人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ   作:幼馴染み最強伝説

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たまに王道を歩むと良いことがある

そんなこんなで、戸塚彩加補完計画(仮)は第二フェイズに突入していた。

 

とはいっても、基礎鍛錬ならぬ訓練を終え、いよいよボールとラケットを使用しての練習なのだが。

 

鬼教官、雪ノ下雪乃指導員の元、戸塚が地獄の特訓を受ける。

 

基本的には壁打ちだが、時折俺が入ったりして、練習は比較的順調に進んでいる。

 

雪ノ下も木陰で本は読んでいるものの、指導はきっちりこなすし、由比ヶ浜も練習は手伝ってくれた。くれているじゃないのは、最近は飽きたのか、雪ノ下の隣で昼寝をしているからだ。なんか、散歩に連れて行けと催促した癖に疲れたから寝る犬みたいだ。

 

そして、何故かいる材木座は必殺魔球の開発に勤しんでいた。そんな事してても庭球のプリンスにはなれないぞ。あれはバトル漫画だからな。これが超次元テニスだ!つーか、ラケットでクレーコート穿り返すな。

 

まぁ、材木座はともかくとして順調なペースだ。このままなら、半年後には確実にレベルアップを果たしているだろう。それでどれだけ意識改革が起きるかはわからないが、何事もやってみなくちゃわからんしな。

 

と、雪ノ下に起こされた由比ヶ浜が、雪ノ下の指示のもと、ボールかごを運び始めた。

 

それを次から次へと適当に投げては必死に戸塚は食らいつく。

 

別段コースは厳しいわけではないが、適当に投げてるからかなり辛そうだ。

 

「由比ヶ浜さん、もう少し正確に厳しいコースに投げなさい。でないと、練習にならないわ」

 

雪ノ下は本気だった。本気で戸塚を鍛えようとしていた。

 

とはいえ、雪ノ下の思考回路はさながら某戦闘民族のように『死ぬ一歩手前まで鍛えたら、人間の持つ超回復で強くなる』というトンデモ理論なので、少し戸塚が心配である。

 

由比ヶ浜は雪ノ下の指示通り投げているつもりなのだろうが、狙いもフォームもデタラメのせいで、いつも予期せぬ場所に飛んで行っている。それを捕らえようと戸塚は走るが、流石に足が限界なのか、二十球目にして、ずざーっとすっ転んだ。

 

「うわ、さいちゃんだいじょぶ⁉︎」

 

由比ヶ浜の手が止まり、ネット際に駆け寄る。

 

戸塚はすりむいた足を撫でながら、濡れそぼった瞳でにこりと笑い、無事をアピールする。

 

なんというか、凄く……萌えます。

 

「大丈夫だから、続けて」

 

それを聞いて、疑問の声をあげたのは他ならぬ雪ノ下だった。

 

「まだ、やるつもりなの?」

 

「うん……皆付き合ってくれるから、もう少し頑張りたい」

 

「……そう。じゃあ、由比ヶ浜さん。後は頼むわね」

 

そう言ったきり、雪ノ下はくるっと踵を返し、すたすたと校舎の方に向かう。それを不安げな表情で見送った戸塚がぽつりと漏らした。

 

「な、なんか怒らせるようなこと、言っちゃった、かな?」

 

「いや、それはないだろ。多分、用事か何か思い出しただけだ」

 

「そうそう。ゆきのん、頼ってくる人を見捨てたりしないもん」

 

実際のところはすれ違い様に「救急箱を取ってくるわ」って、俺にだけ聞こえる声で言ったけどな。他人を気遣えるが、気恥ずかしい分、それを表に出せないのだろう。ま、ぼっちなんて大体そんなもんだ。

 

「そのうち戻ってくるだろ。続けてていいんじゃなか」

 

「……うんっ!」

 

元気よく答えた戸塚は練習に戻る。

 

それからは弱音の一つも言わず、泣き言も口にせず、頑張っていた。

 

「もう疲れた〜、ヒッキー交代してよ」

 

