ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
レオとオッタルの因縁は続く……
「あの時の……!」
「貴様をここから先へ向かわせることは出来ない」
あの女神が手を引いているということは、僕に口止めをして来た男も出てくる可能性は大いにあった。
懸念していた事態が現実となり、背中から嫌な汗が流れる。
しかし、ここで時間を食うわけには行かない。強引に通らせてもらおう。
「今はお前に構ってる暇はない!」
まだ熱を帯びる【神々の義眼】を強引に使用して彼の視界をぐちゃぐちゃに乱す。
「……!?」
そしてその巨体がグラついた隙にその脇をもうダッシュで走り抜ける。
だが―――
「ぬうっ!!」
「ガッ!? ―――カハッ!」
通り抜ける寸前、大男の巨大な手の平が僕の胸を押し返す。体は宙を浮きそのまま背中から着地する。
「……一体何をした? 魔法、いや、詠唱はなかった。……スキルか」
「なん……で……」
大男は頭を軽く手で抑えながら僕を見下ろす。
「ふん、たとえ視覚が潰されようが貴様程度を捉えるなど造作もない」
初めて受ける視覚の攪乱、それがこの男には効かないというのか。
いや、違う。
僕だから、問題なかったのだ。
これが第一級冒険者だったならきっと横を走り抜けることが出来ただろう。この人は【神々の義眼】だけじゃどうにもならない……!
「っ……約束が、違うじゃないか……! 全然危害加えてるじゃないか!」
たったの一撃で体は動かなくなったが、せめて睨み、反論する。
「……我が主は、ベル・クラネルを殺すために今の状況をお作りになったのではない」
「……?」
「彼の勇姿を見るためにこの状況をお作りになったのだ」
……は?
意味が分からない。勇姿を見たいだって?
「ふざけるなよ……! そんなことで、人の命を弄ぶな……!」
腕に力を込める。未だに肺は上手く動いてくれないが関係あるもんか!
起き上がりふざけたことを言う大男を睨みつける。
「無駄だ、レオナルド・ウォッチ」
「……無駄かどうかは、やってみないと分かんないだろ!」
奇襲をして失敗したのだ。もう僕の手の内がばれている以上、同じ手は通用しない。だけど諦めるわけにもいかない。
思い出すのはDr.ガミモヅがやっていた幻覚を見せるあの使い方。
あんな器用なこと、今までやったことはないが目の前の大男一人騙すくらいならやって見せる!
もう一度、大男の視界をジャックしようとする。
しかしそこで、大男は今まで放っていた威圧感を消す。
「ベル・クラネルは、貴様が思っているほど弱くはない」
「え……?」
あっけにとられている僕をしり目に、彼はとある方角を見据える。
「ここで斃れるような奴を、あのお方が愛するわけがないのだ」
彼がそう呟いた直後、見据えていた方角から歓声が沸いた。その歓声は紛れもなく歓喜の声だった。
つまり倒したのだ、魔物を。誰が? おそらくベルが。
大男の方を見ると、しばらく歓声が聞こえる方角を見ていたかと思うと、無表情を貫いたままおもむろに背を向ける。
そして何も言わずその場から立ち去って行った。
その後、僕は壁に手を付きながら歩いているところを気を失ったヘスティア様を抱えるベルとそれに付き添うシルさんに発見され、ヘスティア様の介抱と一緒に『豊饒の女主人』で手当てをしてもらうことになった。
幸いにも打撲以外の怪我はなく一日もすれば治るということ。
ヘスティア様も倒れた原因は寝不足による過労で問題はないらしい。
一番被害の大きかったベルもシルさん達の手当とポーションによって怪我は次の日にはもうダンジョンでの活動に響かないほど癒えていた。
うちの世界の医療も大概だけど、こっちのポーションもすげぇ。
あと、シルさん達がヘスティア様の看病をしている間ベルにそれとなく聞いてみたのだが、本当にシルバーバックを倒したって。
本人はほとんど逃げ回ってばっかりで情けないと自分を卑下していたが充分に褒められることだと思う。
なんでもヘスティア様が授けてくれたナイフのおかげらしい。試しに見せてもらったが、僕が持った時とベルが持った時で輝きが変わるというなんとも不思議なナイフだった。
目を覚ましたヘスティア様曰く『使い手と共に成長する武器』だそうだ。
そんな武器をもらえるなんて羨ましい限りだけど、あんなに著しく成長していくベルには必要不可欠のモノなのかもしれないと思う。
最後にもう一つ。
「バベルの最上階にいる女神?」
目を覚ましたヘスティア様とベルが感動の抱擁を交わしている間、僕は一階でコーヒーを飲みながらあの女神と大男について女将さんに尋ねた。
「どこでその情報を手に入れたんだい?」
「……いや~、風の噂ってやつですよ」
女将さんは口が堅そうだから信用して一瞬話してしまいそうになるが、人質を取られている以上下手に動けなかったから、僕からは何も話さず情報だけをいただいた。
『美』と『愛』の女神フレイヤ。そしてその側近の唯一のレベル7冒険者、『
今のオラリオで最強の冒険者を抱えた、【ロキ・ファミリア】と並ぶ二大ファミリアの一つ。
それ以上のことは女将さんは語ってくれなかった。
けど、僕が聞き出すのを諦めた直後、愚痴のような形で一番欲しかった情報をこぼした。
「あの女神には関わらない方が幸せってモンさ。子供みたいに我儘で、欲しいものは何でも手に入れようとしちまう」
つまるところ、ベルは最強ファミリアの女神に気に入られてしまったらしい。
危害は加えないと発言したり、なのに勇姿が見たいとか言って魔物をけしかけたりした理由はそういうことだったのだ。
……正直、どうにもならないと思った。
もし、強引にベルを奪おうと攻め込まれたら、僕らは何もできない。オッタル一人だけで制圧されてしまうだろう。
でも不可解なことに、そして幸運なことにそういう直接的な手出しを彼らはしてこない。
今のうちにどうにかして手を打たなければならない。
……どうにかして。
とにもかくにも、この世界に落ちてから目まぐるしく回り続けた日常はひとまず終わりを迎えた。
おそらくヘルサレムズ・ロットと同じくこのオラリオも事件には事欠かないんだろうけど、まあ、こういうゲームの中みたいな世界も案外悪くないかなぁ、なんて。
元の世界に戻る手立てだとか、まだ全然ないけれど、一息吐くくらい神様も許してくれるだろう。
なんか勘違いしてそうな笑顔を浮かべてベルに抱き着く女神様を見ながら、僕はコーヒーに口をつけた。
とりあえず、原作ダンまちの一巻分の話が終わり、一段落です!
もちろん毎日更新は続けますが。