剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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祝1周年、祝60話ということで更新してしまった。

※外伝6巻の内容に合わせて若干ですが前話【幕間 夜深まる】を修正しました。主な内容としては日付です。修正前は前夜としてましたが、外伝の内容と照らし合わせると無理があるので二日前の夜に修正しました。後は細かい描写等だけです。(数日経ったらこの注意は消します)


彼が為
現状確認


「さて、アゼル君」

 

 そう言って、ヘスティア様は神妙な顔つきで喋り始めた。

 テーブルを挟んでソファーに座るヘスティア様と椅子に座る私。その中間には情報を羅列した紙が二枚隣り合わせで置いてある。

 

「取り敢えず、ランクアップおめでとう、と言うべきなんだろうね本当は」

「ははは」

 

 ヘスティア様はその二枚の紙を私に差し出しながら、困ったような笑顔を浮かべた。そして私も乾いた笑いを返す。冒険者にとって次の段階へと踏み出す、器の昇華を意味するランクアップは本来祝福すべきことである。

 なにせ、それは【経験値(エクセリア)】を溜めて【ステイタス】の熟練度を上げることとは意味が違う。【ステイタス】の習熟を成長と言うなら、器の昇華であるランクアップは飛躍だ。

 

「本当に君って奴は……レベル1から2の世界最速記録だけじゃなく、2から3も大きく塗り替えるなんてね。その上――」

 

 

アゼル・バーナム

Lv.2

力:D 558 → B 789

耐久:D 576 → B 767

器用:A 801 → S 954

敏捷:B 744 → S 901

■■:■■

剣士:H → G

《■■》

【■■■】

《スキル》

(スパーダ)

地這空眺(ヴィデーレ・カエルム)

(グレイプニル)

 

 

 左側の紙に書かれていたのは私のレベル2の時点での最終【ステイタス】。

 

 

アゼル・バーナム

Lv.3

力:I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

■■:■■

剣士:G

心眼:I

《■■》

【■■■】

《スキル》

剣心一如(カルデア・スパーダ)

・ 神域の剣士の証。

・ 何を切り、何を切らないかの取捨選択権を得る。

・ 己の力への信頼の丈により効果向上。

地這空眺(ヴィデーレ・カエルム)

聖痕(スティグマ)

・ 魂の枷。

・ 早熟する。

 

 そして、その右隣に置いてあるのが私の新しい、レベル3としての【ステイタス】。

 

「――まさか、《魔法》どころか魔力すら失い、《スキル》を進化させるなんて。前代未聞だ。いや、それを言ったら君は色々前代未聞なんだけど」

 

 とうとうヘスティア様はソファーにぐったりと身体を預けてしまった。主神となって日が浅い彼女ですら、その異常具合を理解した。

 【ステイタス】とは本人の経験したことによって無限の成長の仕方がある。走れば走るほど敏捷は上がるし、攻撃をくらえば耐久が上がる。ならば《魔法》を失うということは、それが不要だと私が思ったからなのだろうか。

 それをヘスティア様に聞いてみると。

 

「うーん、僕としては最初に魔力を失って、その結果《魔法》を失ったんじゃないかと思ってるよ」

 

 と答えた。

 だが、私はやはり違う考えだった。

 

――研ぎ澄まされていく

 

 感覚ではなく存在が、ただ一つの目的のために鋭く尖っていく。

 

――削ぎ落とされていく

 

 斬るための剣に装飾などいらず、刀身ただ一つがあればいい。

 

――鍛え上げられていく

 

 自分を傷付けながら、傷付く毎にその強度を増しながらただ一振りの鉄になっていく。

 

 目指すべき場所を見つけたのだから、そこに辿り着くための最適の選択肢を魂が選んだのではないかと感じていた。

 斬るために魔法など不要である。

 根拠などない、理由もない。しかし、そう思わずにはいられない。

 

 私という存在が、ただすべてを斬り裂くための剣へと昇華していく。

 

――この身を刃とし世界を斬り裂く剣と成る

――すべてを斬り裂く、ただ一振りの剣

 

 人には至れぬなど誰が言った。神が斬れぬなど誰が言った。

 夢を見ろと親は子供に教える。大志を抱けと教師は生徒に言い聞かせる。そうだ、私は夢を見たのだ、大志を抱いたのだ。

 それが多くの者が叶わないと思い、目指した者達が至れなかった夢というだけの話。ならば私が叶えればいい、私が証明すればいい。

 