それどころか、寧ろ由比ヶ浜の方が先に音をあげちゃったよ。

 

まぁ実際、俺もなんだかんだで暇だったし。

 

「わかった。代わる」

 

「やった。あ、これ始めて五球で飽きるから気をつけてね」

 

早っ⁉︎どんだけ堪え性ないんだ。

 

俺が由比ヶ浜からボールを受け取ろうとした時、それまでニコニコ顔だった由比ヶ浜の表情が微妙な表情になった。

 

「あ、テニスしてんじゃん、テニス!」

 

きゃぴきゃぴとはしゃぐような声がして、振り返ると葉山と………確か三浦とかいう女子を中心にした一大勢力がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ちょうど材木座の横を通り過ぎた辺りで、向こうも、こちらの存在に気づいたらしい。

 

「あ……。ユイたちだったんだ……」

 

三浦の隣にいた女子が小声でそう漏らす。

 

三浦は俺や由比ヶ浜はちらと見たきり、軽く無視して戸塚に話しかけた。どうやら材木座の事は端から見えていないらしい。

 

「ね、戸塚ー。あーしらもここで遊んでいい?」

 

「三浦さん、僕は別に、遊んでるわけじゃ、なくて…練習を…」

 

「え?何?聞こえないんだけど?」

戸塚の小さすぎる抗弁が聞き取れなかったのか、三浦の言葉で戸塚は押し黙ってしまう。いや、俺だってあんな風に聞き返されたら絶対黙るな。訊き返すとかじゃなく、威圧だもんな。

 

だが、戸塚は勇気を振り絞り、なけなしの勇気をかき集め、再び口を開く。

 

「れ、練習だから……」

 

だが、三浦こと女王様はそれを歯牙にもかけなかった。

 

「ふーん、でもさ、部外者混じってるじゃん。って事は、別に男テニだけでコート使ってるわけじゃないんでしょ?」

 

「そ、それは、そう、だけど……」

 

「じゃ、別にあたしら使っても良くない?ねぇ、どうなの?」

 

「……だけど」

 

そこまで言ってから、戸塚が困ったように俺の方を見る。

 

………まぁ、俺しかいないよな。由比ヶ浜はあのグループのカーストにいるだろうし、雪ノ下はいない。材木座は元々戦力外。

 

「悪いが、このコートは戸塚がお願いして使わさせてもらってるんだ。だから、関係者以外無理だ」

 

「は?だから?あんたは関係者じゃないでしょ?」

 

「部活動の一環で手伝ってるんだ。アウトソーシング。限定的だが、関係者だ」

 

「はぁ?何意味わかんないこと言ってんの?」

 

今のわかりにくいところあったか?………いや、単にこっちの話を聞く気ないだけだな。これだから昨今の女子高生は品性が欠けるって言われてるんだよ。せめて会話くらいしようぜ。

 

「まあまあ、喧嘩腰になんないでさ」

 

葉山が取りなすようにして間に入り、俺の方に近づいてきた。

 

「悪いな、比企谷。急に優美子があんな事言い出して……」

 

「わかってる。あの手の輩は脳味噌の中がひん曲がってるからな。誰の手にも余る」

 

多分雪ノ下みたいなタイプがいても暴走しそうだもんな。葉山のようなタイプじゃ、抑えるのは無理だろう。その辺は本人も良くわかってらっしゃる。

 

「まぁ、そういうわけであれだ。早いとこあの女王様どっか連れてってくれ」

 

会話にならないのなら、そもそも論破することが出来ない。

 

ならば、いっそ無理矢理にでもご退場願うしかない。

 

「そうしたいんだが……」

 

ちらっと三浦の方を見ると、気だるそうな表情で、巻いた髪を指先で弄っていた。あー、あれはあれだ。葉山が俺を説得しようと試みてると思ってる。そんでもって、とっととOK出せよ、この引きこもりがとか思ってるよ。誰が引きこもりだ。俺は比企谷だ。

 

「こんな事を君に聞くのはおかしいけど、何か穏便に済ませられる方法はあるか?」

 

