斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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2#07

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 朝のホームルームが終わり、二日ぶりの授業が始まった。

 わたしは机に広げた教科書とノートに意識を落としつつ、周囲への警戒を怠らずにさり気なく現状を視線だけで探ってみると、わたしに向ける視線の数は一部興味が削がれたのか先週よりはやや減った気がする程度だった。

 そうして昼休みを迎え、弁当を食べ終えた後にぼーっとしていると、クラスメイトである一人の男子が私に話しかけてきた。

「あの、一色さん。……ちょっと聞いてもいいかな?」

「ん? なぁーに?」

「……噂のあいつと付き合ってるって、本当なの? ……だとしたら、絶対やめたほうがいいと思うんだけど……」

 はぁ、何も知らないくせに腹立つなぁ。案の定、近くの女子はくすくす笑ってるし。

「またその話かぁ……。別にそんなんじゃないよー」

「でも、みんなそう言ってるし、俺もそうは思わないなぁ」

 みんな言ってるからってそれが自分の意見になるんだ……。わたしが言えたことじゃないけど、そういうの、嫌だなぁ。

「ほんと、そういうのじゃないんだってばぁー」

「……その指輪だって、あいつにもらったんじゃないの?」

 目の前の男子が指輪のことに触れた瞬間――わたしに向ける視線の数が一気に増えた気がした。

 ――かかった。

「あーこれ? あはっ、やーだなぁーあの人なわけないでしょー! ……あっ、もしかして、やきもちやいてくれてるのー? 嬉しいなぁー」

 わたしはにこにこと笑いながら、普段とまったく相違ない一色いろはらしい態度をとって返答した。

 わたしに普段から敵意を向け、今か今かと悪意をぶつけるチャンスをうかがっていた連中には、きっといつものわたしらしいわたしに見えたはずだ。実際、嘘も言っていない。だからこそ、これ以上は周りからも追及できない。

 ただ、その作り上げたわたしの奥深くに隠したものまでは見抜けない。それを見抜けるのはきっと、奉仕部の三人や平塚先生くらいだろう。

 ――だから、相手の論点をずらした。ちゃんとわたしを見ていない人間に対しては、きっとこれが通用する。

「い、いや……。そう、じゃないんだけど……」

「心配しなくてもこれはそういう意味じゃないよー。……だから、安心してね?」

 そして最後にあざとい上目遣いをぶちかまして、ずらした論点はそのまま相手の意識の外へ放り投げちゃえばいっちょ上がり!

「だ、だから俺は別に……」

 思いがけない反撃に顔を赤くしてうろたえる男子を見て、くすくすと笑っていると校内の放送から平塚先生の声が聞こえた。

『――生徒会長の一色及び生徒会各役員、そして3年の比企谷。生徒会の件で話があるので至急職員室へ来たまえ。繰り返す、生徒会長の一色及び生徒会各役員、そして3年の比企谷。生徒会の件で話があるので至急職員室へ来たまえ』

 ――先生タイミングといい全てナイスですっ! わたしは心の中でガッツポーズした。

「あっ、ごめん! 平塚先生に呼ばれてるみたいだからちょっと行って来るねー!」

 わたしの必殺技と放送のタイミングが重なり、完全に言葉を失ってしまった男子へ向けてわざとらしく手を振った後、わたしは職員室へ向かった。

 そして、わたしの後ろから聞こえてくる喧騒には、多少の混乱が混じっていた気がした。

 

 ――こんな感じでいいんですよね? せんぱい。

 

****

 

「来たか」

「……よう」

「ちゃんと来たか、会長」

 わたしが職員室へ向かうと、わたし以外の面々は揃っていた。あれー? わたしも急いで来たのに他のみなさん早くないですかね? ……せんぱいはともかく。

「副会長、なにげにひどくないですかね……。それで先生、生徒会の件ってなんですかー?」

「先週の金曜だったか……。一色には少し話をしたと思うんだが、少しの間生徒会に校外清掃を頼もうと思ってな。まぁ、詳しいことは放課後に伝える。だから授業が終わり次第、またここに集まりたまえ」

「……確かその日、生徒会は休みだったと思うんだけど。知らない間にそんなことになってたとは聞いてないぞ、会長」

 話を合わせるということは、予期せぬ事態にも、いつもどおり対応しろということだ。第三者が介入してくる以上、どれだけ綿密な計画を立てていたとしても、それは絶対に避けられない。

 だからこそ、いくつかパターンを予想した上で、対策も組み立てておく。そうしてある程度は自力で乗り越えられないようでは、何もできない。実際に平塚先生は既にアドリブで発言している。

 このくらい、造作もない。わたしの不意をつけるのは限られた人たちだけだ。だからこそ、平塚先生はある程度周囲の返答を予想しつつ、うまく逃げられる方向へ誘導してくれている。

「あっ! そういえば、言われてました! ……ごめんなさい、伝えるのすっかり忘れてました」

「……はぁ。しっかりしてくれよ、会長。最近はやっと会長らしくなってきたなぁと感心してたのに……」

「一色、先週の時点で連絡していなかったのか? ……まったく、最低限のことができなくてどうするんだ」

 わたしが理不尽に注意されることには目を瞑ろう。今はわたしのプライドなんかより流れを汲むほうが重要だ。事情を考えればこういう流れに持っていくほうが自然であり、仕方がない。

