人間不信な俺と隠れオタクな彼女の青春ラブコメ 作:幼馴染み最強伝説
それはさておき、今作の八幡の立ち位置と、オリの存在からか、何気にサキサキが動かしづらい状況に………そんな訳で動かしやすいようにしてみました。どんな具合にかは本編をどうぞ!
翌日の教室で、由比ヶ浜は燃えていた。
昼休み、いつもの場所へと行かず、買っておいたパンとスポルトップに手を伸ばしていると、由比ヶ浜がやってきて入念な打ち合わせが始まる。
「とりあえず、あたしが色々聞いてみる。だから、ヒッキーは全然無理とかしなくていいからね」
「別に無理はしてねえ……ってか、そっちこそいいのか?こういうのはあんまり身内で聞くと印象悪くなるぞ?」
「え、あ。……そ、そういえば、そうだった……」
気づいてなかったのかよ……おそらくは雪ノ下の為に一肌脱ぐつもりだったのだろうが、肝心の空気読みが発動していなかったらしい。由比ヶ浜はしょぼんと視線を下に落とした。
「まぁ、なんだ。幸い、三浦になら俺からも話くらいは聞けるから、無理なら俺がーー」
「ううん。ゆきのんが頼ってくれたから……あたしも、その期待に応えたい」
確固たる決意の宿った瞳で由比ヶ浜はそう言った。
かなり心配ではあるが、こういう目をした人間は梃子でも動かない………と思う。や、だって比べられる人間ってものすごく限られてるし。
「じゃあ、悪い。任せる。頑張ってくれ」
「うんっ!」
由比ヶ浜はうしっと気合いを入れると、いつも仲の良い三浦グループへと切り込んでいった。
さてと、ああは言ったものの、不安がないわけじゃない。一応様子は見ておかないと……
「っと、このクラスかな。えーと、比企谷くん!」
由比ヶ浜達の方へと聞き耳を立てたその時、元気の良い声が教室に響き渡った。
突然の大声に全員がそちらを向く。
そこにいたのは見ず知らずの男子学生。ボサボサの天然パーマにいまいち覇気のない顔つきだが、目だけは威嚇するようにややつりあがっていて、黙っていればガン飛ばしてるようにしか見えない。
全く見たことのない生徒だが、何故俺の名前を呼んだのか?
男子生徒はキョロキョロとクラス内を見回した後、俺と目があうとそのままこちらに歩いてきた。
「やっ、初めまして、比企谷八幡くん。俺の名前は船橋八千代。女みたいな名前だけど一つよろしく」
そう言って自然に差し出された手に俺は一応握手を返す。
なんだ、この千葉大好きなネーミングと葉山のようなリア充オーラは。と、思ったが、周囲の生徒が僅かにざわつき始めた事で、こいつは校内では少しだけ有名人なのだろう。
「で、俺に何の用だ?こう見えても忙しいんだが」
状況次第じゃ由比ヶ浜の援護もしなきゃならん。そうなると、今は世間話に興じている場合ではない。
「っと、こいつは失礼。人伝の話だと比企谷くんは基本的に暇人だと聞いていたし、お悩み相談は君か雪ノ下さん、後由比ヶ浜さんに言えって、平塚先生にも言われた」
そう言われて、気づいた。
お悩み相談をするために俺か雪ノ下を頼りにしろと平塚先生に言われたということは、それ即ち、奉仕部の依頼である。
「何で雪ノ下の方に行かなかった?」
少なくとも、人気や噂を聞いているなら、俺よりも雪ノ下の方が信頼できるはずだ。
流石に放課後まで待たず、かつ急に見ず知らずの人間に話しかけるくらいだ。女子が多いから、なんて理屈で回避したわけではないだろう。
「なんていうか、校内の噂を鑑みると、どうにも雪ノ下さんの所にはいけなくてね。ほら、彼女は優等生で有名人だし。比企谷くんも有名人ではあるけど、雪ノ下さん程優等生っていうイメージは持たれてないみたいだし、最適かなって」
「……そうか。なら、手短に済ませてくれ。詳しい事はまた放課後聞く」
由比ヶ浜達の話は聞けないまでも視線だけ送ってみると、意外にも由比ヶ浜が逆にハブられそうなどという状況にはなってないみたいだし、最初の掴みさえ間違えなければ問題ないだろう。
俺がそう言うと船橋は俺の隣の誰かの席に座り、ずずいっと寄ってきた。まるで誰にも聞かれたくない、とでも言わんばかりに。
「……川崎沙希……って、知ってるか?」
「……一応同じクラスだしな」
川崎沙希。クラスメイトで、度々遅刻どころか、結構な頻度で遅刻しているような気がする。まさしく重役出勤というやつだ。
そして俺同様にクラスぼっちである。いや、今は俺もクラスぼっちではなくなってしまったので以前までは、といった方が正しい。
少し遅刻が多い事と髪を染めている事、後着崩している事以外は大した事はないのだが、口数の少なさと目つきの悪さもあってか、影では密かに不良扱いされているようだ。ついこの間、川崎沙希が重役出勤をしてきた時に後ろの席の奴らが話しているのを聞いた。
そして極め付けにヤンキーみたいな奴と絡んでいるせいもあって………ん?
