剣がすべてを斬り裂くのは間違っているだろうか 作:REDOX
愛する男の夢を見る。
剣を持つその姿はさながら修羅。その刃の美しさたるや、常世のものとは隔絶した域へと達し、人を、化性を、神を、森羅万象すべてを殺すその斬撃は死者すら魅了した。
それが己の愛する男の姿だ。愛するが故に、倒さなければならない男の姿だ。
一戦目、十四合の打ち合いの後、心臓への刺突により死亡。
二戦目、七合の打ち合いの後、四肢を切断され死亡。
三戦目、間合いへと飛び込んだ瞬間、神速の一太刀により首を切断され死亡。
四戦目、胴を横一閃に斬られ死亡。五戦目、逆に縦に斬られ死亡。六戦目、死亡。七戦目、死亡。八戦目、九戦目、十戦目――――延々と積み重なっていく死の想定。
それこそが剣鬼の住む世界だ。夢の中での逢瀬であっても、温もりなどなく、幸せなどなく、剣戟を重ねることしかできない程までに、男の世界と男自身は死に満ち溢れている。
だが、温もりはなくとも、幸せはなくとも、剣戟しかなくとも、否、剣戟しかないからこそ、そこには男の愛があるのだろう。剣鬼は剣でしか語れないが故に。
己と対を成すかのように紅く輝くその瞳を、彼女は忘れることができないだろう。殺気の中見え隠れする僅かな感情が彼女を突き動かす。
剣鬼は己で止まることができないし、止まる気もない。だが、彼は人で、人は誰かを愛する生き物なのだ、愛さずにはいられない生き物なのだ。
だから、愛したいのなら、愛されたいのなら――その手を握りたいのなら――己の手で引き止めるしかない。
――こっちを向け
――私を見ろ
そう叫びながら、我武者羅に、無我夢中に、追い縋り挑みかかる他手段はない。その瞬間だけは、男の意識が己に向き、剣が己を捉え、斬り裂こうと振るわれていると確信できるのだ。
狂っている、それはそうだろう。だが、それで良いのだ。それしか方法がないというのなら、狂うしかないのだから。
それは修羅の道だろう、それは血濡れた旅路だろう。だが、その血溜まりの先で己の腕の中に彼を抱き、愛していると、共に生きようと、誓いたいのだ。
――アゼル
その男の名を囁きながら、手を伸ばす。まるで太陽が直視した者の目を灼くように、伸ばされた手は斬り裂かれ裂傷が走る。
一際鋭い剣戟が閃く。
伸ばされた手ですら、剣士は斬り捨て――そして、その首を冷たい刃金が捉えた。
■■■■
「――――」
何か、とても恐ろしい夢を見ていた気がした。
眠りから覚めたリューは見知らぬ天井を見つめ、そんなことを思った。だが、どこか温かく、切ない感覚がやんわりと彼女を包んでいた。
きっと、恐ろしいだけの夢ではなかったのだろう。そう考えながら、彼女は傍らに座る人物を見た。
「【
「目を覚ましましたか【
丸椅子に座りながら本に目を落としていた人物、オラリオきっての
「ここ、はッ」
「まだ起き上がらないほうが身のためですよ」
リューは身体を起こそうとしたが、痛む身体が意識とは関係なく動くことを断念する。読んでいた本を閉じてサイドテーブルに置いたアスフィが乱れた布団をかけなおした。
「現状の説明は必要ですか?」
「……私は、アゼルと」
未だに少しぼんやりとする意識で彼女はこれまでの出来事を思い出そうとする。
リューがアゼルに頼んで共にダンジョンに赴いたことが始まりだった。色々とダンジョンを探索する理由はあったが、リューの最大の目的は【
「たた、かって――ッ」
そして、未だに制御しきれていない【暴風】は周囲を大きく破壊する。修練に相応しい場所は、ダンジョンくらいしかなかった。
「私は、また制御を失い――」
「――暴れだしました」
途中から記憶がない、ということはなかった。だが、ある時点から記憶は赤く染まり、理性は本能に塗りつぶされていた。
