斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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第一章:願わずとも、一色いろはの日常は変化していく。
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 ディスティニィーランドでの告白から、数日ほど経った。

 わたしは決意を新たにし、ひとまずは目先の海浜総合高校との合同クリスマスパーティーの件に尽力することにした。

 結果から言えば、無事成功を収めることができた。この出来事は、わたしが生徒会長としての第一歩を踏み出すきっかけになったとも言える。もちろん、奉仕部の、そして何よりせんぱいの尽力があってこそだったが、それでも及第点としておこう。

 この日をきっかけに、きっとわたしは変わったのだと思う。その変化が正しいものなのかどうかというのは、わたしにはわからない。

 そして、わたしの中で芽生えたこの小さな感情は、恋心と呼ぶには早計で、歪で、不確かなものだけど、今はそれを信じてみることにしよう。

 

 ――だから、届かないとわかっていても、手を伸ばし続けることにした。

 

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 あの日からわたしは日記をつけ始めた。なんてことのない平凡な日常も、全て忘れることのないように、一日も欠かさず書き留めた。演じているわたしのことも、せんぱいといると顔を覗かせるわたしらしくないわたしのことも、全部。

 そして、ページが増えていくにつれ、捻くれた内容も少しずつ増えていく。きっとこれも小さな変化がもたらしたものなのだろうか。見直すたびに、くすっと笑ってしまうわたしがいる。

 ――いずれは消えてしまうかもしれないわたしも、今のわたしも、未来のわたしも、みんなそれぞれ大切なわたしには変わりない、“本物”のわたしだから。

 

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 今はちょうど三月に差し掛かる頃と言っていいあたりだろうか。

 この時期は卒業式の準備やら、四月に控える入学式の準備やらでそれなりに忙しく、わたしはそこそこ忙しい日々に追われていた。

 放課後は最終下校時刻ギリギリまで生徒会の仕事をしているせいで、当然奉仕部に顔を出せてはいない。サッカー部? なんのことですかね? ……そろそろ顔を出さないとまずいレベルではある。

 そんな日常のとある昼休み、わたしは自販機へ飲み物を買いに行くために歩いていると、よく見知った猫背の背中が見えた。

「……あはっ」

 

 ――自然と浮かんだ笑顔は、他の人に見せられるような顔じゃないほど緩みきっていた。

 

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「せーんぱいっ!」

 後ろからそう声をかけると、振り返ったせんぱいはこの世の終わりを見たような顔をしていた。

「げっ」

「久しぶりなのにそれはひどくないですか!?」

「そりゃ悪かった。だが、お断りだ」

「わたしまだ何も言ってないんですけど……」

「ろくでもないことしか言わないだろ、お前の場合」

「せんぱいってほんとわたしのことなんだと思ってるんですかね……」

「あざとい後輩」

 ちょっぴりこんなやりとりが懐かしくて嬉しくなる。しかし、そのやりとりの内容は酷いということを考えたらあまり嬉しくないかもしれない。

「……はぁ、まぁいいです。とりあえずせんぱい、久々にお話しましょうよー」

「話すことはなんもないから帰れ」

「……わたしの扱い、前より雑になってませんかね」

「前から雑だ、安心しろ」

 今度はちょっぴり切ない気分になる。わたしはせんぱいに人として扱われてないのかも、なんて自虐はブーメランになる気がするので余計なことは考えないようにした。

「せんぱいは、相変わらずですね」

「……で、本当の用件はなんだ?」

「や、ほんとにお話したいなーと思っただけでして」

「だから俺は話すことは」

「せんぱい?」

「……はぁ、少しだけだぞ。ただ、飯くらいは食わせてくれ」

「はーい」

 せんぱい、なんだかんだ優しいんですよね。黙って立ち去ればいいだけなのに延々と返答をくれるところ、好きですよ。

 まぁ逃げようとしても逃がすつもりはありませんけどね。

 そんなことを思いながらせんぱいが昼食をとり終わるのを待っていると、せんぱいが口を開く。

「生徒会、大変そうだな」

「最近はちょっとしんどい量ですけど、なんとかなりますよ」

「……手伝わなくて、大丈夫なのか?」

 あーもう、ほんとにこの人は……。どうして急にそういうこと言うかな……。

 不意に心を突いてくるような優しさに甘えたくなる。きっと甘えてしまえば楽になれる。

 でも、もっとがんばんないと、ってわたしが決めた。せんぱいに助けられてばかりのわたしじゃなくて、せんぱいを助けたい。それは、わたしじゃなくてもきっと素敵な二人の女の子がそうするだろう。でもわたしは、わたしが、そうしたいから。

「……気持ちは嬉しいですけど、せんぱいたちに甘えてばかりじゃだめですから」

 その言葉は自分でも驚くくらい素直に、自然に出た言葉だった。

「……見直したわ」

 優しく微笑みながらわたしを褒めてくれたことに、顔が緩んでしまいそうになるのを必死で我慢する。

「なんですか口説いてるんですかそうやって褒めれば簡単にわたしのポイントが稼げると思ったら大間違いなので嬉しいですけど出直してきてくださいごめんなさい」

「……ああ、うん、そうね」

 それっきりせんぱいは何も言わないまま、再び昼食をとり始めてしまった。その様子を眺めていると、「食いづらいんだが……」と言いながら顔を少し赤くするせんぱいがなんだか可愛くて、自然と笑みがこぼれた。

 そんな幸せでぽかぽかするような時間は、無情にもチャイムの音が終了を告げる。もう少し話していたかったが、仕方がないので気持ちを切り替えた。

「わたし戻りますねー。せんぱい、ありがとうございました」

「一色」

「はい?」

「……まぁ、その、なんだ」

 あ、せんぱいがこう言う時はきっと――。

「……大変だったら、言え」

「……はい」

 

 ぶっきらぼうな優しさにわたしは、他の人には見せられないほど緩みきった笑顔のまま、教室へ戻るのだった――。

 

 

 

 




「先輩」をわざと「せんぱい」と書いたり
要所要所は漢字表記でないほうがやはりいろはっぽいですね。

※行間とか色々今の雰囲気に近づけました。


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