目が覚めるとそこは医務室だった。硬いベッドの上に寝かされていた俺は、まず身体を起こして自分の状態を確認する。
右手首と額に包帯が巻かれているが、大した傷ではなさそうだ。数日前、エムが独断行動をとった際に治療用のナノマシンをほとんど使ってしまったので、このような前衛的な治療になってしまったのだと思われる。
「……ツヴァイ?」
部屋が薄暗かったせいで気づくのが遅れたが、俺の寝ていたベッドに寄り添うようにしてツヴァイが椅子に座りながら寝息を立てていた。寝顔には無表情も何もないので、こうして見ると普通の女の子のように見えてくる。
俺はツヴァイの頭を優しく撫でてやった。
――――十年前、あんな悲劇さえなければ、俺達はどうなっていたのだろうか――――
俺達の両親は亡国機業の人間で、親族の存在や住所も洗われているだろうが、基本的に個人がそれぞれ違った目的のために徒党を組んだのが亡国機業なので、加入、離脱もそこまで難しくはない。
もしかしたら、俺は今みたいに組織の工作員として暗躍していたかもしれないし、組織とは何の関わりもなく普通の高校生になっていたかもしれない。
ツヴァイだって、もっと普通の女の子として、人並みの幸せを手に入れることができたはずだ。
――――篠ノ之束は、それを奪った――――
未来を、幸福を、奴は俺だけでなくツヴァイからも根こそぎ奪っていった。だからこそ、俺は立ち止まるわけにはいかないんだ。
「――邪魔だったか?」
ノックもなしに入ってきたのは、エムだった。廊下の光が開いたドアから差しこむが、エムはすぐにまたドアを閉め、ベッドの近くに寄ってくる。
「……今、何時だ?」
「朝の七時一三分だ。お前が気を失ってから二十時間以上経っている」
「丸一日、俺は気絶していたのか」
少々、寝過ぎたからだろうか。頭がクラクラしている。昨日も多めに寝たし、体が鈍ってしまった。
「ツヴァイはあれからずっとお前の傍にいた。今は疲れて寝ているようだがな」
「…………」
ツヴァイなりに、心配していたということなのだろうか。こいつは自分の意見を持たないから、そういう感情があるのかどうかも微妙なんだが……。
「アイン、右手の甲を見てみろ」
「……?」
エムに言われるまま、俺は右手を上げて腕時計を見るような仕草をした。
「なんだ、こいつは?」
俺の右手の甲には、黒い手甲が付けられていた。甲の中心部分には円の中にX字のマークのようなものが刻まれていて、見かけよりは軽量だ。
「お前のIS、カラミティだ。呼べば、あの黒いISが展開する仕組みになっている」
「アレは俺から乗り込んで、ISの自我を支配しないと動かないんじゃないのか?」
「もう既にISコアの意識は破壊されている。その空いたスペースにお前の意識をリンクさせ起動すれば、男のお前でもISを展開することができるそうだ」
「そりゃあいい」
あんなのを毎回やらされていては、気が滅入ってしまう。それにこのように小型化されれば、隠密任務の時でも邪魔になりにくい。
「それと、スコールから伝言がある」
「なんだ?」
「今夜、篠ノ之束の研究所と思われるドイツの施設に私とスコールが行く。お前は別の場所で派手な行動をとって、ドイツ軍の注意を引きつけて欲しいそうだ。……良かったな、アイン。この作戦が、お前の復讐の第一歩になるかもしれないぞ」
「そうか――――」
俺はベッドから降り、パイプ椅子に掛けられていたジャケットを担ぎながら、部屋のドアノブに手をかける。ツヴァイも目が覚めたようで、無言で立ち上がって俺の後ろによってきた。
「思ったより落ち着いているな」
腕を組みながら、エムは得意げな表情でそう言った。
「そういうのはガラじゃねえんだよ、オータムじゃあるまいしな。それに、俺は復讐なんて目論んじゃいない」
ツヴァイとエムを引き連れながら、俺は医務室を出た。そして、まっすぐ自分達の部屋に戻る。
(そういや、あいつらは今頃何やってるんだろうな……)
ふと、十年前に出会った2人の遊び仲間のことを思い出す。まあ、心配した所でどうにかなることはないのだが。
「――アイン?」
ツヴァイが覗きこむように俺の顔を見上げながら、俺の名を呼んだ。
「ん? ああ。どうした、ツヴァイ」
「アインが、ぼーっとしてたから」
「らしくないな。今度の作戦の事で不安でもあるのか?」
「いや……そんなことじゃない。気にしないでくれ」
――――もしも、篠ノ之束が変な気を起こらなければ……俺の家族が、あの事故に巻き込まれなければ…………思わず、俺はそんな事を考えてしまっていた。