ライブラの一員がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:空の丼
ベルは数日前から格段に強くなっている。
それが今日ベルの戦いぶりを見た感想だった。
今僕らがいる場所は11階層。ここでは10階層と同じくインプやオークが出現する他、上層で屈指の防御力を誇る『ハードアーマード』、かつてベルを苦しめた『シルバーバック』なども出現する。
その階層でベルは魔物たちを次々と倒していく。
「すげぇ……さすが1日中特訓してただけあるなぁ」
「レオ様、呆けてないで次の準備をっ。後ろからオークです」
「おっと、了解」
僕が目の前のベルの戦いっぷりに感嘆の声を漏らしているとリリが注意をしてきた。
後ろを振り向くとオークが2体、僕らの方に突っ込んでくる。ベルはまだインプの群れと交戦中だ。
「じゃあ、使うね」
リリに一応確認をとって、【神々の義眼】を使う。こちらに向かって走るオークの目線を僕らではなくお互いのオークの方へと向ける。
すると2体のオークはバランスを崩しながら方向を換え、頭をぶつけあう。
『ガァア!?』
頭を抱えて膝をつくオーク。すると僕らの隣を一陣の風が通り過ぎる。
「ハアアッ!」
インプを倒し終わったベルが2本のナイフを構えてオークに突っ込み、そして同時に切り裂く。
喉元を切り裂かれたオークは膝立ちからうつ伏せの状態に。
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
一息つく間もなく今度は魔物の雄叫びが霧の向こうから聞こえる。
シルバーバックだ。
しかもそれだけじゃない。近づいてきたシルバーバックの頭上ではバッドバットの群れが渦を巻き、インプも数体シルバーバックを取り囲んでいる。
「ちょっと、多いね……」
「はい。多種のモンスターがああまで群れるなんて珍しいくらいです」
「どうする? バッドバットはこの眼効かないけど」
リリがハンドボウガンを構え、僕も目を開いて魔物の視界をシャッフルする準備をする。
しかしベルは目を凝らしていたかと思うと、装備していた武器を全て鞘に戻して右の手首をぱっぱっと振り始めた。
「ベル様?」
「あはは、少し頼り過ぎちゃってる気もするけど……」
やっちゃうね? と笑うベルの意図に僕とリリは気付いて側から離れる。
「【ファイアボルト】!」
霧の海を切り裂く何条もの炎の雷は、ものの数分でモンスター達を全滅させた。
「僕、魔法に依存しちゃってるかな?」
魔物をあらかた倒した僕らが、11階層の始点になるルームで休憩を挟んでいるとベルがそんなことを尋ねた。
「う~ん、リリはそこまで気にはなりませんが……確かにベル様の魔法は使いやすい節もありますし……」
リリはこぢんまりしたパンを両手に持って少し考えに耽る。
ベルはこちらにも意見を求めて顔を向けるが……実際どうなんだろうか?
「僕も気にならなかったかな」
魔法だけじゃなくて最近は体術だって使って戦ってるし、問題はないと思うけど。
「発動条件のハードルが低いので、手軽に使ってしまっているという点はあるかもしれません。依存というより、ベル様の動作の一部になっている、という感じでしょうか」
「そう言われてみると……」
「こう考えると、ベル様の魔法は効率性に富んだ分、本来の魔法としての意味が薄れているということになりますね」
「えっと……つまり?」
「必殺としての一面です」
この世界の魔法は基本的に長い詠唱が必要になる。そして詠唱中は集中しないといけないからよっぽど集中力に優れた人でなければその間動くことは出来ない。
しかしその分、それだけのリスクを払うことで得られる効果は絶大だ。それこそ格上相手でも通じるほどに。
逆にベルの魔法は詠唱が必要ない。リスクがないのだ。それならば得られる見返りも必然的に小さくなる。
しかしリリは長文詠唱の魔法よりベルの【ファイアボルト】の方が怖いという。僕もそれに頷く。
長文詠唱なら、たとえどんなに大きな一撃だろうと対処する時間が出来る。最悪、詠唱が始まったと思った瞬間ダッシュで逃げればいい。
でも【ファイアボルト】はそうはいかない。『ファイアボルト』と言うだけで発動出来て、しかも弾速が速い。僕なんか動けずに真っ黒になるだろう。
「発動速度や弾速もそうですが、成長という側面も非常に優れています。群を抜いていると言っていいでしょう」
リリは僕の感想に付け加える。
