平家の落人伝説や山深くに息づく妖怪伝説などをからめていきます。あまり深く史実に沿ったりはしません。
永く人間を見てきた存在は、やはり暇をもてあますのでしょうか(^^;;;
ちょこっと更新ついでに加筆訂正しました(^^;;;。
これからときどき更新します(^^;;;
山深くに息づく者
ここは、四国は徳島の西部、国道から,ほとんど1時間以上分け入った山間部。数年前まで人の生活があった集落がある。それも、轟々と流れる情報のなかで忘れ去られてしまい、その集落に縁がある者すら訪れなくなって、ほぼ一年が経とうとしている。急峻な傾斜地を蛇のようにのたくる道路を登った集落の中心部には、朽ちかけようとしてる小さな神社があった。
季節は、夏になろうとしている。国道沿いや平坦部と言われる水田があるような場所は、蛙の鳴き声が夜中の放送終了後の砂嵐のように響く。以前は道沿いにたくさんの家々があり、隣接する村や町へ行き来する人々で賑わっていたが、すでにそう言った人の流れも途絶えて数十年が経った。その集落を登り切った場所には、高原と言うことで地域興しの旗を掲げ、過去に賑わったキャンプ場もあるにはあった。しかし、これも年を追うごとに利用者が減り、行政コスト削減で仕分けの対象になり閉鎖され、管理人も居なくなって久しい。
すでに高齢になってしまった住人は、子どもの住まいに移ったり、高齢者施設に入所してしまったりで、誰も訪れなくなってしまった。
「・・・寂しいのぉ・・・。」
どこからともなく声がした。誰も聞くものも居ないというのに。
「うむ、ちっちゃなキヨの坊も、この間、町の方へ行ってしまったのぉ。」
「毎日のちょびっとじゃが、気持ちのこもった供え物と、祭りの時期の酒が美味かったのじゃが・・・。」
声は数人分聞こえてきている。時は、すでに夕刻と言って良い時間である。今日は曇り空で、日が傾くのも早い。
「我ら山の精も、また眠る時期かのぉ。」
「人がまだ居なかった・・・、そうじゃのぉ、1000年ほど前に戻るだけじゃて。」
風が吹き、何かが舞い降りる気配があった。
「あれは、いつだったか・・・。我らも若かったが・・・。傷だらけの鎧武者達が十数名、女子どもを囲むようにして、突然やってきたのぉ。静かなこの地が穢されたような気がして大層怒ったものじゃった。」
ざわざわざわ、と何かが走り回るような風が吹いた。そのまま谷の方に行き、谷川を流れている水を蹴立てる音までする。
「そうじゃ、そうじゃ。どこから逃げてきたのか、酷い姿だったなぁ。」
神社に酒の瓶が三本供えてあった。このあたりの量販店であれば一本数百円程度で手に入る酒だった。その酒の三合瓶が、ふわりと光る。そして、光った姿形がそのままふわりと浮かび、小さな神社の境内の真ん中あたりに降りた。元の酒瓶は、そのまま供えられている。どこからともなく現れた、木の杯がいくつか、その酒瓶の形に光るもののそばに並ぶ。光る酒瓶から液体に見える物が木の杯に注がれた。
「鎧はちぎれ、手に持つ刃はほとんどが折れておった。・・・逃げてきた時に子どもも亡くしたのかのぉ・・・、肉の衣を纏っていない小さな光がいくつか付いてきておった・・・。それに、大事そうに大きな箱も持っておった。」
「気の毒にも思ったが、やはりワシらの山じゃし・・・大風を吹かせて、恐ろしい陰でも見せれば逃げていくだろうと思ったが、あの人間達はワシらを鎮める真言を持っておった・・・。この社を作ったのも、あの人間達じゃのぉ。」
「そうであったの・・・、矛を持つ者が、突然の来訪の許しを請い、この地に住まわせてもらえるよう、いにしえの契約真言で言われれば、我らは認めるしかないしなぁ。」
酒の杯がふわりと浮き、注がれた光るものがつるつると減っていく。