――人には到れる

――神は斬れる

 

 私の命は、ただそのためにあるものだから。

 

「だって、考えても見てごらん。君は【ステイタス】という神々の奇跡の一部、自身の《スキル》をその手で引き千切ったんだ。どんな支障が出ても不思議じゃないさ」

 

 そして、とヘスティア様は続ける。

 

「【(スパーダ)】が【剣心一如(カルデア・スパーダ)】に、【(グレイプニル)】が【聖痕(スティグマ)】に変わった」

「まあ説明文も殆ど一緒ですしね」

「これは……まあ、何となくまだ分かるんだけどね。つまり派生アビリティみたいに、それに該当する【経験値】をたくさん用いれば《スキル》も成長する、のかもしれない。話に聞いたことはないけどね」

 

 もしくは、この変化こそが一時とは言え奇跡の域まで至った影響なのかもしれない。

 

「【聖痕】が君に与える早熟の効果は【地這空眺】が与える効果とは意味が違う。後者は君の追いつきたいという想いの具現だけど、前者は――」

 

 ヘスティア様は私を見上げた。辛そうな表情だ、泣きそうな瞳だ。だけど、彼女は決心して私に言った。

 

「前者は、壊れそうな君という存在が望んだ力だよ。大きすぎる魂に耐えられない器を、できるだけ早く強くしようと足掻く君の存在の緊急信号だ。それでも――――」

 

 しかし、続く言葉を飲み込んで彼女は耐えた。人の助言など聞かないであろう私のために、彼女は耐えた。それがどれだけ痛くとも、彼女は私の答えを知っているがために、その言葉を飲み込んだ。

 心配されても、私は己の道を行く。ああ、()()()()私は剣を振るうことを止めたりはしない。

 

「……それで、君には悪い知らせ、僕にとっては良い知らせがある」

「なんです?」

「まず言っておくけど、18階層で君が見せた力は『精霊』と言っていい領域の力だった。これはタケ、ヘルメス、そして僕も感じたことだから間違いないと言っていい」

「精霊、ですか……うぅん、私が精霊ねえ」

 

 あまりピンとこない事実に私は首を傾げざるを得なかった。

 自然の権化、人々に加護を与える超常の存在。私にとって精霊とは善性の象徴のような存在だ。幾度とその存在をお伽話などで読み、勇者や英雄に力を貸す描写を読んでいた影響かもしれないが、一般的な理解とも言えるだろう。

 

「ああ、タケは君のことを剣の精霊――【剣霊(ケンレイ)】と呼んだよ」

「そもそも精霊とは自然の権化なのではないですか? 剣を極め精霊に至ることができるとは、到底思えないんですが」

「そもそも精霊っていうのは()()ものじゃない。最初からそう()()ものだ。だからこそ、それに至った君の異色さが際立つんだよ」

 

 溜息を吐きながらヘスティア様は頭を抱えた。どうやらヘスティア様はタケミカヅチ様とヘルメス様に剣霊となった私を見られてしまったことが悩みの種らしい。特にヘルメス様は天界でも有名な娯楽好きの神なので、何をしでかすか分からないと言っていた。

 

「【聖痕】っていうのは奇跡の証だ。神々によって作られた【ステイタス】という仕組みが、君を奇跡に足る存在だと認定したんだ。だからこそ『魂の枷』なんていうものを作ったんだろうけど」

「あー……つまり私は【聖痕】というスキルがある限り」

「そう、魂の拡張は起きない。恐らく以前の【鎖】より幾分も強い楔だよ」

 

 そう言ってヘスティア様は私の胸を指差した。心臓に重なるように、十字の刺青のようなものができていた。勿論、私は刺青を入れたことはない。

 

「そうやって見える形で発現しているのが何よりの証拠だ」

「……これが神の啓示などを聞いた聖人に現れる聖痕のようなものだと?」

「そう、自分の身体は大切にしろっていう啓示だ」

 

 なんと迷惑な啓示だろうか。しかもそれがただの声ではなく、確かな効果を持ってこの身に降りかかっている。触れても普通の肌と何も変わらない感触なのに、不思議なものだ。

 

「あんなことを何度もしてたら……いつか器が壊れちゃうよ」

「壊れたら、どうなるんですかね?」

 

