インテリビレッジの座敷童 ~フェイト・ロンダリング~ 作:白滝
(陣内 忍)
死んだ!!
みんな死んじまった!!
何がどうなってんだ!?俺はただ、みんなでインテリビレッジ風化村へ旅行に来ただけだったのに!!
ただそれだけのはずだったのに!!気が付けば、ホテルにいる皆が全員殺されていた。
終わっていた。
根本的に、絶対的なラインで。救いという文字がねえ。完全に狂ってる!!
叔父さんと一緒にいた中学生くらいの女の子は、レストランの厨房にいた。いや、転がっていた。ガス台の上に。可愛らしかった顔は黒く崩れ、華奢な体のラインも服と一体化して、まともじゃなくなっていた。
誰がこんな事をしたんだ?
考える暇なんてなかった。
実際には違った。太い針が上顎に引っ掛けられていて、頭を貫通していた。両目の眼球はが、ありえねえほど大きく盛り上がっている。まるで、内側から押し出されたように。顔面の損壊。
何とかしなければ。逃げたいのか真実へ近づきたいのか、自分でも分からねえ。
それでも、あの女を捜す。
あの女は俺以上の情報を持ってる。はずだ。
聞き出さなくちゃならねえ。
そう思っていたのに。
ボイラー室の入口から伸びる階段で、菱神舞が倒れていた。仰向けに。首がない。痙攣を続ける手足を見て、不覚にも生きているかもしれねえと安堵してしまう自分がいた。
首がねえのに?
はは、ははははは……
じゃあ、何がどうなってんだ?
この女が元凶でないなら、一体誰がこんな殺戮を繰り広げたっていうんだ?
叔父さんを見つけた時には、すでに感覚が麻痺しかかっていた。客室の一つにいた叔父さんは、両足が切断され、首はガラスの割れた窓の枠へ不自然に引っ掛けられていた。
ゆっくりとした、じわじわと締めつける絞殺。足の潰れた切断面で体を支えれば多少は気道を確保できる事から、おそらく10分から15分はもがき続けたと見られる……と、冷静に考えてしまうほどに、俺の人格から情緒が失われたつつあった。
精神が破損を始めている。
明確に、それが分かる。
いちいち考えているだけの余裕がねえ。全滅。皆殺し。
……あれ?
「何だ……。何か引っ掛かる……」
■■■を覚えたのはどこだ。自分の頭の中で考えていたはずの言葉の羅列に、何か不自然な■■を感じるのだ。
そう、そもそもだ。大前提として、俺はこの■■をどう把握している?
全滅。
皆殺し。
いいや、違う。
免れている■■がいる。
そう。
そうだ。
「……■■、■は……?」
「―――――なんでさっきから俺の頭の中に『■■』って記号が浮かんでくるんだ?
(菱神 舞)
病魔の使役者の呪いを全身で受け止める。
きっつい。
全身がぶくぶくと青ざめ、内出血で内臓がグズグズに溶けていく。
でも、構わない。
こいつを足止めし、少しでも時間稼ぎできればそれでいい!!
それが私の勝利条件だ!!
布石は既に打ってある!!
百鬼夜行の鎖国派のクソ野郎共は、座敷童の未来予知『パッケージ』のアセンブルの精度を増そうとしてたみたいだけど、残念。
お前らがちょっかい出す前に、私は座敷童と繋がりを持つ家人、陣内忍君と既に接触しておいたのさ。
未来予知『パッケージ』の幻覚の影響を喰らってたせいか混乱していて上手く説明が伝わったか分からないけど、きっと大丈夫。
今その子は、私の目の前で、座敷童の未来予知『パッケージ』の正体を見破ってみせたんだから!!
ほとんど傍らに寄り添う座敷童のお蔭だろうけど、陣内忍君と座敷童の2人が揃えば、解決までもうすぐだ。
陣内忍君は、スマートフォンでお嬢ちゃんの影武者と対話している。
じれったい。そんな事はしなくていいんだよ。
もう一度幻覚を見ろ!!
そして、紙に模写しろ!!それを破るんだ!!
そうすれば全翼機は墜落する!!鎖国派を潰す事ができる!!