「お前が三浦を言いくるめればすぐに済みそうだけどな」

 

その代わり、三浦は不機嫌になるし、また俺のいない時にでもここにテニスがしたいとか言って来そうな気がしなくもない。もっとも、それは俺達が根負けして、テニスをする事を許可すれば同じだが。

 

そうなると、他の方法を取らないといけないわけだが………

 

「なぁ、比企谷」

 

「なんだよ。今考え中だ」

 

「その事だけどな。部外者同士で勝負。勝った方が今後昼休みにテニスコート使えるっていうのはどうだ?もちろん、戸塚の練習にも付き合う。それに色んな人間とすれば、戸塚のレベルアップにも繋がる……どうだ?」

 

「俺達のメリットに対して、デメリットがデカい。却下………と言いたいところだが」

 

まぁ、言葉の通じない人間を納得させるにはそれが一番なのかもしれないな。いっそ雪ノ下が帰ってくるのを待って、言いくるめてもらうのもありだが、それはなんというか………あまり良い手段ではないし、雪ノ下も良い気分はしないだろう。

 

それに経験を得られるのは確かにメリットではある。問題は相手がどのくらい強いかだが……葉山がいるなら、少しは練習になるだろう。

 

「今回だけはそれに乗ってやる。負けた時の台詞、ちゃんと考えとけよ?」

 

俺がニヤリと笑うと、それを見て葉山もニヤリと笑った。

 

茜はいないが、この勝負。葉山がいることで校内中に知れ渡る事になるだろう。

 

テニスコートを賭けての微妙な勝負だが、負けられないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校内中に知れ渡るとは言ったが、まさか本当に知れ渡るとは。

 

たった数分のうちに校庭の端に位置するコートには人がひしめき合っていた。

 

多分、二百くらいは優に越しているだろう。葉山グループは勿論のこと、何処から聞きつけたのかそれ以外の連中もいる。その大半が、葉山の友人、或いはファンである。

 

二年生が中心ではあるが、葉山の勇姿を一目見ようと三年生や一年生も交じっている。

 

くっ………これがイケメンリア充の力か!

 

試合前に早くも負けそうなんですが。

 

「HA・YA・TO!フゥ!HA・YA・TO!フゥ!」

 

おまけに葉山コールの後にウェーブが始まる。まるっきりアイドルのコンサートか何かになってるな。まぁ、全員が全員葉山のファンというわけではないだろう。おそらく大半が野次馬だ………多分。

 

どちらにせよ、そのノリは薄ら寒い。殆ど宗教がかってる。

 

その混乱の坩堝の中、葉山隼人は堂々とコートの中央へと歩みだす。これだけのギャラリーの中でも怯んだ様子がない辺り、やはりこの程度の注目には慣れているのだろう。

 

ぶっちゃけ俺は今すぐにでも逃げ出したいのに。

 

やだよ、人に注目されるの。

 

「ひ、ヒッキー。どうすんの?」

 

不安げな表情で由比ヶ浜に問われる。

 

「どうするも何も、あっちの提案に勝手に乗ったのは俺だ。責任はとるし、負ける気もない」

 

ちらりと戸塚を見ると、余所の家に連れてこられたペットみたいに縮こまっていた。とても庇護欲そそる姿に戸塚ファンは悶えて歓声をあげていた。流石男の娘。眼福です。

 

さて、今回のこの勝負。

 

部外者同士の勝負である以上、戸塚は出られないわけだから……

 

「材木座、お前テニス出来るか?」

 

「任せておけ。全巻読破したし、ミュージカルまで観に行ったクチだ。庭球には一日の長がある」

 

「お前に聞いた俺が馬鹿だった」

 

期待してはいなかったが、本格的に戦力外だった。

 

そうなると消去法で由比ヶ浜に頼むべきなのだが………そういうわけにもいかない。

 

元々、由比ヶ浜は葉山グループの一員だ。

 