 だが、何度やっても同じことだ。行くなと言われると行きたくなるよう、とまでは言わないが、一度経験してしまったあの高みにもう一度触れたいと思うのは当然のことだ。【鎖】を斬り裂いたように、私はまたこの束縛を振りほどくだろう。

 

「壊れたら……死ぬよ。君という存在は、その器と中身があって初めて世界に存在できるんだ。片方が壊れれば、君は死ぬ」

 

 ただ悲しそうに、ヘスティア様はそう断言した。きっと、彼女は私が素直に言うことを聞かないことを分かって言っている。しかし、自分のしたいことを、自分の『未来』を見て欲しいものを欲せと私に言ったのは他でもない彼女だ。

 ヘスティア様の悲しそうな笑みが、心に刺さる。

 

「じゃあ、今度は君の話を聞かせてくれないかな?」

「……」

「ここまで来てだんまりはなしだよ?」

「分かってますよ。ただ、どこから始めようかと思いまして」

「最初から頼むよ」

「なら、ヘスティア様は鈴音を知っていますよね。少なくとも名前は」

「ああ、君の専属鍛冶師だろう?」

 

 それから、私はヘスティア様に私の身の上の話をした。

 忍穂鈴音という、私に新たな可能性を与えた鍛冶師の話。ホトトギスという古の怪異を宿した刀と出会いゴライアスを討伐したこと。その時から既に身に余る力を、長い年月を掛けて血を啜り力を蓄えてきたホトトギスという奇跡に触れていたこと。

 

「でも、あの刀は確か折れたんじゃ?」

「ええ、ホトトギスは折れました。でも、折れる前にホトトギスという思念の集合体はその宿主を変えたんです」

「もしかして――」

「はい、私という器にホトトギスが入ったんです」

 

 オッタルとの戦闘の時にフレイヤの血によって暴走し、それを止める過程で私自身がホトトギスと成ったこと。

 

「じゃあ、この前の黒い人型は」

「ええ、あれは今までホトトギスの犠牲となった人間の怨念です」

 

 人ではなくなり、怪異となっても剣を振るうことが楽しく、それ以外は何もいらないと思ったこと。刀の扱いをもっと上達させるために武の神であるタケミカヅチ様に弟子入りし、そこで神域の剣を見せてもらったこと。

 そして、つい二日前での戦闘でホトトギスという奇跡が完全に私に定着しそれ以前より強力な力が扱えるようになったこと。その状態でタケミカヅチ様の剣技を模倣しようと四苦八苦した結果、世界の一部となり剣霊へと至ったこと。

 

「……僕としては、世界の一部とか、そこらへんがまったくさっぱりなんだけど」

「うーん……感じるんですよ、風とか、光とか、音とかを。そして、それに同化するというかなんというか。元々は、相手の動きや意識に同調して戦いを有利に進める」

「うん、やっぱり説明しなくていい」

 

 説明が長くなると分かるやいなや、ヘスティア様は説明を遮った。やはり部屋でのんびりしながら本を読むことが好きなヘスティア様にとって剣技は専門外、説明されて分かるようなものではなかったようだ。

 ちなみに、ヘスティア様はあの転生ゴライアスの正体を知らない。これは、依頼主であるヘルメス様に口止めをされた。喋っていたことに関しては、規格外のモンスターだったということで済まされたらしい。

 

「それで全部かい?」

「えー……あ」

「まだ何かあるの?」

「はい、実は私血を飲むと強くなります」

「あぁ、血ね血……血? …………血ぃぃぃぃぃ!? あだっ!!」

 

 もう驚くまいと待ち構えていたヘスティア様は、予想もしていなかった私の言葉に驚愕していた。その驚きようと言ったら、ソファーから転がり落ちて頭を床に打ち付けるほどだ。

 

「き、君は吸血鬼だったのか!?」

「人かどうかは少し審議の余地があると思いますが、取り敢えず吸血鬼ではないですよ。太陽を浴びても大丈夫ですし」

「そ、そうか、それはよかっ――――たわけないだろォォぉ!!!」

 

 勢い良く立ち上がったヘスティア様はその小さい身体を最大限テーブルに乗り上げながら叫んだ。ある程度反応は予測できていたので私は耳をふさいでやり過ごした。

 

「血って、君、血って……ま、まさかっ!」

「いや、あの別に美味しいと思ってないですからね」

 

 それに神の血を飲む気は――その機会があったとしても――なかった。

 

