「スコール、遂に頭がおかしくなったのか? 男にISは操縦できない。何よりこいつは、五月に偶然鹵獲した篠ノ之束の作った無人機で、そもそも人間には操縦できないだろ」
「背部を見てみなさい。装甲が開いて、カプセル式の搭乗空間があるでしょう?」
確認してみると、確かにカラミティの背中の装甲は外側に開きその中を露わにしている。内部は人一人が入るのがやっとの非常に狭い空間で、普通のISとは全く構造が違っている。
「アイン。あなたの言う通り、男性にISは操縦できないわ。でも、強い意志さえあればISを支配することは誰にでもできるのよ」
「ISを、支配する……?」
「そうよ。ISコアには『人格』と呼べる自我が存在するわ。この無人機は、その自我によって判断し、自らを動かしているの。だから、その自我を乗っ取ってしまえば――――男性でも、ISを動かすことができる。それはとても危険で辛いものだけど……それでも、する?」
スコールが、いつもより優しめの声色で俺にそう訊いてくる。
なるほど、これで合点がいった。スコールは俺の復讐心を焚きつけることで、気持ちを昂らせようとしていたのだ。
ISを操るには強い意志が必要と言っていたが、その昂った俺の復讐心を利用しようとしていたのだ。
しかし、俺にはそんな必要はない。俺はプロだ。感情で仕事はしない。仕事ならば感情すらも利用する、ただそれだけだ。
「当然だ。あまり俺を失望させるな、スコール」
口元を僅かに吊り上げながら、俺は低い声でそう答えた。
スコールは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに何もかも見透かしたような冷たい表情に戻って俺の眼を見た。
「中に入ったら、後ろ側にあるプラグをこのヘッドギアに挿しなさい。これはあなたの意識データをカラミティのISコアに流入させる装置よ」
スコールから装置を受け取り、装着してから黒いISの中に乗り込む。そして後頭部にプラグの端子を挿し込み、装甲を閉じようと手を伸ばした。
「…………」
そんな俺の姿を、ツヴァイは黙って見つめていた。いつもと何ら変わりのない無表情。普段なら気にせずに任務に臨むというのに、今回ばかりは、それが妙に気になった。
「心配するな、ツヴァイ。俺は、死なない」
ツヴァイにそれだけ言い残し、俺は装甲を閉じた。
中は真っ暗で、自分の手すらも見ることができない。そんな中、スコールの声が耳に飛び込んできた。
『アイン、聞こえるわね。今からあなたの意識をISコアと同期させるわ。むこうも必死で抵抗してくるはずだけど、それを抑えこんで、完全に押し殺すのよ。そうでなければ、あなたの精神は破壊されてしまうわ』
「たかがIS風情が俺の精神を壊すだと? 有り得ない話だ。スコール、今すぐ始めろ」
スコールの心配を一笑に付し、俺は今すぐ装置を起動させるよう促した。
「じゃあ……始めるわよ」
バチィッ! と、脳に直接電流を流されたかのような衝撃が頭の中を駆け巡り、何かがそこに流れ込んでくる。
ドロドロした汚水のような、決して気持ちの良くない奇妙な感覚が襲い掛かる。
(これが、ISの自我、だと……!?)
底無しの沼に足を取られたかのように――――呑まれる。この、黒い奔流に!
――いっそ、このまま流れに身を任せるべきなのではないかという考えが脳裏をよぎる。その瞬間、苦痛が一気に引いていくような気がした。
(ふざ、けるなァァァァァ――――ッ!!)
十年前のあの日のことを、俺は必死に思い返した。すると、心の底から無限に沸き上がってくる。この『黒』より遥に黒い、復讐心が!
眼前に、さっきまで俺を苦しめていた存在が小さく丸くなっているように思えた。俺はそれを両手で掴み、ありったけの力を持ってして握り潰す!
