「ねえ、ラウラ」
「なんふぁ?」
アイドルのポスターやピンナップが飾られているごく平凡な女子寮の一角。テーブルに座りながら板チョコレートの甘みを口の中で堪能していたラウラ・ボーデヴィッヒは、クラスメートに尋ねられてこくり、と喉に絡みつく液体を飲み込んだ。
「ラウラちゃんってさ、どうして織斑くんのことを『嫁』っていうの?」
「それはな。日本では気に入った相手を『嫁にする』というのが一般的な習わしだろう? だから、あいつは私の嫁なのだ」
さぞ当然のように言い返したというのに、クラスメートの表情は強張っている。こういう顔をされる時、自分の知識が間違っているのだということを、ラウラは経験則で知っていた。
「……間違い、なのか?」
「ええと、間違いというか、解釈がかなりネジ曲がってるというか……普通、そういう時は嫁じゃなくて、婿だよ」
「婿?」
「そう。ドイツ語で言うとBräutigam。男の人をFrau、って呼ばないでしょ?」
ドイツ語で言われると、それもそうだと納得できる。
大体、『嫁』の話をしてきたのはクラリッサだ。任務においては良き副官であるし、色恋についてもラウラより経験豊富である……と、信じることは出来るのだが。
如何せんアドバイスの内容が、同じく頼りになるシャルロットに比べていささか常識外れというか、突拍子のないものばかりなのだ。
少なくとも、シャルロットなら学園指定のスクール水着を『キワモノ』と切って捨て、下着同然のレース付き黒水着を推奨してくることはしない――はずだ。
「むぅ……では、これから私は嫁のことを、婿、と呼べばいいのか」
「そうだよそうだよっ! ソッチのほうが織斑くんも喜んでくれるって!」
「そ、そうか!?」
「ラウラちゃんみたいな可愛い女の子に婿って呼ばれて、喜ばない男の子はいないから!」
口々に褒められると、なんだかその通りに事が進むような気がしてくる。自分がFrauで一夏がBräutigam。そういう未来を夢想し、それが目の前にあると錯覚してしまう。
――しかし、ラウラは固く否定した。
「いや、止めておこう。やはり一夏は私の『嫁』だ」
「ええー、どうして?」
「それは……その……良く分からん!」
凛とした表情でそう宣言したラウラに、クラスメートは呆れ顔でため息をついた。
だがラウラにしてみれば、織斑一夏は自分の夫婦であり、『嫁』以外の何物でもなかった。
なぜだか分からないが、そう呼ぶことが不思議としっくりくる。生まれたその時から、それが当然のように思えてしまうのだ。
「……うーん……婿って呼んだほうが、いい気がするんだけど」
優しいクラスメートは尚も食い下がってきたが、一度決めたことを覆さないのが、ラウラ・ボーデヴィッヒの実直さであった。