ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
「すいませーん、おはようございまーす……」
「おはよう、ベル。久しぶり……」
いつものように特訓に励みそしてお店の開店準備の手伝いを終え、そろそろ売込みへと出かけようかと奥で準備をしていたら、ベルの声が聞こえてきた。
「朝早くからすみません。今、大丈夫ですか?」
「大丈夫、ベルと同じファミリアの子が毎日もっと早い時間から押しかけて来てるから」
そりゃすみませんね。
でも、こう言うのもなんだけど僕のバイトの成果って結構デカいと思うんだよね。確実に店での売り上げより僕の方が多く売ってるし、最近客足も少しは増えたらしいし。
「そういえば、ミアハ様は? いらっしゃらないんですか?」
「ミアハ様は私用で今はいない。今日は私一人だけ。まあ今はもう一人いるけど」
「や、ベル。もう落ち着いた?」
「ア、アハハ。うん、もう大丈夫だよ……」
カウンターの方に顔を出した僕は朝のことを意地悪な顔をして掘り返す。
「何か、あったの?」
「実はですね……」
「うわぁああ!? 待ってレオ! 駄目だって!?」
首を傾げる師匠に、昨日ベルが魔法を覚えたこと、新しい魔法に我慢が出来ずこっそり深夜にダンジョンに向かって行ったこと、早朝に帰って来たかと思ったら何やら顔を赤くして悶絶していたことなどを話す。
ちなみに僕が魔導書を渡したこととか、その件でヘスティア様に数時間尋問されて最後まで口を割らなかったこととかは伏せておく。
「ううぅ、レオのばかぁ……」
「それで、結局ダンジョンで何があったのさ? 子供みたいに目を輝かせて魔法使いまくってたことは想像できるけど」
結局全部バラされて涙目になってるベルに構うことなく質問する。
「子供みたいって言わないでよっ! 何があったかって、そういえばよく分からなくてさ、魔法を使ってたら気絶しちゃったんだよね。それで……ってそれだけ! 何でもない!!」
またまた赤面して頭と腕をブンブン横に振る。ヘスティア様も言ってたけど、本当に多感な子だよね、ベル君は。
「それは
「
「魔法を使えば精神力っていうエネルギーを消費するから。消費が激しいとぱたりといく」
ほうほう、なるほど。ドラ○エとかだとMPが0になっても魔法とか特技が使えなくなるだけだけど、この世界じゃそうもいかないらしい。
「だから……」
「ん?」
師匠はベルに説明した後、カウンター下の棚をごそごそとあさる。
「精神力を回復させるこのポーションをのんで、未然に防ぐ。最近作ったばかりだよ……」
さっすが師匠! どんな時でも商売を忘れないッ! そこにシビれる あこがれるゥ!
……って、アレ? この場合僕はどっちを応援すればいいんだっけ?
「え、で、でもそれって、お高いんじゃあ……」
「大丈夫、ベルはお得意さんだからまけてあげる。……8700ヴァリス」
値段を聞いたベルは瞬時に師匠から一歩間合いを取る。
そりゃそうだよな。いくらまけたとしても僕らの財政で一万近い買い物はキツイ。最近のベルはよく稼いでくるからその値段でも買えないことはないけど。
「わかった……。これを8700ヴァリスで引き取ってくれたら、この二つの回復薬も合わせて9000ヴァリスで売ってあげる……どう?」
師匠が2本のポーションを取り出し提案すると、ベルは目を見開いて悩みだした。
「……」
「ダンジョンでは、何が起きるかわからない。備えはちゃんとしておいた方がいいよ……」
「……わかりました。それで、買います」
「ありがとう、ベル。愛してるよ……」
師匠の言葉に赤面したベルは品物を受け取ったらそそくさと立ち去る。
「―――師匠、ちょっと待っててください」
「ぇ?」
僕は師匠にそう言い残し、店を出たベルの後を追いかけた。
「ベルっ!」
「レオ? どうしたの?」
「ベル、さっき買ったポーション、見せてくれる?」
「いいけど……、はい」
思った以上にダッシュで『バベル』へ向かっていたベルを呼び止めて、ベルからポーションを受け取る。
―――やっぱり、そうだ。
さっきのは間違いじゃなかったらしい。
「ね、ねえレオ、大丈夫? なんだか怖い顔してるよ?」
「…………ベル、このポーション劣化してるみたいだ。こっちのポーションと取り換えとくよ」
「え? わかった、ありがとね」
僕は手に持っていたケースを開けて新しく2本のポーションを取り出し、不安そうな顔をしているベルに持たせる。
「……じゃあ、ダンジョン頑張ってきなよ」
まだ呆けているベルにぎこちなく笑みを浮かべ『青の薬舗』に早歩きで戻る。
「おかえり、どうしたの?」
バンッ!!
