剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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すみません、半オリキャラ出ます。本当にすみません。
あ、ちなみに『鏡』は映像を映し出すだけで音声は届きません。原作もたぶんそういう設定です。たぶん。


三者会敵

『これは凄い!! まさかのアポロン・ファミリア容赦のない先制攻撃!! そしてヘスティア・ファミリアはなんとあろうことか魔剣で弾幕を防ぎきったぞおお!!!!』

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の実況を担当することになったガネーシャ・ファミリアの喋る火炎魔法ことイブリ・アチャーが驚きの声を上げる。

 

『そして私の二つ名【火炎爆炎火炎(ファイヤー・インフェルノ・フレイム)】に負けないくらい爆発的な魔剣の一撃!! 是非私とお友達になってください!! というより、あの凄まじい威力の魔剣は何なんでしょうかガネーシャ様!?】

『あれは――ガネーシャか!?』

『ちっくしょう、分かってましたよぉ!!』

 

 中央広場に設置されたステージで主神ガネーシャが開いた大型の『鏡』の前で実況する彼の声を聞きながら、集まった人々は食い入るように『鏡』を眺める。

 圧倒的優位にいるはずのアポロン・ファミリアが先制攻撃、しかも魔法、矢、そして投石による波状攻撃だ。その光景を見ただけで勝負は決しただろうと思った人々も少なくはなかった。

 しかし、次の瞬間視界を白く染め上げた雷撃を見て観客は沸いた。眼前のすべてを薙ぎ払うような魔剣、そんなものは冒険者であっても普通お目にかかれない。

 

「なるほど、だからサポーター君は戻ってたのか」

「みたいだな。にしても今回のアゼルは何と言うか、派手だな」

 

 リリが砦の中に潜入していなかった理由は、中にいたところであまり意味がなくなってしまったからだ。油断している相手に先制攻撃、混乱しているうちに変身したリリがベルを砦の中に忍び込ませるという作戦は、相手が油断していないことからして破錠してしまっていた。事前に相手の出方を知ったリリは砦の構造だけはしっかりと記憶してベル達のもとへと帰った。

 

「そうして欲しいとは頼んだけど……」

 

 これはちょっと、と言いながらヘスティアは『鏡』の向こうの惨状に目を向けた。

 城壁の一部は見るも無残な状態だ。魔剣の一撃が通った場所だけがその餌食となり食い破られ完全に崩れ、その向こうに建つ塔の手前までの建物部分もほぼ瓦解している。もう少し勢いがあれば、そのたった一刀で戦争遊戯が終わっていた可能性すらあった。

 その一撃を避けるために敵は抉れた地面を境に左右に散っていた。

 

「魔剣ってあんなに強いものなのかい、ヘファイストス?」

「そんな訳無いでしょう。あんなの地下で放ったら生き埋めになるわよ」

「じゃあ、やっぱり……」

「そうね」

 

 ヘスティアは既に諦めの境地にあった。ヘスティアは今回の戦争遊戯でベルとアゼルを両方目立たせたかった。二人共ヘスティアの自慢の眷属であるし、今後手を出されないためという意味合いもあった。

 

 しかし、アゼルは何をやらせてもやりすぎる。敵の大将を討ち取ることになっているベルはそれだけで目立つ、しかし今回のアゼルは【ステイタス】を封印しての参戦だ。戦闘で目立つことはないだろうと思っていたヘスティアはアゼルに魔剣を持たせて目立たせることにした。

 幸か不幸か、目立つことには成功した。しかし、その前の雷撃の魔剣ですら凄まじい威力だと感心していたからだろう、アゼルの放った炎撃は人々のど肝を抜いた。

 

 ヘスティア、そして元眷属であるヴェルフが打った魔剣の威力をある程度知っているヘファイストスは、あの一撃が魔剣の力だけでなくアゼルによるものだということを見抜いていた。

 

「ま、お祭りは派手な方がいいんじゃない?」

「ボクにとっては祭りじゃないんだけど」

 