「ちくしょう、歪んでいるぜ。時系列が見えなくなってきた。あの時と同じだ。やっぱりもう一度、俺に座敷童の予知が襲いかかってきてやがる」
それでいいんだ!!早くしないと、私の体の持たないんだよ!!
全身を蝕む闇よりも濃い病魔が、魂を貪る。
声が出ない。
数メートル先には陣内忍君がいるのに、声を出す事すら敵わない。
それでも必死に病魔を抑え込む。
『だったら、だったら何だと言うのです?それで一体、たかが一介の高校生である貴方に何ができると言うんですか?』
お嬢ちゃんの影武者の悲鳴にも似た反論が私にも聞こえた。
でももう遅い。
陣内忍君はもう真実に辿り着く!!
幻覚をもう一度見て、全翼機の見取り図を確認すれば彼の勝ちだ!!
「これじゃねえんだ」
そうだ、言ってやれ!!
「予知の中で見た見取り図は、ホテルのものじゃなかった。でも、アンタ達が無駄だと言っている百鬼夜行の古い屋敷の見取り図でもなかった」
『なん……』
いいぞ!!
これで、私の勝ちだ!!
「あの時俺が見たのは、■■■とかいう、■■■■■■■■■■■■■■■■■だった!!
――――――――――あれ?」
…………は?
陣内忍君が、意味不明な言葉を喋り出した。
ノイズみたいな声だった。
そもそも日本語じゃない気がした。
「あれ、おかしい……?おい、どういう事だ、確かに俺は■■■を見たんだ!!ほら、■■■って言ってるだろ、何で■■■って喋れないんだ!!クソ、何が起きてんだ!?■■■、■■、■■■■■■■■■■、■■■■■■!!■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■!!■■■■■■■■■■■!!■■■■■■■■!?■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■?■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……■■■■■■?■■■■■■■■!?■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■?■■■■■■■■■!!■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■!!■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
…………陣内忍が、壊れた。
ノイズ混じりの奇声を発しながら、喉を掻き毟っている。
目を血走らせ、必死にペンで何かを書こうとしているようだが、それさえも『■■』になってしまっている。
本人的には頭の中にある図を書いているつもりらしいが、どういう訳か『■■』の記号を紙に書いてしまっている。
もはや日本語すら書けなくなっていた。
平仮名の『あ』すら忘れてしまったかのように、ひたすら『■■』という記号を書き殴っている。
「ちょ、ちょっと……忍……?どう、したの……?」
陣内忍君の傍らに立つ座敷童も、彼の豹変っぷりにドン引いている。
何が、起きているのか、分からない……
一体何が起きたっていうの……?
「――――油断したな」
―――――しまったッッ!?
間近で病魔の使役者の声が聞こえた。
不意を突かれた拍子に、抑え込んでいた病魔の使役者の呪いを漏らしてしまった。
病魔の呪いが、陣内忍君を襲う!?
「ごァ、かハ―――――――――――――ッッ!!」
「忍!!」
陣内忍君が口から血を吐いて倒れた。
ガクガクと全身を震わせて気を失いかけている。
それでも、彼は必死に言葉を紡いでいた。
「ぜひゅ、ごふ、ァ、■■■。■■■!!■■■ッッ!!」
私達に懸命に何かを伝えようとしている。それは、彼の様子から分かる。
でも、伝わらない。
彼の口から漏れるのは、理解不能なノイズだけ。もはや言語という形を成してない雑音に過ぎない。
それでも必死に伝えようとしてくる。
けど、そんな猶予なんてなかった。
陣内忍君の皮膚に、青ざめた斑点がびっしりと埋め尽くされる。彼の目玉がぐるりとひっくり返った。
そのまま、自ら吐いた大量の血によって喉を詰まらせる。
「ぎ、ぃ……………………………………………………」
う、嘘でしょ……
ち、窒息死してる……!?
「忍!!忍!!息をして!!忍ッッ!!」
座敷童が懸命に気道を確保しようとしているが、完全に遅かった。
全身から既に力が抜け落ち、だらりと弛緩している。
目は見開かれたまま瞳孔が開きっぱなしだった。
勝ち筋が、消えた。
私の勝利条件が、失われた。
元より、私じゃ病魔の使役者には勝てない。
だからこそ、陣内忍君に全てを託したっていうのに……
なぜ。
なんで、陣内忍君は全翼機の見取り図を確認できなかったんだ……?
