剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか   作:REDOX

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 たぶん後で章整理します。若干、これはまだ断章の内容にかかっているんですが、あれです、前回の終わり方のほうがかっこよかったので、この話は新章の一話目とします。
 そう言えば、前話で90話いきました。ここまで長く続くとは思ってなかったので、自分でも驚きました。


血花繚乱、剣戟無双
竈火の子等の新たな門出


「さて、ご説明して頂けますか、ヘスティア様?」

「え、えっと……その、黙秘権は?」

「ん、今何かおっしゃいましたか?」

 

 ヘスティア様を囲うようにリリ、ヴェルフ、命さんが立っている。ヘスティア様は絨毯の上に直接正座させられていて、いつもより小さく見えるというのにリリに怯えて更に縮みこんだ。ヘスティア様を集団でいじめようなどという訳ではなく、彼女がこうなっていることにはきちんと原因がある。

 それが、今は私の手の中にある一枚の紙――借金の契約書なのだ。

 

 借金、それは字の如く借りた金のことをいう。できれば誰も人に金なんて借りたくはないが、どうしようもない時というものは往々にしてある。だが金であれ、物であれ、借りたものは返さなければならないのが世の常識。

 金を借りたという証明、そしてそれを返すという契約への同意を示す契約書。そんなものが主神の荷物から出てきてしまえばそれはもう大騒ぎだ。

 

 どうして言わなかった。そもそも自分たちは主神を養うためにいるというのに。なんて言葉を主神にかけて眷属達がお金を出し合って借金を返済して目出度し目出度し。というのは、その額が返せる場合の時だけだ。

 

「二億五千万ヴァリスなんていう法外なお金、何に使ったと言うんですか!?」

「あ、あれはボク個人の契約書というか、その、【ファミリア】に直接害があるわけじゃ……」

「直接害がない!? あの借金の契約書のせいで入団希望者はゼロ!」

「うっ」

「【ファミリア】の等級も上がり、納める税金も増えました!」

「うぐっ」

「【アポロン・ファミリア】からぶんどった賠償金も、本拠(ホーム)の改装で殆どない!」

「ぐっ」

「リリはショックです。ヘスティア様の眷属となって血の契を交わしたというのに、こんな秘密を……」

「ぐはぁっ!」

 

 立て続けにリリが並べる現在の状況、そして彼女の感情がヘスティア様に突き刺さる。最後の台詞なんてリリは泣き真似までするものだからヘスティア様にかなりのダメージを与えていた。余程堪えたのか彼女は絨毯の上に倒れ込んだ。

 その落ち込み様は、今朝までのはしゃぎ様を見ていたからか壮絶なものだ。

 

 

 

 『エルドラド・リゾート』の一件の次の日、それは【ヘスティア・ファミリア】にとっては重要な一日となるはずだった。新しい本拠である『竈火の館』の改装が終わる日でもあり、ヘスティア様がその日に合わせて大々的に宣伝していた入団希望者を募る会合の日もであったのだ。

 最後の最後までサプライズということでベルには伏せられていたが、ベルもベルで気付ける場面は多くあったのだがそれだけ忙しかったということだろう。

 

 改装が終わったことを【ゴブニュ・ファミリア】から報告され、各々館を見て回った。ヴェルフと鈴音、二人の鍛冶師のために建てられた二つの工房を見に行くという二人に私は付いていった。私は特にこれといって要望をしていなかった。寝る部屋があれば私には十分だ。

 鈴音に手を引かれ彼女の工房を見て回った。工房は一つでいいんじゃないかとリリが一度口にしたが、それは鈴音とヴェルフ両人からあり得ないと一刀両断された。工房とは鍛冶師個人個人の培ってきた技術の粋が秘められている場所である。それをおいそれと他人に見せるようなことは絶対にしない。同業者相手であれば尚の事だ。

 

『ここで、私はアゼルのためだけに火と向き合うよ』

 