確かに奉仕部の一員ではあるが、何も友人関係を壊してまで、部に尽くす必要も、義理もないだろう。こいつは俺と違ってちゃんと人間関係を作れる奴だからな。三浦達と仲良くしたいだろう。ついでに言うと、由比ヶ浜がテニス出来そうなイメージが湧かない。

 

「ねぇ、早くしてくんない?」

 

うるさいな、と思って顔を上げると其処にはラケットを確かめるようにして握る三浦の姿がある。それを意外に思ったのは、どうやら俺だけではないらしく、葉山も同様だった。

 

「あれ?優美子やるの?」

 

「当たり前だし。あーしがテニスやりたいっつったんだけど」

 

「いや、でも向こう多分男子が出てくるんじゃないか。ほら、あの比企谷が。そしたら、ちょっと不利だろ」

 

どうやら葉山の中では俺との真剣勝負だったらしい。や、誰も俺が出るなんて言ってないんですけどね。カッコよく決めた手前、そんなふざけた事は言えないが。勝てば官軍、負ければ賊軍なのだよ。

 

葉山が諭すように言うと、三浦は縦ロールみたいなやつを伸ばしながら、少しばかり考える。

 

「ーーあ、じゃ、男女混合ダブルスにすればいいじゃん?うそやだあーし頭いいんだけど。つっても、なに?そのヒキ……ヒキ……あ、ヒキガヤくんと組んでくれる子いんの?とかマジウケる」

 

おい、さっきの今で思い出すのに考えるなよ。

 

三浦はゲラゲラと甲高い下品な声で笑うと、ギャラリーにもドッと笑いが巻き起こった。組んでくれる子云々よりも、教えた直後に名前を忘れられる事の方がダメージでけえよ。

 

さて、どうしたものか。

 

一人なら、俺が出ればなんとか収拾もつけることが可能だったが、こうなると色々収拾がつかなくなった。

 

あー、せめて戸塚が女の子か、由比ヶ浜が別のグループの人間か、はたまた雪ノ下が救急箱を取りに行っていなかったら、なんとかなったのに………

 

そうして、俺が頭を悩ませていた時、その笑い声の中、聞き覚えのある声が響いた。

 

「ふふふ、本当に面白いね。まさか、偶々通りかかってみたら、随分眠たい戯言を言う人がいるんだもん」

 

その声にピタリと笑い声が止み、全員の視線がそちらを向いた。

 

「八幡と組む子がいない?そんなはずないよ。少なくとも、私は何があっても、何であっても八幡のパートナーだから」

 

集まっていた生徒たちが道を開け、コートの中に入ってきたのは茜だった。

 

その顔には相変わらず笑顔が張り付けられているが、俺は知っている。

 

今の茜は絶賛ブチ切れ中ということが。

 

「三浦……優美子さんだよね?八幡と同じクラスの」

 

「そうだけど。だったら何?」

 

「ううん、確認取っただけ。名前間違えてたら、失礼だもん。例え『お話し(O☆HA☆NA☆SHI)』しなきゃいけない相手でも」

 

「はぁ?あんた何言ってーー」

 

「わかる必要はないよ?これからわからせてあげるから。ーー八幡を馬鹿にしたら、どうなるかを、ね」

 

そう言い切ると、茜は俺の方にくるりと反転する。

 

「ごめんね、八幡。勝手に邪魔しちゃって」

 

申し訳なさそうに手を合わせて茜は言う。

 

「気にすんな。それに寧ろ助かった。最悪、由比ヶ浜に頼まなきゃいけなかったしな、サンキュー」

 

何時もなら頭を撫でるが、これだけの人の前だと流石にするわけにもいかん。まぁ、人によれば、今のやり取りで俺達の関係を見抜いた奴等もいそうだが、一応やめておこう。

 

「えへへ、どういたしまして。着替えは女子テニスの物を拝借してくるから、少し待っててね?」

 

そう言うとパタパタと茜はコート脇にあるテニス部の部室へと向かい、次いで三浦も歩いて行く。

 

「悪いな、葉山」

 

葉山が歩いてくるのを見て、俺は先に謝った。

 