バギャァッ! と生々しく無惨な音を響かせ、黒い存在は完全に俺の前から砕け散った。
すると、急に世界が広がり、明るくなる。そして、目に映る光景は――格納庫の中だった。
『アイン、なの……?』
スコールの驚いたような声が聞こえる。俺は声のした方を振り向いて、そして彼女たちを見下ろした。
俺はこんなに身長は高くないはずだ。なのにスコールは俺を見上げ、俺はスコールを見下ろしている。戸惑いながらも、俺は自分がアインだと伝えるために頷く。
『……自分の姿を見てみなさい』
そう言われ、俺は自分の手を見てみる。するとそれはとても巨大な、重厚な金属でできた機械の手だった。
「なんだ……どうなってるんだ!?」
『あなたは今、IS自体になっているのよ』
俺の聞こえないはずの叫びに答えるように、スコールが答える。
試しに体のあちこちを動かしてみる。それは本当の自分の体のように精密に動き、違和感は全くなかった。
――――俺は今、ISになっている――――
そう、強く実感した瞬間だった。
『早くその力を試したいでしょう? 対戦相手を用意してあるわ』
パチンッ、とスコールが指を鳴らすと、格納庫のシャッターがゆっくりと上がり、IS対戦用のフィールドが姿を現す。
(あ、あれは……!)
フィールドの反対側にいたのは、アメリカの第二世代型IS『アラクネ』を駆るオータムだった。俺の姿を見て意外そうな表情を浮かべながらも、すぐに口元を愉しそうに歪ませる。
「主装備は両腕に備え付けられた高出力ビームカノンと、両肩部のビームガトリング、拡張領域からバスターソードを召喚できるわ」
スコールの言葉に合わせながら、武器の一覧画面をアイタッチで開いて確認する。エネルギーは満タンで、確かにバスターソードも呼び出せるようになっている。
『エムもどこかで見ているわ。それじゃあ、胸を借りるつもりで思い切り模擬戦をしてきなさい』
スコールはそう言って下がり、ツヴァイの隣に立った。一方で俺はシャッター扉を越えてフィールドまでゆっくりと歩き、オータムと対峙する。
『なんだあ? この前拾ってきた無人機じゃねえか……スコールのやつ、私に何をさせたいんだ?』
どうやらオータムは俺が乗っていることに気付いていないようだ。試しに回線でも開いて驚かせてやろうと思ったが、やり方が分からないので今はやめておく。
『アイン、聞こえる? 今、あなたの身体の神経から筋肉への命令はカラミティに反映されるようになっているわ。でも声は出せて回線も繋がるはずだから、試しに返答してみなさい。いつも使っている物と同じ感覚よ』
俺は潜入任務などで、ISの通信に用いられる特殊な通信機器を利用している。慣れれば、あちらの方が既存の物より素早く連絡が取れるからだ。
それと同じ要領で、俺はスコールに通信を繋いでみる。
「アインだ。スコール、聞こえるか?」
『上出来よ。それじゃあオータムも待ちくたびれてるみたいだし、模擬戦を初めてちょうだい。何か異常があったらすぐ通信を入れるか、アクションを起こして。模擬戦を中断して救助にむかうわ』
「了解」
『それじゃあ、始めるわよ。……オータム、始めて!』
『待ってたぜ!』
水を得た魚のように、オータムは嬉々とした表情で俺とカラミティに向かって突っ込んでくる。
アラクネの強みは、背部から生えている八つの装甲脚にある。これはそれぞれの先端が刃物と銃器の切り替えが可能な可動式の装備で、近接戦において圧倒的な手数のアドバンテージを得ることができる。例えば、装甲脚四本を使って敵の剣戟を防ぎ、残り四本と操縦者の両手による一斉攻撃で大ダメージを与えられるのだ。
だがそれは同時に短所でもある。いくら攻撃できる『手』があろうとも、人はそれをいくつも同時に扱うことはできない。繊細な動きを要求する分、集中力が必要となってくる。
だが、その短所もパターン化すればかなり軽減されてしまうので――――
「喰らいな木偶人形がッ!」
装甲脚八本のうち六本を砲撃モードに変形させ、弾幕を張りながらオータムは接近してきた。
無人機の装甲は分厚い。なのでこの程度の衝撃ならそこまで深刻なダメージに成り得ないのだが、足が止まってしまう。
「オラオラどうしたぁ!!」
懐に潜り込まれ、俺はオータムの装甲脚の爪に両肩部を引き裂かれる。そのままオータムは弾幕を張りながら距離を取り、間合いを取られてしまう。
(ヒットアンドアウェイかよ……チマチマと面倒くせえ…………!)