 周りでは神々がわいわいと騒いでいる。やれあの魔剣は誰が打っただの、やれチートだのとお祭り状態なことは確かだった。

 溜息を吐きながらヘスティアは自分の眷属達を見守る。

 

 

 

 

 

 アゼルが魔剣を振るってから彼等は二手に分かれて行動していた。

 リューと命は右、敵がより多い方へと走り出した。城壁上から先制攻撃を放ってきたリュティ率いる射手や魔導師、そして投石機を操っていた戦士達の集団へと二人は突っ込む。

 一方、ベル、アゼル、ヴェルフ、リリ、鈴音は左、城内から出てきた敵へ向かっていった。ベル達が目指すのは城内への侵入、そして立ちふさがるアポロン・ファミリアの目的はその阻止だ。城内に入れなければヒュアキントスが討たれることはない。その先頭にはダフネが走る。

 

 城内を映し出す『鏡』には玉座に座るヒュアキントスとその護衛が十数人がいる。そわそわしながら辺りを見渡し結局最後は一つしかない玉座への入口に視線を向けるカサンドラ。他の面々も少し緊張した面立ちで待機している。

 あの炎撃は玉座まで届かなかったものの、窓からは破壊された砦が見えた、建物の中にいてもその熱気は伝わった。先手を打って出ることだけでも無用に思えていたのだが、ここにきて彼等は敵の脅威度を再評価せざるを得なかった。

 だから、もしかしたら、万に一つの確率で、ベル達がここに来るかもしれないと警戒をし始めた。

 

「敵集団城内に侵入!!」

 

 伝令がヒュアキントスの前に転がり込んでくる。その顔には明らかな焦りが見えていた。

 

「何人だ?」

「ベル・クラネル、アゼル・バーナム、ヴェルフ・クロッゾ、リリルカ・アーデの四名です!」

「他の奴らはどうした?」

「助っ人とヤマト・命はリュティさん率いる迎撃部隊と交戦を開始、忍穂鈴音はダフネさんの部隊と交戦している模様です!」

「ほう」

 

 特に焦りを見せることなくヒュアキントスは伝令の言葉を聞く。勝利しろという主神アポロンの命はヒュアキントスを冷静にさせていた。全力を以って相手をしろ、それはつまり力だけではない組織としても個人としても全力だ。大将の焦りは全体の焦りに繋がる。故に、ヒュアキントスは焦らない。常に余裕があるように振る舞う。

 

「どうやら相手も短期決戦を選んだようだな。まあ、当然か」

「このままだと後十分程でこの玉座に辿り着きます」

「そうか……カサンドラ、お前達でベル・クラネル以外を足止めしろ」

「は、はいっ――え?」

 

 足止めをしないといけないのに、大将だけは通せという意味の分からない命令にカサンドラは即答したが直ぐに首を傾げた。そんな彼女を放っておき、ヒュアキントスは立ち上がって身に付けていた外套を脱ぎ捨てた。

 

「ベル・クラネルはここで私が迎え撃つ」

 

 それは矜持から来る行動か、それとも驕りから来る行動か。奇しくも、ヒュアキントスが選んだ最終決戦はタケミカヅチやミアハが望みヘスティアが拒んだ大将同士の一騎打ちだった。

 大将に寄ってたかって滅多打ちにして勝つのが最も楽である。しかし、それには華がない、美しさが足りない。先制攻撃で相手が倒れるなら、それまでの敵だったということ。そんな敵との戦いに美しさなど求めない。

 しかし、遥か下方より登ってきて挑んでくる相手に最も美しく勝つ方法とは何かと考えると、それは一つしかない。その挑戦を受け、真正面から打ち倒すことが最も美しく、そして強い。

 

「行け、カサンドラ!」

「は、はいぃぃ!!」

 

 意味不明な命令にどう反応しようかと悩んでいるカサンドラにヒュアキントスが一喝。驚き怯えたカサンドラはまたたく間に部隊を連れて玉座を出ていった。

 残ったのは、ヒュアキントスただ一人。

 