「?何故君が謝る?さっきの状況なら、俺が謝るべきだと思うけど」

 

「いや、三浦はお前の友達だろ?なら、やっぱり俺が謝るべきだと思ってな」

 

訳がわからないといった風に首をかしげる葉山。まぁ、普通は訳がわからないだろうな。

 

「これから茜がする事を、俺は止めないし、止める気もないからな」

 

これから茜が一体何をするのか、大体の想像はつく。手段はわからんが、見えているのは三浦が茜によって洗脳されかかっている未来。つまりは雪ノ下と同じ未来を辿りそうになっていることだ。俺としては恥ずかしいが、俺が馬鹿にされているのを聞いて、わざわざ出てきてくれたんだ。無碍にする必要性もないし、理由もない。

 

「……よくわからないが、取り敢えずルールはどうする?」

 

「素人テニスだし、細かいのは抜きで良いだろ。単純に打ち合って点取る。でいいじゃねえか」

 

「それならわかりやすくていいね」

 

葉山はそう言って爽やかに笑った。俺もそれに合わせてニヤリと笑う。

 

そうこうしていると二人が戻って……っ⁉︎

 

帰ってきた茜は当然のことながら、テニスウェアなのだが、その姿はマズかった。

 

ポロシャツみたいなユニフォームにスコートを履いているが、スコートは短いせいか、少し動けばパンツ見えるんじゃないかってくらいに短いし、ユニフォームも茜の母性を否応無しに強調している。

 

「どう、八幡?似合う……かな?」

 

頬を赤く染めて聞いてくる茜に思わず前屈みになりそうになった。

 

というか、観客の男子達の大半は前屈みになっている。まぁ、普通の反応だな。俺もここに立ってなかったら、前屈みになるどころか、今すぐ人の目のないところに連れて行って襲うまである。

 

「お、おう。似合ってるぞ」

 

「そっか。嬉しいな」

 

流石に何時ものように飛び跳ねることはしなかった。まぁ、見えるもんな。

 

「ふむ。ところで八幡よ。作戦の方はどうするのだ?」

 

タイミングを見計らってきた材木座も若干前屈みになりながら、俺に問いかけてくる。

 

「まぁ、妥当なのはペアの女子を狙うことだが……」

 

「三浦さんの相手は私がするね。八幡を馬鹿にしたんだから、プライドくらいは砕いてもいいでしょ?」

 

にこやかに茜が物騒な事を言った。

 

まぁ、引導を渡してやるぜ!みたいな感じじゃなくてよかったと捉えておこう。

 

と、そこで由比ヶ浜が頓狂な声を上げる。

 

「あのさ、ヒッキー、茜ちゃん。優美子、中学んとき女テニだよ?県選抜選ばれてるし」

 

言われて三浦の方を観察すると、確かに葉山よりも綺麗なフォームだ。経験者のような軽やかな動きもしている。

 

「茜ちゃんは部活動の経験は?」

 

「ないかな。ずっと中学は帰宅部。高校からは生徒会」

 

中学の時は茜は夕方のアニメが見えないから、という理由で部活には入らなかったからな。高校からはお互い約束もあるし、録画してから見てる。主に俺の家で。

 

「じゃあ、辛くない?あたし茜ちゃんの事はまだあんまり知らないけど、流石にちょっと無理が……」

 

「大丈夫」

 

一度呼吸を置いた後、茜は当然のように告げた。

 

「私と八幡が一緒にいて、出来ないことなんてないから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と茜、葉山と三浦が定位置につくと、試合が始まる。

 

前衛が俺で、後衛が茜。本来なら運動量的に女子を前に行かせてあげたほうがいいのだろうが、あのお蝶夫人みたいな三浦の事だ。あの憤りようを鑑みても、茜に何か言われて怒っているに違いない。ともすれば、顔を狙って打ってくるなんて事もあるかもしれない。そんな事は見過ごせない。

 

そして記念すべき第一打。

 

「あんさぁ、来栖サンが知ってるかしんないけど、あーし、テニス超得意だから」

 

