人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ 作:幼馴染み最強伝説
「大丈夫か?雪ノ下」
「……ええ。辛うじて、ではあるけれど」
保健室のベッドに座った雪ノ下は未だ頭痛がするのか、額に手を当てて、そう答えた。
部屋に帰ってきたときは驚いた。
倒れている雪ノ下とその隣で狼狽えている由比ヶ浜。
どう考えたって何かしでかしたのは由比ヶ浜で、その状況はもう殺人現場か何かにしか見えなかった。何なら、俺の出した案が裏目に出て、由比ヶ浜に報復でもされたのかとすら思った。
だが、あまりの由比ヶ浜の慌てっぷりなどを考慮して、それは無いと判断し、取り敢えず保健室まで連れて行き、介抱した結果、ものの数分で回復した。
とはいえ、何故ああなったのかわからない以上、早いんだか遅いんだかわからなくはあるが。
「そろそろ理由を説明してくれるか?何で雪ノ下は倒れてたんだ?」
「あれはおそらく……クッキー?と思しき物体だったわ」
「クッキー?」
何で疑問系なんだよ……しかも、おそらくと物体という疑問系にさらに不確定要素が混じってるんですけど。
「由比ヶ浜さんはそう言っていたわ。ねえ、由比ヶ浜さん」
「う、うん。食べたらいきなり雪ノ下さんが「気分が悪い、立ち眩みがする」って言って、倒れちゃうからびっくりしちゃって……」
え?クッキー食べたら立ち眩みして倒れるの?そんなクッキー初めて聞いたよ?
「そんなにダメだったかなぁ……このクッキー」
そう言って由比ヶ浜は制服のポケットからセロハンの包みが取り出される。
その中に入っていたのは黒い、凡そクッキーとはかけ離れた物体が入っていた。
「クッキーって……ジョイフル本田で売ってる木炭の方が美味そうに見えるぞ」
「はぁ⁉︎ヒッキー馬鹿にしすぎ!………やっぱりダメだったかなぁ」
威勢良くつっこんできた割には本人もそれがクッキーとは言い切れるものではなかったらしい。
由比ヶ浜はアホの子だから、おそらくは最初作ったときは「見た目はアレだけど、きっと美味しいはず!」という希望的観測満載で味見もせずに持ってきたに違いない。解決してくれたお礼だとかに。それがお礼どころか報復になったのは言うまでもない。
しかし、あの黒さはヤバい。テレビ放送ならモザイクがかかるレベル。クッキーじゃなくて、ダークマターの間違いじゃないですかねぇ。ポイズンクッキングとタメを張れる。
それにしたって、あんなものを雪ノ下はよくもまあ食べようという気になった。さしもの雪ノ下とて、あれを食って無事でいられるなんて思わなかったはずだ。寧ろ、思うならその自信は何処から来たのか問いたいレベルだ。
「由比ヶ浜。取り敢えず、それ食べてみろ」
「え?で、でも、一応お礼の為のものだし……」
お礼?なるほどお礼参りというやつだな。ヤンキーがやる方の。
「安心しろ。俺も食う」
正直安心できる要素なんて何一つない上に話の論点が違うが、勢いで誤魔化す。
「じ、じゃあ、はい」
包みの中から鉄鉱石ですと言われても通じそうな物体を取り出す。
それを摘み上げた途端、珍しく雪ノ下がやや焦った声で問いかけてきた。
「本当に食べるの?無事では済まないわよ」
「死にはしないだろ」
「生きるか死ぬかの問題なんだっ⁉︎」
由比ヶ浜はそうつっこんでくるが、割とそんなレベルの問題だと思う。現に雪ノ下が倒れているわけだし。茜に由比ヶ浜の事を頼まなくて正解だった。
俺と由比ヶ浜はダークマター(仮)を頬張る。
バリバリジャリジャリ。
とてもクッキーを食べているとは思えない食感。
口の中から水分が全て奪われ、舌には噛み砕いたそれがまとわりつく。の、飲み込めない……だと⁉︎
おまけに味は苦いなんてもんじゃなかった。魚の腸でも入れてるの?といわんばかりに苦く、ところどころ生焼けなのか、ぬるっとしていて、微妙な甘さがある。そのせいで余計に苦さが際立ってしまう。こんなの人間が食べるもんじゃない!とすら叫んでしまいそうになった。
