斯くして一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん
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第二章 ―続―:彼と、彼女たちが見つめているものは。
A#01


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 四月十六日。

 世間にとってはこれといって特別な日というわけでもなく、ロマンチックでもないただの一年のうちの、たった一日に過ぎない十七年前の今日。わたしはこの世界に生まれてきた。

 子供の頃は、七夕やクリスマスが誕生日である同級生に憧れたりとだいぶ乙女チックだったのだが、年を重ねていくにつれて打算的なことばかり考えるようになったあたりは大人になったのだとつくづく思う。

 そんなわたしが『一色いろは』という存在を確立してからは、男子がわたしのポイントを稼ごうとお誘いの声をかけてきたり、おねだりしたプレゼントをもってきたりとチヤホヤされながら過ごす……というのが去年までの恒例だった。そして、これからもそうなるのだと、それでいいのだとわたしは思っていた。

 今年も当然、ポイント稼ぎのためにわたしに近寄ってくる男子はいたが、全て断った。はっきりと、いらないと口にした。

 ――そういうのは、もういらない。だから、もうやらない。

 その日の昼休み、わたしはそんなことを考えながら鍵を借りて生徒会室で昼食をとっていた。

 普段なら何も気にすることなく自分のクラスで済ますのだが、今日だけは色々なしがらみから開放されたかった。

 この静かな空間に一人きり、というのがとても気楽で心地よいものだと感じるあたり、わたしもぼっちの素質は充分にあるのかもしれない。

 なんて考えているとポケットの中で携帯が震えた。

 画面にはメールを受信したという通知があったので送信者を確認すると、嬉々とした顔になったことが自分でもわかった。

 わたしは早く放課後にならないかなーと思いながら返信を済ませた後、再び昼食をとり始めた。

 

****

 

 放課後になり、校外清掃をするために集合場所である校門脇に向かっていると、遠巻きに奉仕部の三人の姿が見えた。近づいていくと、結衣先輩がわたしに気づいて手を振ってくれた。

「いろはちゃん、やっはろー。今日もよろしくね!」

「こんにちは」

「結衣先輩、雪ノ下先輩、こんにちはー。それと、せんぱいも」

「おう」

 挨拶を済ませ、他の生徒会役員が揃うのを待っていると、わたしのある一点を結衣先輩が見つめていることに気づく。

「結衣先輩……?」

「あ、や、やー、なんでもないよ!」

 困惑した顔で小さく手を振りながら結衣先輩は答えたが、わたしには結衣先輩が何を知りたがっているのかわかっていた。きっとそれは雪ノ下先輩も、せんぱいもわかっているのだと思う。でもそれは、今この場で言うべきことじゃない。わたしは、結衣先輩をただ傷つけたいわけじゃない。だからこそ、わたしも言葉を飲み込んで、濁した。

「……そ、そうだいろはちゃん。この後って、なんか予定あったりする?」

 変な空気にしてしまったことを気にしてか、取り繕うように結衣先輩は話を切り替えた。

「まぁ、あると言えばありますけど……なんでですか?」

「由比ヶ浜がお前の誕生日パーティーを奉仕部のメンバーでやりたいんだとさ」

「……なるほど」

 せんぱいが昼休みにメールで『放課後、空いてるか』と尋ねてきたのはそういうことらしい。わたしは頭の中でカラフルなことばかり考えていたが、やっぱり現実は甘くなかった。

「あ、でも予定あるんじゃしょうがないよね……」

「や、大丈夫ですよー」

「えっ、いいの?」

「はい。わたしのために考えてくれたことを、無駄にしたくないですし」

「ほ、ほんとに!? よ、よかったぁ……」

 わたしがそう答えると、結衣先輩はほっとしたのか胸を撫で下ろした。

「……とりあえず、その話は後にしましょう。一色さん、そろそろ」

 雪ノ下先輩に言われ、ふと周りをみるといつの間にか全員揃っていた。

「あ、そうですね。……それじゃあ、今日もいつもと同じ感じで、よろしくです」

 わたしは全員に指示を出した後、自分の持ち場へ向かった。

 

****

 

 いつもどおりに校外清掃を終え、一度鞄を取りに校舎へ戻った後、校門脇でぼーっとしながら奉仕部の三人を待っていた。

 今回は雪ノ下先輩と結衣先輩が一緒、という点では違うのだが、先週に同じような出来事があったにもかかわらず、それがどこか懐かしい思い出のように遠く感じるのは、わたしを取り巻く日常やわたし自身に変化があったせいだろうか。