俺は右手にバスターソードを構築させ、ブースターを使って接近攻撃を試みる。
超重量の大剣を上段から振るうが、オータムは軽やかにそれを避ける。そして背後から装甲脚の爪によって、背部装甲を斬りつけてくる。
俺はすぐに後ろを振り向き、左腕のビームカノンを発射させた。高出力の熱線はオータムの身体にわずかに掠る程度で終わるが、オータムの苦虫を噛み潰したような表情から、その威力は相当なものだと推測される。
「調子乗ってんじゃねえぞッ!」
至近距離から弾幕を張りながら装甲脚の間合いへと入るオータム。だが俺は下手にそれを防ごうとはせず、逆に彼女を迎え討った。
右手一本でバスターソードを上段に構え、間合いに入ってきた瞬間を狙い、振り下ろす! 前に進んでいるオータムは急な進路変更はできないため、装甲脚を使ってバスターソードを受け止めようとするが、超重量の剣はそれを一気に五本も破壊した。
だが、五本止まり。残り三本の装甲脚を用いて、何とかオータムは攻撃を防いだのだ。ガッチリと剣は固定され、ビクともしない。
蜘蛛に、捕まった。だが、それと同時に――――捕まえた。
俺は残った装甲脚のうち二本を巨大な手で掴み上げ、両肩部のビームガトリングを乱射する!
超至近距離からの連続ビーム攻撃を受けたアラクネのシールドエネルギーはみるみる減っていき、一瞬にしてレッドゾーンまで削った。
あともう少し。そう勝利を確信した俺だったが、オータムは最後の最後で自分の手に直接バズーカ砲を構築させ、対IS用榴弾を撃ち放った!
ズドォォンッ! と巨大な爆炎と轟音が響き渡る中、俺は何とか背部のブースターを噴射させてギリギリの姿勢を保ち左手でオータムの身体を掴んだ。
そしてそのまま巨大な鉄拳を振り抜き、オータムが咄嗟に防御に回した残り三本の装甲脚を破壊させながら、俺はオータムを殴り飛ばした!
ISを操縦するとき、操縦者が頭で判断してからISをがそれを実行するまでの間には僅かなタイムラグがある。これは人によって様々で、IS適正と称してその反応速度を段階的に分けている。
オータムはB相当の適性があるらしいが、ISのは体の動きに合わせてパワーアシストを発現させる。しかし、俺の場合は体は動かさずに直接ISの腕や足を動かすため反応が極端に速い。
この僅かな反応速度の差と、オータムが油断していたこと、ISの火力と防御力の差が、この勝利のカラクリだ。
フィールドの床に叩き付けられたオータムは苦痛に顔を歪めつつも、ISを捨てて自らの足で立っていた。
対する俺は……PICによってなんとか宙に浮遊しているものの、ISの制御が効かなくなりつつなっていた。
俺の精神力の限界ということなのだろうか。ISでの不慣れな戦闘のストレスは、この状態だと輪を掛けて俺の精神を削ってくる。常に高い水準で集中力を保持し続けるのは、至難の業だ。
(クソ、コントロールが……ッ!)
俺は真っ逆さまにフィールドの地面に落下し、そのまま気を失った。