インテリビレッジの座敷童 ~フェイト・ロンダリング~ 作:白滝
※インテリ8巻を読む前に書いたものなので、渚のキャラ設定に違和感を感じるかもしれませんがご容赦ください(汗)
「なぁ、陣内。『コックリさん』って知ってるか?」
朝のホームルームが始まるまでの僅かな時間で惰眠を貪っていたのに、耳元で『
……こいつがテンション高い時ってのは、どういう話題か想像がついちまう。
「知ってるもなにも、動物霊の妖怪じゃないっけ?中学からインテリビレッジに来たお前は知らないかもしれないけど、うちの納骨村でも小学生の時に流行って、『コックリさん』を呼んで色々と相談してたぜ」
「そうそう、多分そいつだ!最近の『コックリさん』は人間の色恋沙汰に興味津々らしくてよ。例の有名な呪いをやると、恋愛相談には積極的に乗ってくれるんだと」
「……どうりでお前がテンション高い訳ね」
『始まる前』『終わった後』じゃなく、カップル成立中の期間限定カウンセラー(自称)。まーた誰かの恋事情に首を突っ込んだのか。
「で、何で俺にその話が回ってくる訳?」
「実は、
ぶっ!?
せ、背筋に寒気が走ったぞ!
世界三大ヤンデレの一角、渚の恋愛相談とかいう寿命縮めるクエスト持って来られても困る。『一狩り行こうぜ?』っていうか、『死ぬのが怖いから一緒に心中しませんか?』っていう類だっつーの!
「れ、恋愛相談のスペシャリストを自称されてるじゃないですかー。ボクめには畏れ多い責務ですう。遠慮しますう!」
「ちょ、見捨てんなよ陣内!嫌だよ俺!流石の俺でも渚の相談相手になるとか、失敗した時のリスクがデカすぎるだろ!最悪死んじゃいますけど俺?無理無理!助けて!」
「返事がない。ただの屍のようだ」
「俺のアドバイスじゃなければ何でもいいんだ!だから妖怪なんだよ。責任が俺に来なければ十分。最近、人間の恋愛事情に興味津々らしいコックリさんを呼びつけて、そいつに相談しちゃえばオーケー。失敗しても俺に責任は来ない。な、生存確率は悪くないだろ?」
「……なんで俺が必要な訳?」
「お前、よく分からんが妖怪に好かれ易いだろ。『コックリさん』が渚のヤンデレっぷりにドン引きして帰らないように、説得して引き止めてくれ」
…………
どこまでも自分勝手な奴だ。
と言いたい所だが、『恋王』の気持ちはよく分かるので、協力してやるか。
分かる、分かるぞ『恋王』。
渚が恋愛相談してくる時の目って、なんかイっちゃっててめちゃくちゃ怖えよな。超分かる。死を覚悟するよな、うんうん。
そんな訳で、放課後の教室に俺と『恋王』と渚が集まった。
んだけど、
「……なんで天才変態美少女の
「ひどいなあ、忍クン。私だって恋バナ好きの今時の乙女なんだぜ?」
「本音は?」
「コックリさんに株価の変動の聞いたら教えてくれるのかな、と思って。混ぜてもらいました☆」
うん、知ってた。もうお金と結婚すればいいんじゃないかなこの子。
そんなこんなで、四人揃ってのお呪い。
『はい』と『いいえ』、それから平仮名50音と数字の書いた紙と、10円玉を用意して、四人で指に乗せる。
「うふふふ……これで、これで明智君との復縁を……」
「(さらば、明智君!)」
「(渚の避雷針として、お前は十分に働いたぞ。二階級昇進だ)」
「男子達の顔から本音が垣間見えるんだけど……じゃあ、私は二番目にね。最初の質問はどうぞ、渚さん」
クラスで遊離気味な惑歌が、クラスの連中と会話してるシーンが激レアすぎる。
渚の恋愛相談も惑歌の金融相談も、妖怪には専門外と思うんだけど……飽きて帰らなければいいな。
四人で一つの机を囲み、声を合わせて、
「「「「コックリさん、コックリさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら『はい』へお進みください」」」」
そう言った。
しん、と静寂。
あれ、何も起きないな、と思いかけたが、10円玉が独りでにすすすっと『はい』という文字の上に移動した。
「お、来たねえ」
「(哀れなり、コックリさん。渚の恋バナは昔っから異常に長いぞ)」
「なんか言わねえと!あー、えーっと、コックリさんは最近恋愛相談に乗るのが好きだって聞いたんですけど、本当ですか?」
『恋王』が話を切り出すと、10円玉が次々に動いて、『だ』『い』『す』『き』という文字の上に動いた。
渚が目をキラキラ輝かせる。
「じ、じゃあ、私の恋愛相談に乗ってくれませんか?」
『で』『も』
「ん?」
『も』『つ』『と』『す』『き』『な』『こ』『と』『が』『あ』『る』
「あれ、コックリさんってお供え物とかした方が良かったりしたっけ?」
「確か『狐狗狸』って動物の低級霊だろ?お稲荷さんとか作ってきた方が良かったか?」
『そ』『れ』『よ』『り』『も』
「はいはい」
随分とお喋り好きな妖怪だな。
『ひ』『と』『の』
「うん」
『に』『く』『が』
「あ、れ?」
『た』
「ちょっ……」
『べ』
「忍クン、これ……」
『た』
最後まで言わせなかった。
猛烈な危機感が俺を襲い、恐怖が身体を動かした。
10円玉から指を離し、三人を突き飛ばす。
バグッ!!という空気を削る音が、ついさっきまで渚の頭があった位置から響く。
もし俺が咄嗟に突き飛ばさなかったら、それは咀嚼音に変わっていたかもしれない。
「ひっ!?」
尻餅をついた渚は悲鳴が声になっておらず、
「え、あ、なっ、は……!?」
『恋王』は腰が抜けて完全にビビっちまってる!