店内に戻り、いつも通りの眠たそうな顔をしている師匠の元に駆け寄りカウンターに手を叩きつける。
「コレ、どういうことですか師匠!」
そして、先程ベルから受け取ったポーションを突き出す。
「……なにが?」
「とぼけないでください! なんで溶液を薄めたポーションなんか売ってるんですか!?」
「―――!?」
僕の言葉に師匠は息をのむ。
そう、ベルには商品が劣化していたと嘘を吐いたがこのポーションは薄められていたのだ。
僕の眼だけじゃ分からなかったかもしれない。
でも最近ついてきた回復薬の知識があれば、効能に関係のない成分が入っていることくらい分かる。
「……言いがかりは止めて。このポーションは普通のポーション」
あくまでシラを切るつもりのナァーザさんに僕は目を開いて見せた。
「その眼……」
「僕には【神々の義眼】というスキルがあります。この眼は視覚に関わることなら大抵のことは出来てしまいます。例えば、相手の視覚を操作したり、生物のオーラを見たり……当然薬品の成分なんかも知識さえあればある程度分かります」
「……」
「答えてください。なんでこんなことしたんですか? 今までもこんなことしてたんですか!?」
黙って下を俯く師匠に詰め寄る。しかし彼女はこちらと目を合わせず黙秘を続ける。
「言わないならいいです。ミアハ様にこのことは報告させてもらいますから」
「っ! お願い、それだけはやめて……」
悲痛な表情を浮かべ懇願する師匠。やっぱりミアハ様はこのことを知らないのか。
「じゃあ答えてください。師匠だっていくら経営がキツイからってこんなことする人じゃないでしょ?」
もう1週間以上も師匠には修業をつけてもらっているから分かる。
師匠はたしかに腹黒いとこもあるけど、根はいい人なのだ。何の理由もなしにこんなことする人じゃない。
「……借金がある」
少しの間の後、師匠はポツリと呟く。
「借金……?」
「そう、私のせいで出来た借金。右腕を失った私に、ミアハ様が用意してくれた義手、そのお金」
師匠は言いながら右腕の袖を捲る。そこには銀の義手が輝いていた。
それから師匠は借金が出来た経緯をポツポツと教えてくれた。
モンスターに右腕を食べられたこと、ミアハ様が因縁のある【ディアンケヒト・ファミリア】に頭を下げて義手を用意してくれたこと、その時に巨額の借金を背負い師匠以外の団員が皆出て行ったこと、そして事件がトラウマとなりモンスターと戦えなくなったこと。
何故師匠が冒険者を止めてしまったのか、なんで師匠以外の眷属がいないのか、そういった違和感程度の疑問が氷解する。
「私はこのファミリアのお荷物。ミアハ様を苦しめてるのは私。ダンジョンで稼ぐことも出来ない、薬師としても碌に稼げないなら、不正でも何でもしてお金を返さないと……」
彼女の顔がゆがむ。
「そんなことしてもミアハ様が喜ぶわけないじゃないかっ……」
「……それでもいいっ、ミアハ様に見限られようと、み、見捨てられようとっ……、もうこれ以上迷惑はかけたくないっ」
「そんなの嘘だ! 見捨てられていいわけない! そもそもミアハ様が迷惑だなんて思ってるわけないだろ!?」
「じゃあどうすればいいの!?」
師匠の喉がはち切れんばかりの叫びが薄暗い店内に響き渡る。
「……私たちだけじゃ、何も出来ない……」
「そんな、ことは……」
ない、なんて軽々しく言えるわけがない。
師匠だって考えたはずだ。悩んだはずだ。それでもどうにも出来なかった。罪を犯してしまうくらいにどうしようもなかったのだ。
重苦しい沈黙が店内を包む。
「な、どうしたのだ!? ナァーザ、レオ、何かあったのか?」
どれくらいその沈黙が続いたか、僕らが顔を伏せる中、狼狽えるような声が後ろから聞こえた。
ミアハ様が帰ってきたのだ。
「答えてくれ、何があったのだ?」
ただならぬ気配を察し神妙な顔つきで尋ねられ、師匠の肩がビクッと震える。
それもそうだろう。今話していた事の発端はベルに詐欺まがいのことを働いていたことが原因だ。それを僕が言及すればミアハ様は師匠のことを叱る。
怒るだけでミアハ様は決して師匠のことを見捨てない、そんなことは分かりきってる。
でもきっと師匠の心は、ミアハ様に、好きな人に嫌われるかもしれない、そんな不安が駆け巡っているのだろう。
それに何よりも、自分の行いの所為でミアハ様を悲しませてしまうことがとてつもなく辛いんだと思う。
「……いえ……なんでもないです」
震える師匠に代わって、誤魔化す。師匠は「何で?」と言いたそうな目で僕を見つめる。
……言えるわけないじゃないですか。そんなに震えて苦しそうにしている人に追い打ちをかけるようなこと、僕には出来ない。
「ミアハ様、今日は、その……手伝いを休ませてもらってもいいでしょうか?」
「うむ、それは構わんのだが……」
「それじゃあミアハ様、師匠、今日はこれで失礼しますっ」
ミアハ様が何かを聞いて来る前に、僕は早足で店を出た。
レオが『青の薬舗』で働く以上、避けられないと思います。
ということで本編よりも大分早いタイミングですがクエスト×クエスト編レオルート開始です。