斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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2#06

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 ――休日にしては、いつにも増してかなり寝覚めの悪い朝だった。

 何度目かの目覚めからようやく身体を起こせるようになり、わたしは重い足取りで洗面所へ向かい顔を洗ったのだが、鏡に映る顔はだいぶ酷く、お世辞でも可愛いと呼べる顔ではなかった。

 洗顔を終え、自室に戻り携帯を確認すると着信とメールが何件か来ていたので、一通り確認した後に思わずため息を吐く。

 内容は全て『可愛いわたし』と遊びに行こうというお誘いばかりだった。ただでさえよくわからない感情に苛立っているというのに、本文を飾る無意味で無価値なデコレーションや絵文字が余計にそれを煽る。

 それが意味するのは、自身が作り上げてきた結果だと充分に理解はしているが、それでも苛立ってしまう。

 以前までのわたしならば、今日の気分で荷物持ちとして適当な相手を選び、媚びるようにわたしを振りまき、その結果に満足していつもどおりの休日を過ごすのだろうが、今は違った。

 特に奉仕部の三人と関わりを持ち、せんぱいの言葉に心を揺さぶられ、わたしらしくない行動をした。それがわたしにもたらしたものは、こういった仮初めの馴れ合い自体が間違っていると思うようになったこと。

 きっとそれも、誰かにとってはまぎれもない“本物”と呼べるものなのだろうが、わたしにとっては違う。その“本物”は勝手に抱いた幻想を勝手に自身で膨れさせて、それに酔って錯覚して、勘違いしているだけの“偽物”だとわたしは思う。

 だからわたしは、折り返しの電話もメールを送ることもせず全て無視して、携帯をベッドに放り投げた。

 

 ――そういうのは、いらない。

 

 わたしは化粧をして、春らしい服装に身を包み、一人で出掛けることにする。

 ただ、いつものわたしと少し違うのは、今のわたしにとって何よりも大切なものが、昨日と同じように前髪についていること。

 そうして公共機関を使った後、ぶらぶらすることもせずに目的地のアクセサリーショップまで辿り着く。

 途中、わたしにおぞましい何かを貼り付けながら声をかけてきた男が何人もいて、全て適当にあしらった。それでもしつこくつきまとってくる男に対しては、追及を許さないように人気の多い建物へ逃げ込むことでやり過ごす。

 自身の容姿の良し悪しに嫌気がさす瞬間というのは人間誰しもあると思うが、それはわたしにも当てはまる。

 ――そう思うのは、きっと今のわたしだからこそなのだろう。

 さっきまでの出来事に心底うんざりしながらも、アクセサリーショップで目的のアクセサリーを物色する。

 わたしの好みであり、目的を阻害することもなく役割を果たしてくれそうなデザインの物を探すと、なかなかよさそうなものを見つけた。

 問題のうちの一つは値段。値札を確認すると決して高くはないが、安くもないくらいの値段だった。

 もうひとつの問題。それを店員に確認し、わたしに合うものがまだ残っているか尋ねると、あるとのこと。

 他に探してみたが、これの他に合格と呼べる物はなさそうだった。よし、これにしよう。

 会計を済ませると、そのままつけていくのかどうかを聞かれたので、それにはいと答え、身につける。まぁ、これでも多少は役に立ってくれるだろう……。そう思い込むと、気分がいくらか晴れた気がした。

 そうして、いつものわたしと違う部分は、二つになった。

 さっきできたばかりのもう一つは、左手の薬指で光るシンプルな可愛らしい小さな虚像であり、そして“偽物”。

 わたしはアクセサリーショップを後にして、少しだけぶらついたが買いたい物も特になかったので、帰路につく。

 自宅に戻り、やるべきことを済ませ、日課を終えれば、またいつものわたしを演じなくてはならない。そのことに少し気だるさを感じながらも、天井へ視線を向けたまま一人呟く。

 

「明日、どうなるのかなぁ」

 

 そのままわたしは静かに目を閉じると次第に意識は薄れ、溶けていく。

 ――次に目を開けたのは、携帯のアラーム機能がわたしを呼んだ時だった。

 