マッ缶は先程全部飲み干しているせいで現在手元には何の飲み物もない。このままこれを口に入れっぱなしにしていると雪ノ下と同じ末路を辿る未来を見た俺は無言で保健室を出て、すぐさま手洗い場へと向かった。
手洗い場で口の中を濯いだ後、俺と由比ヶ浜は口直しのために飲み物を買っていた。当然ながら雪ノ下の分も買ってある。同じ被害者になってわかったことではあるが、尋常ではないあの苦さは何かで口を変えないと永遠に消える事がなくなりそうだからだ。
「うぅ〜、まだ苦いよ〜」
「だからお前もマッ缶にしとけって言っただろ」
「あれ甘過ぎるし、人の飲む物じゃ……」
「良し、由比ヶ浜。表に出ろ。お前とは決着をつける必要がありそうだ…………そのクッキーでな」
「もう良いよ!ていうか、ヒッキー目がマジ過ぎて怖い!」
MAXコーヒーは千葉のソウルドリンクだ。それを冒涜するのは即ち千葉を冒涜するのと同義。千葉を報徳する人間は何人も許さない。
「さて、今回の依頼の事だけれど………なんだったかしら?」
「あれだろ?どうすれば人の食えるクッキーが作れるかだろ?」
「違うしっ!どうすれば自分を素直に出せるかだよ‼︎」
そういえばそうだった。
クッキーのあまりの性能にうっかり記憶を奪われるところだった。
「成果はどうだった?雪ノ下」
「成果?………成る程、そういう魂胆だったのね」
どうやら今ので俺が何を持って、雪ノ下と由比ヶ浜の二人だけの空間を作り、話をさせたか、理解してくれたらしい。決して百合百合展開を求めていたわけではない。
「え?え?どうゆうこと?」
「比企谷くん。貴方の目論見は半分成功半分失敗というところかしら。一応、私と話している間は本音では話せるようにはなっていたけれど、他の人間なら話は別」
「いや、それでいい。今回に限ってはそれ以上の結果は求めてない」
俺が雪ノ下に由比ヶ浜を任せた理由。
それは他人の顔色を伺い、自らの意思を曲げてしまう由比ヶ浜と他人の顔色など全く気にせず、自らの意思を通す雪ノ下とで相互作用を生み出すためだ。
由比ヶ浜は意思を通す力を得て、雪ノ下は他人を気遣う能力を得る。
対極に位置する二人だからこそ、互いに足りない要素を補えると踏んでの話し合いのようなものだったが、概ね予想通りといったところだ。
元々、由比ヶ浜のそれはそこまで酷くない。実際、俺に対しての対応は気遣い無用どころか、ちょっとくらいは歯に衣きせてくれない?くらいのストレートな罵倒だった。きっと由比ヶ浜は雪ノ下と同じ末路を辿るに違いない。
雪ノ下の方は酷いなんてものじゃないが、ある意味ではそれが雪ノ下雪乃の長所であることも確かだ。後はそれを如何にしてタイミングの見極めが出来るか。ストレートに言うところとオブラートに包むところ。この二つの分け方は社会に生きていく上で重要な要素の一つだ。現段階で雪ノ下は俺が既に実行に移していることに気づいてはいないだろうから、気づく頃には雪ノ下自身の問題も解決という算段だ。
「ようは由比ヶ浜。後はお前の気の持ち方っつー事だ。雪ノ下と話している時の事を思い出しながら、まずは失敗しても問題のなさそうなやつを相手に話してみろ」
「雪ノ下さんを思い出しながら?」
「ああ」
なんなら俺でもいいが、それだと罵詈雑言が飛び交う事態に発展し、最終的には友達を無くすまである。今の今まで他人の顔色を伺っていたやつがいきなりストレートに罵詈雑言を浴びせてきたら、そりゃもう友達いなくなるわな。
「やれないなら別の方法を考えるが、あくまで俺達は補助であって、一緒に頑張るわけじゃない。お前にあった最善の方法をお前に提供するだけだ。だから、不満があるなら今のうちに言ってくれると助かる」
一緒に頑張るなら、多少の無茶は通せるが、俺達は頑張る手助けをするだけなのだ。手を取り合って、なんて風じゃない。元々、俺達自身にその能力は欠けているといえるが、それ以前に奉仕部の方針上、仕方のないことだ。
俺の提案に由比ヶ浜は顎に手を当てて考える。
「うーん……難しいからよくわかんないけど……」
え?今のでわからなかった?結構噛み砕いてたと思うよ?