「忍クン!『コックリさん』って致命誘発体じゃないよね!?」
最近やたらと妖怪絡みの事件に慣れちまってた俺と惑歌だけが、咄嗟に『生き残る』事へと思考の切り替えを済ませていた。
「致命誘発体どころか、人間の相談に乗ってくれる温厚な妖怪のはずだ!!間違っても人肉を貪るような猟奇的な伝承はねえはず!」
なのに、一体全体どうなってやがる!!
『コックリさん』は姿が見えねえ。低級霊だって話も聞いた事があるし当然だ。
だが、人を襲うなんて事はないし、そもそもそういう『恐怖の対象』って位置づけは都会の連中が『学校の怪談』とかいう形で勝手に流行らせた都市伝説で……
「に、逃げろ!」
『恋王』が教室の扉を開けようと起き上がった瞬間だった。
突然ビクリと『恋王』が身体を震わせた。
同時、机の上にあった動物のような気配も消える。
「し、しまった!呪いの最中で10円玉から指を離した場合――――」
『恋王』の表情が豹変した。
フラフラとした足取りで惑歌に近づき始め、
「こ、ろ、す、ぅぅうううううううううううううう!!」
奇声を上げて突撃しだした。
くそっ!やっぱ取り憑かれてやがる!!
俺は慌てて惑歌を守るように立ちはだかり、『恋王』の突進を受け止める。
うぐぅ。
くっそ、妖怪が取り憑いたせいで、パワーが上がってやがる……!?
「く、そ……やべ……」
『恋王』が俺の肩を掴み、振り回して机に投げ飛ばした。
机を薙ぎ倒し、椅子を吹き飛ばし、上に置いていた紙も10円玉も辺りを転がった。
衝撃に噎せ、呼吸を整えようとしたが、
「こ、ろ、す。こ、ろ、す」
『恋王』が俺の上に乗り、首を両手で絞めてきた。マウントポジションを取られちまった!?
「い、ぎ、ぁ……」
やべえ。想像以上に力が強すぎる。息が……
「離れ、ろぉ!」
立ち上がった惑歌が『恋王』の身体を俺から引き剥がそうとしているが、今の『恋王』は妖怪と同じ腕力を発揮してる。惑歌の細腕じゃあ焼け石に水だ。
カッ、と顔に熱が溜まっていく。
苦しい。意識が……
か、考えろ。
妖怪相手に常識的な抵抗をしたって意味がねえ!
『コックリさん』の弱点を考えろ。伝承を探れ。小学生の頃によくやってたんだ、思い出せ!
確か、『コックリさん』が取り憑く原因は、交信の要となる紙やコインから指を離した事で起こるんだったはず。その祟りも、交信の要である紙やコインをどうにかすればよかったはずなんだ!
コインを三日以内に使う、もしくは塩水で清める。
紙は燃やすか、48枚に破り捨てる。
確かこれらの方法で除霊できるはずだ!
