さて、言われていた通り今日は南西諸島沖の哨戒だ。
この海域は、私が着任する前より昔に先人方が制海権を取り戻しているらしいが、いつ深海棲艦が現れるかわからない状態らしい。
この海域に出現する深海棲艦は弱い方なので着任したての提督にとって指揮の経験を積んだり、艦娘の練度をあげるのにも悪くない海域だそうだ。
提督の指揮は難しい。私たちは画面越しに戦況を把握しており、現場にいないから臨機応変の指揮は難しい。
基本的には執務室である程度のプランを練り、この敵に会えばこの陣形で、この海路を進む事になったらここを警戒しろとかそんな事位しかできなかったりする。
護衛艦に乗って間近で艦娘達の指揮をとることも可能だが、今は止められている。
彼女たちの練度が低く、護衛艦を守りながら戦うのは難しいからだ。
お荷物になりに戦場に行くわけでは無いので私からも乗る気はしない。
だから、基本的にはその時の艦隊の旗艦が現場で指揮を取ることになる。
だが、追撃と撤退の命令はこちらから命令する。
流石に無理な事をされて撃沈なんかされたらたまらないし、私が永遠と泣く自信がある。
まぁ、泣くかどうかは置いといて無理はするなということだ。
今は余裕があるようだし、生きてる限りチャンスがある。無駄に命を散らさなくていいのだ。
と、そんな事を今日の旗艦の大和に伝えた。
彼女は笑顔で返し私の事を「優しい提督ですね。」と言った。
優しいか…甘いだけだと思うけどね。
その後、大和と天津風に今回のプランを言う。
今回は大和を旗艦にし、陣形は単縦陣(というか艦の数が少ないのでそれしかできない)。
戦術は大和が派手に砲撃して注意を引かせ、側面から天津風で攻撃するといったもの。
何ともシンプルだが、これしか出来ないのだから仕方ない。
もう一つの方法として天津風を囮に使いできるだけ敵艦隊を近くに纏めて、大和の砲撃で一網打尽にする方法も思いついたが却下。
余り危険な橋を渡りたくない。ここは無茶をしていい場面では無いしな。
「では、二人とも無茶はせずに頑張って来てな」
「了解です!」
「わかったわ!」
いい返事だ。
今日も無事である事を祈り二人を見送った。
敵偵察艦と会敵し撃退したところまでは良かった。
だが敵主力と会敵した時気づいておくべきだったのかもしれない。
作戦は上手く行き主力と会敵するまでは二人とも無傷で問題も無かった。
だが、敵が5隻から3隻までに減ったとき急に撤退をし始めた。
「提督どうしますか?」
大和の声が聞こえる。どうするとはこのまま追撃するかどうかということだ。
このまま追撃してもいいが何か引っかかる。戦力的には深海棲艦側は敵わないだろうが、あちら側から撤退することはまず無いという。
だから、怪しいが迷っている暇は無い。
「追撃を許可する。だが無茶をするな。何か引っかかる」
「了解です。第一艦隊これより追撃を開始します」
「心配しなくて大丈夫よ!私達に任せなさいな」
大和の落ち着いた声と不安を掻き消すような天津風の明るい声が聞こえる。
少し気分を落ち着かせる為に、先ほど熊野が淹れてくれた紅茶を飲む。
美味いし香りもいい。熊野の事だし何かこだわりがあるのだろうな。
「何かおかしいな」
先輩も紅茶を飲みながら偵察機から送られる映像を見る。
「さっきから、お互いの距離が縮まんない」
「しかもあいつらから振り切ったり、応戦する気配もないし」
そう先ほどから互いにつかず離れずなのだ。
だから上手く接近も出来ないし、威嚇の砲撃も出来ない。
どうにも怪しい、まるで―――
「―――!大和!天津風!今から遅くは無い!撤退しろ!」
「なんでよ?もうすぐ追いつけるわよ?」
「そうですよ提督。大和たちは無茶はしていませんよ」
「いや追いつける筈がない!これは―――」
「おい!まずいぞ!」
先輩が叫びを上げる。
画面をみると敵の反応が多数に増えいつのまにか大和たちが囲まれていた。
「クソ!」
机に思いっきり拳を叩きつける
これは誘導だ。深海棲艦達の狩場への誘導だったのだ。
敵の反応は戦艦や空母まで補足している。
なぜこんな駆け出しの提督の貧弱な艦隊を狙ったのかわからないが、恐らく大和を恐れてのだろう。
これから多くの鎮守府でも配属されるであろう、戦艦の花形といえる存在をここで一隻でもいいから叩き潰しておきたかったのだろう。
それが本当の狙いかわからないがとにかく危険だ。