「さあ、来いベル・クラネル。どちらが上か、教えてやろう」

 

 波状剣(フランベルジュ)を地面に突き立て、その邂逅を待つ。そこは兎を狩るための(トラップ)ではなく、戦士同士が戦う闘技場(コロッセオ)。強さがすべてを決める、弱肉強食の世、冒険者達の住む闘争の世界だ。

 身に付けた太陽の徽章が輝きを放ち、ヒュアキントスは己の勝利を確信する。

 

――太陽の光は我にあり、故に敗北はない

 

 打って出るのは純白の少年、待ち受けるは太陽の騎士――その接敵はもうすぐそこまで迫っていた。

 

 

■■■■

 

 

 紅炎と名付けられた魔剣が散って間もなく、リューと命はアポロン・ファミリアの迎撃部隊を迎え撃つために城壁へと向かった。立ち込める土煙を突き抜けると相手も既に間近まで来ていた。

 そんな中、一人の女性冒険者だけが前進せず城壁の近くで立ち止まっていた。ベルとはまた違った薄紫の長い白髪に紫を基調とした戦闘服(バトルドレス)。そんな容姿の相手をリューは一人しか知らない。

 

「助っ人殿、どうぞ行ってください!」

「――感謝します」

「命を救って頂いた恩返し、敵が多ければ多いほど良いというものです!」

 

 命の申し出を受けてリューは更に加速、一飛びで迫っていた敵集団を飛び越えた。続いて命も敵を飛び越え着地、リューが追われないように敵と対面を果たす。

 

「さて、では私と付き合って頂きましょう!!」

 

 わざとらしく大仰に命は武器を抜き放つ。敵が命へと殺到、だが不思議なことにリューを追おうとする者はいない。それはそれで好都合と命も敵へと踏み込み敵を引き付ける。接近した敵の攻撃を的確に避け、そして一撃で沈めた後離脱。

 

「【掛けまくも畏き――】」

 

 そして走りながら詠唱を開始する。

 彼女はある高みを夢見た。それは詠いながら踊る一人の妖精だった。その剣の冴えは自分よりも遥かに鋭く、それでいて魔法の詠唱を途切れさせない神懸かった冒険者だった。あんな風に自分も戦えたならと思わずにはいられなかった。

 

「【いかなるものも打ち破る我が武神よ、尊き天よりの導きよ】」

 

 影を置き去りにしながら走る彼女を弓矢と魔法が追う。命は強引に足を止め急停止、その後急転換し射手達に向かって疾走。線の動きで走っていた少女が突如として点となって迫り、射手達はその狙いを外された。

 それでも、襲い掛かってくる射撃を最低限の動きで避けながら、詠う。

 

「【卑小のこの身に巍然たる御身の神力を】」

 

 今回の戦争遊戯の何が幸いだったかと言うと、命にとってはリューの存在だろう。あの時の助っ人がまた彼女の前に現れてくれた。二度と会えないとも思っていた相手だったが、まさか一月もしない内に再会するとは彼女も思っていなかった。

 命はリューに並行詠唱のコツを聞いた。

 

「【救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣】」

 

――戦場を見るだけでなく、感じることです

 

 アゼルとどんな鍛錬をしているか命は知らなかったが、疲れきったリューは命にそう教えた。常に周りを意識し、敵の次の行動を予測し、心を落ち着かせろと。そのためには視認するだけでは足りない。戦闘を重ね、積み重ねた経験による第六感のようなもの、攻撃に対する嗅覚とでも言うべきものが何よりも大切だ。

 予測し、心に余裕を持たせること。余裕を持たせるという観点では、冒険者はかなり有利だ。ランクが上がれば身体能力が飛躍的に上がり、それだけ動きにゆとりができる。しかし、同程度の相手と戦うのであれば、どれだけ先を見通すことができるかが勝負である。

 