 あと三か月も経てば、こうして時間を共有することも、時間を作ることすらも限られてきて、少しずつなくなっていく。

 そんなことを考えていると思わずため息がこぼれた。吐いた息は、寒くないはずなのにやけに白みがかっているような気がした。

「いろはちゃん、お待たせー!」

 わたしが声のするほうへ首を向けると、結衣先輩がぱたぱたと駆け寄ってくる。その後ろに雪ノ下先輩と、気だるそうに自転車を押しながら歩くせんぱいの姿も見えた。

「ごめんなさい、待たせたかしら?」

「あ、いえ。わたしも今来たところなんで大丈夫ですよー」

 わたしはそう答えた後、「ほら、わたしとデートする時のお手本ですよ!」という意味を込めた視線をせんぱいに向けたが、訝しむような顔をされただけだった。ぐぬぬ……。

「じゃ、行こー!」

 結衣先輩が心底楽しそうな顔をしながら歩き出したので、全員がそれに続く。

「あのー、パーティーってどこでやるんですか?」

「ヒッキーんちだよ!」

「え、マジですかそれいつから決まってたんですか」

「比企谷くんの……いえ、小町さんの家というべきかしらね」

「人のこと居候みたいに言うのやめてくんない? 働かないって意味なら間違ってねぇけど」

「それじゃあ同じじゃない……」

「あはは……」

「ていうか、いいんですか?」

 わたしがちらりとせんぱいの顔色をうかがうと、大層苦い顔をしながらせんぱいが口を開いた。

「……由比ヶ浜に一色の誕生日を聞かれたあたりで大体は察してたが、既に決められていたとは思わなかった」

「そ、それについてはごめんってば! でもヒッキー、普通に誘っても絶対やだって言うし、だったら小町ちゃんに言ったほうがいいかなーって……」

 結衣先輩の言うとおり、せんぱいを動かすなら、確かに小町ちゃんを使うのが一番だ。

「まぁ、せんぱいですしねー」

「そうね、比企谷くんだものね」

 雪ノ下先輩がわたしの言葉にふっと笑った。

「あ、でも、結衣先輩。わたしが来れなかったらどうするつもりだったんですかー?」

「え? あ、え、えっと、ど、どうしよう……?」

「結衣先輩……」

「考えてなかったのかよ……」

「はぁ……」

「だ、だってせっかくいろはちゃん誕生日なんだし、色々したかったんだもん!」

 呆れたため息を吐くせんぱいと雪ノ下先輩に、結衣先輩は慌しいそぶりをしながら答えた後、一転して静かに、仄暗さが混じったような表情で、呟くように言った。

「……それに、いろはちゃんがいてよかったこと、いっぱいあったじゃん。だからその、恩返しというか……したいしさ……」

「へ? や、わたしは何も……」

「……そうね」

「……まぁ、そうだな」

 雪ノ下先輩はどこか遠くを見つめるような表情で、せんぱいは安心したような笑みを浮かべながら、そう答えた。

「あ、あのー……」

「と、とりあえず行こっか!」

 わたしが困惑したままでいると、結衣先輩は雰囲気が壊れないように明るく振る舞いながら、ぱたぱたと暗く染まった道を駆けていく。

 そんな結衣先輩を見て、慈しむような微笑みを浮かべた後、雪ノ下先輩も静かに歩き出した。

「せんぱい」

「あ?」

 わたしは隣で二人の姿を見送るように、見守るように、ただ立ち尽くしたままのせんぱいに声をかけた。

「せっかくわたしの誕生日なんですし、今は一緒に楽しみましょうよ。そんな顔されたらわたしまで悲しくなるじゃないですか」

「……そうだな、悪い」

 わたしも、せんぱいもきっとわかっている。踏み出した以上、逃げ続けて、見て見ないふりをして、気づかないふりを続けることも、もうできないのだと。

「わたしには何もできませんし、どうすることもできません。でも、わたしはせんぱいがどんな答えを出したとしても、近くにいたい気持ちは変わりません。後悔もしません」

「一色……」

「だから、ちゃんと考えてくださいね。雪ノ下先輩のことも、結衣先輩のことも、わたしのことも全部、納得できるまで。わたし、ちゃんと待ってますから」

「……あぁ」

「話はこれで終わりです。ほら、せんぱい。おいてかれる前に行きますよ」

 今すぐ抱きしめて、全て受け止めてあげたい。そんな気持ちを抑えながら、わたしがいつものようにせんぱいの袖をくいくいと引っ張りながら歩き出そうとすると、不意にわたしの頭に手が置かれる。

「サンキュ」

「あっ……」

 

 その手の温もりは、わたしが知っているどんなものよりもやっぱり温かかった――。

 

 

 

 

 




本来なら三章にぶちこむ予定だったお話ですが、中途半端な長さになってしまう可能性がでてきたので急遽、二章の後日談という形に予定変更となりました。

誕生日編の続き、デート編、そして三章と繋げる予定ですがまた変わるかもしれません。


ではでは、もう少しお待たせすることとなってしまい申し訳ありませんが、続きも読んでくれると嬉しいです!





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