたことは心の底から嬉しかった。なのにこんなのはあんまりだと、彼女はアゼルを呪った。

 

「ね、お願い姉さん」

 

 男女問わず見惚れてしまいそうな艶めかしい微笑みをニイシャは浮かべた。

 アイシャは妹の願いを断ることなどできなかった。変わってしまっても、ニイシャはアイシャの妹に違いなく、唯一の肉親なのだから。

 

 

■■■■

 

 

「アゼル・バーナムの方はどうしますか?」

「あっちはいらん。相手にするな」

「あら、主神様、そんなこと言わないで」

 

 エルフに負けないほど美しい青年、ヒュアキントスはその主である神に跪きながら判断を仰いだ。

 主神の言葉に反応したのは部屋の壁際に立っていた秋声の美女だった。跪く青年と変わらぬ、思わず溜息を漏らしてしまうほど整った顔。微かに紫がかった白髪は月明かりを受け神々しく輝く。

 しかし、どこか悲しみを感じさせる女だった。

 

「ん? どうしたリュティ、【剣鬼(クリュサオル)】が欲しいのか? ならついでに貰おう」

「だって彼、悲愛の香りがするんだもの。私、そういう人って大好きなの」

「ふふ、【悲愛(ファルス)】とな。であるなら、この私の眷属となるのも納得というものだ」

「ありがとう、主神様」

「よいよい、愛しい我が子供(眷属)達のためだ。私は道化にでも、暴君にでもなろうさ」

 

 神は己の眷属の願いを受け入れた。感謝を述べたリュティと呼ばれた女性は主神の返事を聞き、微笑みながら部屋から退出した。その微笑みにすら悲しみを醸し出しながら【陽向の花嫁(ヘリオトロープ)】リュティ・ユンペイは悲愛の予感に身を震わせた。

 

「と、言うことだ。アゼル・バーナムも手に入れる。ヒュアキントス、後は任せてもよいな?」

「お任せください」

 

 青年の髪を愛おしそうに撫でながらその神は命じた。間髪入れず、待っていたと言わんばかりに青年は返事をした。

 

「ああ、早く欲しい!」

 

 手を広げ、愛する恋人でも迎えるかのように誰かを待ち望むその姿は正しく『愛に生きる神』。

 

「俺の、ベルきゅん!!」

 

 お前のじゃない、とツッコミを入れる人物は誰一人としてその場にはいなかった。

 

 

■■■■

 

 

「はぁ……」

 

 とある辺境の村に建てられた一つの家の窓際。深窓の令嬢と言われても万人が信じるだろう程に美しい女性が夜空を見上げていた。見上げる瞳はガラス細工のように儚く、何かの拍子に壊れてしまうのではないかと思わせるほどだ。

 

「どうしたんですか、ユティさん」

「ごめんなさい。起こしてしまいましたか、テネリタ」

「い、いえ、別にユティさんのせいとかでは……何か見ていたんですか?」

「ええ、月をね」

「……綺麗ですね」

 

 テネリタと呼ばれた少女はユティ――窓辺で空を見上げていた女性――の隣に来て同じように見上げた。

 光源のない辺境の地の夜空には星々が鏤められ、その中心に大きな月が人々を見下ろしていた。

 

「ええ、昔と変わらず綺麗」

 

 その台詞は、まるで月以外の何かが昔と今で変わってしまったと言っているようにも聞こえた。数秒間美しい月を見つめた後、ユティは窓辺から離れた。

 

「夜更かしはお肌に悪いわ、貴女ももう寝た方がいいわ」

「ふふ、そうですね。ユティさんの綺麗な肌が少しでも荒れたら村の男の人達が悲しみますからね」

「まったく……ふふ」

 

 先に部屋から出て寝室へと戻っていった少女を見送り、ユティは微笑んだ。まるで本物の母と娘のような幸せが彼女達の間にはあった。

 

「――――」

 

 ユティはもう一度だけ振り向いて窓に差し込む月光を見た。普段は見ることもない、見ても美しいとは思わない空気中の埃も月光に照らされるだけで幻想的な風景へと変貌する。そんな有り触れた光景ですら、彼女は幸福を感じた。

 それが自分に許されないと思いながらも、彼女はその幸せを受け入れてしまった。

 

「貴女は今、どうしているの――」

 

 胸を押さえながら、未だに感じ取ることのできるその感覚に集中した。そして、誰かの名前を呟く。届かないと知っているのに、呼んでも返事などないと分かっているのに、彼女はその名を口にしてしまう。

 自分が置いてきてしまった、目を背けてしまった、正義の欠片。

 

 月光に照らされる髪の色は煌めく星々のような金色。かつて強い意志を写していた瞳は赤。首から下げる首飾りには正義の剣と翼が描かれた徽章。それは月明かりを受け、鈍く光を反射させていた。

 彼女はかつて人々を照らしていた、光を失ってしまった星々の乙女。

 

 彼女の本当の名は――――

 

 

■■■■

 

 

 所要期間、一ヶ月弱。

 アゼル・バーナム、レベル3到達。

 

 その一報がギルドの掲示板に貼りだされ、再びオラリオに驚きを巻き起こす二日前の夜の話だ。

 

 




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

これにて5巻終了です。
うーん、この幕間は殆ど次の章の予告ですね。

次の章も、途中まで書き上げ連日投稿。休止を入れて最後まで投稿という感じになると思います。いかんせん今までの章より日数が多いので。恐らくまた15話くらいになると思います。

うーん、オリキャラ多いですね……
あまりオリキャラを乱用したくないんですが。
やりたい展開に必要なキャラが原作にいないので……

※2016/07/01 外伝6巻に合わせて描写修正

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