 それは、どこかアゼルの戦い方と似通っていると命は思った。違いがあるとすれば、アゼルは確かな感覚として相手の次の行動を知覚するということだろう。命やリューはその部分を経験で補わなければならない。

 しかし、人間相手であれば命は数多の経験がある。師は武神である、故に戦う人の動きに命は慣れていた。

 

「【今ここに、我が命において招来する。天より降り、地を統べよ――神武闘征!!】」

 

 走り回りながら敵をかき乱した。その最中、命は自ら攻撃することはなかった。極力敵から攻撃されることも避けた。どうしても防がなければならない攻撃以外で命は刀を振らなかった。そんな余裕は今の彼女にはない。全方位に感覚を伸ばしながら捕まらないように走り回る、それが今の彼女の限界だ。

 命は己のできることとできないことを良く理解している故に、できる無茶しかしない。

 

 最後に大きく跳び上がり、集団のど真ん中に着地。

 

「【フツノミタマ】!!!」

 

 天より光の剣が突き刺さり、命の魔法を完成させた。命を中心にして広がる重圧魔法――その半径五十M(メドル)

 

『がぁぁぁぁっぁぁっ!!!』

 

 命が相手取っていたアポロン・ファミリアの敵すべてを包み込んだ重力の檻が発生。重圧に耐えられずその場にいる全員が地面へと倒れていく。

 

「てめえ、正気かぁぁ……!!」

「正気も正気っ、昔から我慢比べは得意ですからっ……!」

 

 命も己に掛かる重圧に潰され片膝を付く。しかし、決して倒れ伏すことはない。何人かの冒険者達が装備を脱ぎ捨て立ち上がろうとする。

 

「――ハァッ!」

 

 命は気合いを入れて更に魔法に威力を込めた。骨が軋み、身体が悲鳴を上げ始める。しかし、それでも止めない。立ち上がろうとしていた数人も再度襲いかかる重力に屈して倒れた。

 後は、これを戦いが終わるまで持たせるだけだ。

 

「ヤマト・命、今こそ恩に応えましょう――!」

 

 誓う。仁を以って義をなす、義によって仁を尽くす。きっと自分は、自分が思っている以上のものをベル達から受け取っている。だから自分も限界を超えていこうと、命は誓う。

 

 

 

 

「あら、お仲間が大変そうだけど、こっちに来てよかったんですか?」

「彼女自身が行けと言った。ならば、私は彼女を信じるのみ」

「ふふ、高潔なエルフの言いそうなことですね」

 

 緑と紫が相対する。初めての邂逅、今までお互いを意識したこともなければ、話したこともない。しかし、向かい合っただけでリューは分かった、リュティは理解した。

 お互いが最も嫌う者同士であるということ。

 

「貴方達は私を醜いと言うでしょうね」

「常人であれば誰しもそう思うでしょう、【陽光の花嫁(ヘリオトロープ)】」

「あら、でもアゼルは私を醜いとは言いませんでしたよ?」

「――それは違う」

 

 自分のことではないのに、リューはそれを断言した。アゼルからその話を聞いたわけでもない、その場にいたわけでもない。しかし、リューには分かる。その生き方に、その心のあり方に憧れたリュー・リオンには分かる。

 

「彼は外道であっても善人であっても平等に接するだけ。その二つがどちらとも美しくも醜いと、彼は知っている。何よりも――」

 

 外道がいたとしよう。ただ己の快楽のために人を殺める者、頼まれたから人を辱める者、人を人とも思わずに踏みにじる者。彼等は皆歪んでいて、醜い。

 善人がいたとしよう。ただ己の満足のために人を助ける者、頼まれたから人を救う者、人を人と思い踏み台となる者。彼等は皆歪んでいて、醜い。

 だが、アゼルはその醜さこそが人の美しさであるということを知っている。歪んでいない存在など、この世に存在しない。

 

「アゼルは自分自身が歪んでいると、醜いということを確信している。だから彼は、外道であっても善人であっても尊さを見出だせる。歪んで尚生きる、それが人であると」

 