そう言いながら、バスケのドリブルの要領でボールを地面に投げては受け、それを繰り返す。三浦の言葉に茜は答えず、ただ笑顔のまま、立っていた。

 

「怪我とかしちゃったらごめんね」

 

三浦の予告危険球に動こうとした時、既にそれは打ち込まれていた。

 

ヒュパッとラケットが鳴ったと思ったら、弾丸のごとき速度でボールが俺の顔の真横を通過し………同じ速度で同じ軌道で帰っていった。

 

え゛………今、何が起こったんだ。

 

「テニスが得意ってかっこいいね。でも、その理屈を通すには、私とタイマンで闘うべきだったね」

 

優しげな声音でそう発するのは今の打球を返した張本人。

 

三浦の打った打球が髪型と同じで縦ロールしてたのはわかった……が、それが同じ速度で帰っていったのが信じられない。だって、返せる人間は一人しかいないわけだから。

 

「あ、茜?」

 

「いたた……見よう見まねだけど、結構難しいね。手も痺れるし」

 

手をひらひらとさせながら、困ったように言う茜。

 

やはりというか、当然というか、さっきの打球を返したのは茜だった。

 

「テニスの経験ないんじゃなかったのか?」

 

「ないよ?だから本当は隅っこに打とうとしたら力負けして来たまま返しちゃったし」

 

狙ったわけじゃないんだな。

 

まぁ、無意識にしても、今のを返されると思っていなかった三浦は歯噛みしていた。

 

それはそうと、茜が反応して返せるのはわかった。狙いが上手くいかないとはいえ、打ち返せるのは心強い。

 

「茜はサーブを返すのだけ任せていいか?後は、俺が全部捌く」

 

極力、すぐには終わらせず、茜が回復できる程度までラリーを続ける。

 

そう上手くいかないだろうが、相手が気付くにはある程度持つだろう。

 

「わかった。八幡を信じるね。私は三浦さんと葉山くんのサーブを返せばいいんだよね?」

 

「ああ」

 

「偶々、まぐれで一球返せたくらいで調子に乗るなっ!」

 

俺と茜のやり取りが聞こえていたらしく、やや切れ気味の様子で三浦は言う。サーブの権利がこっちになかったら、打ってきてたな。

 

茜のゆるめのサーブと共にラリーが始まる。

 

まさかこんなところで鍛えていることが役に立つとは思わなかった。

 

飛んでくる打球の大半を捌き、ギリギリ取れる場所に落とす。伊達に戸部の無茶な打球に振り回されてきたわけじゃない。フォームが綺麗な分、打球の軌道をよむのは簡単だ。

 

そしてある程度回復したと思ったあたりで、今度はギリギリ取れない場所に打ち込む。あからさまに取れないと相手は取りに来ないが、ギリギリ取れないだと無駄に体力を使ってくれる分、こっちに有利になる。

 

「ちょっとタイム」

 

それを何度か続けているうち、葉山がストップをかけ、三浦に駆け寄り、耳打ちする。

 

その反応を見るに、どうやら気づかれたらしい。三浦は経験者とはいえ、頭に血が上っていた分、冷静ではなかったから気づかれなかったが、こう何度もしている流石に冷静な方の葉山には気づかれるか。

 

前衛だった葉山が後衛に回り、三浦が前に来る。

 

「さっきはふざけた事してくれてたみたいだけど、こっからはそうはいかないから」

 

「そりゃ大変だな」

 

と、軽口を叩いてみたものの、三浦の発言はまさしくその通りで先程の戦法が通じなくなった。

 

微妙なコースに打ち込めば、大体三浦か葉山が既にコースを先読みしているし、打ち返すのは茜の方だ。カバーしにはいっているが、さっきよりも圧倒的に球が行きやすくなった。

 

「茜、大丈夫か?」

 

「ちょっと微妙。腕が攣りそう。こんな事なら私も運動しておくべきだったね」

 

「気にするな。こんな事滅多にないわけだし」

 

