斯くして、一色いろはは本物を求め始める。   作:あきさん

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ワイ、見事ライフゼロになるの巻。


B#04

  *  *  *

 

 階段を下りて外に出ると、休日のお昼時ということもあり、喧騒の度合いはさらに増していた。

 行き交う人々に混じるように歩き出したところで、わたしのほうへ視線を移しながらせんぱいが口を開く。

「一色、先に食べてからにするか?」

「確かに、ちょっとお腹すきましたねー」

 わたしはそう言うと、身体を傾けて覗き込むような形でせんぱいの顔をまじまじと見つめた。すると、わたしの意図を汲んでくれたのか、せんぱいは小さく頷いた。

「んじゃ、そうするか」

「はい」

 うんうん、ちゃんと伝わったようでなによりです! と、心の中で小さく頷きながら、オレンジ色の看板目指して来た道を今度は逆方向に歩いていく。

 そうして二時間ほど前に通ったばかりの細い道まで戻ってくると、様々な店のシャッターが開いたせいか、いっそうの賑わいを見せるようになっていた。

「席、空いてますかねー?」

「どうだろうな」

 そんなやりとりをしながらオレンジ色の看板の下、地下へと続く階段を下りて店内に入る。すると、「はい、らっせ」とわたしも知っている威勢のいい声が聞こえてきた。

 店内を一瞥すると、お昼時ということで案の定満席だったのだが、少し待っているといくつかの席が空いた。そのことにほっとすると同時に、せんぱいの言う『らっせの人』が今日もいたことに思わず表情を崩す。

「よかったですね。今日もいるみたいですよ」

 わたしが耳元で囁くように言うと、せんぱいはくすぐったそうな表情を浮かべて身体をのけぞらせる。そんなせんぱいの姿を見て、わたしはくすくすと笑った。

「……で、お前はどうする?」

 いたたまれなくなったのか、せんぱいは券売機へ視線を逸らして誤魔化すようにわたしに尋ねてくる。

「せんぱいと同じでいいですよ」

「あいよ」

「いくらですかー?」

「いや、だからいいっつの」

 どうやらわたしの分も出してくれるらしい。わたしは小さく頭を下げてお礼を言った。

「ギタギタ。こっちのはあっさりで」

 空いた席に二人並んで座ると、せんぱいが店員さんに注文を告げた。わたしにはそのあたりのことはさっぱりわからないので、前回同様せんぱいに任せることにした。

 とりとめのない話をしながらラーメンを待っていると、あまり時間がかからずにごとりとどんぶりが置かれた。

「「いただきます」」

 お互いそう口にしてから、箸に手をつけて食べ始める。ときどき、レンゲでスープをひとすくいしてこくりと飲み込めば、口の中いっぱいに味が広がっていく。うん、おいしい!

 いそいそと手元を動かしながら箸を進めている途中、口元から離れていくレンゲを見ていると閃いた。閃いてしまった。

 わたしはふんふんと小さく口ずさみながら、レンゲに小さな山を作っていく。それが無事にできあがると、夢中になって食べているせんぱいに控えめに声をかける。

「せんぱい、せんぱい」

「……なんだよ」

 食べているのを邪魔されたせいか、せんぱいは少し不機嫌そうにわたしに顔を向けた。

「あーん」

 わたしはにっこりとしながら、即席のミニラーメンを箸でつまみ、ずいっとレンゲごとせんぱいの顔に近づけた。……うん、周りの視線が痛いし恥ずかしい。でも、気にしないことにしよう、そうしよう。

「…………いや、うん、そういうのいいから。いらんから」

 数秒ほど固まった後、顔を引きつらせながら言うせんぱいを無視してわたしは続ける。

「ほら、せんぱい。あーん」

「だから、いらんっつの……」

「せんぱい、あーん!」

 今度は、口の中に突っ込みかねないくらいにぐいぐいと近づけた。ここまできたらもう、どうにでもなーれ!

