たばねさんはかわいいです   作:凍結する人

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本編
篠ノ之箒は自分に苛立つ


「なんでそうなる!?」

「い、いやだから、その……」

 

 放課後。篠ノ之箒は帰宅途中、またも女のデリカシーを無視して脳天気なことをほざいた幼馴染、織斑一夏を怒鳴っていた。

 

「わ、私がお前を……私だけ、が! す、水族館に誘った!……というのに!」

 

 平穏な日常にはとても似つかわしくない怒声にも関わらず、周りの女子たちは素知らぬ顔で通り過ぎて行く。もう何十回も見ている光景に注意力を割く程、彼女たちも暇ではないのだ。

 

「なんで皆で行くことになる!」

「え、いやだって……話聞いたらさ、セシリアも鈴もシャルもラウラも全員暇だって言ってたし、折角だからってことで」

「その面子がお前に言われて暇じゃないと返す訳がないだろ!」

 

 箒は彼女にとって至極当然の論理でもって怒鳴ったが、一夏がきょとんとした顔で

 

「え、どうして?」

 

 などと聞き返してくるものだから、たまらず激発してしまった。

 

「……ッ、この、大バカ者ッ!!」

 

 鉄拳制裁。

 迫り来るグーを避けることが出来ず宙を舞い、地に叩きつけられる一夏。箒はその姿を見もせずに振り返って自室へ走りだした。

 

 それから一時間後。

 篠ノ之箒はベッドでうつ伏せになりつつ、頭に枕を被って抑えつけるという珍妙な体勢のまま

 、暗鬱な気持ちに浸っていた。

 

(どうして。どうしていつもこうなるんだろう)

 

 箒はは、一夏のことが好きだ。大好きだ。剣術の道場でずっと一緒の、強くて優しくて少し抜けているけどかっこいい、そんな一夏が大好きだ。

 それは今でも変わらない。あの時よりも少しだらしなくなっていて、けどやっぱりかっこいい。クラス対抗戦の時、学年別トーナメントの時、「福音」事件の時も。

 箒が見つめるその背中は、小さいころいじめから守ってくれた背中と何も変わっていなかった。

 でも。

 

(私はどうなんだ? 一夏にとって、今の私はあの頃と同じ『幼馴染の篠ノ之箒』であるのだろうか?)

 

 絶対違う、と断言できる程に、今の彼女は落ち込み、自分を嫌いになっていた。

 何かする度に口篭り、挙句出て来るのは怒鳴り声と意味のない誤魔化しのみ。更に、少し恥ずかしがってしまうとすぐに手が出て、大好きであるはずの一夏のことを殴ったり、木刀のめった打ちにしてしまう。

 無論それは、一夏が嫌いだからではなく、彼の行動と無自覚なアプローチに恥ずかしがってしまうからなのだが。それはあくまで箒の事情で、一夏が理解できることではない。

 だから、今の一夏にとって、篠ノ之箒は。

 

(……ただの暴力女、なんだろうな)

 

 一人きりの部屋の中で、そういう結論を出した箒はますます落ち込んだ。悲観的な結論だが、それに至るだけの証拠は十分揃っている。主に自分の手足によって。

 

(こんなことがしたいわけじゃ、無いのに)

 

 箒は夢想する。もう少し素直になって、恥ずかしさを克服した自分を。

 一夏に面と向かって素直に物を言えれば、どんなに楽だろう。今回誘った水族館だって、ただ一言「二人きりで」と言えば良かった。そうすれば、楽しくてドキドキする素敵なデートが出来るはずだ。

 でも、しかし、やっぱり。

 

(……だめだ、言えない……こうして考えているだけで、頭が爆発してしまいそうだ……)

 

 枕の端を持つ両手を低反発のベッドに強く押し込んで、自分の頭部をますますめり込ませながら、箒は長年熟成して肥大しきった恋心に煩悶していた。

 

(……こういう時、姉さんならどうするだろう)

 

 その内に何故か、今は疎遠な自分の姉のことを思い出す。

 篠ノ之束。人類史上稀代の天才にして、世間一般のしがらみから解き放たれて自由過ぎる女性。

 もし箒に彼女の自由さ、子供っぽいほどの素直さがほんのちょこっとでもあれば、こうして悩むより早く、一夏の部屋に夜這いの一つでも仕掛けに行くだろう。

 箒の恋心は本来、それくらいに熱く激しいものだ。

 

 でも、同じくらいに肥大した羞恥心がそれを阻む。言いたい言葉をかき消して、罵声と鉄拳に変換してしまう。

 そのメカニズムを否定したくて、でも、どうしたって不可能で。だから箒は悩み続ける。

 

(……だいたい、一夏だって、分かってくれてもよさそうなものなのにな)

 

 その終わりに弾き出した思考は、昔からの幼馴染に対する甘えだった。

 

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