「【暴風化】とは良く言ったものです。確かに、あの状態の貴方は嵐そのものだ」
その姿は嘗て復讐心に囚われ敵対【ファミリア】を残滅していたリュー・リオンを彷彿させるほどだった。否、あの時の彼女にはまだ仲間の仇を討つという明確な意志があった。
だが、此度の彼女は眼前にあるすべてを破壊し尽さんと力を振るう――暴風、そのものだった。
「まあ、その状態の貴方ですら彼は倒しきれなかったわけですが」
身体能力の範疇では【暴風】を用いたリューの方が優れている。その上、リューには
肉体のリミッターを外すことによって身体能力を向上すれば【疾風奮迅】の効果は増す。接近戦、且つ短期決戦であれば、元来のリューの冒険者としての能力と【暴風】は相性が良い。
「先読みでどうにかなる次元ではないと思うんですがね」
リューとアゼルの攻防は、接近戦を主としないアスフィにとっては最早目で追うのもやっとという領域だ。しかも、それは外部から俯瞰しているからであって、目の前であの速度の攻撃をされたら避けることは疎か察知することすら困難を極めただろう。
そんな中、攻撃速度で劣るアゼルはリューの攻撃を防ぎ、逸らし、避けていた。見てから動いていては間に合うはずもない。速度で劣るアゼルが勝るリューの攻撃に対処するには、にわかに信じられないことだが、リューが攻撃するより前に反応していなければ辻褄が合わない。
「未来予知か、それともまた別の何かなのか……どちらにしろ、神懸かりであることに違いはありません。一体何処まで見えているのやら」
やれやれと、アスフィは呆れる他なかった。アスフィはアゼルとリューからの依頼で二人の付き添いとしてダンジョンに潜っていた。手加減の利かないリューとそれを抑えるアゼル、何が起こるか分からない修練に加えダンジョンという立地、何事にも対処できる人物に付き添ってもらう必要があり、アスフィに白羽の矢が立った。
対価は金銭ではなく情報。彼女の見聞きしたリューとアゼルの戦闘それ自体が今回の報酬となっている。
「神懸かり、か」
神霊をその身に降ろし奇跡の如き力を発揮している状態、オラリオでも数少ない『神秘』の発展アビリティを取得し、数多くの魔道具を作製してきたアスフィは『神懸かり』とアゼルを形容した。
勿論、それはただの慣用句であり、日頃から神々と接してきている彼等にとっては最早神をその身に宿すなんてことは想像することすらできない。
だが――
「確かに、そうなのかもしれません」
――リュー・リオンは確かにあの時感じた。
リューは戦闘の終盤【精神装填】に全精神力を注いでアゼルに挑んだ。
それまでとは比較にならない斬撃の重さにアゼルはよろめいた。だが、それも最初の一撃だけのことだった。二撃目からアゼルはリューの攻撃に適応、斬撃をいなし衝撃を逃す。
対応の早さに舌を巻くが、驚いている場合ではない。リューは対応しているとは言え先程より苦しげな表情をしているアゼルを見て攻めの手を強めた。
連撃に次ぐ連撃、息をつく暇すら与えない剣戟の嵐。圧倒的な攻撃力の前にアゼルは防戦を強いられる。そのまま続けば最初に倒れるのはリューの方だった。
だが、最初に限界を迎えたのは、アゼルの木刀だった。リューの攻撃を上手く受け衝撃を逃していたとは言えそれにも限界があった。
そして【暴風】状態だったリューが咄嗟に攻撃を止めることなどできるわけもなく、アゼルはリューの一太刀をその身に受けてしまった。
それなりの距離があったのにも関わらず、次の瞬間アゼルはダンジョンの壁に激突した。その衝撃で辺り一帯に激震が走り壁は陥没。
体力の限界を迎えたリューは木刀を杖のように地面につきながら膝立ちになる。アゼルが地面に落ちる音を聞いて、そちらを向いて彼女は目を見開いた。