おかしい。
何かがおかしい。
こんな、
―――――――――
……あれ?
今、自分はなんて言った……?
デジャヴ、なの、か……?
私は既に、この『事件』を経験した事がある……?
しかし、その疑問について考える時間はなかった。
希望を失い、力の抜けた私の体を、一気に病魔の呪いが浸食した。
私は絶命し――――
(内幕隼)
ホテルの外にいる機動隊の突入に備え、ちょうど俺が家具や椅子を並べてバリケードを作っていた時だった。
「隼!!」
声のした方向へ振り返ると、身体中を血で染めた座敷童がこっちに駆け寄って来た。
銃で撃たれても新幹線に撥ねられても傷一つない妖怪であるあいつが、血相を変えて慌てている事に最初は驚いた。
でも、違った。あいつが慌てている理由は、自分の事ではなかった。
その両腕に抱えた、少年の事だった。
「――――忍ッッ!!」
慌てて駆け寄る。
座敷童に抱かれた忍は、全身に病的なまでの青痣がびっしりと浮かび上がり、口から血を吐いて意識を失っていた。
「隼、人口呼吸!!私、そういうのできないから!!お願い、早くしないと奴が来る!!」
「落ち着いて説明し――――」
そう言いながら忍の胸に耳を当てて、俺の心臓が止まるかと思った。
心臓が動いていなかった。
それどころか、既に肌が冷たかった。
普段、慣れてしまっているものを忍から感じた。
刑事という職についてから、慣れてしまった『死体』特有の無機物臭さを、俺は感じ始めていた。
「隼、早くして!!早く!!」
「いや、でも、これ…………」
発狂したように、いつも様子からは考えられないような勢いで座敷童がまくし立てる。
だが、現実逃避しようとする俺の理性とは裏腹に、無意識の内に俺の思考が切り替わり始めていた。
俺は、死人に興味を持てない。
サーーーッッっと。
血の気が引いていくような感じで、俺の胸に生まれつつあった焦燥感やら不安感が沈んでいくのが分かった。
忍を死体として無意識の内に認めちまった瞬間に、俺の中のパニックが一気に消え失せた。
「座敷童、忍は誰にやられた?」
「いいから、早く忍を――――」
「誰にやられたんだ!!」
パニックを起こしている座敷童を大声で怒鳴り、静かにさせる。
ゆっくりと深呼吸させる。
座敷童は慌てながらも、
「百鬼夜行って奴らの仕業ね。隼は知らないかもしれないけど、妖怪絡みの国内最大の組織」
「チッ……『菱神舞』側の奴か」
「どうしましょう?忍を助けた後だって、このままホテルに隠れても埒が明かないわ」
「……警察隊と衝突させよう」
「え?」
「外にいる警察隊と百鬼夜行は裏で繋がっている訳ではねえんだろ?だったら、2つを衝突させて隙を見て逃げるぞ」
「無理よ!!ホテルの出入り口は警察隊に封鎖されてるし、ホテルの中に隠れようにも、百鬼夜行の病魔の――――」
座敷童がそう言いかけた時だった。
廊下の奥を突き破って、闇より深い黒い霧が現れた。
「な、なん―――――ッッ!!」
「百鬼夜行の病魔よ!!」
反射的に拳銃を引き抜いた。
手加減しようなんて意識は頭から吹っ飛んでいた。
セーフティを跳ね上げ、引き金を引く。
32口径のリボルバーから放たれた9mm弾は、黒い霧に吸い込まれた瞬間に、腐蝕して消えた。
「――――――は?」
金属を腐蝕させるだって!?
やべえ!!
こいつは次元が違う!!