「お前、もしかして……」
「ま、そう言う事だね。校内ではそれなりに噂になってるヤンキーくんです」
言葉とは裏腹に船橋は人懐こい笑みを浮かべた。こいつがか?噂も当てにならんな。
「あ、比企谷くんの考えてる事はわかるよ。今日はしてないけど、体育のある日は鬱陶しいからオールバックで固めてくるんだ。で、元から目つき悪いからこのザマってわけ」
そう言って携帯の画面……おそらく自撮りしているものと思うが、見せられたそれは確かにヤンキーにしか見えなかった。しかもかなりヤバそうな。
「まぁ、今回はそれは置いておくとして。川崎沙希の事なんだけど……少し調査をお願いしたいんだ」
「調査?」
「ああ」
調査とはまた穏やかじゃない。いや、物騒ってわけでもないのだが、恐らくだがこいつのいう調査は身辺調査的な意味合いのものだろう。となると、ひょっとして……
「好きなのか?川崎が」
「ラブじゃなくてライクだけどね。告白したいとかそう言うのじゃない」
「そうか」
まさかとは思ったが、そちらの線ではないらしい。というか、そちらの線は割とマジで八方手詰まりだ。彼女持ちの俺であるが、あれはなんというか、事故みたいなもんだし、雪ノ下や由比ヶ浜に聞いてもあまり意味はないだろう。
しかし、好きな女の子というわけでもないのに調査をお願いしてくるとはこれいかに。本格的に雪ノ下に相談してから、考えたほうがよさそうだ。
「とりあえず、また放課後に部室の方に来てくれ。場所は……」
「わかってる。邪魔して悪かったね、比企谷くん」
ひらひらと手を振りながら、船橋は去っていく。
そしてそのかわりに由比ヶ浜が現れた。
「どうだった?」
「うーん、途中で姫菜が変な事言いだしたから、よくわかんなくなっちゃった」
「……まぁ、気にすんな。失敗は誰にでもあるしな」
とは言ったものの、鼻血を出して、息づかいを荒くしている彼女は見た目は整っている方なのに、完全に危ない輩だった。通報されちゃうレベル。
「後は俺に任せろ」
と、カッコいい台詞を言ってみる。雰囲気は死亡フラグに近いが、そんな事はない。死亡フラグは得てして関わり合いがあるときでないとほぼ起きない。よって、俺一人で、誰とも関わらなければ起きない。悲しい理由だが、これで論破可能だ。
「うん、わかった!ヒッキー、あんまり変な事しないでね」
変な事とはどういう事だろうか………まぁ、世間一般的に考えるとこれからするのは少し変な事かもしれないがな。
俺がこれからするのは『人間観察』。
会話ができないからこそ、それ以外のところから情報を集める。
元来、人間のコミュニケーションは言語三割、目の動きやしぐさ七割といった具合だ。目は口ほどに物を言う、とはよく言ったものだ。
そしてその手順は至ってシンプル。
イヤホンを耳に突っ込むも音楽は聴かず、周囲の会話に耳をすませ、ぼーっとしながらも視線は葉山グループの面々の表情だ。
窓際の席に陣取っている葉山達は葉山を窓際に、それを囲むようにして戸部、大岡、大和がいる。
「で、さ。ウチのコーチがラグビー部の方にノック打ち始めて!やばかったわー。硬球なのによ」
「……あれはうちの顧問もキレてた」
「マッジウケんだけど!っつーか、ラグ部とかまだいいわ。俺らサッカー部やべーから。いぃやーやばいでしょ、外野フライ飛んでくるとかやばいでしょ!アツいわ激アツだわ」
大岡が話を振り、大和がそれを受け、戸部が盛り上げる。
三人の役割は決まっているようにも見え、さながら演劇のようだ。
三人の様子を見ていると、色々な情報が入ってくるが、やはりというべきか、当然というべきか、大した情報は入ってこない。
そもそもこれで犯人が特定できるとは思っていない、せめて尻尾くらいは見つけておきたかったんだが……今回は収穫なさそうだな。
そう思ってため息をついた時だった。
「悪い、ちょっとごめん」
そう言って葉山が席を立ち、俺の方へと向かってくる。
「なんだ?」
「いや、なんかわかったのかなって思ってさ」
「いいや、前にも言ったが買いかぶりすぎだ。十徳ナイフじゃないんだぞ、俺」
わかったのは海老名さんが末期の変質者という事と、大岡の反応が露骨な童貞だったということ。かなりどうでもいいことだけだ。
そう思って大岡達の方を見てみると、そこは少し意外な光景が広がっていた。
大岡と大和は携帯を弄り、だるーっとしていて、戸部はなんかこっちに手を振っていた。さしずめ「会話に入りたいけど、大事な話っぽそうだから空気読んどこう。でも、やっぱり構って欲しい!」みたいなところか。やべっ、俺ってばいつから戸部の思考読めるようになってんの?