最悪な事に偵察機からの映像の映りが急に悪くなった。
「大和!天津風!応答しろ」
無線もノイズがひどくなり戦場の状況がわからない。
「クソ!浅はかだった!」
手で目元を覆い浅慮な行動を悔やむ。
だが悔やんでいる場合じゃないこの状況を打破しなければ。考えろ、考えるんだ。
「熊野!」
「はい!」
「コイツの艦隊が包囲されつつある。今すぐ救援に向かってくれ!」
「わかりましたわ!編成はどういたします?」
「お前を旗艦に金剛、榛名、瑞鶴、翔鶴、鈴谷だ」
「俺から俺の鎮守府に緊急で連絡をいれる。お前は早く現場に向かえ!」
「大和たちに向かう途中で金剛達と合流してそのまま救援に向かうんだ!いいな!」
「ええ、了解しましたわ。重巡熊野、推参いたします!」
先輩がこの状況を打破するべく、救援を向かわしてくれた。
「たまにはいいとこ見せねぇとな」
先輩が優しく肩を叩いてきた。
「心配すんな。絶対皆で帰って来てくれる。俺の艦隊をなめんなよ」
本当に心強い人だ…。
だが甘えてばかりではいられない。
こちらもこの最悪の状況を打破すべく、映像が戻らないか試していたところ上手く戻ってくれた。
やった!束の間の安堵に浸りたかったがそんな暇は無い。映像は砂嵐が混じったりしているがそれでも情報が必要だ。
先輩と二人で映像を見る。
そこにいたのは、大破の状態で砲撃を続ける大和と上手く砲撃を交わし駆逐と軽巡に向けて砲撃を続けている天津風がいた。
「大和!!聞こえるか!?」
「はい…何とか…」
ノイズ交じりにとても弱弱しい大和の声が聞こえる。出会った時のような優雅さやその中に秘めた戦艦大和としての力強さは感じられない。
「偵察機の調子が悪い。そちらの現状が把握できない。現状はを報告してくれ!」
「敵艦は現在前方に11隻、後方6隻で包囲されています」
「前方には駆逐艦6、軽巡2、軽空母1、正規空母1隻、戦艦一隻です」
「後方は駆逐艦3隻に軽巡1隻と重巡1隻よ!」
二人で前方後方に分かれて抑えているらしいが二人とも限界が近づいているみたいだ。
大和は大破し、天津風もよく見ると少破の状態だ。
「もうすぐ救援が到着する。何とか持ちこたえられそうか?」
「無理ね。敵の攻撃密度が高すぎて今の私達じゃこれ以上は持ちこたえられない!」
「提督このままだと全滅します!」
何で陽動なんて簡単な事に気が付かなかったんだ。
このままじゃまた仲間がオレの軽率な判断で仲間が居なくなる。
嫌だ。それだけは。もう誰かが目の前で死ぬのは嫌だ。
頭が痛い。思わず手で額を抑える。
誰かが死ぬのはやだ。誰かが泣くのも嫌だ。そのせいで誰かが悲しむのもの嫌だ。オレが泣くもの嫌だ。だけど誰かの涙の方がもっと辛い。悲しむようなことは…嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
嫌な記憶がぐるぐる頭を駆け回る。
目の前で仲間が殺されたときの記憶が。
傷がひどく苦しみながら喚けた仲間の命を奪った記憶が。
そして、自分だけが生き残り、周りが仲間の死体で埋め尽くされた戦場で目が覚めた記憶が。
だんだん視界がぼやけて全てが真っ赤になった。吐き気がしてきたし呼吸も上手くできない。
異常に興奮した頭を押さえつけるため何とか落ち着かせる事が出来るものを探す。
まだ最悪の記憶を思い出そうとする頭を無理矢理押さえつける為に近くにあった万年筆を右手に持つ。
そして左手を机の上に置き、右手を振り上げた。
だが振り上げた所で右手を掴まれた。
「落ち着け。まだ誰も死んじゃいない。お前なら何か案が浮かぶだろう?」
先輩の落ち着てそれでいて慰めるような声が聞こえる。
一気に頭が冷え、真っ赤になった視界も元の色彩に戻った。
「提督!?大丈夫ですか!?そちらにも何か異常が!?」
大和の心配した声が聞こえた。本当に危ないのはそっちなのに
「大丈夫だ。また偵察機の調子が悪くなっただけだ。」
「そうですか。良かったです」
「今から作戦の指示をだす。生き残るための作戦だ。二人とも何とか持ちこたえてくれよ」
「「了解です!(わかったわ!)」」
ふたりとも少し活気が戻ったようだ。声に明るさが戻った気がする。
だがここからが本番だ。
「よし、いい返事だ。これより作戦の指示をだす。まず何とか――――」
結果として、私の作戦は成功し何とか救援が間に合った。
作戦はいたってシンプルなのもかもしれない。