「……でも、他人に自分の血を提供する人物なんているのかい? しかも、それを飲まれるんだよ?」

「いますよ。まあ、何時何処でもというわけではないですが」

 

 その人物にヘスティア様はもう既に会ったことがあるのだが、彼女は気が付いていないようだ。そもそもリューさんの血を飲んだところは誰にも見られていないし、『停滞の檻(ヴリエールヴィ)』の中身が血液だったと知っている者もいない。

 

「あ、血を飲ませてくれている人のことは聞かないでくださいね。彼女も、あまり知られたくないでしょうし」

()()?」

「あ……」

「俄然聞きたくなったよ、僕は」

「いや、絶対に言いませんよ」

 

 分かってるさ、と吐き捨てながらヘスティア様は不貞腐れ唇を尖らせた。彼女からしたら、自分よりリューさんを私が優先したということになるので当たり前の反応と言えば当たり前だ。

 しかし、リューさんのことを言わないのには色々と理由がある。私に血を吸われていることをあまり知られたくないだろうということも確かに事実だが、リューさんはそもそも正体を隠して生活している。

 

「……ん、待てよ。つまりその彼女は君の事情を知っているのかい?」

「ええ、知ってますよ」

「な、なんで!?」

「やんごとなき理由がありまして。それに、血を飲ませてもらっているので、私も誠意を見せないといけないでしょう?」

「ぬぅ……納得できない」

「まあ、もう話したでしょう?」

「それは、そうだけどー」

 

 更に不貞腐れたヘスティア様はテーブルに身体を預けて脱力してしまった。個人的にはその身長に見合わない豊満な胸のせいで息苦しくないのだろうか、などという関係のない疑問を抱いた。

 

「僕はね――責任を、感じてるんだ」

「なんのですか?」

「君を人じゃなくしてしまった。その一歩目を与えたのは、僕だ」

 

 彼女の答えを聞いて納得した。

 人々の可能性を無限に伸ばすことのできる神々の奇跡【神の恩恵(ファルナ)】があってこそ、私は今の私になったのは確かだ。

 しかし、それは誤解、いや――

 

「ヘスティア様」

「うん?」

 

――なんと烏滸がましいことか。

 

「私に私の道の一歩目を歩ませたのは、私ですよ」

 

 そう、願いを抱いたのは他でもない私だ。剣を握ったあの日、私は願った。剣を振るったあの日から私は願い続けた。

 

「貴女じゃない。私を私たらしめるのは、私以外いるわけがない」

 

 それは、偶然私の近くに剣を置いていった誰かでもない。それは、私の剣の師である老師でもない。

 

「私の願いは、私の想いは、私の道は、誰かに諭されて歩み始めたものじゃありません」

 

 そうだ、剣を握ったのは他でもない私。剣を振るったのは他でもない私。すべてを斬り裂くのは他でもない私。【ステイタス】という奇跡がなければ、ホトトギスという怪異に出会わなければ、忍穂鈴音という鍛冶師がいなければ、オッタルという男がいなければ、リュー・リオンという女性がいなければ、老師という師がいなければ、私はここにはいなかったかもしれない。

 しかし、一歩目を踏み出したのは――――剣を握ったのは私だ。

 

「だから、貴女の責任にしないで欲しい。私のしてきたこと、したこと、することの責任を私から奪わないで欲しい」

「……本当に、君って奴は」

 

 呆けたように私を見ていたヘスティア様は少し寂しそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、僕に何かできることはあるかい?」

「そのまま、いつものヘスティア様でいてください。いつものように、見ているこっちまで嬉しくなってしまうような笑みを浮かべていてください」

「ああ、分かったよ。僕は今までの僕でいる。お節介だって分かっていても君のことを心配する僕でいる。君が目指すっていうなら、僕はその険しい道程を見守るよ。君が迷わないように、迷ってしまっても帰って来られるように僕は君の道を照らすよ」

 

 その時の彼女の微笑みは慈愛に満ちていた。女神とは今の彼女のためにある言葉なのかもしれない。ともすれば、私は美の女神であるフレイヤを見た時よりもヘスティア様に見惚れてしまったかもしれない。

 幼くも神々しい、嬉しいのに悲しい、笑っているのに泣いてしまいそう。

 

――例え、君に斬られると知っていても

 

 そう言っているように聞こえた。

 

 

■■■■

 

 