 未だ炉に炎は灯っていないというのに、彼女がいるだけで私は凄まじい熱量を感じ取った。それは、炉に灯った炎だったのだろう。工房ではなく()()()()という少女の心に灯った焔。その身を灼きながら燃え続ける、彼女の想い。

 腕が疼いた、堪らなく剣が振るいたくなった。

 

 しかし、本日は【ヘスティア・ファミリア】にとって大切な日だ。それをすっぽかすというのはどうにも締まりがない。ヘスティア様とリリには絶対にその場にいるようにと釘も打たれている。私とベルが【ヘスティア・ファミリア】の代表だとか何とか。

 純粋な眷属と言えばそうなのだが、そういうのは全部ベルに押し付けたいというのが本心だ。団員が増えたとて、私のすることは何も変わらない。剣を振るい、磨き、そして頂きを目指すのみ。

 

 よくよく考えると、団員が増えて【ファミリア】が大きくなることで私に得は殆どなかった。そういう意味で言えば、今回の騒動はなかなかに都合が良いものだったのかもしれない。

 

 各々の探索を切り上げ、私達は前庭に集まり入団希望者達を迎え入れることになっていた。最後に荷物を運んでから来ることになっている命さん以外がその場に立ち、予想より遥かに多く集まった入団希望者の数に驚いていた。

 直前の戦争遊戯(ウォーゲーム)の影響が大きかったのだろう。これは、少し面倒なことになるかもしれないと今後の身の振り方を考える私だったが、それは杞憂に終わった。

 

『借金()()()()()()()()()の契約書がぁ――――――――――!?』

 

 などという挨拶代わりに驚愕の事実を大声で叫びながらやってきた命さんによって、その場に集まっていた入団希望者は()()()()()()去っていってしまった。借金のある【ファミリア】でも入りたいと思っていた者もいただろうが、流石に二億ヴァリスという数字を聞いて残るほどの猛者は早々いない。

 残っていた一人もその法外な借金の金額を聞いて固まっていた。ベルはその借金の出処が何なのか分かって気絶、私も心当たりがあったので苦笑い。

 

 そんな、まるで茶番劇のような一幕で【ヘスティア・ファミリア】の記念すべき第一回入団希望者を募る会合は終わった。入団者は一人、かと思いきや事情が事情だったので入団はできず、〇人という例も見ない惨敗っぷりを喫した。

 

 

 

「まあまあ、リリ。そう怖い顔をしないでください」

「アゼル様は事態の深刻さが分かっていません! 大方、人が少ない方が自分は楽なのでむしろ好都合、なんて思ってるのかもしれませんが、もう街で【ヘスティア・ファミリア】は借金という爆弾を抱えた地雷【ファミリア】と揶揄されているのですよ!?」

「良いじゃありませんか、地雷。強そうで」

「もうっ、もうもうもう――――っ!? 巫山戯ている場合ではないのです!」

 

 更なる口撃をヘスティア様に繰り出そうとしているリリとヘスティア様の間に割り込む。流石はリリと言うべきか、私の考えていたことはお見通しだったようだ。

 しかしながら、何を購入して借金をしたのか知っている身としては止めるべきだと思った。

 

「でも、ほら。百人の新人より戦力になる入団希望者が残っているじゃないですか」

「……ですがリュー様は改宗(コンバート)はできないと。それでは【ヘスティア・ファミリア】に入団したとは言えません」

「まあ、そうなんですけど。リューさんにも事情というものがあるんですよ。ね、リューさん?」

 

 そう言って私は視線をフードを脱いでその素顔を見せているリューさんに向ける。

 多額の借金があると聞き去っていく入団希望者の中、彼女だけがその場に残った。一人残った彼女にヘスティア様は喜んだものの、その正体がリューさんであると知ると首を傾げた。だってリューさんはすでに違う【ファミリア】に所属している元冒険者なのだ。それに彼女は『豊穣の女主人亭』の給仕係でもある。