「発動に時間のかかる魔法は中々行使できません。詠唱が完了するまでモンスター達は暢気に待ってくれませんから。そして使用する機会が少ないということは、それだけ【ステイタス】に反映されないということです」
そっか、【ステイタス】は僕らが行った経験を汲んで強化される。重いものを運んだのなら『力』の値が強化され、殴られれば『耐久』の値が強化される。
それなら『魔力』は魔法を使って強化するしかない。
「『魔力』さえ上がれば、魔法は規模も出力も上昇します。戦闘には直接関係しないリリのこんな魔法でも、【ステイタス】の強化によって少し具合が変わりましたから」
リリの魔法というのは【シンダー・エラ】という変身魔法のことだ。この魔法はリリ自身と同じくらいの体格にしか変身出来ないが、『魔力』の上昇によって服装の融通が利くようになったらしい。
「ベル様の魔法の属性は単純で、威力も平凡かもしれませんが、成長性はきっとピカ一です。自信を持ってください」
リリがそう言って微笑むとベルは照れながら感謝の言葉を口にした。
「でも二人とも羨ましいなぁ。僕も魔法が欲しいよ。ベルの【ファイアボルト】なんて最早ロマンすら感じるし」
「そ、そう? えへへ」
僕が素直に思ったことを言うとベルは少しだけ自慢げに頭をかく。
「うん。手から炎の弾が出るっていうそのド
「【ファイアボルト】みたいなのが発現するかは分からないけど、誰だって一つは魔法のスロットを持ってるらしいから、いつかレオも魔法が使える日が来るよ」
まあそんな日が来る前に元の世界に帰ることになるかもしれないけど、と心の中で。大体、元の世界に帰れば【ステイタス】は凍結される。魔法を使えるようになってもあまり意味がないと言えば意味がない。
「……レオ様」
「うん?」
溜息を一つ吐いたところで横にいたリリが何かを言い出そうとする。しかしすぐに口を止める。
「何でもないです。忘れてください」
「えー凄い気になる。いいじゃん、何でも言ってよ」
「だから何でもないですって。ほら、ベル様もレオ様もそろそろ攻略を再開しますよっ」
それから、すぐにまた魔物と戦い始めた。
まあ言いたくないならいいか。
「レオ様、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」
リリにそう言われたのは、ダンジョンから戻り換金が終わって直ぐのことだった。
ダンジョンを上がっている時から少し悩んでいるような顔をしていたが、どうやらそれは僕に関することのようだ。
僕を名指しで呼んだということは、二人で話したいということらしい。ベルには少し目配せをする。
「うん、わかった。じゃあ先に帰ってるね」
「うん、じゃあまたホームで」
ベルに別れを告げリリと二人近くの喫茶店に入る。時刻は夕方、窓際の席に座ると、通りを歩く冒険者たちが沢山目につく。その顔は大きく口を開けて笑いあう者もいれば、肩を下げてトボトボと歩くものもいる。
しかしどの冒険者にも言えるのはその表情のどこかに安堵があるということだ。たとえパーティを組んで適性階層に潜ろうと、ダンジョン内では気を抜けば死んでしまうかもしれない。だから地上に戻った時の安心感は大きい。
そしてその安心感は伝播し周りを穏やかな雰囲気に包みこむ。綺麗に輝く夕陽と灯り始める魔石灯の光と相まって、この通りは一層明るく見えるのだ。
「それで、話ってなに?」
そんな中でリリは1人暗い表情を浮かべる。いや、暗い表情というよりもこれは何か分からないことがあるような顔だ。
「……レオ様は何でサポーターの道を選ばないんですか?」
少しの沈黙の後、リリはそう尋ねた。
「【ステイタス】はリリよりも下、魔法も使えず……そして魔物を殺せない。リリはてっきり専門職のサポーターになるものだと思っていました。いいえ、事実、数日前までそう考えてらっしゃったのではないのですか?」
図星だ。僕は少し前までサポーターになろうと思っていた。だからリリにも魔石の取り出し方を習った。
「でも今は違いますよね? 一昨日、そして今日のレオ様を見て確信しました。レオ様はいつか魔物を倒せるようになろうとしている。冒険者の道を諦めてません」
どうしてですか? とリリは訴えかけてくる。
この数日間、僕もずっと考えてきたこと。自分の中に出た答えをリリの前で言葉にする。