「小さな子どもも連れておったなぁ。着ている物がちごうて、この地にたどり着いた者はすべて頭を垂れておったな。しかし、あの子もこの地にしばらくおるうちに、のうなってしもうた。蛙の鳴く声が好きじゃと可愛らしい声が懐かしいな。地を選び、平らな片手を広げたくらいの石の上で小さな骸を火葬しておった。」
さらに、いくつかの陰が、小さな朽ちかけた神社に集まったようだった。木の杯が5つほどに増えている。木の杯に注がれた酒が減っていく。供えられている酒瓶が「ぽ」と光り、先ほどと同じようにその姿を写し取った光りが、神社の境内中央に並べられた。といっても三合瓶が二本分である。
音もなく、5個の木の杯に光るものが注がれ、おのおのが減っていく。物音は、谷川のせせらぎの音と、わずかな風にそよぐ木の葉の音、それぐらいしか聞こえない。
「それに、このわしらが座っておる土中に、あの者達が持ってきた箱も埋まっておるしな。もはやだれも、このことを覚えている者はいなくなってしまったな・・・。」
何かを寂しがるような気配と、当たり前のこととして受け入れようとする、そんな気配もあった。
「・・・酒も尽きてしまったな。」
ほのかに光っていた、酒瓶はすでにもうなくなっている。しばらく黙りこくる五つの気配だった。
「・・・おや、珍しい。誰か来るようじゃのぉ。」
こんな山奥には珍しいクルマの音がしている。下から登ってくるようだった。
「どれ、皆の者、祭りの夜じゃが半時ほど身を隠すとしよう・・・。」
「もう、解散でもよいのではないかえ?」
少し声が高い、そう華やかさを感じる女性の声もあった。
「まあ良いではないか。何もないが、思い出話もこれからはする機会もなくなるだろうしなぁ・・・。」
クルマが下から登ってくる音に急かされるように、五つの気配は小さな神社の境内から消えていった。
「ばあちゃん、この道でええんか・・・?急に家を見に行くって、こんなにお菓子とお酒を買ったけど・・・。どうするんだよ、ほんまに・・・。」
今、はやりの屋根が白で、ボディがスカイブルーの軽自動車がその神社のある集落に這うように登ってきた。道は通るものも少なくなり、雨が流れる場所はうっすらと緑色のコケが生えていたり、道に積もった落ち葉も掃かれることもなく、通るクルマに吹き飛ばされることもないので、雪のように降り積もったままだった。
そんな道を田舎にはまず似合わない色のクルマが、ときどき、コケや落ち葉にタイヤを滑らせながら登っていく。集落と言っても、どこの家も明かりは点いていない。限界集落はとうに越え、無人となった集落だった。丸い目のヘッドライトが、静かだった集落の日暮れをかき乱すように、闇に沈みゆく家々や荒れた畑を薙ぐように照らし出す。そのクルマには、20台後半くらいの男性と、70代になったばかりくらいの女性が乗っていた。女性の方は、前方を見据えたままで口数は少ないようだった。クルマのリアシートには地元食料兼衣料品量販店の名前の入った大きな袋二つが揺れていた。
「おそうなってしもうた・・・。祭りじゃったのに・・・。」
女性は小さな声で、ぶつぶつとつぶやいた。
「え、なに?ばあちゃん」
迷惑、と顔に書いていそうな声音で男性は女性に問い返した。
「・・・ええから、黙って神社に行ってくれ。」
地味だがこざっぱりとした外出着を着た年配の女性が助手席に座っている。
「父ちゃんも母ちゃんも・・・。いつもは家に帰るって言うばあちゃんを止めるのに・・・。今日に限って・・・・・・。それにさっき家に行くって言わんかった?」
男性の、特に父は、真面目な表情でばあちゃんと行ってこいと言った。いつもとは違う迫力があって、言い返すことも出来ず、言われた役目を引き受けた結果が今の状況だった。