アゼルは二本の脚を地に付け、しっかりとした足取りで立ち上がった。着ていた衣服はボロボロ、上半身に至っては跡形もなくなっていた。だが、露出した肌はそこにはなかった。全身へと広がる赤黒い鎧、硬質化した血がアゼルの身体を守ったのだ。
アゼルの手に持っていた木刀は半ばで折れ、殆ど柄部分しか残っていなかった。
だと言うのに、リューにはその先が見えた気がした。
折れた木刀のその先、刀身を幻視するほどの圧倒的な存在感がそこにはあった。そこには確かな刃がある、そう感じてしまったら最後、本能に支配され破壊の権化と化していた彼女の全身を冷たい恐怖が貫いた。
そもそも満身創痍になって倒れそうになっていたのだが、その感覚によって身体は息をすることを忘れた。
(剣を持たずしても剣士、いや――――)
木刀の先から更に広がっていく剣気、空間を満たし、そして尚失われぬ鋭さ。あれは、あれこそがアゼル・バーナムの剣なのではないかと、リューは思った。
剣を持っていなくても剣士など、当たり前だ。
(――貴方こそが剣か)
至高の剣技をその身に宿し、無窮の刃をその魂に宿した男は、一度抜き放たれれば神をも斬り裂く一振りの剣そのもの。
それでも、救ってみせよう。ただ己の我儘のために、貴方を救ってみせよう。ただ一人頂へと至ろうとする貴方を引きずり下ろし、そして笑って生きていけるよう、幸せだったと死ぬ時言わせられるように、全身全霊を賭けて救ってみせよう。
遥か高みを往く貴方に追いつくためなら、二度と飛べなくなったって良い、翼が折れてしまうくらい力強く羽ばたいて飛んでみせよう。
(私は、貴方を想って貴方と戦おう)
それが、彼女の狂気。破壊衝動に蝕まれる己を律するためには、理性でもって己を保つしかない。だが、狂おしいほどの戦闘意欲を押さえつける理性など、最早狂気でしかないのだ。
愛する男と戦うための力を、彼女は男を愛することで制御しようとしている。そして最後にはアゼルを打倒するのだ。
(……我ながら報われない)
面倒な男に惚れてしまったのか、それとも元々自分が面倒な質だったのか。ここまで何かに執着したことは、彼女にとって初めての経験だった。それが異性だというのだから、昔の彼女が今を見れば驚くことだろう。
「それで、そのアゼルは?」
「それはまあ仲睦まじい様子で忍穂鈴音を連れて、17階層へと行きましたよ」
今回のもう一人の同行者、忍穂鈴音。【ヘスティア・ファミリア】に二人いる鍛冶師の内の一人であり、アゼルを人として求めるリューとは反対、すべてを斬り裂く剣として求める少女。
つい最近Lv.2へとランクアップを果たし、加えてアゼルによって【加護】を与えられた冒険者でもある。
アゼルから授かった【加護】がどのようなものなのか確かめることも今回の探索の目的の一つでもあった。【加護】のことはアスフィには知らせていなかったので、アスフィがリューを看病して動けなくなった現状は好都合でもあった。
「腕なんて組んで、見せつけているつもりですかっ。こちとらひっきりなしにあの駄神に振り回されているというのに……」
アスフィはふつふつとわいてくる主神への不満が無意識の内に口から漏らしていた。そして、ふと疑問に思ったことをリューに問いかけた。
「【疾風】、貴方でも嫉妬したりするんですか?」
「……何を馬鹿なことを――」
そうですよね貴方に限って、とアスフィは思った。目の前の絵に描いたような堅物エルフが惚れた腫れただのに興味がないとまでは思わないが、それにしたって嫉妬しているような表情は見せないし、想像もできないのだ。
「――するに決っているでしょう」
「え」
「私にできないことが鈴音にはでき、私が立てない場所に鈴音は立てて、私より感情に素直な彼女に、嫉妬せずにはいられない」
リューは窓から外を眺めた。