 入団したいなら喜んでと手を差し伸べたヘスティア様にリューさんは申し訳ない表情で主神が現在不在であるため改宗できない旨を伝えた。結局入団者なしなのか、とヘスティア様は崩れた。

 

「はい、申し訳ないとは思っています……事情の方はクラネルさんが起きて、諸々の説明がされてから話すのが一番かと」

「そうですね、それが一番良いでしょう。ということで、ヘスティア様?」

「わ、分かったよぅ……」

 

 目がまったく笑っていないリリに怯えながらヘスティア様は事情を話した。

 ベルが持っているヘスティア・ナイフ、そして私が持っている篭手はヘスティア様が頭を下げてヘファイストス様本人に造ってもらったものだ。その代金としてヘスティア様は二億五千万ヴァリスという巨額の借金をした。ヘスティア・ナイフは神聖文字(ヒエログリフ)が刻まれた生きた武器という破格の性能、私の篭手は特殊ではないものの素材も出来栄えも一級品だ。

 

 ヴェルフはヘファイストス様自身の作品であると知り驚きつつも納得していた。鈴音は申し訳なさそうに篭手は打てないと私に言ってきたが気にすることはないと返しておいた。

 

「現実問題……二億五千万ヴァリスは、やばいだろ」

「やばい、どころの話ではありません。こつこつ返していくにしても、現状それほど余裕があるわけでもないですし……稼ぐために無茶な探索、なんて以ての外です」

「か、勘違いしてもらっちゃ困る! これはボクの借金さ、ボクが自分の手で返す! いや、ボクが一人で返さなきゃいけないんだ!」

 

 主神であるヘスティア様がベルと私という眷属がそれなりの収入を持ってくる現状、本来アルバイトなどしなくてもいいのだ。彼女がアルバイトを続けていた理由は、この借金の返済のためだったらしい。

 漸く起き上がったベルがヘスティア様に一緒に返済させてほしいと願い出る。自分のために頭を下げてまで打ってもらったヘスティア・ナイフは言わばベルとヘスティア様の絆だ。であれば、二人で協力して返済していくというのは至極真っ当な結論だ。

 申し訳無さそうな表情でそう頼み込むベルにヘスティア様が勝てるわけもなく、しかし主神としての矜持だけは捨てられず、妥協案として借金はヘスティア様が、そしてヘスティア様の居場所たる【ファミリア】をベルが守っていくという話になった。

 

 実のところ、私にはフレイヤから貰った『虹霓石(イリス・ラピス)』の指輪があるので借金を全額返済まではできなくともそれなりに返すことが可能だ。内側に戦乙女の側面像(プロフィール)が刻まれているので買い手を選ぶだろうが、それはヘルメス様に探してもらえば何とかなる気がする。

 だが、新生【ヘスティア・ファミリア】としては最悪の出だしとなったものの一致団結してこれからも頑張っていこうと決意を新たにしている二人を前にして、そんな無粋なことはできない。

 

「よしっ! じゃあ、今晩はリュー君の歓迎も兼ねて精の付くものを食べて明日に備えようじゃないか!」

「言っている側から無駄遣いしようとしないでください!? 今日から少しずつ節約ですっ、ヘスティア様は浪費癖が酷すぎます!」

「おいおい、堅苦しいこと言うなよ! いいだろう、今日くらい!」

 

 早速出費を増やそうとしているヘスティア様にリリが食って掛かる。口論になりかけるもベル達が宥めるがリリは止まらない。

 仕方がないので私も説得することにした。

 

「リリ」

「アゼル様っ! アゼル様からも言って下さい、お金は大切にしろと!」

「二億五千万に比べたら今夜の出費など微々たるものですよ。だから盛大にいきましょう」

「そういう問題ではないでしょう、アゼル様の馬鹿ぁ――ッ!!!」

 