 しがないギルド職員であるミィシャ・フロットの朝は早い。

 

「うーーん」

 

 その日も彼女は太陽が昇りきらない時間に目を覚ました。カーテンを全開まで開け、僅かに空を照らす朝日を浴びる。大きく背中を伸ばして身体をほぐしながら洗面所へ行き冷たい水で顔を洗う。それでも覚めきらない眠気を振り払うように彼女は朝食の用意を始めた。

 

「お、ラッキー」

 

 本日の朝食はトーストに目玉焼きというスタンダードなもの。フライパンの上に卵を割ると中から艷やかな黄身が二つこぼれ出てきた。

 

「ふんふんふーん」

 

 トースターに入れていた食パンの焼け目も稀に見る綺麗な黄金色、完璧な焼き加減だ。戸棚から食器を取り出すと、偶然一番上にお気に入りの皿がありミィシャは更に上機嫌になった。

 鼻歌を奏でながら皿に焼きたての目玉焼きとトーストを乗せ、食卓へと運ぶ。

 

「いただっきまーす」

 

 これ以上ないくらい良い朝を迎えたミィシャはトーストにバターを塗りひとかじり。東から姿を完全に現した太陽を眺めて、今日も一日が始まるという実感を得た。

 

「あー、今日は良い一日になりそう!」

 

 そんな彼女の予想をぶち壊す出来事が起きる二時間前の話だ。

 

 

 

 

 

「おはようございます」

「……あ、アゼル、君」

「ミィシャさん、笑顔がぎこちないですよ?」

 

 冒険者がちらほらと訪れるギルド本部にその男はやってきた。冒険者がいなくともギルド職員たちはこなさなければいけない仕事は多くある。神会(デナトゥス)はまだ先とは言え、事前に資料を作る者もいれば現在起こっている事件の報告書を書き上げる者もいる。

 そして、現在受付という業務にあたっているミィシャは誰も並んでいなくとも笑顔で立っていなければいけない。何故ならギルドの受付嬢とはギルドの華であり顔、採用基準に容姿が入っているとかいないとか噂される職業だ。

 

「おほん……おはようアゼル君」

「はい、おはようございます。で、来て早々なんですが別室で話があるんですが」

「……あれだけ色々と話したのに、まだ話すことあるの?」

 

 18階層にゴライアスと未知のモンスターが襲来、その場にいた冒険者達で撃退したことはギルドには知られている。勿論、その当事者であり未知のモンスターを単独で撃破したアゼルには報告義務があり、地上に戻ったその日事情聴取をされた。目立つような怪我もなく、体調も悪くなかったので割りと長時間ギルドに捕まっていた。

 

「今日は18階層のことではなく、私のことで話があるんです」

「……なんだか悪い予感がするよ」

 

 そう言いながらもミィシャは受付の奥からアゼルの資料を取ってきて、アゼルを連れて冒険者とその担当者が個別に話をするために設置された個室へと入っていった。その表情には諦めの念が浮かんでいた。アゼルの無茶苦茶具合を他のギルド嬢より良く知っている彼女は、もう抵抗することを諦めた。

 

「じゃ、話を聞こうか」

「私はミィシャさんが素直になってくれて嬉しい限りです」

「誰のせいか、分かってるのかな?」

 

 以前であればまず最初に警戒されていたことを思い出したアゼルは笑った。ミィシャも自身の行動を思い返して若干恥ずかしくなったのか頬を染めながらアゼルを少し睨んだ。

 

「分かってますよ。で、そろそろ本題いいですか?」

「はあ……どうぞ。なんだか予想できるけど、聞きましょう」

「昨日の夜【ステイタス】の更新をしたらレベル3になってました」

「予想的中だよ、もうっ!」

 

 ミィシャはアゼルの言った言葉をメモ帳に殴り書いた。以前のランクアップの時の資料を読みながら、その短すぎるランクアップの間隔に驚きを通り越して呆れた。

 

「前回から一ヶ月も経ってないのに……どうやってランクアップするのよ」

「まあ、色々ですよ。斬ったり斬ったり斬ったり」

「斬ってるだけじゃん」

「そうとも言います」

「そうとしか言わないよっ」

 

 興奮して立ち上がったミィシャは、溜息を吐きながら再び椅子へと沈み込む。資料をもう一度見て、自分がどこか読み間違えていないか、今日の日付が間違っているんじゃないかを確認するが、彼女は何も間違えていなかった。