 その心に自分は救われたのだということをリューは知っている。弾劾するでもない、憐れむでもない、アゼルという剣士はそれを抱えて生きろと言ってくれた。それは、どんな罰よりも辛い言葉でありながらどんな慰めよりも心に響いた。

 月夜で語りかけてくれた剣士が心を染める。

 

「その歪みを、その醜さを、その罪を抱えて生きろとアゼルは言ってくれたから、私は今も戦える」

「じゃあ、貴女に私を責める権利はない。そう思いません?」

「何を馬鹿なことを。貴女の性格や趣向に関して私が貴女を責めることなどない。あるとすれば、それはアゼルに手を出したことだ」

 

 そう言ってリューは木刀を構えた。

 

「アゼルに降り掛かった火の粉を払う、それが今の私の役目」

「お節介なのね。構いすぎると嫌わますよ?」

「この程度で嫌われるなら、彼に惹かれることなどありませんでしたよ」

 

 何せリューは面と向かってアゼルを打倒すると言っている。夢を叶えることに全力を注いでいる相手に向かって、その夢は叶えたら危険だからと夢を諦めさせようとしている。そうして尚、アゼルはリューを嫌うことはない。その生き方が真っ直ぐであるから、嫌うはずもない。

 

「この剣は彼の剣、今の私に敗北は許されない」

「弱い犬程良く吠える。負けた時恥ずかしいからそういうのは止したほうが良いですよ」

「言葉は誓い、口にしたことを違えることはしない」

 

 アゼルを倒すと言ったことも、友のために戦うと言ったことも、違えたくはない。だから、リューは言葉にして自分に誓いを立てる。

 だから、これも誓っておこうと彼女は小さな声で呟く。

 

「私は、アゼルを愛し続ける」

 

 そんな彼のために今戦える、それだけで力が漲る。

 

「ふふふ、あははははは!!!」

 

 そしてリュティはリューを嘲笑う。彼女にとっては、リューがこの場に来た時点で既に勝負は決まっているも同然。ゆっくり待っていたリュティと敵を突破して来たリュー、どちらが有利かと言えばリュティだろう。

 そもそも、何故リュティは一人で後方に待機していたのか。それは、周りに人がいると巻き込んでしまいかねないからだ。

 

「貴女はもう、私に勝てない! 花の香りを拒めるものなど、いはしないのだから!」

 

 花の香りが辺りを満たした。吹き飛ばす風は今はまだ吹かない。

 

 

■■■■

 

 

「退け退け退けえぇぇ!!!」

 

 そう叫んだのはヴェルフだった。城内から出てきたダフネ率いる部隊と激突、ベル達は一点突破を狙って突き進む。襲い掛かってくる敵の攻撃をその俊足で避け、カウンターで相手を沈めるベル。

 

「ヴェルフ様一時の方向! 魔道士の集団が詠唱に入りました!」

「よしきたぁ!!」

 

 リリの一報を聞いてヴェルフは鍔迫り合いになっていた敵を弾き飛ばして駆け出す。向かう先は今まさに詠唱を完成させて魔法を放とうとしている魔道士集団。何を馬鹿なことをと思いながらダフネはヴェルフを見ていた。そして、無慈悲に号令をかける。

 

「放て!」

「させっかよぉ! 【燃えつきろ、下法の業】!」

 

 それを待っていたと言わんばかりにヴェルフは魔道士達に手を向けてその詠唱式を言い放った。音もなく手から放出された陽炎が魔道士達へ飛んでいく。号令を出したダフネの横を通り魔道士達に吸い込まれる。

 次の瞬間、連鎖するようにして魔道士達が爆発した。

 

「――な」

 

 魔法の失敗による自爆――魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起こる。

 戦う鍛冶師ヴェルフが魔道士相手に持つ切り札、対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)だ。かなり珍しい部類の魔法であり、ダフネもそれを予想だにしていなかった。

 連鎖して起こる魔力暴発が大爆発へと変貌。魔道士達とその周りにいた冒険者を巻き込んだ爆弾と化した。

 