すべてを望むなんてことはできやしない。でも、思わずにはいられない。鈴音のようにアゼルが望むものを与えられたなら、鈴音のように後ろに立ってその背を眺められたなら、鈴音のように素直にこの想いを伝えられたなら、と。
「ですが、それは逆も然りなのでは?」
「そんなことは分かっています。分かっていても、思ってしまうのです」
背中合わせ、反対の道を行く二人だからこそ、振り返ってしまう。隣の芝生は青く見えると言うように、相手の立ち位置を見て嫉妬してしまう。
分かっているのだ。今の彼女は、色々なものを犠牲にその立ち位置に辿り着いた。鈴音のような立場に成ることも、あり得た未来だったのかもしれない。でも、彼女はそこには辿り着かなかった。その未来も、彼女が犠牲にしたものの一つだった。
アゼルの前に立ちはだかり打倒するのは自らの選んだ道だ。だから、頭では納得できる。だが、心はそうはいかない。どうしようもなく惹かれている、自分を見ろと、自分だけを見ろと言ってしまいたくなる。
だが、言えない。ありきたりな言葉を用いれば、その感情は羞恥と呼ぶのだろう。だが、それだけではないのだ。
言葉だけでは伝わらないのだと、彼女は思った。
言葉だけでは足りないのだと、彼女は知った。
行動でもってその感情を語ろうと、剣を執った。打ち合えば分かる、剣戟を重ねれば伝わる。言葉など、その後で良い。
積み重ねてきたすべてが、その言葉を真に彩り意味を持たせる。
「どうやら、面倒なのは私の方みたいですね」
その言葉の意味が分からずアスフィは首を傾げた。リューは何でもないと言って話題を打ち切った。
結晶によって照らされたリヴィラを窓から眺め、アゼルの帰りを待つ。こういうのが恋なのかもしれないと、少し自嘲気味に微笑んだ。
自らが選んだ血濡れた旅路、恋路と言うには余りにも険しく果てしない。その路を行くには、己で咲かせた花すら踏み潰し――――終点まで辿り着くまで、報われることはないだろう。
■■■■
見上げた空は既に黄昏色に染まっていた。私達と同じようにダンジョンから帰ってくる冒険者も多く、その中にまぎれているというのにちらほらとこちらを見てから何やら話し合っている輩がいた。
自分は相手を知らないのに、相手は自分のことを知っているというのは不思議な感覚だ。
「ん……ぅん」
背負っていた鈴音が空気の変化を感じ取ったのか、それとも地上の喧騒に起こされたのか、身じろぎをして目を覚ました。
「あれ、私……」
「おはようございます、と言ってももう夕方のようですけど」
鈴音の幼さを残した澄んだ声が耳をくすぐる。寝起きの頭に周囲の景色が入ってきているが、現状を理解できずに鈴音はぼうっと辺りを見渡した。
「ここは、オラリオ?」
「ええ、今し方着いたばかりです」
「……私、なんで寝て……」
私に背負われて移動するに至った経緯、それは勿論鈴音が探索の途中に眠気に抗えず眠ってしまった等というものではない。
端的に言うと、彼女は
「力に振り回されて気絶してしまったんですよ」
「え、あっ……ご、ごめんなさい」
「構いませんよ。私にも経験がありますから」
鈴音の得た新たな力――剣霊の【
それは【ステイタス】のような明確な数値で対象を強化するようなものではない。基本アビリティなんてものもなければ派生アビリティもなく、【魔法】も【スキル】もない。【加護】による強化は、もっと曖昧で、それでいて神々の刻む【ステイタス】より与える者と授かった者に強い関係性がある。
【ステイタス】はどのような神が与えようと性能に違いはない。これは神々も認めていることであり、冒険者もなんとなく理解している。関わる神によって発現する【魔法】や【スキル】は変わることはあれど、土台の【ステイタス】の性能に差はない。