というか、あってたまるか。毎度毎度こんな衆人環視に晒されて全力プレイだなんて、俺の主義に反する。

 

「この馬鹿騒ぎは何?」

 

その時、ギャラリーで出来た人垣が割れ、とても不機嫌な声が聞こえてくる。

 

「あ、雪乃ちゃん」

 

現れたのは不機嫌な顔をした、体操服姿とスコート姿の雪ノ下だった。片手には救急箱を抱えている。

 

「雪ノ下?その格好は?」

 

「さぁ?私にもよくわからないのだけれど、由比ヶ浜さんがとにかく着てくれとお願いするものだから」

 

雪ノ下がそう言って振り向くと脇から由比ヶ浜が出てくる。姿が見えないと思ったら、どうやら雪ノ下を探しに行っていたらしい。

 

「いやぁ、茜ちゃん経験者じゃないみたいだし、辛いだろうと思って。負けたら負けたでなんかやだし、何も出来ないのもやだったから」

 

だから雪ノ下を呼びに行ってたのか。由比ヶ浜なりに考えた結果なんだろうな。

 

「そう。頼まれたのなら断る道理はないのだけれど…………茜さんはどうなのかしら?」

 

「もう少し頑張らせて。無理だったら交代してもらうから」

 

「でしょうね。貴女が今ここにいるということは、大方、三浦さん辺りが比企谷くんの事で何か言ったのでしょう?」

 

「え?なんでゆきのんわかるの?」

 

「由比ヶ浜さんにもわかる時が来るわ。………いえ、こればかりは来ない方が良いのかもしれないわね」

 

そういう雪ノ下の表情は悟りを開いたような表情だった。おそらく、以前の刷り込みを思い出しているのだろう。俺としてもその辺りはわかって欲しくないが。

 

「そういうわけだから、由比ヶ浜さんには悪いけれど、茜さんが自己申告するまで、私は何もしないわ」

 

「ありがと、雪乃ちゃん。私が出られなくなったら、八幡をよろしくね?」

 

「ええ。と、友達のお願いを聞くのは……と、当然の事よ」

 

「わーい!ありがと、ゆきのーん!」

 

「ゆきのーん!」

 

「ちょっと、由比ヶ浜さん。あまりくっつかないでくれるかしら………それと茜さん。どさくさに紛れて、その呼び方はやめてもらえるかしら」

 

抱きつく茜と由比ヶ浜。そして暑苦しいといいつつも、そこはかとなく嬉しそうな雪ノ下。女子は三人寄れば姦しいとは聞くが、こと今回に至っては、姦しいというよりも百合百合しい。

 

ようやく、雪ノ下は二人を引き離すと、咳払いをしてから言う。

 

「比企谷くん。この試合、貴方が受けたのでしょう?」

 

「ああ。勝てばあいつらは戸塚の練習台。負ければテニスコートはあいつらにってルールでな」

 

「なら、奉仕部の部長として命令するわ。……勝ちなさい。敗北は許されないわ」

 

「言われなくても、敗けるつもりはさらさらねえよ」

 

自分から受けておいて、敗けるなんてダサい事この上ない。

 

それに雪ノ下も由比ヶ浜も………まぁ、それなりに俺の事は信頼してくれて、任せてくれている。信頼されているのなら、期待には答えるのが人としての義務だとも、ラノベには書いていた。

 

何より、茜が言った。

 

『私と八幡が一緒にいて、出来ないことなんてないから』と。

 

なら、その言葉は真実でなくてはならない。俺の『本物』を護るために。

 

「茜。もう少し無理してくれるか?」

 

「もちろん。八幡の事もそうだけど、雪乃ちゃんや結衣ちゃんの信頼を裏切るわけにはいかないもん」

 

ラケット同士のフレームを軽く当てて、俺と茜はコートに戻る。

 

「待たせたな。昼休みもそろそろ終わるし、試合も終わらせよう」

 

「ちょっと勝ってるからって調子のってんじゃないわよ」

 

「ちょっとじゃないよ。これから勝って終わらせるから」

 