「……自分の気持ちに正直になってみたんだよね。そしたらさ、簡単に答えは出たよ。サポーターになるか冒険者になるかはまだ分からないけど……僕は、怖いからなんて理由で諦めたくなかったんだ」
それが僕の本心。使命感とか、どっちが正しいかとか、そういうものを全て捨てて考えた結果がそれだった。
「だから今は無理にサポーターの道を選ぶことはないかなって……そんな感じ」
その言葉を聞いて、リリはその表情に一層の陰りを見せた。
「別にそんなに悪いことじゃなくないかな? なんでそんなに暗い顔をしてるの?」
魔物を倒せるようになれば、微力とは言え戦力も上がる。ダンジョンの恐ろしさを知っているリリなら喜びこそすれど落ち込むことはないと思うんだけど……。
その疑問に答えるように、リリは重い口を開いた。
「リリは……ベル様以外の冒険者が嫌いです。彼らに偏見を持っています」
知ってる。
「でも……冒険者以外にはそんな感情を持ってはいません」
……。
「専門のサポーターともなれば、リリと同じ立場です。むしろ仲良くなれると思います」
ああ、そうか。
リリがずっと悩んでたのはそういうことか。
つまりは、僕が冒険者になるかサポーターになるかで僕への見方が変わるということ。
「レオ様は、どっちなんですかっ? 何でサポーターになってくれないんですか? そうすればリリだって……」
信じることが出来るのに、とリリは震えた声で言う。
彼女だって信じたいのだろう。
でも過去の経験が、冒険者への偏見がそうはさせてくれない。「サポーターのレオ」は信じることが出来ても「冒険者のレオ」は信じることが出来ない。
本当にそうなのだろうか?
今までのリリを思い出す。彼女は本当に冒険者を信じることが出来ないのだろうか。
だったら何でそんな苦しそうに「信じることが出来ない」なんて言うのだろうか。
何てリリに言えば良いかわからなくて、口を開こうとして止めるを何度も繰り返してしまう。
しばらくの静寂が僕らの周りを包む。
「偏見、か……」
僕も確かに持っていたモノ。それを一つ解消してくれた僕よりも、リリよりも小さい「彼」のことをふと思い出した。
僕は深呼吸をする。
そして頭の中で言葉をまとめると、うつむくリリを見つめて、
「ハローリリ、僕はレオナルド・ウォッチ」
自己紹介をすることにした。
「最近この町に住み始め、今は【ヘスティア・ファミリア】に所属しています。趣味は今はカメラないから……景色を見ることで、嫌いなものはチンピラ。あいつらすぐにカツアゲしてくるし。お人好しだとは言われるけど、これでもしっかり分別は取れてるつもり。少し前まで『青の薬舗』でバイトをしてて……そして、ベルの親友」
呆気にとられているリリに、僕のことを思いついた限り紹介する。
「これが僕、レオナルド・ウォッチだよ」
「え……?」
「冒険者かサポーターかなんて分からなくても、僕を証明するものはたくさんある」
「ぁ……」
超危険「菌」物が巻き起こした事件を思い出す。そこで僕は天才学者の細菌にある言葉を言われた。
「物の見方が雑すぎる」
確かにリリは【ステイタス】が伸びなかったがために虐げられていたかもしれない。それが原因で「冒険者」というものが嫌いになったのも分かる。
「でも、その尺度一個で世界を判断しちゃいけない」
リリが顔を上げる。
「きっとリリも分かってるんじゃないかな? だからリリは僕のことを信用できないって言うときに苦しそうな顔をするんだ。君はもう冒険者だとかに囚われずに人を見ることが出来ている。あとは、勇気を出して一歩踏み出せばいいだけだ」
僕はリリの前に左手を伸ばした。リリはその手を恐る恐る掴もうとして、でも手が止まってしまう、
「大丈夫、もう昔とは違う。今の君には支えてくれる人たちがいるんだから」
リリはハッとした後、静かに目を瞑る。
今、リリはその目蓋の裏に大事な人たちを思い浮かべているのだろう。
そこにはベルがいて、ヘスティア様がいる。
きっと僕はそこにはいない。でも―――
「これからよろしくお願いします、レオ様」
今この瞬間、僕もそこに描かれた。
掴んだ小さな手の温もりから、僕はそのことを確かに感じ取ることが出来た。
リ・ガドさんの名言、どう使うか迷った末「冒険者だから悪者」という固定観念に憑りつかれていたリリに言ってもらうことにしました。
レオに自己紹介してもらったのは、やっぱり「妹」つながりで思いついちゃったからですね。
というわけでリリのお話はここで一旦終了。次からは遂にベルにとっての難所に入ります!