だが、【加護】には【ステイタス】にはない「性能の差」というものが存在する、と思われる。【加護】を授かった存在が鈴音以外にいないので比較検証ができないので証明はできないが。
『鈴音、大丈夫ですかっ?』
リヴィラに負傷したリューさんと看病のためにアスフィさんを置いていき、私と鈴音は17階層へと向かった。
二人きりで【加護】の性能を試す。それが、鈴音の要望だった。彼女の要望に従い、私は鈴音が一対一でモンスターと対峙できるように露払いをしながら彼女を観察した。だが、その気遣いは杞憂に終わった。
彼女はあまりにも強かった。勿論、相対して負ける、などということはない。だが、今までの彼女を見てきた身としては、その時の彼女は余りにも強すぎた。
彼岸花の【加護】が紅く染まり、そこから血が滴っていた。滴る血が刃へと変容し、いとも容易く敵の身体を斬り刻んでいく。その能力もさることながら、その動きも変貌していた。
レベルアップしたことによって身体能力が向上したことを差し引いてもおかしい程の飛躍。そして何よりも一刀振るう毎に動きが良くなっていくその様は、一瞬呆けてしまうほどの成長速度だった。
『はぁっ、はぁッ――』
『鈴音?』
鈴音を地上まで背負うはめになった理由、それは彼女が【加護】の力に振り回され、溺れたからに他ならない。モンスターと戦闘中にいきなり倒れた鈴音を庇いながら、最早脅威ではなくなった17階層のモンスター達を蹴散らした。
駆け寄った時、彼女は息を荒くしながらも笑っていた。
『……アゼルが、いたよ』
背中に腕を回して彼女を座らせ、怪我の有無などを確認。幸い掠り傷程度のものしかなく、倒れたのは負傷したからではなかった。
弱々しく手を伸ばし、そして鈴音は血塗れた手で私の頬に触れた。冷たい、刃の如き感覚が頬を伝って身体の芯へと走る。
『私の中に、貴方がいたの』
蕩けたような、焦点の合っていない瞳で彼女は私を見上げた。力なく頬からずり落ちそうになっていた手を、私は咄嗟に掴んだ。そして、触れた【加護】から直に感じ取ってしまった。
それは、冒涜的と言っていいほどまでに暴力的な繋がりだった。その血に、その魂に、その肉体に、その命に、忍穂鈴音という少女に突き刺さった一つの
嗚呼、なんということだろう、と私は心の中で嘆いた。
だって、そうだろう。仮に彼女が望んで受け入れたものであったとしても、彼女に芽生えた【加護】は彼女を冒し、犯し、そしていずれは私と同じに――剣を求める鬼へとなってしまう。
それは、嫌だ。それは、忍穂鈴音ではない。
『だい、じょうぶ、だよ』
何故、伝わったのか。鈴音は私にそう囁いた。
『私は、アゼルの為に在るんだから』
灼熱が、冷たさを焼き払った。その瞬間、忍穂鈴音という少女の想いは【加護】の毒を上回った。
『だから――――ありがとう』
感謝の言葉と共に、彼女は意識を失った。その表情はどこまでも安らかで、儚く、そして美しいものだった。
『どうか、健やかに。貴方は、貴方でいてください、鈴音』
それが、それだけが私の望むことだ。何時までも、死に絶えるその時まで、
その後、私に背負われていたことに漸く気が付いた鈴音が慌てふためいて私の背中から落ちてしまったり、それなりに集めていた魔石やモンスターのドロップ品を売却したりした後、無事アスフィさんと別れ、廃教会の地下暮らしだった私には未だに違和感のある【ヘスティア・ファミリア】の
奉仕活動を命じられた次の日の朝から探索に出かけていたので、ほぼ二日振りとなる本拠ではベル達が何やら探索の準備を進めていた。それは別段おかしいことではないのだが、ベルと命さんのやる気が目に見えて凄まじかった。
「おっかえりー! 無事で何よりだよ!」
「ただいま戻りました、ヘスティア様。ヘスティア様も元気なようで、我が家に帰ってきた実感が湧きます」