「ちぃっ!! 残った奴は追え、絶対に行かせるな!」

 

 自分も走り出しながらダフネは声を荒げて命令を出した。しかし、もう残っているのは当初の人数の半分以下の十人だけだった。これでは追いついたところでベルの突破力は抑え込めない。

 ダフネは作戦を変更、城内に侵入されるのはもうどうしようもない。ならば侵入に気付いた城内の味方と自分達で挟み撃ちにすれば良い。

 

「――【一途に燃ゆる(カグヅチ)】」

 

 追いかけようとしたダフネ達に向って炎が走る。

 扉の前に一人の少女が佇む。桜の模様が描かれた桜色の元禄袖の着物、赤の袴は足元に行くほどその色を濃くなり蹴回しは血のような真紅。出で立ちは未だ幼さが抜け切っていない少女、黒曜の髪が肩口まで伸び前髪は僅かに目にかかる程度。

 携えるは一本の刀。

 

「皆さん、行ってください」

「す、鈴音さん!?」

 

 まさか鈴音が足止めを買って出るとは思っていなかったベルは、止まるべきではなかったが止まってしまった。ベルから見えるのは少女の背中だけだった。

 

「ベル! 行くぞ!」

「ベル様!」

 

 ヴェルフとリリがベルを呼ぶ。

 

「鈴音、良いんですか?」

「うん。ここは任せて」

「分かりました。では、頑張って下さい鈴音」

「ねえ、アゼル」

 

 アゼルが開いていた扉を閉めようとする。最後の最後、隙間を通して鈴音が話しかける。

 

「勝ったら、褒めてくれる?」

「勝っても、負けても、貴女の勇気を褒めますよ」

「ううん、勝ったら褒めて」

「貴女がそう望むなら、そうしましょう。では、行ってきますね」

 

 アゼルは重い扉を閉めて走り出す。その音を聞きながら、鈴音は扉越しで良かったと心底思った。面と向かってこんなことは言えないし、今も尚さっきアゼルに言われた言葉が頭の中を占めていてアゼルの顔を直視できる気がしなかった。

 

「で、一人でウチらを足止めできるつもり?」

「足止めはしません」

 

――勝ったら、褒めてもらえる

 

「貴女達を倒します」

 

 首に掛けた勾玉の首飾りに鈴音が触れる。

 

「行くよ、皆」

 

 鈴音の呼び声に答えるように、僅かな光を灯しその存在を示す。忍穂鈴音、アゼルに恋して止まない少女は今絶好調であった。負ける気がしないとは思っていなかったが、負ける気は更々ない彼女だった。

 

 

 

 

 

 

「鈴音さん、大丈夫かな?」

「大丈夫でしょう。まあ、もう心配しても意味はありません。私達にできることはできるだけ早く大将を討ち取って戦いを終わらせることしかありません」

 

 息を切らせながらベルの横をアゼルが走る。

 そもそも信じられない話だが、レベル2、しかもその中でも異常な程俊敏値が高いベルと、【ステイタス】を封印しているアゼルが並走していることがおかしい。アゼルに毒されているベル達はあまり気にしていないが、その光景を見たアポロンは封印していることを疑った。

 体力の限界を感じていたアゼルは、そろそろ置いていってもらうことも検討していた。だが、そんな考えも突如感じた気配で中断される。

 

「ッ! 皆さん止まってください」

 

 アゼルは刀を抜き放ち廊下の曲がり角を見つめる。突然の声だったが他の三人も止まって、何事かと警戒する。

 

「ん? お前等誰だ?」

 

 そして、全身鎧(フルプレート)の大男が現れた。傷だらけの鎧はどこか歴戦の戦士の空気を纏っているにも関わらず、頭部だけ外してどこか眠そうな顔を晒すその相手にベル達は更に警戒心を高める。

 

「あれ、もしかして俺置いてかれた? えぇ、ちょっとダフネさん起こしてくれって言ったのによぉ……はぁぁぁ……」

「えっと――」

「ベル!」

 