 頭を抱えたリリの叫び声が『竈火の館』中に響き渡る。笑っていたらリリに一発叩かれたが、まったくもって痛くなかった。演技でも痛がってほしかったのか、まったく痛がらない私を見てリリはもっと叩く。私は笑う、リリが叩く、その繰り返し。

 最終的にリリはベルによって説得され、夕食はごちそうとなった。珍しく酔ったリリに再び叩かれたのは言うまでもなかった。

 

 

■■■■

 

 

 夜も更け、完成したばかりの本拠で行われた小さな宴も終わり、後片付けを済ませ各々が与えられた部屋へと戻っていった。大きな館ということもあり、一人一部屋という豪勢な部屋割りだ。ヘスティアはベルと同室を希望していたがリリによって却下された。

 そうしてヘスティアに割り当てられた『竈火の館』で最も広い部屋に、一人の訪問者がいた。仕事で着ていた給仕服とも、ダンジョン探索の時に身に着けている戦闘衣とも違う、着心地重視の簡素な寝間着姿のエルフ、【ヘスティア・ファミリア】への入団することができないながらもヘスティアが居住を許したリュー・リオンだ。

 夕食の前に身の上の事情を話したリューの同居に苦い顔をしたのはリリであった。言ってしまえばリュー・リオンという冒険者は爆弾のようなものだ。多くの悪に恨まれていた【アストレア・ファミリア】の唯一の生き残り故に、すべての恨みが彼女に向けられることになる。

 だが、主神であるヘスティア、団長であるベル、そしてアゼルまでもが彼女の同居を許したので、リリも渋々ながら首を縦に振った。

 

 リューは一度深呼吸をしてから静かにドアをノックした。

 

「入ってくれ」

「夜分遅く失礼します」

「何を言ってるんだい、君を呼んだのはボクの方だろう?」

 

 まったく君って奴は真面目だな、とヘスティアは小さく笑った。彼女の言うとおり、ヘスティアはリューを部屋に呼んだ。それは一重に、彼女が何をするために【ヘスティア・ファミリア】と共にいるのかを聞くためだった。

 

「ささ、座って座って」

 

 そう言ってヘスティアはリューに座るように促す。ドアを静かに閉めてからリューは言われた通り椅子に座ってヘスティアと向かい合った。お互いの目に迷いはなかった。和やかな雰囲気ではあるが真っ直ぐ視線がぶつかり合う。

 

 リューの主神である女神アストレアは厳格な神だった。正義というものを司っていたということもあったのだろうが、彼女はあまり弱みというものを他人に見せる神ではなかった。他人に厳しく、そして己にはそれ以上に厳しい性格だった。

 そんなアストレアに比べると、ヘスティアという女神はどこか情けないとリューは心の何処かで思っていた。それが悪いことだとは彼女も思ってはいない。人が千差万別であるように、神にも様々な性格がある。

 

 だが、今リューと向かい合っているヘスティアは、紛れもなく主神としての彼女だった。

 

「さて、夜も遅いし、さくっと本題に入ろうか」

 

 普段は欲望に弱く、情けない面も見せるヘスティアも己の眷属のこととなれば真剣そのもの。その表情は先程まで眷属達を巻き込んで豪勢な夕飯を食べていた彼女とはまったく別のものだった。

 

「リュー君はアストレアが帰ってくればボクの眷属になる、そうだね?」

「アストレア様が何時お戻りになるかは分かっていませんが、その時は必ず」

「んー……ボクは言うのもあれなんだけど、いいのかい? 別にアストレアが帰ってくるならそのままでもいいんじゃないのかな?」

 

 今のリューの問題はその背中に刻まれた【ステイタス】を更新することも、改宗することもできないという点にある。そのどちらにも主神であるアストレアが必要不可欠であるが、彼女がいるのなら改宗の必要はない。

 実際の所、リューにとって【アストレア・ファミリア】に所属していることは特別な意味がある。

 