「お、なんだいなんだい? デレなのかい? ついにアゼル君のデレかい?」
「いえいえ、本心ですよ」
「ぬぐっ……」
そんな帰還の挨拶をヘスティア様と交わし、私達は自分達の荷物を整理して落ち着いてからやる気に満ちたベルと命さんとは反して、疲れ気味のリリに事情を聞くことにした。
「ベル様と命様は、春姫様が娼婦であることを利用して、身請けをすることにしたんです。そんな時に都合良く大金の手に入る依頼が転がり込んできて、今に至ります」
「なるほど、その手がありましたか……でも、あまり二人が思い付きそうなことではありませんね」
身請けと言っても、それは金銭で人を買うという行為に違いない。両人共に、そのようなことを進んでするような人柄ではない。
「ヘルメス様の入れ知恵だそうで……はぁぁ」
「ふぅむ……」
「何か気がかりなことでも?」
ヘルメス様の入れ知恵と聞き、何かが引っかかった。それは、確証などなく、根拠もない、ただの勘だ。今回の出来事にあの男神の影が見え隠れしすぎている気がする。とは言っても、今のところ何も起こっていないのだが。
【イシュタル・ファミリア】に接触するよう依頼を持ってきたのはヘルメス様だ。そして、私がイシュタルと会っていた晩、あの神は歓楽街にいたとベルは言っていた。そして、娼婦となった命さんの旧友を救いたいと言ったこの場面で、ヘルメス様からの助言だ。
点と点は私の中では繋がらない。だが、同じ平面上にあるように思えてならなかった。だが、それを言ったとしてもベルと命さんはもう止まらないだろう。
「いえ、リリからしたら、面白くないことなのだろうな、と思いましてね」
「…………」
「無言で脛を蹴らないでください」
「アゼル様がっ、不必要なっ、発言をするからっ、ですッ!」
語感を徐々に強めながらリリは蹴りを繰り出す。大して痛みはないので、止めたりはしないが、流石に不憫でならない。何せリリはベルに好意を抱いているのだ。そんな折にベルが、人助けのためとは言え、娼婦の身請けをするというのは、酷な話だ。
だが、リリ含め【ヘスティア・ファミリア】はベルのしたいことを全力で支援する方向にある。勿論、命さんの必死さもリリに伝わっていることも、リリが納得せざるを得ない要因の一つだったのだろう。
「で、どれほど稼がなければならないんですか?」
「ヘルメス様の仰っていた相場はニから三〇〇万ヴァリスなので、念の為五〇〇万ヴァリスは用意しようかと。因みに今回の依頼の報酬額は一〇〇万ヴァリスです」
「となると、残りは四〇〇万ですね。では、私も手助けいたしましょう」
「一緒に依頼を受けてくださるんですか?」
まだ帰ってきたばかりなので依頼の手伝いをしてくれるとは思っていなかったのか、リリは少し意外な顔をしていた。それとも、そもそも身請けに協力するとは思っていなかったのか。
共にダンジョンに行って依頼を手伝うのも手ではあるが、それよりも遥かに手っ取り早い方法が私にはある。
「いえ、高値で売れる物を持っているんです」
「高値?」
「豪邸が建つくらいですかね」
「なんでアゼル様がそんなものを持っているのかは、聞かないことにしますね」
聞かれていたら【ファミリア】会議待ったなしだっただろう。
だが、
「ああ、そうだ」
「どうしました?」
「いえ、買い取ってくれそうな人を思いついただけですよ」
こういう厄介事にはうってつけの優男の神がいたではないかと、自分の中で明日の予定が決まった。
閲覧ありがとうございます。
感想や指摘等ありましたら気軽に言ってください。
アゼルやリューの戦闘能力が知れる良い機会と思ってついてきたアスフィさん、結局治療から看病まですべてやらされる苦労人気質を発揮。
頑張れアンドロメダ、気張れアンドロメダ。お前の苦難はまだまだ続くぞ!