「……わかった。ちょっと頑張ってみる。雪ノ下さんとのやり取りを思い出しながら、だよね」
うんうんと頷きながら、由比ヶ浜は先ほどの言葉を反復する。
「ありがとう。雪ノ下さん、ヒッキー。また改めてお礼させてね!」
元気よく礼を言うと由比ヶ浜は勢いよく保健室から飛び出していった。なんというか、アホの子だけあって、その行動力には目をみはるものがある。思い立ったが吉日という感じだな。本人はその言葉を知らなさそうだが。
「ありがとう……ね」
「礼を言われるのも悪くはないだろ、雪ノ下」
「……そうね。今まではそれとは無縁の言葉ばかり浴びせられてきたもの」
持つものは持つもの故に悩みがあり、苦しみがある。
雪ノ下はまっすぐだ。それこそ天元突破してしまうほどに己を貫いている。それは己の信じる道こそが正義であるとそう信じているからだ。
だが、社会はそれを否定するだろう。嘘と欺瞞に満ち溢れた社会は正しさを愚かと罵り、悪と断罪する。
口でこそ、人の為に何かを為すことを是と言いながら、その実、私利私欲に塗れ、自らの為に他者を利用することを是とする。
そうして優秀な人間は無能な人間によって甘い蜜を吸われ、何れは朽ち果て、無能だと切り捨てられる。
世の中は無能な人間ほど高位な役職に就いているものだ。何時だって優秀な人間は下っ端から上に上がるために人一倍の努力を強いられる。
何もかも間違っている世の中ではあるが、それでも雪ノ下のような人間が存在しているという事は良い事だろう。
確かに世界を動かしているのは無能な人間だが、世界を変えるのは何時だって優秀な人間だ。
無能だからこそ、革命を起こされ、有能だからこそ、社会の在り方に疑問を抱く。
そうして、雪ノ下雪乃は優秀な人間が淘汰されるこの社会に疑問を抱いたのだろう。俺なんて淘汰されすぎて、もう淘汰がゲシュタルト崩壊してる。
「補佐なんて必要ないと思っていたけれど、今回の依頼。貴方の助力無しには解決し得なかったでしょうね」
「そんな事ねえよ。ありゃ、下策も下策だ」
二人のやり取りを知らないとはいえ、雪ノ下と由比ヶ浜が何の憂いもなく、衝突もなく、普通に会話ができていたとは思えない。対極に位置するタイプであるからこそ、衝突は避けられない。
故に失敗するリスクもあった。
だが、俺の想像以上に由比ヶ浜のメンタルは強かった。
刷り込まれてきたご機嫌伺い症とは裏腹に由比ヶ浜自身のメンタルは雪ノ下に匹敵する。
それがあってこその今回の解決だと考えるならば、やはり俺のやり方は上策とは言えない。
「もう少し早く……貴方と会っていたなら……或いは」
「?何か言ったか?雪ノ下」
「何でもないわ。体調も戻ったから、今日はもうお開きにしましょう」
何かを呟いていた雪ノ下だったが、訊き返すと首を横に振り、そう口にした。
確かに思いの外、時間が経っていた。そろそろ完全下校時刻だ。茜も待っている頃合だろう。
「戸締りは私がしておくから、貴方は茜さんの所に行ってあげなさい」
「いいのか?まだ少し顔色が悪そうだが」
「ええ。荷物も置きっ放しだし、戸締りをするのは部長の務めよ」
そういえば、雪ノ下を運んできたまではいいが、俺の荷物はともかくとして、雪ノ下の荷物は部室に置きっ放しになってるんだったな。気が利かなかった。
「じゃあな、雪ノ下」
「ええ。また明日」
少しばかり後ろ髪を引かれつつも、校門で待っていた茜と合流し、帰路についた。