「幾つか問題があります」

「問題かい?」

「はい。一つは私の正体に関係なく【アストレア・ファミリア】の眷属であるということは、それまで罰してきた者達にとっては恨みの対象になります」

「あー、確かにそうだね」

「アストレア様だけであれば、神に手を出すということはないでしょう。しかし、その眷属に危害を加えるということなら、十分あり得る」

 

 【アストレア・ファミリア】の一員であるということの意味は正義を志すと共に悪に恨まれ、常に危険の真っ只中にいるということでもある。リューも幾度となく報復や闇討ちに遭い、そのすべてを返り討ちにしてきた。

 

「他には?」

「……正義を捨てる、というわけではありません。しかし、今の私はもうそれだけではないのです」

 

 嘗てのリュー・リオンは正義のためだけに戦えた。どんな小さな悪でも、どんな有り触れた不幸でも、見てしまったら見過ごせなかった。せめて自分の手の届く範囲では正義の光が人々を照らすようにと戦ってきた。

 だが、今の彼女は違うのだ。その心に宿った正義は未だ腐らず、人々を照らす光であろうと思っているが、それだけではなくなってしまった。

 

「私はもう大衆の為の正義足り得ないのです」

 

 彼女は見つけてしまった。手に執った正義の剣で救うべき人を見つけてしまった。だが、それは彼が悪であったからではない、見過ごせない不幸があったからでもない。憧れを抱いてしまった、共にいたいと思ってしまった、その胸に秘めた好意を自覚してしまった。

 リュー・リオンは、ただ彼女のためだけにアゼル・バーナムを救いたいのだ。

 

「アゼルの為の正義でありたいと、私は願ってしまったのです」

「それの、何がいけないんだい? 普通のことじゃあないか」

「ええ、普通のことでしょう。ですが、アゼルの為の正義であるということは、私は多くの救いを求める声を聞き逃すでしょう、多くの不幸を見捨てることになるでしょう。それは、嘗ての私にあった正義に背くことに他ならないのです」

 

 リューは一人しかいない。どれだけ強くともその手の届く範囲は限られている。だから、アゼルを救うことで、救えたはずの誰かは救われない。嘗てのリュー・リオンはそれを良しとしなかった。より多くを救う、そのためにそれ以外のことへの関心が薄かった。

 だが、彼女は変わってしまった。一人の男に心惹かれてしまった。

 

「嘗ての私であれば、アゼルを追わずに多くの救いを求める者達に手を差し伸べたのかもしれません。ですが、今の私はそれができない。私が本当に握りたいのは……たった一人、彼の手です」

「……それが君の言った『アゼルと共にいたいから』という言葉の真意かい? 【アストレア・ファミリア】を抜けて【ヘスティア・ファミリア】に入ることは、君にとってのけじめ、嘗て志した正義との決別、そういうことなのかい?」

「――はい」

 

 何かを得るためには何かを捨てなければならない。

 アゼルという人を生かすために、アゼルという剣士を殺さなければならないように。再び戦場へと身を投じるために、漸く得ることのできた平穏を置いてきたように。アゼルを救いたいという正義を貫き通すために、リューは大衆の為の正義であることを捨てなければならなかった。

 それだけの価値が、それだけの意味が、それだけの想いがリューにはあった。

 

「物事を中途半端にしておけない生真面目さはエルフそのものか……ううん、違うね。君達はただただ真っ直ぐなんだ」

 

 ヘスティアは一度口にした言葉をその直後に否定した。

 自分であれば、とヘスティアは考えてみた。リューのように嘗ての居場所からわざわざ抜けるようなことはしなかっただろう。神々から得られる『恩恵(ファルナ)』はどの神が与えても変わらないのだ。リューにとってのアストレアは、ヘスティアにとってのベルのような存在であったとしたらと考えると、リューのアゼルに対する想いの丈がどれほどのものか朧気ながら理解できた。

 