「もう間に合わんかもしれん。まっすぐ神社に行ってくれ。」
ばあちゃんと声をかけられている女性は、厳しい顔つきで、集落の中心部分を見つめている。道の都合で、つづら折りの道をクルマが上っているので顔を左右に振りながら集落の中心方向の一点を見続けているようだった。
クルマは、集落の端の谷まで行きそこを鋭角に切り返して、さらに細い道を上ると神社への階段が見えた。
「ばあちゃん、これ、そのまま行くと、たしか境内に出られるよな?。」
道は神社の裏方向へ行く道と、もうしばらく行った先で二方向に分かれている。男性も子どもの頃の記憶があったようだった。
「だめじゃ、そこの角に駐めて、鳥居をくぐって、手水鉢で手を清めて、境内まで歩くんじゃ。」
女性は、クルマのドアの内側取っ手に手をかけながら、今にも降りようとしてそう言った。慌てて、男性はクルマを道の端に寄せて駐める。足踏み式パーキングブレーキを踏み込む音が車内に響く。
「え~、こんなに持ってぇ・・・。それに、階段かなり長いじゃん。」
「ほれ、ぐしゃぐしゃ言わんと階段行くぞ。」
女性は、高齢に見える割に元気に歩いて行く。杖をつく様子も無い。その後を男性が、両手にパンパンにふくれた買い物袋をクルマから引きずりだすように持ち出して、歩き出す。一升瓶がいくつか入っているのか、甲高いガラスのぶつかる音が響く。
「こりゃぁ!、せっかくの酒じゃ、割ったら承知せんぞ!。」
女性の鋭い怒声が他に人の気配の無い、神社境内への階段に反射して老女の声と思えないほどに威圧感が出ている。男性は、びっくりしたように女性を見て、ぞんざいに持っていた袋を持ち直した。境内までは一度直角に折れ曲がり、平らな踊り場を経て、また石の階段が長く続く、下からだと、100m以上あるようだった。男性は、するすると歩いて昇っていく女性の後を付いて階段を上がっていくが、重い袋を持っていることもあって、さすがに階段中程で、息が上がってしまっている。それでも70歳代も後半かと思わせる女性の足に負けるのは悔しいのだろう。ほとんど意地になって足を運んでいた。
神社境内への石段は、手入れをされなくなってまださほど経たないのに苔があったり、一部崩壊しかけていて不用意に歩くと足を踏み外しそうになる。しかも手すりのようなモノもない。地域で補修作業などをする人々が居なくなるとこう言った建物は比較的簡単に壊れ始める。
「やあ~~っと着いた。」
息も絶え絶えと言わんばかりに、肩で息をしている男性だった。それでも、若いからか、数十秒もすれば息も整ってくる。女性は、長い坂などなかったかのように神社の境内をまっすぐ社殿に歩いて行く。
「ばあちゃん待ってよ。」
男性は一度足下に置いた、買い物袋を持ち上げて女性の歩く方に行こうとした。
「そこで待っておれ。」
高齢の女性は、神社の社殿前に立ち、二回深々とお辞儀をして柏手を2度打つ。そうしておいて静かに祝詞のようなものを唱え始めた。夕暮れでもあり、どんどん暗くなっていく。神社も夕闇に溶けていくようだった。そのとき、一陣の風が社殿の前をつむじ風のように舞う。うっすらと境内の土埃が渦を巻くのが見えている。境内奥から順に何者かの気配が女性を囲むように上空から降り立ってきた。その気配は5つほどあった。
男性は、その様子を見て何もできないようだった。とにかく、日常と違うことが起こっていた。驚いて男性は声を上げようとするが、ぱくぱくと口が動くばかりで声が出ないようだった。
黒い影越しに、高齢の女性は後ろに振り返り、深々と、ゆっくりとお辞儀をする。5つの黒い影は、境内に落ちてくる闇と同化して、一種の煙がわだかまったような塊になった。ちょうど座り込んだようにも見える。