 

「はぁ……取り敢えず、おめでとうアゼル君」

「ありがとうございます。で、聞きたいことは?」

「えっと、じゃあランクアップの切っ掛けになった偉業と、それまでに何階層でどんなモンスターをどれくらい倒したか、ざっくりでいいから」

「了解です」

 

 それからアゼルはミィシャに前回のランクアップからダンジョンでどのような活動をしたのかを話した。動揺しまいと構えていたミィシャもその内容には度肝を抜かれた。

 何せアゼルの現在の主戦場は18階層よりも下、20から25階層の所謂下層と言われる地域だ。本来であれば中層すらレベル2の冒険者が単身でいくことが自殺行為と言われるのに、その更に下に行く冒険者がいたことにミィシャは愕然とした。

 その上、しっかり生還するどころか最近では余裕を持って戦闘をこなせるとアゼルは言うではないか。それに加え、18階層の神災によって出現したと思われている未知のモンスターを単独撃破。目撃情報によれば、そのモンスターの能力はレベル5相当以上とギルドは推定した。

 

 レベル4相当であるゴライアスを単独撃破した時点で、色々おかしかったが、今回はその上を行っていると言わざるを得ない。

 

 もう色々信じられない情報を聞いたミィシャは、どれを信じるべきか、どれを信じないべきかという判断を止めて、すべてを信じることにした。どうせ報告書にまとめ上司に提出し、上層部がその真偽を判断するのだ。

 ミィシャがすることは一字一句漏らさずメモを取ることだけだ。

 

「うへぇ」

 

 自身がアゼルの言葉を書き写したメモを見てミィシャは唸った。頭を抱えて、同僚であるエイナに愚痴を言いたいとすら思ったが、目の前の青年は何も悪くない。ただ自分の冒険をして、その結果を報告しているだけ。その報告もギルド側がするようにと言いつけているものだ。

 

「さ、話はこれで終わりかな?」

「ええ」

「なら、私は早いとこ報告書をまとめて上司に提出しないとなー」

「ご迷惑をお掛けします」

「いやいやー、これも仕事だよ」

 

 そう言いつつもミィシャは溜息を吐いてしまった。目の前に担当の冒険者がいたということに気付き我に返るが、アゼルはそんなミィシャを見ても表情を変えることはなかった。

 

「あ、別に気にしてないんでいいですよ? 好きなだけ溜息を吐いてください。それとも愚痴でも聞きましょうか?」

「……その主な原因となってる人に愚痴を言うって、どんな罰ゲームよ」

「なら良いストレス解消法でも教えましょうか?」

「一応聞いてみるけど」

「素振りです」

「却下」

 

 間髪を容れずに却下されたことに不満を抱いたアゼルはその後も数分間素振りがどれほど有効なストレス解消法なのかをミィシャに説いたが、にべもなく再び即却下された。

 

「そもそも、冒険者の前で溜息とか吐いちゃだめなの。笑顔でいるのも私達の仕事なんだから」

「しかし多大な迷惑を掛けていることに自覚があるわけで、少しくらい恩返しをしようかと」

「それで女性に素振りを勧めるアゼル君の感性が理解できないよ」

「えぇ、いいじゃないですか素振り。無心になれますよ?」

 

 実りのない話をしながら二人は個室から廊下へと出た。

 ミィシャはすぐに報告書をまとめるために受付ではなく事務所の方へと歩いて行き、別れたアゼルは帰るためにロビーの方へとを足を向けた。

 

 

 

 

 アゼル・バーナムのランクアップの一報がギルドの掲示板に貼りだされたのは、その日の夕方だった。

 ある者は仰天し、ある者は嫉妬し、ある者は疑い、ある者は確信した。

 

 

――アゼル・バーナムは本物だ




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あれば気軽に言ってください。

※外伝6巻の内容に合わせて若干ですが全話【幕間 夜深まる】を修正しました。主な内容としては日付です。修正前は前夜としてましたが、外伝の内容と照らし合わせると無理があるので二日前の夜に修正しました。後は細かい描写等だけです。(数日経ったらこの注意は消します)

本当はミィシャさんとそれなりに真剣な話(8巻とかで出てくる冒険者と親密にならない理由など)をするつもりだったし、書きもしたんですが、ミィシャさんはなんかキャラと違うなって感じでやめました。

明日以降の連日更新は検討中です。

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