「……はぁ」

 無駄な抵抗だと判断したのか、せんぱい大きく息を吐いた後、顔を赤らめながらしぶしぶ口で受け取った。

「はい、よくできましたー!」

 わたしはからかうように言って恥ずかしさを誤魔化しながら、残っているミニラーメンを勢いのまま自分の口に運ぶ。その瞬間、ただでさえ赤かった顔がもっと赤くなったことが自分でもわかった。……あぁ、顔が熱い。恥ずかしすぎて顔から火がでそう。やっぱり気にしないなんて無理かもしれない。

「………………くそ、味わかんなくなっちまった」

 ――でも、わたしのことを意識させられたなら、いいかな。

 隣から聞こえてきたかすかな呟きに、わたしは心の中でもじもじしながらそんなことも思った。

 

  *  *  *

 

 苦しく感じるくらいの満腹感を覚えながら、せんぱいのよく行く書店に連れて行ってもらうために千葉の街を歩く。わたしの頬は未だにほんのりとした赤みを帯びていて、吹き抜けていく風が少しだけ冷たく感じる。

「はー……。味、わかんなくなっちゃいましたねー……」

「それ、お前のせいだからね?」

 ぱたぱたと手で扇ぎながら言うと、せんぱいは恨みがましい視線をわたしに向けながら、こぼすように言葉を返した。

「まぁまぁ、いいじゃないですかー。それに、わたしも恥ずかしかったんで、おあいこです」

「いや、その理屈はおかしいから……。ていうか、恥ずかしいのになんで自爆したんだよ。しなくていいだろうが」

「死なばもろともってやつですよ、せんぱい」

「俺を道連れにすんじゃねぇよ……」

 そんな会話をしているうちに書店に着いたので、中に入る。

 せんぱいの後をちょこちょことついていくと、多種多様なイラストが表紙を飾る本ばかりが並んでいるコーナーから一冊の本を手にとって、わたしに差し出してきた。

「俺のおすすめはこれだな」

 そう言われ、本を受け取って表紙を眺めてみる。そこには、制服姿の女の子と男の子のイラストが描かれていた。ほへーと気の抜けた声をあげながらくるっと本を裏返すと、裏表紙に大まかなあらすじが書かれていたのでぱぱっと読んでみる。

「なんか、せんぱいみたいですね」

 あらすじに書かれていた主人公の人物像は誰かさんとそっくりで、わたしはくすくすと笑いをこぼしながらそんなことを言った。

「だからこそ生き様とか超共感できて面白いんだよ」

「でも、そういう話なら、わたしでも最後まで読めそうですねー」

 まじまじと表紙を見つめながら、わたしは思ったまま口にする。

 物語の主人公に共感できるということは、せんぱいも同じような、あるいは、それに近い考えを持っているということだ。それを知ることができたなら、今よりももっとせんぱいのことを知ることができる。たとえ、描かれている物語のように都合よくいかなくても、うまくいかなくても、何も知らないよりは少しでも知っていたいから。

「わたし、これ読んでみます」

「そうか」

 興味を惹かれ、期待に満ちた表情を浮かべながら顔を上げると、それを見たせんぱいは満足げに笑った。

「んじゃ、貸してやる」

「へ?」

 せんぱいの予想外の言葉に、わたしは思わずきょとんとしてしまう。

「読んでみたいんだろ?」

「あ、は、はい……」

 しどろもどろになりながらもなんとか答えると、せんぱいは何かを納得したように頷く。

「最初の巻を貸してやるから、とりあえず最後まで読んでみろ。それで、続きが読みたいと思ったなら、続きを貸してやる。だから、わざわざ買わんでいい」

「……えっと、その提案は嬉しいんですけど、それならなんでわざわざここに……?」

 不思議に思ったわたしが聞くと、せんぱいは少しだけ目を細めてわたしの手元にある本に視線を向けながら、しんみりとした口調でわたしを諭すように、言葉を紡ぐ。

「実際に本を手に取って、それでも読んでみたいと思わなかったら、薦めても意味がないからだ」

 その言葉は、わたしの心の中に染み渡るように広がっていき、最後にすとんと落ちていく。

「……せんぱいにお任せして正解でした。それじゃあ、お願いします」

「ああ」

 結局、何も買わずに書店を出てしまったけど、一冊の本の重みが確かにわたしの中にある。たかが一冊と言われればそれまでかもしれない。でも、されど一冊だ。

 

 そんな小さな始まりに胸を躍らせながら、わたしはせんぱいの横顔を眺めた――。

 

 

 

 

 




今回、表現方法や情景描写に何故かクッソ悩みました。
なにを悩んでんだよ、って突っ込まれたらうまく言えないので、それまでなんですが……。

消しては書いて、消しては書いてを繰り返した結果かなり遅れてしまったので、その点はごめんなさいです。
一番しっくりとくる形に落としたものの、それでもちょっと甘すぎたかなと自分でも思う今日この頃です。

それでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!

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