何せ、前方の敵の装填のタイミングを見計らってすべての弾薬を使い込むつもりで大和が後方の敵に向かって弾幕を張りって陣形を崩し、狙いを正確に定めた天津風が迎撃するだけのものだったからだ。
正直、主砲や副砲で弾幕を張るものじゃないということは理解している。
消費が激しいし、そもそもそんな使い方じゃない…筈。
だから賭けだった。
敵が波状攻撃を仕掛けてくればこんな作戦すら成り立たなかったし、本当にどうしようも無かった。
だが敵に妙な間があったのでそこを突いたのだ。これは逃げ道を作り、救援の到着までの時間稼ぎのための作戦だったが二人とも上手く動けなかった。
後方をどうにかした時、前方の艦隊も少し動揺したのか間が長かったがその隙を付けるほどの余裕がなかった。
敵の陣形が組み直され万策尽きたその時、熊野が到着し救援が間に合ったことに先輩と二人で喜んだ。
先輩たちの艦娘達は強かった。
動きからして高い練度であったのはわかるし、連携もしっかりととれていたし、先輩が指示を下さなくても彼女たちは自分で行動していた。
本当に自分はまだ未熟であるか思い知らされた。
オレは撤退の援護かと思っていたら、先輩の艦隊は残った敵艦を全滅させたのだ。
そして何より先輩の艦隊で印象に一番残ったことは、熊野の「とぉぉ↑おう↓」という雄叫びが印象的だった。
「艦隊、帰投しました」
大和が私たちを心配させないためか私を見て微笑んだ。。
とても痛々しく逆に心配させる事に気が付いてないのかこの子は?
オレは席を立ち大和に近づいて抱きしめた。
「て、提督!?」
「全く心配させやがって、お前たちが居なくなったら泣くって言っただろうが!」
彼女は無茶をしたのだ。
帰投中に聞いた報告だと大和は何度も天津風に向かった砲撃をその身で受けて耐えていたのだ。
彼女は戦艦だ。耐久も高く装甲も厚い。
だが天津風は駆逐艦だ。装甲、耐久共に低く、ちょっとしたダメージが命取りとなる。
だから、彼女はその身で砲撃に耐えていたのだ。
止める天津風に向かって、何度も「私は戦艦大和よ。このぐらい大丈夫!」と言って耐え続けていたらしい。
何て気高い娘何だろう。
だからこそ、こんなところで轟沈しなくてよかったと思う。
「…泣いているのですか」
彼女の肩に僅かに水滴が当たっていたのだろう。
だがここは強がらせて貰う。
私に矜持がある。
「…泣いてないさ。嬉しいんだよ。君を轟沈なんてさせなかった事がさ」
大和は優しく私の灰のように真っ白な頭を撫でる。
とても落ち着く優しい撫で方だ。
「はい。提督のおかげで大和たちは無事に帰投できました。ありがとうございました」
優しく諭すような声が心地いい。
大和は優しく微笑みながら私を見つめている。
なんかいい雰囲気なりかけていくその時。
「いい雰囲気の所失礼するよ」
…急に小さい小学生位の銀髪の子が入ってきた。
私と大和はすぐさま距離を取った。
互いに顔を合わせられない。
あまりの恥ずかしさに頬を掻きながら少女の方に向き直る。
「えっと…君は」
「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ」
とてもクールな子だな。でもとても可愛らしい。小学生は最高とかいう人の気がわかる気がする。
何せ、軍に行かなきゃ私は保育士か教師になる予定だったし。
「そうかこれからよろしくな響。大和君は入渠していって大丈夫だよ。そんな体で態々報告に来てくれてありがとね」
「了解しました。では行ってきますね」
「所で天津風はどうしたんだ?」
「彼女は先に入渠するようにいいました。旗艦は私ですし何人も押しかけては迷惑かと思って」
こんなちょっとした気遣いもできる彼女は本当にいい子だ。
「では、今度こそ行ってきます」
「ああ、バケツ使用しても構わないぞ」
「ありがとうございます。早く治してきますね」
軽く手を振って大和を見送った後、入れ替わるように熊野が入ってきた。
「熊野もありがとう。君たちが居なきゃ私達の艦隊は全滅していた」
「その台詞は大智さんに言ってくださいな。大智さんの迅速な対応があってこそ、ですわよ?」
「ああ、その通りだな。先輩ありがとうございました」
「いいってことよ。後輩が躓いたら先輩が道を開くもんだろ?」
この人は相変わらずかっこいい事言うなこの人は。
私は先輩の偉大さを改めて思い知った。