真っ直ぐ突っ込んできた霧に、俺は相対する技量なんてなかった。
一瞬後には俺の目前にまで迫っていた黒い霧から、ぬっと伸びてきた脚に蹴りを放たれる。
「ご、ぅ、ふ――――――――ッッ!?」
鳩尾を撃ち抜かれて、廊下の壁に激突して崩れ落ちる。
ち、力が入らねえ……
崩れ落ちた俺など気にせず、病魔とかいう野郎が座敷童に接近し、首を掴んで締め上げる。
「痛ッ……!!離、せ…………!!人殺しめ!!」
「先ほどその少年を殺したのは心苦しかったが、同情が通じる状況ではなかった。それより、聞きたい事がある。なぜさっき、その少年は訳の分からぬノイズを口走っていた?」
「知らないわよ!!あなた達百鬼夜行がやったんじゃないの!?」
「……我々に身に覚えはないな。その少年に何かしらの『パッケージ』が働いていたように見えたが……このホテルに、私達百鬼夜行鎖国派以外の組織がいるとは思えぬ。本当に貴様らではないのか?」
「本、当よ!!いいから、手を、離しなさい!!」
首を締め上げられた座敷童がもがいているが、人間であるはずの病魔は、妖怪である座敷童の腕力を相手にビクともしていなかった。
こいつ、マジでやべえぞ……
……というより、今の話はどういう事だ?
百鬼夜行とかいう奴に忍が殺されたと思っていたが、そいつら以外の誰かまで『パッケージ』を使っているだとと!?
インフレも大概にしやがれ。これ以上は日本警察の対応レベルを超えてやがる!!
俺は病魔って野郎から蹴り飛ばされた衝撃で、2人からは距離が離れている。奴は俺に毛ほども脅威を抱かず眼中に無いみたいだしちょうどいい。このまま一旦撤退し、何とかする算段をつけさせてもらうぜ。
「そうね、だったら一つ教えてあげるわ」
座敷童が俺を見てそう言った。時間稼ぎだ。デタラメを言って病魔の野郎の注意を引いて、俺を逃がそうとしている。
今回ばかりは恩に着るぞ、座敷童!!
ずるずると身体を引きずり、俺は奥へ這いずる。1階のモニター室へ入って、監視カメラの映像をチェックする。まずは、百鬼夜行さえ把握できていない『パッケージ』の情報を掴まなきゃならねえ。
「ここ、か」
該当の映像記録を発見して、再生する。
忍がさっきの男に殺されるシーンだった。グロテスクな死に、思わず嫌悪感を抱きかけたが、次のシーンでそんな意識が吹っ飛んだ。
『あれ、おかしい……?おい、どういう事だ、確かに俺は■■■を見たんだ!!ほら、■■■って言ってるだろ、何で■■■って喋れないんだ!!クソ、何が起きてんだ!?■■■、■■、■■■■■■■■■■、■■■■■■!!■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■!!■■■■■■■■■■■!!■■■■■■■■!?』
……忍が、意味不明なノイズを発していた。
「なんだ……これ?」
映像を巻き戻したり、倍速したりしたが、どう考えてもただのノイズだった。
というより、人間の声帯でこんな音を発する事自体が不可能に思えた。そもそも、唇の動きや喉仏の動きが、ノイズと全然合っていない。
さらに映像を詳しく見ると、忍は絵を描いていた。
そう考えても筆順とは違うのに、描かれれる絵は『■■■■■■』になっていた。
「これ、は……情報が書き換えられているのか……?」
そう考えれば、辻褄が合う気がした。
情報の改変『パッケージ』。
それが、忍に襲いかかっていたって事か?
誰が?何の妖怪を使って?
そう疑問に思った瞬間、俺は身近にそんな特性を持つ妖怪がいた事を思い出した。
「―――――コックリさんじゃね?」
ちょうどその時だった。
真横の壁が爆ぜた。
ドゴッッ!!っという壮絶な爆音と共に、病魔を従えた大男がのっそりとモニター室にやって来た。
冗談みたいにコンクリートの壁が爆散し、鋭利な破片が俺の体に突き刺さる。
「ここにいたか、刑事」
病魔の男が、座敷童を俺に思い切り投げつけてきた。
椅子を薙ぎ倒しながら、俺と座敷童は転倒する。
「(何か分かった?)」
もみくちゃになりながら、座敷童が俺の耳にそっと耳打ちした。
だが、応える余裕はなかった。
俺の喉に、太い鋭利な瓦礫の破片が突き刺さっていた。
それを自覚した瞬間、灼熱の痛みが首を駆け抜けた。
い、てえ――――――――――――――――ッッ!!