「京介、ここへ、酒を持ってこい。」
張りのある声で高齢の女性が言った。何かの呪縛が解けたように男性はつまずくような動作をしつつもなんとか荷物を取り落とさずに、黒い影を避けつつ境内の端っこから本殿前に歩いて行った。神社の本殿前の縁側にその買い物袋を置くと、高齢の女性が中を改め酒の一升瓶を持ち、野菜、乾き物、尾頭付きの魚を黒い影が座った真ん中に大きめの紙皿に載せて、酒と一緒に置いた。酒は一升瓶が2本あった。また一升瓶が、ぽ、と青白く光り、一升瓶の形をした光が陰の方へふわりふわりと移動していく。他の野菜や魚も同様だった。まるで命が抜け出していくように魚なら魚の形、野菜なら野菜の形でふわりふわりと黒い影太刀の方へ移動していき、中央に着地する。乾物なども同じだった。一升瓶の光は、黒い影の前でとどまりつつ、5つの陰を一周した。魚や野菜は乾き物は少しずつ光が光量はそのままに、まるで食べられているかのように減って行っているように見える。
高齢の女性は、神社の社殿前黒い影に向いて立った。ゆっくりとした動きの舞を始める。舞いながら5つの陰の中心に入っていく。
「孫殿だな。我らと共に飲もうではないか。」
黒い影の一つが男性に呼びかけ、ぱんっと手をたたいたような気配があった。
「あ!」
今まで黙っていた男性が声を上げた。神社の境内は一瞬にして、春の陽気に包まれた明るい空間になっていた。境内より遠くは白くかすんで見えない。5つの陰は、それぞれドラマか何かで見た、昔の白い束帯を着け烏帽子をかぶり、顔は細く目と口だけを描いた面をつけている。女性の影もあったようで上は白い着物で赤い袴の巫女さんの格好をしていた。同様な面をつけている。
「すまぬの。人が直接我らの顔を見ると命がなくなってしまうでな。」
手前の烏帽子をかぶった黒い影だったモノがそう言った。
「ほれ、守護神様の御前じゃ。酒をついで回らぬか。そして京介も飲め。」
ころころと耳に心地よい声がそう言ってるのが聞こえる。周りを見回すと高齢の女性の姿はない。その代わりに、年の頃20になるかならないかの美しい巫女さんが居た。
「ばあちゃん・・・?」
巫女の格好の若い女性は、何も言わずわずかな笑みだけ残して、重力など関係ないかのようにふわりふわりと5人の面をかぶった者達の周りを舞っていた。真ん中あたりでクルクルと回ってみたり、ピタリと動きを止め、ゆっくりと足と手をあげ針が土に刺さったように片手片足を上げて静止する。
「孫殿、ほれ、もう酒が無いぞ。」
とりあえず、青年は言われたとおりにもう一本の一升瓶を抱えて注いで回る。こちらもじゃ、こっちにもおくれ、と結構忙しく一升瓶を抱えて回った。そのうち、
「注ぐだけでは面白う無いだろう、おまえも飲め。」
面の男が飲んでいた、大きめの杯を手渡され酒を注がれた。この青年も酒は嫌いな方では無く、飲めなくも無い。注いでもらって、一礼して両手で、くい~っと空けた。
「!」
甘露だった。青年が今まで味わったことの無い酒の味だった。
「良い飲みっぷりじゃ、それ、もう一杯。」
まさに五臓六腑に染み渡ると言っても過言ではない酒の味だった。そこらの居酒屋で飲む酒とさほど変わらない物を買ってきたはずだった。しかし、この不思議で暖かな空間
では全く違う酒になっているようだった。
「キヨの坊の孫殿か・・・。跡継ぎかのぉ。」
巫女の姿の女性が踊りをやめて、そうつぶやいた面の者に耳打ちしている。
「仰せの通りでございまする。我の命ももはや幾ばくもありませぬ。この者は気付いてはおりませぬが、ここに入ることができたのが何よりの証でございます。ただ、この地で育っておりませぬ故・・・」
「そうか。いや、我らも同様。ならば今宵は楽しもうぞ。」