それはそうと、唐突に答えは出た。首筋を麻酔銃でちくっとされたくらいの閃き。
「どうかしたか?」
「ああ、この謎はもう、我輩の舌の上だ」
怪訝な表情で問うてくる葉山に、俺は棒魔人のようににやっと笑って返した。
放課後、部室に集められたのは俺と雪ノ下、由比ヶ浜に葉山、そして……件の船橋であった。
奉仕部に向かう途中で偶々会ったので、そのまま一緒に来たのだが……
「えーと、もしかして、壮絶にタイミングが悪かったりする?」
「そんな事ねえよ。どうせ、知ってるだろ?チェーンメールの話?」
と、当たり前のように聞いてみると、困ったような表情を船橋が浮かべた。
「……やっぱりタイミング悪かったね。俺チェーンメールの話知らなくてさ」
「知らなかったの?船橋八千代くん?」
「まぁ……噂知ってるならわかると思うけど、あんまり友達出来そうじゃないだろ?」
そう言われて、俺は思わず納得してしまった。理解してしまった。同意してしまった。
端的に言うと、こいつもクラスぼっちなのである。おそらくは普段の怖すぎる見た目から来るものだと思うが……こういう奴に限って話してみるといい奴という説はあるが、現状では何とも言えない。
「お邪魔なら、俺は外で待ってるけど……」
「いや、その必要はない。知られても困らねえし、何より個人を特定するような問題じゃない」
「え、でも、犯人は特定するんじゃ……」
俺の言葉に由比ヶ浜が首をかしげる。
「確かに、事態を収拾するのに犯人を特定しなきゃならない……ってのが、昨日までの前提条件だった。でもな……」
「今日は違う……という事は、それ以外の解決策を見つけた、という事でいいのかしら?」
「話が早くて助かる」
由比ヶ浜の頑張りが無駄になってしまうようであれだが、雪ノ下の言う通り、既に犯人を特定する意味はなくなった。
思えば簡単な事だった。はじめから、それを可能性に入れていない事の方がおかしかった。
「えっと……比企谷。俺としては犯人捜し以外の方法を見つけてくれたのは嬉しい……けど、その他の解決策も、聞いておいていいかな?もしかしたら……」
「安心しろ。お前が想定してるような酷い事はしねえよ」
そう葉山に言うと、「そうか」と安堵の表情を示した。
何も心配する必要はない。寧ろ、葉山にとって、この手段は喜ぶべきものかもしれない。何のリスクも無しに、ただリターンだけを得る事ができるのだから。
「葉山。どうする?犯人を捜す必要もなく、これ以上揉めることもない。かつ、あいつらが今まで以上に親交を深められる手段があるとすれば?」
こういったとき、俺はきっと「私の仲間になれば、世界の半分をくれてやろう」と言っている某ゲームのボスのように悪どい笑みを浮かべていただろう。何せ、由比ヶ浜は疎か雪ノ下や葉山が軽く引き、船橋ですらも苦笑していたのだから。
そして軽く引きながらも、意を決したように葉山隼人はこくりと頷いた。
『っつーわけだ』
「へぇ〜、なんだか八幡らしいね」
時刻は午後七時。
私は自分の部屋で携帯越しに八幡に今回の一件の事を聞いた。
殆ど無関係だったけど、一応話は聞いていたからって、八幡が話してくれたけど、まさか「葉山隼人のグループからハブられるのが嫌なら、そもそも葉山隼人をそこから取り除けばいい」なんて、思いつく人間はいても、それを提案しようとする人間は極小だと思う。だって、それは自分のグループにハブられるのと同義だから。
でも、葉山くんの性格を知っているからこそ、八幡はこの提案をして、葉山くんはそれを呑んだ。
結果は明日わかるって言ってたけど、多分それは成功する。なんていっても、八幡が考えついた事なんだから。
あ、それはそうと……
「ところで八幡は何処の職場に行くか、決めたの?」