呼吸が、苦、しい――――!!声が出ねえ!!
「(隼、喉が!!)」
声が出ねえ。悲鳴すら上がらない。
まずい!!
このままだと病魔の野郎に殺される!?
妖怪のこいつなら死にはしないかもしれねえし、俺の掴んだ情報を、何とかこいつにだけは渡さねえと!!
「隠れて何をしていた?」
病魔の野郎がゆっくり歩み寄ってくる。時間はない。
何とか座敷童へ『パッケージ』の正体を伝えねえと!!
俺はポケットから財布を取り出し、10円玉を抜き取る。
それを人差し指で動かす。
座敷童が困惑した表情を浮かべる。
畜生、駄目か!!
『コックリさん』なんだ!!何で声が出ねえんだ!!
くそっ!!もうこれしかねえ!!
激痛に痛むの喉に手を当て、自分の喉から流れる血を拭い、血文字で床に『あいうえお』と書いた。その血文字の上に置いた10円玉を、俺は人差し指で必死に動かす。
頼む!!この動作で伝わってくれ!!
懸命に訴える。
「分かった、わ―――――『コックリさん』、ね!!」
伝わった!!
俺は頷いてみせる。
俺らのやり取りに疑問符を浮かべる病魔の野郎が、俺の首を吊し上げた。
「その状態では辛かろう。殺す気はあなまりなかったが、その傷では助かるまい。せめて楽にあの世へ送ってやる」
喉が潰れたせいで、遺言を残す暇すらなかった。
病魔の野郎の腕から、俺の脳髄へ黒い霧が――――――
(座敷童)
目の前にいる病魔の使役者が、隼を投げ捨てた。
既に隼は病魔に脳を冒され、絶命している。
「で、この男から何か情報をもらったようだが、何の関係がある」
「あるわ。この情報さえあれば、必ずあなたたち百鬼夜行へ一矢報いる事ができる!」
「では、誰に伝えるのだ?」
病魔の使役者が、冷たい声で突き付けてきた。
「陣内忍という学生は死んだ。内幕隼という刑事は死んだ。菱神舞という殺し屋も殺している……じゃあ、次は誰だ?次に誰かに伝えたとして、もはや致命的に手遅れなのだ。もう少し早く気付けば、貴様らに希望があったかもしれなかったものを」
「まだあるわ」
「なに?」
「私には、まだ秘策がある……『百鬼夜行勢試製三九式座敷童』って単語、知ってるかしら?」
その瞬間、病魔の使役者は確かに硬直した。
「その力は失われたはずだ」
「そうよ。だから、破損品のまま私の内に残骸が眠っている」
「……安定管理なんてできぬはずだ。闇雲に振り回せば、己を失うぞ」
「前提が違うわね」
そう言って、私は一言で切り捨てる。
「『自分が死にたくない』っていう前提がそもそも根本的に履き違えている。私は、忍を助けるためには自分の命を懸けられるわ」
「貴、様」
「あなたの敗因はただ一つ……私の覚悟を見誤った事だ」
私は、私の体の中にある一本の芯を意識する。
これを使うという事は、身を亡ぼすという事。
既に過去の事件で、この試製三九式という『運命を司る力』は破損しかかっている。
それでも、
「忍を助けるためだから……」
そう小さく呟いた。
この力を使えば、今度こそ自分という存在が崩壊する事は自覚していた。
それでも、『この展開』だけは認められない。
そんな運命、許容できない。
「待、て!!貴様!!」
病魔が次の手を打つより速かった。
私の中の『試製三九式』が起動する。
ビキキキキッッ!!と。
まるでガラスが砕け散る一瞬前のような、無機質な音が響いた。
そう感じた時には、既に私は死んでいた。
自分の命と……存在と引き換えに、たった一人の少年に全てを託した。
これまでの全ての情報を統括し、因果を無理矢理に重ねて記憶として同期させる。
過去の忍へ、未来の忍の因果を巻きつけて、強引に同期させる。
(頼ん、だ、わよ……)
そうして、私はこの世界から消失した。
座敷童は、消滅した。