 大半の人間が、それぞれの場所へ向かい、偽ることのない自分から社会や周囲にとって必要な自分を求められ、それに切り替えることを強制させられる週の始まり――月曜日。

 その言葉の響きは、一般的な生活サイクルを刻む人間にとっては間違いなく憂鬱になる、というよりかは、聞きたくはない言葉である。

 前日の日曜日にそれを聞いてしまえば、人によっては一瞬にして憂鬱になってしまうほどの破壊力を秘めている。

 わたしももちろんそれに属する人間ではあるのだが、最近はせんぱいに会えると考え方を変えることにした結果、あっさり気持ちが逆転してしまうあたり、自分は案外単純なのかもしれない。前も別の意味で楽しくはあったけども。

 そんなことを考えながら鏡を見ると、今日のわたしの顔は昨日より――ではなく、いつもどおりの可愛らしいわたしの顔になっていた。

 どうやら防衛本能からか、オートで何らかのスキルが発動したらしく、そんな自分がちょっと怖い。

 身支度を済ませ、もう着慣れた制服を着た後にちょっぴりわたしらしさを加えた後、忘れずに大切なものを前髪につける。

 ――そして、もう一つも身につけた。

 生徒会長のわたしは生徒の模範となるべくこういったものは避けるべきなのだが、実際一部の人間は身につけているし、それを咎められていた様子は今までなかった。だからと言って“みんなで渡れば怖くない”がいいものかどうか問われれば、この場合は決していいものではない。まぁ、最悪何か言われたら外せばいいだけの話で、強引ではあるが、納得させられる理由も用意してある。

 それに、これは一歩間違えば相手の解釈次第では諸刃の剣にもなるものだが、逆に効果絶大になる可能性も秘めている。

 期待と不安がごちゃ混ぜになった心情でわたしは玄関に向かい、どこか重く感じる扉を開いた。

「行ってきまーす」

 

 一度振り返り、お母さんにそう告げた後、わたしは通い慣れた道を歩き出した。

 

****

 

 学校にいつもの時間に着くと、それなりの数の生徒がわたしより早く来ていたようだった。

 噂に関しては土曜を挟み、下手な行動を起こさなかったおかげか特に悪化はしていないようで、その事実に胸を撫で下ろす。

 女の子の何人かはわたしの左手の薬指に気づき、ある者は驚きの顔を、ある者は底意地の悪そうな顔を、ある者はその両方が混じったような顔をしていた。

 ヘアピンに関しては、わたしは女の子だから持っていても不自然ではないという理由からか、興味を惹かれているようには見えなかった。

 それでも、本当の理由に気づいてしまう可能性がある人間は三人ほどいるのだが、ここは二学年なので今は心配する必要はない。それに、一人は部外者だ。

 わたしが大人しくホームルームの始まりを自分の席で待っていると、ポケットの中の携帯が震えた。

 ――こんなホームルームの直前に誰だろう?

 携帯を取り出して画面を見ると、どうやらメールを受信したようだ。

 表示された送信者の名前を確認すると、わたしは誰からも見えないように、誰からも見られることのないように、さり気なくメールを開く。

 そこには、飾ることもない無骨で無愛想な本文にこう書いてあった。

 

『これから何が起きてもいつもどおりにしとけ。そして、意地でも自然に、話を合わせろ』

 

 ――話を合わせる?

 わたしにはこの意味がわからないが、わざわざこんな警告文を送ってくるということは、きっと何か理由があるのだろう。

 そして、これは期待の裏返しのようにも思えた。わたしにならできる、と。

 本来ならそんなもの迷惑極まりないのだが、あの人たちに言われるのなら不思議と嫌な気分にはならない。実際にわたしは、何度か経験している。

 

 ――雪ノ下先輩の『あなたならできるわ』

 ――結衣先輩の『あたしには、できないから』

 ――そして、誰よりも優しい捻くれ者の『一色いろはならできる』

 

 だからわたしは、その期待に答えよう――。

 

 

 

 

 




久々にシリアス(っぽい)ものを書いた気がします。

区切りがある以上は仕方ない部分ではありますが、やはり短編集より文字数少なくなってしまったというね……。
多少短くなってしまいましたが、今後もお付き合いくださると幸いです。

それでは、誤字や脱字等の指摘含め何かありましたら宜しくお願い申しあげます。


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