「ただ一つのもののために、君達は走り続けるんだ。形振り構わず、横道に逸れることもなく、無限の可能性からたった一つの結末を求めて生き続ける。君とアゼル君は、似た者同士だ」

「……それは、そうでしょう」

 

 リューが思い出すのは約一ヶ月前の光景だ。星々が輝く月夜、アゼルの事情を知り、自分の事情を話したあの日のことだ。情けなく泣きながら彼女はアゼルに答えを求めた。そんな彼女に対してアゼルは示した答えが、己を貫き通すということだった。

 

「正義が私の行いにではなく心にあるのだと、そう言ってくれたのはアゼルです。誰に間違っていると言われようと、自分だけは信じ続けろと」

 

 たとえ、救いたい相手がそれを望んでいなくても、己の中の正義を貫き通せとアゼルは言った。苦しいこともあるだろう、辛いこともあるだろう、きっとその生き方はまた違う誰かの生き方とぶつかることもあるだろう。

 それでも、一度決めたのなら、もう二度と曲げることはしない。

 

「アゼル君は君のことも、大切に想ってるみたいだね」

「そうでしょうか……そうだと、良い」

「そうに決まってるだろう。アゼル君はああ見えて自分の生き方ってものに結構拘りがあるからね。それを語ったってことは、そういうことさ」

 

 アゼルはそれなりに人付き合いができる方だ。だが、それは誰も彼もを大切にしていく、という意味ではない。表面上は礼儀正しく接するだろうが、上辺だけの関係で終わらせる相手もいれば、リューや鈴音のように己の在り方を示す程深い関係を築くこともある。どうでも良い相手と、そうでない相手でアゼルは踏み込み具合を変える。

 リューや鈴音はそういう意味では誰よりも深く、強い関係をアゼルと築いている。

 

「ありがとう、リュー君」

「それは、何に対しての感謝ですか?」

「色々さ。アゼル君のことを考えてくれていること、真っ直ぐ向かい合ってくれていること、真正面からぶつかりに行ってくれていること。きっとアゼル君は君のそういうところを好ましく思っているよ」

 

 ヘスティアは嬉しかった。アゼルはまるで生き急いでいるかのように力を付けていっている。最初から、どこか人とは違う強さを持っている青年だった。その背に刻まれた【ステイタス】が既に彼を逸脱した存在であると示していた。今も尚成長は止まらず、とうとう神域へとその剣戟を届かさんとしている。

 アゼル・バーナムという剣士は己の求道のためならその他のものをすべて斬り捨てるだろう。だから、彼はどこか浮いているのだ。ふとした瞬間飛び上がり、そして人でない何かになってしまいそうでヘスティアは不安で仕方ないのだ。

 

 アゼルの求道を加速させる者が鈴音という刀鍛冶だというのなら、リュー・リオンはアゼルを人として繋ぎ止める鎖に他ならない。

 

「ボクは神で、どうしたって見守ることしかできない。だってこの物語は君達のものだからね。色々な願いがあって、色々な想いがあって、絡み合ってぶつかり合って、そして君達は君達だけの物語を綴るんだ」

 

 人は一人では生きていけない。そう知って尚、アゼルが目指すのは終焉に一人だけ残る世界なのだ。すべてを斬り裂いたその先に待つのは人も怪物も、神すら斬り殺された孤独の世界だ。それを目指した時点で、アゼルは人ではない何かに成り果てることは決まっていたのかもしれない。

 その孤独は、人には耐えられないものなのだから。

 

「だから、アゼル君を一人にしないでくれてありがとう、リュー君」

「私が、共に生きていきたいと願っただけです」

「それでも、そう願ってくれてありがとう。その願いは、きっと誰もが持てるものじゃないから」

 

 想い人であるベルに向けるものとはまた違った特別な感情がヘスティアの表情にはあった。それがどのような感情なのか、リューには分からなかった。

 だが、その穏やかでどこか悲しそうな表情を見て、目の前の女神もアゼルのことで何か傷付いているのだろうとリューは思った。それでもヘスティアはアゼルと一緒にいる時は笑っていた。