窘めるような口調で言う茜に三浦は完全にブチ切れモードへと至っていた。これがわざとなのか、それとも無意識なのかはわからないが、冷静さを欠いた相手ほどやりやすい相手なんて存在しない。今のあの状態じゃ、葉山の声すらも届かないだろう。

 

三浦のサーブと共に試合が再開される。

 

ああは言ったが、冷静さを欠いていてもなお、相手は経験者。一日の長があり、相方は万能イケメン葉山隼人。

 

俺達はまさに一進一退の激しいラリー戦を繰り広げていた。

 

お互いに後の事は考えない。

 

代わりがいるとか、そういう事ではない。

 

例え勝っても負けても余力があったままというのは納得がいかない。

 

だから、全身全霊をもって、勝利を手にする。

 

さながら少年漫画のようではあるが、今この瞬間は、それでも悪くないと思える。

 

努力、友情、勝利。

 

比企谷八幡にはどれも当てはまらないものだ。

 

けれど、今日ぐらいはそれでもいいだろう。

 

但し、『友情』じゃなくて『愛情』だけどな!

 

正確に隅の方へと打ち込まれた球を俺は今までとは違うカタチで打ち返した。

 

ゆるやかで、力のない、ふわふわとした打球。

 

全力で打ち込むには絶好の機会だ。おまけにデュース制のないこの試合。互いに残り一点の状態でのこの球は三浦にとって、全ての鬱憤を晴らすために、全身全霊で打ち込んでくるだろう。

 

念の為にと葉山がカバーに入るが、その足取りもやはりと言うべきか、勝利を確信していて、かけ足じみていた。

 

その打球の軌跡に、ギャラリーは落胆する表情が見える。戸塚がそっと目を伏せるのが見える。材木座は……何処にいるんだろうか。祈るようにしながらも、決して目を伏せず、この光景を直視している由比ヶ浜と目が合った。そして、その隣で雪ノ下が勝利を確信した笑顔を浮かべているのが見えた。

 

「っしゃぁ!」

 

雄叫びをあげて、三浦が落下地点に入り、振りかぶる。

 

今まさにミートする直前、ひゅうっと一陣の風が吹いた。

 

三浦、お前は知らない。

 

昼下がりの総武高校付近でのみ、発生する特殊な潮風の事を。

 

一年間、来栖茜という恋人がいながらも、敢えてただ一人、誰と喋るでもなく、静かに過ごしていた俺だけが知っている。

 

俺だけが打てる。期間限定の俺の魔球。

 

風の影響で打球は煽られ、落下地点から逸れ、バウンドする。このままもうワンバウンドすれば、勝ちだ。

 

しかし、そこには葉山が走り込んでいた。

 

だが、葉山。お前は知らない。

 

この風が吹くのは一度だけじゃないことを。

 

再び吹いた風が打球を流していく。

 

「くっ!」

 

流されていく打球を、流させまいと葉山が苦し紛れにラケットを振るうと、絶妙の角度で俺の反対方向へと飛んでいく。

 

やっぱり葉山。お前は凄い。

 

あんな苦し紛れのスイングすらも、こんなにも絶妙のコースに返してくる。きっと神に選ばれた人間とやらがいるのなら、お前はそのうちの一人なのだろう。そして俺のような凡人が勝つには血反吐を吐くような努力が必要だ。

 

でもな、葉山。何も神に選ばれた人間ってのは一人とは限らないんだぜ?

 

「八幡が作ってくれたチャンス。きっちり使わせてもらうね」

 

葉山の打球が飛んでいった先、其処には狙っていたかのごとく、ラケットをふりかぶった茜がいた。

 

「えいっ!」

 

ひゅっと鋭い風切り音と、ボールを弾く軽快な音がした。

 

その打球は三浦と葉山の間を抜け、ラインギリギリで跳ねる。

 

それと同時に鳴るファンファーレ代わりの昼休み終了五分前のチャイムだけが、俺達の勝利を祝福していた。

 

 

 


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