「すいませんっ! 以後気をつけますっ!」

「……ところで、生徒会役員でもないのに俺はなんで呼ばれたの? 一色、お前の仕業か?」

 ここからは、せんぱいもアドリブか。なら、わたしもいつもどおり振る舞おう。

「……あれ? せんぱい、いたんですか?」

「ナチュラルにいないものとして扱うのやめてくんない? さっきからずっといたんだが? しかも俺ちゃんとお前に声かけたよ?」

「それはどうでもいいんですけど……。ていうか、ほんとになんでいるんですか?」

「相変わらず言動がひどいのはさておき、お前が俺を呼んだんじゃないのか? 平塚先生経由で」

「いえ、わたしは何も……あっ、でもちょうどいいですね! せんぱい、手伝ってください!」

「は? ちっともちょうどよくない上に何しれっと言ってんの? ふざけんな、お断りだ」

「えー、いいじゃないですかー! わたしを助けてくださいよー!」

「断る」

「……比企谷、今受けている依頼はあるのか?」

「……いえ」

「なら私が許可しよう」

「……え? 俺の意思は?」

「ありがとうございます! ……せーんぱいっ! よろしくお願いしますねー?」

「いや待て、一色。俺は働きたくないんだ。ただでさえ働きたくないのにタダ働きなんぞ、絶対に嫌だ」

「いまさら何言ってるんですか……」

「……比企谷、世の中給料が発生する労働だけとは限らんのだよ……。サービス残業とかな……」

「普通それを聞いたら、ますます働きたくなくなると思うんですが……」

「どちらにせよ、君は労働への認識を少し改めたほうがいい。これもいい経験だと思いたまえ」

「……はぁ。どうせ俺に拒否権はないんですよね……」

「……それと一色。君もそろそろ先輩たちに頼るのはやめて自立をする努力をしたまえ。私も比企谷も、いつまでも見ていてはやれないからな」

 ――その言葉がちくりと胸に刺さる。

 そんなこと、わたしだってわかってる。わたしが一緒に過ごせる期間は限られていて、あと一年どころか夏休みや冬休み、受験まで考えるともう半年も残っていないことも。

 だから今は、少しでも――。

「はい! 頑張ります!」

「調子よすぎだろ、お前……」

 それを誤魔化すように、わたしは勢いよく返事をした。

「一緒に仕事するのはもう何度目かになるけど、またよろしく。奉仕部の、確か……えっと……悪い、なんだっけ」

「……比企谷だ。こちらこそまたよろしく頼むわ」

 そんなわたしの胸中をよそに、その隣で副会長とせんぱいがさらに悲しくなるようなやりとりを繰り広げていた。

「名前忘れられるあたり、せんぱいらしいですね」

「……すまん、比企谷」

「あ、あぁ、いや大丈夫だ。……っつーか一色、そもそもお前が俺を名前で呼ばねぇからこうなるんだろうが」

「なんですかもしかしてわたしに名前で呼んで欲しかったんですかでもいまさら呼び方を変えるのもなんだか照れくさいのでそれは末永く付き合っていける関係になってからでいいですかごめんなさい」

 いつもどおりに見えて実は本音だったりもするんですよ、これ。せんぱい気づくかなぁ。

「……あぁ、うん、もう振られるのはどうでもいいんだけどさ、よく毎回噛まずに言えるよな、それ」

 やっぱだめかぁー……。でも、どうでもいいってのはさすがに傷つくなぁ……わたしが悪いんだけどさ……。

「……そろそろ時間だ、戻りたまえ」

 平塚先生に自分のクラスへ戻るよう促される。

 わたしは他の生徒会役員が全員、職員室の外へ出たことを確認すると、せんぱいに近づき、小声で呟くように問う。

「……これでよかったんですか?」

「あぁ、今のところは上出来だ」

 含みのある言い方だった。やっぱり、まだ何かあるのだろう。

 そして、その様子を見て、平塚先生もこちらを見ながらわたしとせんぱいにしか聞こえない声で小さく告げる。

「私にできるのはここまでだ。健闘を祈るよ」

 

 それに頷き、わたしは職員室を後にして自分のクラスへ戻った。

 

****

 

 そうして午後の授業を終える。放送の効果もあったせいか、昼休み以前よりかは多少落ち着きを取り戻したかのように思う。

 さっきの男子も他のクラスメイトも、それ以上わたしに問い詰めるようなことをしてくる気配はなかった。それでも、その他大勢の生徒は未だにどこかで疑い続けていることは、きっと間違いないだろう。

 わたしはさっさと職員室へ向かおうとすると、教室の外へ出ようとしたわたしを見知った人物がわたしに声をかけた。

「やぁ、いろは。ちょっといいかな?」

 その人物はわたしが以前憧れて、告白までした葉山先輩だった。

 ――そしてその隣にも、わたしのよく見知った人物がいた。

「よっ、元気?」

 金髪縦ロールの女王――三浦先輩までもがわたしに何の用があると言うのだろう。

 

 ――話を合わせろ。

 不意に、その言葉の本当の意味をわたしは今、理解した気がした――。

 

 

 

 

 




ここまでお読みくださりありがとうございました。
それでは誤字脱字等ありましたら宜しくお願い申し上げます。


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