 アゼルが目の前の男をどうしようかと戸惑っているベルを突き飛ばす。

 

「ちっ、今ので終わらせるつもりだったんだがなあ」

「なら予備動作なしでやることです」

「いやいや、中々の無茶振りをしてくれる、はっはっはっは」

 

 ベルがいた場所には大男の拳が振り下ろされていた。もしアゼルが突き飛ばしていなかったら殴り飛ばされていたことは明らか。悪意というものに疎いベルは攻撃の瞬間、僅かに発せられた敵意だけでは反応できなかった。アゼルはそういった感覚には滅法鋭い。

 

「ベル、大丈夫か?」

「う、うん。でも、この人」

「ああ、中々強え」

「お、褒められると、照れるねえっ」

 

 そしてもう一度、鋭い拳がベルへと迫る。

 

「――面白い」

 

 割り込むようにしてアゼルが突き出された拳を弾き飛ばす。鎧と刃がぶつかり合い火花が散る。

 

「ベル、ここは私が。どうやら相手も一人のようですし、足止めくらいはできましょう」

「え、でもアゼル」

「ほら、行った行った」

 

 アゼルはリリに目を向けて、行くように促す。リリは若干の戸惑いの後、ベルを引き連れて走り始めた。ベルは始終心配そうな目でアゼルを見ていたが、やがて視線を前に向けて全速で走り出した。

 しかし、心配して当然だろう。

 

(あん)ちゃん【ステイタス】封印してるんだろ? いいのか?」

「それは何に対しての質問ですか?」

「いや、だってほら。俺こう見えてレベル2の冒険者なわけで」

「それが?」

 

 心底何がそこまで不思議に思うのか理解できていないアゼルは問い返す。強いから挑まない、そんな常識はアゼルには通用しない。むしろその逆だ。強い相手には挑みかかるのがアゼル。

 それに加え、アゼルは目の前の男に興味があった。まったく敵意のない攻撃を受ける機会などそれほどない。大体斬りかかってくる相手は敵意を持って攻撃してくる。

 

「それがって、兄ちゃんなあ」

「いえいえ、むしろ私はリュティさんと戦うつもりだったんですがね……それはリューさんに任せてしまったのでどうしようかと思ってたんです。いやあ、よかった」

「中々愉快な兄ちゃんだなあ」

 

 言った後間髪を容れず右フック。アゼルは一歩後退してそれを避ける。壁に突き刺さった拳はその威力を物語っていた。【ステイタス】の恩恵がないアゼルが当たったらただではすまないことは確実だ。

 それなのに、アゼルは笑った。

 

「うーん、できるだけ舐めてかかってきて欲しかったんだが。手強いねえ兄ちゃんは」

「貴方もふざけた態度と違って鋭い拳ですね」

 

 壁から拳を引き抜いた男はゆっくりと左手に持っていた兜を付けた。それによって男は本当に全身を金属に包まれた鎧男となった。

 

「一応名乗っておこうか。アポロン・ファミリア所属、【城壁(ウォールマン)】ラオン・ジダールだ」

「では、こちらも。ヘスティア・ファミリア所属、【剣鬼(クリュサオル)】アゼル・バーナム」

 

 一方は拳を構え、もう一方は刀を構えた。戦いが始まるというのに、二人の間にはどこか和やかとも言えるような雰囲気が流れた。ラオンの方は顔が見えないが、恐らく二人共微笑みすら浮かべている。

 

「んじゃあ、適当に――」

「では、いざ尋常に――」

 

 しかし、一度その拳を突き出せば、その刃を振り抜けば、そこは熱くて冷たい戦場と化した。

 

「――行くぜ」

「――勝負」

 

 神への反逆の第一歩が今始まる。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言ってください。

いや、これ以上オリキャラは出さないとか言った気がしますが、許してください。
だって、もう対戦相手いないんだ……後、一応ラオンという名前だけは原作にも出てきてます。

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