「こ、の!!」
惑歌が椅子を振り上げ、思い切り『恋王』の頭に打ち付けるのが見えた。
ボゴン!という壮絶な音が聞こえたが、『恋王』は全く気にも留めていない。
「ひゅ、ぁ」
息が苦しい。目玉が飛び出てしまいそうだ。
血が堰き止められて熱が頭を駆け巡る。
声が出ないから、解決方法を惑歌に伝える事はできない。幸い、目の前に10円玉と紙が落ちていた。
10円玉を使う事も塩水を用意する事も紙を燃やす事もできないが、48枚に破く事ならこの場でもできる。
視界がぼやける中で、両手を伸ばして紙を千切り捨てる。
俺の抵抗がなくなった事で、『恋王』の万力のような拘束が余計に強くなった。
気を失いそうな痛みと苦しみの中で、それでも数を数え間違えないように必死で意識を保つ。
折り畳んで一気に千切る事で素早く48等分しようとした。
しかし、
「この!」
『恋王』を止めようと懸命に椅子で攻撃し続けていた惑歌が、体重を乗せて踏み込んだ拍子に、床に千切り捨てていた紙を踏んづけた。
そして、ビリっと。
呪いに使用した紙の破片を、破いた。
「あ、が、ぁ……」
それは、ちょうど俺が48等分した瞬間の出来事だった。だから、千切れた紙は49枚になってしまった。
そして、紙はピッタリ48等分でなければならない。その数字でなければ意味はない。
余計に紙を破いてしまったら、減らす方法は存在しないのだ。
破片を細かく千切って数を増やす事はできても、紙をセロテープでくっつけて『数を減らしました』なんて屁理屈は通らない。調整は利かない。
「こ、ろ、す、うううううううううううううううううう!!」
『恋王』は止まらない。もう、止める方法はない。
10円玉を使う事も、塩水で清める事も、紙を燃やす事もこの場ではできない。
窒息の影響か、口から泡が、鼻から鼻水が、目から涙が一斉に出てきた。
身体が軽くなって、意識が遠のいていく。
全身から力が抜け落ちる。
もはや頭がガンガンし、頭がぼーっとし始めて惑歌の悲鳴も理解できなくなってきた。
死んだな。
そう思った。
頬を伝い、ぽたりと垂れた涙が、床に落ちる。
――――――――――いや、待てよ。
諦めるのはまだ早い。
まだ、できる事はある。
不気味に震える自分の手を精一杯伸ばして、床から10円玉を拾う。
それを、自分の目元に擦り付ける。
涙で10円玉を濡らす。
涙……そう、塩水だ。
人の体液には多少なりとも塩分が含まれている。涙だってそのはずだ!!
そして、『コックリさん』の伝承に「海水は使えない」なんて逸話ねえはず!矛盾はない!!
「こ、ろ、………こ…………あ?」
そんな、『恋王』の、『コックリさん』の呻き声が聞こえた気がした。
次の瞬間、ブツリ、と俺の意識が落ちた。
その腕から力が抜けている事に気付いたのは、激しく肩を上下させ息を荒くしている時だった。
全身にびっしょり汗をかき、鼻水が詰まって息苦しい。
よく見ると保健室のベッドに寝かされていて、隣のベッドには『恋王』も寝かされていた。
「無事でよかったね、忍クン」
惑歌と渚が、ベッドの横の椅子に腰をかけていた。
どうやら、『コックリさん』を退散させる事には成功したらしい。
「なん、とか、ね……ったく、今回ばかりは流石に死ぬと思ったぜ」
ふぅ、と。安堵の息をついて、脱力する。
よかった……マジで死を覚悟した。いや、覚悟なんてできてないまま危うく死ぬところだった。
「いや、忍クン、心肺蘇生しなきゃ死んでたよ」
「え、マジで!?そんなにヤバイ状況だったの俺!?……ち、ちなみに、どちらがやってくれたんですか!?」
つまりそれは人工呼吸とかもやっぱやっちゃってるだろうし、これは壮大なラブコメが始まりそうな―――――
「渚さんよ」
……あれ、なんだこの天国から地獄に突き落とされた気分。
さっきから顔を赤らめて俯き、俺と目を合わせてくれない渚はなんなのさ。
「……明智君とは、もういいかな。代わりの人……私の運命の人、見つけちゃった」
「い、」
いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
間もなく担任教師が手配してくれた救急車が来た訳だが、「片時も離れず一緒にいます!」という渚の愛を振り切るのに、救急隊員さん達も苦労していた。
そんなこんなで、無事に『コックリさん』騒動を終えた訳だが。
疑問も残る。
なぜ『コックリさん』が人を襲ったのか?本来は温厚な妖怪で、そもそも致命誘発体ですらないはずなのに。
たかが高校生の分かる範囲なんて限られるだろうけど、もし騒動に何か裏があったりしたのなら、それはもしかしたら、妖怪の存在を上書きしていたのかもしれない。
例えば、無害で温厚な妖怪を致命誘発体へと変貌させるような、そんな『パッケージ』を超えた――――
「……まぁ、俺には関係ないか」
事件に裏があろうが、真犯人が見つかっていなかろうが、どうせ警察が何とかしてくれるだろう。
俺みたいな平凡な高校生が、身の丈に合わず死に物狂いで奔走する程の事でもねえな。
もし俺の想像したような事があるなら、それこそ、
「ふぅ……とんでもない一日だったぜ」
だから、俺は気楽に家へ帰った。
それが間違いだった。