『俺か?……そういや、まだ決めてなかったな。依頼が立て込んでて、完全に失念してた』
数拍置いて、八幡は答えた。奉仕部の依頼で、今回の事は完全に忘れてたみたい。
「また新しい依頼?大変だね、奉仕部も」
生徒のお悩み相談や解決は本来教員か、或いは私達生徒会がすべき事柄なんだろう。
でも、だからといって、波風を立てずに、静かに解決するなんて事はできず、決起は奉仕部の存在は生徒にとって、とても素晴らしいものだと思う。雪乃ちゃんや結衣ちゃんも、個性的で面白い子達だし、何より凄いのは三人で絶妙にバランスを取っているところ。長所や短所を補うように三人で『奉仕部』という部活動が成立してしまっている事………ちょっと羨ましいかも。
だって、もし、私が中学校の時に八幡と付き合ってなくて、何かあって八幡が奉仕部に入っていて、今みたいな状況になってたら、私は負けてたかもしれないから。
『……かね。茜』
「ふぇ?ど、どしたの?」
『どうしたはこっちのセリフだ。珍しいな、話してる途中に黙るなんて』
「ご、ごめんね、八幡。ちょっと考え事してて……」
『そうか。ま、悩みがあるなら聞くぞ』
「奉仕部だから?」
『それ以前に彼氏だからな。奉仕部じゃなくても、相談には乗るし、解決もする』
「……ありがと」
……八幡なら、きっとそう言ってくれるとわかっていた。でも、実際に聞いてみると、頬が緩みきってしまうくらいに嬉しい。八幡は世間一般的に言うと「あざとい」から、無意識のうちに欲しい言葉を言ってくれるし、困っていたら手を差し伸べてくれる。
なんか私らしくないな……やっぱり嫉妬しちゃってるのかも。
あーあ、私も奉仕部入りたいなぁ………なんて八幡には絶対に言えない。
「あ、それでね、八幡。さっきの話なんだけど……もし良かったら、一緒の職場に行かない?」
『いいぞ』
約束の事もあるし、少しだけ勇気を出して言ってみたのに、意外にも八幡はあっさりと承諾の答えを出してくれた事に、私は拍子抜けしてしまった。
「……いいの?」
『何を今更。っつーか、別に接触禁止ってわけでもないだろ』
「それはそうだけど……」
『それとも、否定した方が良かったのか?』
「そんな事ないよっ!」
されたら凄く落ち込む。泣かないけど、泣きそうになる。
『まぁ、それはともかくとしてだな。茜、ちょっと聞きたい事があるんだ』
「なになに?」
『船橋八千代と川崎沙希の事だ。わかると思うが、今回の片方が依頼人でな。二人の事を聞きたい』
船橋八千代くんと川崎沙希さんかぁ……。
二人の名前は雪乃ちゃん程ではないけれど、八幡と同じくらいには校内に知れ渡っている。
というのも、船橋くんが見た目通りの不良で、目をつけられたら最後、愉快なオブジェになるまでボコボコにされる……というのが、校内で流れている噂。私自身、本人と話した事はないから、事実かどうかはわからないけど……
「これといって、校内で問題は起こしたりしてないし、成績も船橋くんも川崎さんも平均よりは上だよ?先生からの評価も比較的良いし」
『……この際、なんで成績について知ってるかはさておき。じゃあ、なんで船橋は不良認定されてるんだ?』
「うーん、多分だけど、一年生の時の事が問題なんじゃないかな」
『……何かあったのか?』
怪訝そうな声音で聞いてくる八幡。
あれがきっかけで船橋くんは元々の見た目も相まって不良認定される事になったんだけど、確か時期が八幡の名前が知れ渡る頃とほぼ同時期だから、八幡は知らないんだろう。
あの時の八幡は注目される、評価されるという事に慣れていなかったから、凄く疲弊していた。おまけに部活勧誘もしつこかったのも効いたって言ってたっけ。
「ちょうど冬休み直前くらいかな。船橋くん、暴力事件に巻き込まれてるの」