 

「貴女がアゼルの主神であって、本当に良かった」

「そ、そうかい? そう言われると、なんだか照れるなー」

 

 アゼルの前では人も神も変わらない。アゼルの剣は等しくすべてを傷付けていく。だから、アゼルと共に笑っていたヘスティアは主神としてでも、ましてや女神としてでもなく、ただのヘスティアとして笑っていたのだ。

 何の力もないただの個人として、ヘスティアはアゼルと対等であろうとしているのだ。

 

「神ヘスティア、貴女に感謝を。今のアゼルがあるのは、貴女のおかげだ」

 

 どこか情けないという感想を抱いたことをリューは恥じた。ヘスティアは深く深く、己の眷属を愛している。己の身を危険にさらしてでもアゼルを受け止めるだけの覚悟が彼女にはある。だから、アゼルは未だにこの【ファミリア】に身を置いているのだろう。真っ直ぐ己のことを見てくれる主神がいる、この場所へと帰ってくるのだろう。

 

「お互い様ってことかな」

「そうですね」

 

 気が付くと二人はお互いに感謝していた。

 

「これから君にたくさん頼ることになると思う。アゼル君はあれで結構やんちゃなところがあるから」

「……私はきっとアゼルの行動を止めることはできないでしょう」

「そうかもしれない。でも、それでも構わない。君がアゼル君の傍にいてくれる、それだけで良いんだ」

 

 そもそもアゼルは極力周りに迷惑が掛からないような形で今まで通してきた。この場合の迷惑とは主に人的被害のことだ。斬るのはその時本当に斬りたい相手だけで良いのだ。無闇矢鱈に剣を振るい人を斬るということは、アゼルの剣士としての矜持が許さない。

 だから、リューはアゼルの行動を止めることはないだろう。本気を出したアゼル相手では実力的にも止めることは叶わないだろうが、アゼルと約束した剣を交えるその時までアゼルにはありのままのアゼルでいて欲しいというのがリューの願いだった。

 最終的には、アゼルの剣は世界へと向けられる。ただ己の求道のためだけに世界を斬り裂き破壊するためにアゼルは動くだろう。リューはその時にこそアゼルと剣を交えるのだと思っている。だから、それまでは。

 

「この話は終わりにしようか。お互い事情は分かったことだし、これから仲良くしていこう。未来の団員として、ボクは君を歓迎するよ」

「ありがとうございます、神ヘスティア」

「むー、その『神ヘスティア』っていうのはちょっと堅苦しいな」

「正式に眷属になるその時までは、このままで」

「まったく、君は本当に真面目だね」

 

 微笑みながらヘスティアはそう言った。その後も二人はアゼルについて色々話した。主な話題はアゼルの女性関係だった。この晩ヘスティアは初めてアゼルが大賭博場(カジノ)で事件に巻き込まれたこと、その時助けた少女に好意を向けられているであろうこと、そして一時期巷を騒がせた切り裂き魔がアゼルを愛しているがために狙っていることを知った。

 次の日、朝からヘスティアに小言を言われて苦笑いを浮かべるアゼルにリューは助け舟を出すことなく眺めることになった。彼女とて少しくらい主神に話はしているだろうと思っていたのだが、彼女が思っていたよりもアゼルは【ファミリア】の中では気ままだったということだ。




閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等あったら気軽に言って下さい。

 はい、というわけでリューさん改宗予約です。もうここらへんから大分原作と違ってくる可能性大です。ベルもリリもアゼルに影響されている所多いですし、何よりヘスティア様の威厳が爆上げですから。まあ、それでもある程度は原作の流れを汲んで進めていきます。
 歓楽街編も基本的な流れは決っているのですが、細かい所を詰めないといけないのと、普通に執筆に時間がかかると思うので、うん、気長に待っていて下さい。
 もう二話くらいは投稿したいところです。

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